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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
使者降臨編
27/29

計画の中心点

こんにちは! 夢宝むほうです!

まずはじめに、少し更新が遅れてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。

今週は旅行やバイトが重なり、なかなか執筆時間が確保できずに今頃の更新となりました(汗)

そして、来週からは学校も始まり、もしかすると、更新頻度が少し遅れてしまうかもしれませんが、あらかじめご了承ください。そして、それでも、この作品を温かい目で見守っていただけたら幸いです。


ということで、少し堅苦しい前書きはこの辺で。

本編のほうもお楽しみください!!

 「虚無の具、『砲滅ほうめつくさび』……」

 卓は呟いた。

 今にも崩れ落ちそうなマンションの上に立つ卓はただ呆然と、空に立つ『冥府の使者』、冷淡の策士を見据えていた。

 「どうやら、虚無の具を初めて見たってわけではなさそうだなァ!」

 冷淡の策士の言葉通り、卓と真理は知っている。

 『魂の傀儡子』という男が使っていた物。名は『邪蛇じゃだほころび』。その形状は杖で、先端部分が刃になっているものだが、彼自身の血を浴びせることによって、まるで生き物のように自律的に動く武器となったのだ。

 「卓! すぐにここから降りるわよ! こんな狭いところじゃこっちが不利になるだけ!」

 真理の声が飛び込んできた。

 見ると、すでに蓮華と春奈はマンションの屋上から降りようと階段へと向かっていた。

 確かに、空を地面と同じように移動できる敵に対して、こちらは空を飛ぶことを許されない人間。この場に留まって良いことは何一つない。

 「お、おう!」

 卓が駆けだそうと一歩を踏み出す。


 瞬間。


 ゴパァアアアアアアアアアアアアアア!!


 ついに、崩壊寸前のマンションが崩れ落ちた。

 「「きゃぁああああああああああああ!?」」

 階段を駆け下りようとしていた蓮華と美奈の悲鳴が聞こえた。さらに、卓と真理もマンションの瓦礫がれきと一緒に落下していく。

 「!? すなわち、救助」

 エマが言うと、片手にあるリピタを地面に向けて構える。すると、リピタの先端部分が光りだし、それに連動するように卓たちの落下地点になにやら魔法陣のような図形が浮かび上がる。

 「おいおいィ! 『神の使い』ともあろうものが、たかが人間にそんな『神の奇跡』を行使するなんてよォ! 馬鹿じゃねえのかァ!」

 空で冷淡の策士の声が響く。

 

 そして、卓たちが地面に落下した。だが、骨折どころか、かすり傷一つついていない。これがエマによる『神の奇跡』の効果。

 まるでトランポリンのように数回卓たちは身体をバウンドさせると、魔法陣のような図形は消え、静かに彼らを地面へと降ろした。

 「助かった……」

 蓮華は自分の状況を把握しつつポツリと呟いた。

 卓と真理、美奈もすぐに起き上がり再び敵を見据え、武器を構える。

 そして、そんな彼らを見下しながら、冷淡の策士は唇を吊り上げながら言う。

 「せっかく命拾いしたところ悪いけどなァ! どうせ俺たちにすぐ殺される運命ってのは変わらないだろうよォ」

 全長二メートルほどの『砲滅の楔』を軽々しく振りまわす。その度に空気が裂かれ、不気味な音が卓たちの耳に飛び込んでくる。

 その様子を張りつめた空気の中で見ていたのが、エマ。彼女はゆっくりと、しかしハッキリと唇を動かす。

 「すなわち、質問。貴方達はどうして『世界移転計画ゼロ・フォース』などという馬鹿げた計画を遂行しようとしているのですか!? 世界の違いは、そのまま『均衡』へと直結するもの。それを無理矢理いじくろうとすれば、その代償は決して小さいものでは済みませんよ!?」

 エマの問いに答えたのは、それまで口数の少ない、碧の髪の『冥府の使者』、無垢むくことわりだった。

 「それは、『神の国』、などと、言う、安定した、世界しか、知らない、者の、台詞せりふ、ですね。私たちの、住まう『虚無界』という、世界の、システムを、知らないから、そんなことが、言えるのです」

 そして、それに続いて冷淡の策士も口を開く。

 「温室育ちのテメーらじゃァ分からないよなァ! でも、もし、自分の住んでいる世界が、『ある一定周期ごとに消滅してしまう』っていう条件付きだったらどうするよォ? もしそんな世界だったら、そんなところにずっと住んでいられるかァ?」

 「……、どういう意味……?」

 冷淡の策士の言葉。

 それに引っ掛かったのは真理だった。

 『ある一定周期ごとに消滅してしまう』。確かに彼はそう言った。だが、それは真理も初耳のことだった。

 卓も蓮華もどうやら同じところに引っ掛かっているようで、お互いに顔を見合わせている。

 エマはその言葉から勝手に推測し、言葉を連ねる。

 「すなわち、解釈。つまり、消滅してしまう世界に住み続けることは出来ないから、世界そのものを入れ替えてしまえというわけですか。……、全くこれほど自分勝手な理屈もありませんね。それでは、この世界に住まう人々はどうするのですか?」

 「ハッ! 知るかァ! 今までは俺たちがそんな世界で住んできたんだァ。今度は今まで安定した世界に住んでいた奴らが苦労する番だろうがァ! 俺たちがどんな思いで毎日を過ごしているかなんて分からないくせによォ!」

 「すなわち、返答。ええ。分かりませんね。そして、分かるつもりもありません。どの世界においても皆が同じというわけにはいかないのです。それは『神の国』とて例外ではありません。それに、どちらかの世界が犠牲にならずに済む方法だってあるかもしれないのです」

 だがしかし。

 エマのその言葉を、冷淡の策士は鼻で笑い飛ばし、

 「ねぇよォ! そんな方法があるなら、とっくに見つかってるだろうがァ。別にこの問題はここ数年のことじゃねーんだァ。それこそ、人類が生まれる前からの問題なんだよォ!」

 そこで無垢の理が片手で冷淡の策士の口を制する。

 「余計な、おしゃべりは、必要、ない、です。私たちは、私たちの、やるべきことを、やるだけ、ですから」

 冷淡の策士はやれやれといった調子で、もう一度『砲滅の楔』を振りまわす。

 エマはエマで、話し合いの解決には至らなかったと、リピタを構える。


 地上で陣取る討伐者組と『妖霊の巫女』も、一瞬たりとも気を抜かずに敵を見据える。


 一番最初に動いたのは。

 

 冷淡の策士が『砲滅の楔』を振り上げた。

 すぐさまエマはリピタを前に突き出し、瞬間的にそれが光り出す。だが、冷淡の策士はさほど気にした様子もなく、そのまま『砲滅の楔』を振り下ろした。

 ブォン! というエンジン音にも似たような音と共に、高密度のエネルギー圧縮体が噴き出される。

 目標はエマ。

 空中で飛んでもないものが放出されたということくらいは、地上にいる卓たちにも認識出来た。

 だからこそ。

 「うぉおおおおお!!」

 卓だけではない。

 真理も勢いよく刀を振り抜いた。

 蒼と紅の斬撃が冷淡の策士とエマの間に割って入り、同時にエネルギー圧縮体と激突する。

 まるで閃光弾が放たれたのかと思ってしまうほど、目も開けられない光と共に、空中で爆発が起こった。

 だが、構っている暇はない。

 すぐさま、蓮華も神器、『守護の弐席ガーディ・ツベン』の引き金を引き、美奈は『術式・七星しちせい却火きゃっか』を発動させる。

 追撃となる形で、それらも爆発の渦中へと飛び込む。

 

 ボコォボコォ!! という轟音が連続して響く。


 エマが墜落ついらくすることはなかった。だが、それは決して冷淡の策士の攻撃を撃ち落とせたという意味ではない。

 卓たちの抵抗によって生じた、ほんの数秒の間にエマが距離を取ったのだ。冷淡の策士の攻撃は、エマのすぐ横を通り過ぎ、空中で散弾する。

 エマは気を抜くどころか、すぐに敵を見据えると、すぐに異変に気が着いた。

 「すなわち、質問。少女の方はどうしたのです!?」

 

 そう。

 先ほどまで冷淡の策士の隣にいたはずの無垢の理の姿が無かった。

 ニヤリ、と。

 冷淡の策士が不気味にほくそ笑んだ。

 「何も、お前一人に二人で相手する必要もねーだろォ? ここはもっと効率的に行かないとさァ」

 そして、冷淡の策士はあごで地上を指した。

 エマは冷淡の策士に気を配りながらも、そちらを見ると、絶句した。



 地上で撃墜げきついを狙っていた卓たちの目の前に、つい数秒前までエマと対面していたはずの無垢の理が立っていた。しっかりと、アスファルトの地面に足をつけて。

 「「「「ッ!!」」」」

 四人は咄嗟とっさに身構えるが、対して、無垢の理は実にマイペースに、ゆっくり口を開く。

 「貴方達の、相手は、私です。『魂の傀儡子』を、倒した、という討伐者たち、ですか。つまり、私は、彼の、敵討かたきうちを、することに、なるのですね」

 「来るわよ!」

 

真理の叫びと共に、その場に轟音が生じた。






 バォ!! という轟音が、私立光陵学園の敷地内に響き渡る。

 そこにいるのは、三人。

 茶髪のロングへアで、先端だけがカールされている白肌の少女、白木雪穂と、彼女のパートナーで、金髪ショートヘアで前髪をヘアゴムで留めている潮波くずり。

 彼女たちと対峙するのは、『冥府の使者』の一人。

 最弱の常勝者。

 「反則じゃないー!? 攻撃すればするほどに強くなるなんてー」

 爆発で無理矢理後退させられたくずりは、片手で大剣を持ちながら、靴の裏で生じた摩擦で動きを止めた。

 対して、数回におけるバックステップで後退した雪穂は、くるくると三つ叉の槍を回しながら、

 「本当に、対抗策が無いのかなっ!?」

 「分からない……、でも、身体への負荷をかければかけるほどに活性化するなんて、どうしたらいいのかー」

 すると、爆発の中から、足音と共に声が聞こえてきた。

 「対抗策を模索している間に、勝負はついてしまうと思いますがね。何分、私は『最弱』にして、『常勝者』。この世の『矛盾』という理を超えなくては、私を倒すことなど不可能」

 現れたのは、破けた服に身を包んだ茶髪の男。だが、会った当初はボサボサでつやの無かった髪も今は普通で、しかも血の気が無かった青ざめた顔も健康的に血の色に変わっていた。

 それだけではない。

 歩く、という動作一つとっても、若々しさが垣間見えている。

 「それでもなお、私を倒す術を捜すのであれば、別にそれを止めはしませんが。しかし、これだけはお忘れなきように。私はまだ、『武器を手にしていない』のですよ?」

 最弱の常勝者のその言葉に、くずりは短く舌打ちする。

 

 確かに。

 こちらはどちらも全長三メートル程で、とてつもない破壊力を持つ武器を思いっきり振るっているのに対し、敵は武器どころか、これまでこちらに拳すら振るおうとはしない。これだけ見れば、圧倒しているのは武器を持っている方。

 だがしかし。実際に戦いの流れを掌握しょうあくしているのは、完全に最弱の常勝者だった。

 武器を持たずしても、たった一つ、彼の『本質』さえあれば、どんな戦いであろうともその流れを掴むことは容易たやすい。というより、戦いが戦いである限り、彼に敗北はないのだ。

 「くずり、『強化』するっ!?」

 「それも考えたんだけどねー。でも、いくら『強化』しても、敵の本質自体が変わらないんじゃ同じことー。いやむしろ、私たちは自分でどんどん不利な状況を作り出してしまう可能性だってあるわけだしー」

 くずりは、かといって、他にいい案があるわけでもないんだけどねー、と付け足す。

 その様子を、まるで滑稽こっけいと言わんばかりに、最弱の常勝者は優々(ゆうゆう)と歩み寄りながら、

 「貴女たちはよくやった方ですよ。その年齢で、私たち『冥府の使者』と直接対峙したのですからね。ですが、やはり人間では私たちには勝てない。それはこの世の理でもあるのです」

 

 その言葉に。

 今度はくずりが強気に出た。

 「お言葉ですけどねー、私はその、『この世の理』ってヤツをひっくり返した人間を知っているのよー。私たちと同い年のくせに、二人で『冥府の使者』を倒した人間をねー。そんな話を聞かされたら、希望も持ちたくなるじゃないー? その人たちに出来て、私たちには出来ない根拠が無いんだからー」

 「そ、そうだよっ! 私たちは、自分たちの『居場所』を守るために戦う! あなたを倒して、くずりと、美奈ちゃんとの日常を取り戻すんだからっ」

 雪穂も負けじと声を張る。

 だが、それで退く『冥府の使者』ではない。

 「根拠がない、ですか。それは大きな間違いです。根拠ならありますよ。『魂の傀儡子』を倒せても、同じように『冥府の使者』を倒せないという根拠がね。それは簡単です。相手が、『最弱の常勝者わたし』だからですよ。これ以上にない大きな根拠です。別に今回の目的が人間の討伐ではありませんが、私たちの『計画』の邪魔となるうる存在を消しておいても損は無いでしょう?」

 「計画……、『世界移転計画ゼロ・フォース』」

 雪穂が呟くように言うと、

 「おや? 知っていたのですか。ならば話は早い。そうです、私たちは『世界移転計画ゼロ・フォース』を実行するために、それを成功させるために今回、こちらの世界へと来たわけです。世界を移転させるという、前代未聞の計画を実行するためには、それだけ繊細せんさいな準備が必要となりうるのですよ。そのキーワードの一つ、これが無ければ計画の実行は不可能」

 「……それは……?」

 くずりが問う。

 あわよくば、その『キーワード』を聞きだそうと言うのだ。

 だが、彼女もなんとなく、そういったものが存在していることは感じていた。単純な勘だけではなく、近頃の『九鬼』や『頂』の動きを踏まえてだ。

 最近、討伐者アメリカ支部に保管してあった『あるデータ』が彼らによって奪取だっしゅされたとも聞いている。具体的にそのデータが何なのか、そこまでは分からないが、何らかの重大機密が関連していることは何となく分かる。だからこそ、強大な力を持った彼らがあそこまで必死に欲しがるのだ。

 きっと、これは『討伐者』にも大きく関係すること。

 世界を揺れ動かしてしまうほどの大きな何かなのだ。

 

 そして、最弱の常勝者は構わないといった感じで、軽々と口を動かす。

 「貴女たちも話くらいは聞いたことがあるのでは? 以前だと、確か五年ほど前にドイツのフランクフルトで発現したと聞いていますが」

 「「ッ!?」」

 二人は絶句した。

 五年前のドイツ、フランクフルト。

 世界的ニュースになった事件だ。爆発物も何もないところでの不可解な発火。さらには、火に囲まれた一人の少女の失踪しっそう。数年に渡っての捜索が行われたが、少女が見つかることもなく、火の中から骨すら見つからないといった感じの事件だった。

 そのあまりにも衝撃的なニュースは、当時幼かった彼女たちも鮮明に覚えている。

 そして、『討伐者』である彼女たちは、表向きには出ていない事柄も知っていた。それは、当時、その場には『冥府の使者』がいたということ。

 そちらもしばらく行方をくらませていたが、世界のあちこちで、数ヵ月後に目撃されていた。つまり、少女とは別の運命だったというわけだ。

 同時。

 くずりは何かの核心を見た気がした。

 『世界移転計画ゼロ・フォース』。そして、五年前の少女失踪事件の関連性。その両方に大きく関連しているのが、恐らくは『キーワード』。

 


 最弱の常勝者は続けて唇を動かす。

 「私たちの計画に必要不可欠、そして、五年前ほどに一度、そして最近にも発現したそれは、実に興味深い。この世の根源的な部分なのかもしれませんね」

 そこで一旦言葉を区切ると、軽く息を吸って、



 「世界の始まりとされる、『狭間の錠アクィトペルム』という存在は」







 



エマの攻撃に加え、冷淡の策士による数回の攻撃でボロボロになった鳴咲市の一角で、卓と真理、蓮華の討伐者組と、『妖霊の巫女』である美奈は、『冥府の使者』の一人、無垢の理と対峙していた。

 ボフッ!! という爆発音が響いた。

 美奈の『術式・七星、却火きゃっか』が空中で爆発した音だ。しかし、それが無垢の理に当ることはない。

 「さっきから攻撃が当らない!? というよりは、届く前に空中分解しているようにも見えるけど」

 美奈は怪訝けげんそうな表情で言う。

 そして、すぐ後ろから、神器、『守護の弐席ガーディ・ツベン』を構えている蓮華が言う。

 「美奈ちゃん、避けて!」

 言うとおり、美奈が横に跳び、蓮華と無垢の理の間に遮蔽物しゃへいぶつが無くなると、すぐに銃の引き金を引く。

 

 ゴパッ! という轟音が炸裂し、銃口から『贈与の石』の力そのものが放出された。だがしかし、やはり無垢の理に決定的な一撃を与えるには至らなかった。

 石の力を放出しても、彼女に当る前に空中で消滅してしまう。

 すると、無垢の理がその小さな口をゆっくりと動かした。

 「どうやら、貴方たちは、少し、勘違いを、している、みたいね。私の、虚無の具、『審判の決議』は、とっくに、発動、している。形こそ、見えないから、認識を、していない、みたいだけど」

 そこまで言うと、無垢の理は静かに上を見上げた。

 そこには、刃に光を纏わせ、それを大きく振りかぶっている卓と真理が空中を跳んでいた。

 「「はぁあああああああああああああああああ!!」」

 同時に刀を振り切ると、その場があっという間に凄まじい量の粉塵ふんじんで覆い尽くされてしまう。

 けれど、直後に無垢の理はその華奢きゃしゃな身体を横に投げ捨ててその場を脱出する。当然のように、彼女は無傷のままだ。

 その動作で、卓たちから数メートルの距離を取ったところで、再び口を開く。

 「貴方達は、『邪蛇の綻』、『砲滅の楔』、と、いわゆる、具体的な、形の、武器である、虚無の具しか、見ていない、ようだけど、厳密に言えば、虚無の具は、貴方達の、想像しているような、武器では、ない。武器と言うよりは、『性質』、そのもの。私で言えば、『力の制約』、という、『性質』のことを、『審判の決議』と、呼んでいるに、過ぎない」

 真理はそこまで聞いて、忌々(いまいま)しそうに日本刀を構えなおすと、

 「つまり、さっきのは憶測おくそくだけど、『破壊』という性質上、『砲滅の楔』と呼んでいて、『邪蛇の綻』も何らかの性質からそう呼ばれている、と?」

 「そういう、こと。中には、私のように、具体的な、形に残る、物ばかりでは、ない、という、こと。例えば、何かを、『認識』して、発動するもの、とか」

 「じゃあ、お前のは『ある一定範囲において、力を制御する』って感じなわけか」

 卓が挑発するように言うと、無垢の理は別にそれを否定するどころか、むしろ頷いて肯定した。

 「ええ。今は、主に、『神の使い』の、力を、制御している。正直、彼女の力が、私たちに、とって、一番の、脅威きょういと、なるから。逆を言えば、貴方達は、そこまでの、脅威には、ならない」

 その言葉が強がりではないということは、四人もすぐに分かった。

 もし、それが強がりなのだとしたら、これほどまでにゆったりと話していられるだろうか。子供の喧嘩けんかではないのだ。実際に、命のやりとりの中で、これほどまでに余裕があるというのは、本当に脅威と感じていないからなのだろう。

 対して、卓たちは彼女が十分過ぎるほどに脅威となっていた。

 以前とは状況が違う。

 『ヨーロッパ支部弐〇騎士』のベテランも、それに匹敵する力の持ち主もいない。代わりに蓮華と美奈がいるが、実際問題、その二人が加わっただけで状況を簡単に覆せはしない。

 事実、さっきから攻め続けているはずなのに、傷一つ付けられては無い。攻撃するたびに、目には見えないという『審判の決議』によって力が制約されてしまい、思うように力が振るえていないのだ。

 それが分かっているからこそ、卓と真理は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 決定的な策がない。

 

 そこで。

 ふと二人の頭に過った。

 何度も窮地きゅうちを打破してきた一撃。光の剣が。

 さっきは二人の『冥府の使者』相手に使うだけの時間が無かったが、四対一である今の状況ならもしくは。

 真理は卓と顔を見合わせ、アイコンタクトだけで意思の疎通をすると、今度は後ろに構える蓮華と美奈に言う。

 「少しだけ、時間をかせいでもらえる?」

 「え? 何か策でもあるの?」

 美奈が言うと、真理は静かに頷き、

 「うん。あ、でも確証はないけどね。それでも試してみるには十分な可能性があると思うの。けれど、それには卓と力を共有して発動させなくちゃいけなくて、しかも発動までのラグが生じてしまうから」

 どこか思い切りのつかない口調の真理。

 だが、対して美奈と蓮華は力強く頷く。

 「分かった。今はいろいろ試してみるしかないもんね!」

 「たっくんと真理ちゃんがそう言うなら、きっと何か状況を覆せるかもしれないもんね」

 「「ありがとう」」

 すかさずに、卓と真理が後へと陣を取る。そして、入れ替わるように、美奈と蓮華が先陣を切って構えた。

 「大地を駆ける者には肉体を、天を統べる者には知能を、妖を司る者には力を!」

 美奈が叫ぶと、彼女の身体が光に包まれた。

 『椎名家』に伝わる装束。

 巫女としての力を増幅させるためのハードを取り付けたのだ。光が消えると、そこには私服姿の美奈ではなく、赤と白でデザインされた巫女装束に身を包んだ美奈がお札を構えて立っていた。

 「絶対に、卓たちの邪魔はさせないんだから!」

 そう言うと、美奈は空中に七枚のお札を投げた。それらは空中で円を描くように回転すると、その中心に大きな水の塊を生成する。しかも、次第にそれは渦巻き始め、勢いよく無垢の理に向っていく。

 「術式・七星、巻水かんすい!!」

 

 ピクリ、と無垢の理の眉が動いた。

 (力が、増幅、している……?)

 無垢の理が動いたのか、どうかを確認する前に、美奈の一撃が彼女へと炸裂した。

 耳をつんざくような轟音が響いたかと思えば、大量の水が飛び散り、辺りに雨のように降り注いだ。

 が。

 そんな中で無垢の理は淡々とした表情で立っていた。

 「これでも駄目か!」

 吐き捨てるように美奈が言うと、今度は無垢の理が動いた。

 フワッ、と足を地面から離すとそのまま低空飛行して美奈に近づく。

 「まず――!!」

 美奈が回避行動を取る前に、無垢の理は片手を前に差し出すと、

 「虚無の護憲ゼロ・ルール

 それだけ言うと、美奈の頭上に巨大な黒い剣が現れた。まるで影のようにどこまでも黒く、実体があるのかどうかさえ危うい、どこか禍々(まがまが)しいオーラを放つ。

 そして、それは有無を言わさずに美奈へと切先を向け、落下する。

 「――ッ!!」

 思わず目をつむる美奈。だが、痛みは無かった。代わりに、

 ガキィイイイイイイイン!! と、金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が響いた。

 「それって……」

 ふと、真理の声が美奈の耳に聞こえてきた。

 美奈はゆっくりと目を開け、真理たちを見るが、卓と真理は後から動いておらず、石をまるで心臓の鼓動に合わせて光らせているだけだ。

 だが、確実に無垢の理の攻撃を誰かが止めた。

 美奈は、真理と卓の視線を追うと、そこには、


 「美奈ちゃん、怪我は無い?」








 卓たちが、無垢の理と戦っている中、鳴咲市上空では、『神の使い』であるエマ=ニューズベリと、『冥府の使者』である冷淡の策士が対峙していた。

 光の翼で空中を素早く移動するエマの持つリピタと、翼などを使わずに、どういう原理かは分からないが空中を自由に移動する冷淡の策士の持つ、『砲滅の楔』が幾度もぶつかり合い、その度に火花を散らす。

 「ハハッ! いいねェ! いくら『神の使い』と言えども、力が制御されちまったら、そう簡単には俺も倒せないってかァ!!」

 「すなわち、模索。彼らが何とか『冥府の使者』を倒してくれれば私の方も力を最大限に行使出来るのですが」

 だが、冷淡の策士はその言葉に対して笑い飛ばすように言う。

 「無理だねェ! あんな人間共がウチの可憐な子を倒せるはずがねぇんだからよォ! あまり舐めるんじゃねぇぞォ? 大体、誰がお前の力を制御していると思っているんだァ? 力の制御が思いのままにコントロールできる無垢の理を倒すなんて発想に至るのが、もうすでに死亡フラグなんだってェ!!」

 言いながら、冷淡の策士は『砲滅の楔』を振り抜く。

 ゴバッ!! と空中で何か、衝撃波のようなものが発生すると、凄まじい速さでエマへと襲いかかる。

 だが、エマはエマで負けずにリピタで力を行使する。

 リピタの先端部分が光り輝き、エマの前方に光の壁のようなものを作り出す。そして、冷淡の策士の一撃と真っ向から衝突したそれは、空中で爆発を起こし、エマはその余波で後ろへと滑る。

 「おっかないねェ! 力の制約をかけられてもなお、俺の攻撃を止めることが出来るなんてよォ! 全く、『神の使い』ってのはこんなにも圧倒的過ぎる力を持っているのかよォ」

 本気でそう思っているのか、いや、実際はそこまでは思っていないのだろう。冷淡の策士はあざけるように笑うと、自身の武器である『砲滅の楔』を肩に担ぐ。

 エマは体勢を整えつつ、それに答えた。

 「すなわち、回答。貴方の解釈には誤りがあります。別に、『神の使い』全てが同様の力を持っているわけではありません。『神の使い』の中には階級というものが存在し、それに準じただけの力が神によって預けられるのです。さらに言えば、私の使いとしての名前は『ケルビム』。階級は第二位となっています。仮に力の制約がかけられたとして、私の力を極限までに抑え込むのは不可能です」

 すると、冷淡の策士は、

 「ほゥ。それは興味深いことを聞いたな。『神の使い』に階級があるなんて聞いたことがなかったものだからな」

 「すなわち、宣告。ここで一つ、伝えておきましょう。私たちの階級は全部で九段階あります。上から順に、『熾天使セラフ』、『智天使ケルビム』、『座天使トロノス』、『主天使キュリオーテス』、『力天使デュナミス』、『能天使エクスーシス』、『権天使アルコーン』、『大天使アルカンゲロス』、『天使アンゲロス』。このそれぞれに対応する力があり、中でも、上位三つの階級における力は、神の行うそれと、世界に与える影響の違いはそれほどはないと言われています。もちろん、実際に『神の奇跡』に比べたらどうかは分かってはいますが。ですが、それだけ私たちの力は強大というわけです。たかだか空間認識で力を制御されたからと言って、完全に無力化されるというわけではありませんよ?」

 「おいおい、マジかよォ。無垢の理の『性質』まで見抜かれてんのかァ。しかもその上で、その発言となれば、こっちも手っ取り早く仕事をこなさないといけないよなァ!」

 空中なのに、そこにまるで地面があるかのように、冷淡の策士は空気を踏み鳴らす。それを見て、エマもリピタを構えなおし、気を引き締める。

 (すなわち、解析。とはいえ、大分力が抑え込まれているのは事実。敵は敵で、私たちの知らない範囲での力を行使してくるはずです。正直、こちらの世界へ来たタイミングも把握出来ていなければ、力が抑え込まれているという事実を把握するのにも時間を要してしまいましたし……)

 そこで、冷淡の策士が先に動く。

 人を殺すために造られたようなデザインの武器を振りかざし、それを迫りながら横薙ぎに振るう。

 卓たちでは捉えきれなかった一撃が、直線的にエマへと襲いかかる。

 だが、エマはそれを捉えていた。

 静かにリピタを握る手に力を込めると、エマは目を瞑り、まるで祈りを捧げる修道女のように、どこか神々(こうごう)しい雰囲気を醸し出す。

 「すなわち、行使。ここに『智天使ケルビム』の力を具現せよ」

 リピタが今までに無いほどに光輝く。

 空一面を覆っているのではないかというほどに。もちろん、冷淡の策士の放った一撃も全て包み込んで。

 「ぐァ!?」

 思わず冷淡の策士は目を瞑り、武器を身体の前に構える。

 身体中に熱が走るのを感じた。

 火にあぶられているような、そんな感じだろうか。実際にそんな状況になったことがないので、何とも言えないがきっと似た感じだろう。

 次第に、熱さが痛みへと変わる。

 全身に針で刺されたような痛みが走り、冷淡の策士は叫んだ。

 「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 悲痛の叫び。

 だが、それ以上にエマの力による轟音が勝っていたため、無垢の理にその叫びが届くことはなかった。

 数秒の間、そんな状況が続き、光は次第に消えて行った。


 エマはゆっくりと構えていたリピタを降ろし、じっと敵を見据える。

 そこには、全身から湯気のような蒸気を放つ冷淡の策士がいた。

 彼の攻撃などどこにもその姿は無かった。

 「はぁ……、はぁ……」

 荒い息を無理矢理にでも整えようとする冷淡の策士。そして、そんな彼をあわれむこともなく、エマは口を開いた。

 「すなわち、納得。どうやら、力の制約とはよっぽど強力なもののようですね。今のは『神の奇跡』の中でも、一晩にして国一つを滅ぼしたとされるものだったんですが、まさかそれをまともに受けてまだ命があるとは。ですが、ある意味では助かりました。この力を行使した場合、私はそれ以降の力を使うことができません。ですが、力を制約されているので、そちらの方も加減されたようです」

 「……、おいおいィ。冗談キツイぜェ……。これで力が加減されただァ? 言ってくれるねェ! たまったもんじゃないぜェ、たった一撃でここまでボロボロにされちまったらよォ!」

 そう言いながら、冷淡の策士は半ば強引に武器を振りまわす。

 だが、その自棄やけになったような行動が、エマにとっては不測の事態を生みだした。

 その動きの度に、エマの飛んでいた空が割れたのだ。

 いや、具体的に割れたと言っても、その現象が説明できるものではない。突然、エマは空に押しつぶされるように圧迫され、その勢いに乗ったまま空中に身を投げ出される。

 「ッ!?」

 エマは何が起こったのか理解できなかった。

 そして、空中を飛ばされながら冷淡の策士を視界の端で捉えた。


 ニヤリ、と。

 彼は唇の端を吊り上げていた。そして、その唇が動いたのも確認出来た。


 「俺の『性質』、それは『破壊』だァ。もちろん、これは万物に影響するものさァ。それが例え、本来ならば破壊されるという概念が存在しないものでも、だァ。今それを目の当たりにしただろォ? 空を破壊するなんて聞いたことがなだろうがァ」

 微かにエマの耳に届くその言葉。

 そして、さらに一言続いた。

 「安心しろよォ。さっきの一撃は、ちゃんと、俺に大きなダメ―ジを与えているからよォ!」






 

三浦小鉄は戦いの渦中である鳴咲市を走っていた。

 「急いで『もう一組』に加勢しなくては! 正直、城根君たちの方も気にはなりますけど、一応、彼らは『冥府の使者』と直接的に戦っているし、最悪の場合と言う点では、『もう一組』の方が気になりますからね」

 彼の両手には、神器と化した双剣、『王の即座フィン・バロン』が握られている。右手には金の光を纏った剣、左手には銀の光を纏った剣が、それぞれ絶大な存在感を醸し出していた。

 既に中心街に入った今でも、卓たちがいるであろう場所から轟音が聞こえ、さらには、中心街の中からも爆発音が聞こえてくる。

 それらの激化する戦闘の痕跡こんせきが、小鉄をさらに急かす。






 キィイイイイイイイイイイイン! と、甲高い音が響いていた。

 『冥府の使者』である無垢の理が作り出した大きな黒い剣を、蓮華が止めている音だ。

 「蓮華……?」

 その様子を、後ろで光の剣を作りだしていた卓が見て呟いた。

 「美奈ちゃん、怪我は無い?」

 蓮華は黒い剣を受け止めながら言う。

 しばらく呆気に取られていた美奈は、我に返ってそれに答えた。

 「う、うん。大丈夫。でも、蓮華のそれって……」

 「……、」

 無垢の理も、どこか怪訝けげんそうな表情でそれを見ていた。自分の攻撃が受け止められたということよりも、むしろ、蓮華の手の中にあるそれが気になる様子だった。

 実際、敵だけではなく、卓たち味方からもそう言った視線を感じていた。

 それもそうだろう。

 蓮華が武器とする神器、『守護の弐席ガーディ・ツベン』のその形状は、海賊が使っていたような銃のはずなのだ。

 だがしかし。

 今、目の前で敵の攻撃を受け止めているのは銃ではない。

 蓮華の身長より少し低めといった感じの長さの剣。フェンシングなどに用いられるそれに似たデザインの物だった。

 その刀身で、黒い剣をしっかりと受け止めている。

 当然、卓たちはそんな武器を見たことが無かった。

 蓮華は握る剣に力を込め、頭上から降り注いできた黒い剣を無理矢理に押し返した。

 ズザザザ!! と、黒い剣はアスファルトの地面をえぐりながら滑ると、数メートルのところで消滅した。

 「それは?」

 無垢の理が目を細める。

 対して蓮華は、ヒュッ! と剣を振って風を斬ると、剣に視線を移して口を開いた。

 「これ? これは『守護の弐席ガーディ・ツベン』で間違いないですよ?」

 その言葉に驚いたのは、むしろ卓と真理だった。

 名称は彼らもよく知っているものだった。美奈もそれを聞いたことはある。だが、その姿形はまるで別物。

 そもそも、遠距離、中距離型の武器から、完全に近接型の武器に変わってしまっているのだ。

 「そんなの、見たことが無いわよ……?」

 真理が半ば独り言のように呟くと、ここに来て初めて、蓮華がどこか余裕すら感じさせるように表情を緩ませて、

 「うん、実は夏休みに特訓したときから知ってはいたんだけどね。『守護の弐席ガーディ・ツベン』っていう神器は、その名の通り、これ一つで『弐席』の役割を果たすんだって。右側を剣士、左側を銃士っていう配置をこれ一つにまとめたって小鉄さんからは聞いていたの。さらに具体的に言えば、武器のデザインからも分かると思うけど、私の神器って『海賊』の戦い方をモチーフにしたものらしくて、だから『守護の弐席ガーディ・ツベン』はこれだけで近距離にも遠距離にも対応できる仕様になってるの」

 「すごいな……これが、神器なのか」

 卓が言うと、今度はどこか頼りない笑みを浮かべながら、

 「でも、いくら武器の性能が高くても、私自身が実戦経験が明らかに不測しているから、地下訓練施設で小鉄さんに、普段は出来るだけ後方支援に回るように言われたの。それに、近距離での戦いなら、私なんかより遥かにたっくんと真理ちゃんの方が上だしね」

 その様子を見ていた無垢の理がようやく口を開いた。

 「けれど、それだけでは、私の、一撃を、止めた、説明には、なっていない、のでは? いくら、変形したから、と言って、まさか、それに、応じて、パワーアップも、する、とでも?」

 だが、蓮華はそれを首を横に振ることによって否定する。

 「ううん。確かに、『守護の弐席ガーディ・ツベン』は神器だけあって、たっくんたちの刀よりは武器としての性能は高いみたい。でも、それだけでは、私とたっくんたちの実戦経験の差を埋めることは出来なかった。多分、今でも近接武器で比べたら私なんてまだまだなのかもしれない。でも、私だって、『討伐者』になったのは最近だけど、戦ってきて、少しずつだけで成長しているの。きっと、今のはその結果なんだと思うの」

 

 蓮華は、そこまで言って、後方に構える卓と真理、そして横にいる美奈の順に視線を移して行き、

 「だから、私も精一杯時間を稼ぐから、たっくんと真理ちゃん頑張って!」

 蓮華の言葉に、美奈も力強く頷き、

 「私も全力で頑張るから!!」

 指と指の間に『術式・七星』で用いるためのお札を挟みながら構える。


 二人のその頼もしい言葉に、後ろで光の剣を作りだしている卓と真理は、これだけ緊迫している状況にも構わず、どこか不思議な安心感を感じていた。

 幾多とまではいかないが、ここにいる四人は大きな戦いを乗り越えてきた、信じることに何の疑問も抱けないような仲間だ。出会ってからの期間など問題ではない。お互いの間に確かに存在する『信頼』。それだけが彼らの動力源になるのだから。

 「それじゃ、よろしく頼むわよ!」

 「蓮華、美奈! 気をつけろよ!」

 卓とッ美奈はそれだけ言うと、再び光の剣へと意識を集中させる。








 鳴咲市の中心街にある私立光陵学園の敷地内で、くずりが呟いた。

 「『狭間の錠アクィトペルム』……?」

 くずりだけでなく、彼女のパートナーである雪穂も、その単語が引っ掛かっているようだった。

 聞き慣れないというより、初めて聞く単語のはずなのに、その単語を聞かされただけで嫌な胸騒ぎがしていた。

 そんな彼女たちの思いを知ってか知らずか、『冥府の使者』である最弱の常勝者は続けて口を開いた。

 「その様子だと、『狭間の錠アクィトペルム』についてはほとんど知らないようですね。まあ、それも無理は無いでしょう。人間たちが何千年もの間研究し続けてもなお、その実態すら掴めない存在なのですから」

 「一体、それは何なのー?」

 くずりが問うと、

 「言葉で説明するには少々難易度が高いですが……、まあ言うなれば、世界と世界を繋ぐためのツール、とでも言いましょうか。しかし、詳しいことは私に聞くよりも、実際に『狭間の錠アクィトペルム』に行ったことのある彼女に聞いた方がよろしいでしょう」

 「……彼女?」

 雪穂が首を傾げるも、今度はあざけるように、

 「ああ、これは失礼。それは叶わないことでしたね。なぜなら、私にこの場で殺されてしまうのですから」

 「「ッ!!」」

 その言葉に、少女二人は今の現実に引き戻される。

 例え、『冥府の使者』の最終的な目的を聞かされたところで、今の彼女たちにとっての最大も問題点はそこではないのだから。

 目の前の敵。

 これを倒さなければ自分たちの身が危なくなってしまう。さらには、守りたいものすらも守れないまま敗北してしまう。

 人が一番恐れていることとは何だろうか。

 敗北すること、そのものではないのではないか。少なくとも、彼女たちにとっては、勝ち負けという概念はそこまで重要な意味を為さない。

 ただ、負けることによって大切な物を失う、それが一番の恐怖なのだ。だからこそ、負けるわけにはいかない。

 グッ! と、それぞれが武器を握る手に力を込める。

 「雪穂!」

 「うん!」

 たったそれだけの言葉の掛け合いで、彼女たちはお互いの意思疎通が出来てしまうのだ。それだけ長い間、密度の濃い日々を過ごしてきている。人とは違った運命を与えられてしまった彼女たちだからこそ、その境遇で出会った二人だからこその芸当だろう。

 

 軽く地面を蹴りあげる。だが、それだけの動きでもとても人間とは思えない速さで最弱の常勝者との距離を詰める。

 まずは雪穂が三つ叉の槍を突き刺した。

 鋭利な矛先は確実に敵の腹部に突き刺さり、最弱の常勝者の身体はくの字に曲がる。

 「ごっぽっ!?」

 口から血の塊を吐きだし、彼は何とか槍の矛先から逃れようともがくが、その時にはすでに頭上でくずりが大剣を構えていた。

 「どこまで不死身なのか、見せてもらおうじゃないー」

 すかさず雪穂は槍を引き抜き、数回のバックステップでその場から離れる。そして、そのタイミングを完璧に合わせたところで、くずりは腹部を手で押さえている敵に向けて、全長三メートルほどの大剣をテニスラケットでも振るうような調子で振り下ろした。


 ドッパァアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!


 光陵学園内にとてつもない轟音が響いた。

 レンガは剥がれ、手入れされていた芝生も、土ごとえぐられていく。その様子を見るだけで、今の一撃がどれほど強烈なものかが分かる。


 だが、強烈と言っても、敵の性質によって言葉のもたらす意味は変わってくるのだ。

 普通の理念に従った戦いにおいて、自身の攻撃が強烈であれば、それは間違いなく有利に戦いを運ぶことが出来るだろう。

 しかし。

 その理念に従うことを知らない敵だとすれば?

 ダメージを受ければ受けるほどに身体を活性化させる性質を持った最弱の常勝者にとって、『強烈』という言葉は脅威にはならない。

 むしろ。

 彼を手助けする言葉となってしまうのだ。

 彼との戦いで、自身の力は勝利への活路にはなり得ない。

 常識を覆されてしまい、それまで常識に捉われていた戦い方しか知らない人間にとって、これほどまでに恐ろしい現実はない。


 案の定。

 くずりの『破壊』の一撃を受けてもなお、雪穂の槍に突き刺されてもなお、彼はそこに君臨する。

 腹部の傷などすでに見当たらない。

 口元を吊り上げ、口周りに着いた血を手の甲で拭いながら、彼は静かに唇を動かす。

 「無駄だと分かっているのにそれをするというのは、あまり褒められたことではありませんよ? 頑張ればどうにかなるとか、努力すれば願いは叶うなどというのは、現実を認めたくない者、つまり愚者の戯言ざれごとに過ぎないのですから。世の中にはどうにもならないことで満ち溢れている。それを知ってこそ、本当の意味で成長出来るのですよ」

 すると、今度はくずりがその言葉を受けて口を開いた。

 「知っているわよー? 世の中にはどう足掻あがいてもどうしようもないことだらけってことくらいねー。特に私と雪穂はそれを重々承知している幼少時代を送って来たわけだしー?」

 でもね、とくずりは付け足し、

 「だからこそ、それを知っているからこそ私たちは今、こうやってアンタと戦っているのよー。無駄じゃないと思っているからこそ戦うのー。ここで逃げ出しても、それが私たちにとって本当に最良の選択かどうかなんて分からないでしょー?」

 それに続くように、三つ叉の槍を構えた雪穂も唇を動かす。

 「私たちは何が何でも、この場所を守るの。あなたたちが私たちの世界を、街を脅かそうとするなら、絶対に止めなくちゃいけない。これは絶対なの。無駄だと諦めることは簡単だよ? でも、そこで諦めたら、私たちは今度こそ、何もかもを失ってしまう。もう、あんな辛いのは嫌だから」

 「ほう? 例え死ぬことになったとしても、ですか?」

 

 カチャ、と武器が乾いた音を立てる。

 二人が力を込めたために響いた音だった。

 そして、二人の少女は、鋭い眼差しで敵を見据え、口をそろえて、

 「「私たちは死なない!!」」


 ドッ! と、激しく土を蹴りあげて雪穂とくずりは最弱の常勝者へと距離を縮める。だが、それに対して彼は相も変わらず武器を取ることさえせずに、無防備に立っている。

 先に攻めたのは雪穂だった。

 大きな三つ叉の槍、その矛先を真っすぐに敵へと突き出す。

 ビュンッ! と風を斬る音が三人の耳に届いた。だが、その後に続くはずの、矛先が身体を突き刺す鈍い音は聞こえない。

 雪穂の攻撃を、最弱の常勝者は左足を軸に回転することにより、服をかすめただけで被害を抑え、なおかつ、その回転の勢いを利用した回し蹴りを雪穂の腹部へと直撃させた。

 「うっ!?」

 一瞬呼吸が止まった。

 雪穂の身体は光陵学園の敷地内を数回バウンドしながら転がり、花壇の淵に背中をぶつけて勢いが止まった。

 「そんな馬鹿正直に突っ込んできて、攻撃を浴びせられるはずはないでしょう?」

 余裕の表情を浮かべる最弱の常勝者。

 だが、その表情はすぐに一変する。

 「……?」

 すぐに第二撃として突っ込んでくるであろうと予想していたくずりの一撃が来ないのだ。それどころか、攻撃範囲に彼女の姿はない。

 (おかしい……、確か同時に突っ込んできていたはず――)

 すると、背後から彼女の声が聞こえてきた。それも、すぐ近くではない。数メートルほど離れたところだ。

 「こっちも、効かないと分かっている攻撃を何度も仕掛けるほど、愚かではないわよー? 元々私たちは力技でねじ伏せる戦い方を得意としているんだけどねー。でも、敵によってある程度は戦い方を変えるくらいの実力はあるのよー?」

 最弱の常勝者はすぐさま声の方向へと身体を向ける。

 そこには、全長三メートルの大剣を地面に向けて振るう動作の真っ最中のくずりがいた。

 「何を――?」

 「私の武器は、『斬る』というより、『壊す』専門。別に壊す対象は敵自身だけじゃないってことよー」

 「!?」

 その言葉の真意を探る前に、くずりが動いた。

 レンガの地面へと思い切り大剣を叩きつけると、その衝撃でその場は一気に捲りあがり、まるでミサイルのようにレンガの破片はへんが最弱の常勝者へと飛んでいく。

 「間接的に何かを壊して、それを武器とすることも出来るって話よー」

 当然、くずりのそんな言葉は聞こえない。

 レンガの破片は次々に最弱の常勝者の身体に突き刺さり、さらには、彼の身体を後方へと吹き飛ばしてしまう。

 だが、そこで攻撃は終わらなかった。

 「雪穂!!」

 くずりがそう叫ぶと、さっきまで地面に転がっていた雪穂は、いつの間にか石の力で強化された脚力で数メートル上空を跳んでいた。

 しかも、その手に握られた三つ叉の槍。その先には、矛先に貫かれたコンクリートの塊があった。

 「私の槍は、その貫通力に魅力があるのっ! でもね、私の武器だって使い方次第では、貫通力から、破壊力に転換することだって出来るんだからっ!!」

 まるでハンマーのようになった槍を、雪穂は軽々と振りまわし、レンガの破片に串刺しにされ、地面を転がる最弱の常勝者へと振り下ろす。

 

 ゴッ!!!!


 雪穂の一撃が、完璧に敵を捉えた。

 「ぐっ――!!??」

 コンクリートの塊が、最弱の常勝者の鳩尾みぞおちに直撃し、彼は口から血の塊を吐きだした。

 それだけではない。

 雪穂の攻撃によって、その場に大きなクレーターのようなくぼみまで出来あがり、最弱の常勝者の身体は半分ほど地面に埋もれていた。

 「雪穂、フィニッシュ!!」

 「うん!」

 くずりの言葉を合図に、雪穂は三つ叉の槍を振るうことで、先端部分に突き刺さっていたコンクリートの塊を振り払う。そして、鋭さを誇る槍が再び姿を現し、その切先は真っすぐに敵を見据える。

 「いくら、ダメージを受けないって性質を持っていても、さすがに、身体を切断されたら別の話でしょー? アンタは別に不死身ってわけじゃない。ただ、『元となる条件が他の生物と異なる』だけなんだから。命に関わる根本的な部分は変わらないんでしょー? だから、血を流し過ぎれば死ぬし、身体を切断されたら戦えない。違うかしらー?」

 聞こえているかは分からない。

 そもそも、敵に意識があるのかさえ。

 だが、それでも。

 くずりは口元を吊り上げて続ける。

 「雪穂の槍の切断力、それを身をもって味わうといいわよー」

 そうしている間にも、雪穂はジャンプして槍を構える。

 いつの間にかその矛先には赤黒い光が纏っていた。しかも、三つ叉の槍と同じ形を形成し、まるで映写機でそのシルエットを拡大しているようにも見えた。

 「これが私の全力! 黒紅翔槍こっくしょうそう!!!!」

 ズンッ! と、光の矛が地面に突き刺さる。

 直後。

 キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!

 耳を塞ぎたくなるような甲高い音が響いた。

 見れば、槍が突き刺さっている地面を中心に、上下左右へと攻撃が伸びていた。上から見れば、巨大な十字架にも見えるのだろう。

 その中心には、最弱の常勝者がいた。

 地面から飛び出すその赤黒い光は、まるで溶岩のよう。どこまでの深さまで抉っているのか予想も出来ないほどだ。

 「これが、私の『相棒パートナー』、白木雪穂の全力よー。普段おとなしいだけに、こんな派手な攻撃は似合わないからって、滅多に使うことは無いんだけどねー。それに、雪穂は元々戦いを好む正確でもないしー」

 くずりは独り言のように言う。

 実を言えば、彼女のすぐ横まで雪穂の攻撃は伸びているのだが、計算されていたのだろうか。くずりは一歩も動くことなく、雪穂の攻撃の当たらない場所に立っている。

 これが、長年一緒に居続けた彼女たちの信頼の表れなのかもしれない。

 

 数十秒の時間が経過し、ようやく光が消える。

 雪穂は地面から槍を引き抜くと、大きくバックステップを繰り返し、くずりの元まで戻る。

 「やったの……?」

 雪穂がじっと、最弱の常勝者の転がる場所を見据える。

 「どうだろうねー。でもまあ、この程度で倒せる相手なら、最初からどうとでもなったとも言えるわねー。ともあれ、少なからず何らかのダメージは与えられたんじゃないかしらー?」

 「だといいんだけど……」

 

 すると、地面がかなり抉られた場所から、影が動くのが見えた。

 「「……」」

 雪穂とくずりはそれをじっと見据える。

 もう何が起きているのかは把握出来ていた。

 そう。

 『冥府の使者』が立ちあがったのだ。

 彼が立ちあがると、腹部から大量の血が地面に落ち、その場を赤く染め上げる。

 「痛いですね……。さすがに今のは身体にこたえます。いくら私が常勝者でも、これはひどいじゃないですか」

 そう言うものの、すでに腹部の傷は完治しているように見えた。

 服と地面だけが血で赤く染まり、問題の肉体はそんなことはない。

 「ですが、やはり、私の『性質』を超えることは出来ないみたいですね。実際問題、肉体を切断してしまえば、倒せるのではないかという着眼点はあながち間違いではないでしょう。が、やはりそれも常識に捉われた考えですよ。今も見たでしょう? あれだけの重傷をものの数秒で完治させてしまうのですよ。これを見てもなお、腕や足を切り落とせば勝てるなどと思いますか?」

 くずりは短く舌打ちして、

 「雪穂の攻撃を持ってしても駄目なのー!? そもそも、アイツの『性質』、そのカラクリが分からないとやっぱりどうしようもないってのー」

 「どうしようっ! 私、今の一撃にかなりの力をつぎ込んじゃったよっ!?」

 「……、今のを見る限りじゃ、見闇に石の力を使っても、こっちが一方的に力を消耗するだけみたいだしー、かと言って、武器の力だけに頼っていても今の不利な状況を打開出来るとは思えないしー」

 そんな二人の様子を見て、最弱の常勝者は、

 「そんなに心配せずとも、近い未来、人類全てが死ぬのです。それが少し速まっただけなのですから、ここはあっさりと殺されることをお勧めしますがね」

 「ッ!!」

 くずりと雪穂は思わず身構える。

 だが、何故か手に力が入らない。面と向かって敵を見据えることが出来ない。


 これと言った打開策が思い浮かばない。

 このまま距離を縮められたらきっと殺されてしまう。

 雪穂とくずりは、額から嫌な汗を流す。 


 そんな二人の様子が、まるで滑稽こっけいだと言わんばかりに笑みを見せ、最弱の常勝者が一歩を踏み出す。


 瞬間。

 

 バォオオ!!

 あっという間に最弱の常勝者が爆発に飲みこまれた。

 「「!?」」

 その様子に驚いたのは、何も最弱の常勝者だけではない。

 雪穂とくずりも目を見開いた。

 そして、次の瞬間。


 二人の前に影が降り立った。

 右手に金色に輝く剣を、左手に銀色に輝く剣をたずさえた討伐者。


 三浦小鉄が。


第7回ぶっちゃけトーク!~世界観~


真理「さて、『使者降臨編』もいよいよ大詰め! 戦いも激しく、新キャラも出てきたところで、おさらいよ!」


卓「おさらい?」


真理「そう! この作品には、いくつかの『世界』が登場するでしょう? 今回は、それらの『世界』を簡単に説明しちゃうわよってこと!」


卓「なるほど! 俺もここらでしっかりと把握しないとな!」


真理「まず、私たちが住んでいる世界。これはまあ、みんなが住む地球だから、説明の必要はないわよね」


卓「そうだな。俺たちにとっては一番なじみ深い世界だしな」


真理「うん。そして、この作品のキーワードでもある、『虚無界』! これは、『魂玉』や『冥府の使者』が住む世界よ。今回の話で、その実態が見え隠れしていたけど、詳しいことはまだ分かっていないの」


卓「確かに。俺たち『討伐者』にとってはよく聞く単語だけど、詳しいことを聞かされたことはないな」


真理「その調査が、今後の戦いを左右しそうよね。 そして、最後に、エマたち『神の使い』がいる『死後の世界』。これがまた厄介で、呼び方はいろいろあるみたいなの。『天国』と『地獄』の総称が、『死後の世界』。でも、エマはさらにそこに私たちの世界も加えて『神の国』とも呼んでいるわ。そこらへんの区切りは世界によって違うのかもね」


卓「実際に存在しているのか疑問だったけど、エマの登場でそれが確実なものだって思い知らされたよ」


真理「そうね。あ、ここで一つ勘違いしやすいのが、悪人の魂が『虚無界』に行くわけではないの。人間は、エマも言っていたけど、生まれながらにして罪を持っている存在。そして、その根源ともいえるのが『悪魔の魂』。これは私たちの生命をつかさどる魂とは別物よ。人間が死ぬと、『悪魔の魂』が『虚無界』へ、悪人の魂が『地獄』へ、それ以外が『天国』へとそれぞれ分類されるの」


卓「なるほど! そして、『悪魔の魂』が連なって『冥府の使者』っていう存在を作りだしているわけか」


真理「もちろん、これはどれも断言できる話ではないんだけどね。でも、こうやって考えるのが、一番理論的なの」


卓「どちらにしても、今後詳しく調べる必要がありそうだな」


真理「うん! そのためにも、今回の戦いを切り抜けないとね!」


卓「おう!」

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