暴発の引き金
こんにちは! 夢宝です!
3月も早いものでもう中旬、本格的に花粉症の季節ですね……(汗)
最近は鼻づまりや目のかゆみがひどくて参ってます。そんなに外には出ていないはずなのに、そういうのはあまり関係ないのかも(笑)
さて、前話からの続きで、今回からこの章の本格的な戦闘が始まります!
構想を練り直した結果ここまで来るのに長かったー!
でもこの章はあらかじめ長いってことを伝えていたから大丈夫でしょうかね?(笑)
では、本編のほうをお楽しみください!!
断絶による変化に気がついたのは真理だけではない。
『メイド喫茶☆1・2』にいた卓も突然訪れた静寂に身構えていた。
「断絶っ! 敵か!?」
すぐさまブレスレッドに手を触れ、
「具現せよ! 我が剣!」
教室内に涼しげな蒼の光で満ち溢れ、それが収まったころには卓の手に長刀が握られていた。
そして、そのままダッシュで教室を飛び出す。
真理と別れて、廊下を歩いていた蓮華も、すでに片手に神器、『守護の弐席』を手に持っていた。
「どうして、こんなときにっ!」
辺りを見回すが、敵らしき姿は見えない。すると、廊下の向こう側から真理が駆け寄ってくるのが見えた。
校舎の外、中庭ではたこ焼きを買って食べていた小鉄がいた。
「断絶……、それもこれはっ!」
彼もまた、両手に双剣を持っている。間接型の神器、『王の即座』。厳密に言えば、今の状態では神器ではないのだが。
そして、最後に。
「えっ!? えっ!? 何なのこれ!? てだま!? どこ行ったのよ!」
突然、人が消え、辺りの音もなく静寂の中に放り込まれた美奈は廊下で右往左往していた。
理屈は分からないが、どうやら『断絶』の中に取り残されようだ。しかも、美奈はこの体験をしたことがない。
「何がどうなっているのよ!」
不安に煽られた美奈はとりあえず廊下を走る。いるかは分からないが、卓たちと合流することを選んだのだ。
蓮華と合流した真理は廊下を走っていた。
「えっ? これは真理ちゃんがやったんじゃないの?」
「違うわよ。でも蓮華でも無いって言うことは、卓? それとも小鉄さん?」
走りながら適当に推測していく。
断絶は『贈与の石』の力の一つ。世界から一部を切り抜くことで、断絶内の影響を本来の世界に反映させないためのもの。だが、当然、そうなってくると使用できる人間は限られてくる。
「全くこんなときに敵が来なくてもっ!」
真理は吐き捨てるように言うと、目の前から人影が迫ってくるのを確認した。
「あ、真理! 蓮華!」
美奈だった。
「えっ!? どうして美奈が……」
驚いたのは、真理と蓮華の方だった。どうして討伐者でもない彼女が断絶の中にいるのかというのが問題なのだ。
息を切らしている美奈は、ようやく顔を上げ、
「これは一体何なの?」
「これの力よ。もっとも、私たちがやったわけじゃないけど」
そう言って真理はブレスレッドを見せる。
美奈は詳しいことは分からないが、協力関係になる際に聞いた討伐者としての力という程度には認識している。
「今は元の世界と切り離されているって考えてくれるといいかも。でも、これは異常事態。敵の襲撃の可能性が大きいわ」
真理の緊迫した口調に、美奈は思わず息を呑む。
見れば、蓮華の手にはシックなデザインの銃が、真理の手には紅い光を纏った日本刀が握られている。只事ではない。
『月下通行陣』の一件のときのような緊迫感。
しかし、美奈とてただの一般人ではない。『妖霊の巫女』としての力はあるのだ。
「私も戦うよ! 事情はよく分からないけど、今回は私が力を貸す番だから!」
その言葉に一瞬迷った表情を浮かべた真理と蓮華だが、お互い視線で意思疎通を交わすと、頷いて、
「分かった。とりあえず今は卓と合流しよ」
そして、再び廊下を走りだす。
小鉄は学校の敷地内から飛び出し、近くにあった中型ビルの屋上に登っていた。
そして、街を見渡すと、
「まさか……街全体に断絶が……?」
今までのとは違い、一部ではなく、鳴咲市全体が静寂に包まれると言う異様な光景が小鉄の目の前に広がっていた。
「一体誰が……」
思いつく限り、こんな芸当が出来る人間を彼は知らない。
小鉄自身でもここまでの広域で断絶するのは難しいだろうし、そうなってくると、新人である卓と蓮華でも無理だろうし、多少長い間討伐者をやってる真理でも無理だろう。
「もしかして、『もう一組』の討伐者たちが……? ともすれば、敵はそちら側にいる可能性があるんでしょうか」
小鉄はある程度推測すると、石の力で肉体強化した上で、中心街へと向かった。
聖徳高校の校舎内。無人の廊下を卓は走っていた。
すると、誰もいないはずの廊下から複数の足音が響いてきた。
「あ、卓!」
聞きなれた少女の声が聞こえる。前方を確認すると、真理を先頭に、後ろから蓮華と美奈が走ってきていた。
「真理! 蓮華! って、あれ? 何で美奈まで!?」
当然のリアクションをとった卓だが、事態はそれどころではなく深刻だった。
「その話はまた今度! それよりも卓! この断絶は卓が?」
「え? 俺じゃないけど? てっきり真理かと思ってたけど」
卓が訊ねると、真理と蓮華も首を横に振る。
真理は額に手を当てて、
「となると残るは小鉄さん? でも、見かけないのよね」
「とりあえず、外に出てみるってのはどうだ? 校舎内に敵がいるならとっくに現れているだろうし」
卓の言葉に真理は頷き、
「それがいいかも。どちらにせよ、狭いところでの戦いは私たちに向いていないし」
決まると、卓たちは真っ先に外へと向かう。美奈に至っては事態を把握しきれていないが、とりあえず一緒に行動している感じなのだが。
鳴咲市の中心街の一角にある日本国内でも有数の名門お嬢様学校、私立光陵学園。ここもすでに断絶の中に取り込まれていた。
そんな学校の敷地内に、二人の少女がいた。
手入れされた庭園のような敷地内に、一人は茶髪のロングヘアーで、先端部分だけカールをかけた白い肌の少女。手にはその可憐な姿に使わない三メートルほどの三つ叉の槍が握られている。柄の部分は滑り止めなのか、白いゴムグリップが巻かれている。そして、もう一人は、スティック状のチョコ菓子を煙草のように口に加えている、金髪ショートヘアで、襟足は肩のところで切り揃えられている少女だ。こちらも物騒にも重量数百キロはありそうな三メートルほどの大剣を片手で軽々と構えている。
別に彼女たちが筋肉の塊のような肉体を持っているわけではない。むしろ二人とも細く、とても華奢な体つきだ。
「まさか、街全体を断絶しちゃうなんてねー」
金髪ショートヘアの少女、名前は潮波くずりが大剣を構えながら言う。別に目の前に敵がいるわけでもなく、辺り全体を警戒しているようだ。
「だ、誰が断絶したのかなっ?」
もう片方の三つ叉の槍を構えるどこか気弱そうな少女、白木雪穂も周りを見回しながら言う。
「さあ? あれじゃないのー? 例の『魂の傀儡子』を倒したって言うゆーしゅーな討伐者さんたち?」
「ここまでの大規模な断絶が出来るほどの実力者だったなんてっ!」
雪穂は驚きのあまり、危うく身長の二倍ほどの槍を落とすところだった。
もちろん、事実は異なるのだが、事情を知らない彼女らにそれを知る術はない。
「それにしても、今度は街全体を戦場にするつもりかしらー? この間の訳のわからない現象といい、最近は派手よねー」
訳のわからない現象、というのは『月下通行陣』のこと。詳しいことを知らされないまま巻き込まれた彼女たちはそういう風に適当に理解していた。別にそれでも問題はないのだから。
「で、でも今回は違うみたいっ。だって断絶ってことは私たちに関係しているってことだよねっ?」
「まあ、そういうことになるんじゃないー? って言っても、実際に敵の姿が確認出来ないっていうのが気になって仕方ないんだけどー。もし遠くで戦っているならわざわざ街全体を断絶する必要がないわけだし?」
「た、確かにそうだよねっ。でも、これだけの断絶をしていながら、騒ぎが全くないなんて不気味だよっ」
「嵐の前の何とやらってねー。望むとも望まざるともすぐに戦いは始まるんでしょうけど、どちらにしても私たちのやるべきことは変わらないでしょー」
「うん。私たちの居場所を守るだけ」
二人の少女は改めて各々の武器を握り直す。
聖徳高校の正門前に卓と真理、蓮華、美奈の四人はいた。
辺りを見回すが、小鉄の姿も、当然一般人たちの姿も見られない。
「まるでゴーストタウンね」
美奈がふと呟く。
断絶を始めて経験した美奈の気持ちは卓と蓮華も理解出来た。もしかしたら真理も。だが、今はそんな不思議現象ばかりに気を取られている場合でもなかった。
断絶が生じたということは、少なくとも何らかの必要性があるから。誰が発動させたのかまでは分からないが、発動させた理由は大体合っているだろう。となれば、やるべきことは一つ。
卓も真理もそれぞれ光を纏った刀を握りしめ、蓮華は神器、『守護の弐席』を構え、美奈は『術式・七星』に使う七枚のお札を指の間で挟んでいる。
「敵が分からないってことほど恐いものもないのかもね」
真理は嫌な汗が流れているのを感じつつ、周囲に気を配った。それは他のメンバーも同じだったのだが、事態は一瞬のうちに激変した。
刹那。
静寂の空が光った。目も開けられないよな真っ白な光だった。が、それも一瞬のことで、光が消えたと思った次の瞬間。
ゴバァア!! と。
卓たちが立っていた地面がまるで水のように飛び散った。アスファルトの硬さも何もかもを無視したような現象だった。そして、卓たちは波に飲まれたように吹き飛ばされる。
「ッ!!」
今の一瞬で何が起こったのかなんて理解できたはずもない。
卓は地面に背中から落下し、全身に痺れるような感触が走ったが、それでも無理矢理、身体を起こし先ほどまで立っていた場所に視線をやった。
すると、そこは元々道があったのかどうかさえ分からないほどの深い穴が空いていた。分かりやすく言えば、巨大なクレーターが出来あがっているようだ。
そして、その周りには自分と同じように吹き飛ばされていた真理と蓮華、美奈が地面に転がっている。しかし、誰も意識を失った者はいなかったようで、すぐに起き上がっているのが確認できた。
「な、何よこれ……」
真理も起き上がるなり、目の前で抉られた地面を見てそんなことを呟く。蓮華も美奈にしても似たような反応だ。
だが、四人の視線はすぐに空へと移る。視界の上に何か光るものが捉えられたからだ。そして、実際にそれを見た四人は唖然とした。
言葉が生まれてこなかったのだ。
空にポツンと浮かぶ光の塊。塊といっても、ただの個体というより、何かのオブジェのような雰囲気だ。
大きさは遠近法のせいで正確には分からないがそこまで大きくはない。が、その姿はまるで、
「天使……?」
蓮華が呟く。
誰も反応を示さないが、きっと同じことを思っていたのだろう。
空に浮かぶ光。
両翼のようなものが見える。白い光に包まれているせいで、それが何なのかという答えは分からない。が、蓮華の言うことはあながち間違いではないと思えた。少なくとも『魂玉』ではない。
空に浮かぶ光が一層強くなった。
「来るっ!」
真理が叫ぶのと同時、第二撃が地上を直撃した。
「「「「――ッ!」」」」
もはや『時間』という概念がないように思えた。
光速。
比喩ではない。光ったと思った、いやそれすらも許さない速さで地面が吹っ飛んだ。
呼吸が止まるかとも思った。何が起きたのか理解も出来ない。刀を構えることも、引き金を引くことも、術を発動させることさえも許さない絶対的な一撃だった。
視界がチカチカしている中、真理の声が飛んできた。
「皆! 一度バラバラに逃げて! 一緒にいてもどうにもならないわ!」
途端に、足音があちこちから聞こえてきた。どうやら皆バラバラに散ったようだ。そして卓も全速力で駆けだした。
真理の言うことは最もだった。
攻撃の正体も何も分からないが、一つだけ分かることがある。
このままでは全滅する。
卓もここまで圧倒的な攻撃を相手にしたことはない。触れることすらも、防御することすらも許してくれないような圧倒的な敵。例え、『冥府の使者』を倒したことがあっても、『超大規模術式』を阻止したことがあっても敵わない。そう思ってしまった。
長刀を片手に全速力で無人の街を駆ける。口の中が鉄の味で充満する。肺が締め付けられるように痛い。
けれど足は止められない。止めた瞬間に狙い撃ちにされる。
すると、すぐ後ろからバコォ!! という轟音が聞こえてきた。背後のはずなのに、その光はしっかりと卓の視界を閉ざす。直後、爆風で卓は背中から飛ばされた。
「ぐっ、がぁああああああああ!!??」
卓は風に乗せられ、背中からアスファルトの地面に叩きつけられ、そのまま引きずられるように転がった。
転がりながら空に浮かぶ光を捉えるが、それが動いたような形跡はない。本物のオブジェのようにそこに君臨しているだけで、卓を個人的に攻撃したのだ。
だが、それは別に卓だけというわけではなかった。
卓が全身の痛みに耐えながら立ち上がろうとしていると、光源から新たな光が放たれた。しかし、それは卓ではなく、数十メートル離れたところに落下した。爆発音はここまで轟音として伝わってくる。
(誰かのところに攻撃された!?)
真理か蓮華、美奈のうち誰かだろう。卓はすぐにその場に駆けつけたかったが、しかし身体が思うように動かない。怪我のせいというより、攻撃に対する恐怖のせいだろう。手に握る長刀がカチャカチャと乾いた音を立てて震えている。
「くそが! 動けよ!」
毒づくと、卓はおぼつかない足取りで来た道を戻っていく。自分が行ったからといってもどうにかなるわけではない。自分はそんなに強くは無い。アニメや映画のように、強い力を持って敵と戦えるほど英雄ではない。誰かを絶対に守れるなんて自身があるほど主人公ではない。あくまでも、石の力を少し借りただけの高校生。自分一人で困難を打ち破れる選ばれた人間なんかじゃない。けど、それでも動かずにはいられない。勝てないかもしれない。死んでしまうかもしれない。その程度のちっぽけな人間でも、卓は止まることは無い。
そこで光源が動いた。
まるで鳥が獲物を見つけたように急降下していく。やはり左右に伸びていたのは羽だったようだ。リズムに乗せたように両翼を羽ばたかせながら地面へと向かう光源。
卓ではなく、少し離れた場所に落ちて行くのを見ると、標的は自分ではないらしい。が、安心は出来ない。何せ、動かずとも離れた場所が攻撃範囲として設定できるような敵なのだ。もはや、この街に安全地帯はないと思っても間違いではないのかもしれない。
真理は路上で迫りくる光の塊を日本刀の切先で捉えていた。
日本刀を中心に深紅の光が巨大な槍の形を形成していく。そして、それを迫りくる光に向けて突き出す。
「紅蓮槍風!!」
その動きに連動して、刀身に纏っていた槍の形をした斬撃は勢いよく光の塊へと直進していく。
が、敵は軽く。本当に、何気なく首を回すような程度の動きで羽を動かすと、真理の飛ばした斬撃は呆気なく消滅した。
「ッ!!!!!」
真理が驚くのと同時。光の塊は真理を通過した。だが、真理への影響が皆無というわけではない。むしろ、それが攻撃だと言われても不思議はないくらいの勢いで後方に吹き飛ばされた。
骨が軋む音が耳に届いたと思ったら、真理は民家の塀の瓦礫に埋もれていた。
「かっはっ!?」
呼吸が止まった。意識も失いそうだった。が、それはギリギリのところで持ちこたえる。だが、真理はそれよりも気になったことがあった。ほぼゼロ距離ですれ違った瞬間、声が聞こえた。少女のような綺麗な声。
『冥府の使者、滅びよ』
確かにそう聞こえた。
一瞬、目も開けられなかったがそれだけは間違いない。そう確信した真理。
すぐに日本刀を支えにして起き上がると、すれ違った光の塊が旋回するところだった。そのとき、ようやく見えた。
人の形だ。
光そのものというより、人の身体を光が覆っていると言う方が正しい。だが、その背中からは確かに両翼が生えている。
その姿は蓮華が言うとおり、天使のように見えた。
(どういうこと!? あれの正体って何!?)
思いつつも、日本刀を構える真理。敵も次のモーションに入ろうとしている。だが、正直言って敵の動きを封じることは出来ない。
真理の持ち技でも最高の威力を誇る『紅蓮槍風』すらもまるでなかったようにあしらわれ、挙句の果てにはすれ違っただけで数メートルも吹き飛ばされてしまうのだ。文字通り、次元が違う。
だがしかし、天使は冷酷にも攻撃態勢に移行していく。そこに躊躇などない。あくまでも作業的に動く天使。
今度は急降下するわけでもなく、真っすぐに真理を捉え、両翼を広げる。そして、両翼から別の光が放たれた。
鳥の羽一枚一枚のような形をした無数の光の雨は真理へと到達する前に、あちこちの民家にも直撃していく。
その度に、ペーパークラフトを踏みつぶして行くような、何の抵抗もなく民家を粉砕していく攻撃。
(――!!)
もはや言葉すら生まれてこない。ただただ、そのあまりにも現実離れした光景に全身を震わせるだけ。
目を瞑ることさえままならない。思い浮かぶのはあの羽に貫かれて骨すらも残らない自分の死にざま。
無意識に涙が零れた。もう駄目だと。自分の好きな人に想いを伝えられないまま死ぬと思った。けれど、そうはならなかった。
「蒼波滅陣!!」
声と同時に、目の前に蒼の波のような斬撃が現れた。そして、それは真理と光の羽の間に壁のように入り、直後に肉体強化した卓が真理を強引に抱き、すぐさまその場から離れた。と言っても、一度の蹴りで移動できた十数メートルほどだが。
卓の放った斬撃も、相撃ちとはならず、あっという間に無数の羽に打ち消され、つい一瞬前まで真理が立っていた路地を木端微塵に粉砕していた。
卓と真理はその余波を受けて、抱き合ったままの形で地面を転がる。そして、何度かバウンドしてようやく止まると、卓はすぐに腕の中にいる真理を確認した。
「大丈夫か!? 真理!」
ぱっと見、目立つような怪我は無さそうだが、それでも油断は許されない。
真理はゆっくり目を開けて、
「え、ええ。ありがとう」
そう言って卓の腕の中から出て立ち上がった。さっきとは違い、すごく卓と密着したことによって胸が高鳴っているのが分かった。が、素直に喜んでいる場合ではない。
空に浮かぶ天使はまたこちらに向けて両翼を構える。
「一体、何だよアイツはっ!」
卓が吐き捨てるように言うと、真理は、
「分からない。もしかしたら『冥府の使者』なのかもしれないけど。でも、何か気になるのよね……。でも今はこの場を何とかしないとっ!」
真理と卓はどこまで意味があるか分からないが、刀を構える。
だが、この数分のやりとりの中で、真理も卓も自分の攻撃をことごとく打ち破られている。それどころか、触れることすら許されない。直接刀で斬りつけることも出来なければ、近づくことすらこちらからでは出来ない。
どうすればいいのか。もう、勝つなんてことを考えている場合ではない。みっともなくても、逃げることになってでも、生きることを考えなくてはいけない。
「真理! あの光の剣はどうだ?」
しかし、真理は首を横に振る。
「無理よ。あれは発現させるまでに時間が必要なの。とてもアレがそんな時間を与えてくれるとは思わないでしょ?」
「畜生……!!」
そして、圧倒的な一撃は来た。
無数の鳥の羽が矢のように迫りくる。まるで逃げることすらも許さないと宣告されているような一撃。事実、卓も真理も動くことすら出来なかった。例え動いたとしても、その攻撃範囲から逃れることは出来ないだろう。卓の『蒼波滅陣』よりも遥かに広い攻撃範囲。
「真理! 歯を食いしばれ!」
「えっ!?」
真理が気がついたときには、卓の長刀の峰が真理の腹部に直撃していた。そして、そのままバッドの素振りのように振り切る。
真理の全身に痛みが走ったが、そのおかげで攻撃範囲外まで勢いよく吹き飛ばされる。ノーバウンドで数十メートルも飛ぶ真理。
いくら峰と言っても、石の力で肉体強化された腕力で吹き飛ばされたのだ。軽い真理など簡単に吹き飛ぶ。
真理はそのままの勢いで瓦礫の山にぶつかってその場に崩れ落ちる。
「た、くっ!!」
そんな状態でも、離れた場所に立つ卓を見据える真理。だが、その姿はすぐに見えなくなってしまう。
無数の羽が卓の周りを直撃し、粉塵が完全にブラインドになって視界を閉ざす。
「たくぅうううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」
余波が数十メートルも離れたここまで届いてくる。ともすれば、その場にいた卓への影響は考えるだけでも恐ろしい。それだけではない。まるで地震のように地盤が揺れる。
その揺れは、現地から数十メートル離れた場所にも届いていた。轟音も。
それらを感じつつ、蓮華は空に浮かぶ光の塊、仮に天使と呼んでおく。それに銃口を向けている。
神器、『守護の弐席』。
小鉄の話によると、神器と一口に言っても、実は二種類に分類されるらしい。『間接型』と『無変型』。蓮華の神器は後者だ。
『贈与の石』から具現させた時点で、武器そのものに石の力が宿っているため、その都度詠唱を唱えなくても良いという利点がある。
そして、今はその神器である銃に刻まれた黄金の波模様が光輝き、宙を舞う天使へと何かを指示しているように見えた。
『弱点写し』。
名前の通り、相手の弱点を示す力。光が道標となるはずなのだが。しかし、天使の弱点と思われる場所へと向かわない。というより、外部からの力で触れることすら出来ないはずの光を無理矢理、ねじ曲げられているように空中で曲折している。
(どういうことっ!? 弱点が無いわけじゃないのに……、それ以前に私からの干渉を無視している感じ)
ならば、と。
蓮華は銃口の先にハンドボールサイズの光の球を作りだした。球体の周りに帯のように光が生じ、回転する。
蓮華の細い指が『守護の弐席』の引き金に力を加える。
「射出準備完了……、」
標準を天使に定める。銃身がずれないよう、全身を使ってバランスを取り、そして、
「射出!!」
引き金を引く。
銃口の先端で作られた光の球は勢いよく天使へと向かう。距離など関係なかった。決して威力が劣ることもなく、ただ標的を打ち抜くためだけに空を切り裂く。
その時だった。
空に浮かぶ天使が少しだけ首を動かし、蓮華の方へと向く。たったそれだけの動きだった。他に攻撃予備動作など無かった。はずだったのだが。
ゴバッッッッ!!
蓮華のいた住宅地は一瞬にして二〇メートル四方が荒野と化していた。まるで核爆弾が投下されのかと思うほどの巨大な爆発が生じ、蓮華の放った攻撃もろとも全てを消滅させた。もちろん、蓮華も無傷ではない。
広範囲の攻撃のおかげとでも言うべきか、蓮華自身に直撃したわけではなく、あくまでもその余波によってひき飛ばされる。とはいえ、それだけでも十分過ぎるほどの破壊力で、思わず武器を手放してしまうかと思ってしまうほど。だが、すぐに銃を握り直し、地面を転がりながらも痛みに堪える。脳が揺さぶられたような気持ちの悪い感覚で、どっちが空でどっちが地面か一瞬、分からなくなってしまった。それも動きが止まれば何とかなったのだが。
だからと言って油断は出来なかった。相変わらず天使はこちらを向いている。蓮華の場所から明確に顔が見えるわけではないのだが、先ほどと同じ向きであることからもそう推測できた。
蓮華が再び、『守護の弐席』を構えようとしたのと同時、天使が動いた。大きな動きではない。先ほどの急降下のようなものでもない。
わずかに。
それも視認出来るかどうか怪しいレベルで、横に移動した。空に比べる物が無いからかもしれない。それがどれだけの距離を移動したのかは正確には分からない。が、確実に動いた。
直後に、蓮華のいる場所に一本の光の矢が飛んできた。紛れもなく天使からの一撃。
「ッ!?」
それを確認すると、頭で考えるよりも先に蓮華は走り出した。銃を構えることはしない。本能的にそれが防衛機能として働かないと直感したのだ。例え、渾身の一撃をあの矢に放ったとしても、矢はまるで紙を射抜くように蓮華の一撃を粉砕し、そのまま自分へと向ってくるだろう。
もちろん、走って逃げることが最善とは限らない。だが、直撃さえしなければ、まだ生き残る可能性はある。その証拠に、この数分間で何発もの強烈過ぎる一撃を受けているが、蓮華は生きている。その全てが直撃ではないからだ。無傷ではないにしろ、走れる程度には無事なのだ。
考え方によっては、直撃でないのにこれだけボロボロになっている方が異常ともとれるのだが、蓮華は良い方へと考える。
光の矢は、案の定、蓮華に直撃することはなく、すぐ後ろのアスファルトの地面に突き刺さった。
ドッ!!!! という轟音が後から続く。
矢が突き刺さった場所を中心に、地面が揺れ動く。亀裂が走る。断層が生じる。民家は骨すらも残らずに吹き飛んだ。
一体、どれほどの自然災害ならここまでの被害になるのだろうか。ここが『断絶』された世界でなければ、何人の命がこの一瞬で失われていたか、考えるだけでもゾッとする。しかし、蓮華もそんなことばかりを考えている場合ではない。
矢の影響は当然、彼女にも及ぶ。
「ごっ!? がぁああ!!」
蓮華の腹部に、直径五〇センチほどのコンクリートの塊が直撃した。
意識が飛びそうになるのを、唇を噛むことで耐える。が、その反動で蓮華は大きく後ろに飛ばされ、瓦礫の山へと背中から突っ込む。
いくつかの破片が、蓮華の白い肌を赤く染めていく。だが、そのおかげもあってか、そこからはあまり飛ばされずに蓮華の勢いは止まった。
意識はある。
だが、蓮華はそのことによる安心感はなかった。むしろ、絶望感に近いのかもしれない。自分の視界に広がる光景。
元々が何だったのか、住宅街なのか、空き地だったのか、未開拓の土地か。そんなところから分からなくなってしまうほど、目の前の光景は悲惨なものだった。
(こんなの、強いとかそんなレベルじゃない……。戦うなんてことすら許されない、一方的な蹂躙……)
まるで、銃を向けている自分を嘲るように。
子供が面白半分で、蟻の巣を潰すかのような感覚なのかもしれない。抵抗されることを考慮していない。蟻が人間に歯向かえないように。
蓮華は思わず、武器を投げ捨てようと思ってしまった。
敵うはずがない。
四人で束になっても勝てるような相手じゃない。修行してどうにか埋められるような実力差ではない。
現実なんてそんなものだ。
漫画のように、努力すればそれまで敵わなかった敵に勝てるというわけではない。いや、そういう敵がいるのはいるだろう。しかし、今目の前にいる敵はそんな生易しいものではなかった。問答無用で倒しに来る。それが本気を出しているというわけではない。遊びにも似た感覚で、だ。
諦めなければいつか、という法則は通用しない。
もがけば勝てるチャンスが来る、なんてことは無いだろう。
潔く諦めて逃げ出す。これが一番賢い選択だと思う。
蓮華はその選択を選ぶ。間違いなく。
ただし。
守りたいと思う人がいなければ、の話だ。
グッ! と、『守護の弐席』を握る手に力を込める。そして、全身の痛みに耐えながら立ち上がり、空に浮かぶ天使を見据える。その瞳に迷いはない。
(勝てる、勝てないの問題じゃないんだよね。私がここにいるのは、私が望んだことだから! 好きな人と、たっくんと同じ世界に立ってみたいっていう私のわがままだから! 好きな人のために動ける力が欲しかったからここにいる! 勝てないから逃げるんじゃない。勝てるから戦うんじゃない。私が戦うのは、好きな人と一緒にいたいから! ただそれだけのために!)
真理は、辺り一面が荒野になってしまった街の一角に立っていた。
天使の攻撃から卓が逃がしてくれた。自分を犠牲にして。その際に真理は腹部に痛みを伴ったが、今はそんなことはどうでもいい。
「……た、く……?」
今にも消えそうな、震えた声。
真理は一歩、また一歩とゆっくりとした動きで先ほどまで卓がいた場所へと向かう。だが、それはあまりもゆっくりすぎる動き。まるで全身の筋肉が動作していないようにも思えた。
「返事……してよ……? ねえ……」
別の場所から天使の攻撃による轟音が聞こえてきた。しかし、今の真理にそんな音は届いていない。
目の前の惨状。
卓がいたであろう場所は、深さ一〇メートル以上まで抉られている。民家など、カスも残らない状態だった。コンクリートの塊ですらその有様なのだ。ただの肉の塊が形を残しているはずがない。
「お願いだよ……、卓……?」
足に瓦礫がぶつかった。足の指から激痛が走る。しかし、真理は表情を変えない。いや、これ以上歪まない、と言うほうが正しい。
唇は震え、刀を持つ手すらその感覚が失われつつあった。頭で何を考えているのか、自分自身ですら分からない。ただ足が勝手に前に動く。それだけのことだった。
「生きてるんだよね……? そうなんでしょ……? 私を置いて死ぬはずがないもんね……卓は」
その瞬間、真理のすぐ後ろで天使の攻撃が炸裂した。
ゴバッ!!!! と。
地面が津波のように盛り上がり、そのまま真理を前方へと吹き飛ばす。抵抗することもなく、ただその勢いに任せて真理は地面を何度か転がった。身体のあちこちに瓦礫の破片が突き刺さるのが分かる。
痛い。
普段なら、叫び出すだろう。いや、今も叫んでいるつもりだ。痛みに耐えることは出来ない。けれど、声が出ていない。
呼吸が止まっていると言われればそうなのかもしれないと錯覚してしまいそうな気分。
真理が転がった後の地面は赤黒く染まっている。
血だ。
真理はそれを見て認識した。だからといって、それだけだった。驚くほどにあっさりと、まるで客観的な感想しか抱けない。
そして、真理はようやく止まった。そう。卓が立っていた場所で。
ギリギリ、抉られた穴に落ちる前に制止した。より正確には、穴の周りに突出していたコンクリートの壁に激突した。
真理は事態を把握しきれていない状態で、ヨロヨロと起き上がる。その動きだけで全身が痺れるような痛みに支配された。骨が軋む。皮膚が引きちぎられたような気分だ。だが、歯を食いしばり、そして真理は抉られた地面を見下ろした。
隕石でも落ちたような跡だ。
何もない。
衣服の欠片も、血肉の断片も、刀の一部も何もかも。
当然だ。コンクリートすら形を残さないのだから。
「……、」
真理はついに言葉を失った。
心臓を素手で鷲掴みされている気分。気持ち悪い。吐き気がする。でも出ない。
救われた。その事実は真理の中から消え去っている。
どうして自分だけが助かった?
自責の念だけが真理の心の中に取り残されている。そこで真理の脳裏に浮かび上がったのは、五年前。
似たような状況だった。
真理は『冥府の使者』と対峙し、その際に卓だけを救い、自分は犠牲になった。もちろん、死んだわけではない。だからこそ、今こうやってここにいるのだから。しかし、卓はそうは思っていない。真理は死んだと思っていた。それでも、どこかで諦めきれずに自分との約束を果たそうとしてくれていた。
けれど、今ようやく分かった。
自分だけが救われて、取り残された世界で生きて行くことの辛さが。
何も救われてはいない。
希望などない。
あるのは絶望。愛する者を失ったという負の感情だけだ。
そして、同時に、その時の支えがどれほど大きい存在なのか。
卓にとってのその支えは間違いなく蓮華。
果たして、自分にはそんな支えがあるのだろうか。いや、卓を失ったことで絶望するのは自分だけではない。その蓮華だってきっと同じだろう。
どうすればいい。
分からない。失った命を取り戻すことは出来ない。
何を恨めばいい。
分からない。自分の犠牲になった卓を? それともその状況を作りだした天使を? いや、そもそも庇われたことがいけなかった。ならば自分を?
本当に、どうすればいい。
敵を倒したかろといって、殺したからといって、卓が戻ってくるわけではない。ならばこのまま引き下がるのか?
出来るのか。
逃げることすらも許されないとしたら?
時間が経過すればするほどに、出口の見えない迷路へと迷い込んで行く。深く、底の見えない穴へと落ちて行く。もう、その勢いを止めることは出来ない。どうしようもない。
どうしようも……。
「うっ、うヴぁああああああああああああアアアァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
直後、ゴポッ! という生々しい音が響いた。
音源は真理の手首。紅の贈与の石。
そこからまるで血が噴き出したように光が放出され、それは一瞬のうちに真理の背中へと移動する。
ゴポッ、ゴポポポポッ!!
音は継続的に鳴り響き、次第に真理の背中で定着すると、不可思議な、歪な形を形成していく。
空に舞う天使と同じように、左右に翼のように。
実際、翼として見えないこともない。だが、絶対的に違うのは、翼としての形を維持していないといことだ。
まるで生きているようだ。
翼のように形成した深紅の光は、その形を円筒形、立方体、はたまた説明出来ないような複雑な形へと、休まることなく変化させていく。羽自身に、意識があるように。
対して、真理はだんと、全身から脱力していた。
意識があるのかどうかすら分からない。ただ、片手に日本刀を握り、その場に羽に支えられて立っているという印象を受ける。
天使もそれに気がついたのだろう。わずかな動きを見せた。それまで作業的に攻撃を放つそれとは明らかに違った動き。
同時。
真理は地面を軽く蹴りあげた。そこからは歪な両翼が、羽ばたく代わりに、その形を継続的に変えていくという奇妙な機能で真理を空へと誘う。
天使の君臨する、人間の到達出来ない戦場へと。
三浦小鉄は、卓たちとは数百メートル離れたところにいた。
幸いというか、奇跡的に天使の攻撃の影響を受けずに、無傷で健在するビルの屋上で立ちすくんでいる。
継続的に轟音が耳に飛び込んでくる。それと連動して、空に浮かぶ天使から攻撃が放たれる。その度に街の一部が消滅していくという恐ろしさはここからでも見えた。
(デタラメだ……)
小鉄は自分の両手が震えているのに気がついた。両手にそれぞれ一本ずつ握られた双剣がカチャカチャと音を立てている。
身体が動かない。
逃げることも、ましてや立ち向かうことも許されない。
小鉄はかなりの実力者だ。ヨーロッパ支部特有の『弐〇騎士』にも引けを取らないほどに強い。それに直接『冥府の使者』と対決したこともある。討伐者の中でもトップクラスの精鋭で確立している『頂』のメンバーと戦ったこともある。どれも勝利したわけではないが、少なくとも戦うことは出来ていた。
しかし。
今目の前で起きている現実に、小鉄は戦うことすらも出来ないのだ。
剣を握っていても、戦う準備が出来ていても、次の行動がとれない。それほどに、天使は圧倒的だった。
(一体何なんですか……。『冥府の使者』、いや、それにしては)
動けない代わりに、考えだけが頭の中でループする。
そうしている間にも、また街の一部が削り取られた。あそこには卓たちがいるはずだ。生きているのだろうか。本当は今すぐにでも駆けつけて確認したい。いや、それこそが小鉄の取らなければいけない行動なのだと、自負さえしている。
小鉄は歯ぎしりした。
やるべきことが分かっているのに、なぜ?
身体は動いてくれない。
進むべき道が分からずに立ち往生しているのではない。分かった上で、進むことを身体が拒絶する。生物の防衛反応と言えば、聞こえはいい。本能だから仕方がないと言いわけが出来る。
(あの力は、『冥府の使者』というより、むしろ、僕たちに似ている……)
自責の念を振り切るように、冷静を装いつつ、分析する。
だが、そう簡単に振り切れるようなものではなかった。元々、責任感は強い方だと自他ともに認めている。だからというわけではないが、今こうして見ている自分が許せない。
本能に従っているだけの自分が嫌いになる。
仕方がないという言葉で片付けてしまうのは嫌だった。
小鉄は知っている。
自分より遥かに強い敵にも立ち向かった少年を。本能に従っている人間なら決して出来るはずのないことを成し遂げた少年がいた。いきなり、戦いの日常に身を置くことになり、しかしそれでも自分の意思をしっかりと持っていて、それは過去の自分には無いもので、守りたいもののために剣を握る少年。
迷いはあったのかもしれない。死ぬかもしれないのだ。それが当然だろう。もしかしたら逃げ出したいと思ったことだってあったのかもしれない。
実際、小鉄は分からなかった。
初めて、その少年と出会った時。その時は少年と戦う形になってしまった。小鉄は圧倒していた。けれど、少年は逃げ出さなかった。少女との約束を守るために。本能に逆らったのだ。
それがどれほど勇気のいることか。
小鉄はその後に、進むことは死の宣告を意味することを少年に告げた。だが、少年は泣き喚くこともなく、迷うことなく進んだ。ゲームではない。死んでしまえばそこで何もかもが終わってしまう。そんな危険なところへでも、少年は自分の意思を選んで飛び込んだのだ。
小鉄は今ようやく、本当の意味であの少年の強さを知った。
単純な力の問題ではない。根本的な強さとは、そんな目に見えるようなものではないのだ。目に見える強さは、目に見えない強さの付属品に過ぎない。現に、戦う力を持っている小鉄は動けない。意味がないのだ。戦う力があっても、戦う気力がなければ無いに等しい。
(また、逃げることを選んでしまいそうでしたよ。本当に、城根君にはいろいろ教えてもらってばかりですね)
そこで漏れた息。
自分でも驚くほどに心は穏やかだった。先ほどまでの躊躇は幾分か払拭されている。
そういえば。
いつか、病室に訪ねてきた刑事に頼まれていた。
息子を頼む、と。
彼がどのような心境でそんなことを頼んだのか。実際父親になってみないと分からないのかもしれない。だが、小鉄はそれを受け入れた。一人の父親の頼みさえ受け入れられないようでは、多分、この先あの少年と共に戦うことは出来ない。根拠はないが、そんな気がしてしまう。
(嘘つきになるのはまっぴら御免被りますから)
武器を握り直す。
そして、空に浮かぶ天使を見据え、一歩を踏み出す。
踏み出すはずだった。
(あれは――)
空を独占していた天使に、何かが近づいている。
深紅の翼を携えた真理。翼と言っても、天使のように安定したものではない。一秒ごとに形を変えいく歪なもの。
(まさか、力の暴走!?)
小鉄がそう結論付けるのとほぼ同時。空から甲高い金属同士がぶつかり合うような音が響いてきた。
激突した。
空を切り裂くように飛ぶ真理の刀と、天使が瞬間的に生みだした棒状の光が空で交わる。ビルの屋上からとは言え、かなりの距離があるので明確には見えないが、それでも分かる。
驚くべきところは、真理が空を飛んでいることよりも、天使と刃を交えた事の方が大きい。
圧倒的な力で、微小の動きで街の一部を削り取るような、まさに怪物相手に真正面から刃を突き付けたのだ。そして、ここから見える限り、真理と天使は鍔競り合いをしている。どちらも弾かれることなく、まるで動きが停止したように空で滞空する。
だが、小鉄はその状況を見て、喜ぶことはなかった。
敵を倒す糸口ではない。
「マズイっ!!」
思わず口に出してしまった。だが、小鉄は気にすることなく、緊迫した表情でその様子を見る。
力の暴走。
本来、『贈与の石』はその所有者の努力に応じた力を与える。だからこその日々の鍛錬である。だが、今の真理は完全にその法則を無視しているのだ。
そもそも、どれだけ努力したところで、人間である限り上限はある。それが具体的にどこまでなのかは分からない。もしかすれば、努力次第で空を飛べるようになるのかもしれない。だが、真理は決してその領域に辿り着いてはいない。いや、小鉄ですらそんな領域に足を踏み入れたことはない。
ならば、なぜ真理は空を飛んでいるのか。
(極限までに精神が追いつめられたのですか!? 精神は、筋肉や肉体以上に直接的に人間の能力に深く関わってくるもの。もしそれが制御出来なくなってしまえば、一時的に歯止めの効かなくなったように力が意思とは関係なく漏出してしまう! それに石が反応すれば、本来の力以上の恩恵を受けられるはず。けれど、それはあくまでまやかしに過ぎないのですよ! 無理に、本来は引き出せないはずの力を引き出してしまえば、その反動は確実に使用者を襲う! そうなる前になんとかしなければ!!)
が、実際どうすればいいのだろうか。
天使も真理も遥か上空を飛んでいる。とても自分もあそこに飛び込むことなど出来ない。
ましてや、真理を直接どうにかするなんてことは出来ない。
(一体、どうすれば――!!)
小鉄は口惜しそうに唇を軽く噛む。
鳴咲市上空で、真理は天使と対面していた。
さっきからお互いが全く動かない。ただ、目の前で刃を交えているのだ。
ギギギィイイギギィイ!! と、耳を塞ぎたくなるような甲高い音と、オレンジ色の火花が散る。
天使は、その全身を真っ白な光で包んでいるため、人の形をしていると分かっても、それが男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、若者なのか老人なのかは分からない。しかし、今の真理にとって、そんなことは気にするに値しない。というより、真理に正常な意識はない。
涙が枯れ果てたような瞳で、ただ天使に向けて剣を振るう。
押しても動かないと悟った真理は、歪な翼を軽く羽ばたかせ、後方へ飛ぶ。天使はそれを追うことなく、その場に留まった。
動いたのは真理の方だ。
いったん、後ろへ距離を取ったと思えば、今度は勢いよく天使に突っ込む。どこまでも深紅の光を纏った日本刀を構え、確実に天使を捉える。
そこに容赦は存在しない。
残像が残る程の速さで、一瞬にして天使との距離をほぼゼロにする。そして、風を切り裂き、日本刀を横薙ぎに振るう。
「ッ!!」
天使が動いた。表情の変化が見えたわけではないが、明らかに今までとは違う。攻撃を避けたのだ。すぐに数メートルの距離を確保し、光の翼を羽ばたかせる。
ゴッ!! という轟音だけが空中で炸裂する。真理の攻撃は基本的に斬撃を放つものだが、今の一撃はそれらしいものが肉眼で確認できない。紅い斬撃ではなく、突然何も無いところが爆発したように思えた。
「……!」
真理は続けて刀を構えなおす。
隙を与えない。
第二撃はすぐに放たれた。今度は天使が動くことすらも許さないほどに速い。
が、その一撃が天使を捉えることは無かった。
ゴガァアアアアアアアアアアアアアアア!!
街全体が悲鳴を上げた。
真理自身、自分の攻撃の余波で空中を不自然に飛ぶ。しかし、天使は動かない。
揺れた。
ゆらり、と天使自身がゆれたように見えた。まるで陽炎のように。さらに、天使の周りには光の鎧が具現している。別に天使がそれを身に纏っているのではない。ただ、鎧がそれとしてそこにあるだけなのだ。だが、問題は他にもあった。
数。
無数の鎧がまるで壁のように天使の周りを覆う。天使と同じように、ゆらりと揺れたと思えば、鎧は一斉に消滅した。
「――、」
真理は理性が無い中で、それを見据える。だからといって、引くわけではない。もう一度、日本刀を構える。
天使の方も今度は始めに動いた。
垂直に急上昇し、そのまま数百メートル昇ると、今度は急停止して下にいる真理を両翼で捉える。
光が両翼の間に集約していく。空気がビリビリと痺れていく感触は真理の全身の肌にも伝わる。今までの攻撃とは違う。威力そのものなのかもしれないし、性質の問題かもしれない。けれど、どちらにせよ、まともであるはずがなかった。呼吸するような動作で街を削り取っていく相手の、今度は準備をした攻撃。
真理はすぐさま、天使と同じ高さまで上昇する。
攻撃そのものを何とか出来ないならば、つまり攻撃する前を叩けばいい。もちろん、それが出来る相手かどうかは別問題なのだが。しかし、今はそれしか方法がない。理性が無くても、本能でそれを悟っているのだ。
天使の方も、真理の動きに合わせて両翼を静かに動かす。当然、その間にある光の濃縮物もだ。
次第に音が聞こえてくる。機械の駆動音のような静かな音。音源は天使が作り出してる光の濃縮物。いつの間にか、それは球体に定常していて、直径二メートルほどになっていた。
だがしかし、真理は迷うことなくそれに突撃する。
たった一本の刀を持って。
「!!!!!!!!!!」
叫びにならない叫びを上げて、真理は日本刀を振りかぶる。
同時に天使も動いた。
悠々とした動作で両翼を広げ、次の瞬間、
美奈はマンションの屋上にいた。
元々はある程度しっかりしたマンションだったらしいが、天使の一撃を受け、半壊状態になっている。
そしてもう一人。
屋上の床に四枚のお札が、円状に貼られていて、その中心に卓がいた。
「ん……」
卓は目を覚ましたのか、のそりとした動作で起き上がる。
「大丈夫!?」
すぐに美奈は心配して顔を覗きこむが、卓の方は状況を理解していないようで、美奈の顔を見るなり、辺りを見回した。
「どうして俺……」
そして、冷静になって思い出す。先ほど天使の攻撃を真正面から受けていたはずだということを。
横にいる美奈が深刻そうな口調で話し始めた。
「卓、危なかったの。あともう少しで死んじゃうかもしれなかったくらいに」
「……、どうして俺がここに?」
美奈はピッ! と、卓の背中にも貼られているお札を剥がし、続けた。
「念のために皆別れる前に一人ずつこれを貼っていたのよ」
そのお札は、美奈が『妖霊の巫女』として振るう力、『術式・七星』の発動に使われるもの。屋上の床に貼られているものと同じだった。
「術式・七星、躍動って言ってね、お札を貼った対象物を自分のところに呼びだす術なの。本来なら武器を持ち歩く手間を省くために使われるんだけど、今回は人で使ったっていうだけ」
「そうか。つまり、俺があの攻撃に直撃する前に美奈がここまで運んでくれてたってわけか」
美奈は頷き、
「うん。本当に、たまたまここから見えたから良かったんだけどね」
「なら、それで真理も助けられたのか。わざわざ俺が盾にならなくても」
しかし、今度は美奈は首を横に振る。
「それは無理なの。術式・七星、躍動は確かに布石は複数の対象物に出来るけど、実際に呼びだせるのは、X軸、Y軸、Z軸における一点のみ。つまり、卓を呼びだして、同時に真理も呼びだすことは出来なかったのよ。卓が真理を助けてくれたおかげで二人とも助かったの」
「そうだったのか。いや、まあ何にしてもサンキューな」
だが、美奈の表情は重かった。卓は気になって美奈を見据え、
「どうかしたのか?」
「真理が……」
美奈はそれだけを言って、空に視線を移した。卓もそれを追って、美奈の視線の先を見ると、
「ッ!?」
言葉を失った。
そして、震える口を開き、
「どうして……」
「突然、空に何かが加わったと思ったら、それが真理で……」
美奈もどうしていいか分からないようだ。それもそうだろう。第一、卓も何が何だかわからないのだ。
真理が空を飛んでいるということよりも、あそこまで殺気を剥き出しにする真理に対しての驚きの方が大きい。
今まであんな真理は見たことが無い。
どんな窮地に立たされていても、動揺していくのは卓の方で、真理はむしろいつもそんな卓をリードしてくれていたはずだ。
それなのに。
今の真理にはそんな面影は残っていない。
背中から常に形が変化していく翼を生やし、街を簡単に消滅させてしまうようなレベルの敵と対峙している。
しかも、天使の方は何やら攻撃らしい攻撃を準備しているようにも見える。
卓は直感で真理の危険を悟った。
こままでは、真理は間違いなくやられてしまう。普段の真理ならその考えにはとっくに至って、どうやって回避するかを試行錯誤するはずだが、どうやら今の真理にその考えはないらしい。ただ、真っすぐに天使に挑む。
「!! そうだ、美奈! さっき俺をここに呼んだみたいに、真理にもそうしてくれよ!」
「そうしたいんだけど、言ったでしょ? これは元々武器を呼びだすための、つまり静物を呼びだすための術式。あれだけの速さで動いている対象物には使えないの! さっきは卓が立ちすくんでくれたから使えたけど……せめてもう少しゆっくりした動作でいてくれないと発動しないのよ」
卓は思わず、くそっ! と吐き捨てる。
だからと言って、何か真理を救う手立てがあるわけではない。そもそも、卓の持ちうる力では、空を飛ぶことすら出来ないのだから。
今からでは間に合わない。
もう考えが浮かんでこない。
どうやったら真理を救えるのか。そのたった一つの願いを叶えることも出来ない。
「畜生!!」
卓が叫んだその時。
空を飛ぶ真理の動きが、いや、正確には両翼がボロ、と崩れた。
「「!?」」
卓と美奈は思わず顔を見合わせる。
天使が何かをしたわけではない。ましてや卓と美奈も。
翼が勝手に崩れたのだ。
だが、理由はどうでもいい。それよりも、今の真理は一瞬の間だけ、重力に逆らったその刹那、動きが制止した。
「美奈!」
「分かってるわよ!」
美奈はすぐさま、床に張り付けられた四枚のお札の中心に両手を添える。
「術式・七星、躍動!!」
一瞬のうちにマンションの屋上が光に包まれる。
「……!」
空を飛ぶ真理は異変を感じていた。
背中からの違和感。それまで、歪で、形を固定していなかった翼が、しかし今度は明らかにおかしかった。
まるで風化した金属のように、止まることなく崩れ落ちて行く。身体を支えるものが無くなってしまう。このままでは重力に従って落下する。
日本刀の方にはまだ深紅の光が纏っているが、それでは滞空することは出来ない。
そこでようやく、真理は正気に戻った。
瞳に光が戻る。
「えっ!」
だが、それでめでたしとはいかない。何せ、無意識のうちに上空数キロメートルまで上昇しているのだ。ベッドで寝ていたはずなのに、目が覚めたら飛行機の上から放り出されていたという感じに近い。
さらには、目の前に圧倒的な力を持つ天使が。しかも、何故だか自分に狙いを定めている気がする。
真理があらゆる恐怖で絶叫するよりも前に、天使が動いた。
両翼の間で作られた光の球体をゆっくり、手放すように真理に向ける。
「うっ――」
真理の声はかき消された。
ゴバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! という轟音が空を支配する。
天使の一撃。
呼吸したから、埃が吹き飛んだというものではなく、わざと吹き飛ばすために息を吐いたように、準備された攻撃。
街に向けていなかったにも関わらず、その被害は空だけに留まらない。
ベリベリィ! と、街の地面が剥がされる。民家の屋根が吹き飛ぶ。ビルの窓ガラスが消滅する。
空は。
まるで、一面が雲に覆われたように白い。もちろん、それは雲ではない。本来ならば、その白の中にまた雲があるはずなのだ。
敵を消滅させるための一撃は、それだけで天変地異とでも言えるレベル。
それが今まさに、鳴咲市を覆い尽くしたのだ。
空に悲鳴はない。
恐ろしいほどに、轟音の後の静寂だけが続く。そこに君臨する天使だけが唯一、静かに翼を羽ばたかせて。
第5回ぶっちゃけトーク!~頻度の問題~
謙介「どうも、真理の兄で弐〇騎士の謙介です!」
要「同じく、弐〇騎士で謙介のパートナーの要だよ!」
謙介「最近さ、俺たちのバトルシーンないよね」
要「うん……何だかんだ、私なんて『魂の傀儡子』編から戦っていないからね。謙介はまだマシじゃない? 『妖霊の巫女』編でもバトルシーンがあったんだから」
謙介「……なんかごめんなさい」
要「別に怒ってないわよ?」
謙介(目が、目が笑っていない……)
要「でもさー、私たちあれだけ最初は活躍していたのに、最近は出番すら減ってきているってどういうことかしらねー」
謙介「……。やっぱり、あれじゃない、登場人物が増えると初期のほうのキャラの出番は少なくなるっていう……」
要「でも小鉄くんは結構出てるよねー。……ハッ! 私たちがヨーロッパ支部だからよ! 私たちも鳴咲市に配属されれば!」
謙介(確かにそうだけど。そうなんだけど、それを言っちゃダメだろう……)
要「そうよ! これで私たちの活躍がまた復活するはず!」
謙介(ああ、なんか出番が欲しいためだけにわざわざ日本に行きそうで怖い……)