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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
使者降臨編
23/29

宣告と危惧

こんにちは! 夢宝むほうです!

さて、この「使者降臨」編も早いものでもう8話目! 8話目なのにいまだに本題に入っていないという……(笑)

作者はこの章では登場人物たちの心境の変化とか、日常なんかを結構書いていきたかったのでこんな風になってしまいましたが、次話からついに本章本格始動という感じになるので、今回はそんな気持ちで読んでくださるとありがたいです!

では、本編のほうをお楽しみください!!

九月九日。

鳴咲市の中心街にそれはあった。

 私立光陵学園。日本国内でも五本の指に入る中高一貫の名門女子校。

 その高等学部の教室、外に一年五組の木製プレートが掲げられている部屋は放課後のどこか浮ついた雰囲気が漂っていた。

 そして、そんな教室の一角で、床に固定された大き目の机の周りに三人の女生徒が集まっていた。それに、机の上には何やらパンフレットのような、厚みはほとんどない冊子も置かれている。

 「今年の修学旅行はフランスかぁー」

 ピンクのセーラー服に身を包んだ椎名美奈しいなみなはまるで遠足前日の小学生のように弾んだ声で言った。

 「一昨年おととしはスペイン、去年はオーストラリアだってみたい」

 ペラペラと薄い冊子を捲りながら、先端部分がカールされている茶髪ロングヘアーの白木雪穂しろきゆきほも弾んだ声。

 雪穂の向い側ではスティック状のチョコ菓子を口にくわえたまま、机に置かれている冊子とは別の、おそらく自分のカバンから取り出したガイドブックを見つめる潮波くずりがいた。いつも通り、金髪ショートヘアで、前髪だけをヘアゴムで留めている彼女がふと口を開いた。

 「フランスは正解だったんじゃないー? いろいろ観光名所が多いし、食べ物も美味しいらしいから」

 どうやら、ガイドブックはフランスのものらしかった。その中には数多あまたの観光名所、そしてかなり有名どころから、地元の裏路地辺りにあるであろうマイナーな名所レストランまでが網羅されているらしい。

 そんなガイドブックに既に数枚の付箋ふせんが貼られているところを見ると、くずりはすでにどこを見て回るかある程度考えていると、美奈は適当に予測した。

 ここ、私立光陵学園は、繰り返すが日本国内でも五本の指に入る名門女子校。言いかえるならばお嬢様学校なのだ。

 どっかの企業の社長の娘だったり、銀行員が親だったりと、いわゆるお金持ちが集まる教育機関なのだ。

 同じ私立といっても、卓たちが通う高校とはスケールが違う。

 そして、光陵学園は高等部一年で修学旅行に行く。修学旅行といっても、行き先は毎年固定ではなく、毎年毎年、生徒たちの意見と、教師側の意見を交えて決定するのだ。しかし、そんな中でも共通点が一つだけある。

 光陵学園の修学旅行は必ず、『海外』なのだ。

 そんな光陵学園では、

 「ねえ、知っています? 噂で聞いたのですが、普通の学校では修学旅行では日本国内というのが主流らしいですわよ?」

 「え? それでは遠足ではありませんか!?」

 などという会話が、冗談ではなく、本当に行われていたりもする。

 「修学旅行までもう一か月もないし、早目に準備しておきたいわね」

 美奈はもう旅行気分なのか、身体をウズウズ動かしている。

 「そうだね。あ、でも美奈ちゃん、修学旅行のときはてだまちゃんはどうするの?」

 雪穂の質問は、くずりも思っていたのか、ガイドブックから視線を美奈へと移す。

 そう。美奈の家には小学低学年ほどの小さな少女がいる。とある事件をきっかけに美奈が預かることになったのだが、美奈の家に家族はいない。つまり、美奈が修学旅行でフランスに行ってしまうと、そんな小さな子が一人で留守番をすることになる。

 しかし、美奈は、

 「うん。さすがに一週間も一人で留守番させるわけにもいかないし、かといって一緒に連れて行くわけにもいかないしね」 

 「どうするわけー?」

 くずりはカリッ! とチョコ菓子をかじりながら訊ねる。

 「だから、修学旅行に行っている間は、ちょっと知り合いに預かってもらおうと思ってるの。まだ了承してもらったわけじゃないんだけどね」

 「知り合い?」

 訊ねたのは雪穂だった。

 雪穂が聞いている限りでは、近くに美奈の親戚はいないし、家族もいないということだったのだが。それに美奈は最近、鳴咲市に引っ越してきたばかりだ。てだまを預けられるほど信頼関係の強い知り合いがいるのだろうか、と疑問に思ったわけだが。

 「うん。とても信頼出来る、雪穂やくずりと同じくらい大切な友達がいるんだ。その人たちならきっとてだまも任せられると思うの」

 「へぇ、良い人たちなんだね」

 雪穂は胸に手を当てながら言う。

 自分の友人である美奈がここまで言うのだから、本当に信頼できる人なんだろう。そんなことを思う雪穂。それと同時に、どこか安心感のようなものが芽生えていた。

 自分たち以外にも、心から信頼できる友達がいるんだ、と。

 本来ならば、少し寂しがるべきところなのかもしれない。けれど、雪穂とくずりは、美奈とは違う立場の人間だ。もちろん、それを美奈が知っているわけではない。それはそうだ。特に言う必要のないことだと、くずりと話を合わせているのだから。

 そして、それはいつまでもずっとこのままの日常を送ることが出来るという確証が得られない立場。

 いつ、戦いに繰り出されてもおかしくはない立場なのだ。

 もしそうなれば、もし、自分たちしか心のよりどころがないのだとしたら、美奈はどうなってしまうのか。

 頼れるものを失う不安はとてつもないものだろう。

 だからこそ、自分たち以外にも心のよりどころがあるということは、雪穂にとっても、くずりにとっても安心出来る事実だった。

 もちろん、少しは寂しいとも思う。だが、それが大切な友人のためになるのならば、と。

 「今度、紹介してくれると嬉しいな」

 雪穂は笑顔で言った。くずりも、感情を表に出さないながらも、横で頷いていた。

 「うん! きっと、すぐに仲良くなれると思うよ」

 







 フィアルミ=ロレンツィティは鳴咲市中心街にいた。

 そして、彼女に並ぶように歩くのは、『ヨーロッパ支部弐〇騎士』の二人、真理の実兄である篠崎謙介しのざきけんすけと、彼のパートナーである東条要とうじょうかなめ

 謙介と要は、誰がみても美男美女という容姿だが、それでも日本人であるため、そのくらいで済む。

 しかし、フィアに至っては、その幼い顔立ちとは裏腹に清廉せいれんなオーラを漂わせ、十人がいたら、十人が振り返るような美貌びぼうに加え、ピンクの艶やかなロングヘアーとそれに引けを取らない薄い緑のキャミソールは、すれ違う男女を例外なく釘付けにしていた。

 「もっと、帽子をかぶるなり目立たないようには出来なかったんですか?」

 謙介は周りの目を気にしながら、フィアに耳打ちするように言った。

 しかし、当の本人は、全く気にしていないのか、鼻歌混じりでご機嫌な様子だ。

 「別に、隠すようなやましいものまで露出させているつもりはありませんよ? それとも、これだけいろんな殿方に見られていて、謙介は嫉妬しっとしているのですか?」

 「そうなの? 謙介」

 フィアの言葉に、思わず要も訊ねる。フィアはからかっているようだが、なぜか要は割と真剣な表情だった。

 「んなわけないだろう。なんで俺がフィア様に嫉妬しなきゃいけないんだ」

 それを聞いたフィアはニンマリと、悪ガキが悪戯を思いついたような笑みを浮かべて、

 「それを言わないといけないほど、謙介の情緒じょうちょは発展していないのかしら? それは謙介が私のことが好――ひゃわぁあ!?」

 言い切る前に、謙介がフィアの頭を叩いた。

 「それ以上言うなら、今日の予定はナシにするぞ、コノヤロウ」

 フィアは白くて小さな両手で叩かれた頭を擦りながら、

 「これはあれですか? 小学男子が好きな女の子を苛めると言う、例の……って、もう叩くのはナシですよっ!?」

 謙介が拳を振り上げるのと同時、フィアはわざとらしく上目遣いで小さくなる。

 周りの通行人の痛い視線を感じたこともあって、謙介は素直に拳を引っ込めたのだが。

 「まったく、昨日はさんざん総帥との『対談』のことで文句言っていたクセに」

 フィアには聞こえないように、口の中で呟いたつもりだったのだが、耳ざといのか、フィアには聞こえていたようで、

 「これから『回転ずし』に行くというのに、わざわざあんな頑固な老人の話を持ち出すのはおやめなさい。せっかくのお寿司が不味くなりますよ?」

 フン、と拗ねたような表情を浮かべるフィア。本当に、童顔ということもあってか、どこまでも子供っぽく見えてしまうと思うのは要も同じようだった。

 「ところで、謙介の妹さんと、城根卓とはいつ会えるのですか?」

 いきなり話題転換するフィア。しかしこれも今に始まったことではないので、特に気にも留めずに謙介は、

 「そのフィア様が楽しみにしている『回転ずし』に一緒に来てくれることになってますよ。もう学校も終わっているだろうから、すぐに合流することになるでしょう。この先で一応待ち合わせってことになってます」

 「そうですか、楽しみですね」

 フィアはコロコロと笑顔を浮かべる。

 そして、それを見計らって要は謙介に耳打ちするように、いや、フィアには聞かせないように、

 「まさか、彼らとの久しぶりの再会が回転ずしになるなんてね」

 別に心の底から嫌、というわけではなさそうだが、苦笑いを浮かべている。

 謙介は謙介でため息混じりで、

 「まあ、仕方ないだろう。フィア様はむしろ回転ずしを一番楽しみにしていたわけだし、成果が出なかったとはいえ、『対談』のほうも頑張ってくれたみたいだし、今日はあまり細かいところは黙認しよう」

 「あら? 意外と優しいのね。今日の謙介は」

 要がからかうように言うと、謙介は意味ありげな笑みを浮かべて、

 「『今日』じゃなくて『いつも』だろ?」

 「あっそ、勝手に言ってなさいよ」

 要は目を細めて、謙介から離れると再びフィアと並ぶように歩き出した。

 「おいおい、そこまで冷ややかな目で見なくても……」

 軽く心の傷を負った謙介も、要に続いて歩き出した。

 「しかし、本当に見事に修復されているのですね」

 突然、フィアは足を止めて、中心街を見回して呟くように言った。

 「はい?」

 謙介は思わず聞き返していた。それに答えているつもりがあるのか、フィアは続けて、

 「この街は先日、正体不明の襲撃でほぼ崩壊状態だったのでしょう? それなのに今は何事もなかったように。これに関しては日本総本部の動きは迅速かつ的確と言わざるを得ないでしょう。まあ、だからといって、あの頑固老人を褒めているわけではありませんよ?」

 「そう、ですね」

 思わず。

 謙介はフィアの言葉を理解して、街を見回した。

 フィアの言う正体不明の襲撃。

 それは謙介も見ていた。とは言っても、実際に現場にいたわけではなく、海外からテレビ中継で見た程度だったが。

 それでも、今自分が立つこの街がどれだけの大惨事に巻き込まれていたかは知っていた。だからこそ、たった数日でここまで何事もなかったかのように修復していることにはただただ驚くばかり。

 これも全て『贈与の石』という、謎だらけの力の影響。

 頼もしくもあると同時に、恐ろしさも感じていた。

 これではまるで、『神の領域』ではないだろうか。実際に、謙介は聖書に詳しいわけではないし、具体的な宗教に属しているわけではないので、漠然とした感想にすぎないのだが、それでも、崩壊した街を数日で何事もなかったように修復するのは人間の所業ではない、と。

 しかし、『贈与の石』の力を否定することは、つまりは『討伐者』を否定することになるので、複雑な気持ちにもなる謙介。

 フィアがどのような意味を込めてそんなことを言ったのか、謙介にも要にも分からなかったが、それでも、今こうして平穏な街を大勢の人々が行き交うこの瞬間はきっと良いことなのだろう。

 多少無理矢理ではあったが、そう思うことにした謙介。

 

 (今さら、『討伐者』を止めて、自分だけ平穏な日々を送るなんて出来ないしな)

 

 そうしている間に、卓たちとの待ち合わせ場所である雑貨店前に着いた。

 すでに店前には卓と真理、それと蓮華がいた。

 「あ、お兄ちゃん」

 真っ先に気が付いたのは真理。その後から卓と蓮華も自分たちに気が付いたようだ。

 「久しぶり、真理、弟君。それと討伐者になってからははじめましてだね、赤桐蓮華さん」

 フィアのときとは打って変わって、どこか落ち着きのあるお兄さんといった感じで爽やかフェイスを決める謙介。

 それが面白くないのか、後ろでフィアはブーブー言っている。

 「久しぶりです謙介さん」

 「ど、どうも御無沙汰してます」

 卓はともかく、蓮華はよく考えればまともに謙介の話すのははじめてだ。一か月とちょっと前ほどに『魂の傀儡子』の一件で面識はあったものの、とくに深く関わっていたわけでもなく、そもそも当時の蓮華はまだ『討伐者』ですらなかったのだから無理もない。

 「お久―!」

 謙介の肩のところから要もひょいっと顔を覗かせた。

 要にも一通り挨拶を済ませたところで、ふと真理が、

 「それで、そのそちらの方は?」

 気になったのは、先ほどから項垂うなだれているフィアだ。

 卓と蓮華もそうだが、真理も見たことがない人のようで、その上どうみても日本人ではないし、その目を見張るような美貌びぼうの持ち主だ。気にするなというほうが無理だろう。

 真理の指摘に反応したのは、フィア本人。

 項垂れていた彼女はすぐに背筋を伸ばし、まるでヨーロッパの上流階級のお嬢様のような立ち姿で、

 「私、討伐者ヨーロッパ支部の『先導者コンダクター』、本名はフィアルミ=ロレンツィティと申しますの。気軽にフィアと呼んでください」

 どこか、その場をフンワリと包みんでしまいそうな柔らかな声。

 卓と蓮華はそれに聴き惚れているようだったが、真理だけは別の反応を示していた。

 「え、『先導者コンダクター』……!?」

 そう。最近、『討伐者』という裏の世界を覗いた卓と蓮華と違い、真理に至ってはすでに数年の時間、『討伐者』としてやってきている。つまり、フィアルミ=ロレンツィティが、どれほどの権力者であるということを明確に理解していた。ヨーロッパ支部のトップであるということを。

 「知り合い?」

 真理の反応を見て、蓮華が首を傾げた。

 それに答えたのは真理ではなく、フィア本人だった。

 「謙介の妹さんなら、直接面識がなくても、私のことは話くらいは聞いているかもしれませんね」

 「え、ええ。話は何度か伺っています。貴女が『ヨーロッパ支部弐〇騎士』を作ったということも」

 「そう堅くならないでいいですよ。謙介なんて、よく私をぶってくるんですから」

 「「「えっ!?」」」

 フィアの言葉に、事情を知らない卓、真理と蓮華は驚いていた。

 卓と蓮華はまさか、こんな爽やかな人が女の人を殴るのかと。

 真理は、自分を受け入れてくれた上司にそんな横暴な行動を取るという事実に唖然していたのかもしれない。

 そして、唯一事情を知っている要は口に手を当てて笑いを堪えている。

 「ばっ! 誤解しか生まない言い方をしているんじゃない!」

 案の定、動揺する謙介。

 しかし、フィアはここぞとばかりに悪戯な笑みを浮かべ、

 「誤解ってことはないでしょう? 本当のことですよぉ?」

 「クッソ! まさか、弟君たちに会いたがっていたのはいつもの仕返しをするつもりだったんじゃないだろうなっ!」

 思わず毒づいた謙介。

 そして、どれが真実なのか分からなくなっている卓たちは困惑の表情を浮かべていたが、要がフォローに回り、

 「さ、こんなところで立ち話もなんだからさっさと行きましょうか」






 フィア率いる『ヨーロッパ支部弐〇騎士』の二人と、鳴咲市に配属されている高校生討伐者の三人は一皿一〇〇円の回転ずしに来ていた。

 最近の一〇〇円寿司というのは、値段からは考えられないほど美味しく、終日家族連れなどのお客で賑わっている。

 ネタも新鮮なものを取り入れていて、普通に考えれば仕入れ値を取り戻せているのかという疑問が沸き起こるが、そう言った問題は、子供連れという需要を考えて、サイドメニューやデザート、ドリンクで補っているらしい。

 その上、海外でも『寿司ブーム』というのが沸き起こっているらしく、今では海外でも回転ずしというのはチラホラ見るという時代。だが、やはりというか、日本の回転ずしはそれはもう外国人にも人気なようで、席に座るなり、ヨーロッパ出身のフィアは目をキラキラ輝かせてコンベアの上を流れる数々の寿司を目で追っていた。

 家族連れがよく利用する机に三対三で座る。コンベア側にフィアと真理。フィア側には隣に謙介、通路側に要が座り、真理の方には隣に卓、通路側に蓮華といった席順になっている。

 特に、卓の席はほぼ完全に真理と蓮華によって決められていた。

 席に一つずつある、タッチパネル式のオーダーパネルでビールを注文したフィアは興奮気味に、

 「わぁお! これが夢にまで見た回転ずし! いいです! 素晴らしいです! これだけの宝の山がこんな手元に流れてくるなんて興奮せずにはいられません!」

 フィアはうずうずと手を動かし、一度に二枚の寿司を手に取った。

 寿司について詳しいのか、二皿とも白身。

 「フィア様、自分だけでなく、俺たちの分も取ってくださいよ」

 フィアは白身の寿司を頬張りながら、適当に回ってきた白身を謙介と要にも手渡す。

 そして真理たちも、

 「卓と蓮華は何がいい?」

 「俺はタイでよろしく」

 「私はイカがいいな」

 コンベア側に座る真理がいちいち注文を聞いて、それが流れてくる度に卓と蓮華に渡す。

 そして、全員が寿司を手に取ったところで、真理が口を開いた。

 「でも、どうして『先導者コンダクター』が日本に?」

 その問いに、寿司をもぐもぐ口に含んだフィアが、それを水で流しこんでから答える。

 「ええ。それをお話するためにこの場を設けたのです。とはいえ、あまりつまらない話なので、出来るだけ簡潔にお話しします」

 それから数分。真理はもちろん、卓と蓮華ですら、フィアの話に完全に耳を傾けていた。そして、愕然がくぜんとしていた。

 フィアの話した内容な、主に今回の来日である『対談』。そして、日本総本部を束ねる、討伐者という世界規模組織のトップ、『総帥』の目的と、それに関連する討伐者、『九鬼』と『頂』についてだった。

 三人は、『九鬼』と『頂』について、以前に冬音から少しだけ聞いていた。もちろん、それだけでそれらが何かを具体的に断定できることはなかったのだが。

 それよりも、問題はフィアの口から何度も聞かされた、『戦争』という単語。

 高校生である彼らなら、今までも何度も学校の授業で聞かされたその単語。不穏極まるその単語に唖然としているのだ。

 しかし、卓だけはただ唖然、愕然とは違う。

 そう。

 つい最近、いや、昨日。

 (戦争……だと?)

 ふいにそんなことを思っていた。

 学校ではなく、その単語を卓だけは聞いていた。

 椎名てだまを誘拐した男。名前は知らないが、自分とそれほど年の変わらないであろう男も『戦争』という単語を口走っていた。

 というよりも、それを止めるためにてだまを交渉材料として誘拐していたようだ。

 鮮明に、卓の脳裏に昨日の出来事が蘇る。あの時は、誘拐されたてだまを取り戻すことで精いっぱいだったが、しかし、それにしては今、フィアから聞いた話と、昨日の誘拐犯の言っていることでは、一致する部分があまりにも多すぎた。

 (まさか……昨日の誘拐犯は俺たちと同じ、討伐者だったのか……?)

 卓がそう思うのは無理もない。

 そもそも、フィアの話では、この話を知っているのは討伐者内部の、それもかなり一部の人間だけになる。

 それを知っていた誘拐犯はつまりそういった人間に含まれていると思うのが自然だろう。当然、卓は裏で何者かが糸を引いているなんて知らない。

 「まさか、総帥がそんな目的を持っていたなんて……」

 真理がふいに呟いた。どこか、声が震えているような印象を受けたのは卓だけだろうか。

 しかし、対してフィアは思いのほか気楽そうな声で、

 「ですが、それを止めるためにも私は今回来日したのです。絶対に、こんな馬鹿げた計画を実行に移させるのを止めるために、です」

 だが、実際問題として『対談』は失敗に終わっている。一応、フィアは『総帥』に加担する可能性のある人物を片っ端から説得していくという考えがあるようだが、それはフィア自身、そしてその場にいた五人が現実味がないと、そう思っていた。

 けれど、もしそのフィアの考えでどうにか出来るならそれが一番ベスト、だとも思っていた。それが唯一、今考えられる中で誰一人として犠牲者を出さずに済む方法。

 

 少し、回転ずしの店内の雰囲気とは馴染めない沈黙がテーブルを包みこんだところで、アルバイトの大学生らしき店員が、フィアの頼んだビールを運んできた。

 九月とはいえ、まだ残暑が残る今日のような日にはきっと最高なのだろう。冷えた液体が大きなジョッキ内に注がれていて、ガラスの表面は水滴で埋め尽くされていた。

 「さ、せっかくの美味しい食事です。ここからは重い話はナシということで」

 パン、と両手を合わせてフィアはほほ笑む。

 そして、謙介も、

 「だな。こんな話は飯の後でもいくらでも出来るし、今は食事を楽しむことにしよう」

 いくらか、嫌な沈黙は払拭されたが、その場で完全にそれらを拭いとることは出来なかった。しかし、あくまでもその場では、だ。

 数分の後に、それらは完全に払拭されていた。だからといって、皆がわいわい楽しく、というわけでもないのだが。

 「だぁーかぁーらぁー! 老人とは話が合わないって言うかぁー、頭が堅いのよぉ。全く、いつもいつも眉間にしわを寄せて、かっこいいとでも思ってるのかしらぁー!?」

 既に、席は原型をとどめていなかった。

 フィアはなぜか今は卓と謙介に挟まれていて、その向い側で、我関せずといった感じで、女性陣は黙々と寿司を食べている。というより、今のフィアに絡まれたら厄介なことになると悟っていたのだ。

 そして、ビールジョッキを三杯ほど飲みほしたフィアの瞳はとろんとしていた。そして、頬をどこか色っぽく赤らめ、童顔なのに、どこか大人の魅力を醸し出していた。

 「あの、謙介さん……?」

 卓は参っていた。というのは、酔っ払いに絡まれているから、というより、どちらかというと、フィアの童顔とは似合わないほどの胸を押し付けられているという方が大きい。

 「すまない弟君。こうなったフィア様は止められないんだ」

 フィアの隣に座っているとはいえ、少しずつ謙介はフィアとの距離を離していく。酔ったフィアはそれに気が付くこともなく、卓にひたすら抱きつく。

 「あらぁ? どうしたの城根くぅーん? 照れちゃって、かわぁいい!」

 ツンツン、と卓の頬をつっつくフィア。

 これだけの美貌の持ち主だ。例え酔っているとはいえ、こんな美人が身体を密着させてきているのだ。年頃の男子である卓が嫌だと思うはずもない、のだが、なぜか心から喜べない。

 というのも、先ほどまで黙々と寿司を食べていた真理と蓮華の視線が突き刺さるのを感じたからだ。

 (助けて……!)

 という視線を投げたはずの卓だが、返ってきたのは、

 (何、今日会ったばかりの女にデレデレしてやがるんだ!)

 といった視線が返ってきた。普段は蹴りやら暴言を吐きつける真理が無言とうのがさらに恐怖を感じさせる。

 そして、何故だかいつもフォローしてくれるはずの蓮華も今日は真理側らしい、気がする。

 「どぉおしたのよぉ? 固くなっちゃってぇ? 緊張しているのかしらぁ? だぁーいじょぉおぶ、私が優しくエスコートしてあげるからぁ」

 何とも甘ったるい声が耳元で続く。しかも、香水だろうか。いい匂いが卓の鼻腔びこうをくすぐる。

 (マズイ……! さっきから、真理と蓮華だけじゃなくて、家族連れのお客さんからも冷ややかな視線がっ! というか、俺の理性が吹っ飛びそう! 陽介ほどじゃないけど、一応、俺も男子高校生なんですが!?)

 もはや、寿司どころではない。フィアは器用にも卓に絡みながらでもしっかり寿司を補給しているが、卓はここ数分、ただただ絡まれているだけ。

 時折、謙介がフィアを卓から引き剥がそうと試みたが、その度に、その美貌に似合わない鋭い目つきを向けられ、謙介はあっさり引き下がっていた。

 フィアの次に年上である要はそれを苦笑いで見守るだけで、最初から頼りにできないと悟っていた。

 そこで無理矢理話題を持ち出したのは謙介。

 「そういえば、真理たちの高校はもうすぐ学園祭だったな。なんて言ったかな、『聖徳蔡』だっけ?」

 真理がイクラの寿司を食べながら、答えた。

 「うん。一九日と二〇日の二日間でやるんだけど、お兄ちゃんたちも来るの?」

 「はいはぁーい! 行くわよぉ! 私、お祭りだぁいすきですぅ」

 またしても酔ったフィアが割り込んできた。もう顔を真っ赤だし、ずっと両腕でガッチリと卓をホールドしているので、いつの間にか卓は抵抗するのを諦めていた。

 しかし、謙介は、

 「いや、参加したいのは山々なんだけど……」

 そこで向いに座る要に視線を移した。要もそれに気が付いて、肩をすくめて息を吐いた。

 そう、フィアを含め、ヨーロッパ組の三人は、『月下通行陣』による影響で航空便が制限されている中、フィアの私有する飛行機で無許可で来日していた。つまり、俗に言う『密入国』なのだ。

 そんな違法入国者が学園祭までの十日、優優と過ごせるはずもない。それだけ長期滞在してしまには、リスクが大きすぎる。

 当のフィアは『聖徳蔡』に参加する気満々だが、ただでさえ少し常識外れな部分がある彼女も今はアルコールに酔ってさらに暴走気味だ。

 ヨーロッパ組の比較的常識人である謙介と要はアイコンタクトで結論を出すと、

 「こちらの事情もあって、明日にでもヨーロッパに戻らなくちゃいけないんだ。残念だけど、『聖徳蔡』はまた来年にでも参加させてもらうとするさ」

 謙介が答えた。

 「そう。なんか随分とスケジュールが詰まってるのね」

 特に残念というわけではなかったようだ。淡々と真理が言う。

 「現状が現状だしね」

 要が自嘲気味に笑う。

 「えぇー? 私はだいじょうぶぅですよぉ? 私、城根君と一緒にお祭りで遊びたぁい!」

 まるで子供が駄々をこねているように、しかし甘ったるい声が続く。

 フィアは元々童顔なので、それほど違和感がないのだが、それとはアンバランスな大人の肢体をなすり付けられている卓としてはもう限界のようだった。

 「フィ、フィアさん!? もうそろそろ離れてもらってもいいで」

 「城根君は私のこと嫌いなんですかぁ? 私はこんなにアピールしているというのにぃ?」

 トロンとした瞳に加えて上目遣い。正直、卓はかなりドキドキしていた。

 フィアの実年齢は知らないが、見た目で判断するなら、十代後半と言われても普通に受け入れられる程だ。そんな彼女が酔って、色っぽい表情を見せてくるのだ。年頃の男子が反応しないはずがない。

 「い、いえいえ嫌いなんてとんでもないですよ!? で、でもほら、皆が見ていますし! だから、ね?」

 しかし、それでも何とかフィアを引き剥がすことを再開しようとした卓。まあ、その程度で何とかなるなら、とっくに何とかなっているのだが。

 「いいじゃないですかぁー。皆に見られていても、私は平気ですよぉ? それとも二人きりじゃないと、積極的になれないとかぁ? かぁわいいですねぇ」

 卓の全身に寒気が走った。

 原因は、フィアが卓の顔の輪郭を、白くて細い指でなぞり始めたからだ。すべすべの肌。それに柔らかい。

 どこかくすぐったいような、でも気持い感覚が顔から全身に伝わる。

 (こ、これ以上はマジでヤバいって!)

 強硬手段で、フィアから離れようとしたその瞬間、

 「ッ!!??」

 卓の足に激痛が走った。

 (なっ、何!)

 卓が原因を確かめようと、机の下に視線をやると、案の定というか、真理の足が卓の足の上にズシンと振り下ろされていた。

 「フンッ!」

 ついに真理も我慢できなかったようで、何故か非の無い卓に八つ当たりしていた。抗議しようと卓は口を開こうとしたが、真理のあまりの剣幕に圧倒され、黙って引き下がった。

 それを見ていた蓮華も、

 「たっくん、ちょっとエッチなこと考えてたでしょ……?」

 侮蔑ぶべつの眼差しではなく、どこか照れたように頬を赤らめていた。まだこちらの方が可愛げがあっていいな、などと呑気なことを思う卓。

 「モテる男は辛いな」

 からかうような謙介の声が卓に届く。

 「少しはフォローしてくださいよっ」

 特に理由はないが、ひそひそ話で話す卓。それに合わせてきた謙介は、苦笑いを浮かべて、

 「女性を怒らせると厄介だからね。不器用な俺にはどうしようも。すまないね」

 「そんなー」

 とはいえ、卓も本気で頼りにしていたわけではない。そもそも、さっきからずっとフィアに威嚇いかくされている謙介だ。今さらどうなるわけでもない。

 フィアの話によれば、いつもは強気で対応するらしいが、フィアの酔い癖はどうやらこれほどに悪く、こうなると謙介ですらどうすることも出来なくなるほどに。

 今度こそ、卓は完全に抵抗を諦めた。








 それから、なんだかんだで二時間ほど回転ずしで、真理と蓮華は寿司を満喫し、卓はフィアの束縛に耐えていた。そして、フィアが完全に酔い潰れたところで、謙介と要が彼女を引き取り、卓たち三人は帰路を歩いていた。

 すっかり夜になっていて、もう空は青黒く、その中で月と星が輝いていた。

 中心街から外れただけで、交通量も激減し、夜道は静寂に包まれている。そこで、

 「戦争、か」

 卓がポツリと呟いた。

 フィアから聞かされて、頭にこびり付いた単語だ。その単語に、真理と蓮華もピクリと身体を反応させる。

 卓はそれに気が付いたのか、それとも気が付いていなかったのかもしれない。ただ、独り言のように続けた。

 「考えてみれば、俺は『討伐者』ってのを本当に理解していなかったんだな」

 それは卓に限ったことではない。蓮華に至ってもそうだ。だからこそ彼女も静かに頷いている。

 卓に関して言えば、それこそ『討伐者』になったのは成り行きというのが正しいのかもしれない。真理が行方不明になって、ドイツから日本に帰国し、それなりに普通の日常を送っていた。でも、ある日をさかいに、その日常は非日常へと激変する。いきなり『討伐者』やら、『虚無界』なんて聞き慣れない単語が日常的に使われる世界へと足を踏み入れたのだから当然であるが。

 しかし、それでも卓は良いと思っていた。それで五年前に一人の女の子と交わした約束が果たせるのなら、と。そして、自分の目的のために剣を振るってきた、というのは最初だけで、『冥府の使者』の一人である『魂の傀儡子』との激闘。そしてその末に聞いた彼らの最終目的、『世界移転計画ゼロ・フォース』。今の当分の目的としてはこれを阻止するといったところだと、卓は曖昧あいまいに解釈していた。事実、それは間違いではない。そもそも、『虚無界』の住人と戦うのが討伐者であり、それこそが本来の在り方なのだから。

 だが、フィアから今日聞いた『討伐者』という一つの世界規模組織の実情。それこそ細かいところまでは聞かなかったが、それでも内部の大体の構造を把握出来る程度には話が聞けた。そして、内部事情から、戦争を仕掛けようということまで。

 「まあ、理論的には戦争することが、そのまま討伐者という組織を継続していくには一番効果的なのかもね。どう考えても、私たちの存在は一般社会にすんなり溶け込めるようなものじゃないし」

 真理は元々、討伐者というシステムを把握している。戦争を仕掛けよう、なんて動きは寝耳に水だが、少し考えればいずれは訪れるであろうとも考えていた。

 そして、この時、卓はついこの前真理に言われたことを思い出した。

 自分たちは決して正義の味方なんかじゃない。

 自分たちの戦いを正当化するなんて出来ない。

 それは、『討伐者』という裏組織のシステムを知った上での発言。だからこそのものだったのだと。

 どう考えても戦争を自発的に起こそうなんて輩が正義の味方のはずがない。戦争を正当化するなんて出来はしない。つまりそういうことなのだ。

 『総帥』が例え組織を潰さなくて済むようにという意図があっても、それが直接、『戦争を起こしてもいい』なんてことには繋がらないのと同じなのだ。

 言ってしまえば、『世界を守るため』という理由が、『異世界の住人を討伐してもいい』理由にもならない。どうあっても正当化することが出来ない行為。

 (事実、俺も真理に説教されるまでは自分は正しい戦いをしていると思い込んでいた。ただ得た力を行使しているというのを認めたくなかったのかもしれない)

 もちろん、今でも卓のそういったところが全て払拭されたわけではない。まだどこかで自分のやっていることを正当化しようとする部分だってあるかもしれない。けれど、それは卓だけではないはずだ。人はどこかで自分を正当化していかなければ、自我を失ってしまう。自分のやっていることを自分で片っ端から否定していっては、何も出来ないのだから。

 事の深刻さは、最近討伐者になった蓮華にも理解出来ていたようで、

 「でも、戦争なんて起こったらこの街だって、というより日本全体が危険にさらされるわけでしょ? やっぱりそれは何としてでも止めなくちゃいけないと思う、かも」

 「けど、今回の事はそれこそ世界規模の戦いになる可能性があるわ。下手に私たち、一介の高校生が動いたところで事態が悪化することはあっても、好転することはないと思うわよ?」

 真理は至って冷静に現状を把握していた。

 そもそも、戦争を阻止するための、本当の意味で有効な具体的な方法はまだ分かっていない。フィアはいくつか考えているらしいが、それが本当に有効かは分からない。そんな現状で討伐者であるとはいえ、元がただの高校生である彼らが出来ることなど無いに等しい。下手に動いて刺激してしまえば、意図しない形での戦争が勃発ぼっぱつする可能性だって捨てきれない。それに、こうなってしまうのが一番、性質たちが悪い。というのも、何かしらの目的があって戦争が始まったのなら、その目的が達成した時点で戦争を続ける意味は無くなる。しかし、もし意図しない形で、目的が明確でない状態で戦争が始まってしまうと、何を持って終止符を打てばいいのか、そのタイミングが分からなくなってしまうからだ。最悪、国そのものが完全消滅するまで終わらない場合だってあり得る。それは何が何でも避けなければいけない。

 「にしてもだ。このまま放置、ってわけにもいかないよな。大体、『世界移転計画ゼロ・フォース』の方も止めなくちゃいけないのに、その前に戦争で内部から世界が崩壊しちゃ、問題外だろ」

 「もし戦争が始まって『総帥』の思惑通りに事が進むんだとしたら、世界が破滅するなんてことはあり得ないんだろうけどね。けど、多大なダメージを受けることは避けられないだろうけど」

 真理の言うことは最もだった。そもそも、『討伐者』という組織を表に出すことを目的とするならば、そのために世界を崩壊させてしまっては本末転倒だ。ならば、戦争を引き起こしたうえで、ダメージを最小限に抑えるのがベストだ。

 「やっぱり、大きすぎる力って、人を変えちゃうのかな……」

 蓮華はふいに自分の首からぶら下がっている白桃色の贈与の石に手を添える。

 人間離れした力を与えてくれる『根源』に。

 ふいに口にしたその蓮華の言葉が、卓の胸に突き刺さった。大きすぎる力は人を変えてしまう。

 事実、真理に指摘されるまで、戦いを楽しんでいることを自覚すら出来なかった卓。でも、それは明らかな変化だ。

 自分でも分かる。

 始まりの日。ショッピングモールで魂玉の襲われた時、卓の中に間違っても『楽しむ』なんてことは無かった。皆無と言ってもいい。ただただ、自分の命の危機に怯え、満足に逃げることも出来なかった。それが、どうだろう。たった一か月ほどで、大きな力を手にしただけでいつの間にか戦いを楽しんでいた。自分は正しいことをしていると思い込んでいるから、敵を斬ることに罪悪感なんて無かった。

 きっと、今回の戦争もそういった人間の愚かさが招いたことなんだろう。

 もし、卓自身、もっと巨大な力を持っていたとして、それを手放したくないと言う理由で戦争を引き起こすという可能性を、真っ向から否定することは出来ない。その局面に立たされたら、自分も戦争を引き起こしてでも、その力を手放さないという選択をするかもしれない。

 「私たち『討伐者』は、その力を配偶されるにあたって、人格的問題は考慮に入れられない、というより、『贈与の石』なんて呼ばれている力の正体すらもほとんど分かっていないのが現状だしね。人間なら、普通は力を無理矢理にでも行使したくなるものなんでしょ。それが例え人を傷つける結果になったとしても、ね」

 「コイツは、本当、何なんだろうな」

 卓は自分の手首に光る蒼の石を見て言う。

 「得体の知れない力に自分たちの命を預けてるんだもんね。考えてみればちょっと怖いかも」

 蓮華も少し困ったような表情で続いた。そして真理だけが、それほど表情を変化させずに、

 「石自体は本当に昔から、もしかしたら聖書の時代からあったのかもしれない。ただ、石の性質、ここでいうと、それまでの努力に応じて力を与えてくれる、っていう力が分かったのは比較的最近らしいの。ただ、それが『具体的に何か』というところまでの解明には至っていないのも事実。私たちの肉体を強化したり、武器に力を移し替えて、それを放出させるモノになったり、はたまた、異世界の力を限定的に打ち消したりと、用途はいろいろだけどね。だからこそ、その共通点が見出せないのよ。私と卓が二人の力を合わせてようやく具現される『光の剣』だってそう。なぜか、まだその明確な能力は分からないけど、『魂の傀儡子』が使っていた武器、『邪蛇の綻』や、先日現れた『魂玉』の性質を無力化する力があるみたいだし」

 そこで今度は卓が何かを思い出したように付け足す。

 「確か、以前にスミレさんが俺に石の力を受け渡してくれたよな。謙介さんたちはあり得ないことだって言っていたけど」

 そう。

 卓は以前に、プール施設に現れた水の竜と対峙した際に、小田切スミレから石の力を受け取っていた。具体的に言えば、『贈与の石』から得られる力でもかなり突出した、謙介曰く、『聖なる加護ホーリー・プロテクター』と呼ばれる力。継続的に受け取ったわけではなく、その場しのぎの力だったが、本来、それすらもあり得ないことらしい。

 「うん。まあ、正確に言うと、『石の力の譲渡』という前例がないだけで、本来ならそれを含めてこの『贈与の石』という物体のスペックなのかもね。こうやって、イレギュラー因子が集まって石のシステムが解明されていくんだろうけど、それに終わりがあるのか分からない以上、追及しても残りの人生を費やすだけで解明には至らない可能性もあるだろうから、漠然とした力として私たちは使っているだけ」

 そこでふと、それまで二人の話を聞いていた蓮華が口を開いた。

 「もしかしたら、『神の力』みたいなものなのかも」

 その一言で、卓と真理は途端に口を紡いだ。そして唖然とした表情で蓮華を見る。すると、あまりにもメルヘンチックな発言をしたと遅れて自覚した蓮華は焦った様子で、

 「あ、ううん。違うのっ! なんか難しい話になってきたからそうやって人に理解できない漠然とした力で解釈した方が分かりやすいかな―って思っただけで」

 卓は焦る蓮華を見て、愛想笑いを浮かべるが、真理に関しては人差し指を口に当ててなにやら考え込んでいた。そして数秒の後に、何かをひらめいたように口を開く。

 「もしかしたら、蓮華の言うことはあながち間違っていないのかもしれない」

 「「えっ?」」

 真理の唐突なその一言に、思わず卓と蓮華は足を止めた。そして、真理も足を止めると二人に振り返り、

 「考えてみれば、『虚無界』の力を無効化させるという力や、人間離れした肉体強化、そのどれをとっても当てはまるところはあったのよ」

 卓と蓮華はお互いに顔を見合わせる。真理の言うことが理解できないわけではない。言語としてはきちんと理解している。ただ、いきなりすぎて、世界の違いやスケールの違いという領域を一気に跳躍して戸惑っていたのだ。

 しかし、真理は止めることなく続けた。

 「例えば、これはキリストに限った事例だけど、その神は数々の奇跡を起こしたと書物に記録されているでしょ? 具体的に言えば、水を葡萄酒ぶどうしゅに変えたと言われる『カナの婚礼』、悪霊に取り付かれたことが原因で口がきけない人を癒したとされる『唖者のいやし』だったり、そのほかにも海の上を歩いたりといろいろね。もちろん、これらの奇跡はキリストが自身を『メシア』と証明するものだったらしいけど、つまりはそういうことなのかも。おおざっぱに言ってしまえば、『贈与の石』は『神の奇跡を人間にも使える程度にグレードダウンさせるための変換器』みたいなものなのかもしれないわね。自分の努力に応じて力を与えるっていうのも似通った事例が聖書にはあるわ。神を信仰するものに対して、神の奇跡を与えるって言う事例がね」

 「でも、それはあくまで仮定だろ? 本当に『神の奇跡』を与えるための力ってわけではないんだろ?」

 「もちろんそう。これはあくまでも仮定。けど、何も知らないよりは、多少無理矢理にでも漠然と理解していた方がマシじゃない? 蓮華の言うとおり、得体の知れないモノに命を預けられるほど私たち人間は強くないわけだし」

 「けどやっぱりそうやって理解していたほうが気は楽かも。それが本当かどうかはさておいてだけど」

 蓮華も真理の言うことに賛同したようで、首を盾に振っていた。

 もちろん、これらは今ここで真理が勝手に解釈した仮定に過ぎない。『贈与の石』の本質は未だに誰も把握していないわけだし、一介の高校生がその場だけで理解できるほど単調なものでもないのだろう。けれど、自分たちで無理矢理でも理解することで、多少の不安は払拭されるのも事実。

 今はそれだけで十分だった。

 だが同時に、

 「だからこそ、戦争なんて絶対に止めなくちゃいけないの。これだけ強大な力を得た私たちが、それを持たない人たちに行使したら、言わずともがな結果は見えている」

 「あと、『頂』って連中と『九鬼』って奴も気になるな」

 フィアから聞かされたもう一つの危険因子。そもそもの元凶と言ってもいいそれらは決して無視できるレベルではない。

 「話によると、すでに『頂』は世界中で動きを見せているみたいだしね。お兄ちゃんもその一人と交戦したって言っていたし」

 「謙介さんでも勝てないような相手なんだろ? たとえ俺たちが立ち向かっても勝てるかどうか……それに小鉄さんだって」

 「そう。そこが問題。ということは少なからず一人はこの鳴咲市にいたってことになるわ。今もいるかはさておいてね。まだ私たちと接触がないのは不幸中の幸いってところよ。もし今の状態で接触されたら、間違いなく私たちは三人で挑んだって全滅させられるだろうから。『頂』っていうのはそういう本物の化け物が集まった連中なの」

 その真理の言葉を聞いて、卓と蓮華はごくり、と喉を鳴らした。

 今までだって、怪物とは戦ってきた。『魂玉』と呼ばれるものだったり、『冥府の使者』と呼ばれる姿は人間のような敵だったり、はたまた具体的な形はない『超大規模術式』だったりと、本当にいろいろだ。

 しかし、今、話に出ている怪物はそういった自分たちとは違う存在ではない。紛れもなく、自分たちと同じ人間なのだ。

 ましてや、自分たちと同じ特殊な立場の人間。

 想像もしていなかった。まさか、同じ立場の人間と争うような構図が出来あがっているなどと。

 小鉄が襲われたと聞いた時も、実はそれほど深刻には考えてはいなかった。何かのいさかいがあったにしても、これほどまでに凶悪な敵、いや凶悪な味方だとは思っていなかった。

 「いつかは、でも戦わなくちゃいけないのかな……」

 どこか寂しげに蓮華は言う。

 彼女に至っては卓よりもずっと最近、『討伐者』という世界に足を突っ込んだ。そしてすぐにその世界内で争いをしなくてはいけないという現状になってしまったのだ。心境は穏やかではないだろう。

 「私は今の日常を守りたい。そのためなら敵が同じ討伐者でも戦うわ」

 真理はきっぱりと言い切った。その目に揺らぎはない。

 いつでもそうだ。

 真理はいつも、戦っているときもそうだが、剣を握る理由を明確に持っている気がする。少なくとも、卓はそう感じていた。だからこそ、剣に迷いがなく、自我を見失わずに戦えるのだろう。力に酔って、自我を失った卓とは明らかに違う。

 「二人はどう?」

 真理は卓と蓮華に交互に視線を送る。

 そして、しばらくの沈黙が夜道を包んだ。

 その沈黙を破ったのは、蓮華だ。

 「私も戦う……。私には『守護の弐席ガーディ・ツベン』がある。これはきっと自分の守りたい者を守るための力なんだと思うの。ううん、私がそのために使えば、きっとそうなるんじゃないかな。それに幸せなことに、私には守りたい者がいる。だから、そのために力を使って戦うよ」

 普段は、それほど強気ではない、というよりむしろ控え目な印象の蓮華だが、このときだけは、これほどにもたくましいと思ったことはなかった。それが真理と卓が受けた印象だった。

 真理は静かに頷くと、今度は再び卓に確認を取る。

 「卓は?」

 「……、」

 卓はグッと拳を握った。そこで真理は再び口を開いた。

 「ここから先の戦いは、ただ戦いたいというだけじゃ乗り切れるものじゃないと思う。何か明確な理由があってこその戦い。もしそれが無いならこの先の戦いには参加するべきじゃないわ」

 フッ、という笑いが聞こえた。

 卓のものだった。そして、彼は握った拳をほどき、顔を上げた。

 「真理、それは愚問ってヤツじゃないか?」

 何か決意を秘めた瞳をしていた。

 そして、それを見た真理と蓮華は自然と笑みをこぼしていた。

 卓は再び唇を動かし、

 「俺は今までだって、守りたいもののために戦ってきたつもりだ。まあ、最近は少し真理に喝を入れられて更生したんだけどな。でも、元々、俺は守るものがあったから『討伐者』になった。そしてそれは今も変わらない。だから、俺が剣を手放す理由なんてどこにもないんじゃないか?」

 「決まり、ね」

 守りたいもの。

 それは人によって異なるものだ。

 いつも行動を一緒にしているこの三人ですら、それはそれぞれ違う。それに一つとは限らない。

 けれど。

 やるべきことは共通していた。

 自分たちの守りたいもののために、戦うのだ。

 そこに正義も悪も関係なかった。どちらでもいい。

 正義の味方になるために戦うのではないのだから。もし、自分の守りたいもののために戦って、結果それが悪になっても、彼らは止まることはないだろう。つまり、正義になるために戦いをとめることはないということだ。

 そもそも、自分たちを完全なる正義なんて呼べる人間なんて存在しないのかもしれない。

 ヒーロー番組があって、彼らが悪の組織と戦った際に、街が崩壊してもテレビでそれを咎めるものはいない。だが、現実でそれをやって、容認されるだろうか。否、れっきとした器物損害の罪で訴えられるだろう。

 所詮、戦いなんていうのは人間がやっている時点で、自分たちの欲望のためでしかないのだ。

 戦争を止めるのだってそう。起こすのだってそう。どちらにせよ、その両極端の立場に立つ人間の欲望に応じて戦うのだから。

 生まれながらにして罪を持つ人間が、戦いを正当化することはできない。だからといって大切な物を見捨てる理由にはならない。

 矛盾だらけなのかもしれない。

 だが、それが人間なのだ。

 いくら街を救ったとはいえ、いくら困っている人を助けたとはいえ、その人間が完全な正義になるなんてことはないのだ。

 人はどこまで行っても人でしかない。

 そして、だからこそ自分の欲望のために戦うことにはある種決心がいる。

 高校生が簡単に決められるようなものではないのかもしれない。けれど、彼らは今一度その決心を新たに、剣を取ることを決めたのだ。









 鳴咲市の中心街の一角にあるホテル。

 外装は高層ビルのようで、外からは覗けない特殊加工のガラスで覆われた高級ホテルだ。ここ鳴咲市は東京から少し外れているが、それでも東京に劣らないほどの環境で、それなりの金持ちなども住んでいたり、また外からの出入りが頻繁に行われている。

 中心街の一角にある高級住宅街、『貴族の楽園ロイヤルエデン』を始め、こういった金持ち向きの施設が意外と多く存在する。

 そんな高級ホテルの一室にフィアルミ=ロレンツィティと篠崎謙介、東条要はいた。

 もちろん、謙介は別に一室を借りているのだが、今は酔い潰れたフィアを連れてきて、休ませるために一時的にこの部屋にいるのだ。

 「はい、お水です」

 要はホテルに常備されているグラスに、冷蔵庫で冷えている水を注いでフィアの座る机の上に置いた。

 「ありがとぉうございます」

 フィアはどこかおぼつかない手つきでそれを受け取る。

 まだ酔っているのか、頬がまだ色っぽく赤く染まっている。それでも先ほどよりは全然マシで、口調も次第に元の気品あるものへと戻りつつあった。

 「全く、お酒に強くないくせに無理するから」

 謙介はベッドに腰掛け、呆れたように言う。

 フィアはそれに対して、少しムッとした表情で、

 「いいじゃないですかぁ。せっかくいい気分だったんですから」

 「だからって、こんなに酔い潰れるまで飲まなくてもいいでしょ」

 しかし、その謙介の言葉はすでに聞いていないようで、要にもらった水をグイグイ飲みほしていく。

 要は冷蔵庫から、備え付けの缶ジュースを二つ取り出し、一つを謙介に渡し、一つは自分で飲んだ。

 プルトップを開けて、二人とも甘酸っぱいフルーツジュースを喉に流し込む。すると、今度は水を飲みほしたフィアが口を開いた。

 「ところで、『迎え』はどうなっています?」

 謙介はすかざず携帯電話を取り出し、スケジュール表を表示させると、

 「明日の八時に来ることになってます。AM‐790が隠してある場所までは二時間ほどなんで、これくらいの時間がベストでしょう?」

 「ええ。助かります。機長にも苦労をかけてしまいましたから、何かねぎらいの言葉でも贈ってさしあげませんとね」

 そこで今度は要が口を開いた。

 「話は変わりますが、今回の来日はどうでした?」

 フィアは手に持っていたグラスを静かに机に置くと、

 「有意義でしたよ。『対談』の結果はさておいて。しかし、今日、謙介の妹さんと城根卓、そして赤桐さんでしたっけ? 彼らに実際に会ってお話できたのはとても充実した時間でしたから」

 「話って、酔っ払って一方的にダル絡みしていただけじゃ」

 ボソリと呟くように謙介が言うと、フィアがピクリと眉を動かした。

 「そんなことはありません! 私だってちゃんといろいろ見極めていたのですよ!? それなのに、謙介は……泣いちゃいますよ?」

 上目遣いということと、酔って顔が赤いというのが混じって男心を鷲掴わしづかみ出来る表情を浮かべるフィア。しかし、それはあまり彼女と共にしていない男という前提があってのものだが。

 謙介はそんな表情には騙されない。

 「なら、何が分かったんですか?」

 「年下の男の子は可愛いということ」

 「よぉし、一度頭のネジを締め直す必要がありそうだ」

 謙介が勢いよくベッドから立ち上がると、すかさず要が制止にかかる。

 「ほら、謙介落ち着いて! まだフィア様は酔っているのよ」

 「そうよ、落ち着きなさい」

 要の後ろから悪戯な笑みを浮かべてフィアが言う。謙介はこめかみに血管を浮かべて、

 「要、止めるな! 俺は一度、この上司を矯正きょうせいしなくちゃいけないんだ!」

 


 

それから数分の間、謙介とフィアのみにくい争いがホテルの一室で行われ、最初は制止に入っていた要も次第に面倒になったのか、ホテルブランドのフルーツジュースを飲みながら、適当にチャンネルを回していた。

 「……で? 本当に何が分かったんですか?」

 一通り取っ組み合いが終わり、(取っ組み合いと言っても、フィアが一方的に腕を振りまわすだけで、謙介はそれを何とか防ぐというものだが)謙介は乱れた服を手直ししつつ、ベッドに腰掛けて再び訊ねた。

 今度はフィアも案外真面目な表情で、

 「ええ。何というか彼に限らず、貴方の妹さんと、もう一人の女の子も他の討伐者とは少し違った一面があるという印象を受けましたね。まあ、もちろん共通する部分もたくさんありますけど」

 「それは私も最初に彼らに会ったときに感じました。『何か』っていう漠然としたものなんですけどね」

 要は思わず苦笑いを浮かべる。

 フィアは静かに頷くと、続けた。

 「他の討伐者と違うというのは、三人一組というイレギュラーな形式だからかもしれませんが、それだけではないようです。かといって、私も具体的にそれが何かと言われてもすぐに答えることは難しいですが。第六感とでも言いますか。同時に、他の討伐者たちと同じ、どこかで力に依存している印象も見受けられましたが」

 「一応、だらしなく酔っていたわけではないようですね」

 謙介が言うと、フィアはフフンと自慢げに鼻を鳴らすと、

 「私を誰だと思っていますの? これでもヨーロッパ支部を束ねる『先導者コンダクター』ですよ?」

 「はいはい。それで、その先導者コンダクター様は結局どうするのです? 『対談』が失敗して、弟君たちに協力を要請するのですか?」

 その回答は要も気になるようで、食い入るように身を乗り出した。

 「そうですね。正直、最初はそうしようかとも思っていました。しかし、今は少し迷っています」

 「迷っている?」

 謙介の言葉に、フィアは頷き、

 「ええ。可能性としては彼らが一番適役なのでしょう。しかし、何分彼らはまだ高校生です。たとえ討伐者で、『冥府の使者』を倒したという実績があっても、それは変わりません。そして、今回の件はそのまま世界を揺るがすもの。そんな大きなことを高校生たちに押し付けるというのも後ろめたいのですよ」

 「それは同感です。……が、なら他の方法が? やはり、ここは彼らの協力を仰ぐのが一番いいかと。それに今は休養中の小鉄もいますし。彼は信頼出来る男ですし、実力を見ても、『ヨーロッパ支部弐〇騎士』にも引けを取らないほどです。今回で力そのものが深く関わってくるかは分かりませんがね」

 「確かに。三浦小鉄カレの評判は私も度々聞きます。それだけに今回、『頂』に襲撃されたというのは非情に心を痛めます。しかし、それも私が戸惑う理由の一つなのですよ? もし、彼らが今回の件に深く関わってくれば、つまり『頂』や『九鬼』の標的にすらなりかねないのです。私から言い出しておいて、今さらということもありますが、やはりそれではメリットとデメリットの均衡が取れないでしょう?」

 『頂』という連中は『絶対強者』の二つ名を持つ最強の討伐者を崇拝するグループ。そして、そのためなら手段を選ばない。例え一般人がいる街中でも、例え自分たちと同じ立場の人間でも、迷わず刃を振るう。中には、ただ楽しいからという理由で、街一つを滅ぼそうなんてやからもいる。そして、その実力はやはり討伐者の中でもトップクラス。故にその対処もそう簡単なことではない。

 そして、『九鬼』。

 こちらが現討伐者の中で頂点に君臨する男。

 その実力は未知数で、自らを『絶対強者』だと認識している彼は、討伐者の基本スタンスである二人一組を完全に無視し、常に単独行動している。しかし、それは単独行動でも問題ない、ということなのだ。

 実際、彼は先日、予測不能の罠が多数仕掛けられ、入ることも出ることも困難であると言われる『道なき城塞』をいとも簡単に陥没かんぼつさせたのだ。それは城塞に不備があったわけではない。確かに、いつも城塞を管理しているアメリカ支部のトップ、『指揮者コントローラー』が不在という事実はあったものの、城塞はきちんと城塞として機能していたし、無数の『人間型兵器ヒューマノイド・アームズ』も、優秀な討伐者たちも彼の迎撃に参加したのだが、それすらも一蹴いっしゅうしてしまったのだ。

 もちろん、それが『絶対強者』の底、というわけではないだろう。つまり、まだまだ九鬼には底知れない力があると見て間違いないのだ。

 そして、彼らがこれほどに横暴な行動がとれるのも、討伐者の権力的意味でのトップ、『総帥』が容認しているからだ。

 お互いの利害が一致したといって間違いないだろう。

 そしてもし、『総帥』が今の権力を失ってしまえば、九鬼だって今までのように自由に動くことは難しくなる。それを阻止するには、『総帥』の権力を奪う可能性がある危険因子を排除するというのが手っ取り早いだろう。

 

 結論を言えば、今回の件で、卓たちを動かせば、彼らの矛先はやはり卓たちに向うということだ。そうなれば、最近討伐者になった新人二人と、以前より討伐者であっても、真理一人ではどうすることも出来ない。いや、例え謙介たちがその立場でも勝つことはほぼ不可能だろう。

 

 フィア自身、やはり『総帥』の計画は何が何でも阻止したいという気持ちはある。そのために、卓たちに協力を仰ごうとして鳴咲市にも来たわけなのだから。

 だが、そこで一歩踏みとどまってしまう。

 それでは、彼らを戦争の渦に放り込んでしまうのと同じなのではないか、と。

 計画の概要を卓たちに話した時点で、もしかしたら手遅れなのかもしれない。フィアの意向とは関係なく、彼ら自身で行動してしまう可能性だって捨てきれない。もしそうなれば、ヨーロッパに済むフィアがすぐにそれを止めることは難しいだろう。

 

 (となると、やはりそれより早く手を打つ、しかありませんよね)

 フィアは思わずため息をこぼす。

 大体、そんな簡単に解決方法が分かれば、こうして来日して、わざわざ話し合いなどしない。わざわざ鳴咲市にまで新人の討伐者に会いに来たりはしない。

 けど、それでも何とかしなくちゃいけない。具体的な解決方法が分からなくても、それが子供を戦争の渦中に放り込んで良い理由にはならない。


 そこで、謙介の言葉が聞こえてきた。

 「これが直接、総帥の計画阻止に繋がるか分かりませんが、『九鬼』や『頂』から切り崩すというのはどうです?」

 「それは、つまり討伐者同士で殺し合うという構図を作りあげるということですか?」

 フィアは確認を取るように訊ねた。そして、謙介はそれを頷くことで肯定する。

 「もちろん、フィア様がそんなことを望んでいないことは分かっています。しかし、ここまで来てしまったら、それも視野に入れて行動する必要があるのでは?」

 「……そう、ですね。しかし、それはあくまでも最終手段です。今はまだ少しとはいえ、解決方法を模索する時間が残されています。最初から犠牲を生みだす方法で事を進めるのは私はやはり気が進みませんから」

 フィアの瞳には、真剣そのものが映し出されていた。

 彼女は何より人を差別したり、争うことを嫌う傾向がある。それが絶対的に正しいかどうかはともかくとして。その表れが『ヨーロッパ支部』であり、『弐〇騎士』なのだ。これは他の支部には見られない特徴、そしてフィアルミ=ロレンツィティという女性の人格そのもの。

 そして、謙介も要も、他の『弐〇騎士』も、ヨーロッパ支部の討伐者たちもそんな彼女を尊敬しているし、だからこそここまでついてきた。それはこれからも変わることはないのだろう。

 『戦争』を止めるために犠牲を出したくはないという考えにも賛同している。だが、世界とはそう甘くはない。ゲームみたいに、主人公が勝利するまで絶対安全ということはないのだ。ゲームの電源を切っておけば、時間が進まない、なんてこともない。

 何もしなくても、時間は進むし、『戦争』だって始まってしまう。

 だからこそだ。

 フィアの思想に賛同しても、それでもそれに反することになるであろう行動も取らなくてはいけない。

 矛盾で出来あがった世界に済む限り、避けては通れない道。


 こうしてホテルの一室で考えを捻りだしている瞬間も、世界は休むことなく、少しずつ、しかし確実に動いている。



 それが『破滅』に向かうのか、『救世』に向うのか、それを知る者はいない。


第3回ぶっちゃけトーク!~設定~


卓「お、このコーナーで初めて真理と一緒になったな」


真理「本当ね、でも今回のトークは私たちに全然関係ないんだけどね」


卓「え? そうなの?」


真理「そうなの。それで今回は読者の皆様に注意をしておくってことで主人公とヒロインの私が呼ばれたわけ」


卓「なるほど。責任はやっぱり主人公とヒロインがとらないといけないもんな」


真理「そういうこと! それで、今回の話から本格的に宗教の話が関わってきたじゃない?」


卓「確かに。なんか小難しいこと言っていたような……」


真理「そこで注意! この話に出てくる宗教関連の設定はもちろん、実在する話もあるんだけど、作者の勝手に作った紛らわしい設定もかなり混じっているから、宗教学なんかを勉強している読者がいたら、くれぐれも気をつけなさい!」


卓「まじか!? そりゃまた面倒なことだ」


真理「ええ。だから必要に応じて自分で調べてみることをお勧めするわ! でも、もしかしたら『贈与の石』もあるかもしれないわよ?」


卓「そう言われると調べてみたくなるな! これで知識も増えて一挙両得! なんて勉強になる小説なんだ!」


真理「その通り! これはとっても勉強になる小説かもしれないの! ということでまだ読んだことのない人、この話から読んだって人は全部読むことをお勧めしまーす!」


卓(……なんか途中からモロ宣伝だったな……)

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