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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
使者降臨編
21/29

夕刻の騒乱

こんにちは! 夢宝むほうです!!

さて、作者が春休みに入ったので、執筆が結構順調です!

いいですねー。こう、一日を執筆に充てられるというは(笑)

それに、この辺の話は構想自体がかなり出来上がっていたので、文章に書き起こすのも案外楽なのです!もちろん、他に比べてですが(汗)

ここ数話で一気に登場人物が増えました。と、いうことで、登場人物が把握しきれないという貴方! ぜひ、読み返すことをお勧めします!(笑)

そして、今回で二回目となる登場人物による『ぶっちゃけトーク』もありますので、ぜひ、最後まで読んでいただけると幸いです!

鳴咲市の南東部分にある私立聖徳高校。

 すでに夕方だが、今もまだその教育機関は大勢の生徒で賑わっていた。というもの、二週間後に控えた『聖徳蔡』に向けての準備があるからだ。

 街に一般公開しているこの行事は、聖徳高校の中でもかなり大規模行事で、それだけ生徒の熱も入っていた。

 この日は、授業が通常通りあったため、放課後を使ってみんなでクラスの出し物の準備をしているわけなのだが。

 普段この時間は部活動に所属していない学生は次々と教師の見周りで家に帰されるが、今は『聖徳蔡』という事情もあって、特別に放課後の居残りを許可している。

 それに加えて、こういった祭り事になると、やはり落ち着かないのだろう。生徒だけでなく、職員室にいる教師陣もどこか浮足立っていた。

 「うーん……」

 一年二組の教室で、黒髪ボブヘアの少女で、このクラスの学級委員長である寿奏ことぶきかなでは一枚のプリントと鉛筆を持って唸っていた。

 「どうした、委員長?」

 さっきから、ずっとうーん、うーんと唸っているものだから、教室でクラスの出し物に使うメイド服を作成していた女生徒も、段ボールなどを切り抜いて装飾を作っていた男子生徒も少なからず気にしていた。

 そして、その代表のように、作業を一時止めて卓が教壇にもたれかかっている委員長の元までやってきた。

 委員長は、特に卓に視線を移すこともなく、卓の目の前にプリントを差し出した。

 見れば、何やらスケジュール表のようだった。パソコンで作られたものだろう。黒いインクでしっかりと直線の枠組みが書かれていて、その中には『聖徳蔡』でやるイベントだろう、そんな感じの名目が書きつづられていた。

 そして、奏は一番下の、何も書かれていたない空欄を鉛筆で示しながら、

 「ここの予定だけどうしても決まらなくて。当初の予定ではイベント参加数がこれと同じだったんだけど、ここに来て一組みキャンセルが出ちゃったのよ……」

 いつもハキハキ物を言う奏が、珍しく言いよどんだ。これは相当参っている証拠だろう。と、適当に予測する卓。

 「なら、他の参加者でもつのってみたらどうだ?」

 卓のそんな提案も、奏は首を横に振って否定した。

 「それはもうやったわ。でも、さすがにこの時期だと準備も間に合わないし、皆それぞれクラスでの役割もあるからって、断られちゃったのよ」

 「……まあ、そうなるか」

 奏の言うことはある程度卓にも予測出来ていたわけだが、それでもわずかな希望を頼ってみたのはいいが、あっさりと砕かれてしまう。

 正直、自分だってそんな余裕はない。

 クラスの出し物の準備は夏休み明けからほとんど始まったようなもので、こうやって放課後の時間などを使って行かないと、とてもじゃないが、『聖徳蔡』当日まで間に合わない。それに加えて今からステージの上に立って何か万人受けするような出し物を準備しろなどと言われても出来るはずもない。

 だからといって、このままこの問題を放置できるはずもないのだから難しい。

 「そのイベントって、主にどういうことをするんだ?」

 卓が苦し紛れに言うと、奏はこめかみに指を当てながら、

 「このスケジュールは体育館の使用許可を取ったイベントだけよ。まあ、今のところ見れば、軽音楽部による演奏や、演劇部による出し物、それからマジック研究会からのショーなんかがあるわね。基本的に危険が伴わない物だったら許可されるわよ。それにこれは地域公開しているからか、地域の人たちによる出し物もいくつかあるわね」

 「え? この学校の生徒じゃなくてもいいのか?」

 思わず聞き返してしまう卓。

 もっとも、卓は今年初めての『聖徳蔡』なのだから、奏のように何かしらの委員会で関与していない限りは知るはずもない情報なのだが。

 「ええ。この出し物は毎年地域の人たちとの交流を深める意味も込められているらしくて、恒例みたいよ? 私もこういった形で地域の人たちと触れ合えるのはとてもいいことだと思うしね」

 そこまで聞いて、卓はふと一つの考えを導き出した。

 もしかしたら、この空欄のスケジュールを埋めて、なおかつ今年の『聖徳蔡』を大いに盛り上げられるかもしれないということを。

 (まあ、正直、この学校の関係者じゃないから、そればっかりに頼るってものどうかと思うけど)

 しかし、時間もあまり残されていない。とりあえずは目の前の問題を解決することに専念するべきだと考えた卓。

 そう、卓の知り合いで、なおかつステージを盛り上げることを得意とする人物が一人だけいた。

 脳裏に浮かんだのは、フリフリの衣装に身を包んだ赤髪のショートへアの少女。

 つい先日とある事件で知り合ったばかりだが、すでにかなり仲良くなった、今や日本のトップアイドル、椎名美奈しいなみなだ。

 正直、まだ承諾してもらえる確信はない。

 彼女は繰り返すがトップアイドル。ついこの前まで東京に住んでいたが、彼女の私情によってここ、鳴咲市に引っ越してきたわけだが、かといって仕事場も都合よく移動するわけではなく、仕事の度に東京まで出向かなければならない。卓は別に美奈のスケジュールを把握しているわけでもないし、仮に仕事がなくても、美奈には美奈の付き合いってものがあるだろう。

 だから、卓は、

 「もしかしたらこのイベントを引き受けてくれるかもしれない人知ってるんだけど、どうかな? あ、もちろんまだ断言は出来ないけど可能性として、ってことになると思うんだけど」

 などと、曖昧あいまいに言ってみる。

 しかし、それだけでも今の奏には立派な助け舟になったらしい。

 「え、本当!? うん、是非お願いするわ!」

 「あまり時間が無いんだろ? 今からでも俺が頼みに行ってくるけど」

 「あ、でもクラスの方の仕事もあるし……」

 そこで奏は卓の後ろにある、彼の作った段ボール製の装飾のような雰囲気を醸し出す物体を見た。

 えー、カッターをどう使ったらあんな不可思議な切り口になるのだろう、などという感想を抱いた奏は、

 「そ、そうね。城根君にはそっちの方を頼もうかしら」

 奏の咄嗟とっさの判断だったのだろう。間違いなく彼はクラスよりも学校全体に貢献してもらった方が得策だと。

 しかし、卓は、

 「なんか今、委員長からあからさまに失礼オーラを感じたのですが……?」

 こちらもなかなか鋭かった。

 ふいにそんなことを言われたものだから、奏は両手をパタパタと振って、

 「いやいやいや、そんなことないわよ!? 城根君にはこっちの大役を任せた方がいいかなーって思っただけよ!?」

 あながち間違いではないが、肝心な部分は口に出さない奏。

 卓はどこか不満が残るようだが、ため息をつくと、

 「じゃあ、ちょっくら行ってくるよ」

 「う、うん。よろしくね。あ、今日はそれが終わったらそのまま家に帰っていいからね。夜にでも連絡網で私に結果を教えてくれればいいから」

 「りょーかい」

 卓は委員長に背を向けて、そして教室の端に向った。

 そこでは机を四つほどくっつけて、一つの大きな作業台を作り、その上でメイド喫茶の心臓部分とも言えるメイド服を作る、篠崎真理しのざきまり赤桐蓮華あかぎりれんげ風下春奈かざしもはるながいた。

 卓はそんな三人のところに行くと、作業に夢中になっている春奈に築かれないように、真理と蓮華だけを手招きした。

 特に何もなく真理と蓮華はすんなり卓の元に来る。

 「どうしたの?」

 蓮華は少し首を傾げて尋ねた。

 「ちょっとこれから委員長に頼まれて美奈のところに行ってくる」

 よく話の流れが分からない二人は顔を見合わせ、やがて真理が今度は口を開く。

 「ちょ、ごめん。よく意味が分からないんだけど?」

 「あー、だから、これはまだ委員長にも言っていないんだけど、体育館で美奈にコンサートライブをやってもらおうかなって思ってるんだ」

 周りの連中に聞かれないように自然と声を抑えながら卓は言った。

 「え!? それってすごいことになるんじゃ……」

 真理も美奈がトップアイドルだということを知っている。だからこそだ。正直、チケットも何もなく、学校の体育館でそんな彼女の歌が聴けるなんて情報が流出したらそれこそパニックだ。

 だからこそ、当日までのサプライズにするため、卓は彼女と知り合いの真理の蓮華だけの話しているわけだが。

 「そっ。それで今から交渉に行ってくるわけなんだけど、真理と蓮華はどうする?」

 卓が尋ねると、蓮華はどこかバツが悪そうに指をモジモジさせて、

 「たっくんと一緒に行きたいのは山々なんだけど……」

 そこで、真理も蓮華も自分たちの作業場に視線を移した。

 そこにはまだ未完成のメイド服が数着。

 「あー。だよなー。いや、いいんだ。そっちの仕事を優先するべきだしな。美奈のところには俺一人で行くから」

 「ごめんね」

 申し訳なさそうに上目遣いを向ける蓮華。

 卓の心臓が一瞬跳ねあがったのは内緒にしておこう。

 そして、そのまま家に帰る支度を済ませた卓は、一言、委員長に声をかけてから教室を後にした。

 

 そして、卓がいなくなった教室で、再び自分たちの作業場に戻った真理と蓮華だったが、不意に真理が、

 「本当は美奈のところに卓を一人で行かせるのは不本意なんだけどね」

 などと呟いた。

 春奈は作業に熱中しているため聞こえていない。普段、空手という武道をしているからか、案外こういった女子っぽい作業は新鮮なのかもしれない。

 そして、真理の言葉に反応した蓮華は、

 「どういうこと?」

 対して真理は呆れたように、

 「だって、卓が美奈と一緒にいると、何かしらやらかしそうじゃない?」

 「えっ? やらかすって何を!?」

 蓮華の声に少し、焦りのようなものが感じられた。しかし、真理は変わらない調子で、

 「卓のやつ、美奈にデレデレしているときがあるじゃない。本当、心配よね」

 「確かに……で、でも、ほら! 美奈ちゃんのところにはてだまちゃんもいるし、きっと大丈夫だよ!」

 「あー、それが火種にならないことを祈るだけね」

 真理はどこか虚空を見つめながら、対して感情を込めずに言い放った。






 



 柳将也やなぎしょうやと運転手の三上を乗せた白のワンボックスカーは鳴咲市の車道を走っていた。

 交通機関が発展した中心街ではないためか、車は比較的少ない。

 というよりも、彼らはあえてそういった道を選んだわけだが。

 正直言えば、中心街を抜けた方が目的地には早く着く。が、その代わりに人目が多いというリスクがあるため、そういった道は避けざるを得ないのだ。もちろん、これはこれから彼らが犯罪を犯すからであるという前提があってこそだが。

 三上は煙草をふかしながら、鼻歌混じりでハンドルを握っている。

 対して、将也はどこか落ち着かない様子で、窓の外から見えないように膝元でカチャカチャと拳銃をいじっていた。

 「八mm口径、装填数は六発、か。特に消音器サイレンサーはないし、反動を軽減させるパーツもないな。まあ、こんなもの使うつもりはないけどよ」

 忌々しそうに吐き捨てる将也。

 しかし、三上は気楽そうに、

 「いいじゃねえか。そんな代物普通は手に入らないぜ? 今は密輸入もかなり厳しくチェックされてるみたいだし? 分解して持ってこようたってなかなか上手くいかないらしいじゃねえか」

 「バカ野郎、こんなもの、人を傷つけるだけの道具じゃねーか。必要ねーよ」

 将也は元々ハッカーだ。もちろん、これも立派な犯罪だが、彼の信条は、決して人を武器や暴力で傷つけないということだ。

 しかし、ある男からの指令で、今その信条も壊れつつある。

 将也も分かってはいた。こんな闇の世界に足を突っ込んで、なおかつ武器や暴力で人を傷つけずに、なんて甘い戯言ざれごとがいつまでも続くわけはないんだと。

 だからこそ、出所したときに彼はこの世界から足を洗おうと決めていた。だが、それすらも呆気なく打ち砕かれてしまう。

 自分が情けなかった。

 でも、だからといって、今から引き下がれるはずもない。

 「えーと、目標ターゲットの名前はなんだっけ?」

 三上は片手でカーナビを適当に操作しながら、大して興味もなさそうに言う。

 将也は、今回自分に命令を下した男から送られてきた添付ファイルを携帯電話で開きつつ、答えた。

 「名前は椎名てだま。どういうわけか、年齢不詳となっているな。最近この街に引っ越してきたアイドル、椎名美奈の血族らしいが」

 「マジ!? すっげーな。ってことは、あのアイドルが今回、その戦争に関与しているってわけ!?」

 「知るか。でも、多分その可能性は低いだろうな。彼女はマネージャーを含めてあらゆる方向からスケジュールを管理されているわけだし、『その辺の伝手』を調べても怪しいところはなかったし」

 それを聞くと、三上は軽く口笛を吹いて、

 「さっすが、優秀なハッカーは仕事がお早いこって」

 「三上、言っておくが、今回の誘拐は絶対に目標ターゲットを傷つけるんじゃねーぞ。もし、傷つけるとしたら、それは目標ターゲットじゃなくて、それに関連した、戦争事情に関わっている奴だ」

 「へいへい。分かってますよ。というか、俺は未だに信じられないけどな。今まさに世界戦争が勃発ぼっぱつしようとは。それって何? つまり第二次世界大戦みたいなものなわけ?」

 「さあ、俺にも詳しいことまでは分からないが、正直、盗聴している限りでは、どうやらそれだけに留まるようなものではならいしい。というより、俺達の理解が及ばない『何か』が関連しているようにも解釈できたしな」

 三上は、煙草をふかしながら、そんなもんかね、などと相槌あいずちを打った。そして、ワンボックスカーが赤信号で止まると、三上は再び口を開き、

 「しっかし、こんな簡単に世界が揺れ動くなんてな。まだ柳は大手企業を一つ潰せるほどのハッカーだから分かるけどよ、俺なんて万引きしてサツに追い回されるだけの不良だぜ? そんな不良の行動一つで世界が動いちまうなんて、いつから世界はそんなチープな物になっちまったんだか」

 深刻に捉えてはいないのだろう。三上はヘラヘラと笑いながら言う。

 対して、将也はいじっていた拳銃をアタッシュケースに戻しながら、

 「いや、世界なんて元々それくらい安いものなのかもしれないな。大体、どの戦争だって元は『個人的な喧嘩』が発展したものだからな。その『個人的な喧嘩』を利用して、自国の経済を発展させようと考える国の上層部が、それを肥大化させて、結果、戦争なんて呼ばれる大規模な喧嘩になっちまうわけだから」

 そして、アタッシュケースに入っていたマガジンを今度はズボンのポケットに移し替えて、

 「ま、今回は、俺達がその『個人的な喧嘩』って奴を事前に防ぐために動いてるわけだが、正直、この街を救うためにこの街に住む幼い子を巻き込むってのは今でも後ろめたいけどな」

 「そんなに深刻になることもないんじゃねえか? だって、そいつを直接痛めつけるわけじゃねーんだし」

 「三上、傷ってのは、直接目に見えるモノだけじゃないんだ。こんな幼い子が誘拐されたってだけでどれだけ心に傷を負うかも考えろよ。正直、拳銃で腕をぶち抜いてハイお終いってほうが場合によっては楽かもしれないんだ。心の傷ほどたちの悪いモノもないって話だ。無論、拳銃をこの子に向けることは何があっても俺が許さないけどな」

 三上は煙草を運転席と助手席の間に置いてあるステンレス製の灰皿に処分すると、適当な調子で、

 「なんつーかお前はあまり悪役には向いてねーのかもな。つーか、どうして『落第巣窟おれたち』と付き合ったのか未だに理解できねーよ。頭脳明晰ずのうめいせきなお前ならいくらでも行ける高校はあっただろうに」

 「頭の良さなんて関係なかった。いくら名門校に行っても、どうせ俺に居場所なんてなかっただろうしな。学校に行けば、嫌でも親が関与してくる。面談だってあるだろうからな。俺の親は俺にどこまでも無関心なんだ。それなら最初からそんなところに行く必要もないだろ?」

 「ふーん、そんなもんかね。俺達からすれば、お前のその頭の良さってだけでもかなり羨ましいけどな」

 三上のその言葉を聞くと、将也はフッと笑みをこぼした。

 「隣の芝は蒼く見えるものってか」

 「かもな。まあ、今回は俺も素直に柳に従うとするさ。俺としても、こんな子供を傷つける趣味はねーしな」

 「悪いな、どこまでも突き合わせて」

 「ハハッ、今さら遅いっての」

 さらにアクセルを踏み、夕方の鳴咲市にワンボックスカーを走らせた。

 目的地は、鳴咲市の西部にある椎名美奈の実家。

 




 そして、くだんの椎名家に卓はいた。

 美奈は『妖霊の巫女』と呼ばれる、特殊な力を扱うことのできる一族で、それに関連してか、実家は鳴咲市の西の山中にある神社だ。

 山中といっても、もちろん神社の周りはしっかり人の手が加わっていて、しかも神社の敷地もかなり広い。正直、こんなところに住める彼女が羨ましかったりする卓。

 そして、神社の正面ではなく、右横から神社の裏にある家に入るため、卓はそこにある神社とはアンマッチな洋風の玄関の前にいた。

 (あ、この時間だとまだ学校だったりするのか……?)

 卓はここまで来ておいて今さらそんな疑問を抱いた。

 そして、制服のポケットから携帯電を取り出し今の時間を確認すると、丁度一七時を回ったところだった。

 (さすがに帰ってきてるか)

 そう思い、いざインターフォンを鳴らそうと指を伸ばした瞬間。

 「わちきはそんなもの必要ないんだもーん!!」

 幼い少女の声が家の中から聞こえてきた。

 「ん?」

 卓がふと指を引っ込めるのと同時、ガチャリと玄関が開いた。

 「えっ!?」

 突然、玄関から茶色のセミロングで、頭のてっぺんにアホ毛をアンテナのように生やしている身長一三〇センチほどの少女が飛び出してきた。

 ブカブカの動物柄の寝巻に身を包み、髪は濡れているようで光に異様に反射していた。

 「あっ! にぃにだぁあ!」

 「てだまちゃん!?」

 卓は危うく勢いよく家から飛び出してきたてだまと衝突しかけ、しかしバッと一歩身体を引き下げてなんとか回避。

 サンダルで出てきたてだまはそのまま腕白坊主のように表の神社の方へと走って行った。

 「相変わらず元気だなー。あれ、てだまちゃんがいるってことは美奈もいるのか」

 そう呟いて、再び玄関に視線を移す卓。

 同時、

 「こらー! てだま! 待ちなさい、ちゃんと髪を乾かさないと風邪引くでしょう!!」

 玄関から向って右手、一番手前の部屋から赤髪ショートヘアの椎名美奈が飛び出してきた。

 なぜか、バスタオル一枚という姿で。

 「「……へ?」」

 卓と美奈の視線がぶつかり合ったのも同時だった。そして、思わず声が上ずったのも両者共にだった。

 卓は必至に記憶を呼び起こした。

 今、美奈が出てきた部屋って…………浴室。

 その答えが導き出されると、ハラリ。

 バスタオルという名の最後の防護壁が卓の目の前で床に落ちた。ヒラヒラと落ちるバスタオルを目で追い、落ちてから再びゆっくり顔を上げると、そこには一糸いっし纏わぬ生まれたばかりの状態の美奈がいた。

 うわ、なんて白い肌だろう。不覚にも、真っ先に浮かんだ感想がそれだった。しかし、美奈の顔はどんどんでダコのように真っ赤に染まっていく。

 日本のトップアイドルが本来ファンには決して見せない部分が今こうしている間にもしっかりと卓の目に焼きつけられる。

 視線を外そうとしても身体が思うように動いてくれない。本能には逆らえないものだ。

 (って! マズイ!! これは割とガチでマズイ!! いやいや、これはでもどう考えても不可抗力だろ! しかし、こういう場合にこちらが言い訳がましいことを言ってロクな目に遭う確率はほぼゼロ! なら、ここで取るべき行動とは――)

 「素晴らしい、とても芸術的な裸体ですネ」

 褒める。

 何かの本で、女の子は外見を褒められて嫌がる人はいないらしい。つまり、ここは言い訳をするのではなく、素直に裸を見たことを認め、なおかつそれを褒める。

 我ながら完璧だと思っていた卓だが、美奈はいつの間にか拳を握っていて、全身をプルプルと震わせていた。

 「……なさい」

 「え?」

 美奈が何か言ったようだが、卓の耳には届かなかった。それを理解したのか、今度は美奈が茹でダコのように真っ赤になった顔で卓を見据え、半分涙目で、

 「今見た事を忘れなさい!!!」

 叫んだ。そして、続けて、

 「大地を駆ける者には肉体を、天を統べる者には知能を、妖を司る者には力を!」

 美奈が何やら呪文のようなものを唱えると、美奈の全身は一瞬で眩い光に包まれた。そして、その光が晴れると、そこには全裸ではなく、白と赤のデザインの巫女装束に身を包む美奈がいた。

 「あら、巫女装束ソレとても便利なんですネ」

 卓はそれを見て嫌な汗をダラダラと流した。当然、言葉も棒読みになっている。

 「でしょう? こういうときの着替えもあっという間☆」

 美奈は笑顔だった。しかし、天使のような笑顔ではなく、ドス黒い笑顔だが。

 この巫女装束は『妖霊の巫女』である彼女の力を増幅させるためのもので、具体的には彼女が得意とする『術式・七星しちせい』の威力を上げるものなのだ。

 そして、卓は感じていた。美奈がその巫女装束に身を包んだのは、ただ自分の裸を隠すためだけではないと。裸を見てしまった自分の記憶を力づくで抹消させようとしていることを。

 その笑顔が何よりそれを証明していた。

 「えっと……これは今から謝れば許してくれるもの……ですか?」

 卓が震える声で尋ねるも、美奈はただ笑顔で、巫女装束のすそから七枚の和紙で出来たお札を取り出し、首を横に振った。

 (あれ、何だろう……汗が止まりませんヨ……?)

 卓の中の危険信号が先ほどからサイレンを鳴らしている。

 一歩、また一歩とゆっくりとその場を後ずさる卓。そして、それを追うように同じ速度で一歩ずつ迫る美奈。

 (ヤバい!)

 途端、卓は全速力で駈け出した。

 「待てやこらぁああああああ!!! 絶対に今見たことを忘れさせてやる!」

 後ろから鬼の形相の美奈が同じく全速力で走ってくる。しかし、やはり巫女装束では走りにくいのだろう。少しずつ美奈と卓の間が広がっていく。

 (そう簡単に捕まる俺じゃねーよ?)

 そこから余裕が生まれたのか、少し後ろを振り返る卓。しかし、一瞬にしてその余裕は打ち砕かれ、卓はギョッとした。

 何やら、七枚のお札がハンドボール程の大きさの火の球になって美奈の頭上に浮いている。

 「術式・七星しちせい却火きゃっかぁああああああ!!」

 美奈が片腕を卓の方に振り下ろす。そして、それに連動して、宙に浮いていた火の球が次々と卓を目がけて飛んできた。

 「ちょっ!? 本気かよ!! それはさすがに冗談抜きで死ぬレベルだってぇええええ!」

 卓は一撃目の火の球を何とか身体をひねることで避ける。

 目標を失った火の球はそのまま神社の敷地内で愉快な爆発音を響かせて消滅した。

 卓がそちらに視線をやると、地面は小さなクレーターのように穴が開き、焦げた地面からはシュゥウウと湯気が立ち上っていた。

 「……」

 卓は顔からサーと血の気が引くのを感じた。

 しかし、まだ六発の火の球は容赦なく卓へと向ってきていた。

 「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 卓は残りの火の球も身体を捻ったり、しゃがんだり、跳んだりして避ける。

 が、最後の一発が真っすぐに卓を捉えた。

 「もらったぁああああああ!!」

 本来、こんな攻撃を人に向けたら全身丸焦げになるか、木端微塵に吹き飛ぶかのどちらかで、問答無用で殺人罪にかけられてしまうはずなのだが、相手は討伐者としての力を持った卓ということもあってか、美奈はまるで強打者から三振を奪いとったような勝ち誇った表情を浮かべていた。

 「――ッ!!」

 卓が火の球に振り返るのと同時、

 ドゴォオオオ! という轟音と共に卓が立っていた敷地内が一瞬で煙に包まれた。

 「どう!? これでさっきのは忘れたかしら?」

 美奈は不自然に空中を舞うお札を自分の手元に手繰り寄せながら勝利の余韻を楽しんでいた。というより、全裸を見られたという事実の抹消に安堵あんどしたのかもしれない。しかし、

 「ふふふ、この程度で記憶が消せるほど、俺は弱くはないぜ?」

 わざとらしいほどヒーローモノの敵役のような台詞が煙の中から吐き捨てられた。

 そして、煙が風に乗って吹き飛ぶと、そこには蒼い光を刀身に纏わせた長刀を構える卓が現れた。

 「ちょっと! そんな物使うなんて反則よ!?」

 「いやいや! 丸腰の相手に火の球ぶっ放した奴の台詞じゃないと思うけど!?」

 しかし、卓の言葉をほとんど聞かずに美奈は悔しげに舌打ちすると、再びお札を構えた。それに連動するように、卓も目の前で長刀を構える。

 まるで、西部劇のラストシーンのように真正面で武器を構える二人。

 「術式・七星しちせい巻水かんすい!!」

 先に動いたのは美奈だった。

 七枚のお札は美奈の手を離れ、宙に円を描くように浮遊すると、その中心にみるみる小さな竜巻を形成していく。

 次第にその大きさも直径二メートルほどまで成長したところで、それは勢いよく卓目がけて飛んだ。

 「全く、美奈も裸を見られたくらいで大人げないな。少しはてだまちゃんを見習ったどうだ?」

 「てだまはまだ小さな子供でしょうが! それとも何!? 卓にとって私の裸とてだまの裸は一緒だって言いたいわけ!?」

 卓は迫りくる水の塊を長刀の切先で捉え、どこか落ち着いた様子を保ちつつ口を開いた。

 無論、美奈はテンションがマックスまで上がっていて落ち着きなどどこにもなかった。

 しかし、先ほど目に焼き付けた美奈の裸を思い出したのか、卓は急に顔を赤らめ、

 「ばっ! そんなこと言ってないって! 美奈の裸はやはり年頃の男子を興奮させるに値する素晴らしいもので……って、あっ!!」

 ふいにそんなことを言うものだから、十メートルほど離れているはずの卓にも、美奈の怒りがさらに上昇したことは感じ取れた。取れてしまった。

 そんなことをしている間にも、水の塊はいつの間にか卓の目の前まで迫っていた。

 (しまった!!)

 話に夢中になっていてそれに気が付かなかった卓は攻撃が当たる直前に刀でなんとか軌道を反らすも、その場で小規模爆発が生じ、卓の身体は数メートル後ろまで飛ばされた。

 「オッケー! オッケー! 今ので全部、綺麗さっぱり忘れたからぁああ!」

 すぐに体勢を整えて、卓は白旗を振る素振りを見せた。

 これでこの馬鹿げた騒ぎも終わりだ。そう思ったが、

 「なら、なんでまだ顔が赤いのよぉおおおお!」

 美奈の目をあざむくことは出来なかった。いつの間にか、美奈の手には再びお札が戻っていて、

 「却火! 却火! 却火ぁあああああああ!!」

 「いっ!? いぎゃぁああああああ!!!」

 それから数分の間、神社の境内から愉快な爆発音が継続的に続いた。








 「おいおい、今の爆発音は何だ?」

 白のワンボックスカーの運転手に座る三上は、停車した車から目の前にある山を覗きこんでいた。

 鳴咲市の西部にある山で、美奈の実家である神社がある山のふもとでもある。

 「まさか、ここで戦争に使うための武器を量産しているのか……?」

 将也も拳銃の入ったアタッシュケースに手を伸ばしながらそんなことを言う。

 これも、『討伐者』や『妖霊の巫女』なんて事情を知らない彼らからすれば当然の思考回路だろう。

 まさか、誰も『裸が見られたことが原因で特殊な力を横暴に使用している』なんて考えには至らないだろう。

 爆発自体はそこまで大規模ではないが、これからここに住む一人の少女を誘拐しようとする二人にとって、こんな非日常な場面は不安をあおるのに十分過ぎるものだった。

 「なあ、柳。マジで誘拐すんの?」

 さすがの不良少年も、この山から聞こえる爆発音には少し抵抗があるようだが、それは将也も同じことだろう。しかし、将也はゴクリと生唾を呑みこんで、

 「あ、当たり前だ。ここで俺達が動かないとこの街が危険にさらされてしまうんだからな」

 「そうですかい。まあ、それなら止める理由もないわな……って、あれ、今回の目標ターゲットじゃねぇ!?」

 三上はずいっと身体を乗り出し、将也の座る助手席側の窓を指差した。

 「何!?」

 将也もすぐさま窓の外に視線を移した。

 すると、山の入り口から伸びている、丸太で作られた簡易的な階段を、ブカブカの動物柄の寝巻に身を包んだ、茶髪のセミロングに、頭のてっぺんからアンテナのようなアホ毛を生やす少女が軽快に駆け下りてきているところだった。

 「本当だ、間違いない」

 将也は自分の携帯電話の画面に映し出されたてだまの写真と、今目の前にいるてだまを見比べながら呟くように言った。

 「よし、三上。すぐにここまで連れてくるぞ」

 「おうよ」

 将也と三上はワンボックスカーから降りると、かけ足で階段を登っててだまの元に向った。

 「お嬢ちゃん! ちょっといいかな!?」

 割と気持ち的にも余裕がないのか、少し階段を登っただけで少し息が上がる将也。そして、息を整えながら、突然の二人の登場に首を傾げるてだまに声をかけた。

 「あの、さ。美味しいお菓子があるんだけど、いらないかな?」

 そんなことを言いながら、山のふもとに停車させてある白のワンボックスカーを指差した。

 (おいおい、いくらなんでもそんなんでほいほいついてくるガキなんて今時いねーよ、柳)

 普段は頭がいいのに、こういうときは駄目なんだなと半ば呆れかえった三上は一歩後ろで笑いを堪えるので必死だ。

 しかし、そんな三上の本音とは裏腹に、

 「えっ!? 美味しいお菓子、わちきが食べてもいいの!!」

 目の前の目標ターゲットは目をキラキラ輝かせてその場でピョンピョン跳ねた。

 「「……は?」」

 思わず、元凶であるはずの将也まで間抜けな声を出していた。

 そして、目の前の少女は繰り返し、

 「わちきにお菓子食べさせてくれるの!?」







 「「ハァ……ハァ……」」

 卓と美奈は神社の境内でへばっていた。

 境内からはあちこちから爆発後の煙が立ち上り、美奈の術式・七星の威力を証明していた。

 「全く……しぶといわね」

 美奈は巫女装束の裾にお札を仕舞いながら言う。対して卓も、具現させていた長刀を消して、

 「美奈がオニの形相で襲ってくるからだろ……」

 「なっ! 失礼ね、誰が鬼よ!?」

 美奈は顔をまた赤くして反論する。しかし、もう二人はまた先ほどまでのように暴れる気力は残っていなかった。

 「……ところで、てだまは?」

 美奈は何かを思い出したように立ちあがった。卓もそれを見て立ち上がると、

 「てだまちゃんならさっきこの階段を下って行ったけど?」

 入り口の鳥居の方を指差した。

 「うっそ!? せっかくお風呂に入れたのに、また汚れちゃうじゃない! 卓、行くわよ!」

 「えー、俺も?」

 卓が嫌々そうな表情を浮かべると、走り出した美奈は足を止め、卓に振り返ると、

 「だ・れ・の・せ・い・か・な?」

 と、笑顔で言う。

 「はい。すみませんでした。是非ご一緒させていただきます」

 いつから俺と美奈はこんな関係になったのか。というかまだ出会って一週間くらいしか経っていないのでは? などといろんな疑問を抱きつつも、卓は美奈と一緒に鳥居から伸びる階段を下っていくことにした。

 登りは慣れないと面倒なこの階段も、下りはそれほど苦にはならない。

 すぐに山のふもとらへんまで下ることができたが、そこで美奈は不意に足を止めた。

 「どうした、美奈?」

 後ろからついてきた卓は美奈の背中を見て言う。対して、美奈は無言で山のふもとに停車させている白のワンボックスカーを指差した。

 丁度、見ず知らずの男二人が、てだまを後部座席に乗せているところだった。

 「え……」

 卓は思わず呟いた。

 最初は美奈の知り合いか何かかとも思ったが、今は美奈の血族はてだま一人。つまりその考えはすぐに改めることになった。

 となると、他に考えられる、見ず知らずの人がてだまを車に乗せる理由。

 それは――

 「「誘拐!!??」」

 美奈と卓が結論に辿り着いたのも同時だった。

 「おい! ヤバいぞ! 相手は車、早くナンバーを控えないと!」

 すぐさま駆けだそうとする卓、しかし皆はその場で動かず、

 「大丈夫、どうせ今からじゃ間に合わないだろうし」

 そう言って、さきほど巫女装束の中にしまったお札を今度は二枚取り出した。

 「術式・七星しちせい星導せいどう!」

 すると、二枚のうち、一枚がシュッ! と真っすぐな軌道で白のワンボックスカーの後ろ、マフラーに張り付いた。それと同時に、マフラーに張り付いたお札と、美奈の手元に残るお札が同じように金色に輝いた。

 と思えば、それはすぐに消えた。

 「それは?」

 卓がその様子を見て訊ねると、美奈は淡々と、

 「追跡型の術式よ。これで張り付いた対象物がどこに行ったか分かるの。って言っても、さすがに市外に出られたら追跡は困難を極めるだろうけど」

 などと言っているうちに、ワンボックスカーからエンジン音が聞こえ、その場を走り去って行った。しっかりとてだまを誘拐して。

 「急ぐわよ。術式を組み込んだからって余裕をかましてられるほどではないんだから」

 今度こそ、山を下山する卓と美奈。

 しかし、いくら居場所が分かっていても、人間の足で車に追いつけるはずもなく、すでにワンボックスカーは点のようにしか見えない位置まで走っていた。

 「どうする? 俺の石の力を使えばある程度は移動速度を上げられるけど、正直こんな夕方だ。人目についたらそれまでだしな」

 「私の術式・七星にはそんな便利なものはないし……」

 「あいつ等が誘拐した目的が分かれば捜す範囲も狭まるんだろうけど」

 卓の言葉に美奈は首を傾げ、

 「どうして?」

 「だってそうだろ。もし身代金が目的なら、それほど遠くまで行く必要はない。取引が済めばそれで目的達成なんだから。でも、誘拐した目的が殺すことだったら、少しでも捜査範囲から外れるために一刻も早く遠くへ逃げたいはずだ」

 「あ、そうか」

 納得したように頷く美奈。しかし卓は未だにどこか険しい顔つきで、

 「て言っても、まだてだまちゃんの安全が確立出来ない以上は慎重に動きべきなんだけど。とりあえず、警察には電話しておくべきだろうな」

 卓は制服のポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出し、三桁の数字をプッシュすると、それを耳に当てた。

 しかし、

 ザザザザザ……

 電話の向こうから聞こえるのは耳触りなノイズだけだった。

 「え、繋がらない?」

 卓は思わず呟いた。それを聞いた美奈は怪訝そうな表情を浮かべた。

 こういった救急番号は通常の電話とは別ルートの回線を使っているはず。つまり、普通の電波障害ではこんなノイズだけになるということはない。とくに『意図的にピンポイントで障害が発生さえしなければ』まずありえない。

 そこで卓は一つの仮定を思い浮かべた。

 「電波がジャミングされている……」

 「うっそ……」

 美奈も唖然としていた。警察が使う特殊ルートの電波をこれだけ的確に妨害できるなんてことはそうそうあることではない。

 そして、そこから導き出される答えは、

 「まさか、それほど巨大な組織がバックにあるってのか!」

 焦りから、早口になる卓。

 最初は、アイドルである美奈の親族を誘拐して、身代金か、はたまたアイドルであるからこその彼女にそれに準ずる要求が目的だと思っていた。しかし、ここまで来るとただそんな私的事情だけで動いてるとは考えにくい。

 そして、こんは公的電波をピンポイントでジャミングできるということは、つまりそれだけ権力を持った敵ということにもなる。もちろん、それが実際に誘拐した当人であるという保証はないし、むしろそういった権力者が実際に表立った動きをする可能性の方が低いという考えもあるのだが。

 「ちょっと、マズイんじゃない……」

 美奈も似たような結論に達したのだろう。先ほどまでは少しだが残っていた余裕も、今ではもうなくなっている。

 しかし、卓は出来るだけ淡々とした口調で、

 「いや、もしバックに巨大な組織が関連しているんだとしたら、それだけてだまちゃんの安全は保障されるだろうさ。ここまで大規模に騒ぎを起こしておいて、ただ殺すだけの目的で誘拐しましたってんなら、割に合わないだろう? わざわざ警察との連絡手段を断ったってことは、つまりすぐに連絡されたら困るってことだろうから、それだけ時間を必要とする目的があって誘拐したんだろうしな」

 「だとすると、目的は何かしら……?」

 その問いに、卓は首を横に振って、

 「さすがにそこまでは。てだまちゃん本人に何かあるのかもしれないし、てだまちゃんの親族である美奈に用があるのかも。まあ、可能性としては後者の方が高いのかもしれないけど」

 「ま、どちらにしてもやることは変わらないわね。警察に知られたらマズイと思う連中が、もし私たちが警察に情報を提供したと知られたら、それこそてだまの命の保証は無くなるわけだし」

 幸い、美奈の得意とする術式・七星しちせいで、誘拐犯がどこを移動しているのかは逐一、美奈が情報として得ることができている。

 考えとしては、相手の行動が止まってから、その場に向うというのが一番合理的なのかもしれないが、もし市外に出られて目標を見失えば、それこそゲームオーバーだ。

 「仕方ないわね。タクシーで移動するしかないわね」

 美奈のその言葉に、目を点にする卓。

 ああ、これがアイドルと庶民の金銭感覚の違いかー、などと、呑気に思ってしまうほどだった。







 一方、てだまを誘拐した将也と三上は出来るだけ人目を避けた路地を走る白のワンボックスカーの中にいた。

 てだまは後部座席で眠っている。といっても、勝手に寝たわけではなく、ハンカチにしみ込ませた薬をかがせて無理矢理眠らせたのだが。

 「本当に、この子にはすまないことをしてしまったな」

 どこか未練がましそうに呟く将也。

 足元には拳銃の入ったアタッシュケースが置いてあり、それを見つめて、できるだけこれは使わないようにしないと、などと心の中で呟く。

 ワンボックスカーを運転する三上はバックミラーで後部座席で眠るてだまを見ながら、

 「つっても、こんな子供が戦争にどう関係してるんだかな。いや、関係しているのはコイツの関係者だっけか? 正直、どんな高層ビルに住んでいるのかと思えば、まさか山の中とは、カムフラージュのつもりなのか?」

 「さあな。けど、もしこの子の関係者が戦争に関係していて、俺たちがソイツを傷つけることになったら、この子はきっと悲しむんだろうな」

 「かもな」

 三上はそれだけ、短く答えた。特に将也の言葉を否定することもなく、むしろ肯定するように。

 そして、気楽な調子で今度は三上から口を開いた。

 「確認するけど、下された指令ってのは、この子を誘拐して、その戦争の関係者をおびき出す。そしてその後にこの人質を使って戦争の関係者から内側から戦争を事前に止めてもらうってのでいいんだよな?」

 「ああ」

 将也は頷く。しかし、三上はどこか不満そうな表情で、

 「だとしたら、どうしてこんな回りくどい方法なんだろうな。だって、その電話の相手ってのはすげー権力の持ち主なんだろう? 実際に、今も俺達の足取りを掴ませないために警察との連絡手段を断ってもらってるわけだし。なら、それだけの権力の持ち主なら自分で直接交渉したほうが早い気もするけど」

 それは何となく将也も考えていたことだった。

 わざわざ、自分に指示して盗聴するよりも、もっとプロを雇った方が効率的だろうし、ましてこんな戦争に関係する重役を少年院から出所したばかりの子供に任せるなんてどうかしているとまで思っていた。

 そんなわざわざ成功率を下げる方法を選ぶなんて、まるで『本気で戦争を止めるつもりはない』とも思える。

 実を言えば、まだ戦争が起こるなんてことも疑っている。そもそも、これ自体が手の込んだ悪戯いたずらだってあり得るのだ。少し前まではそう思っていた。

 しかし、実際に警察との連絡手段を断つなどの荒技を見せつけられては、これがただの悪戯いたずらで済む話ではなくなってくる。とはいえ、それが直接、戦争なんて現実味に欠ける言葉を確証させる要素にはならないのだが。

 だからこそ、今の将也に言えることはこれだけだった。

 「俺達の知らない『何か』があるんだろうよ。正直、俺達の見てきた『裏の世界』なんてものとは比べ物にならないほど、もっと深くて、普通の人間は一生知り得ることのないような、本当の意味での『裏の世界』ってのがな」

 「ふーん。まあ、今はそうやって無理矢理理解していくしかないのかもな」

 三上は適当に頷き、また運転に集中する。

 本当の意味での『裏の世界』なんて言った将也自信、そんなものがあるのかどうかすら半信半疑だった。自分たちはいわゆる法に触れる犯罪を何度も繰り返してきた。そして、そんな日常に身を置くことこそが、裏の世界に足を突っ込むということだとも思っていた。だからこそ、警察に追い回され、捕まれば鉄格子てつごうしの向こう側に放り込まれる。

 けれど、もし、そんな日常を含めて、少なくとも、ニュースなどで一般市民に知れ渡るような程度の裏の世界を含めて『表の世界』と置き換えるならば、その『裏』に潜む世界とは何なのか。

 こうも簡単に戦争を勃発ぼっぱつさせてしまうような、自分たちのやってきた愚行とは文字通り桁違いのことを軽々やってのける世界があるのだとしたら、それこそがこの世界の最深部、闇に埋もれる本当の意味での『裏の世界』なのかもしれない。

 そして、そんな『裏の世界』の人間が、『表の世界』に住む自分にコンタクトを取ってきた。最初はそこまで深刻には考えていなかった。しかし、『戦争』という言葉がもたらす恐怖は後から将也の全身に襲いかかる。

 もしかしたら、自分はとんでもない世界に関わってしまったのではないか。刑務所に入ってどうこうなる段階を一気に通り越して、今まさに取り返しのつかない所へと向かっているのではないか。

 そんな考えがグルグルと頭をよぎる。

 内臓が鷲掴わしづかみされているような激痛が内側から込み上げてくる。

 この街を守りたい。そう思ったのは事実で、今もそれは変わらない。でなければこんな小さな子を巻き込むはずがない。

 けれども、そんな私情で関与していい問題ではなかったのではないか。そんな子供の理想論でどうにかなる問題ではないのじゃないか。そもそも、この計画の全容を知らない自分が、戦争を止めるなんてことができるはずないのではないか。

 次々の湧きあがる不安。

 いつの間にか、手は嫌な汗でビッショリ濡れていた。

 そして、窓に視線を移すと、自分の唇が小刻みに震えているのが確認できる。

 

 恐怖。

 その単語だけが今は将也の頭の中を支配していた。

 考えれば考えるほどに、引き返したい。何もかも放り出して逃げだしたいと思う。


 しかし、そんな将也の耳に声が聞こえた。

 何の脈絡もなく、突然に、だ。

 「人は全ての面において正しいことはできない。だからこそ、自分が正しいと思った一点を貫け」

 ふいに将也は言葉のした方を向いた。

 言葉の音源は、すぐ横に座り、ワンボックスカーを運転する三上のものだった。

 「え……」

 すると、三上は前方を見たまま、しかし表情をやわらげ、

 「昔、お前が『落第巣窟ドロップアウト』にいたときに俺たちに言った言葉だろ? あの時はそりゃ皆で笑い飛ばしたけど、お前がいなくなってか、その言葉は俺たちの『支え』になったんだぜ? 今度はお前がこの言葉に救われてもいいんじゃねえか? まあ、元々お前の言葉ってのがどうにも格好つかねーけどよ」

 苦笑いを浮かべる三上。

 しかし、その言葉は実際に将也の気持ちをいくらか救った。

 そう、自分がこの街を救いたいと思った気持ちに偽りはない。そして、この誘拐した小さな子供を傷つけたくはないという気持ちにも。

 そして、それに対して絶対に戦争なんて起こすわけにはいかないという確固たる決意もあった。

 そのどれも順当な優先順位を付けることは難しいものばかりだった。ならばどうする? 全てを放り投げるのか?

 (そうじゃねえだろうが。逃げ出すんじゃなくて、受け入れろよ! 俺には全部を救うなんてことは出来ない、全てを無傷でなんてことは出来ない! なら、やるべきことは一つだ。この街を救って、そしてこの子も出来るだけ傷つけないように事を収める。今さら償いきれるような綺麗な人生には戻れないんだ。地獄にだって堕ちてやるよ! だから、俺は地獄行きの切符を手にしたまま、地獄の中で救える物を救ってやる!)

 グッと、握る拳に力を込めた。

 先ほどの嫌な汗はいつの間にか乾いている。

 

 そこで、ふと次は三上から少し間抜けな声が聞こえてきた。

 「ところで、俺たちは車で移動しているからいいけどさ、追手が俺達を見失ったら意味がないんじゃないか?」

 今さらといった疑問だが、確かにその通りだった。

 本来、この誘拐はてだまを餌に、戦争を勃発ぼっぱつさせようとする首謀者の関係者をおびき出すもののはずだ。なのに、その関係者が自分たちの居場所が分からなくては、成功以前に、計画そのものが破綻はたんしてしまう。それに、最悪時間が経てば、警察に連絡される恐れだってあるだろう。

 今は電波障害でなんとかなっているが、未来永劫みらいえいごうこのままというはずがないのだから。

 しかし、対して将也は至って落ち着いている様子で、携帯電話の画面を見ながら、

 「それに関してはどうやら問題ないらしい。よく仕組みは分からないが、『電話の相手』からの報告によれば、相手はこちらの位置を把握しているみたいだしな」

 「おいおい、それはそれで恐いな。GPSでも取り付けられているのか?」

 「まあ、元々相手だって得体の知れない連中なわけだしな。正直、俺に依頼してきた『電話の相手』もまともな人間じゃねーんだろうし」

 そこまで聞いて、三上はふっとため込んだ息を吐くと、

 「なら、このまま『落第巣窟ドロップアウト』のアジト直行で言いわけだな!」

 ハンドルをしっかりと握り直す。

 「だな。まあアジトなんて呼べるほど大それたものでもないけど。せいぜい溜まり場ってとこだろ?」

 「そう言うなって。あれはあれでいいもんだぜ?」

 夕日に染まる空が、星空の輝く夜空に切り替わろうとしていた。

 そして、そんな空の下を白のワンボックスカーは乾いたエンジン音を響かせながら走る。







 まばらだが、一等星が肉眼で確認できる程度に暗くなった空の下を、学生服に身を包む真理と春奈が歩いていた。

 いつもの教科書などを詰め込んでいる学校指定のカバンとは別に、二人の手には大きな紙袋が握られていた。

 中に入っているのは、『聖徳蔡』でやるクラスでの出し物で使うメイド服。

 女子たちは自分の分のメイド服をそれぞれ自作しなくてはいけないので、装飾や内装担当の男子たちよりもかなり大変だったりする。もちろん、一から作るわけではなく、ある程度ベースとなる衣服から作っているわけだから、その分いくらか苦労は軽減される。といっても、さすがにメイド服を作るのは手編みのマフラーほど気楽に作れるものでもない。

 学校はいつもより遅くまで解放しているとはいえ、さすがに日が沈んでからも、というわけにもいかず、女子たちもメイド服は家と学校の両方で作らなくては間に合わないのだ。

 

 いつもなら、真理と蓮華の間には卓がいるのだが、今日は一人で美奈に『聖徳蔡』のイベントに参加してもらえるように交渉に行ってしまい、真理と蓮華の二人で帰宅している。

 それまでそこまで会話が弾んでいたわけではないが、ふと蓮華の方から話を切り出した。

 「真理ちゃんは、『聖徳蔡』二日目のキャンプファイヤーって知ってる?」

 ふいに投げられた質問に、一瞬キョトンとするも、真理は何か思い出すように空を見て、

 「なんか、周りの友達がそんなこと言ってたような気もするけど……それって具体的には何なの?」

 真理はどうやら詳しいことまでは知らないらしい。

 詳しい、というのは、キャンプファイアーで好きな人に告白すると成功率が上がるという、いわゆる都市伝説の学校版のような話だ。

 蓮華はそのことについて真理に話した。

 最初は特に気にも留めていなかったようだが、次第に真理の瞳からは興味津々という感じが出てきた。

 いくら討伐者だからといっても、やはり中身は普通の年頃の恋する乙女。こう言った話には普通に喰いつく。

 真っ先に真理の頭に浮かびあがったのは、卓の顔だった。

 討伐者のパートナーで、今は一つ屋根の下に住んでいるが、真理にとって彼はただの討伐者としてのパートナーではなかった。

 それ以上の感情が芽生えている。

 そして、それは蓮華も同じだった。

 お互いに理解している。

 真理も蓮華も、自分たちが同じ人間に好意を抱いているということを。そして、それが友達だからという理由で譲れるような気持ちではないということも。

 

 続いて、蓮華はゆっくりと口を開いた。

 正直、これは言おうかどうかずっと迷っていた。もしかしたら言わない方がいいのかもしれない。言ったところで、関係がギクシャクしてしまう可能性だってある。

 けれど、気が付いたときには口が勝手に動いてしまっていた。もう止めることはできなかった。

 「それで、ね? 真理ちゃん。……私、その時にたっくんに告白しようと思っているの」

 「……」

 真理は反応を示さなかった。

 何となく、キャンプファイアーの話を持ち出された時から勘付いてはいた。今まではこういった気持ちを表に出そうとはしなかった蓮華が、何かの決意を決めたんだということくらいは気付くくらいに、密接に関わってきたのだから。

 だから、別に驚かない。

 蓮華は何年も前から卓に好意を抱いていた。そして、自分が卓の傍にいないときも、ずっと彼の傍にいて、彼の支えになっていたことも知っている。

 久しぶりに卓と再会したとき、彼の傍にいたのが蓮華だと感じてしまっていた。そして、それに対して嫉妬しっともした。

 けれど、蓮華と関わって行くうちに、それらの感情は自然と消えて行っていたのだ。別に卓のことを譲る、という意味ではない。

 今だって蓮華に卓を渡すつもりなどない。

 けれど、蓮華も自分に対して、どこか劣等感を抱いてくれていた。それを知ってから、自分と蓮華は対等な立ち位置にあると思えたからだ。

 真理が黙っていると、どこか顔が火照った蓮華が再び口を開いた。

 「私が討伐者になった理由ね、本当はたっくんと同じ世界に立ちたかったのかもしれない。私は力がないから、真理ちゃんやたっくんに守られてばかりだった。それに、たっくんの見ている世界は私には分からなかったの。けど、もし私も討伐者になれたら、たっくんの見ている世界を共有できるんじゃないかって……こんな理由で討伐者になった、って言ったらやっぱり真理ちゃんは怒るよね……?」

 しかし、真理は静かに首を横に振った。

 「どうして? 私が蓮華を怒れる理由なんてどこにもないじゃない。好きな人と同じ世界にいたいって思うのは当然のことよ。それに、蓮華はそのために努力しているじゃない。それを怒る理由なんて、私には見つからないな」

 「……真理ちゃん」

 「じゃあ今度はこっちから。どうして告白するって私に教えてくれたの?」

 「えっ? そ、それは……」

 言いよどむ蓮華。

 そう。なぜこんなことを真理に話そうと思ったのか。事実、話そうかどうかはずっと迷っていたのだ。言わなくてもよかったんじゃないか。

 なら、どうして話したのだろう。

 それは、蓮華が『対等』であることを望んだから。

 無意識の内だったのかもしれない。けど、ここで真理に黙って、キャンプファイアーで卓に告白するのは対等ではない気がしたから。

 きっと、そんな感じで話したのだろう。

 すると、真理が口を開いた。

 「私に気を使ってくれたみたいだけど、私が怒るとするならそっちかな」

 「えっ?」

 予想外の言葉に、思わず顔を上げる蓮華。

 そして、真理は躊躇ためらわず、

 「だって、私たちは卓を想うっていう点ではライバルでしょ? それなのに、全部が同じ条件じゃないとまともに張り合えないの? それって、なんだか馬鹿にされている気分よ。まるで、同じ条件にでもしないと、私には勝ち目がないって言われているみたいで。もちろん、蓮華が本当にそんなことを考えているとは思わないし、卑屈ひくつなのは私だってことも分かる。でも、恋ってのは、公式ルールがあるスポーツじゃないでしょ? なら、蓮華が思ったように行動すればいいじゃない」

 「……ごめんね、真理ちゃん」

 その通りだと思った。

 真理の言うとおりだと。どこかで自分の方が上に立っていると思っていたのかもしれない。だからこそ、真理に自分が告白することを伝えた。

 なんて嫌な子なんだろう。

 自分でもそう思う。

 けれど、真理は、

 「謝らないの。それに、私も私で蓮華に宣戦布告する前に卓に想いを伝えるつもりよ?」

 笑顔を見せた。

 なんの嫌味も、皮肉もない真っすぐな笑顔。

 恋のライバルに向ける笑顔。

 二人の間にルールなんてものは最初から必要なかったのかもしれない。ただ、一人の人を好きだという、ただそれだけの想いがあれば、それ以外は何も必要ない。

 蓮華の知らない卓を真理は知っている。

 真理の知らない卓を蓮華は知っている。

 けれど、どちらも正真正銘、城根卓という一人の人。そして、その一人を好きだという想いに偽りはない。

 

 もちろん、卓が真理か蓮華を選ぶという保証はない。もしかすれば、どちらも選ばない可能性だって十分にある。 

 二人とも、正直言って卓の気持ちが明確には理解していなかった。

 卓の周りにいる女の子は自分たちだけではない。もしかすると、他の子に気があるのかもしれない。

 彼はでも、いたってどの子にも同様に接する気がする。多少の違いはあっても、出会ったばかりの子でも、長い付き合いをしてきた子でも、困っていれば同様に、自分の危険をかえりみずに助けてくれる。

 蓮華はそれを見てきた。

 自分が、異世界の住人にさらわれて、命の危険を突き付けられた時、彼は血みどろになって助けてくれた。

 何度も何度も、打ちのめされては立ち上がり、意識を失った自分を助けてくれた。

 けど、それは決して自分だけに向けられた優しさではないと。

 夏休みが終わって、突然、街中で出会った少女のためにも、彼は命がけで協力した。もしかしたら、この街が危険にさらされているという理由も大きいのかもしれないが、恐らく、卓という男はそれが少女個人の問題でも、彼女が困っていれば助けただろう。

 それは、とてもいいことなのかもしれない。少なくとも、見て見ぬふりをするよりはずっとマシだ。

 もちろん、いつも彼一人でどうにかしているわけではない。けど、自発的に行動するのは彼だ。

 自分はそんな彼にかれているのかもしれない。

 けど、それは同時に、蓮華の困らせてもいた。誰に対しても同様に接するからこそ、卓の本心が見えてこない。

 まだ、誰か一人に対してだけ優しいのであれば、その気持ちがどこに向いているのかは分かる。けど、それが特定できない以上、告白するための決心が揺らぐほどの恐怖も芽生えてくる。

 

 (けど、決めたんだから。たっくんに、私の気持ちをハッキリ伝えるって。もう迷わない。もう十分過ぎるほど時は経ったんだから、あとは私の勇気次第だよね)

 蓮華は紙袋を持つ拳を握った。

 そして、真理も。

 「私、蓮華に卓を譲るつもりはないんだからね」

 と、笑顔で言う。

 対して蓮華も、

 「私もだよ。私、こういうことに対しての独占欲は強いんだから」

 笑顔で返した。

 この時、二人の気持ちは明らかに揺れ動いていた。今まで自分の中にため込んだ気持ちを伝えようとするのだから、無理もない。

 

 そして、再び二人が帰宅への道を歩き出そうとしたとき、前方からエンジン音が聞こえてきた。

 別にここは歩道というわけでもないから、珍しくもないのだが。

 前方から来るのはヘッドライトを点けた一般的なタクシー。そして、真理も蓮華も特に気にも留めずスルーしようとしたが、ふいにすれ違ったとき、二人は視界にある人物を捉えた。

 「え……卓?」

 「……やっぱりたっくんだよ、ね?」

 ついつい、過ぎ去っていくタクシーを目で追う二人。

 そして、

 「横にいたのって、美奈に見えたんだけど……」

 どんどん、不機嫌な口調に変わる真理。それに相槌あいづちを打つ蓮華も、

 「私もそう見えた」

 真理の言葉を肯定する。

 無論、卓は自分の知らないところでまた厄介事が起きているなどと、知るよしもなかったのだが。


第二回ぶっちゃけトーク!~俺の立場はっ!~


陽介「なあ、卓。主人公ってなんだろうな」


卓「どうした? いつものことだけど意味が分らないくらい唐突だな」


陽介「どうして同じクラスで、同じ教室にいるのに、女子という女子はお前にばっかり集まるんだろうな!!」


卓「……えっと、何でだろうな」


陽介「答えは簡単だよぉおお! お前が主人公だからぁあああ! 俺なんて、全然出番なんてないし、特に目立って良いチャームポイントもないしよぉお!」


卓「そ、そんなことないって! ほら、SIDESTORYではお前が主人公っぽくなってるじゃんか!」


陽介「だったらもっとかっこよく活躍する話とかが良かったぜぇええ! なんだかんだ結局いつもの俺だったしよぉ! 大体、SIDESTORY読んでない人にとっては、俺は本当にタダの残念な人だろうがぁ!」


卓「そんなことないって! 読み返してみると案外お前のかっこいいところがあるはずさ! ほら、風下に蹴り飛ばされて、風下に殴られて、風下に叩きつけられて……」


陽介「ねえ!? それ全然格好良くないよね!? っていうか、俺はどんだけ風下に目の敵にされているんだよ!?」


卓「別に風下だけってわけじゃないと思うけどな」


陽介「!? 今さらっとさらに傷を抉ったよね!? 今知らないほうが幸せだった情報を漏らしたよね!?」

 

卓「どうやら陽介が泣きそうなので、今回はこの辺でー! また次話、お楽しみに~」


陽介「ねえぇ!? 無理矢理終わらせて誤魔化そうとしないでぇ! お願い! マーイフレンドー!!」

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