討伐者の鼓動
こんにちは!夢宝です。寒い日が続きますが皆様いかがお過ごしでしょうか?さて、約束の蒼紅石第2話です!今回から登場人物がかなり出てきて作品もにぎやかになってきました!第1話ではこの作品の世界観が分かりにくかった部分も今回でかなり明確になってきたのではないでしょうか?まだまだこの作品の世界観はこれからのストーリーでいろいろ明かしていきたいと思いますので、気長に待っていただけると幸いです。しかし、おおまかな世界観は今回の話に詰め込んだつもりですのでじっくり読んでみてください。では、本格始動した「魂の傀儡子編」第2話お楽しみください!
「じゃあ卓、まず石の力を纏わせる武器から用意しないとね。」
真理は卓の手から蒼の贈与の石を取ってソファからぴょんと飛び降りた。
「でも俺は自主練習用の竹刀くらいしか持ってないぞ?」
「大丈夫! その石にはあらかじめ武器を記憶させてあるから。」
「えっ? いつの間に?」
卓は真理の手の中に転がる贈与の石をまじまじと見つめた。
「5年前に卓に渡す前によ。」
「そうなのか。」
真理は卓に蒼の石を手渡した。
「それを握って心を込めてこう言って。具現せよ! 我が剣!」
「お、おう。」
卓は贈与の石をぎゅっと握りしめ目をつむった。
「具現せよ!我が剣!」
卓がそう叫ぶとリビングが一瞬で蒼い光に包まれた。
蒼い光は次第に卓の元の凝縮していき卓の手の中に集まった。光は刀の形を作り上げた。
「おお!」
そして光は贈与の石の中に消えていき卓の手には光の中からその姿を現した長刀が握られていた。
「うまくいったみたいね。」
真理は横で満足げな表情を浮かべていた。
「これが俺の武器……」
「卓の武器は私の日本刀よりリーチの長い日本刀よ。だからそのリーチの差を生かした戦い方が求められてくるわけ。」
「二人一組というスタイルを最大限生かすってわけか。」
「そういうこと。あ、もうそれしまっていいわよ。」
「しまうときは何を言えばいいんだ?」
卓は夕日に反射した長刀を目の前に構えた。
「我が命が下るまでその刃隠匿せよ、で大丈夫。」
「そうか。我が命が下るまでその刃隠匿せよ。」
再び蒼の贈与の石は輝きだしその光は卓の手にある長刀を包んだ。そしてすっとゆっくりその姿は光と共に石へと消えた。
「まあこれで戦う分には大丈夫なはず。あとは断絶くらいね。」
「さっきのやつか?」
「そう。贈与の石にはこの世界との空間を断絶する力もあるの。一般的には結界というみたいだけど少し違うわね。」
「どういうことだ?」
「この断絶は虚無界の住民には効かない。つまり断絶しても彼らは自由に動けるということ。それと虚無界または贈与の石のなんらかの力が関与している人間にも効かない。」
「それって……」
「そう、私たち討伐者が動けるのは当然だけど、場合によっては一般の人間も。」
「……!?」
卓の頭に一瞬蓮華の姿が過った。
「どうしたの卓?」
「いや、なんでもない。ところでその断絶は俺にも出来るのか?」
「分からない。やってみたら? 詠唱は我、この世界との断絶を命ずる、よ。」
卓は蒼の贈与の石を握りしめた。
「我、この世界との断絶を命ずる。」
「駄目ね。」
卓は真理の声を合図にゆっくりと石を握りしめた手をほどいた。
「はあ……」
「まあこれからもっと経験値を取得していけばいいわよ。」
「そんなんでいいのか?」
「あまり時間はないんだけどね。まあ変に焦ってもしょうがないし。」
「悪いな。」
卓は唇をかみしめた。
(俺は5年前から何も変わっていないのか!)
卓のこぶしには自然と力が入った。
「ところで、私はこれから卓の家に泊めてもらうことになるんだけど。」
「ああ。……えっ?」
卓は噛みしめた唇をほどき目を丸くして真理を見つめた。
「討伐者としてパートナーになったんだし一緒にいるほうが何かと都合がいいのよ。それに私の家この町じゃないしね。」
「い、いやでもさすがにまずくないか?」
「何が?」
「いやなんというかその……」
卓は真理から顔を反らし頭をポリポリ掻いた。
「まあいいや! そういうわけだからこれからよろしく!」
真理は天真爛漫な笑顔で卓に手を差し伸べた。
「お、おう。」
卓はまだ真理の顔を直視できなかったが握手には応じた。
ピンポーンと卓の家の呼び鈴が鳴った。
「蓮華か?」
卓はリビングから玄関へと向かってドアを開けた。
「早かったな蓮華。」
「うん、お母さんが肉じゃが作りすぎたから持って行きなさいって。」
蓮華はキッチン用の手袋をはめて両手で大き目の鍋を持っていた。
「おお! 助かるよ。俺が持つよ。」
「あ、熱いから私が持っていくから大丈夫!」
「そうか。ありがとうな。」
卓は蓮華が通れるように玄関のドアを押さえキッチンの方へと案内した。
「あ、」
リビングから顔を出していた真理と蓮華は顔をはち合わせた。
「真理ちゃんもよかったら食べてね。」
「……」
真理は鍋を見つめてはいたが何も答えなかった。
「蓮華、こっちだ。」
先にキッチンに向った卓は顔を覗かせた。
「うん。」
蓮華とすれ違って卓は真理のいるリビングに向った。
「なあ真理、蓮華には討伐者のこととかは内緒にしておいた方がいいのか?」
「別に内緒にする必要はないと思う。どうせいずればれちゃうだろうし。」
真理の態度はさっきと比べて明らかに冷たかった。
「どうしたんだ? 真理。」
「何が?」
「いや、なんか蓮華に対してちょっとぶっきら棒なんじゃないかと思って。」
「別に。」
真理はぽふっとソファに座り込んだ。
「蓮華は優しい奴だから仲良くしろよな。」
卓は真理の頭をぽんっと叩いてからキッチンに向った。
「卓の馬鹿……」
真理のそんな呟きは卓の耳には届かなかった。
「蓮華、よかったら一緒に夕飯食べないか?」
蓮華は肉じゃがを温め直していたお玉の動きを止めて目を丸くした。
「いいの!?」
「当たり前だろ。真理もいることだし仲良くなる機会にでもなればいいしな。」
「ありがとう! うん、食べていく!」
「決まりだな。」
卓はニッと笑いかけた。蓮華も両手を合わせてにっこりほほ笑んだ。
「じゃあ蓮華はリビングで休んでていいぞ。準備は俺がやるから。」
「大丈夫だよ。私こういうの好きだし!」
「蓮華はお客さんなんだから。」
「じゃあ一緒にやろ?」
蓮華は卓の手を取った。
「お、おう。分かった。」
卓は顔を赤らめた。それを蓮華に見られないように顔を反らした。すると顔を反らした方向につまらなそうな表情の真理が立っていた。
「ど、どうしたんだ真理?」
「別に。」
真理はつまらない表情のままリビングに向ってテレビを見始めた。
「どうしたんだあいつ?」
卓は蓮華に向き直った。
「もしかして真理ちゃん……」
「え? 何蓮華?」
「ううん。なんでもない!」
蓮華はそう言って再び夕飯の支度に戻った。
「なんだよ、二人とも。」
状況を唯一把握できなかった卓も渋々夕飯の支度にとりかかった。
キッチンには既に肉じゃがの甘い匂いと玉ねぎの香ばしさが充満して食欲を掻き立てるには十分なほどだった。
「毎度毎度わざわざありがとうな蓮華。」
「ううん。お母さんがいつも持たせてくれるだけ。それにたっくんも一人暮らしみたいなものでしょ? だからきっと大変なんじゃないかなって。」
「蓮華は中学の時から気が利くよな。」
「ありがと!」
蓮華は嬉しげに鼻歌混じりに食器の準備を始めた。
それからは蓮華の手際の良さもありすぐに夕食の支度は終わった。
ダイニングテーブルにはそれぞれ子蜂に入れられた肉じゃがにご飯、そして真ん中には肉じゃがの入った鍋と大皿に盛られた色鮮やかなサラダが並んでいる。
卓の家のダイニングテーブルは洋式で、テーブルの周りには4つの足の長めの椅子がある。
「すっげーごちそうだな!」
「美味しそう……」
さっきまで不機嫌そうな顔でテレビを見ていた真理も目を丸くして呟いた。
「じゃあいただきましょうか。」
蓮華のその言葉を合図にそれぞれいただきます、と言って箸を取った。
「うまい!」
早速肉じゃがを頬張った卓は何度も噛みしめながら肉じゃがを飲み込んだ。
「たっくん普段はカップラーメンとかで済ませてるんでしょ~?」
蓮華は卓と真理にサラダをよそいながら訊ねた。
「まあ時間がないときは。おっサラダありがとうな。」
「どういたしまして。はい、真理ちゃんも。」
蓮華はにこりと笑って真理にサラダを差し出した。
「……ありがとう。」
真理はちょこんと手を出してそれを受け取る。
「どういたしまして。」
蓮華は最後に自分のサラダを取って食事を始めた。
「ところで真理ちゃんはたっくんとは昔からの友達なのかな?」
「うん。」
真理は一言だけ返事をして黙々と箸をすすめた。
「真理は俺がドイツに住んでいたころの友達なんだ。」
「そうなんだ! じゃあ付き合いは私より真理ちゃんの方が早いんだ。」
「まあそういうことになるな。」
「……」
真理は反応を見せずもぐもぐと肉じゃがを頬張っていく。
「真理ちゃんは今はこの辺に住んでるの?」
「……」
真理は箸を止めて卓の方を一瞥した。それ気がついた卓は言葉を選ぶように口を開いた。
「あ~真理はしばらく家で預かることになったんだ。」
「えっ? たっくんの家に住むの?」
さすがに蓮華も驚きを隠せなかった。
「まあそこらへんはいろいろ事情があって……」
「そうなんだ。まあでもたっくんびっくりするくらい人畜無害だもんね。」
蓮華はまたすぐに柔らかな笑顔に戻った。
「それ、褒めてるのか?」
「褒めてますよ!」
「ならいいけど。」
それからも真理はあまりしゃべることはなく、ほとんど卓と蓮華の談笑で夕食の時間が過ぎていった。
食後はまた卓と蓮華で食器の後片付けを済ませ、そのときには既に7時を回っていた。
「ところで真理ちゃんは高校はどこに行っているの?」
食器を拭き終えた蓮華が卓に訪ねた。
「そういえばまだ聞いてなかったな。聞いてみるか。」
卓と蓮華がリビングに向うとテレビはついているが真理の姿が見えなかった。
「あれ、真理のやつどこに行ったんだ?」
卓がテレビの電源を消そうとリモコンのあるソファに近づくと小さな寝息が聞こえた。
「真理、こんなところで寝てたのか。全く食べたらすぐ寝るって子供かよ。」
「可愛いじゃない。」
蓮華はソファに丸まって寝ている真理の寝顔を見てほほ笑んだ。
「まあ学校のことはまた明日にでも聞くか。」
「そうだね。じゃあ私はそろそろお邪魔するね。」
「おう、本当にありがとうな。助かったよ。」
「どういたしまして。」
卓は蓮華を玄関先まで見送った。玄関を開けると外はなんとも言えない色だった。空は夕日のオレンジと夜の闇で綺麗に分かれていた。
「じゃあお休み。鍋は明日にでも持っていくよ。」
「うん。ありがとう! おやすみ。」
蓮華は小さく手を振った。卓はそれを見送りながら玄関を閉めようとした次の瞬間。
「きゃああああ」
蓮華の悲鳴が卓の耳に飛び込んだ。
「蓮華!?」
卓は急いで靴を履くのもままならない状態で外に飛び出した。
すると卓の玄関先に昼間ショッピングモールに現れたのとよく似た人型の青い光がいた。だがその大きさは昼間のとは比べものにならないくらい大きかった。そしてその大きなの手の中には蓮華が握られていた。
「蓮華!」
「たっ……くん」
蓮華は苦しそうにしながら卓を見下ろした。
周りの家からは騒ぎに気付いた住民たちがまばらに出てきた。
「我、この世界との断絶を命ずる!」
卓の背後から声が聞こえた。次の瞬間、周りの音は全て消え、家から出てきた住民たちも一瞬でその姿を消した。
だが、青い巨大な魂玉に握られた蓮華だけはそのままの状態だった。
「真理!」
「何してるの卓! 早く武器を出して!」
卓の背後に立っていたのはさっきまでリビングのソファに寝ていた真理だった。
真理は卓の腰にある贈与の石を指差した。
「お、おう。」
「「具現せよ! 我が剣!」」
卓と真理の詠唱は綺麗に重なった。
蒼と紅の石が同時に光り出し、それぞれの武器が二人の手の中に出現した。
「今回のはちょっと大きいわね。」
「蓮華! 今助ける!」
「たっくん……」
卓は冷静さを完全に失っていた。
「蓮華を放せええええ!」
卓は長刀を上段に構え魂玉に突っ込んでいった。
「馬鹿! むやみに責めないの!」
真理の声が聞こえたときには既に卓は魂玉の大きくて太い腕で地面に打ち付けられていた。
「ぐはっ!」
卓を襲った痛みと衝撃は今まで経験したことのないようなものだった。軽く意識が飛びそうにもなった。
「全く! 契約の紅、我に躍進の力を与えよ!」
真理が詠唱を唱えると、贈与の石から放たれた紅の光が真理を包み込んだ。
魂玉はもう一度、地面に打ち付けられた卓に拳を振り下ろした。
「たっくん!」
魂玉の手の中にいた蓮華が思いっきり叫んだ。だがその叫びも魂玉の腕が地面にめり込んだ轟音にかき消された。
「たっくん!」
「大丈夫よ。」
魂玉からすこし距離をとった場所に地面に転がった卓と真理が立っていた。
「たっくん……良かった。」
蓮華は安堵して涙目になった。
「くっ……真理、助かったよ……」
卓はゆっくりとふらつく足で立ち上がった。
「だからむやみに突っ込まないで!」
「ああ……」
卓は長刀で自分の体を支えた。
「さっきの詠唱は……?」
「肉体強化の詠唱よ。人間離れした速さや跳躍力が手に入るの。」
「なるほどな。それで俺を助けてくれたのか。」
卓も真理も話をしている間も決して魂玉から目を放さなかった。
巨人の魂玉は顔にある赤いラインでこちらを見据えていた。
「卓も試してみて。」
「詠唱なんだっけ?」
「はあ。卓なら、契約の蒼、我に躍進の力を与えよ!」
「了解。 契約の蒼、我に躍進の力を与えよ!」
卓が詠唱を唱え終わると腰にある贈与の石が光り輝いた。そして真理と同様にその光は卓を包み込んだ。
「出来た! 体の痛みも消えた!」
「これくらいは出来て当然よ! じゃあ行くわよ!」
「おう!」
巨人の魂玉はまた大きな拳を振り上げた。
「卓、右に避けて!」
「分かった!」
卓は地面を素早く蹴りあげた。すると一瞬で向いの家の前まで移動した。
「すげ!」
「余計なことは考えない! 来るわよ!」
卓の頭上には魂玉の拳が迫っていた。
「反応が早い! なら。」
卓はまた地面を蹴りあげ魂玉の体の下に潜り込んだ。標的を失った魂玉の拳はそのまま民家に直撃した。
「上手いじゃない!」
真理は5メートルはあるであろう魂玉の頭上遥か上を跳んでいた。
「卓! そいつの左腕を斬り落として蓮華を助けて!」
「分かった!」
卓は魂玉の目の前まで移動して左腕の上までジャンプした。
「くらえええええ!」
卓は左腕めがけて大振りで長刀を振り下ろした。
左腕は呆気なく陥落して、腕が地面に落ちる前に卓はそのまま蓮華を抱きかかえた。
「大丈夫か蓮華?」
「うん……」
卓は上手く地面に着地した。
蓮華の体は震えていた。卓は蓮華を抱える手に力を込めた。
「もう大丈夫だ。」
卓は蓮華ににこりと笑いかけた。蓮華もそれを見てにこりと笑った。でも震えはまだ完全にはおさまらなかった。
「卓! そこから離れて!」
「お、おう!」
卓は蓮華を抱きかかえたままその場を素早く離れた。
「契約の紅、我の刃となって具現せよ!」
真理の贈与の石が光って、その光が日本刀の刃を纏う。
「はあああああああ!」
真理は紅の光を纏った日本刀を魂玉の遥か頭上で振り下ろした。すると刃の形をした紅の光が日本刀から放たれ魂玉を直撃した。
どごおおおっと轟音と共にその場に小規模な爆発が起きた。
「うわっ!」
卓は蓮華に爆風が直撃しないように自分の身体でかばった。
魂玉はばらばらに散って最後はゆらゆら揺れる青の光も消滅した。
「ふう。我が命が下るまでその刃隠匿せよ!」
真理の詠唱を合図に日本刀はすうっと消えた。
「その子、怪我はなかった?」
真理は地面に座り込んでいた蓮華とその横で立っていた卓に近づいた。
「ああ、蓮華は無事だ。」
「卓が少し怪我をしてるみたいだけど。」
「これくらい平気さ。」
「そう。」
蓮華は卓の手を借りてゆっくり立ちあがった。
「あ、ありがとう二人とも。」
まだ何が起きたのか理解していなかった蓮華の表情は困惑に満ちていた。
「あの蓮華、話があるんだ。」
「……うん。」
それから卓はその場で自分たちの立場や魂玉、冥府の使者のことについて話した。補足が必要な部分は適宜真理が付け足しながら説明した。
話を聞いているときの蓮華の表情を驚きを隠しきれていなかったが、それでも最後まで黙って卓と真理の話を聞いた。
話を聞き終わった蓮華はふっと大きな呼吸をした。
「蓮華……」
卓は心配そうに蓮華を見つめた。
「ううん。大丈夫、ちゃんと話してくれてありがと。」
蓮華は卓に笑って見せた。けれどもその笑顔はどこか無理をしているようにも見えた。
「真理ちゃん。」
「……何?」
「たっくんをよろしくね。」
「えっ?」
真理は蓮華の言葉が意外だったのか目を丸くして蓮華を見た。
「私じゃたっくんは守れないから。悔しいけど。」
蓮華は言葉とは裏腹に笑顔で真理に手を差し伸ばした。
「うん。」
真理は蓮華の握手に応じた。すると蓮華は真理の耳元で小声で話した。
「真理ちゃんたっくんのこと好きでしょ?」
「なっ!? 何で!?」
真理は急に顔を赤らめて慌てた。
「その反応図星だね。」
蓮華は楽しげに笑った。
「どうしたんだ?」
それを見た卓は首を傾げた。
「何でもないよ!」
真理が大声で卓を牽制した。
「そ、そうか。」
「私たち恋のライバルだね。」
「えっ?」
真理が蓮華の方を見たときにはすでに蓮華は卓のところに向っていた。
「真理ちゃん! これからよろしくね。」
「……うん! 負けないから!」
蓮華と真理はにこりと笑った。
「負けないって何がだ?」
卓は一人だけ状況に置いてけぼりにされていた。
「じゃあまずこれを解かないと。」
真理は紅の贈与の石を握りしめた。するとまた雑踏が耳に飛び込んできた。
魂玉に壊された民家や道も全て元通りになっていた。
家の前に出てきた住民たちはざわついていたがすぐにそれぞれの家に帰って行った。
「これが断絶なんだ。」
話を聞いた蓮華は納得したように頷いた。
「俺はまだ使えないんだけどな。」
卓ははあっとため息を漏らした。
「これは精神の方で経験値を稼ぐ必要があるから。」
「なるほど、肉体的な訓練しかしなかった俺にはまだ使えないってわけか。」
「でも、訓練すればすぐに使えるよ。」
「そっか。」
「じゃあ私は帰るね。二人とも本当にありがとう。」
「おう、しっかり寝るんだぞ蓮華。」
「おやすみ蓮華。」
「うん! おやすみたっくん、真理ちゃん。」
蓮華は笑顔であいさつを済ませると卓の家の隣にある自分の家へと姿を消した。
「俺達も帰るか。」
「うん。」
卓の後に続いて真理も家に入った。
「あれ? そういえば俺の長刀いつの間にか消えてるな。詠唱唱えてないのに。」
「それはまだ力のコントロールが出来ていないからよ。まあこんなのは慣れの問題だから。」
「そんなもんか。そうだ、真理は先に風呂にでも入れよ。」
「いいの?」
「ああ。お前もいろいろ疲れてるだろ。」
「ありがとう。」
真理は卓ににこっとほほ笑んだ。卓はその笑顔に少し見とれた。
「そ、そういえば着替えとかはあるのか?」
「一応数日分は持って来てある。昨日、卓のお父さんに運んでもらったから。」
「父さんに会ったのか?」
「うん。その時にここに住む許可ももらったから大丈夫!」
真理はリビングの端に置いてあるスーツケースから寝巻と化粧水などの消耗品を取り出した。
「まあいいや。ゆっくり入っていいぞ。」
「うん!」
真理は足早に風呂場へと入って行った。
「卓! 覗かないでよ!」
真理の声が風呂場のドア越しに聞こえてきた。
「覗かねーよ!」
卓はそう答えてリビングのソファに座りこんだ。
ソファの柔らかさが疲れの溜まった卓に眠気を与えた。
「このままじゃ寝落ちしそうだな。」
卓はリモコンでテレビをつけると適当なチャンネルを回した。
「あまり見たいのやってないな。」
卓はすぐにテレビを消すとリビングに静寂が訪れた。
次第に卓の視界は瞼で閉ざされていき遂にはソファで寝てしまった。
「……く! ……卓ってば!」
真理の声で夢の世界から帰った卓はゆっくり瞼を持ちあげた。
「真理か、風呂上がったのか?」
「うん、今上がった。そしたら卓寝てるんだもん。」
「悪い悪い、じゃあ次は俺入るわ。」
卓はむくりと体を起こすとのそのそと風呂場に向った。
「大丈夫?」
その様子を濡れた髪をタオルで拭きながら真理が不安そうに見ていた。
「ああ。ちょっと眠たいだけ。」
「お風呂で寝ちゃ駄目だよ?」
「分かってる。」
そう言って卓は風呂場のドアを閉めた。
「卓、大丈夫かな。」
真理はソファに座ってテレビをつけた。
それから15分くらいして卓が風呂からあがってきた。
「早いね!」
真理は卓が予想以上に早く風呂からあがってきたことに驚いた。
「男はこんなもんだよ。それに今日はシャワーだけで済ませたから。」
「そうなんだ。」
「ところで真理は俺の兄さんの部屋でいいか?」
「えっ?」
真理はなんのことやらという表情をしている。
「寝る場所だよ。まさか俺と同じ部屋ってわけにもいかないし。」
「あ、ああ! そうだね。」
真理も理解したのか少し顔を赤らめた。
「じゃあ部屋に案内するよ。」
「うん。」
真理は卓の後をついていきながら二階に上がった。
「ここが兄さんの部屋。」
卓は自分の部屋の向いにある兄の部屋を開けて真理を案内した。
「ここ使っていいの?」
「ああ。兄さん今は家にいないから。」
卓は少し寂しそうな表情をした。それを真理は見逃すはずもなかったが何も問わなかった。
「ありがとう。」
「ああ。じゃあ俺はもう寝るな。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
卓と真理はそれぞれ部屋に入った。
その日は開放してある窓から鈴虫の鳴き声がよく聴こえる初夏の夜だった。
同日、午後2時。スイス。
スイスの山脈に囲まれた湖上空にて度々火花が散っていた。
「さすがですね。あなたたちほどの討伐者と交われることにただただ感謝しますよ。」
言葉の主は細身で長身の男。手には先端部分が刃物になっている杖、そして膝までかかる黒い上着を羽織っている。見た目だけで言えば20代前半。しかしその態度は見た目とはかけ離れて大人びていた。
「笑えない冗談だな、魂の傀儡子!」
長身の男と向いあっているのは長い槍を持った体格のいい身長190メートルくらいの男と眼鏡をかけて、手には分厚い本を持っているスレンダーな女性。
「いやいや、本心ですよ。ベテラン討伐者のあなたがた、一本槍のヴァーグナー、そして明解の頭脳イザイ。」
魂の傀儡子と呼ばれた男は不敵に笑みを浮かべた。
「ぶった押す!」
ヴァーグナーは3メートルはあるであろう大槍を構えた。
「こんな安い挑発に乗らないのヴァーグナー。」
イザイはパラパラと厚手の本を捲りながら眼鏡をくいっと持ちあげた。
「冷静ですね、さすがは名高き無限の知性を持つ女と言ったところですかね。」
「褒め言葉として受け取るわ。魂の傀儡子。まああなたは見た目ほど用心深くは無いのかしら?」
魂の傀儡子の背後に瞬時に移動したヴァーグナーは大槍を勢いよく突き出した。
「そうでもないですよ?」
魂の傀儡子はその一撃を杖でなんなく止めた。
「いいえ、やっぱり用心が足りなくてよ! 書架魔術降魔炎上!」
イザイがそう叫ぶと厚手の本がパラパラと勝手に捲られ止まったページから湖を覆い尽くすほどの量の炎が飛び出した。
「おいおい、俺まで巻き込む気かよ!」
ヴァーグナーはすぐに槍を引っ込めさらに上空に飛んだ。
「だから避けれるように飛行魔術を与えたんでしょ。」
ヴァーグナーと同じ高さまで飛んできたイザイははあっとため息をついた。
「それでもやるならやるで一言言ってほしいもんだ!」
「はいはい。まあこれで冥府の使者の一角は潰したわ。」
「だな。日本でも魂の傀儡子に対して討伐者を配置していると聞いていたが必要なかったな。」
山脈に囲まれた湖の水面は炎の赤が映し出されていた。
「気の早いお方たちだ。私を退場させるには少々あなたがたでは役不足なのではないでしょうかね?」
突然燃え上がっていた炎は散らばって次第に消えた。そしてヴァーグナーとイザイの下に魂の傀儡子は無傷でいた。
「な!?」
イザイは動揺を隠しきれずに目を見開いた。
「イザイの最大魔術を受けて無傷だと!?」
ヴァーグナーも顔の輪郭に沿って汗を垂らしていた。
「何を驚くことがありますか? 私は冥府の使者、その力はあなたたちもよくご存じなのではないでしょうか?」
魂の傀儡子はすうっと静かにヴァーグナーとイザイの高さまで上昇した。
「くそ! イザイ!」
「分かってるわよ! 書架魔術槍術倍加!」
イザイの手にある本から金色の光が放たれ、ヴァーグナーの大槍に纏った。
「ほう、贈与の石の力を元とする書架魔術、さらにその力を相方の武器に与える。素晴らしい。」
魂の傀儡子は杖を自分の腕に引っかけて小さく拍手した。
「ほざけ!」
金色の光を纏った大槍を手にしているヴァーグナーはものすごいスピードで魂の傀儡子に突っ込んでいった。
「攻撃が単調すぎますよ?」
魂の傀儡子は空中でそれをひょいっと軽々しく避けた。
「俺も少しは頭を使うさ!」
ヴァーグナーはすぐに動きを止め、自分の頭上に避けた魂の傀儡子に向って槍を突いた。すると大槍の先端から金色の光が弾丸のごとく魂の傀儡子に向って飛んでいく。
「何!?」
魂の傀儡子はその光に直撃し、その直後その場で大爆発が起きた。
爆風で湖には荒波が生じ、山脈に囲まれたその場所には爆風がこだましていた。
「はあはあ……やったのか?」
ヴァーグナーの大槍から光は消えていた。
「今度こそ終わったのね。」
イザイもパタンと厚手の本を閉じた。
「よし、ならこのことを総帥に報告に……!?」
ヴァーグナーが大槍を降ろした瞬間、爆風の中から杖が飛んできてヴァーグナーの身体を貫いた。
「ぐぼっ!」
「ヴァーグナー!?」
イザイはすぐさまヴァーグナーの元に駆け寄ろうとしたがそれより先に魂の傀儡子がヴァーグナーの身体に突き刺さった杖を引き抜いた。
「ぐああああああ」
痛みに悶えるヴァーグナーはそのまま湖へと落下した。
「今のは少し効きました。」
魂の傀儡子の顔には少し血が流れていた。それでも笑みを絶やすことなく杖の先端部分の刃に付着したヴァーグナーの血をぺろりと舐めた。
「貴様あああああ!」
怒りに乱心したイザイは勢いよく本を捲った。
「書架魔術! 風神終焉!」
イザイの声を合図に山脈に囲まれたこの場所に風の激しく吹く音が鳴り響き始めた。
「まだそのような力があるのですね。いいでしょう。では私もとっておきをお見せしましょう。」
「黙れえええええ!」
イザイの目からは涙が絶え間なく零れおちていた。
「私が魂の傀儡子と呼ばれる所以をお見せします。」
魂の傀儡子は杖をくいっと持ちあげた。すると下の湖から意識を失ったヴァーグナーがイザイの目の前まで飛んできた。
「ヴァーグナー!?」
正気を取り戻したイザイは本を閉じた。それと同時に激しく吹き荒れた風も治まった。
「私は人間の魂でも自在に操れるのですよ。もうその男は瀕死の状態ですが、魂さえあれば可能なのです。」
魂の傀儡子はふふっと笑って杖を空中で突き出した。
「!? 何を……?」
すると意識を失っているヴァーグナーの手にあった大槍はイザイの身体を貫通させていた。
「言ったでしょう? 今その男の動きを制御しているのは私です。」
「く、そ……」
イザイの手から厚手の本が落ち、そのまま湖へと沈んで行った。
「フィナーレです。」
魂の傀儡子は杖を持たない方の手を空中に掲げた。次第にそこに炎の球が浮かび上がった。
「あなたたちでは防ぎきれないのですよ、彼らの計画は。」
魂の傀儡子はそう言い残して炎の球をヴァーグナーとイザイに向けて放った。
「くっそおおおおおおお」
イザイの悲痛の叫びと炎の燃え上がる音だけが湖に虚しく響き渡った。
魂の傀儡子は上着のポケットから桃色の石を取り出した。
「必ずあなたの世界は守ります。しばしお時間をくださいスミレさん。」
魂の傀儡子は桃色の石に軽く口づけをした。
この騒動は後日スイスの政府によって調査が行われたがヴァーグナーとイザイの遺体は完全に焼き払われていて証拠もなかったため事故として処理された。
翌日、鳴咲市の最北部湾岸。
「謙介、スイスの事件聞いた?」
湾岸にある灯台の近くにあるテトラポッドの上に座っていた青年に一人の女性が話しかけた。
「ああ、ヴァーグナーとイザイだろ。惜しい人材を無くしたな。」
爽やかな声だが芯の強い声の青年は掌で紫の石を転がしながら答えた。
「あの二人でも敵わないなんてね。やっぱり傀儡子?」
「間違いないだろうな。」
「謙介、あまりいつもと様子変わらないのね。」
女性は謙介という名前の青年の隣に立った。
「俺のことあまり言えないだろ要。」
「ううん。これでも結構衝撃受けてるよ。」
要と呼ばれる女性は黒髪にロングヘアーで右耳には緑色の石がついたイヤリングを付けている。
「あの二人は討伐者の中でもトップクラスだからな。」
「心配?」
「何がだ?」
「妹さんのことよ。いつもより表情が硬いわよ篠崎謙介君?」
要はにっこりと笑った。
「からかうな。それよりこちらも迎え撃つ準備を始めないとな。」
「そうね、思ったより襲撃が早かったからね。」
「今日あたり行くか。」
「ええ。」
謙介と要はテトラポッドから飛び降りて鳴咲市の中心部に向った。
鳴咲市、卓家。
「卓! 起きてよ!」
「う、う……ん。」
布団に潜り込んでいた卓の身体を布団の上から寝巻姿の真理が激しく揺らしている。
「もう朝だって!」
「今日は日曜日だろ……」
卓は頑として布団から顔を出さなかった。
「卓がその気なら……」
「ん?」
急に身体を揺らすのを止めたので布団から顔を出した次の瞬間。
「ぐほっ!?」
真理が布団の上からのしかかってきた。
「目覚めた?」
「……ああ。」
卓は腹部をさすりながらゆっくりベッドから出た。
「真理はずいぶん早起きなんだな。」
「早起きでもないわよ。もう8時なんだし。」
卓は真理を部屋に残したまま洗顔のため洗面所に向った。
バシャバシャと冷水で顔を洗った。夏の蒸し暑い朝に冷水で顔を洗うと気分が引きしまった。
卓が部屋に戻ると真理は卓のベッドの上で漫画を読んでいた。
「真理は今日は予定あるのか?」
「ん~? とくにないよ? だから卓の訓練してあげる!」
真理は読んでいた漫画をぱたんと閉じてベッドからぴょんと飛び降りた。
「訓練?」
「そっ! 少しでも多く贈与の石の力を使えるようにしておかないとね。」
「なるほどな。」
「まあそれはそれとして朝食はいつもどうしてるの?」
「食パンで済ませてるな。」
卓は即答した。それに対して真理は少し間を開けて切り返した。
「えっ? それだけ?」
「そうだが?」
「蓮華のとこ行って来る。」
真理はそそくさと卓の部屋を出て行こうとした。
「待てい! 朝から蓮華に迷惑をかけるんじゃない。」
卓は真理の肩をがっちりとつかんだ。
「私は食パンだけじゃ嫌だよ。」
「分かった分かった、なんか適当に作ってやるから。」
卓ははあっとため息をついて階段を下りてキッチンに向った。
真理も寝巻のままリビングでテレビを見始めた。
「とは言ったのものの何を作るかな……」
卓は冷蔵庫を開けて中をチェックした。それほど食材は入っておらず昨日スーパーで買ってきたお惣菜がいくつか入っている程度だった。
「まあ、たまには和洋混ぜてもいいか。」
卓はトースターでパンを焼いて、子蜂にそれぞれお惣菜を移し替えてテーブルに並べた。
「真理、飯だぞ!」
「は~い!」
真理はテレビの電源を消してテーブルにパタパタと着いた。
「なんか、変わってる朝食だね……」
テーブルに並んだものを見るなり真理は当然の反応を見せた。
「斬新と言ってくれ。」
卓は先に椅子に座り、食パンを食べ始めた。
「いただきます!」
真理も席に着いてお惣菜を口に頬張った。
「そうだ、これ食い終わったら蓮華に昨日の鍋を返しに行くから。」
「蓮華って隣の家なんだよね?」
「おう、昔から世話になってる。」
「へえ。」
真理は食パンにお惣菜を乗せるという斬新なサンドウィッチを作って食べた。
「意外と美味しいかも……」
「だろ!」
真理の反応に卓はにっと笑って見せた。
それから朝食を済ませた卓は食器を洗って、真理はまたリビングでテレビを見始めた。
「じゃあちょっと蓮華のところに鍋返してくるからな。」
卓は綺麗に洗った鍋を持って玄関へと向かった。
「私も行く!」
リビングから勢いよく飛び出してきた真理は勢い余って卓の背中にぶつかった。
「痛っ~」
真理はぶつけた鼻をさすった。
「すぐ帰ってくるってのに。」
「いいじゃない。それとも何? 私がついていったら困るの?」
真理はまだ鼻をさすっている。
「はあ……分かったよ。」
卓はため息交じりに答えた。
真理のあとに玄関を出た卓はしっかり鍵を閉めて隣の蓮華の家のインターフォンを鳴らした。
「はーい。どちら様ですか?」
インターフォンのスピーカーからすぐに蓮華の声が聞こえてきた。
「卓だ。鍋を返しに。」
「たっくん!? 待ってて今開けるから。」
ガチャと声が切れた音がして、パタパタと玄関に走ってくる足音が聞こえてきた。
玄関の扉が開いて蓮華が顔を出した。
「ずいぶん朝早いんだね!」
「ああ。今日は真理に起こされてな。」
「へへん!」
真理は胸を張って得意げな表情を見せた。
「そうなんだ~! あ、お鍋ありがとう!」
「おう、キッチンまで運ぶよ。」
「じゃあお願いしちゃいます!」
「任せとけ!」
卓と真理は蓮華の後について蓮華の家のキッチンに入った。
「あれ、今日おばさんたちは?」
「お母さんとお父さんは朝早くから親戚の家に行ったの。」
「じゃあ蓮華一人か。」
「うん。」
「蓮華、俺の家来るか?」
卓の急な誘いに蓮華はきょとんとした表情になった。
「あ、嫌なら別にいいんだけど。」
妙に恥ずかしくなった卓は蓮華から顔を反らして頬をぽりぽり掻いた。
「ううん! 行く!」
「お、おう。とは言っても今日は真理に訓練してもらうんだけどな。」
「訓練って討伐者の……?」
「ああ。やっぱ蓮華は退屈だよな。」
「ううん。見るよ。」
蓮華は優しい笑顔を浮かべた。
「じゃあ俺と真理は一旦帰るよ。」
「分かった! じゃああとでたっくんの家に行くね。」
卓と真理は蓮華の家を出て卓の家に戻った。
「なあ真理。」
「何?」
卓は玄関で立ち止まって唐突に真理に向き合った。
「5年前の約束守れなくてごめんな……」
卓は自分の拳にぐっと力を入れた。
「昨日から謝りたかったんだ。まだ俺は真理に守られてばっかで。」
「卓……」
真理は卓をもの悲しげな表情で見つめた。
「でも! 絶対に強くなって、いつか真理を守れるくらいになるから!」
「うん。ありがとう。」
真理は静かに卓の胸に身体を預けた。
卓も真理の肩を抱こうとした瞬間ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
「ひゃあ!?」
「うわっ!」
卓と真理は瞬間的に距離をとって、真理は慌ててリビングに逃げ込んだ。
卓は真理がリビングに入って行くのを見計らって玄関を開けた。
「早かったな蓮華。」
「だって玄関を閉めてくるだけだもん。」
「そ、そうだよな。ハハハ。」
卓はその場を笑ってごまかした。
「変なたっくん。」
「そんなことないって。まあ上がれよ。」
「お邪魔します!」
蓮華は靴を脱いでリビングに向った。リビングでは急いで戻った真理がいつものようにテレビを見ていた。
「真理ちゃんは本当にテレビが好きなんだね。」
そんな真理の様子を蓮華は微笑ましく思っていた。
「ま、まあね。面白いじゃんテレビ。」
「でもこんな休日の朝ってそんなに面白い番組あるかな?」
蓮華の言うことはもっともで事実真理がいつも見ているのはお笑いなどのバラエティ番組だが、今テレビに映っているのはラジオ体操だった。
「ひ、暇つぶしくらいにはなるよ?」
「そうなんだ~」
蓮華はそれから真理と一緒にじっとテレビを見始めた。
「おいおい、二人して何真剣にラジオ体操見てるんだ? 普通そういうのは一緒に体操するもんだろ。」
キッチンからお盆に3つのグラスに入ったお茶を運んできた卓が来た。
「いいのよ! こういうのは見るだけってのもありなんだから!」
真理は顔を赤らめて反論した。
「私は真理ちゃんが暇つぶしくらいにはなるって言ってたから。確かに暇つぶしにはなるかも!」
蓮華は新しい発見をしたのか嬉しそうだった。
「そ、そうか。」
卓はそれに苦笑いで反応した。
それから3人で世間話をしながらお茶を飲み干した。
「ところで真理、どこで訓練するんだ? ウチの庭はそんなに暴れられるほど広くはないと思うんだが。」
「……考えてなかった。」
真理は卓から目線を反らした。
「おいおい……」
卓はそんな真理の様子を見てはあっとため息をこぼした。
「私たちの住宅地の道場はどうかな?」
蓮華は小さく手を挙げて提案した。
「道場?」
すかさず真理がそれに反応した。
「うん。前にこの住宅地に住んでた人が建てたんだけどね、その人引っ越しちゃって自由に使っていいよって寄付してくれた道場があるの。」
「そうだな、あそこの道場はかなり広いしちょうどいいか。」
「じゃあそこに決定!」
真理は勢いよく立ちあがった。
「卓、蓮華、すぐに行くわよ!」
真理はそう言ってパタパタと玄関に走って行った。
「まったくせわしないな。」
「真理ちゃんらしくていいと思うよ。」
卓と蓮華も真理の後に玄関に向った。
卓の家をあとにした3人は歩いて2分のところにある道場に入った。
道場の端っ子には鉄製のかごに入ったバスケットボールが置いてあり、他には何もない殺風景なものだった。
「さすがに熱がこもってるな。」
道場に入るなり卓の額には汗がにじみ出ていた。
初夏とはいえエアコン設備などない道場には夏の熱がしっかりこもっていた。
「じゃあ早速始めるわよ!」
真理は卓とは反対に意気揚々として、ズボンのポケットから手ぬぐいを取り出した。
「手ぬぐい? 剣術を訓練するんじゃないのか?」
卓は持ってきた2本の竹刀を前に突き出した。
「それもあるけど、まずは精神の訓練からよ。卓には断絶を使えるようになってもらわないといけないから。」
蓮華はへえっと感心したように真理の説明を聞いていた。
「なるほど。でも手ぬぐいで何をするんだ?」
「これで目隠しをするの。私がバスケットボールを卓目がけて投げるから卓はそれを目隠ししながら避けるのよ。」
「何!?」
卓の叫びは道場に響き渡った。
「いいからやるの!」
真理はそう言い放って手ぬぐいを卓に投げつけた。
「……分かったよ。」
卓は渋々手ぬぐいで自分に目隠しした。
「しっかり縛るのよ?」
「分かってるよ。」
卓は最後に後ろをぎゅっと縛った。
「蓮華は危ないからこっちに来て。」
卓の後ろで立っていた蓮華を真理は手招きした。
「あ、そうだね。」
蓮華は急ぎ足で真理の後ろに回った。
「じゃあ始めるわよ。」
真理は自分の横にバスケットボールの入ったかごを運んできて一つ手に取った。
「お、おう……」
目隠しした卓はふらふらとその場を少し動いていた。
「行くわよ!」
そう言って真理はバスケットボールを勢いよく卓に投げつけた。
床と平行なままボールはかなりのスピードで卓目がけて飛んでいく。
「どこだ!? ……ぐぼがっ!」
ボールの位置を把握しようとキョロキョロしていた卓の顔面にバスケットボールは無情にも直撃した。
「いってえええええええ!」
目隠しをしたまま卓は顔を手で押さえて床をのたうちまわった。
「たっくん!?」
心配した蓮華が卓に駆け寄ろうとしたが真理の出した腕で制された。
「卓! もっと意識をボールに集中して! 音を頼りに避けるの!」
真理はまたしてもかごからバスケットボールを1つ手に取った。
「そんなこと言ったって! 気が付いたらボールが俺に直撃してるんだよ!」
卓は顔をさすりながらよろよろと起き上がった。
「だから集中力が足りないの! もう一発行くわよ!」
真理は卓に向けてまたボールを勢いよく投げた。
「くっそ! 今度こそ!」
卓は腰を落としてボールに構えた。
「ぐはっ!?」
次は卓の鳩尾にボールは直撃した。そして卓はその場に倒れ込んだ。
「反応が遅い!」
真理はすでに3つ目のボールを手にしていた。
「……ああ。だけど、音は聞こえた。」
卓の口元は緩んでいた。目隠しをしているから全体の表情は伺えないが何か核心に迫ったような表情だった。
「そう。」
それを見た真理も口元を緩めそして間を開けずにボールを投げた。
(意識を集中……)
卓は手ぬぐいの奥で目を瞑った。すると卓の耳にボールが風を切る音が小さくはあるがはっきり飛びこんできた。
「……今だ!」
卓は右足を軸にすっと身体をよじってボールをかわした。ボールはシャツに少しかすって卓の後ろに飛んで行った。
「やるじゃない!」
「すごい……」
真理は目を輝かせ、蓮華はただただ驚いていた。
「はあ……はあ……」
卓の額からはもう大量の汗が流れ出ていた。
「確かにこれは精神的に鍛えられそうだ。」
卓は手ぬぐいで目隠ししたまま次に構えた。
「真理、どんどん来い!」
「言われなくてもそうするわよ!」
それから真理はかごに入っていたバスケットボールを全て投げきった。
コツを確実に掴んできた卓だが、途中集中力が途切れたりと結果的に半分近くのボールは身体に直撃していた。
「はあ……はあ……」
卓はすでに息も絶え絶えで道場の床に大の字で寝転がっていた。
さっきまで目隠しにしていた手ぬぐいも汗でびしょびしょになっている。
「思ったより上達が早いわね。」
「どうも。」
卓と真理は軽く拳を合わせた。
「あの、2人ともよかったらお水どうぞ。」
真理の後ろで訓練を見ていた蓮華が冷えたペットボトルの水を2本差し出した。
「サンキュー!」
「ありがと。」
卓はばっと状態を起こしてぐびぐびと水を飲んだ。真理もちょっとずつ水をのどに流し込んだ。
「くは~! 生き返った!」
水を飲み干した卓はまた床に寝そべった。
「卓、次の訓練始めるわよ。」
ペットボトルのフタをしめながら真理は道場の隅っこに立て掛けてある竹刀を2本手に取った。
「休憩もう終わりかよ!」
「私たちには時間があまりないんだから。」
真理はそう言って竹刀を1本卓の足元に投げた。
「へいへい。」
卓はその竹刀を手にとってのらりと立ち上がった。
「じゃあ私は端っ子で見てるね。」
蓮華は2人からペットボトルを預かると道場の隅に座った。
「いつでも来ていいわよ。」
真理は卓と5メートルくらい間合いを取って竹刀を構えた。
「じゃあ遠慮なく!」
卓は道場の床を力強く蹴って大き目の足幅で真理に突っ込んだ。
卓は上段で構えた竹刀を真理に向って勢いよく振り下ろすが、真理はそれをひょいっと軸足で身体を回転させ避けた。
「動きが単調すぎる!」
真理はそのまま回転の勢いを利用して竹刀を卓の腰に直撃させた。
「ぐあっ!」
卓は痛みに耐えながらバックステップで間合いを取った。
「もっと繊細な動きが剣術には求められるのよ。それにさっきの精神の訓練もこれに生かさないと!」
真理は再び竹刀を構え卓との間合いを詰めた。
「はああああ!!」
真理は勢いよく卓の胸目がけて突っ込んだ。
「真理こそ動きが単調だぜ!」
卓は真理の頭上に竹刀を振り下ろした。
「甘い!」
すると竹刀が真理の頭をかすめる一瞬前に真理の姿が卓の視界から消えた。
「なっ!?」
真理は低く屈んで片足を軸に勢いよく卓の背後に回転して回り込んだ。
「一本!」
真理の一撃はそのまま卓の背中に決まった。
「くはっ!」
卓は手から竹刀を手放し床に叩きつけられた。
「はあ、はあ……」
卓の息は完全にあがっていた。
「たっくん……」
その様子を蓮華は動きだしそうな自分の身体を自分で抑えつけながら見ていた。
「卓、人間は視覚からの情報を一番頼りにするのよ。でも、その情報が正確でなかったらどうする?」
「……正確じゃない?」
卓は落ちた竹刀を手にとってふらふらと立ち上がった。
「そう、視覚が封じられたのなら他の情報網から正確な情報を得るしかない。」
「……つまり聴覚か。」
「ビンゴ。精神を研ぎ澄ませば聴覚からのほうが正しい情報を得られるときもある。」
真理は再び竹刀を構え深呼吸した。
「聴覚からの情報か……」
卓も竹刀を構え、そしてゆっくり呼吸を整えた。
「行くわよ!」
真理は勢いよく卓との間合いを詰めて竹刀を振り上げた。
「受けて立つ!」
卓も真理との間合いを詰めて竹刀を構えなおす。
パーンと竹刀と竹刀がぶつかる音が道場に響き渡り二人の竹刀は綺麗に交わった。
「動きが機敏になったじゃない。」
真理は卓の竹刀を自分の竹刀で床に押さえつけ、そのまま卓の顔部分に竹刀を突きあげた。
卓はそれを片足で受け止めそのまま竹刀を蹴って後退した。
「へえ、やるじゃないの。」
真理は卓の動きに感心して口元を緩めた。
「お前もな。」
卓はそう言って竹刀を構えなおす。
「でも、本番はこれから!」
真理は左右にステップしながら確実に間合いを詰め、2メートル近くで床を蹴りあげ一気に間合いを無くした。
「来い!」
卓は自分の正面に竹刀を構え握っている手に力を込めた。
「だから甘いのよ!」
真理はさらに床を蹴りあげ卓の頭上を飛び越えた。
「これでもう一本!」
卓の背後を取った真理は勢いよく竹刀を突いた。
パーンっと竹刀は弾かれ空中を舞って床に落ちた。
「えっ? 嘘!? たっくん……」
その様子を蓮華は驚愕して見ていた。
「たっくん……目を瞑っている。」
卓は目を完全に閉じて前を向いたまま背後から攻撃してきた真理の竹刀を弾き飛ばしていた。
「卓……」
あまりの一瞬の出来事に真理はしばらく身体を動かすことが出来なかった。
「ふう……。聴覚を頼るってこういうことだろ?」
卓は目を開け真理に向き合ってにっと歯を見せて笑った。
「約束の蒼紅石」第2話いかがでしたでしょうか?第1話に比べて内容もにぎやかになってきたと思います。この作品はバトルシーンが多いので出来るだけ迫力のあるバトルシーンを書いていきたいと思います!また1話1話が長いと思いますが、これは出来るだけこの作品を楽しんでいただきたいという願いのもとにそうさせていただいてますので、どうか最後まで読んでいただけると嬉しいです。
第3話も読みごたえのある話にしていきたいと思いますので楽しみに待っていていただけると作者のモチベーションも上がります(笑)
ではでは、読者の皆様も寒さに負けないように頑張りましょう!