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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
使者降臨編
19/29

剣を握る理由

こんにちは! 夢宝むほうです!

更新が若干遅れてしまったことを先にお詫び申し上げるのと同時に、本日から作者は長期休みとなったので頑張りたいという意思表示をこの場を借りて申し上げます!!

さてさて、もう冬も終わりに近づいてきましたね! 

この時点で気が付いた方もいるかもしれませんんが、この章は冬だけでなく、春をまたいで続きます!

今までの章より長めになりますが、どうか温かい目で見守ってくださると嬉しいです!

それでは、駄文はこの辺で、本編のほうをお楽しみください!!

「なんだよ……アレ……」

 卓は頭上の、上のフロアにいるそれを見て声を絞り出した。真理にいたっては嫌な汗を一滴流し、ごくりと生唾を呑みこんだだけ。

 二人の視界に捉えられたもの、それは。

 ちょう

 対して珍しくもない昆虫の形をしたものだった。ただ、形だけは珍しくなくとも、大きさは常識を凌駕りょうがするものだ。

 先ほどまでいた人型の魂玉がその姿を変え、羽を含めると、直径3メートル程の巨大な蝶。

 ある一定のリズムでその大きな羽を羽ばたかせ、全身が青白く光るソレはどこか神秘的だった。

 「fanuifhasifjasdawijrfheicsanioif!!!!!」

 魂玉は、言葉にもなっていない雄たけびのようなものを発すると、突然、両羽から、まるで自分の身を守るためにあるような大きな口の模様を浮かび上がらせた。

 「……気味が悪いわね」

 真理は全身に鳥肌が立つを感じて、それでも日本刀を構える。

 直後、

 ガバッ! という音と共に、羽に浮かびあがった口の模様は、それはもう本物のように大きく開いた。見方によっては人の口にも見えるそれは、目のように卓と真理を捉えていた。

 「――ッ!」

 真理はすぐさま警戒心を極限まで高めて、回避行動に出た。

 「卓! そこは危険なの! 避けて!」

 その言葉の意味を理解する前に、卓は自身の身体を半ば無理矢理回避行動に移した。全身を強打したためか、思ったような機敏な動きが取れなかったが、何とか口の射程範囲から脱した。そう思った。

 「……!?」

 卓は自分がなぜ宙を舞っているのか理解できなかった。再び重力によって地面に叩きつけられるまでは。

 ゴバァ! という轟音は後から響いた。

 「くっ、くぁああああ!!」

 卓だけでなく、真理までもが魂玉の一撃による被害を受け、回避行動を取ったためにバランスを完全に失った真理の身体は軽々と爆風に飛ばされ、どこかの店へと投げ飛ばされてしまう。

 「真理!!」

 卓はすぐさま起き上がって真理の元に駆け寄ろうとするが、身体が言うことを聞かずにバランスを崩して転がった。

 何とか上半身だけを起こすと、忌々しそうに蝶の形をした魂玉を睨みつける。蝶の羽に浮かびあがった巨大な口腔こうくうからは、銃弾を射出した直後の銃口のように、白い煙が立ち上っていた。

 (くそっ! あんなでたらめな一撃なら、避けれても意味がねぇ! それに……)

 卓は先ほど自分が立っていた場所に視線をやると、そこはもともと吹き抜けになっていたかのように、通路が一階まで崩壊していた。

 もちろん、魂玉による一撃の被害だ。

 (……何なんだコイツは……今まで相手にしてきた奴らとはレベルが違いすぎるだろうがっ! 同じ魂玉でも、ここまでレベルが違ってくるものなのか!?)

 卓は目の前にいる強敵に対して、何とも言えない、苛立ちのような感情を抱いた。そして、

 「ブチのめす!」

 その一言が、卓の今の感情を表すのに一番的確だろう。

 地面を力強く蹴りあげると、石の力で肉体強化している卓は人間離れした動きで、上のフロアにいる魂玉と同じ高さまで跳び上がった。

 そして、空中で、石の力を纏った長刀を構え、それを思いっきり横薙よこなぎに振るう。

 シュバァ!! という風を斬る音と共に、涼しげな蒼の斬撃が魂玉に直進していく。

 しかし、その一撃が魂玉に届くことはなかった。

 がばっと口を開けると、そこから、同時に二つの光線のようなものが発せられた。

 「ッ!!」

 卓が防御態勢に入るよりも先に、その攻撃は卓の放った斬撃を消滅させ、そのまま卓へと襲いかかった。

 「紅蓮槍風ぐれんそうふう!!」

 魂玉の一撃が卓に直撃する寸前、下から、紅の槍としての形を形成した斬撃が、そのまま魂玉の一撃にぶつかり、相殺する。

 「くあっ!」

 卓はその際に生じた爆発に巻き込まれ、そのまま真理のいる下のフロアへと自由落下していく。

 「助かった、ありがとうな真理」

 卓は何とか体勢を整えると、自分と同じくボロボロの真理へと首を向ける。

 「気を付けて。目の前の敵は今までのとは訳が違うみたいだしね」

 真理のその言葉に卓はすぐさま蝶の魂玉へと刀を向ける。

 敵は敵で、視界から(実際に目があるのかは不明だが)外れた卓たちを見回し、すぐにその胴体を卓たちに向けている。

 両羽にある二つの口腔は不気味にもパクパク動いていた。

 「ホント、何なのかなコイツは」

 卓は少し切れた唇から流れる血を手の甲で拭いながら、わずかに唇を吊り上げる。その表情は、まるでスポーツ選手が逆転劇でも狙っているかのような、余裕とはまた違うのだろうが、自信にも似たようなものが感じられる。

 だが、その表情もすぐに崩れることになる。

 「「――ッ!!!」」

 言葉を失った二人の頭上に、突如として無数の小さな粒が現れた。それらは本当に微弱なもので、まるで雪のようだが、その色は魂玉と同色で青白い。

 そして、それらの粒を生み出しているのは、魂玉自身。

 巨大な羽を羽ばたかせるごとにその粒は撒き散らされている。

 「リンプン……?」

 真理が呟くように言うも、すぐに真理は自分で自分の言葉を否定する。

 「ありえない、リンプンはちょうにある毛が変形したもののはず……そもそも、『毛』という概念がない魂玉にリンプンなんてあるはずが――」

 そこまで考えたところで、真理の表情から急に血の気が引いた。

 「どうした、真理?」

 卓はまだ気が付いていないらしい。このリンプンの正体に。

 そもそも、リンプンはちょうが自分の生命保持のために必要とする身体の変形部位。しかし、魂玉にはそんなものは必要がないのだ。それなのに、まるでリンプンのように羽を羽ばたかせるごとに撒き散らす。

 その理由は明解だった。

 生きるためではない、とすれば、残る選択肢は一つ。

 「卓! これは濃縮エネルギーの粒子よ! これに当ったら身体中がハチの巣になる!!」

 「なっ!?」

 そう。生きるためではなく、『敵を攻撃するため』のリンプン。

 一つ一つが、魂玉によって圧縮されたエネルギーの粒子であるそれが、無数に宙を舞う。それこそ、本当に雪のように。

 「こんなのどうすればっ!!」

 決して攻撃速度はない。しかし、雪を全て避けながら歩けるかという無理難題を押し付けられたのと同じ状況に立たされた卓と真理は――








 

 ショッピングモールのある中心街から少し外れたところにある私立聖徳高校がある。

 卓と真理の通うこの学校は今は学園祭である『聖徳蔡』に向けての準備期間であるため、いくつかの授業を潰してその作業に当てている。

 今は午後の授業を潰して、卓たちの所属している一年二組はクラスでの出し物としてメイド喫茶をやることになり、そのための備品の準備をしてている。

 「蓮華は本当に器用よねー」

 机を四つほどくっつけて、卓と真理のクラスメイトである赤桐蓮華あかぎりれんげ風下春奈かざしもはるな、そして女生徒二人がメイド服の作製に取り掛かっている。

 細い指で器用に作業をこなして行く蓮華を見て、春奈は頬杖をついて言う。

 「あはは、こういうの昔から好きだったから」

 蓮華は作業を止めることなく、ほほ笑む。

 四人、というかこのクラスで作るメイド服は、一応一般公開もするということで、そこまで露出度は高くなく、しかし半袖使用で、スカートも少し短めの群青色をベースに、所々に純白のフリルを取り付けたデザインになっている。

 秋葉原とかによくあるメイド喫茶の制服と違って、派手さに欠けるが、これも『メイドとは決して目立ちすぎず、しかしその控え目さに釘付けにする魅力が必要なのだ!』という、陽介を始めとする数人の男子生徒の意見が取り入れられたことによって決定した。

 女子側としても、無駄に露出度が高かったり、必要以上に目立つ衣装になるよりはマシだったので、特に反論することもなかった。

 「それでも、赤桐さんはすごいと思うよ!」

 一緒に作業していた女生徒は目を輝かせて、蓮華の作っていたメイド服の端を指先でつまんで眺める。

 「もうこれは売れるレベルじゃない?」

 「私もそう思うー!」

 二人の女生徒は蓮華作のメイド服を見てキャッキャと騒ぐ。そして、それを見計らって春奈は蓮華に耳打ちするように、

 「でも、いいの?」

 「え? 何が?」

 蓮華は春奈が何を言いたいのか理解出来なかったようで、少し首を傾げた。

 春奈はそれを見て、はあっとため息をつくと、再び口を開いた。

 「城根のことよ。委員長と真理ちゃんと一緒に買い物行っちゃったじゃない? 蓮華も行かなくてよかったのかなーって」

 そこまで聞くと、蓮華もようやく理解したのか、頷いて、

 「本当は行きたかったよ? でも、私はここに残った方がクラスに貢献できると思うし……」

 「……蓮華は本当に真面目ねー。でも、ちょっと真面目過ぎるかな? もう少し自分の欲求に素直になってもいいんじゃない?」

 「そう、かな?」

 「そうよ。でないと、城根だって誰かに取られちゃうわよ? 蓮華はもっと自分の幸せを願うべきだと思うな」

 春奈は蓮華の頭を撫でる。

 蓮華は蓮華でどこか心地よさそうに目を細めている。すると、春奈は撫でる手を止めて、何かを思いついたようにポンと手を叩く。

 「そうだわ! 蓮華!」

 「な。何!?」

 少しテンションが上がった春奈に対して、蓮華がビクゥと肩を震わせた。春奈は構わず、目を輝かせて、

 「聖徳蔡の二日目にあるキャンプファイアーで城根に告白しなよ!」

 「えっ……えぇええええええ!?」

 蓮華が叫ぶものだから、目の前で蓮華作のメイド服に夢中になっていた女子生徒だけでなく、クラス中の男女が蓮華と春奈の方に振り向いた。

 「蓮華、声でかいよ!」

 すかさず春奈は蓮華の口を手で押さえ、

 「あ、あはは。何でもないわよー?」

 汗を流しながら弁解すると、クラスメイトたちは各々自分の作業に戻って行った。

 「全く、みんなにばれたら困るのは蓮華でしょ!?」

 「だっ、だてぇ」

 蓮華は春奈の手がどくなり、ぷはぁと息を吸った。

 そして、春奈は再び耳元で囁くように、

 「ウチのキャンプファイアーで告白すると、成功率がアップするって言われてるのよ? まあありきたりすぎて私はなんだかなーって思うけど、蓮華みたいないい子ならきっとそれくらいの御利益ごりやくはあるわよ!」

 「で、でもそんな急に……」

 「急じゃないわよ! 蓮華は中学生のころから城根のことが好きなんでしょ!? そろそろ想いを伝えるべきなのよ」

 当の本人よりも、むしろ真剣そのものな表情の春奈に少しおされぎみの蓮華も指を下唇に当てて、

 「やっぱりこのままじゃ駄目、だよね」

 その言葉に、春奈は満足げな笑みを浮かべる。そして、蓮華はさらに続けて、

 「私、頑張ってみるよ!」

 「うん! 応援してるからね、蓮華」








 鳴咲市の中心街にあるショッピングモールは、贈与の石の力である、断絶によって世界から一時的に隔離されていた。

 そして、世界から一時的に切り離されたショッピングモールは今は一体の魂玉と、二人の討伐者たちによる戦いでボロボロになっていた。

 ドゴッ、ドゴォオ!! という轟音が絶え間なく鳴り響く。

 卓と真理はそんな音をアクセサリーショップ内にこもって聞いていた。

 「咄嗟とっさに店に隠れたけど、これじゃ時間の問題ね」

 真理は悔しげに吐き捨てるように言う。

 店の外では、ちょうの形に変形した魂玉が、高圧縮エネルギーをリンプンのように撒き散らしている。

 リンプンの一粒一粒が床やら壁に当るごとに、まるで窓ガラスを銃弾で打ち抜いたように砕け、そこから亀裂が走って崩れている。

 「だけど、どうする? 俺の蒼波滅陣そうはめつじんでも、さすがに無数の攻撃相手には通用するとは思えないけど」

 「……確かに。それに、相手は自分の性質を変化することも出来るみたいだし……」

 「かといって、このまま手をこまねいているだけってのもな」

 「一つだけ」

 真理はポツリと呟くように、しかし二度目はもっとはっきりと、

 「一つだけ方法があるかもしれない。でもこれは確実ではないけど」

 「……」

 卓は真理のその言葉に、ただただ無言で自分の手首にある蒼の石に視線をやる。

 そして、真理の考えはもう卓にも分かっていた。

 真理もそれを悟ったのだろう。それ以上、自分の考えを口にすることはなかった。

 以前に、卓と真理は石の力を共有することで、巨大な剣を具現させていた。その詳しいことは分からないが、一か月ほど前に鳴咲市を中心に討伐者たちを襲った異世界の住人、『魂の傀儡子』を倒すことが出来るほどの威力を秘めていた。

 これまた詳しいことは分からないが、『魂の傀儡子』が使っていた武器、『虚無の具』でさえもいとも簡単に消滅させることが出来たのだ。

 つまり、それだけの一撃であれば、根拠はないが、魂玉程度なら問題なく討伐できるはず。真理と卓はそう読んだ。

 「さあ、行くわよ」と真理は言うのだろうと卓は思いこんでいた。だから、刀を握る手に力を込めたのだが、実際に真理が放った言葉は違った。

 「卓、どうしたの?」

 「……?」

 真理の言葉の意味を理解出来なかった。

 自分はどうもしていない。いや、そもそも、真理がそのような問いを投げかけてきたことさえ意味が分からなかった。

 真理はアクセサリーショップをキョロキョロと見回すと、手軽なスタンドミラーを見つけて、それを持ってきた。

 そして、それを卓の顔の前に持ってくると、

 「――ッ!!」

 卓は言葉を失った。

 

 鏡に映るのは確かに自分の顔だった。

 それは間違いようがない。

 しかし、卓は信じられなかった。そこに映る自分の表情に。

 

笑顔。

鏡に映る自分の表情は笑顔だった。満面の笑み、というわけではない。しかし、ゲームで勝ちを確信したときのような確かな笑みを浮かべていた。

意識していたわけではない。むしろ、笑顔を作っていた卓自信が一番の衝撃を受けたのだから。

「な、んで……」

震える卓の声。

認めるわけにはいかなかった。

少なからず、自分が戦いを楽しんでいたことを。

「今日の卓はずっと、どこか楽しそうだったわよ」

真理は淡々とした声。

卓の認めたくない事実を冷酷にも突き刺す。そこに躊躇ちゅうちょはない。パートナーだからこそ、信じているからこそ選んだ選択肢なのだ。

カシャン!

卓の手から刀が零れおちる音が店内に響く。

「どうして、俺、笑って――」

卓の声は店の外から聞こえてくる轟音に途中、掻き消された。魂玉の撒き散らすリンプンは今も休むことなくそこらじゅうを破壊しているのだろう。

しかし、今は卓の意識はそちらに向いてはいない。

すっかり、表情から笑みが消え、卓は全身をプルプルと震わせた。それを見た真理が、静かに息を吸って、ゆっくりと唇を動かす。

「私たちがやっていることはどうあっても『戦い』なのよ。それが例え世界を守るためでも、それは決して変わらないわ。そもそも、人間は『戦い』を正当化することは出来ないし、そうすることは間違っていると思うの。戦争なんてのはその良い例よ。どちらも『自分が正しい』と思っているからこそ、敵を殺しても、それを罪だなんて思わないし、自分を責めたりもしない。そんなことをするのは、国に従うしかない兵だけなんだから。実際に指揮している人は自分を正当化して、人を殺す。それが戦争よ。でも、それが本当に正しいと思う? 『国を守るため』という理由が『人を殺してもいい』という理由に成りえる? もちろん、そうするしかない状況下に追い込まれてどうすることも出来ないことだってあるわ。けど、決して戦争を正当化してはいけないのよ。自分たちのやっていることはとがであると認識しなくては、人はどんどん壊れていく」

 卓は、ただ震える自分の身体を両手で押さえつけ、無言で真理の話を聞く。真理はそこで一旦区切ると、再び息を吸って、続ける。

 「私たちも突きつめて行けば同じことよ。正直、私から卓をこちら側に巻き込んでおいてこういうことを言うのは少し良心が痛むけど、『世界を守るため』に戦っている討伐者わたしたちも、戦いを正当化することはできないのよ。私たちは決して正義の味方なんかじゃないし、ましてや絶対に正しい神ですらないわ。ただの罪深い人間。そりゃ、守られているこちらの世界から見れば、私たちはヒーローなのかもしれないけど、他の世界から見れば、ただの戦争。戦争という名の下に、敵の命を奪う略奪者りゃくだつしゃに他ならないんだから。だからね? 勘違いしちゃいけないのは、私たちは絶対に正しい戦いをしているわけじゃないってこと。どうあっても戦いを正当化することはできないんだってことを理解しておかないといけないのよ。人間が人間である限り、完全な正義の味方にはなれないんだってことを知る必要がある。けど、正当化できないから戦いを止めるって器用な選択肢を選べるほど、私たち人間はうまく出来てはいないわ。だから、一つだけ、卓にはお願いがあるの」

 真理はじっと卓の顔を見据え、

 「戦いに慣れ過ぎないで」

 その一言は、卓の中で何かを揺れ動かした。

 五年前に、幼き真理が卓に取り付けた約束。

 『強くなって』

 その約束を根本から否定するようなその一言。

 しかし、その考えはすぐに卓の中で改められる。

 『強くなる』という意味。真理がどういう意味を込めてそれを言ったのか、卓はここで本当に理解した気がした。

 どれだけの数の敵を倒せるか、どれだけ最小限のダメージで敵を倒せるか、など目に見える強さを言っていたわけでない。

 もっと、心の根本的な部分。言葉で表すのは難しいが、腕力や剣の技術とはまるで別物の強さ。

 真理が求めていたものはおそらくそういった強さなのだと、ここでようやく気付かされる。

 卓は今まで、どこかで自分は正しいと思って剣を振るってきた。魂玉や冥府の使者は敵であり、それらを討伐することが正しいのだと。

 世界を守るためという理由で剣を振るうことこそ戦いを正当化する一番の方法なんだと。しかし、真理の言葉はそれらを全てぎ倒す。

 以前に戦った冥府の使者は、自分の愛する人が愛した街を守るために戦っていた。そのために無関係の人を何人を傷つけて、それでも止まることをしなかった。彼もまた自分のやっていることを、『愛する者のため』という理由で正当化していたのかもしれない。もしかしたら、正当化することが出来ないと理解していても、それでもなお愛する者のために戦いを続けたのかもしれない。

 そして、そんな彼を、卓と真理は討伐した。

 どうすれば、それを正当化することができるだろう。

 街を守るため。

 しかし、それは彼も同じ。

 街に住む人たちを守るため。

 彼は自分の愛する者を守ろうとした。

 世界を守るため。

 彼もそのために戦っていた。

 

 そう。彼を倒した戦いを正当化することなんて出来ないのだ。

 たった少しの意見の相違が敵対立場を生み、根本では同じ目的を持った者同士でも戦わなくてはいけない。

 そこに正しさなどはない。

 「バカだな、俺……」

 卓は乾いた笑いを零す。しかし、その笑いに戦いを楽しむ、といったものは一切含まれていなかった。

 そして、床に落ちた刀を再び手に握る。

 「何正義の味方を気取ってたんだろうな。情けない……」

 グッ! と、刀の柄を握る。

 「そうだよ。俺がやるべきことは最初から一つだったはずじゃねーか」

 傷だらけの身体。しかし、それでも足に力を込めて床に張り付けるようにして立ち上がる。

 「俺は、俺の日常を守るために戦う! そこに正義なんて言葉はいらねぇんだ。ただ、それだけのために剣を振るってやるよ」

 ドクン、ドクン。

 確かな心臓の鼓動が卓の耳に届く。

 「良かった。私の知っている卓の顔に戻ったわ」

 真理はそこでふっと表情を和らげると、刀を構えなおし、店の外に目をやる。

 店の外では断続的に轟音が響き、時々、魂玉の声にならない雄たけびのようなものが聞こえてくる。

 しかし、今の二人にそんなものは恐怖にはなりえない。


 気がつけば、卓と真理の手首にある贈与の石はまるで心臓の鼓動に合わせるように、一定のリズムで、光に強弱を付けて光っていた。

 「卓、剣を握る理由は思ったよりも簡単でしょ?」

 「そうだな。なんか、勘違いしてたみたいだよ」

 それだけ言うと、卓と真理は互いに顔を見合わせ、一度、頷くと迷うことなく、立ち上がり、魂玉の方へと身体を向けた。

 

再び、日常を取り戻すために、それを脅かす魂玉と戦うために剣を手に取って。






 

 鳴咲市の中心街とその外部の狭間辺りに位置する、鳴咲警察署。

 規模的には東京の警視庁より少し小さめだが、それだけでもいろんな課が集結した、犯罪者にとっては厄介な組織だったりする。

 昼間から交通事故やら、迷子などによる電話が絶え間なく続き、署内には常に電話の呼び出し音が響いていた。

 そして、そんな電話音が一切聞こえない、静かで落ち着いた空間であるラウンジに二人の男はいた。

 簡易的な椅子と机が設置されていて、近くには飲みものの自動販売機や、煙草の自動販売機がある。

 一人の男は自動販売機で、缶コーヒーを二本買うと、机に数枚の書類を広げていた男の元にそれを持っていく。

 「彼、明日でしたっけ釈放しゃくほうは。城根警部補?」

 ワイシャツ姿の若い男は二本の缶コーヒーのうち一本を、顎鬚あごひげを蓄え、白髪混じりの男の前に置く。そして、向い側の椅子に座る。

 男は会釈すると、缶コーヒーのプルトップを開け、一口、冷たいコーヒーを口に含む。

 それほど甘くないコーヒーは疲れた体を内側から癒して行く。

 缶コーヒーを机に置くと、顎鬚あごひげの男は広げられた書類のうち、一枚を手に取る。

 そこには、詳細なプロフィールが書かれていて、ペーパークリップで一枚の写真が取り付けられていた。

 写真には、跳ね髪の茶髪で、両耳にピアス、目つきが悪い男が写っていた。

 年齢的には一〇代後半、といったところだが、柄の悪さからか、一〇代とは思えないどこか威圧的なものが感じられた。

 「柳将也やなぎしょうや、一八歳。二年前に無断で大手企業メーカーのパソコンにハッキング、及び、情報の高価取引未遂の容疑で逮捕、か」

 「その歳でそこまでの技術があるなんてすごいですよね」

 若い男は呑気な声で、コーヒーを一口飲みながら言う。

 城根はその言葉に眉をピクリと動かす。そして、髭の生えた口を動かし、

 「こんな、まだ子供にこんなことをさせる世の中を作りあげた、我々大人の方が問題あると思うのだがな。どうしてこんなことをしなくちゃいけなかったんだろうか、そういうことばかり考えさせられるよ。大人は子供の模範もはんとならなくてはいけない。ならどうして犯罪に手を染める子供が出るのだろうな?」

 「……」

 城根の言葉を、若い刑事はコーヒーを飲みながら聞く。それに対して、とくに気にも留めずに城根は重たい息を吐いて、続けた。

 「周りにそういう大人がいたから。もしくは犯罪に手を染めなければ生きていけない状態にあったからではないか? 子供には全責任を負うだけの力がない。なら、責任をある程度とれる大人が彼らを守っていかなくてはいけないのに、それを放棄しているようにも思えてならんよ。それなのに、我々大人は悪いことをした子供を一方的にとがめるだけ。法に触れずとも、そういう大人たちの方がよっぽど人的に外れていると思うようになったよ」

 そこで城根は言葉を一旦区切ると、苦笑いのように唇を吊り上げ、

 「まあ、とは言っても、私も偉そうに言えた立場にはないのだが。自分の愛した家族すらも満足に守れない愚かな大人の一人なのだからな」

 若い刑事は、缶コーヒーを置くと、少し控え目に口を開く。

 「……あの、前から聞こうと思ってたんですけど、城根警部補はどうして警察になったんですか?」

 「そう、だな。当時の私は何を考えていたのか、よくは覚えていないんだが。だが、うん。きっとそうだな。向きあいたかったんだと思う」

 「向きあう、ですか?」

 「警察である私がこういうことを言うのは不謹慎ふきんしんなのだが、法なんてのは、それを作った者の都合のよい、ある種のルールだろう? それに反すれば、警察に捕まるし、自由な生活を奪われてしまう。例に挙げるなら、煙草は法律で認可されているのに、どうして麻薬は駄目なんだ? どちらも、少なからず身体に害をもたらすし、どちらも気持ちを落ち着けるという点では一緒だろ? そう、法を決めた者に、何かしらの不都合があったからだ」

 「……」

 城根の、刑事としてあるまじき発言、しかし、そのあまりにも筋の通った話に若い刑事はいつの間にか耳を完全に傾けている。

 「そんな一方的なルールに従う方がどうかとは思わないか? 当然、私は刑事であるからこそ、そういったルールを破った反則者を取り締まる必要がある。だが、本当に人が人を裁くことが許されるのだろうか? 人は生まれながらに罪人だと私は思っている。そこに犯罪者も警察官も、一般人も政治家も関係ない。人が人として生まれた瞬間に決まったこと。そんな人同士が、誰かを取り締まり、裁く権利なんて本当に持ち合わせているのだろうかってね。もっとも、どこかしらでそういった調整をしないと、この世界はそれこそ大自然の弱肉強食の世界のように、無法地帯になってしまうわけだが。逆を言えば、人は誰かに、もしくは誰かが決めたルールに依存しなくては生きていけないわけなんだよ。普通の人間なら、それは法であるが、そうじゃない人間がいたって不思議はない。法だけで成り立っている世界ではないからな。言ってしまえば、世界なんてのは犯罪の上に成り立っている部分だって少なからずあるわけなのだから、それに依存して生きている者がいても、それはむしろ必然なのだろう」

 城根はそこで一旦、缶コーヒーを手に取って、それを一口、口に含むと、続けて口を動かす。

 「私はそう言った、自分とは違うモノに依存して生きている人と向き合いたかったのだろうな。まあ、それで家族と向き合うことをおろそかにしてしまっては本末転倒なのだがね」

 城根は乾いた笑顔を浮かべる。対して若い刑事は、缶コーヒーから手を放し、真面目な表情で、

 「何と言いますか、こんなことを言うのは失礼だと思うんですけど、城根警部補が警察をやっていることに違和感を感じてしまいますね」

 「いや、自分でも思っていることだ。どうだ? こんな上司は敬えんか?」

 「まさか。むしろ逆です。改めて尊敬してしまいましたよ。まさか、こんな考えで警察をやっている人がいるとは夢にも思いませんでした。けど、城根警部補のような方が上司で、自分の世界観も広がったような気がしますよ」

 「ははっ。そう言ってもらえるだけ、私はまだマシなのかもな。しかし、君は私のように、いつか家族を持った時、優先順位を間違ってはいけないぞ。人間には、どうしたって取り返しのつかないこともたくさんあるのだから」

 その言葉は何を感じて言ったものなのだろうか。

 生涯、愛すると誓った妻を亡くして思ったこと。

 自分の実の息子が行方不明になり、その消息を見つけることさせできない自分の無力さを痛感して言ったこと。

 そして、残されたたった一人の息子も、また自分の知らない、どこか遠い場所に行ってしまった、あるいは行ってしまいそうな予感がするのに、自分ではそれを見守ることさえままならないことに対しての悔恨かいこんの念からか。

 きっとそれら全部なのだろう。

 それだけのことを経験しているからこそ、世の中には取り返しのつかないことが多々あると実感した男の一言はそれだけでとても説得力がある。

 よく、失敗しても、また次があるから大丈夫といった言葉をかける場面がある。確かに、試合に負けても、人生でそのスポーツが出来なくなるわけではないし、それを続けて行けばもしかすれば本当にチャンスが巡ってくるかもしれない。

 テストで失敗しても、それだけで自分の人生価値が大きく変動することもない。

 受験に失敗しても、また翌年受ければいい。

 それらは全て取り返しのつくこと。

 けれど、そんなものは表向きにある一部の例。

 逆に、そういった失敗だけで済むのなら、それはとても幸せなことなのだろう。その場は辛くても、また目標に向って立ち上がることさえ出来れば、それはとても充実しているのではないだろうか。

 しかし、世の中というのはそう甘い話だけでは成り立っていない。

 取り返しのつく事例があるのなら、どうしてもその反対、取り返しのつかない事例も存在してしまう。

 何の因果か、城根という男はその取り返しのつかない事例の方がよく知っている。

 家族を失うということ。そして、残された家族すら満足に守れないということ。

 再婚すれば、新しい家庭を持つことは出来る。だが、それで以前の家族を守れなかったという事実が帳消しになるはずもない。

 意味の無いことだ。

 新しい家庭を持ったところで、自分のやってしまったことはどちらにせよ取り返しがつかない。

 愛してやまなかった妻が生き返るわけでも、行方不明になってしまった息子が戻ってくるわけでもないのだから、何の解決にもなってはいない。

 それに、今の自分は、たった一人、残った息子すらも他人に、それも病院で入院している、自分のことで精一杯のはずの男に託してしまった。

 そんな自分が、新しい家庭を持ったところで同じ過ちを繰り返してしまうだけなのだ。

 城根はそこまで自分を卑下ひげし、自分のことを愚かな父親と言っている。


 若い刑事は、深くなくも、それくらいまでは自分の上司の考えを読みとるくらいまでの付き合いはしてきたはずだ。

 そして、その上で思った。

 皮肉だ、と。

 こんなにも家族のことを思って、家族を愛している父親が、自分のことを愚かな親と言っているのに、世の中には実の子供や、生涯愛すると誓ったはずの妻、あるいは夫を平気で殴ったり、けなしたり、あるいは殺したり。

 そんな人ほど、それこそ平気で自分のことを親だとか、家族だとか名乗る。何の恥じらいもなく。

 どうして、世の中とはこんなにも非情で無情なのだろうとも思った。

 家族を愛する者からそれを奪い、逆に、家族を無碍むげにする者にはそれを与え、自らの手で奪わせる。

 

 自分たちは警察だ。

 城根もそうだが、何件かそういった家庭内暴力や、最悪、殺人事件も取り扱ったことがあった。

 そういうとき、自分の上司は一体、どんな気持ちで傷つけられた側、傷つけた側を見ていたのだろう。

 少なくとも、自分は一度も、城根が感情的に彼らを責め立てたところを見たことが無い、いつも通り、事務的に、感情を押し殺して仕事をしていたはずだ。

 警察なのだから当たり前と言われればそれまでだが、本当にそんな簡単なことなのだろうか?

 自分が上司と同じ立場なら、本当に同じようにたちふるまえるのだろうか。

 いや、きっと感情的に怒鳴り散らすだろう。

 家族を大切にしろ! 家族を何だと思っているんだ!

 そんなようなことを説教だらだら言うのだろう。

 むしろそちらの方が自然なのかもしれない。

 けれど、誰よりも家族を愛する上司がそれをしないのは、おそらくは自分も彼らを責められるほど家族を守れていないと実感しているから。

 どれだけ愛していると言っても、家族を守れなかった自分に彼らを責める権利はないのだろうと考えているのだろう。

 (本当に、どこまで自分を追い込むのですか……)

 若い刑事のほうが居たたまれない気持ちになる。

 そして、改めて、この上司に着いて行こうとも思った。そうすれば、きっと他の人といたら一生経っても学べないことが学べるはずだと。

 自分が正しい、自分が正義だ、といった言葉で自分を飾らず、自分を愚者ぐしゃだと言い張る彼は人間の本質からずれているのかもしれない。

 だから、こそだ。

 人間の本質からずれているからこそ、彼は人間の真の本質を見抜くことが出来る。

 それが何なのか、具体的には分からないが、今は若き刑事にとってそれは十分過ぎるほど、彼について行くための理由に成り得る。


 (この人は、本当は警察なんて立場に留まるような人じゃないのかもしれない……)


 若い刑事も、城根も残った缶コーヒーを呑みほし、電話が鳴り響く仕事場へと足を向けた。







「卓! あの剣は具現させるまでにラグが生じるわ。それまであのリンプンを避け続けるなんて神業、出来る?」

 真理の質問に、アクセサリーショップで身構える卓は即答した。

 「無理だろうな」

 卓と真理の視線の先には、店先の通路をことごとく破壊していく無数の小さな粒子、そして、言語ともとれない雄たけびで粒子を撒き散らす蝶の形をした魂玉がいた。

 そんな卓の答えに、真理は特にマイナスの感情を出すこともせず、むしろ口元を緩めて、

 「なら、一瞬でいいわ」

 と一言。

 「一瞬だけ、あのリンプンをどうにかすることが出来れば、あとは光の剣で何とかできると思うし」

 「ま、そうなると俺の出番だよな。真理の紅蓮槍風ぐれんそうふうは広域型じゃねーし、むしろ必殺型だろうし」

 「頼める?」

 真理は二コリと笑ってみせる。

 本当はそんな確認は必要ない。この二人はとうに、それだけのことなら以心伝心ができるほどに達しているはずだからだ。

 それでも、あえて口にするのは、ある種の信頼の表れなのかもしれない。

 卓も笑みを浮かべ、しかし、それは先ほどまでとは違う。一人の女の子に向ける優しい笑顔だった。

 「当然!」

 と、刀を構えた。

 蒼い光が、卓の周りを取り囲むように渦巻き、それは刀を中心に放出されていた。

 『蒼波滅陣そうはめつじん』。広域型の攻撃で、一瞬のうちだけ宙を舞うリンプンを吹き飛ばすというわけだ。

 今度は、二人が本当の意味で一緒に戦う。

 二人の絆を具現させた、全てを切り裂く剣で。

 その覚悟を抱いて、卓はさらに刀を握る手に力を込める。地面につけている足に踏ん張るための力を込め、店の外に舞う青白い粒子を見据え、魂玉の雄たけびを耳で聞き、そして、渾身の一撃を振るう。

 風を斬りながら振るった刀から、津波のように蒼い斬撃が放たれる。

 ドゴォオオオオオオオオオオオオオ!! という、魂玉の雄たけびすらも掻き消すほどの轟音をショッピングモール内に響かせて。

 アクセサリーショップは半壊し、そのまま広域に渡る斬撃は通路に舞うリンプンを斬撃本体と、それによって発生した爆風で吹き飛ばす。

 不規則に飛ばされたリンプンはそれこそ無差別にぶつかった辺りを破壊していくが、卓と真理、そして魂玉の周りには今はもうリンプンはない。

 「今よ!」

 真理のその言葉を合図に、卓と真理は勢いよく通路に飛び出し、魂玉と正面をきるよういに対峙した。

 今までリンプンを撒き散らしていた魂玉は、すぐさま、両羽に浮かべた巨大な口腔を二人に向ける。

 リンプンがほんの一瞬だけ吹き飛ばしたとはいえ、またあの口腔から強烈な一撃が放たれては意味がない。

 卓と真理は間髪いれずに、

 「「契約の蒼紅、我らの絆具現せよ!!」」

 途端、二人のブレスレッドが、心臓の鼓動のように光っていたそれが、一瞬のうちにショッピングモールを包む。

 二人の手にあった刀はいつの間にか消え、代わりに二人で一本の、光で出来あがった巨大な剣を持ちかまえている。

 「fasijfasdcmasodaiodfkesmciajdemigfjciescnjqowakdefmivwco!!」

 雄たけびと同時、蝶の形をした魂玉は、羽に浮かべた口腔から、青い炎のようなものを射出した。

 それはまっすぐに、光の剣を構えている討伐者二人へと向かう。

 しかし、それを見ても、卓と真理は動揺しない。

 ただただ、正面にいる魂玉に向けて、その切先を向け、ゆっくりと振り下ろす。

 「俺たちの日常を返してもらうぞ!」

 卓は叫び、真理と動きをぴったりと合わせて光の剣を取り扱う。

 全長にして5メートル程の巨大すぎる剣。そもそも、光という物質であるために、それに重量があるのかも分からないが、一つだけ分かることは、少なくとも今までこの剣で斬れなかったものはなかったということだ。

 これまでといっても、この剣で斬ったのは一度だけ、異世界の住人、『魂の傀儡子』と、彼が使った武器、『邪蛇じゃだほころび』だけだが。

 しかし、それで十分だった。

 卓と真理が勝ちを確信するのに、これ以上の証明は必要ないのだから。

 ゴッ!! 

 魂玉の一撃と、卓と真理が持つ光の剣が直撃した。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ火花を散らせると、魂玉の一撃はまるで水のように、なんの抵抗もなく散った。

 対して、卓と真理の方は微動だにもせず、続けて光の剣を振り下ろした。

 ショッピングモールに断末魔だんまつまの叫びが聞こえてくるのと同時、それを掻き消してしまうほどの轟音が鳴り響いた。

 光の剣が魂玉を切り裂き、そのまま勢い余って通路を破壊した音だった。

 三メートル以上の長い刀身は、まるで紙を斬るペーパーナイフのように、通路に切れ目を入れて行く。

 支えを失った通路や、店先は瓦礫となって下へ下へと崩れ落ちる。

 瓦礫と共に、羽をがれた蝶の魂玉はその巨体を重力に従って落下させていく。

 一番下のフロアにドスン! という鈍い音を立てて、そこに小さなクレーターのようなくぼみを作った。

 「はぁ、はぁ……やったわね……」

 「……だな」

 卓と真理の手からはいつの間にか光の剣は消えていた。

 二人はボロボロの身体を引きずるように、崩れた通路から下を覗きこむと、地面に叩きつけられた魂玉が静かに炎上していく様が見られた。

 先ほど卓があちこちに吹き飛ばしたはずのリンプンも、今となっては一粒たりとも見受けられない。

 「まさか、魂玉にここまで追い詰められるとな」

 卓は魂玉が完全に消滅したのを確認すると、瓦礫だらけの通路で仰向けで大の字になる。真理も身体を支えているのが辛かったのか、その場で座りこんだ。

 「魂玉って魂が単体で成り立っているものなんだろ? 冥府の使者みたいに、いくつもの魂が重なってできているわけじゃなくて」

 卓の言葉に、真理はコクリと頷く。そして、傷だらけの唇を動かし、

 「だからこそ、変なのよね。ここまでのレベルの魂玉がいるなんて……もしかしたら魂玉じゃないのかも……?」

 「? どういう意味だよ」

 「魂玉と冥府の使者の間の存在、といったところかもしれないわね。まあ、これまでそんな存在は確認されていないから一概には言えないけど。仮に魂玉だとしても、このレベルは異常よ」

 「つまり、何かが起きているってわけか。『魂の傀儡子』を倒してから、この街に魂玉は減ったと思ったけど、今日のこれだもんな」

 「今は、討伐者内でも複雑な状態にあるっていうのに、こんなタイミングなんてね……」

 卓はほとんど分かってはいないが、現状、討伐者の中でも内輪もめごとがある。

 そんな状態で、こんなイレギュラーな存在の登場は当然、不利に働いてしまうだろう。真理はそこまでを理解している。そして、卓もなんとなくだが、それは分かっていた。

 今回は二人で何とか出来たが、もしこのレベルの魂玉が無数に現れたら?

 敵うはずもない。

 その事実だけは、明確に二人とも理解している。

 「この街に今度は何が起きるの……」

 真理は半ば呟くように言う。

 「まあ、何にしても、とりあえず今は当初の目的を果たさないとな」

 卓がそう言うと、真理もそれに賛同し、当初の目的である買い出しを続行するために、ブレスレッドに手をかざす。

 すると、魂玉との苦闘の際に半壊状態になってしまったショッピングモールは元に戻り、ただし、最初の魂玉による小規模爆発(と言っても、本当に壁が焦げた程度だが)の跡だけは残っているが。

 そして、静寂に包まれていたショッピングモール内に再び雑踏が響きだす。

 突然現れた人々は、ボロボロの卓と真理を見て様々なリアクションを見せるが、二人は少し恥ずかしながらも上のフロアにいるであろう学級委員長こと、寿奏ことぶきかなでのところへと向かった。

 

 案の定、卓たちがいた一つ上のフロア、魂玉との戦いの前までいた工具屋の前で奏は辺りをキョロキョロと見回している。

 そして、ボロボロの卓と真理を見つけるなり、

 「ちょっ!? どうしたの!? ボロボロじゃない!!」

 当然の反応を見せた。

 それもそうだろう。一体どうやったらショッピングモールに買い物に来て、制服が穴だらけになって、身体中に擦り傷が出来るのだろうか。

 しかし、卓も真理も苦笑いで返すしかない。

 まさか異世界の生物と戦ってこうなりました、なんて言えるはずもないのだから。

 全く、どうして断絶はボロボロになった服や、傷まで治してくれないかなー、意外と不便じゃね? などと内心で思う卓。

 ふと横を見ると、大体同じようなことを考えていたのか、真理も苦々しい表情で、自分のボロボロの制服をつまんで見ている。

 「どっかの不良にでも絡まれた!?」

 そして、そんな事情を知らない、この中で一番のまとも人である委員長は勝手な想像であたふたしている。

 通りすがる人々も、万人が万人、例外なく卓と真理に振り返る。

 どこか恥ずかしい気持ちが芽生えた卓は、

 「いや、ちょっと走ってエスカレーターから転がり落ちちゃって」

 などと、普通ならすぐに嘘だろ! とばれるような言い訳をする。

 真理も必死だったのか、ブンブンと首を縦に振る。

 一瞬、怪訝そうな表情を浮かべる委員長だが、腰に手を当てて、

 「ちょっと気を付けなさいよ!? 聖徳蔡前に怪我したら元も子もないじゃないの!」

 と、案外あっさりとそんな言い訳を受け入れる委員長。

 「お、おう。これからは気を付けるよ」

 まさかこんな言い訳が通ると思っていなかったのか、言い訳をした張本人が一番驚いている。隣で真理も呆れたような表情を浮かべていた。

 

 それから、結局魂玉の登場によって降ろせなかったお金を、卓がATMで降ろし、委員長がクラスメートから聞いてきた必要な備品を買い揃え、学校前にバス停が設置されている市内巡回バスに乗って学校に戻った。

 バスの中でも、奏による質問攻めに遭った卓と真理だが、そこはなんとかはぐらかして乗り切った。

 

 学校に着くなり、卓と真理は教室に戻る前に、保健室に寄って、ボロボロになった制服からジャージに着替え、軽く怪我の処置を施してから教室に戻った。

 当然、教室に戻っても、春奈や陽介、そのほかクラスメートからも怪我の理由を聞かれたが、奏と同じ言い訳で突きとおす卓と真理。

 「蓮華、ちょっといいか?」

 それらが一通り終わったところで、卓は蓮華を連れて廊下に出た。少し後から真理も廊下に出てくる。

 「たっくん、その怪我、エスカレータから落ちたからじゃないよね?」

 蓮華はとっくに気が付いていたのだろう。

 卓だけならともかく、真理もなのだから、それがむしろ自然と言える。

 「今日ね、魂玉と遭遇そうぐうしたのよ」

 卓の代わりに真理が答える。

 蓮華はキョトンとした表情で、

 「え? どうしてそんな……」

 蓮華が驚いたのは、魂玉と遭遇したということではない。むしろそちらは大して問題はない。『魂の傀儡子』がいなくなって魂玉の出現率は軽減したとはいえ、継続的に何度か出現していたのだから、改めて驚くようなことではない。

 問題なのは、それまで魂玉を問題なく討伐していた二人が、今度はここまでボロボロになって帰ってきたということ。

 真理も蓮華の考えが分かったのだろう。その上で口を動かし、

 「今回のは文字通り、レベルが違ったわ……正直、二人でも危ないところだったの」

 真理の言葉がにわかに信じられないのか、卓に視線を移す蓮華。しかし、卓も無言で頷き、真理の言葉を肯定する。

 「それに、今までに見たことがないタイプの性質変化をするやつでね、姿形を変えたり、身体の状態を変化させたりと、バラエティに富んだやつだった」

 「どうして、急にそんな……」

 「だから、蓮華も気を付けろよってことだ。まあ基本的に俺達は三人で行動するから、問題はないと思うけど、万が一ってこともあるし……それにほら、今は聖徳蔡の準備期間で、俺は男子グループ、蓮華と真理は女子グループに分かれて作業しているだろ? だから、各々気を付けて行こうって話だ」

 「うん……それは分かったけど、たっくんも真理ちゃんも大丈夫? 随分怪我してるみたいだし……」

 ぱっと見るだけでも、二人は高校生活をしている上で負うような怪我ではない。

 卓と真理同様、討伐者という立場にある蓮華も今まで激闘を経験したことがあるが、二人が怪我をしているのを見るのは、何度経験しても慣れない。

 「怪我は問題ないわ。それよりも今回のイレギュラーな存在の出現、それが意外と深刻だったりするんだけどね」

 「「??」」

 真理の言葉に、卓と蓮華は顔を見合わせ、首を傾げた。

 確かに、今日戦った魂玉は今までのとはレベルが違っていたが、正直、それでも卓と真理の二人でなんとか倒せるレベルだったはず。それがそれほどまでに深刻だとは、実際に手合わせた卓すらも思わなかった。

 しかし、真理はそのまま重々しい表情で、

 「そもそも、魂玉が虚無界からこちらに来るのは、必ずしも故意ではないの。魂玉は魂一つ、つまり単体で成り立っているから、その力は世界の均衡を急激に揺らがせるほどの力はない。ということは、『世界の境界線』でのなんらかの歪みによって、事故的に巻き込まれてこちらの世界に来ることの方が多いのよ」

 真理の言葉を一つ一つ整理していく卓と蓮華。そして、そこで少し間を開けて、真理は再び口を開いた。

 「けれど、それはあくまで微弱な力を持つ魂玉における話よ。今回の敵はそれに該当するには、少々強すぎる気もしてね。そして、もう一つ。これが今回の事態を深刻だと決めつける決定打なんだけど、ある予兆によって、魂玉に異変が訪れたりするの」

 その言葉を聞いて、卓と真理は何かに気が付いたようで、少し口を開けた。何かを言おうとしたのかもしれないし、ただ驚愕きょうがくしてそうなったのかもしれない。

 ただ、真理は構わず続けた。

 「冥府の使者の降臨、っていう忌々しい予兆によってね」

 「「――ッ!」」

 卓も真理も予想はしていた。しかし、予想していたからといって、それを単に受け入れることができるかと言えば、それはまた別問題となる。

 二人がどうして真理の言う結論に至ったのかは、それは以前に似たようなことを経験しているからに他ならない。

 夏に、鳴咲市は大量の魂玉が出現していた。通常値を遥かに超えてだ。

 それというのも、冥府の使者の一人、『魂の傀儡子』の影響なのだが、それを討伐したことによって、ある程度均衡は保たれていた……はずだった。

 しかし、今日のあれではそれも崩れ去ったというのが一番妥当な見解だろう。

 「また、冥府の使者が来るっていうのかよ」

 卓は忌々しそうに吐き捨てる。

 蓮華も蓮華でどこか不安そうな表情を浮かべている。

 ここにいる三人は、冥府の使者がどれほどの強さかをよく知っている。それは、ヨーロッパ支部二十騎士と呼ばれるエリートと共闘して、ダメージを蓄積してようやく勝てるレベル。いや、それすらも偶然なのかもしれない。

 もう一度、『魂の傀儡子』と戦って勝てるかと問われても、素直にイエスとは答えられないというのが、三人の素直な感想だ。

 あの時勝てたのは、それまでのダメージやら、戦いと同時に儀式を進行していたからというのが、大きな理由。

 敵も戦いだけに専念していたら、正直どうなっていたかは分からない。

 そんな敵が今まさにまたこの街を襲撃しようというのだ。

 「まだ、断定は出来ないけどある程度の覚悟は必要ってことよ。それに、いつ来るか分からないからこそ、心の準備は必要不可欠。今は三浦さんだって戦える状態じゃないしね」

 真理は淡々と言う。しかし、不安がないわけじゃない。

 真理だって、自分の話している危険度くらいはしっかり把握していた。

 「今日とは、文字通り規模の違う戦いになるってわけか」

 「……今度は私も戦うよ」

 蓮華はそう言って、制服のシャツの下に隠していたネックレスの贈与の石を取りだした。

 白桃色の淡い贈与の石は、廊下の窓から差し込む太陽の光に反射して神秘的に輝く。

 「とにかく、これからは今まで以上に警戒して、そして魂玉といえどもあなどらず、全力を持って討伐することを心がける必要があるわね」

 「だな」

 「うん」

 真理の言葉に、卓と蓮華も頷く。

 そして、真理は半ば独り言のように、

 「それと、本格的な戦いか始まる前に、鳴咲市にいる『もう一組の討伐者』ともコンタクトを取っておきたいところなんだけど」

 しかし、それは本当に独り言のようだったので、卓と真理にはハッキリと聞きとることができなかった。

 





 

 鳴咲市の中心街の一角にある私立名門女子高、光陵学園。

 中高一貫校で、ヨーロッパの宮殿のような外観の教育機関にある学生寮。

 これは希望制で、二〇〇人近くの学生が暮らしているわけだが、その一室に、四人の女子がいた。

 学生寮の外観も、ヨーロッパの高級住宅のような外観だが、中も木製でシックなものとなっていて、部屋には二人用のシングルベッドが並べられ、木製の机と椅子がセットで設置されている。それぞれの机の横には床から天井までの大きな本棚も取り付けられていて、そこにビッシリと書物が並べられている。

 部屋には簡易キッチンと、一応シャワー室もある。

 そんな豪勢な学生寮の部屋には、光陵学園指定制服であるピンクのセーラー服に身を包む女生徒が三人と、見るからに小学生くらいで、茶髪セミロングに、アンテナのようにピョンと立つアホ毛がトレードマークの少女、椎名てだまがいた。

 「わちき、良い子にしてたんだよー!」

 アホ毛のてだまは勢いよく、赤髪ショートヘアの椎名美奈に飛びついた。

 「はいはい。というか、本当に何もしていないでしょうね?」

 美奈は一応てだまの頭を撫でるも、キョロキョロと部屋を見回した。

 確かに見るところによれば何も問題はない。

 「大丈夫みたいよー?」

 美奈がそんなことをしていると、部屋の主の一人、潮波くずりがボスンとベッドに座りながら言う。

 「てだまちゃん、良い子にお留守番できたんだね」

 そして、もう一人の部屋の主、白木雪穂はお母さんのような優しい笑みを浮かべててだまの頭を撫でた。

 「本当、ありがとうね二人とも」

 改めて美奈は雪穂とくずりに頭を下げる。

 というのも、てだまはまだ小さいからという理由で、美奈が学校にいる間、ずっと留守番させておくのも不安ということで、学校の敷地内にあるこの学生寮で、昼間だけ留守番をさせてもらっているからだ。

 雪穂たちは気にしなくていいと言ってくれるが、やはり、どこか罪悪感のようなものを感じてしまう美奈は、ただお礼を言うしかできない。だからこそ、心からお礼を言う。

 「本当、気にしなくていいのに」

 雪穂は本心からそう言っているのだろう。

 それに便乗して、くずりも頷く。

 この二人は別に恩つけがましくもなく、普通にてだまを受け入れ、困っている友人を手伝うことができる人間だ。

 これがどれだけ美奈にとって大きな支えになっているかは言うまでもない。

 昔から、『妖霊の巫女』という特殊な立場にいる彼女は、学校でも苛められ、友人と呼べる存在はいなかった。

 しかし、アイドルとなった今、アイドルや『妖霊の巫女』という立場に関係なく、一人の友人として接してくれる仲間が出来た。それはここにいる雪穂とくずり、それと学校こそ違うが、一緒にこの街を救うために戦ってくれた三人。

 美奈はこの友人たちを守りたいと心から思えるようになっていた。

 「ありがとう」

 今度は、呟くように、ぼそりという。

 雪穂もくずりも、聞こえなかったのだろう。少し首を傾げてお互い顔を見合わせた。しかし、美奈が何を言ったか、改めて聞くようなことはしなかった。

 する必要がなかった。

 二人の前にいる美奈は幸せという感情を、おもむろに表情に出し、見てる方も幸せにするような笑顔だったから。

 





 「ね、ねえ、くずりちゃん」

 美奈がてだまを連れて実家の神社に帰ってから、雪穂はベッドの上でスティック状のチョコ菓子をポリポリとリスのように食べるくずりに話しかけた。

 くずりはチョコ菓子を食べながら、

 「なーにー?」

 と返答する。

 雪穂は木製の椅子に座って、どこか虚空を見つめながら、

 「美奈ちゃんとてだまちゃんもだけど、やっぱり私たちのいばしょも絶対に守らないとだよね」

 「……雪穂?」

 くずりは突然どうした? といった表情を向ける。そしてそれを読みとったのか、雪穂は苦笑いを含んで、

 「今日ね、改めて思ったの。それに、もうココは私たちだけの居場所ってわけでもないんだねって。ここが無くなったら、美奈ちゃんも、てだまちゃんも困るよっ。きっと」

 「そうねー。私たちはもうここを失うわけにはいかないしー? 正直、鳴咲市を守りたいなんて大それたことは言わないけど、せめて自分たちの居場所くらいは守りたいものよねー」

 くずりはチョコ菓子を食べながら答えた。

 相変わらずどこかやる気のないような口調だが、長い付き合いからか、雪穂はくずりのこの言葉が本心だと感じることができる。

 この二人には上っ面の体裁ていさいなど必要ない。

 どんな口調で、どんな言葉で本心を掻き消そうとしても、お互いに読みとれてしまう。それほど長く、深い付き合いをしてきた。

 「前にくずりちゃんは戦いを避けたいって言ってたけど、今でもそう思う?」

 「……そうねー。今でも思ってるかもね。でも、だからと言って戦いを避け続けられるとはもう思っていないかも。所詮、避けたいなんてのは私のわがままで、それが通るわけでもないからねー」

 「そ、それは私もだよっ。私も出来れば戦いたくないし……だから、それはくずりちゃんのじゃなくて、私たち二人のわがまま。でも、くずりちゃんの言うとおり、わがままを貫き通す年はもうとっくに過ぎちゃった……」

 雪穂の表情はどこか悲しげなものに変わっていた。

 何に対するものなのか。

 戦うことを望まないのに、それを強要されることか、はたまた、全く別のことか。

 しかし、くずりの思うことは変わらない。

 雪穂を守る。

 ただそれだけで十分だ。

 「いつまでも、人任せってわけにもいかないしねー」

 「うん、そうだよね……私たちも討伐者になったからには、やっぱり責任を果たさないといけないよね」

 「でも、私は槍を持つ雪穂より、おいしい紅茶と、クッキーを頬張る雪穂のほうが好きなんだよー? だから、出来れば雪穂にはあまり戦ってほしくないかも」

 「それは駄目」

 珍しく、雪穂が強気な口調になった。しかし、あくまでも雪穂の基準でだ。他の人から見ればまだまだ弱腰に聞こえる。

 だが、それでもくずりにはその変化が新鮮だったのだろう。目をパチクリさせていた。

 雪穂は構わず続けて、

 「私だってくずりちゃんだけを戦わせたくないよっ。私たちの居場所は私たち二人で守りたいんだから。これは私のわがまま。くずりちゃんでもこのわがままだけは聞いてもらわないと……私が困るよ……」

 段々、元の内気というか、弱腰の雪穂に戻っていく。

 顔は次第に赤くなり、最終的には、はぅ、と可愛らしい声を漏らしうつむいてしまった。

 そんな雪穂を見て、くずりは手に持っていたチョコ菓子をアルミ袋に戻し、ベッドから降りると、ゆっくり雪穂の前まで歩み寄った。

 そして、

 「!?」

 突然抱きしめられた雪穂は赤面のまま動揺していた。でもそれはすぐに治まり、くずりに頭を預けるように力を抜いた。

 それを感じてから、くずりはゆっくりと唇を動かす。

 「雪穂のわがまま、聞いてあげる。でもその代わり、一つ約束があるんだけどー…………絶対に、私の傍から離れないで」

 グッ! と、雪穂を抱きしめる手に力が込められる。

 雪穂はそっと、優しくくずりの腕に手を添えると、

 「そんなの、当たり前だよっ。くずりも私の傍から離れないでね?」

 

 寮の部屋には、夕日が優しく差し込み、二人を包んでいた。

 まるで、嵐の前の静けさ――


「約束の蒼紅石」第19話いかがでしたでしょうか?

登場人物が増えて、場面の切り替えが多くなってきましたが、できるだけ読みやすいように努力しているつもりです(笑)

場面切り替えが多いのは登場人物の多い作品ということで理解していただけると幸いです!

さて、この章に限らずですが、この話は案外以前の章と関連して話が続いているので、前の話あまり覚えてなーい! という方はぜひ読み返してみてください!


では、今回はこの辺で。次話またお会いしましょう!!

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