表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束の蒼紅石  作者: 夢宝
使者降臨編
16/29

「絶対強者」

こんにちは! 夢宝です!

2月になり、寒さがより一層厳しくなりましたね(汗)

インフルエンザなどが流行っているので、気をつけたいと思う今日この頃でございます!

さて、今回から、新章突入です!

そして、もうひとつ連絡があります。来週から作者のテストが始まり、つまり何が言いたいのかといえば、そのための勉強があるので、更新が少し遅れる可能性があるということで、どうかご理解いただきたいと思います。

出来るだけ頑張りますので、ご了承ください。

では、「約束の蒼紅石」第16話お楽しみください!

討伐者。異世界の『虚無界きょむかい』に住む者たちを討伐するために結成された裏の世界規模組織。『贈与の石』という特殊な力を得ることによって、それこそ人間離れした力を得た者を『討伐者』と呼び、彼らは世界中に分布している。

 そんな中でも、討伐者という組織は世界で大きく分けて4つに分類される。


 一つは日本総本部。これは討伐者という一大組織の核にあたる部分。全ての情報を網羅もうらするとともに、世界中の討伐者状況、場合によっては一般社会の政治関連の秘密裏の情報まで入ってくる。そして、ここを束ねるのが『総帥』と呼ばれる老人。つまり、彼は必然的に討伐者のトップということにもなる。

 

 二つはアメリカ支部。アメリカ、ロサンゼルスの端に位置するところに拠点を構え、アメリカを中心的に統括している。しかし、本部を持たないカナダなども時によっては管轄としてカウントする場合もある。だが、統括するのはアメリカ合衆国という巨大国家。日本の何倍にもあたる数の討伐者を束ねなければならないため、普段は自国の統括だけで手一杯というのが現状だ。アメリカ支部の中心人物。二つ名は『指揮者コントローラー』。普段から率先して表に出ようとするタイプではないらしく、アメリカ支部の討伐者もその姿を見たものはあまりいないという。

 

 三つはロシア支部。こちらもアメリカ支部同様、ロシア連邦という巨大国家を束ねる中枢機関。これは四つの中枢機関の中でも最も大規模なもので、それというのも、そもそもロシア連邦とは83の連邦構成主体れんぽうこうせいしゅたいと呼ばれる地方行政体から成り立つ国家であり、それだけの大国を一カ所で束ねるとなれば、それこそそれだけの規模に見合ったものが必要になるだろう。ロシア支部は山をまるごと切り抜いた場所に荘厳そうごんそびえ立っている。そして、その巨大機関を束ねるのが、『代弁者スピーカー』と呼ばれる男だ。この男は自国以外のことにはほとんど興味を示さない傾向がある。唯一陸続きのヨーロッパ支部との交流がほとんどないのも、そんな彼の人格が大きく関わっているのだが。


 最後はヨーロッパ支部。これは他の三つとはその形成が多少異なる。ヨーロッパ支部という文字を見れば分かるだろうが、つまり、ヨーロッパ全土を管轄とする討伐者中枢機関なのだ。これはヨーロッパ支部のトップ、『先導者コンダクター』こと、フィアルミ=ロレンツィティという女性の人間性が出たもので、元々はヨーロッパ各国がそれぞれ支部を持っていたのだが、彼女が『先導者コンダクター』の地位に立ったすぐ後に、統括されたという。そして、ヨーロッパ支部には他の三支部にはない特殊組織もあった。これらもフィアルミ=ロレンツィティが発案したもので、ヨーロッパにいるつわものの討伐者を二〇人(二人一組を基本スタンスとする討伐者で言えば一〇組)で形成された組織、一般的に『ヨーロッパ支部弐〇騎士』と呼ばれている。

 しかし、これは『ヨーロッパ人』でなければいけないということはなく、国の違いを人間性の違いとして見ることを嫌う彼女は人種に関わらず、ヨーロッパ支部の人間なら構わずこの組織に入れている。その証拠に、純日本人である篠崎謙介しのざきけんすけ東条要とうじょうかなめのペアも弐〇騎士の一員なのだ。

 だが、厳密に言えば、今現在『ヨーロッパ支部弐〇騎士』は一八人になっている。というのも、一か月ほど前に、弐〇騎士のメンバーであった討伐者、イザイとヴァーグナーは『冥府の使者』と呼ばれる異世界の住人、『魂の傀儡子』に殺されていた。その席は未だに空白で残っている。

 

 この四つの支部が大きく討伐者という一つのカテゴリーを動かすのに重要な役割を果たす。今はなんとか均衡きんこうが保たれている状況で、討伐者は成り立っているが、逆を言えば、この四つがなんらかの理由で均衡を崩すことがあれば異世界の住人との戦い以前に、内部から討伐者は崩壊していくことにもなりかねない。

 しかし、その危険性は案外すぐ近い未来に来ることを理解していた者が若干二名。(もちろん、均衡を崩そうとする当の本人たちは除く)その二名とは、日本総本部を束ねる老人、『総帥』。そしてヨーロッパ支部がトップ『先導者コンダクター』の二つ名を持つフィアルミ=ロレンツィティ。

 彼らにはその事実を知るという共通点があるものの、立場はまるで正反対だ。『総帥』は均衡が崩れることをむしろ推奨すいしょうしている側で、『先導者コンダクター』はそれを阻止しようとする側の人間だ。

 そして、その『均衡』を左右するのに大きく関わってくる小規模組織、そして各人が一名いる。各人の名前は『九鬼くき』。フルネームは明かされていないが、必要な情報はそこではない。彼が現討伐者の最強であること。二つ名は『絶対強者』。ただ最強であるならそれで終わる話だが、彼は『虚無界』側の大規模計画、『世界移転計画ゼロ・フォース』を遂行するために何らかの関与があるのだ。その計画の詳細は分かってはいないが、討伐者側にとってろくなことではないことだけは確かだ。

 さらに、小規模組織の方は『いただき』と呼ばれるものだ。『頂』とは九鬼の思想に賛同した者たちで組まれた組織。人数もその明確な活動内容も明るみには出ていないが、討伐者の中でも最強クラスが集まり、そして、九鬼同様にこの世界にとってマイナスである何かをしようとしていることは分かっている。

 この二つが今まさに、討伐者という世界規模組織の均衡を崩そうとしているのだ。

 それを阻止するため、『先導者コンダクター』、フィアルミ=ロレンツィティは日本に向うことを決定した。

 これは『世界が確実に変化している』ことを明確に指示さししめしている。







 9月6日。日本で起きた『生物研究技術バイオ・テクノロジーの偶発的な暴走』から3日後。しかし、それは一般世間に流した表向きの建前。事実は超大規模術式、『月下通行陣げっかつうこうじん』によるもの。

 そんな大事件は、ここアメリカにも届いていた。

 アメリカ、ロサンゼルスの一角にあるバー。バーと言うにはいささか無理があるのかもしれない。それほどその店は賑わっていた。

 まるでダンスホールのように、天井からミラーボールが吊るされ、店内の置物にはどれにもたくさんの電球が装飾されていて、目がチカチカするほどに店を照らす。

 さらにはあちこちに備え付けられているスピーカーからロックミュージックが流れている。

 そんな賑やかな店内の端の方に置かれたソファ。そこに足組みしながら腰掛ける男が若干一名。その周りには4,5人の遊女をはべらせている。

 他の客も女連れは多いが、これだけの人数を連れているのは彼だけだ。

 身長は190センチほど(座っているため正確には分からないが)で、こげ茶色の髪。女性ならセミロングと言った感じだが、男の彼にとってそれはロン毛だ。そんなロン毛をヘアゴムで後ろで束ねる。そして、赤いファンキーな絵がプリントされたTシャツに、その上から学ランにも似たような服を着ている。ズボンは、その長い足を強調するようなジーンズだ。顔立ちはまさに日本人そのもの。しかし、右目の下に幾何学的な模様の刺青いれずみをしている。

 大人というより、青年と言った感じの男だ。

 両手で金髪ナイスバディのアメリカの姉ちゃんたちを抱き、抱ききれない遊女たちはその周りで青年にフライドポテトなどを口移しで食べさせたりしている。

 (おっと、もうこんな時間か)

 こげ茶ロン毛の青年は銀色の腕時計に目をやると、遊女たちから手を離し立ちあがる。

 「えー! 恭平どっか行くのー?」

 遊女たちが突然立ち上がった青年を捨てられた子イヌのような目で見上げる。それに対して青年はキザなほど決まったウィンクをしながら、

 「ちょっと仕事でね。なーに、すぐに戻ってくるよ!」

 それだけ言って遊女たちに背を向けてバーを出た。

 バーを出ると、繁華街のような表通りに止めてあった赤いスポーツカーに青年は乗り込んだ。

 「さて、『頂』らしい仕事に行きますか!」

 青年はそう言ってキーを差し込みエンジンをかけると勢いよくアクセルを踏み、スポーツカーを走らせる。

 ロサンゼルスと言っても、少し車を走らせただけで繁華街を抜け、一見すれば砂漠と間違えそうな何もない荒野へと出てしまう。

 バーから30分ほどで、赤いスポーツカーは荒野を駆け抜けていた。一見すれば砂漠と言ったが、よく見れば車は舗装ほそうされた道を走っていて、周りこそ荒野だが、そこだけは人工的に造られたものだ。

 とは言っても、ほとんど車など通っていなく、時々業者の大型トラックとすれ違う程度のものだ。

 青年は、スポーツカーの屋根を開け、追い風で髪をなびかせながら、口笛なんかを吹いて運転している。

 すると、突然スポーツカー内にプルルルという電話の呼び出し音が響いた。なぜエンジン音が鳴り響いているのにはっきり聞こえるのかといえば、最近主流になっている、車を運転しながら電話が出来るアレのおかげだろう。詳しく言えば、車に搭載されている電話の電波を受信する機械が、自分の持つ携帯電話のシリアルナンバーを登録することで連動して使うことができるらしい。

 青年は電話本体ではなく、ハンドルの横に取り付けられたスイッチを押して応答する。

 「もしもし?」

 『やっほー!』

 なんとも軽い調子の声が車内のスピーカーから聞こえてきた。

 「どうかしたのか?」

 青年はその声だけで、いや正確には電話の着信と同時にカーナビの画面に映し出された番号を見て相手を把握していた。

 『いや~、今日でしょ? アメリカ支部に例の『データ』を奪いに行くのって』

 「正確には『データ』とそれを閲覧するためのノートパソコンだけどな」

 青年は片手をハンドルから離し、窓の淵に腕を置きながら言った。

 『ははっ! そうだった! しっかし、『絶対強者あのひと』と一緒にそんな大がかりな祭りに参加できるなんて羨ましい限りだよ!』

 「俺としても、『頂』の『絶対勝者おまえ』に来てもらえたら心強かったんだけどな」

 『またまたぁ! 俺が『絶対勝者』なんて呼ばれているのは強いからじゃないんだぜ?』

 「??」

 青年は、電話の声の言っている意味がいまいち理解出来なかったのか無言になる。すると、またスピーカーが振動する。

 『だって考えてもみなよ? 『絶対勝者』ってのは負けを知らないってことだろ? それって逆に言えば『勝てる相手としか戦ったことが無い』ってことになると思うんだけど!

 つまり、自分より格下としか戦わない俺なんかが『強者』を名乗るなんて恐れ多いってもんだろうぜ!』

 「それにしたってお前は十分強いだろうよ。特にお前の武器、『回路コネクト暴走レックレス』。俺もそれが欲しかったもんだよ。何せ無傷で女の死体が手に入るって素晴らしい一品じゃないか!」

 少し興奮気味に声を荒げる青年。それに対して電話の声は弾んだ声で返してくる。

 『なら、お前の持つ『相乗効果セルフ・マイナー』と交換するか?』

 「それもいいかもしれないな。おっ! どうやら見えてきたみたいだぜ。お前風に言えば『祭りの会場』ってやつがよ」

 青年は前を向く。するとさっきまで何もなかった荒野に、一つの大きな建造物が見えてきた。

 『じゃあ、いいお土産話を待っているよ、『003』』

 「そのコードネームで呼ぶの止めろって。俺には東雲恭平しののめきょうへいっていうかっけー名前があんだからよ」

 その言葉を無視して、電話は一方的にプツリと切れた。

 青年、恭平ははあっと呆れたようなため息をつき、そしてすぐに口元を緩めすぐ目の前のバカでかい建物を見上げるようにして見た。

 恭平の目の前にある建物。これこそ討伐者アメリカ支部の中枢機関、通称『道なき城塞じょうさい』。

 建物の大きさだけで言っても東京ドーム数十個分はあるであろうその大規模城塞は、その表面を含め、2008年に偶発的に発見された新素材、自在伸縮性金属エラスティ・メタルで出来ている。これは熱を通さず、弾力性、耐久性、伸縮性さらには硬化性まで兼ね備えたまさに究極の金属。そんな金属で出来あがっている城塞は、優秀な討伐者でさえ傷をつけるだけで精いっぱいというほど頑丈なものだ。さらには、城塞中じょうさいじゅうの壁に細いワイヤーのようなものが蜘蛛いとの糸のようにはりめぐらされていている。しかし、このワイヤーの中にはぎっしりとICチップが埋め込まれていて、これが小型のスーパーコンピュータの役割を果たしている。これが全自動で城塞の素材である自在伸縮性金属エラスティ・メタルに電子信号を送ることで、それらを使った予測不能なトラップを仕掛けてくるわけだ。

 この城塞が『道なき城塞』と呼ばれるにはそれも関係しているが、もう一つ。ここはそれこそ迷路のように複雑な構造をしているため、侵入者はおろか、ここに配属された熟練者ですら完全に施設内を把握することは困難なのだ。つまり、思った通りに動けないことからも『道なき城塞』という名前は来ている。

 「全く、こんだけの施設を作る金があったらお出迎えの美人でも用意しろよって」

 恭平はスポーツカーを城塞から少し離れた場所に止めると、すぐに降りた。

 そして、ジーンズのポケットから煙草たばこを取り出すと、今時珍しいマッチで火を付けてそれを吹かす。すると、

 ボゴォ!

 金属がへこむ音が城塞から聞こえてきた。

 恭平のいるところから城塞までは200メートルほどあるのにも関わらず、それは鮮明に恭平の耳に届く。

 「マジかよ。もう始まってるのか!」

 恭平はどこか楽しげにニヤリと笑うと、そのまま音源である『道なき城塞』へと駈け出した。




 アメリカ支部、『道なき城塞』の中は継続的に続く警報が響いていた。

 「急げ! 侵入者はこの先だ!」

 この城塞に配置されていた討伐者たちが英語でそんなことを言いながら慌ただしく金属で出来た廊下を走っている。

 この城塞は外見だけでなく、内面も全て自在伸縮性金属エラスティ・メタルで出来ている。しかもこれといって装飾もされていないため、銀色一色となんとも味気ないものになっている。

 そんな城塞をそれぞれ武器を持った討伐者たちが、先ほどの大きな音源の元に向う。そしてまた、

 ボゴォ!

 金属が凹む音が聞こえてきた。

 「こっちだ!」

 大勢の中の誰かがそう叫ぶと、皆がそちらへ方向を変え、廊下を曲がり、さらに進み、そしてまた曲がる。

 すると、そこには大勢の討伐者たちが群がっていた。

 「何があった!?」

 駆けつけた討伐者がそう尋ねるも、野次馬のように集まった彼らは無言で、廊下の天井を見上げる。

 「!!!」

 駆けつけた討伐者たちは言葉を失った。

 天井には、いくつものクレーターのようなくぼみがいくつも出来ていた。そしてそのすぐ下には何人かがうつ伏せになる形で転がっていた。

 「たくっ! さっさと『データ』とパソコンを寄こせっつーの!」

 倒れた同志たちの向こう側から苛立ったような声が聞こえてきた。そして、駆けつけた討伐者たちが顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。

 漆黒の髪に、これまた漆黒の贈与の石をチェーンに通して首から下げる青年。格好は薄手だが長袖のシャツ一枚にジーンズといった簡単はファッション。だが、そんな一見すればただの青年から放たれるオーラは異常だった。

 実際に目に見えるわけではない。しかし、その場にいる誰もが感じていた。全身に針を刺されたようにチクチクと痛むその感じを。

 「いい加減にしねーとこの城塞ごとぶっ飛ばすぞ」

 青年は日本語でそんなことを言う。

 討伐者たちはほとんどがアメリカ人。つまり正確に青年が何を言っているのは理解できない。しかし、その雰囲気でなんとなく察していた。

 このままでは自分たちは間違いなく全滅だと。

 そう。彼らは知っていた。今自分たちの目の前にいる男の正体を。

 それが現討伐者最強の男であると。

 『絶対強者』の二つ名を持つ者だと。

 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 突然、討伐者の一人が雄たけびを上げた。そして、自分の持つ武器、簡易的な槍を構えて青年に突っ込んだ。

 後ろで仲間たちが何かを叫ぶが、もう彼には理性というものがなかった。あまりの恐怖からそんなものは壊されてしまっていた。

 「うっせえよ」

 青年はつまらなそうに吐き捨てると、片手を前に突き出した。

 「ザコはとっとと退場しろ」

 その一言を合図にしたように、突然突き出した掌から黒い何かが飛び出した。それは球体で、大きさはハンドボール程のもの。

 それは勢いよく理性を失った討伐者へと向かう。

 「ぐがっ!」

 それを腹部に直撃した討伐者はまるで人形のように軽々しく宙を飛んだ。さらにそのまま集まった討伐者たちに激突し、その場で一気に何人も崩れ落ちた。

 「いい加減、『データ』を寄こせよ。お前らだってここを潰されたくはないんだろうがよ。ああ!?」

 青年が叫ぶように言うと、残った討伐者たちも威嚇されたようにじりじりと少しずつ後ずさりしていく。しかし、絶対に彼に背を向けず、自分の身体の前で各々の武器を構えながら。

 「はあ、言葉が通じないってのも不便なもんだな。仕方ねーよな、仕方ねーからこの城塞をふっ飛ばすことにするか」

 青年は退屈そうに言うと、首をゴキゴキと鳴らし、ふっと身体から力を抜く。そして、口を開くと、聞こえてきたのはまるで呟くような小さな声。

 「覚醒エンゲージ……」

 ビュゴォオオ!

 青年が呟くと同時、その場に勢いよく風の渦が巻き起こった。そしてそれは青年を取り囲むように回転し、しかし、その風を受けて、討伐者たちは無理矢理後ろへと押されて行く。

 「なんだっ!?」

 討伐者たちの中に動揺が生まれる。

 そして、風が治まり討伐者たちが再び青年に視線をやると、そこには――


 「ふう。手間かけさせるんじゃねーよ」

 

 先ほどの青年が立っている。という事実を認識するまで数秒かかった。

 なぜなら、今彼らの目の前にいるのは服装こそ先ほどの青年と同じだが、黒髪ではなく、まるで外国人のような金髪で、瞳もみどりになっていたからだ。しかし、彼は紛れもない『絶対強者』だった。

 「俺がこの姿になったからにはお前らもう生きては帰れないぜ?」

 その言葉に討伐者たちの中にさらなる不安が一気に込み上げてきた。そして、

 「やっ! やってしまえ!」

 一人のその言葉を合図に、大勢の討伐者たちは一斉に『絶対強者』へと矛先を向けた。遠距離武器もあれば近距離武器もある。しかし、それらは全て、例外なく彼へと向く。

 しかし、彼は全く面倒だというような表情のまま、特に慌てたりもしない。

 ドンッ! ドンッ!

 重々しい銃声が金属製の廊下に響く。

 遠距離武器を持った討伐者たちが放ったものだ。その銃弾は8ミリ口径ほどのものだが、どれも銃弾の表面を石の力を得て光でコーティングされている。恐らく殺傷能力を高めるものだろう。

 そんな銃弾が無数、青年と向う。

 そして、

 シュッ!

 消えた。

 小さな風を斬るような音だけが残り、無数の銃弾は一瞬のうちにして全てその場から消えたのだ。

 撃ち落とされわけではない。破壊されたわけではない。弾かれたわけではない。

 比喩ひゆではなく、本当に消えたのだ。

 討伐者たちは怪訝けげんそうな表情を浮かべる。そして青年を見るが、彼が何かをしたようにも見えない。それどころか、指一本だって動かしてはいなかった。それなのに、彼を殺すために飛んだ銃弾は一発残らず消されてしまったのだ。

 「ひ、ひるむな!!」

 そして、次は近距離武器を持った討伐者たちがおお! と大声を張り上げながら突っ込んだ。

 大き目の剣をもった一人が一番最初に青年との距離を詰め、それを振り下ろした。しかし、

 シュッ!

 振るった時にはすでに討伐者の手からは剣の重みが消えてきた。

 「!?」

 討伐者はすぐさま自分の手元に視線をやる。が、そこには自分の持っていた剣の姿などなかった。

 「失せろ」

 次の瞬間。青年の掌から放たれた黒い球体は目の前まで迫っていた。そして、

 ドゴッ! 

 それは討伐者の顔面に直撃した。顔面が粉々に砕けたのではないかと思えるほどの激痛が一瞬にして広がり、そのまま重力を無視したように平行に飛んでいく。ともすれば、後ろから突っ込んできた討伐者軍団にまるで大砲のように直撃し、その場で爆発のように人々が散った。

 (馬鹿な!)

 遠距離武器を持った後方支援の討伐者たちは一同にそう思った。それは今の一部始終を見たからだ。

 先頭に立って突っ込んだ男の剣はまるで煙のように一瞬にして消えた。それは先ほどの銃弾と一緒だ。そして、消えた剣が近くに転がっている様子もない。文字通り抹消されたのだろう。

 しかし、青年は例のごとく、それまで身体を動かしてはいない。

 今の一撃で、近距離特攻部隊はほとんど壊滅状態になってしまった。残りは巻き添えを運よく避けた中距離武器を持った者と、先ほど自分たちの攻撃を消されてしまった遠距離攻撃武器を持った者しか残っていない。人数にして30人ほど。

 勝てるはずがない。

 それだけが30人の頭によぎる。

 「時間もあまりないんでね。もう面倒な作業は終わりだ」

 青年はそう言って、片腕を前に突き出す。同時に30人ほどの討伐者たちも意味もなく身構える。

 そしてあっという間に青年の掌の前に黒いハンドボールほどの大きさの球体が形成されていく。

 「死ね」

 黒い球体は青年の掌から離れ、討伐者たちへと向かう。

 そして、

 ドゴォオオオ!

 狭い金属性の廊下で爆発が起きる。

 「…………」

 青年はその爆発したところをじっと見据えた。何か気に喰わないような顔で。

 そう。今青年が放った攻撃ではここまで爆発が起きたりはしない。例えば『外部から別の力を加えない』限りは。

 つまり、これだけの爆発が起きた理由は一つ。

 何らかの力を持って対抗されたというわけだ。

 「これ以上、好き勝手をしてくれるなよ? 九鬼」

 爆煙の中から野太い声が聞こえてきた。日本語だ。

 そして、爆煙を払うかのように、その声の主はブオン! とその手に持つ大剣で風を斬る。

 現れたのは、その筋肉質な身体に密着するよなピチピチのウェアのようなシャツに、これまたピチピチのジャージのようなズボンに身を包む、身長2メートル以上の巨漢だった。そして、手にはその身長よりさらに大きいアメリカの騎士が持つような剣がある。柄の部分には滑り止め用に黒い布が巻かれていて、その大きな刀身は上下共に鋭利な刃となっていた。

 「ああ? んだぁテメーはよぉ!」

 苛立ちを露わに、九鬼はそんなことを言う。しかし、男の方は気にした様子もなく、野太い声で、淡々とそれに答える。

 「ルヴェルティ=ピラー、お前さんほどではないが、そこそこ名の通った討伐者だと思っていたがな。この『道なき城塞』の兵として配置されている」

 「まあ、テメーが誰だろうと関係はないんだけどな」

 その次の瞬間、ピラーは間髪いれずに、2メートル以上もある大剣をブオン! と空を斬るように振り切った。

 すると、刀身から放たれた巨大な斬撃は光を発するように輝き、一直線に九鬼へと向かっていく。

 「!?」

 しかし、ピラーはすぐにその違和感を感じた。

 九鬼が動こうとしないのだ。ただ勝ち誇ったように唇を釣り上げ、迫りくる巨大な斬撃を見据えているだけ。

 シュッ!

 まただ。

 小さな音と共に、ピラーが放った斬撃は消えて無くなった。

 「なんだ、と」

 「不可侵領域」

 驚きを隠せないピラーに対して、ただ一言、九鬼はそれだけを言い放った。

 「なんだそれは……」

 当然、ピラーが理解できるはずもない。だが、状況は分かる。危機的状況だということは。

 (くそっ! 指揮者コントローラー不在に限ってこんな奴が来るとはっ)

 ピラーは忌々しそうに歯ぎしりする。

 「言っておくが、テメーの攻撃は俺にはとどかねえ」

 「ッ!?」

 九鬼のその一言にピラーは言葉を失った。それがハッタリでないことは重々承知している。その証拠に、これまでの攻撃は全て意味不明に消されている。

 「不可侵領域、俺の周り半径5メートル内のことを指すんだけどよ、つまり文字通りその中は絶対不可侵」

 「どういう意味だ……」

 「そのままの意味だと思うけどな。つまり、俺が認識し、その上で不可侵と定めた物はその領域内に入ることで『無かった物』にされちまうわけよ。言ってみれば不可侵領域は俺がルールとなれる、俺だけの世界ってわけだ」

 ピラーはその言葉に目を剥く。だが、数秒の後、後ろに首だけを向けて、壊滅状態の討伐者たちになにやらジェスチャーで指示を与えると、彼らは駆け足でその場を立ち去った。

 「ああ? 部下だけは逃がして自分は犠牲になろうってか?」

 その様子を愉快そうに見ていた九鬼。しかし、ピラーは再び九鬼に向き直り、額から流れる汗を垂らしながら、それでも唇を吊り上げた。

 「生憎あいにく、自己犠牲の信念は持ち合わせていない」

 そして、ピラーは上段に大剣を構える。布地に巻かれた柄を握る手に力を込め、

 ビュゴォ!

 それを思いっきり横薙よこなぎに振り切った。途端、さっきよりも一回り大きな三日月状の斬撃が勢いよく廊下を駆け抜ける。

 「無駄だって言ったろ」

 九鬼との距離を5メートル程に縮めた瞬間、斬撃は煙のように消えた。正確に言えばその領域内でその攻撃は『無かった物』として扱われたわけだが。

 「無駄かどうかは俺が決める」

 しかし、自分の攻撃を消されたにも関わらず、ピラーはどこか冷静さを保っていた。

 「ああ? 何を言って――」

 九鬼の言葉はそこで遮られた。代わりに九鬼は自分の頭上を見上げる。

 「!!」

 次の瞬間、天井の金属が瞬間的に氷柱つららのように円錐型に変わり、そして槍のように真下にいる九鬼に襲いかかる。

 これがこの城塞の特徴。自在伸縮性金属エラスティ・メタルを使った『道なき城塞』だからこそ成し得る、予測不能のトラップの一つ。

 だが、そんなトラップも一瞬にして消えた。それまで金属があった天井部分は穴が空き、その下に張り巡らされたワイヤーのような小型コンピュータが剥き出しになっている。

 「くそっ!」

 ピラーは吐き捨てる。

 九鬼はニヤリと笑って口を開く。

 「俺の不可侵領域は平面上だけだとでも思ったのか? 上下左右、それこそ全ての方向からの攻撃に対応してるっつーの。部下を避難させたのがこの駄策ださくのためだったなんて言うものなら、オメーの命はここまでだな」

 





 『道なき城塞』の別フロア。と言っても、そこも九鬼がいるところと同じ、味気ない四方が銀色の金属で覆われた廊下が続いている。所々に同じ銀色の鉄扉があるが、何せ一色しかないものだから分かりにくいと言ったらない。

 そんな廊下の角で、恭平は座りこんでいた。いや、ただ座っているのではないが。

 胡坐あぐらをかきながら、足の上にノートパソコンを広げている。そして、ノートパソコンからUSBケーブルを繋げ、その先には5本に分かれたケーブルの先にそれぞれ電極が取り付けられていた。

 ドゴッ!

 上のフロアから金属が凹む鈍い音が聞こえてきた。

 「ん? 賑やかだねー」

 恭平はカタカタとキーボードを叩きながらそんなことを呟く。

 電極は等間隔に金属製の壁に貼られている。そしてパソコンの画面には何やら建物の設計図らしきものが映し出されていた。

 「『絶対強者あのひと』は『データ』がどこにあるかまでは知らないだろうし、これは俺の仕事だよな」

 スムーズな手さばきでキーボードを叩き、次々と画面上に現れる小さなウィンドウに目を通して行く。どれもこれも、巨大な建造物を区分したものの設計図のようで、それを細かいところまで見逃すまいと恭平は神経を集中させる。

 具体的に恭平が何をしているかと言えば、簡単に言えば『道なき城塞』の内部を調べている。それも、極めて最小限の労力で。

 「目には目を。ハイテクにはハイテクをってね」

 そもそも、この『道なき城塞』はその全てが自在伸縮性金属エラスティ・メタルで出来ていて、その内側にはワイヤー状の小型コンピュータが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。実を言えばこれは討伐者側が保持する『人間型兵器ヒューマノイド・アームズ』に使用されているのとほぼ同じ原理で、そのワイヤー状のコンピュータは『全自動制御型装甲オートマチック・ユニット』と呼ばれる物なのだ。これがあれば、わざわざ人間が指示を送らずとも自動的に自在伸縮性金属エラスティ・メタルを制御することができるのだ。

 さて、これが何を意味するのか。恭平はそれをすぐさま感じた。

 ワイヤーが城塞を張り廻っているのであれば、当然、それを辿ることが出来れば城塞の内部を大まかではあるが把握することが出来る。

 そして、ノートパソコンから伸びる電極は、ワイヤーを流れる電極を感知し、大まかではなく、細かな構造、そして各部屋の状況までも把握してしまうのだ。

 先ほどから画面に映し出される設計図はそうして電極から得た情報を高速を処理して、それを図面化しているのだ。

 「しっかし、この城塞はどんだけでかいんだよ」

 恭平は一瞬、画面から目を離し、ふうっと息を吐く。

 目が疲れないわけもない。次々と出てくる設計図を端から端まで、それこそ一瞬のうちで目を通し続けなければいけない。比較的、こういう作業に慣れている彼でも、さすがにこれだけの情報を得るのはそうそうないのかもしれない。

 ガコンッ!

 今度は先ほどより大きな音が上から鳴り響く。

 そう言えば、恭平のいるフロアにはさっきから配置された討伐者が見当たらない。廊下の一番端にいることも関係しているのかもしれないが、これだけ怪しいことをしていれば、一人くらいに見つかってもいいはずだ。

 だが、恭平はその理由も知っていた。それは今聞こえてきた音に原因がある。つまり『絶対強者』が暴れているからだ。

 『道なき城塞』に配置されている討伐者たちはほとんどがそちらに動員されているだろう。何せ現討伐者最強が相手なのだ。人数が足りないことはあっても、多すぎるなどということはあり得ない。

 「だがま、暴れ過ぎてワイヤーをぶった切る、なんてことは勘弁してほしいものだけど」

 恭平は軽い調子でそんなことを言う。

 実際そんなことになったら、正直彼としても困るわけだが。

 建物の内部を知るためにワイヤーを使っているともなれば、それが切断された時点で正確な情報を得ることは極めて困難になる。

 しかし、九鬼は彼がここにいて、『データ』の情報を集めているなどとは知らない。だからこそ、恭平が危惧するそれは十分にあり得ることでもあった。

 「ん?」

 ふと、キーボードを叩く恭平の手が止まった。そして、無線のマウスをカチカチとクリックして、数秒前に画面に映し出されたウィンドウを最前面に持ってくる。

 そして、どこかの部屋の見取り図のようなそれをマジマジと見ると、肩の力を抜き、唇を吊り上げた。

 「ビンゴ!」

 そして、恭平のその言葉とほぼ同時。

 すぐ後ろから足音が聞こえた。

 「誰だ!?」

 そして、足音が止むとそんな感じの英語が恭平の耳に届く。

 「んー?」

 恭平はのんびりと首を後ろに向ける。すると、二人の討伐者が自分に武器の矛先を向けていた。

 槍と剣。

 その両方の切先は完全に恭平を捉えていた。距離にして50センチほど。

 いつでも彼を刺し殺せそうなところまで来ている。しかし、恭平は動じない。

 「貴様、日本人か!」

 逆に、動揺したように声が上ずったのは剣を突き付けた討伐者の方だった。恭平を見てそう確信したのか、言語は日本語に変わっている。

 「ども! 修理屋でーす」

 恭平はふざけた調子で言うも、討伐者たちは矛先を引っ込めようとはしない。恭平もそれが分かったのか肩をすくめ、ノートパソコンをパタンと閉じると、それを床に置いてゆっくりと立ち上がる。

 討伐者たちは恭平のそんな動きを、矛先でしっかり追う。

 「素直に見逃してはくれないみたいだね」

 「「!?」」

 いつの間にか恭平の手には大きな金槌が握られていた。全長2メートル以上もあるそれは、先端部分にまるで大砲のような円柱が横に取り付けられている。どう見ても数百キロはあるだろう。

 しかし、それは本当にいつの間にかだった。恭平が立ちあがる時にはそんなものは握られていなかったのだから。

 その柄の部分は金属光沢で光輝き、神々しさを放っている。

 そして金槌の本体である円柱部分も、漆黒に塗りつぶされ、そして、柄と円錐の先にはナイフのような刃が取り付けられてもいた。

 「さて、ここでクエスチョンタイム!」

 「「??」」

 恭平のその言葉に、討伐者たちは不信感を抱く。しかし恭平はそれを気にすることなく、楽しげに口を開く。

 「ちなみに、この問題が出来たら間違いなくノーベル賞物だぜ?」

 討伐者たちはごくりと唾を飲み込む。しかし、構える武器を決して恭平からは離さない。

 「では、問題! 1+1は何?」

 「「……」」

 討伐者たちは怪訝けげんそうな表情を浮かべ、お互いに顔を見合わせて明らかに困惑していた。

 恭平の言葉の意味が分からないわけでもない。しかし、一瞬、自分の中で出した答えに疑念を抱いたのだ。だからこそ、答えることが出来なかった。

 その様子を見た恭平はププッと笑うと、再び口を開いた。

 「答えは………………『2』!」

 「「……ッ!!」」

 討伐者たちは顔を赤くして、言葉を失った。それもそうだろう。こんな簡単な問題に答えることが出来なかったのだ。

 「そう自分を卑下ひげすることもないよ。答えられなかったのは仕方ないことだからっ。でも、面白いと思うだろ? どんな馬鹿な子供でも答えられる問題で大人をひっかけられるんだから。『ノーベル賞もの』という言葉が勝手にこのクソ簡単な問題を難しい、つまりマイナーな答えへと誘導してしまう。それはお前らの中に『ノーベル賞を取るのはとてつもなく難しいこと』という概念があるからだ。だからこそ、1+1なんてバカみたいな問題でもすぐに答えることが出来ないんだろ? これが出来たら『ノーベル賞もの』なんて嘘っぱちな情報に踊らされて」

 討伐者二人は黙り込んで恭平の話を聞いていた。

 そして、恭平は金槌の尻部分をコツンと床に叩きつけ、口を再び開く。

 「俺の武器はその原理を応用したものでね。名前は『相乗効果セルフ・マイナー』っつーんだけど。まあ見せたほうが早いかな」

 恭平はちらりと自分の横にある壁を一瞥いちべつする。

 (まあ、必要な情報は得たし、壊しても問題ねーか)

 討伐者たちはぐっと武器を握る手に力を込め、恭平へと意識を集中させる。

 「イッツショータイム!」

 それだけ言うと、2メートル程の巨大な武器、『相乗効果セルフ・マイナー』を横薙ぎに振るう。そして、

 ドッ!

 と鈍い音を立てて金属製の壁にぶつかる。しかし、問題はその後に起きた。

 直後に、ボゴォ! という轟音と共に、城塞の壁は一瞬のうちにして粉々に散った。

 壁の下に張り巡らされているワイヤー状のコンピュータももろともだ。

 「「……ッ!」」

 討伐者二人は何が起きたのか理解できない、といった感じで立ちつくした。

 恭平は決して思いっきり金槌を振るったわけではない。それこそ、軽くバッドを素振りしたような感じだ。そんな程度で、新素材、『自在伸縮性金属エラスティ・メタル』で出来た脅威の硬度を誇る壁が壊れるはずがない。討伐者二人はそう思っていた。

 しかし、

 今目の前で、その壊れるはずのない壁があっさりと粉々に砕けてしまった。

 「これが『相乗効果セルフ・マイナー』。さっきの問題と一緒さっ! コイツで放たれる攻撃はマイナー方面へと向かうって寸法よ」

 つまり、こういうことだ。

 本来なら、いくら巨大と言っても、素振り程度で金槌をぶつけたところで傷が付くか、少し凹みが出来る程度だろう。これが『メジャー』な結果。

 そして、誰もが考えもしない『マイナー』な考え。それが素振り程度の力で驚異的な高度を誇る金属の壁を粉砕するという結果。

 そう、言ってみれば『相乗効果セルフ・マイナー』の放つ一撃とは常に『マイナー』として影響を及ぼすというものだ。

 軽い力で振るえば、それからは考えられない威力を発揮する。渾身こんしんの力を込めて振るえば、それとは反対に微弱な力しか発揮できない。良くも悪くも常に『マイナー』に力が作用する。

 「相手の武器は関係ないっ! 速やかに排除するぞ!」

 二人のうちの一人が叫ぶと、もう一人も雄たけびをあげて槍を構え、恭平との距離を詰める。

 二人とも今目の当たりにした『相乗効果セルフ・マイナー』の力に恐れないはずもない。ガタガタと震える足を無理矢理動かし、少しぎこちない動きで、それでも止まることなく恭平との距離を確実に詰める。

 「熱血はあまり見ていて気持ちのいいものじゃないな。俺はこれでも頭脳派でね。スマートなスタイルが好きなんだ」

 恭平はコツンと軽く金槌で床を叩く。すると、

 ドドドドドドッ!!

 金属で出来あがった床がまるで下から火山でも爆発したかのように勢いよく壊されて行く。

 「バカなっ!!」

 二人の討伐者は慌てて足を止めるが、遅い。

 あっという間に爆発に巻き込まれてしまい、そのまま下のフロアへと落下していく。その少し後からすでに鳴っている警報に被さるように新しい警報が『道なき城塞』に鳴り響く。

 「はあ、こういうのもあまり好きじゃないんだけど。全く、だから『回路コネクト暴走レックレス』の方が良かったっつーの」

 恭平はため息をつくと、床に置いてあったパソコンを拾い上げる。USBケーブルは無理矢理引き抜いて、穴が空いた床から下のフロアに投げ捨てた。

 「さてと、急いで『絶対強者あのひと』のところに報告に行くとしますかね」




 ドゴッ!

 金属が抉られる鈍い音が響いた。それは恭平のいたフロアの2つ上。

 『道なき城塞』に配置されている討伐者、ルヴェルティ=ピラーと『絶対強者』の二つ名を持つ最強、九鬼が激闘を繰り広げていた。

 「おらおらおらぁ! 防御だけじゃいつまでも勝てないぜ!!」

 九鬼は掌から次々と黒いハンドボールほどの大きさの球体を生み出し、それをピラーに向って投げつける。

 ピラーがそれを避ける度に、ドゴッ! という音をたてて、それは硬化性に優れた金属の壁やら床やら天井にくぼみを作っていく。

 本来なら、それだけで床や壁なんかは木端微塵になるのだろうが、さすがは新素材、自在伸縮性金属エラスティ・メタルといったところだろう。

 「くそっ!」

 ピラーと言えば、九鬼に近づくことさえ出来ず、ただ迫りくる攻撃を大剣で弾くくらいしかできない。それも軽々というわけにはいかず、黒い球体がぶつかるたびに手には感覚が鈍くなりそうな振動が伝わり、何ども剣を放しそうになるが、ピラーはそれをギリギリのところで耐える。

 近づけないというのは、これまた九鬼の力、『不可侵領域』のせいである。ピラーは詳しいことは分からないが、とりあえず今知っている情報だけで分かることは、九鬼の周り、それこそ全方角から半径5メートル以内に入った、それでいて九鬼が認識したものを『無かったもの』に出来るということだ。

 これは、ある種の九鬼だけの世界といっても過言ではないだろう。分かりやすく言えば、半径5メートル以内は九鬼が完全制圧している空間で、例えばその中に剣が放り込まれたとする。しかしそれを九鬼が『無いもの』として認識すれば、その中に放り込まれた剣は消失してしまうのだ。

 厳密に言えば、剣が存在していなかったことになるわけだから、その中で剣が存在することが出来ないのだが。

 ピラーがその巨大な大剣の本来の戦闘スタイルである接近戦を避けているのはそういうわけで、中距離型の斬撃も『不可侵領域』の前では意味を為さない為、こうも一方的な戦いになっている。

 (このままではこちらが押し負けるのも時間の問題っ! しかし、斬撃すら届かない、城塞のトラップも効かないなんて、どうしたらいい!?)

 ピラーは間髪いれずに迫りくる黒い攻撃をその大きな刀身で薙ぎ払いながら思考を巡らせる。だが、当然解決策など浮かんでこない。

 (少々荒っぽいし、『指揮者コントローラー』に小言を言われること間違いなしだが、『データ』をみすみす奪われるよりは幾分ましか……)

 ゴギガッ!

 黒い攻撃がピラーの両手に握られた大剣の刀身と鍔競つばせり合った。

 火花を散らし、少し後にドゴォ! と小規模な爆発を起こした。

 ピラーは爆煙の中からバックステップで脱出する。

 九鬼とピラーの間に煙幕があり、お互いの姿は見えない。だが、ピラーは構わず、ブオンッ! と風を斬るように大剣を構えなおし、さらにそれを握る手にありったけの力を込める。

 (これなら、攻撃を認識することも出来まい!)

 ピラーは確信とはいかないまでも、どこか期待を持って大剣を豪快に横薙ぎに振るった。

 ビュゴォオ!

 先ほどまでの鈍い音ではない。

 飛行機が離陸するときに発するエンジン音のような轟音が金属製の通路に響き渡る。

 そして、光を放つ光源体のような三日月型の斬撃が煙幕を振り払い、そのまま反対側に立つ九鬼へと向かっていく。

 確かに、ピラーの思惑通り、九鬼がその攻撃を認識するまでに明らかな遅れが生じた。が、結果は、

 シュッ!

 渾身こんしんの力で放たれた斬撃は、今までと同じように煙のように消されてしまった。

 「甘ぇよ! そんな小細工が通用するとでも思ってんのか? こんな煙幕を使ったところで、それが逆に斬撃が生む空気の渦を読みやすくなる。つまり、それだけあればどのタイミングで『不可侵領域』に入ってくるかなんて分かっちまうんだよ」

 ピラーは忌々しそう舌打ちする。

 正直、万策尽きていた。

 予測不可能な『道なき城塞』のトラップも数種類試したが、そのどれもが『不可侵領域』によって『無かったもの』にされてしまう。

 それにピラー自身の攻撃では傷どころか、九鬼を動かすことすら出来ない。

 (だが、コイツに例の『データ』を奪われるわけにはっ)

 再びピラーが大剣を握る手に力を込めた瞬間。金属製の通路に幾つもの足音が響いた。それらは次第にピラーと九鬼のいるところまで近づいてくる。

 そして、

 「大丈夫ですか!?」

 英語でそんなようなニュアンスの言葉が飛び交った。その言葉は全て、最強の敵と怠慢たいまんを張るピラーに向けられたものだ。

 「お前達っ!」

 すぐに、声だけでなく、大勢の討伐者たちがピラーの後ろから現れた。その面々は、先ほど九鬼と対峙した者もいれば、九鬼とは初対面となる者と様々だ。数にして60人ほどだ。

 各々が特徴的な武器を手に持ち、九鬼を肉眼で確認すると、警戒心を一気に高めて武器の矛先を九鬼一点に集める。

 「何故戻ってきた!?」

 ピラーが吠える。

 それに答えたのは先ほど九鬼と対峙して、手も足も出なかった討伐者の一人。

 「私たちがここ配置されたのは、最強から背を向けるためでも、自分より強い上司に戦場を任せるためでもありませんっ! あなたと共に、ここを守るためにいるのです! 私たちでは敵わないなんてことは百も承知です! しかし、何もせずに逃げ出すだけなんて、そんな無様な生き様を選べるほど落ちぶれるのはごめんですよっ!」

 討伐者のその言葉に、他の討伐者たちも頷く。

 その瞳には不安が見られる。だが、それ以上に自分より遥か上の存在と戦うための覚悟が見られた。

 だからこそ、ピラーは何も言わずに、ただ武器を握る手にさらに力を込めて、九鬼に向き直った。

 「ザコがごろごろと!! 目障りなんだよっ!」

 九鬼は集まってきた討伐者たちをつまらなさそうに睨みつけ、両手を前に突き出す。

 ヒュウウウ!

 隙間風のような音と共に、九鬼の両手の前に、ハンドボールより一回り、いや、さらに大きな黒い球体が構成されていく。

 「かかれぇ!」

 ピラーの声が一斉攻撃の合図となった。

 銃やボウガンなど中、遠距離武器を持った討伐者たちは迷わず、その銃弾または矢を九鬼に向って放つ。

 剣などの近距離武器を持った討伐者たちは石の力を借りて斬撃を放ったり、鈍器を武器とする者は金属の床を振動させ、まるで自身のような揺れを九鬼に向かわせる。

 「はあ、くだらねえ!」

 九鬼は直径1メートルほどの黒い球体をそのまま金属の床に叩きつけた。すると、

 バコォオオオ!!

 耳をつんざくような轟音と共に、黒い球体はあっと言う間に床を粉々に粉砕し、しかし、黒い球体は落下することなく、その場に浮遊している。

 かと思えば、次は床をメリメリと粉砕しながら、討伐者たちの方へと一直線に迫りくる。

 討伐者たちが放つ、それこそ多種多様な攻撃は例外なく黒い球体に弾かれ、あるいは消滅させられてしまう。

 「!!? マズイ! 逃げ――」

 咄嗟とっさにピラーが叫ぶも、それは途中で遮られてしまう。

 ドッ!! という轟音にかき消されたのだ。

 そして、金属の通路に轟音と、60人の討伐者たちの悲鳴が響いた。

 まるでボーリングのピンのように弾かれる討伐者たち。そして、少しの間空を飛ぶと、ドスンッ! という鈍い音をたてて次々と金属に床に叩きつけられる。

 「ほお、今ので立っていられるとは」

 九鬼は感心するようにそんな言葉を漏らす。

 その視線の先には、バタバタと倒れ込む討伐者たちの中で唯一、大剣を自分の目の前で床に突き刺し、まるで盾のようにして少しでも攻撃の余波を防いで立っているピラーがいた。

 立っているというよりは、大剣に体重を乗せてもたれかかっていると言う方が正しいのかもしれない。

 大剣の刀身からはシュウウ! と湯気のように白い気体が出ていた。

 (この人数を、一瞬で……)

 ピラーはゆっくりと床に突き刺さった大剣を引き抜きながら、自分の周りに転がる討伐者たちを見る。

 完全に意識を失っている者もいれば、意識を失うことが出来ず、全身に走る激痛に悶える者もいる。どちらにしても見ていて気持ちのいいものではない。

 そして、震える唇をゆっくりと動かした。

 「何パーセントだ……? 一体、何パーセントの力を出している」

 九鬼はハンッと鼻で笑うと、迷うことなく即答した。

「0.5パーセントだ」

「……ッ!!」

 ピラーは言葉を失った。

 それは、恐らく九鬼の言ったその数値はハッタリではないことを薄々感じていたからだ。

 現に、自分の周りに転がる討伐者たちは重傷を負っているものの、所詮はその程度だ。しかし、今目の前にいるのは討伐者の中での最強の男。そんな男を目の前に死者が一人も出ていない方が不自然なのだ。

 「絶望したか? いや、絶望なら俺の相手を買って出たときからもうあったか」

 九鬼はニヤリとほくそ笑むと、ピラーは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 「絶、望は、しないっ! この、命はまだ、ある!」

 「!?」

 今にも掻き消えそうな声はピラーの背後から聞こえてきた。ピラーはバッと声の方へ振り返り、九鬼は怪訝そうな表情で声の主を見る。

 声の主は床に転がっていた討伐者の一人だ。腹部に金属の破片が刺さって血が滲み出ている。

 その討伐者は棍棒こんぼうを手に、それを杖のように使ってむくりと起き上がる。しかし、その足は震えていて、まともに立つこともままならない。

 「無理をするなっ!」

 ピラーが叫ぶ。しかし、ボロボロの討伐者は無理矢理笑顔を作って見せて、棍棒をゆっくりと床から離すと、それを自分の身体の前に構える。

 「心配、は無用です! 討伐者に、なったときから……覚悟は出来ています!」

 討伐者のその言葉に、他の倒れていた討伐者たちも次々と起き上がる。皆無事ではない。先ほどの九鬼の一撃を受けて、あるいはその一撃による金属の破損の流れ弾を受けてあちこちから血が滲み出ている。

 しかし、彼らのどの表情にも、弱気さは見えなかった。

 立ちあがるだけで血が吹き出る。だが、歯を食いしばり、その痛みに耐えながら再び各々の武器を構えなおす。

 「お前達……」

 ピラーはポツリとそれだけを呟いた。

 それだけで、彼らを止めることはしなかった。いや、出来なかった。彼らの覚悟、それは討伐者としての確固かっこたるもの。それを無碍に踏みにじるなど、出来るはずもない。

 当然、この人数でも九鬼に勝てるとは思えない。

 それでも立ちあがる彼ら。

 やるべきことは一つしかない。

 「何としても、『データ』を守り抜くぞ!」

 ピラーのその一言に、討伐者たちはグッと武器を握る手に力を込めた。

 そして、その様子を見ていた九鬼が滑稽こっけいに笑って、口を開いた。

 「命があるから絶望はしないだぁ? なら、今すぐ絶望させてやるよ! そのチンケな命を奪ってなぁ!!」

 言葉と同時、九鬼は跳んだ。

 通路の天井すれすれまでジャンプすると、そのまま下に武器を構えている、ピラーを始め60人ほどの討伐者に向けて掌を突きだす。

 ドンッ!

 まるで大砲を放ったような轟音が通路に響き渡った。

 それは遠距離武器を持った討伐者たちが一斉に空中に放り出された九鬼に向って攻撃を仕掛けた音だった。


 ドゴオゥ! という音が空中で炸裂し、九鬼はあっと言う間に煙に姿を包み込まれてしまった。

 

 しかし、次の瞬間。

 空中を舞う煙が一気に弾き飛ばされ、代わりに宙に浮かんでいたのは黒い球体。それも人が2,3人入りそうな巨大なものだった。

 「吸収球体アブス・スフィア

 九鬼の声が、球体の中からエコーのように反響して聞こえてきた。そして、

 フュー、という静かな音と共に、黒い球体は消え、代わりに無傷の九鬼が宙を飛んでいた。

 (ちっ! 全ての攻撃による衝撃を完全に吸収されたかっ!)

 ピラーは忌々しそうに舌打ちする。だが、すぐに九鬼を視界にとらえると、再び大剣を身体の前に構える。

 「殺す!」

 九鬼は殺意に満ちた笑みを浮かべ、自由落下しながら、今度は両手から直径1メートル程、しかし、先ほどとは違い、黒い渦が勢いよく黒い球体の周りに渦巻いていた。

 「防御システムを起動させろっ!」

 ピラーが叫ぶ。

 すると、九鬼とピラーたちの間に、突然金属の板が防火シャッターのように、上と下から飛び出してきた。

 これも、『道なき城塞』のトラップの一つだ。

 先ほど九鬼の攻撃で抉られた床は一瞬のうちにして、他の場所の金属を薄く伸ばし、応急処置と言う程度だが、しっかりと足場が作られている。この防火シャッターのような金属の板は全自動制御型装甲オートマチック・ユニットによる、自在伸縮性金属エラスティ・メタルを制御したことによって生み出された壁なのだ。

 上から作り出された壁と、下から作り出された壁がガタンッ! と合わさり、九鬼とピラーたちの間に完全に隔絶された通路が出来あがった。

 しかし、直後、

 ボゴオォ!

 という鈍い音が響き、同時に通路を隔絶する金属製の板に突起とっきが出来あがった。

 そして、止めにはバコォ! という轟音と共に壁は大破した。

 「!!」

 ピラーを始め、『道なき城塞』に配置された討伐者たちはその爆発によって起こされた突風やら、飛んでくる金属の破片やらを武器で弾く。

 続いてドガッ! という音が響き、金属製の板は床に倒された。そして、その先から、九鬼が首の関節を鳴らしながら、退屈そうに口を開いた。

 「ここには『データ』があるから器用に手加減してやってんだ。これだけ力を抑えるのだってそう楽なことでもねーんだから、余計なことしてくれんなよ」

 硬化性に優れた自在伸縮性金属エラスティ・メタルの防御壁も呆気なく崩され、ピラーは額から嫌な汗を垂らした。

 (この化け物がっ! これだけの人数でも傷一つ付けることさえ許さない、圧倒的な力……しかし、ここで引いたところでどうなるものでもない、か)

 ピラーは自分より少し後ろで陣を構える討伐者たちを一瞥する。

 彼らもまた動揺の色を隠し切れていない。しかし、そこから逃げ出すものは誰一人としておらず、皆がまだ、九鬼に向ってそれぞれの武器を向けていた。

 「いい加減に『データ』の在りかを教える気になったか? ああ?」

 自分に向ってくる様子が無いのを悟った九鬼は苛立ったように言葉を放つ。

 しかし、ピラーは、

 「寝言を言うにはまだ早い時間帯だと思うが」

 などと返す。

 九鬼は怒りが沸騰するかと思ったが、フンッと鼻で笑うだけ。いや、その直後に片腕をピラーたちに向けてはいたが。

 「全く、プライドだけは一人前だな」

 九鬼はあざけるように言うと、またしても、黒い球体を掌の前で造り出す。その瞬間、

 「うおおおおおおおおお!」

 一人ではない。数十人の雄たけびが金属の通路に響いた。

 「!?」

 驚いたのはピラーだ。

 自分の背後で構えていた討伐者たちは数十人で束になると、各々が武器を構え攻撃準備に入った九鬼との距離をみるみる縮めて行く。

 「ルヴェルティ殿、彼らの特攻が破れた瞬間に強烈な一撃を放ってください」

 「なっ!?」

 ピラーに声をかけたのはまだ彼の背後に陣取っていた銃を持つ討伐者。

 ピラーは彼の言う言葉の意味が理解した。つまりは、今突っ込んだ討伐者たちがいわゆるおとりになるというわけだ。仮に彼らが弾かれたとしても、その隙が生まれ、しかも彼らがブラインドの代わりになってくれればピラーの攻撃を認識することも難しいはずだ。

 討伐者たちはそう睨んだ。

 「だが、それでは」

 理解した上でピラーはそれを断ろうとした。しかし、討伐者の目を見て言いよどんでしまった。

 「お願いします」

 討伐者はもう一度、それだけを呟くと、手に持つ銃のトリガーを引き、銃弾をセットすると、少し遅れて九鬼に特攻した。

 (ちくしょうっ!)

 ピラーは思いっきり唇を噛んだ。ツゥーと唇から血が流れる。しかし、そんな痛みなど気にもしなかった。

 今目の前で最強に立ち向かう彼らの姿を見ていたら、気にすることなど出来ない。いや、むしろこれだけの痛みしか自分で与えられないことに苛立ちすら感じていた。

 ピラーがグッ! と剣を握る手に力を込める。そして、それを横薙ぎに振るうために脇腹の後ろまで持っていき、構えた。

 自分の後ろに、もう同士たちはいない。今は皆自分より前にいる。そして、今から自分は同士たちがいるところに一撃を放つというのだ。傍から見れば非道なことかもしれない。しかし、これが討伐者たちの覚悟なのだ。

 自分も覚悟を決めなくてはならない。

 ピラーの手にかかる力こそが、彼の覚悟の表れなのだろう。

 「ああ、うざってぇ。ザコほど吠えるってのは本当みたいだな」

 九鬼は呟くように言うと、躊躇ちゅうちょなく掌の前で生成した黒い球体を向ってくる討伐者たちに向って放つ。

 「ザコなら、それなりの生き様があるっ!」

 討伐者の一人がロングソードを鎌え、向ってくる黒い球体に減速することなく突っ込む。その後から他の討伐者たちも続く。

 ガキィイ!

 討伐者のロングソードと黒い球体がぶつかり、金属と金属がぶつかるように甲高い音が響いた。

 「気を付けな? そいつはさっきのとはちょっと違うぜ?」

 九鬼はその様子を楽しげに見ていた。

 「!!」

 気が付いた時には、討伐者たちは宙に放り出されていた。

 宙を転がるように舞っていると、ふと視界に飛び込んできたのは、さきほど自分が止めようとしていた黒い球体が一回り大きくなって、しかもコマのように横回転している。

 ギガッギイイギギイイ! 

 回転が金属製の床を抉り取っている。さらに、それに近づいただけで、触れてもいないのに次々と仲間が宙に放り出される。

 ゴンッ! という鈍い音を立てて、天井や壁に不規則に叩きつけられる討伐者たち。

 ズルズルとその場に崩れ落ちて行く同士を見て、しかし、ピラーは大剣を腕が引きちぎれそうなほどの力で横薙ぎに振るった。

 「考えがぬるいな」

 グゴォオ! 

 竜の雄たけびにも似た音を響かせながら迫りくる閃光のような斬撃を見て、九鬼は余裕の笑みを見せた。

 タイミングが外れてしまった。ピラーはそう思った。

 九鬼に自分の攻撃を見られた時点で、『不可侵領域』が発動し、どんな攻撃だろうと『無かったもの』にされてしまう。

 それと言うのも、討伐者たちがブラインドになるまでもなく、一瞬のうちに崩れ落ちてしまったからだ。

 案の定、シュッ! という乾いた音と共に、ピラーの強烈な一撃は呆気なく消されてしまった。

 「ここまで、か」

 ピラーは周りを見る。

 もう誰一人として立ちあがる者はいなかった。九鬼に特攻した討伐者たちは皆、例外なく意識を失っている。しかし、死者はいないことは分かった。皆、一定のリズムで胸板が上下運動をしているのを確認出来た。

 「さっさと本来の仕事に戻らねーとな」

 九鬼は床に転がる討伐者を数名蹴りあげ、そして一歩、また一歩とピラーに近寄っていく。

 ピラーは大剣を構えることすらままならない。ただ迫りくる九鬼を見据えるだけだ。

 手が震え、大剣がカタカタと音を立てる。

 「お役目ごくろうさん、ザコが!」

 九鬼は武器を構えることさえ止めてしまったピラーに掌を向け、瞬時に黒い珠を作りだした。

 目を瞑ることもせず、ピラーは無言で、転がる同士に視線をやった。

 (すまない。至らない俺で)

 「デッド・エンド――」

 

 ドゴッオ!

 

 九鬼の言葉は遮られた。そして、九鬼は初めて、何かしらの攻撃でその身を動かされた。

 ノーバウンドで通路を飛ぶと、靴の裏を削りながら体勢を整え直す九鬼。そして、さっきまで自分が立っていたところを見ると、

 


 「おいおい、ピラー。パートナーである俺を呼ばないってのは、ちっとばかし酷いんじゃねーのか? 昼寝してたからだろ、っていう言い訳は聞かないぜ?」







「約束の蒼紅石」第16話いかがでしたでしょうか?

読者の皆様は気がついたと思いますが、はい、新章なのに、今回は主人公やヒロインたちが一切出てきません!しかし、間違いなく「約束の蒼紅石」なのでご安心を(笑)

いやー、女っ気もないバトル展開一色になってしまい、お詫びを申し上げたいところなのですが、次話も今回の続きとなりますので、予めご了承ください(笑)

では、今回はこの辺で

また次話お会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ