月下通行陣
こんにちは! 夢宝です!
昨日は作者の住む東京でもかなりの雪が降って、今朝起きたら一面真っ白!!
いや~さすがに寒くなったな~と実感しました(笑)
より一層、体調管理には気をつけないといけませんね!読者の皆様も、風邪やインフルエンザには気を付けてくださいね!
さてさて、順調な頻度で更新していっている「約束の蒼紅石」!
この「妖霊の巫女」編もすでに6話目となりました!早いものです(笑)
ここらでもう一度「妖霊の巫女」編を読み直したりしていただけると嬉しいなーなんて(笑)
では、前書きはこのへんで、本編をお楽しみください!
「ぐぬぉぉぉぉおおおおおお!」
完全に機能を停止したオフィスビルの屋上。
中心には血で描かれた不気味な術の陣。そして、その陣から放たれる光の柱の中心に老婆はいた。
老人とは思えないほど大きな叫びをあげている。
『月下通行陣』は他の術のように気軽に発動できるものではない。文字通り桁違いの超巨大術式なのだ。その発動条件には、月という巨大な力、そして、多数の妖霊の命。最後は術者の命を介して発動するもの。
つまり、『月下通行陣』を発動した老婆は術者であり、その命は今もこうして削り取られている。
ミシィッ!
オフィスビルの屋上に亀裂が走る。その後にも、ミシィミシィ!と亀裂が走る音が断続的に続いた。
『月下通行陣』の『原点』であるこの屋上は、いわば発動条件に必要な力が全て集まった集合地点なのだ。月の力に、多数の命の力が集まった場所が無事で済むはずがない。もういつこのビルが崩れ落ちても不思議はないのだ。だからこそ、卓たちは『原点』ではなく、『起点』を破壊するほうを選んだのであるが。
(ぐぬぬっ! 耐えてみせようじゃないか! 我が一族を侮蔑した愚か者どもに制裁をっ!)
老婆は光の柱の中心で目を剥いて立っている。一見、ただ光の中心にいるだけのように思えるが、その中はとんでもないほどの重圧がのしかかってきているのだ。
ビシュッ!
老婆の腕が突然斬られる。何に斬られたわけでもない。突然なのだ。
言うまでもなく『月下通行時』の影響だ。
傷口から飛び出た少量の血はそのまま勢いよく、まるで掃除機に吸い込まれるように光の柱を登って、上空に広がる陣に吸い込まれて行く。
「グアアアァァオオオオオオ!」
まるで獣のような雄たけびを上げながら、痛みを吹き飛ばすように重圧に耐える。
老婆もこの期に及んで自分の命が惜しいなどとは思わない。そんなことを考えるくらいならこんな巨大術式に頼ったりなどしない。しかし、この術式で呼び出されるであろう『珠の御神楽』が鳴咲市を破滅させるところを見てみたいとは思う。その上でこの命がなくなっても悔いはない。それがこの老婆の覚悟なのだ。
老婆が苦しんでいる間もオフィスビルはミシミシと悲鳴を上げている。そして、一本の光の柱を中心に広がる『月下通行陣』の陣は広がる。
鳴咲市の上空に広がる『月下通行陣』の陣を、また別の思惑で見上げる人物がいる。
辺りは夜なので、当然暗い、とは言い難く炎上する中心街の光を受けて照らされている林だ。この林は小さな丘の上にあるもので、少し見下ろせば、普段なら夜に綺麗にライトアップされた街が、今は無残に燃え上がる街が見下ろせる。
「くはぁ! いいねぇ。こんな光景、なかなか見れるものでもないよな!」
林にある木の一本に一人の男がもたれかかっている。青髪で、首から髑髏に剣が突き刺さっている怪しげなネックレスをぶら下げている青年。
青髪の青年は、丘の上にある林から燃え上がる街と、上空に浮かぶ巨大な陣を見比べ、なんとも愉快そうに笑っている。
「『珠の御神楽』なんて聞いたこともないもの見せてくれるってんだから、俺ってつくづくラッキーボーイだよ!」
青年は、今回の老婆の計画に加担し、4か所の『起点』の設置を手伝っている。もちろん、普段からボランティア精神旺盛なわけではない。
ただ、理由は単純明快。大量の人が一瞬にして殲滅される様を見たいだけなのだ。そんな純粋な思いだけで、ここまでしている青年。それが『頂』の在り方なのかは分からないが、青年の本性がこれだということは間違いない。
「ゲームは圧倒的だからこそ面白いんだよ! ストックはいらない。殺しても生き返る命ほど糞喰らえなものもないさ!」
ケラケラと笑う青年。
今、中心街ではたくさんの被害が出ている。死人こそまだ出てはいないが、血は流れ、悲鳴が聞こえ、そして、住まいが奪われていく。まるで戦争。
しかし、そんな現状ですら青年にとってはゲームと同感覚にしかならない。人の命は自分が楽しむためにある。命を奪うことに何の罪悪感もない青年は、しかし心からそれを楽しんでいる彼を『非情』の一言では片付けられない。
ブブブッ!
青年のズボンポケットからバイブ音が聞こえてくる。
青年が、ポケットから携帯電話を取り出し、サブディスプレイを確認すると、そこには『003』と書かれていた。
(動くかな)
青年は口元を釣り上げ、かかってきた電話に応答する。
「はいはい? どうした?」
軽い口調。対して、電話の向こうから聞こえてきたのは
『やけに上機嫌じゃない? 面白いことでも見つけたのかい?』
なんとも爽やかな、それでいてどこか黒さを秘めた男の声だった。
「そうなんだよ! 今、最高のエンターテイメントを堪能してるとこ!」
『マジかよ。 そんな面白そうなこと是非俺も誘ってもらいたかったものだね。』
電話の声はそれが本心なのかどうかは分からないくらい、同じ調子だった。だが、青年にとって電話の相手の本心が何であれ関係はなかったのだが。
「女遊びにしか興味ないのかと思ってたよ」
『女は好きだが、同じくらい血も好きなんだぜ?』
二人の声は次第に弾む。まるで友人同士で好きな人について話すように。
「覚えとくよ! ……それで、用件は?」
相変わらず楽観的な口調だが、少しトーンが下がった。相手もそれを察したのだろう。無駄な世間話を終わらせ、本題に切り出した。
『ああ。計画が少し変わってしまったようだからね、俺も動こうかと』
「だと思った。あの単細胞女じゃ時間がかかりそうだからな」
すでに先ほどまでの緩い空気はない。
林を支配するのは張りつめた、いつ爆発するか分からない爆弾を目の前にしたときのような空気。
『単細胞女』というのは、青髪の青年と同様、『頂』のメンバーの一人で、先日、ドイツのフランクフルトで謙介、要、ネルヴィに奇襲を仕掛け、『データ』と、それを閲覧するのに必要なノートパソコンを奪取しようとした者のことだ。
しかし、謙介の応戦によって、それは失敗に終わり、結局『データ』とパソコンの入手には至らなかった。
『データ』というのは討伐者観測班が所持する、『何らかの重要資料』。それは2つしか存在せず、『データ』を読みこめるノートパソコンも2つしか存在しない。1セットがドイツに、もう1セットはアメリカに、それぞれ厳重に管理されているのだが。
『まあそう言ってやるなよ。相手はあくまでも『ヨーロッパ支部弐〇騎士』の一人だったんだから。いくら『頂』でもそう簡単にはいくまい?』
「ハハッ! 相変わらず女には優しいんだね! まあいいけどっ。で? 動くというのは具体的に?」
『アメリカに保管されるデータを奪う』
電話の声は一言、それだけをしっかりと伝えた。
それだけで、それが何を意味するか、青年には伝わると知っていたからだ。事実、青年は全てを理解していた。
「正直、お前一人でどうにかなるとは思わないけど?」
その上で、青年は問いを投げかけた。それに、対して電話の声は少し間を開けて答えた。
『ああ。さすがにあの城塞を一人で突破することは不可能だろうな。だから『絶対強者』の援護という形で挑もうってわけ』
「ほう」
電話の声の答えに、青年は満足そうに笑みを浮かべた。
『絶対強者』。現討伐者で最強を誇る者、九鬼の二つ名だ。そもそも、『頂』は九鬼の思想に賛同した者たちで組まれた組織。
九鬼は誰ともパートナーを組むことなく、第一、自分自身最強だということを自覚しているため必要ないのだ。その九鬼が唯一黙認しているのが『頂』である。
『頂』は決して九鬼と行動を共にすることはない。それは九鬼が拒むからであり、裏方でサポートするというのが『頂』の在り方であるからだ。
つまり、電話の声が言う『援護』というのも形だけであって、事実上、勝手に戦場に参加する野次馬のようなものなのだ。
『羨ましいか?』
まるで青年の表情を見ているかのように、電話の声も調子を合わせてきた。
「そう思う?」
『どっちだろうな』
「今は目の前の祭りが一番だよ! まあ、そっちに参加したいのも山々だけど!」
『相変わらずだな』
「お前も城塞でくたばるようなヘマはしないことだね!」
青年のその一言に、電話の声は苦笑い。
城塞とは、討伐者アメリカ支部の本部。そして、『データ』とノートパソコンを保管している場所でもある。
場所はロサンゼルスの端にあり、その名の通りまさに城塞。皇居の3倍ほどの面積に、まるで山のように聳え立っている大規模なもの。討伐者もかなりの数が配置されていて、城塞を突破するのは不可能だとも言われている。
『まあ、『絶対強者』の機嫌を損ねないようには努力するさ』
「朗報を期待するよ!」
青年はそこで携帯電話を切った。
(もうじき、か)
ポケットに携帯電話を仕舞いながらニヤリと笑う。
そして、また谷の上から街を見下ろせば、ゴォオ!と激しい音で燃え盛る光景が視界に飛び込んできた。
鳴咲市の東にある空き地。もともとはビルが建つ予定だったらしいのだが、会社の倒産で取りやめになったまま空き地となっている。
そんな空き地の中心に不自然に一本の円柱が立っている。円柱には表面を埋め尽くすほど大量のお札が貼られている。
「これか……」
そんな円柱を前に、卓がポツリと呟いた。卓の右手には蒼い光を纏った長刀が一本。
もう片方の手でポケットから携帯電話を取り出し、『グループ』のアイコンにカーソルを合わせ、通話ボタンを押した。
通話会議用に作成したもので、『グループ』の中には真理、蓮華、美奈の携帯番号が登録されていて、これにコールすれば同時に4人通話出来るのだ。
プルルルルゥ
相手を呼び出す電子音が何回か鳴った後、電話は繋がった。
『卓? もう着いたの?』
まず最初に声がしたのは真理。それに卓はすぐに答えた。
「ああ。真理たちはどうだ?」
『私も着いたわ』
鳴咲市の北にある海岸に向った真理もすでに到着していたようだ。そして、
『私も着いたよ。何かお札が貼られた円柱があるけど』
南の公園に向った蓮華も到着し、『起点』を確認していた。
「美奈は?」
卓が残りの、西にある林に向ったであろう美奈に確認を取ると、
『もう、ちょっと……』
疲れきったような声で返ってきた。しかし、それも当然である。美奈は魑魅魍魎となった実の妹、恵美との戦いで、大量の血を流して、何とか『美徳の加護』と呼ばれる術式で傷は治したが、重度の貧血状態なのだ。本来歩くことすらままならない状態。
そんな状態でも諦めないのは美奈の強さだろう。
そして、5分ほど卓たちが待機していると、携帯電話のスピーカーから美奈の声が聞こえてきた。
『お待たせ』
西にある林に着いたようだ。
「美奈、この円柱が『起点』でいいのか?」
『うん、間違いないよ。これが『起点』』
美奈が答えると、次は真理が問いを投げかけた。
『このお札は?』
『ちょっと待って』
それから数秒。どうやら、美奈は自分の目の前にある円柱と、それに貼られたお札を確認しているようだ。そして、
『どうやら、これは防御の術式みたい。それも何重にも』
そう答えた。
何重というのは例えで、実際は円柱に埋め尽くされるように貼られたお札一枚一枚が防御の術式なので、何百重というのが正しいのかもしれない。
『これは攻撃して壊せばいいの?』
蓮華が尋ねると、美奈は少し黙って、それから答える。
『理屈ではそうなんだけど、まさかこう何重にも防御術式が組み込まれているとは……』
美奈としてもこれは想定外だったのだろう。美奈とて、そこまで具体的に『月下通行陣』について知っているわけではなかったのだが。
「まあとりあえずやってみるしかねーだろ」
そう言って一旦携帯電話を地面に置くと、卓は長刀を構える。
「うおおおおおお!!!」
卓は蒼い光を纏った長刀を勢いよく振り切った。
ビュオン!
風を切る音が響き、蒼い斬撃が『起点』へと向い、そして、
シュボッ!
斬撃は『起点』へとぶつかると、そこに現れたのはまるで水面のように波打つ防御の膜だった。そして、しばらく鍔競り合いしたと思えば斬撃は煙のように消えてしまった。
「なっ!」
卓は目を見開いた。すると、地面に置いた携帯電話から声が聞こえてきた。
『どう?』
真理のものだった。
卓は携帯電話を拾い上げ、悔しそうに歯を噛みしめ応答する。
「駄目だった」
一言、それだけ答えると、次は美奈の声が耳に届く。
『これは極めて強力な防御術式なの。恐らく、『月下通行陣』の『原点』から供給される力を得て発動するものね』
『止める方法は?』
蓮華が美奈に尋ねる。しかし、すぐに答えは返ってこない。
正直、美奈も手詰まりだった。『原点』から力が供給されて発動しているということは、少なからず、月の力、妖霊の魂の力、術者の力が加わっている。それがどれほど強力なものなのかは『妖霊の巫女』としての才能を持ち合わせている美奈が理解できないはずもなかった。だからこそ、蓮華の問いに答えることが出来ない。
『時間もあまりない』
追い打ちをかけるように真理が言う。
本来の計画より、今は大幅に遅れている。
『月下通行陣』は超大規模術式。つまりそれだけ発動までに時間がかかる。この場合1時間ほどだが、妖霊の軍勢による不測の襲撃のせいで、ここまでの計画を実行するのに遅れが生じた上、こんな防御術式なんて用意されていたら、焦りが生まれるばかりだ。
『……なんとかしないと』
ふいに美奈の呟くような声が携帯電話のスピーカーを通じて卓と、真理、蓮華の耳に届いた。
ドイツ、フランクフルト。
歴史を感じさせる建造物が左右に立ちならぶ街。そしてその真ん中には人でごった返す道が通っている。車や自転車は走っていなく、いわゆる歩行者天国状況だ。
そんな道を金髪ツインテールで、胸部分を黄色い布で巻き、その上から黒いパーカーを肩から羽織って、ショートパンツという大胆な格好の少女が歩いている。
外国人もいろいろ強烈な個性を醸し出しているが、そんな中でも彼女は際立って目立ち、独特のオーラを放っている。
彼女こそ、『頂』の一人。
先日、『データ』とノートパソコンを狙って謙介たちを襲撃した張本人。
(くそったれ! 私じゃ駄目ってこと!?)
少女は苛立った様子で、歯を噛みしめた。
理由は、彼女と同じ『頂』の一人にある。その一人が、今度はアメリカ支部に乗り込んで、少女と同様に『データ』を奪取しようとしているからだ。これはつまり、少女では無理だと判断されたということにほぼ同意義を成す。
それが気に喰わないのだ。
(……見返してやる!)
少女が心の中でそう叫んだと同時、
ヒュン!
風が吹いたような音の直後、少女が歩いていた道路一帯が静寂に包まれた。先ほどまで自分の周りを歩いていた人々もいなくなっている。
「断絶!?」
これは間違いなく『断絶』。贈与の石の力で、ある一定の場所を世界から一時的に切り離す技。断絶の中で破壊された被害は、元の世界には反映されないため、討伐者が戦うときは基本的にこれを発動する。
ゾンッ!
続いて少女は隠しきれないほどの殺意を肌で感じ取った。
(来るっ!)
いつの間にか手に握られた氷のように透明な短刀、気体原核刀を構える。
そして、同時。無人の道に一人の人影が少女の視界に入る。距離は50メートルほど。しかし、人影はそれだけの距離でも屈強な身体の持ち主だということが分かる。そして、手には何か長い武器を持っている。
人影はゆっくり、一歩また一歩と近づいてくる。
「次から次へと、面倒なのよ!!」
金髪の少女が叫ぶと、人影はピタリと動きを止め、そして口を開いた。
「我が貴様に矛先を向ける理由は、わざわざ口にするまでもあるまい?」
低い、野太い声。筋肉の塊のような身体にこれでもかというほど似合うものだった。
「ええ、必要ないわ。私を倒しに来たんでしょ?」
少女は口元を緩め、気体原核刀を握る手に力を込める。それを確認した男は、フンッと鼻で笑い、そして、
ズドッ!
一瞬のうちに、少女の目の前に、地面に足をのめり込ませて立っていた。
「その通り。このヘルベルト=アスキス。貴様をここで倒すためわざわざ出向いてやったのだ」
男は2メートル以上は裕にあるであろう長身で、筋肉の塊のような身体はまさに壁だった。短く刈りあげた金髪で、手には長い槍、それも矛先は円錐。つまりランスが握られている。
少女はすぐさま2歩ほど後退し、大男、アスキスをじっと見据えた。
ヘルベルト=アスキス。本来ならフランスに配属されている討伐者。その正体は、謙介と要と同様、ヨーロッパ支部弐〇騎士の一人だ。
「『頂』である貴様をこれ以上好き勝手させるわけにもいくまい」
「私一人にわざわざあんたみたいな大物が出てくるなんてね。でもま、結果は誰だろうと同じよ!」
二人の身長差は約50センチほど。
アスキスはじっと目線を下にやり、金髪の少女が握る気体原核刀を見た。そして、ゆっくりと唇を動かした。
「貴様の武器については聞いている。その上でここに来たことを先に言っておこう」
少女はそれでも余裕の笑みは崩さず、はんっ、と小馬鹿にしたように笑う。
次の瞬間。
バコンッ!
アスキスのランスが、少女の足元の道にクレーターのような窪みを作っていた。
「貴様の武器が、石の力を気体に変えてしまうというものは分かっている。ならば話は簡単だ。石の力を使わず、武器の力だけで倒すのみ」
(なんつー馬鹿力だよっ!)
少女は余裕の表情から一変。忌々しそうな表情で、さらに数歩下がった。
「一つ、貴様が死ぬ前に問いたい」
「ああ!?」
金髪少女は苛々(いらいら)したように、睨みつけた。しかし、アスキスはたじろぐこともなく、構わず続けた。
「貴様ら『頂』はどこまで虚無界と繋がっている?」
「…………」
少女は答えることはなかった。しかし、それの代わりと言わんばかりにジロリと睨み続けていた。
「フン。まあいい。『頂』は貴様以外にもいるのだからな」
アスキスは地面にめり込んだランスを軽々と持ち上げた。それと連動して、その場に砂ぼこりが舞った。
「さっきから自分が勝つ前提で話してんじゃないわよ!!」
金髪の少女は勢いよくアスキスに突っ込んだ。そして、気体原核刀の矛先をアスキスに向ける。
しかし、アスキスは焦る様子も見せず、テニスラケットと同感覚のように巨大なランスを構え、
ブオォン!!
エンジン音かと思うほど大きな音で風を斬った。
「なっ!?」
小さな少女の身体は巻き起った暴風に飛ばされ、そのまま元いた位置まで押し戻されてしまった。
「これでもまだ大口を叩くか?」
アスキスはランスを肩に乗せ見下すように言った。それが気に喰わなかったのだろう。金髪少女はこめかみに血管を浮かべ、
「調子に乗ってんじゃないわよ! この木偶の坊が!!」
そして、再び気体原核刀を構えた。
少女が持つ気体原核刀は、特殊な武器で、その刀身で斬った石の力は瞬間的に二酸化炭素に変えてしまうとういもの。だが、それが有効なのは『石の力』であって、アスキスの持つのは石の力で具現させたとはいえ、ただのランス。つまり、今のアスキスのランスには石の力は影響していないのだ。そうなってくると、気体原核刀はそれこそ『ただの短刀』になってしまう。つまり、それぞれの武器捌きで勝負するしかない。
だが、金髪少女は身長150センチで小柄。対してアスキスは身長2メートル超えで、筋肉の塊のような体格。力の差は誰が見ても歴然だ。
それでも、金髪少女は構えた気体原核刀を引きはしなかった。
「貴様の目的があの『データ』にある以上、弐〇騎士も全力を挙げて貴様らを倒すことになるだろう。今引き下がればまだ罪は軽くなると思うが?」
「ハッ! ふざけてるんじゃないわよ! 誰に向ってそんなこと言ってるか分かってる!? 『頂』がどうして『頂』と言うか理解していないみたいね!」
「なら、その所以を見せてもらおうか」
アスキスの声は少女の頭上から聞こえた。少女がすぐさま顔を上げると、いつの間にかアスキスの巨体は目の前にあった。
ドギィ!
高い距離から振り下ろされた巨大なランスと、短刀、気体原核刀がぶつかった。そして、その拍子でランスの軌道が変わり、地面にのめり込んだ。
「よくそんな小さな刀で防ぎきった」
巨体とは裏腹に、なんとも軽々しい動きで道路に着地したアスキスが、またもランスを持ち上げた。
「だが」
上からの衝撃をまともに受けた少女の手にはとてつもない痛みが走っていた。しかし、回復する間も与えず、アスキスはすぐさまランスを構えなおし、
ズォン!
ランスを振るった。
「くはっ!!」
少女は手に痺れが残っているにも関わらずその強烈な一撃を気体原核刀で迎え撃つ。金属と金属がぶつかり、甲高い音が無人の道に響き、そして、少女の小柄な身体は後ろに飛ばされた。
ズザザザッ!
少女は両足で踏ん張って、道と靴で生じた摩擦を利用してなんとか後ろに飛んでいく勢いを殺し、ふらつきながらも立っていた。だが、その表情はそこまで絶望していない。
「さすがの弐〇騎士も石の力を使えなかったらこの程度ってことかしら?」
強がりだろうか。その言葉の真意はアスキスには理解できなかった。
「どちらが今優勢か考えて発言するのだな」
一見すれば、その通りだ。体格差から生まれる力の差。ここまで少女は一度もアスキスにまともな攻撃を仕掛けられていない。せいぜいアスキスが放つ強烈な攻撃を防ぐくらいが関の山。
それなのに、少女のその発言はアスキスにとって理解し難いものだった。
だが、少女はいつの間にか、先ほどまでの余裕の笑みを見せていた。そして、口を開いた。
「不思議だと思わなかった?」
どこか勝ち誇ったように問いを投げかける少女。対してアスキスは無言でランスを構える。いつ攻撃を仕掛けられても対応できるようにだ。
「私の気体原核刀。コイツの能力は石の力を全面的に否定するものなのよ?」
「!?」
アスキスの表情に初めて動揺の色が見られた。それを見た少女はさらにニヤリと笑って続けた。
「気体原核刀の能力はその刃に触れた石の力を瞬間的に二酸化炭素に変えてしまうというもの。なら、必然的に私も石の力を気体原核刀に注ぎ込むことは出来ない。だってそうでしょ? 石の力を注ぎこんだところで、刃に触れた瞬間に二酸化炭素に変わってしまうんだから!」
「……ッ」
確かにその通りだ。気体原核刀はその能力が反映する範囲を指定出来ない。つまり、自分の使う石の力すらも気体に変えてしまうのだ。これだけで考えれば、少女は戦う際には必ず武器のみの力で戦わなくてはいけない。
しかし、その華奢な身体で、しかも武器が短刀では、今のアスキスのような巨体相手では話にすらならない。しかし、彼女は『頂』のメンバーである。『頂』とはその文字通り、討伐者の中でもトップレベルのメンバーで結成されている。そんなメンバ―がただ相手の力を無力化させるだけで終わるわけではないと、アスキスは気が付いたのだ。
「それもそうさ! だって気体原核刀は石の力とは関係ないんだから! そもそも石で契約して具現させている武器ですらないんだから!」
「何を言って……」
「だーかーらー」
金髪の少女は悪戯な笑みを浮かべ、人差し指で、ツインテールを作っているヘアゴムに触れた。よく見ると、右側のヘアゴムに付いているのはプラスチック製のアクセサリではなく、紫の贈与の石だった。反対側は同じ色だが、こちらはプラスチックの球体だった。
「こういうことよ!」
「!!」
アスキスは言葉を失った。
「具現せよ、我が陰謀!」
途端、ヘアゴムの贈与の石から、凄まじい量の紫の光が渦巻き、気体原核刀を握るのとは逆の手に集まって行く。
「そこまでです」
「「!!??」」
金髪の少女だけではない。アスキスも突然聞こえた声に敏感に反応した。
シュウ……
少女の手に集まっていた光は静かに消え、ヘアゴムへと戻って行った。
「あら、意外と聞きわけがよろしいのですね」
また聞こえた。
透き通るような声、耳にどこか心地よいおっとりとした気品漂う声だ。しかし、声の主は見当たらない。
「その声はっ!」
アスキスが声の主の正体を見破ったのだろう。そして、少女も。だからこそ、あっさりと武器を具現させなかった。
「ヘルベルト=アスキス、御苦労さまです。ここからは私が」
コツン
無人の道に足音が響いた。アスキスのようなずっしりとしたものではなく、極めて軽い音だった。
「てめぇは……先導者!」
金髪少女は忌々しそうに足音と共に現れた人物を睨んだ。
「わざわざ先導者が出向いてくださるとはっ」
アスキスはすぐさま手に持つランスを地面に投げ捨て、膝をついた。
「顔を上げてください、ヘルベルト=アスキス。あなたは指名を全うしてくださいました」
アスキスは声の通りに顔だけを上げた。
少女とアスキスの視界に飛び込んできた人物。
身長は160センチほど、細身で純白のワンピースに身を包み、その頭にはオシャレな麦わら帽子。麦わら帽子からはみ出て、ピンクのよく手入れされたロングヘアーが覗いている。肌もワンピースと同じく白く、透き通るようなものだった。顔はどこか幼さが残っているが、おそらく20代前半といったところだろう。
先導者と呼ばれた女性はクスリと笑ってアスキスを立たせると、少し表情を引き締め、アスキスと金髪少女の間に割って入った。
「まさかてめぇみたいな大物まで出てくるなんてな!」
怒号にも似た声だった。しかし、先導者は微塵もたじろぐことなく、おっとりとした口調で、ゆっくりと口を動かす。
「ええ、正直、あなたがこれ以上私の管轄で好き勝手するというのではれば、手加減をするつもりはありません。あなたとて、、私のことくらいは知っているのでしょう? なら、あなたが出す答えは一つのはずです。それとも、命を捨てること覚悟で私に挑みますか?」
アスキスはそんな余裕の態度の先導者の背中を無言で見つめる。対して、金髪少女はあからさまに舌打ちして、口を開いた。
「挑むわけねぇだろ! 私には目的があるからな!」
「しかし、その目的を果たさせるわけにもいかないのですよ。あなたが狙っている『データ』。あれが何を意味しているのか、それを知りたいのでしょう? ですが、あなたたち『頂』及び九鬼に知られるわけにもいかないのです。出来れば今すぐヨーロッパから出て行ってもらえます?」
「……ちっ!」
金髪少女は歯をギリっと噛みしめ、気体原核刀の刃で地面を抉った。同時に少女の周りに土の粉塵が舞った。
「待てっ!」
アスキスがすかさずそれを追おうとするも、先導者が片手でそれを制した。
「とりあえず今はこれでいいのですよ」
振り返ってにっこりと癒される笑顔を向ける先導者。
「……はい。それと、ありがとうございます、先導者」
アスキスがそう言うと、先導者はピッと人差し指を立てて、
「私はフィアルミ=ロレンツィティ。フィア、と名前で呼んでくださいと言ってるでしょう?」
「あ、すみません。フィア殿」
「もう、堅苦しいのが抜けていませんよ? まあですが勘弁してさしあげましょう」
フィアはコロコロと無邪気に笑って見せた。
フィアルミ=ロレンツィティ。二つ名は先導者。その正体は討伐者ヨーロッパ支部の最高責任者。つまりヨーロッパのトップなのだ。
ちなみに、世界各国に討伐者は存在し、日本総本部、アメリカ支部、ヨーロッパ支部、ロシア支部。大きく分けてこの4つに分別される。日本総本部はその名の通り討伐者の核にあたる組織。必然的にそのトップは討伐者の中でのトップになる。それがあの『総帥』なのだ。そして、アメリカ支部のトップは通称、指揮者と呼ばれ、ロシア支部のトップは代弁者、最後にヨーロッパ支部のトップが先導者と呼ばれている。
日本総本部、アメリカ支部、ロシア支部がそれぞれ管轄として持っているのが一国なのに対して、ヨーロッパ支部とはヨーロッパ全土の国を管轄としているという特徴がある。これは先導者、フィアルミ=ロレンツィティの人格的問題が大きく関わってきている。
フィアルミ=ロレンツィティという人物は、国によって人を差別したりすることをひどく嫌っている。だからこそ、ドイツ支部や、フランス支部などと分けず、ヨーロッパ支部として一つの大まかな括りで、そのトップとなったのだ。さらに言えば、ヨーロッパ各国の兵二十人を集めて組織されたヨーロッパ支部弐〇騎士を発案したのもフィアだ。だからこそ、その中にはヨーロッパ人ではない謙介や要も加えられている。
「ちなみに、何故フィア殿がここに?」
「ええ、謙介から聞いたのですよ。『頂』の目的と、行動について。先導者としても黙認するわけにもいかないでしょう?」
「なるほど、そうでしたか」
アスキスは納得したように頷いた。そして、フィアはゆっとりとした口調で続けた。
「しかし、私が本当に気にしているのはむしろ、彼ら『頂』の存在を黙認、いえ、むしろ推奨している日本総本部がトップ、『総帥』の方なのですよ」
フィアの表情は相変わらず緩い。が、フィアの言ったことは只事ではないとアスキスは悟った。
「と、言いますと?」
「彼は今の討伐者にただ純粋な強さだけを求めているのです。強ければ、その人格までを参考にはしない傾向があります。その証拠に、『頂』が今、虚無界と繋がりがあって、私たち討伐者側にとって『敵側』に回っていても、彼らに実力がある以上、さらに『頂』という組織を拡大化させようとまで考えているようなのです」
「なんとっ!」
アスキスは驚きを露わにした。だがそれも当然だ。『総帥』というのは文字通り、全てを統べる者なのだ。そんな者が自分たちの敵になるであろう者にさらに力を与えようとしているのだから。
「正直、これ以上『総帥』の好き勝手にさせるわけにもいきません。ですが、アメリカ支部の指揮者も、ロシア支部の代弁者も動こうとはしません。ですから、もう私が動くしかないのです」
「話に聞いただけですが、指揮者は自国の統制で手一杯だとか。ロシア支部の代弁者に至っては他国での情勢には一切の興味を示さないようですからね」
アスキスの言葉に、フィアは苦笑いして、息を吐いた。
「ええ。ですが、彼らを責め立てることもできないのですよ。それぞれ持っているのは一国とはいえ大国。実際に『頂』によって被害を受けていない以上、無理して動こうというほうが無謀とも言えるのですから」
フィアの言うことは最もだった。世界には討伐者は多数存在する。そんな者たちを束ねるのが、『総帥』であり、『指揮者』であり、『代弁者』であり、『先導者』であるのだ。言ってみれば、彼らの決定がその管轄にいる討伐者を動かすと言っても過言ではない。それだけの権限を持った者が、他国の暴走のために動き、あまつさえ自国に負の影響が出てしまったらどうだろうか。自分にとってデメリットこそあっても、メリットはないのだ。つまり、彼らは自国が何らかの被害が出ていない以上、無謀に動くわけもないのだ。
「それは分かります。ですが、フィア殿。動くと言っても、具体的にはどのように?」
「それは簡単なことです」
フィアは笑顔を崩さないまま答えた。
「対談しかないでしょう?」
「!?」
フィアがあまりに淡々と言うものだから、危うく聞き流すところだが、アスキスは頭の中でフィアの言葉を再生して、その言葉の意味を理解した。
「つまり、訪日するということですか!?」
「ええ」
驚きを隠せずにいるアスキスに、フィアは先ほどと変わらず笑顔で一言。
しかし、これはそんな楽観的なものではない。討伐者4大支部。そのトップが、他国に出向くなどということは前代未聞のことなのだ。というのも、トップが他の国に行くということは、その間、その者の管轄にいる討伐者たちは一時的にいつも通りに機能しないということになる。もし、そんなときに冥府の使者に攻め込まれたりしてはどうにもならない。つまり、基本的にトップは自国を留守にするわけにはいかないのだ。
しかし、今回、フィアは訪日、つまりヨーロッパを一時的に離れ、日本に向うと言う。これがいかにイレギュラー極まりないことかは、弐〇騎士のアスキスもよく理解していた。
「ですが、その間ヨーロッパ支部はどうするのです!?」
「そのための弐〇騎士でしょう? ですが、謙介と要は私と一緒に日本に行ってもらうつもりです。ですから、アスキス。留守をお願いしたいのです」
「……それはいいのですが。しかし、『総帥』が『頂』を推奨しているような方ならフィア殿が危険にさらされる場合もあるのではっ!」
「心配してくれるのですね。ありがとう。でも大丈夫。私とてヨーロッパ支部のトップ、先導者と呼ばれるほどには強いのですよ? それに、日本には謙介も信用するほどの面白い討伐者もいるそうで」
「面白い討伐者?」
フィアはクスクス笑って、答えた。
「ええ。何でも最近討伐者になったばかりの新人なのだそうですが、『魂の傀儡子』を倒したそうですよ」
「馬鹿なっ! イザイとヴァーグナーですら敵わなかった奴を新人が倒したというのですかっ!」
「ええ。その話を聞いて、私もその新人にお会いしたくなりましたの。まあ、先に『総帥』との対談になるでしょうが」
「分かりました。留守はお任せください。しかし、如何にして日本へ? お言葉ですが、今現在、日本では原因不明の大惨事とかで、海外との繋がりを一時的に遮断されています。空港を利用することも」
フィアはこの質問が来ることを想定していたのだろうか。ほとんど考える時間もなく、すぐに口を開いた。
「ええ。謙介もそう言っていました。ですから、私有する飛行機で行こうと思いますの」
あっさりと、とんでもないことを言い放つ先導者。
「……あの、フィア殿? 『密入国』という言葉をご存じですか?」
アスキスの問いに、フィアは首を傾げ、
「知っていますが? 犯罪行為のことですよね?」
疑問符を浮かべながら答えた。まるで自分には無関係と言わんばかりの態度だった。
「その犯罪行為をフィア殿は今堂々と宣言したのですが……」
「あら、そうかしら? ですが、場合が場合ですし、許してくださるのでは?」
「それは無いと思いますがね」
「まあ、その時はその時です」
まるで他人事だ。そんなフィアに対して、アスキスは、重いため息をついた。
「私は数日後に日本に発ちます。アスキス。まだ先ほどの彼女がヨーロッパにいる可能性はあります。どうか私の留守の間、ヨーロッパを守ってくださいね?」
「はい。尽力を持って成し遂げて見せます」
「頼りにしていますよ、アスキス。あなたはヨーロッパ支部弐〇騎士の中でもナンバー3の実力の持ち主ですからね」
鳴咲市の西にある林。木々の中に一本だけ、青白い光を浴びて怪しく光る円柱が立っている。円柱の表面には埋め尽くすような数のお札が貼られていて、それが何重もの防御術式を形成していた。
「……なんて堅い防御なの!」
円柱の前で、赤髪ショートヘアの少女、美奈が忌々しそうに舌打ちした。
美奈は先ほどから貧血状態にも関わらず、持ち前の術式・七星でこの円柱、『月下通行陣』の『起点』の破壊をしているのだが、一向に傷すらつかない状況にある。
『美奈! なんか方法が見つかりそうか!?』
ふいに片手に握られた液晶だけの携帯電話、俗に言うスマートフォンから卓の声が聞こえてきた。
卓は東にある空き地に設置された『起点』を破壊しに、そして真理は北の海岸に、蓮華は南の公園に向っていた。
「駄目……さっきからいろいろ試してはいるんだけど、全部弾かれる! この表面上に貼られているお札がその場にそれぞれ防御術式を発動しているみたいなの」
美奈も『起点』に何度も攻撃しているのだが、それらは全て、『起点』にぶつかる前に防御され、薄い膜に波を立てるだけで、攻撃はすかさず吸収されてしまっている。
『お札を剥がそうにも、そもそも触れることすらできないなんてっ』
次に聞こえてきたのは真理の声だ。しかし、その声も切羽詰まっているようなところを見ると、真理もいろいろ試したが、ことごとく失敗に終わっているようだ。
「せめて、術の構成さえ分かれば、それこそ順を追って解除することは出来るかもしれないんだけど、これだけのお札で同時に何重にも術を構成されてちゃ、分かったところで時間切れがオチよ……」
『なら、どうすれば』
卓の言葉が、さらに美奈を焦らせる。
『今からでも『原点』のほうに変えるのは?』
スマートフォンから蓮華の声が聞こえてきた。しかし、その蓮華の提案も、美奈はすでに考えていたが、自分で却下した。
「駄目よ。『原点』はさっきも言った通り、凄まじい力が集中して、とてもじゃないけど近づけないし、仮に近づけたとしても、今からじゃどう考えても間に合わないのっ」
手詰まり。その事実が、4人を次第に絶望へと誘う。
そうこうしているうちにも、上空で広がる『月下通行陣』の術の陣は、地上から次々に妖霊を吸収していって、術の発動準備を着実に進行していた。
(どうすればっ!!)
美奈はグッと爪が手を抉るくらいに力を拳に込めた。
しかし、次の瞬間、美奈は何かに気が付いたのかハッと拳をほどいた。
(あれ? 確か『起点』は一カ所だけ壊しても無意味。それは自動修復されてしまうから。でも、術がそれ単体で自発的に修復するなんて、ありえないはず……なら、なんで? 他の『起点』からの力を得て修復している? 内部からではなく、外部からってことになるのかしら……でも、だとしたら、どこかに『起点』同士を接続している術式が組み込まれている!? いや、それ以前に、これだけの数の防御術式を同時に4カ所で発動するなんて、それこそ『月下通行陣』のように大量の力が必要なはず)
美奈はそこまで思考を張り巡らせ、そして一つの結論に至った。
(『起点』同士を結ぶのではなくて、『原点』の力を4つの『起点』に分散させているってこと! つまり、『原点』から伸びていて、4つの『起点』を結ぶ回線のようなものが存在しているはず。つまり、それを断ち切ることが出来れば、直接『起点』を破壊しなくても『月下通行陣』は止められる!)
ドォオオオオオオオォオォオォッォォ!!
美奈が結論に至るのと同時。上空から轟音が響いた。それは美奈だけではなく、卓たちも当然確認出来た。
ふいに空を見上げると、ついさっきまで地上から跳び上がっていた白い珠はすでに消え、代わりに、夜空に広がる『月下通行陣』の術の陣が輝きを増していた。
「時間が無いっ!!」
美奈はすぐさまスマートフォンを耳に当てると、大声で、
「卓! 真理! 蓮華! 聞いて! 『月下通行陣』を止める方法が分かったの!」
『何!?』
真っ先に美奈の言葉に飛びついたのは卓。だが、すぐその後に真理と蓮華も飛びついた。
「今から言うことをよく聞いてね!」
ミシィイ!
無人で、電気も止められたオフィスビルに亀裂が走る音が響いた。所々、瓦礫が崩れ落ちて行った。
「グオォォッォォォオオオハハァアハハハ!!!」
悲鳴と笑いが混じり合った老婆の声が響いた。なんとも奇妙なものだ。
老婆は血で描かれた陣の中心に立ち、光の柱に取り囲まれている。この光こそが、術者の命を削り取るものなのだ。
「発動の時は、来たっ!! 今こそ復讐の時!!」
今の老婆は自分の命の終焉による恐怖よりも、復讐が叶うことに対しての喜びに浸っていた。
上空に響く轟音は鳴咲市全域を包んでいた。今は中心街は避難勧告が発令され無人だが、鳴咲市にはまだ人が大勢いる。これでは混乱に陥るのは時間の問題。
いや、混乱も何もないのかもしれない。『珠の御神楽』が召喚されれば、鳴咲市はこの一夜にして滅んでしまうのだから。
轟音はまるで鳴咲市を終わりをカウントダウンしているようにも聞こえる。
そして、
キィィィッィィイイイイイインン!
轟音は甲高い金属音のようなものに変わり、上空に広がる『月下通行陣』の陣は青白く輝いた。まるで閃光弾のようで、目を開けることすらままならないほどだった。しかし、閃光弾と違うのはすぐに光が治まるわけではなく、断続的に続いているということだ。
そんな目も開けられないほどの光の中で、老婆は思った。
(グハッ! ……おかしい! まだ『珠の御神楽』は現れんのかっ!)
老婆はどのタイミングで術が完全に発動するかは知らない。が、いくら『術者の命』を使って発動する超大規模術式であろうと、『術者が死んでから発動する』わけではなく、『発動してから術者の命を絶つ』ということくらいは、術式の基本構造として、老婆も理解していた。だからこそ、次第に不安が募っていく。
「ぐっ!? ガァァッァアアアア!」
そう。もう老婆の命は限界に達している。それは自分自身が一番よく分かっていた。しかし、上空に浮かぶ『月下通行陣』から何か得体のしれない生物が現れるような感じはなく、ただただ、閃光を放つだけ。それでも老婆の命は確実に削られていっている。
(どういうことだっ!! 何故『珠の御神楽』は現れん!)
老婆は焦りから嫌な汗を額から流す。
ミシィィィイイイイ!!
今まで老婆が立っているオフィスビルに響いてたような亀裂の音が、今度は鳴咲市全域から聞こえてきた。特に中心街に響くその音は大きい。
(!?)
老婆は明らかに動揺し、表情を歪めた。とは言っても、光の中で、老婆の表情など見えるわけもないのだが。
しかし、ここからも、老婆にとってこの事態は予測していなかったことだと思える。そもそも、『月下通行陣』とは、『珠の御神楽』を封印する、または封印を解くための術式なのだ。今は封印されている状態だから、今回『月下通行陣』を発動することによって、封印されている『珠の御神楽』が封印から解かれ、この鳴咲市に現れるという寸法だったのだ。が、『珠の御神楽』は未だに現れない。それどころか、術者である老婆の命も風前の灯になっている。
(……まさかっ!)
老婆は何かに勘付いたのだろうか。光の中で無理矢理目を剥いて、口をパクパクさせた。
「おいおいおい、話に聞いてたのと随分違うじゃねーか」
光に包まれた鳴咲市。その中心街の一角に、青髪の青年は佇んでいた。
閃光のような光の中でも、青年はものともせず目を開け、どこか楽しげに空を見上げている。
「まあ、これはこれで楽しそうだけど! しっかし、このままここにいたら、俺も被害を受けるんじゃねーのか!」
慌てているわけではない。むしろ、自分が今置かれている状況を受け入れ、さらには楽しんでいるようだ。
「なーるほど。『月下通行陣』なんて名前にまんまと踊らされたってわけね! くはぁ! おもしれぇ! こういう詐欺っぽいこと大好きだぜ!」
青年は舌舐めずりをしてニンマリと笑った。
青年はすでに理解していたのだ。『月下通行陣』の本質に。
「全く、誰がこんな名前を付けたんだろうなー! これじゃあのババァが勘違いするのも分かる気がするぜ! 『珠の御神楽』なんてハッタリまで用意するなんて、昔の野郎どもはどんだけビビりなんだよってなぁ!」
ミシィイ!
突然、青年が立っていたところの地面に亀裂が走った。それも小さなものではない。まるで大地震によって起きた地割れのようなものだった。
「おっと!」
突然の出来事に対して、青年は縄跳びでもしているかのように軽々と跳んで、そして亀裂で左右に避けた地面から離れた。
次々と街中から今のような亀裂音が聞こえてきた。ものすごい数だ。この音の度に今のような地割れが起きているのだと思うと恐ろしい。しかし、青年はそう思っていないようだ。
音がするたびに青年はククッと笑い、ニッと歯を見せた。
「しかし、残念ではあるなー! 『珠の御神楽』、そんな未知の生物がいるなら、是非この目で見てみたかったものだよ! まあ、これだけの大規模術式なんてのもそうそう見れたものじゃないんだろうけどっ」
誰に言うでもなく、青年は嬉々とした口調で言う。
「本質ねぇ~」
呟くようにそれだけを言った。
『月下通行陣』の本質に気が付いたのはもう一人いた。『妖霊の巫女』である美奈だ。
(これが、『月下通行陣』の正体……)
美奈は目を開けられないような状況の中でも、必死に『原点』と『起点』を結ぶ接続部分を捜した。そして、同時に、『月下通行陣』の本質を見抜いた。
そう、最初から『珠の御神楽』なんてものは存在しないということに。
(……考えてみれば分かることだった! 歴史書物に、具体的な『珠の御神楽』について書かれていないこと。『月下通行陣』によって巻き起こされた『結果』が書かれていても、『過程』が書かれていないことで気が付くべきだった! 『過程』が書かれていなかったのは、『書かなかった』のではなく、『書けなかった』……。そもそも『珠の御神楽』なんてものが存在しない以上、そんな『過程』なんて書けるはずもないんだからっ!)
美奈の考えは的を射ていた。
『月下通行陣』。その術の名に完全に踊らされていたのだ。『通行陣』という名から、何か強大な生き物を呼び出すための術式だと言われれば、そう信じてしまうのも無理はない。だが、実際はそうではない。『月下通行陣』、それは超大規模術式には違いないが、決して『珠の御神楽』なんて存在しない生物を呼び出すものではなく、ただの破壊攻撃型の術式だったのだ。
先日、美奈は自分の家で、卓たちと『月下通行陣』について触れていた書物を読んだ。しかし、どの書物にも『月下通行陣』が発動したことによって受けた被害は書かれていても、『珠の御神楽』に具体的にどうされたかなんてことは全く書かれていなかった。
伝言ゲームなら、人を挟めば挟むほど、その情報は少しずつ変動していき、下手をすれば最終的には全く意味すら変わってしまうことだってある。
それが、何十年、何百年にも渡ってしまえば、その結果は言うまでもなく、その情報に信憑性なんてものは存在しない。
破壊攻撃型の術式。基本的には術の陣の大きさに比例してその威力が増す。つまり、街全体を覆うような巨大な術式、それが破壊攻撃型ならどうだろうか。
そう、まさに怪物に襲われたかのように、一晩にして街を滅ぼすことが出来るだろう。その事実が、年を重ねるごとに、情報が変貌していき、最終的には在りもしない『珠の御神楽』なんて空想の生物を生み出してしまった。無理もない。街を滅ぼすほどの攻撃、それを怪物のせいだと言っても、疑うものは少ないのだろう。科学が発展した今ではそうでもないのかもしれないが、妖霊や妖怪が日常的なものになっている昔なら、それを信じるほうがむしろ必然である。
美奈はそれを確信した。確信した上で、『原点』と『起点』の接続部分を捜す。
『珠の御神楽』が存在しないということが分かったところで、『月下通行陣』が街一つを簡単に滅ぼしてしまう危険な術式ということに変わりはないのだから。
美奈はすでに、自分が考えていることを、卓たち討伐者組に伝達している。
(急がないとっ! 接続部分、そもそも、それは物体なのか、それとも……)
「はっ! そうか!」
美奈は思わず言葉を口に出していた。
「『月下通行陣』……その名の意味が分かった!」
何かの核心を突いたのだろう。美奈の表情は光の中で、どこか勝ち誇ったような笑みになっていた。
そして、すかさず手に持つスマートフォンを耳元に当てる。
画面には通話会議モードになっていて、3つの番号に同時に接続していた。
「卓、真理、蓮華! 接続部分が何なのか、分かったわ!」
『本当か!』
すぐに卓の声が聞こえてくる。その後に真理と蓮華もそれぞれ美奈の言葉に反応した。
『で、具体的にはどうすればいいの?』
意外と冷静そうな声、真理のものだ。
美奈はすうっと息を吸って、口を開いた。
「今現在、『原点』と『起点』を繋ぐ、いわば回線の役割を果たしているもの。それは月の光よ!」
『月の光?』
蓮華の問いが耳に飛び込んでくる。美奈はこくりと頷き、続けた。
「そもそも、『月下通行陣』の発動条件の一つとして、満月の光が必要ってのがあったでしょ? 私はそれは術を発動させるためのエネルギー供給のためだと思ってた。でも本当は違ったのよ。月の光、それは『原点』と『起点』を結び、『原点』に集まるエネルギーの集束を均等に『起点』に分け与えるためのもの。つまり、この月の光を、一時的に『起点』から途絶えさせられれば、今発動している防御術式もその間だけ停止するはず。その間に『起点』を壊せれば!」
『なるほど。それなら辻褄が合うわね』
真理の納得したような声がスピーカーから聞こえてくる。
『光を遮るにはどうすれば?』
卓の問いに、美奈は少し考える素振りを取ったあと、滑らかに口を動かした。
「それはそんなに難しくないと思う。遮ると言っても、完全にシャットアウトする必要はないわ。強烈な攻撃か何かで『起点』の周りに粉塵でも撒き散らせば、それだけでブラインドの役割を果たしてくれるし、完全に防ぎきれないにしても、防御術式の効果を弱めるくらいにはなるから」
『そう言うことなら問題ないな』
卓はどこか勝ち誇ったような声になった。顔は見えないが、真理も蓮華もどこか心にゆとりが出来たのだろう。電話越しでも安心感が伝わってきた。
『攻撃で粉塵を撒き散らす』なんてことは、卓たちにとっては造作もない。石の力を得て、強烈な一撃を地面に向って放てば、それだけで土埃が舞って、その粉塵がブラインド、またはカーテンの代用となり、月の光を遮ってくれる。
卓には広範囲をまるで津波のように攻撃する『蒼波滅陣』があるし、真理には攻撃範囲こそ狭いものの、当ればそれこそ『一撃必殺』の大技、『紅蓮槍風』がある。蓮華にしても『守護の弐席』と呼ばれる強力な武器、神器があるのだ。粉塵についての不安要素はどこにもなかった。
何より、美奈はその3人に絶対の信頼を持っていた。だからこそ、その力を疑うことなく、自分は自分の成すべきことをやるだけだ、と強く思えた。
(絶対、何が何でも止める!)
美奈はスマートフォンとは反対の手に持つ7枚のお札を握りしめた。
「みんな、時間がない! タイミングを合わせて、同時に光を遮るわよ。その後はすぐに『起点』の破壊に移る!」
『『『了解!!』』』
(今度こそ、守る!)
美奈は目も開けられないほどの光の中で、スマートフォンをしまい、そして、お札を構えるようにして持ち直した。
「術式・七星! 却火!!」
フュオン!
美奈の手にあったお札は勢いよくそこから離れ、7枚のお札は宙を舞いながら、ボゥ! とそれぞれが火を纏い、まるで人魂のように浮かぶ。しかし、その大きさはどれもボーリング級で、そのどれもがすさまじい熱を放っている。
「いっけえええええ!」
美奈はお札を持っていたほうの手を上から下に振りかざすと、それに連動したように7つの火の球は勢いよく『起点』のすぐ近くの地面に直撃した。
ボコッ!
そんな音を7回鳴らす火の球。そしてその度に凄まじい量の土埃が宙を、主に『起点』の周りに舞った。
鳴咲市の北部にある海岸。その砂浜に不自然に聳え立つ『起点』。今は海もろとも光に包まれているが、その中に、紅い光が混じっている。
真理の持つ日本刀が放つものだ。その刀身には禍々(まがまが)しいほどの紅を纏った日本刀が握られていて、その刀を『起点』の麓に向って突き出していた。
刀身に纏っている光は次第にその形を変形させ、まるで大きな槍のような形になって纏わりついていた。
真理はぐっと日本刀を握る手に力を込め、勢いよく突き出す。
「紅蓮槍風!!」
ビュゴォ! と勢いよく、槍の形をした紅の光は風を斬り、そのまま『起点』の辺りにある地面の一帯を抉った。結果は言うまでもなく、大成功だ。『起点』はあっという間に粉塵に呑みこまれてしまう。
鳴咲市南部にある市民公園。今は夜だからなのか、いや、おそらくは中心街の惨事のせいだろうか。人は全くいなかった。そんな中で、遊具にしては使い道が分からない円柱が立っている。『起点』だ。
『起点』の前で、蓮華は両手で彼女の武器、『守護の弐席』を支え、右手の指を引き金に引っかけている。
銃口の先には黄金の、ハンドボール程の光の球が、その周りに幾本もの光のラインを取り巻きながら存在していた。
カチャという音を立てて、蓮華は銃口を『起点』の真下辺りに狙いを定めた。
『守護の弐席』の動きに合わせるように、銃口の先に浮かぶ光の球も動く。その間にも光のラインをどんどん取り巻いている。
「射出準備完了……」
蓮華は、銃口を標的に定めると、ぐっと引き金にかける指に力を込めた。そして、
カチャリッ!
音はまるで拳銃が不発に終わったかのような乾いたものだった。
「射出!」
しかし、不発などではない。
銃口に先に浮かぶ黄金の球は勢いよく放たれ、そのまま一直線に『起点』が立っている辺りの地面に直撃した。
ドパッア!
まるで波が岸壁に当って水しぶきをあげたような音が鳴り響き、土を舞い上げ、その場に爆発した直後のように粉塵を撒き散らした。
最後は、鳴咲市東部に位置する空き地。本来なら、ビルが建つ予定だっただけあってその敷地はなかなかに広かった。そんな敷地の中心に立つ『起点』。真理と同様に、卓もその『起点』の前で長刀を構えている。
刀身、というより、卓の周りに涼しげな蒼の光が渦巻く。
卓は目を瞑り、長刀を上段に構えている。そんな中、卓の耳には『月下通行陣』によって街が破壊されていく音と、静かにシュウウ! と音を立てる光、その二つが聞き取れていた。
しかし、卓は慌ててはいない。着実に石の力を集め、その度に卓と長刀を取り巻く蒼い光は大きくなっていく。
そして、先ほどより、卓の耳に届く音は光の渦巻く音が大きくなった。それを合図代わりに、卓は目を見開き、そして。
「蒼波滅陣!!!」
一気に長刀を振り抜いた。
ブゴォオ!
大型トラックのエンジン音のような音と共に、空き地いっぱいに蒼い光が波のように広がった。それだけではない。その一撃は触れた地面を次々に抉り、光の波に乗っかるように粉塵もその場に撒き散らされる。
『起点』は、というより、空き地は粉塵に覆われる形となった。
鳴咲市西部にある林。
その一部は土埃が舞っていて、『月下通行陣』が放つ光と混じり合い、完全に視界を閉ざしている。しかし、それはつまり、『原点』と『起点』を結ぶ月の光をも遮っていることを意味していた。
そんな視界の悪い林に、ボワッ! と7つの赤い光が浮かんでいる。その7つの光は美奈の頭上に浮かび、その先には、月の光を遮られ、その表面に仕掛けられた防御術式の効力を失った『起点』がある。
美奈の頭上に浮かぶのは、『妖霊の巫女』である彼女が得意とする、術式・七星のうちの一つ、却火。
(これで、絶対にこの街を守って見せる! もう大切なものを失うわけにはいかないんだからっ)
美奈はキリッと表情を引き締めた。それに呼応するように、頭上にある『却火』の火力も上がった。ボーリングの球がさらにもう一回り大きくなった感じだ。
(こんな悪夢はここでお終い!!)
すっと美奈は右手を垂直に空に向けて上げ、ぎゅっと唇を噛みしめた。
すうっと深く、口で空気を吸い込み、そして、バッと上げた手を振り下ろした。
ビュゴォ!
同時、美奈の頭上にあった7つの火の球は勢いよく『起点』に向っていく。
ガギィ! 火の球が『起点』にぶつかる直前、何か薄い膜のようなものとぶつかり、その場で波を立てた。しかし、次の瞬間、火の球は薄い膜(『起点』に仕掛けられた防御術式)をあっさり破り、さらに進んだ。
『起点』に貼られているお札が発動する何重もの防御術式だが、術の発動に必要なエネルギーは『原点』から送られる月の光で賄っていた。つまり、先ほど、大量の土埃で、月の光を遮られた『起点』は同じように強力な防御術式を発動することが出来なくなるといわけだ。
「いっけええええええええ!」
美奈の叫びが林に響いた。そして、直後、
バコォオオオオ!
火の球全てが勢いよく『起点』に直撃した。とてつもない轟音と、爆風に美奈は顔を屈める姿勢になったが、すぐに顔を上げた。すると、つい直前まで目の前にあった円柱は瓦礫の山となっていた。
「……やった……」
美奈はわなわなと震える手で拳を握った。そうしていると、ドコォと小さな音が連続して3回聞こえてきた。
ヒュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
今度は上空から、それも轟音以上の轟音で聞こえてきた。
「!!」
ふいに美奈が空を見上げると、鳴咲市上空を覆うように君臨していた巨大な『月下通行陣』の術の陣がすっと消えて行った。それと同時に、視界を遮る眩い光も消えていく。
『美奈!』
巫女装束にしまった美奈のスマートフォンから声が聞こえてきた。美奈はすぐにそれを手に、耳に当てた。
『美奈! これは成功したのかっ!?』
卓の声が聞こえてくる。しかし、美奈はすぐに言葉が出てこなかった。身体の震えが止まらず、口も思うように動かなかったのだ。
『美奈!?』
すぐに返事がこないことに、少し焦った様子で卓が繰り返す。
『どうしたの!?』
続いて真理の声も聞こえてくる。
美奈は震える身体をもう片方の手で押さえつけ、そして、グッとスマートフォンを握る手に力を込めた。
自分の目の前にある『起点』だった瓦礫の山を見て、そして、星と月が輝く普通の夜空を見上げた。
スーと目から何か熱い透明な液体が美奈の顔の輪郭に沿って流れる。
何度も言葉にしようと、口をパクパクさせる。そして、キュッと口を閉じた。すると、自分の心臓の鼓動がハッキリと聞こえてくる。とても速い。ドクンドクン。一定のリズムではない。不規則に高鳴る鼓動。それをしばらく聞いていると、自然と口が開いた。
そんな間も、電話の向こうで、卓と真理、蓮華が何かを言っていが、美奈が放った静かな一言が、彼らを静寂に導いた。
「成功よ……!」
待ち望んでいたその一言。しかし、彼らから歓喜の声は生まれない。それぞれが胸の内で込み上げてくる喜びに浸っているのだ。そして美奈はもう一度。今度は自分にも言い聞かせるように、
「……成功よ」
「約束の蒼紅石」第14話いかがでしたでしょうか?
この「妖霊の巫女」編もいよいよラストスパートです!
実は、「妖霊の巫女」編は5話くらいで終わる予定だったのですが、いろいろ練り直しているうちにこのように少し予定より長くなってしまいました(笑)しかし、今回の章でいろいろ込み入った設定なんかも少しずつではありますが明かされてきたと思うので、そういう事情もあるんだなーと温かい目で見守ってくださるとありがたいです!
では、今回はこの辺で! また次話にお会いしましょう!