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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
妖霊の巫女編
13/29

お姉ちゃん

こんばんは! 夢宝むほうです!

今日、宿泊学習から帰ってきました!!なのにどうしてもう更新出来るのかって?

いや~実は第12話と同時進行で書き上げていたのです!

なので、このペースで更新することが出来ました!!!頑張りました(笑)

今日は東京でも雪が降って、大分寒くなってきましたね!みなさんもどうか風邪やらインフルエンザやらにかからないよう体には気を付けてください!


では、「約束の蒼紅石」第13話お楽しみください!

 電気が根元から切られたオフィスビルの屋上に老婆と青髪の青年はいた。青年と並び、フェンスから下を見下ろす老婆。

 そこから見える光景は戦場そのものだった。人間型兵器ヒューマノイド・アームズと妖霊と正面衝突。その度にドッ!という激しい音が街中に響く。

 見るに堪えないその光景を老婆は忌々しそうに見下す。

 「なんじゃ、あのカラクリは!」

 苛立ちをあらわにそんば言葉を吐き捨てる。

 「人間型兵器ヒューマノイド・アームズ。俺達、討伐者側が所持する特殊機動兵器とでも言うべきかな。まあ討伐者の『外』の世界では浸透していない技術だから知らないのも無理ないんだけど。あれ一機で、戦車20台分ほどの戦闘力になるらしいよ」

 青髪の青年は感情という感情が見られないほどに淡々と説明する。老婆は正直、青年の言ったことをよく理解したわけではないが、ただ自分に悪影響しか及ぼさないことだけは分かっていた。

 「これでは妖霊が殲滅せんめつされかねんな」

 老婆は誰に言うでもなく呟くと、フェンスから離れて屋上の中心部分までゆっくりと歩く。

 「おっ!? 始めるのかい?」

 ゆっくり屋上の中心へと歩いて行く老婆を青年は目で追いながら楽しげに弾んだ声で言う。

 老婆は青年の言葉を無視して、屋上の中心まで来ると、色褪いろあせた巫女装束のふところからすっと包丁を取り出した。

 包丁と言っても普通の家庭の台所にある調理用のものではなく、刃の部分は長方形の、まるで断頭台だんとうだいに吊るされるギロチンを小さくしたようなものだった。

 「……?」

 青髪の青年は、老婆のその行動の意図が分からず、下で繰り広げられる戦闘を気にしつつ首を傾げた。

 「これより月下通行陣を発動する」

 老婆のその言葉に、青年は目をいてニタリと笑う。そして、

 「じゃあ俺は巻き添えは御免ごめんだから、少し離れたところで見学させてもらうよ」

 その言葉も老婆は無視。青年はフンと鼻で笑い方をすくめると、トンッと軽い音をたてながら屋上の床を蹴りあげると一瞬でフェンスの向こう側へと飛び越えた。傍から見ればこれから飛び降り自殺を実行しようとしている人のようだ。

 「じゃ」

 青年は短くそれだけを言い残すと、何の躊躇ためらいもなくそこから飛び降りた。

 下からの風で青年の青髪は逆立ち、垂直に地面に向って落ちて行く。そんな状況でも青年は笑みを絶やすことなく、

 「うーん! エクセレント!」

 などと、スカイダイビング感覚で楽しんでいる。そして、地面にその足が着きそうな距離まで来たとき、青年の真下にブオォと風が舞い起こった。

 その風がまるでクッションの役割を果たしたのか、青年の身体は地面に着く寸前に不可解にフワッと浮かびゆっくりと足を地面に着けた。

 その直後、青年の方に一機の人間型兵器ヒューマノイド・アームズが妖霊に飛ばされたのだろうか、すごい勢いで宙を舞って飛んできた。

 「全く、ガラクタのポイ捨てを押しつけんじゃねーよ!」

 青年は特に焦った表情も見せず、フッと直角に曲げた右足を持ちあげ、足の裏を飛んでくる人間型兵器ヒューマノイド・アームズへと向ける。

 ドガッ!と鈍い音で青年の足の裏に人間型兵器ヒューマノイド・アームズが当る。しかし、一機の重量が300キロを超える人間型兵器ヒューマノイド・アームズが勢いよく直撃したにも関わらず、青年は後ろに飛ばされるどころか、ミリ単位ですら動かない。

 「ポイ捨てをとがめるつもりはないけど、向ける相手はよく考えなよ?」

 青年は軽い口調で言うと、人間型兵器ヒューマノイド・アームズを止める足をグッと押し出す。

 すると、さっきより速いスピードで、壊れた人間型兵器ヒューマノイド・アームズは来たところを飛んでいく。減速しないままドガッ!と人のいないビルに直撃し、そこから爆発が起きた。

 「『ゴミはゴミ箱に』なんて知らねーよってな」

 青年はそのまま爆発で炎上するビルに背を向け、その場を後にした。



 老婆は無人のオフィスビルの屋上で、大き目の長方形型包丁を手にたたずむ。

 (予想外な展開じゃが、今から発動させれば問題なかろうて)

 老婆は手に持つ包丁をすっと自分の左手首に当てる。その刃は下で炎上する街の色を受けて怪しく光る。

 (長年に渡る我ら一族に対する侮蔑ぶべつ。ここで終止符を打つとしよう)

 そして、左手首に当てる包丁をグッと押しこんだ。ボトリという音と共に、地面に老婆の左手が落ちる。

 ドポドポ。当然、切り口からは大量の赤い液体が飛び出す。そして、地面に次第にその液体は円を描くように広がっていく。

 「ぐぬっ!!」

 老婆は痛みで失いそうになる意識を何とか維持して、包丁を屋上の端のほうに投げ捨てた。

 そんな動きに反応するように手首からまたしても血がボォと吹き出る。そして、ある程度の量の血が地面を染めたところで、老婆は草履ぞうりでその血の池を踏む。そして、ぐりぐりと草履ぞうりの裏に自分の血を付けると、そこから足を地面から離すことなく、まるで筆のように地面をなぞる。

 「ハァ……ハァ……」

 老婆は次第に朦朧もうろうとなってゆく意識の中、休めることなく足を動かす。ゆっくりと円を描くように屋上を歩く。老婆が歩いた後には草履ぞうりで伸ばされた血がラインを引いていた。

 そして、老婆は円を一周すると、足を止めた。

 屋上には半径3メートルほどの血で描かれた円が出来あがった。老婆はそれを確認すると、今度は同じ要領で円の中を歩き始める。

 次に老婆が足を止めたときには、円の中に五角形、さらにその中に星のような模様が描かれていた。

 これこそが『月下通行陣げっかつうこうじん』の術の陣。

 「時は来た……!」

 老婆は痛みに耐えながらも、どこか興奮気味に目を見開いて術の陣の真ん中に立つ。

 地で描かれた術の陣は、その真上に光る満月に照らされる。

 そして、老婆は深く息を吸い込むと、両手をパンと合わせて、ゆっくりと唇を動かす。

 「我の血肉を媒介とし、ここに通行の許可を下す。我、珠の代弁者となりける者なり。神の御心みこころのままにその力を振るうことをここに命ずる」

 術の発動詠唱だろうか。そんな言葉を老婆が放った後、真っ赤な陣はキィン!と甲高い金属が擦れたような音と共に青白く光り出した。

 (成功した……のか?)

 老婆は合わせた手を離し、青白く光る陣を見回す。すると、老婆もろとも円状の陣の中がまばゆい青い光に包まれた。そして、

 ビュオン!

 光はさらに激しさを増し、天に架かる柱のように夜空に向うと、そこで四方に光は分かれて行った。一つは林に、一つは海岸に、一つは空き地に、一つは公園にそれぞれ光は落ちた。『起点』だ。今、老婆がいるオフィスビルの屋上を『原点』としたときの四方の『起点』。同日の昼間に青髪の青年がセットしたものだ。その『起点』はどれも同じ形で、円柱にその表面を覆い隠すように何枚も貼られたお札。そんな『起点』に青白い光が辺り、『起点』自体も光だした。

 その光は、老婆のいるオフィスビルからもうっすらと確認出来る。

 「ついにやったぞ」

 老婆はもう痛みなど気にしない。ただただ、自分の野望を叶えたことに、その快感におぼれている。

 『月下通行陣』、いや、超大規模術式の発動条件として、その一つに術者の命との引き換えというものがある。これは『月下通行陣』とて例外ではない。つまり、老婆の命はこの術式を発動した時点で、終焉しゅうえんを迎えているという確定事項が成立している。それなのに、老婆は不安の表情など微塵みじんも見せない。

 四方の『起点』に変化が訪れる。原点と同様に、その光を天に架けた。そして、それらはどれも同じく『原点』へとラインを結んだ。

 同時に、命の取り引きが始まった。

 「!? ぐぬぉおお」

 老婆が突然呻うめきだす。外見に変化があったわけではない。つまり内側からなのだ。

 『血で術式を描く』ということにその意味が込められている。

 以前に、卓たちと対峙した魂の傀儡子くぐつしが使用した虚無きょむである邪蛇じゃだほころびもそうだ。使用者の血をある種の伝達機能を持った回線として接続することによって、邪蛇の綻の場合は意思を持った武器として、そして『月下通行陣』の場合は命を使用して術を発動させるための媒介として使われているのだ。

 そもそも、血とは昔から『生命』として扱われている。だからこそ、用途は世界が違っていても、その根本は一緒なのだ。一つの強大な力に必要とする『生命』。その定義に世界の違いなど通用しない。

 今、老婆に何が起きているのかと言えば、『寿命を削られている』というしかない。血で描いた陣が、その効力を発動させるのに必要なのは月の力、術者の命なのだから。そしてもう一つ――




 卓と真理、蓮華は巨大な獣の妖霊と対峙していた。

 そして、卓と真理が握るのは一つの蒼と紅の光が織り混ざった巨大な剣。

 圧倒的な威圧感を放つその剣を握る卓と真理。そしてその後で神器、守護ガーディ弐席ツベンを構えている蓮華はふと夜空を見上げる。

 燃え上がる街が薄赤く照らす夜空。そこに青白い光のラインが架かっている。当然、自然現象ではない。これがオーロラならただ見惚みとれていることもできただろうが、この鳴咲市にそんな神秘的現象は起きない。つまり、

 (もう発動したのかっ!!)

 卓だけではない。その場にいた全員がそう思った。

 『月下通行陣』の発動。その事実が、討伐者たちを制圧した。

 本来の予定なら、『起点』の場所が特定できない以上、術を発動させてから阻止するといものだったので、ここで焦る必要はないのだが、それは『それまでが平和である』という仮定のもとに成り立つ作戦だった。

 しかし、実際は違った。作戦実行を目前として、突然街が大量の妖霊に襲撃され、そして『月下通行陣』について一番よく知る美奈ともはぐれてしまった。合流しようにも目の前には強力な妖霊が立ちふさがる。負のスパイラルだった。

 こままでは間に合わない、その結論が3人の中に生まれる。美奈の話ではこの月下通行陣は発動からその効力を発揮するまでに、規模が規模なだけに1時間ほどかかると言っていた。だからこそ、先ほどの『平和である』という仮定のもとに立てられた作戦がきてくる。

 今から目の前の妖霊を倒したとしても、すぐに美奈に合流出来るとは限らない。今現在美奈がいる『貴族ロイヤル楽園エデン』までの距離は1キロと少しとそう遠くはないが、また目の前にいるような妖霊が立ち塞がらないとも限らない。

 そんな思考が次から次へと生まれて、卓たちを焦らせる。

 (今は目の前の妖霊てきを何とかしないとっ!)

 卓はぶんぶんと首を横に振って、再び獣の妖霊を睨みつけた。

 巨大な光の剣を握る卓と真理、そして牙を剥きだして威嚇いかくする獣の妖霊との間にピリピリとした空気が漂う。どちらから動いても不思議はない雰囲気。が、それはすぐに一変した。

 グッ!? グモオオオォ!

 突然、雄たけびがその場に響いた。

 「「「!?」」」

 討伐者組は理解出来ていなかった。今、目の前で何が起きているのかを。

 その雄たけびは先ほどまでの威厳のあるそれとは違い、どちらかと言えば苦しんでいるようなものだった。変わったのはそれだけではない。

 獣の妖霊の身体は青白い光に包まれ、まるで炎に焼かれているように光はゆらゆらと揺れている。そして、そんな光の中で獣の妖霊は苦しそうにもがいていた。

 「何が起きているんだ……」

 卓はすぐ横にいる真理を見た。しかし、当然真理も理解が追いついていないのだろう。目を見開いて、ただただその様子を愕然がくぜんと見ていた。

 フュウンと、機械のファンが止まるような音と共に、卓と真理の手に握られた巨大な光の剣は消えた。いや、卓と真理が無意識のうちに引っ込めたのだ。

 フュオン!

 不気味な音が上空から聞こえる。

 その場にいた討伐者3人組がすぐさま空を仰ぎ見ると、そこには。

 「……嘘、だろ……」

 ポツリと呟く卓。もはや言葉すら出ない真理と蓮華。

 彼らの視界に飛び込んできたもの。それは『巨大な術の陣』だ。何の、というのは愚問であろう。言うまでもなく『月下通行陣』のそれだった。

 しかし、つい先刻まで、空には4本の青白いラインが交差しているだけだったのだが、今は違う。

 中心街というより、鳴咲市全体の上空に広がるそれは巨大な円が描かれ、その中に五角形、さらにその中に星模様が映し出される。それは無人のオフィスビルの屋上で、老婆が自身の血で描いた陣そのものだった。

 まるでその様子は映写機で巨大化させたものをスクリーンに映し出したようだった。

 シュゥウウ!

 卓たちが空に映し出された巨大な術の陣に目を奪われていると、ふと前方から蒸気を噴き出すような音が聞こえる。

 「「「!!!」」」

 驚愕した。

 先ほどまで卓たちを圧倒的な力で制圧していた獣の妖霊はもはや雄たけびすらあげることも出来ず、青白い光に包まれたその身体は次第に純白の球体へと変貌へんぼうを遂げた。

 球体と言っても、実際に実体があるのかどうかすら分からない。見たことはないが魂なのではないかと思えるほど、不気味にそこにある。

 そして、

 シュッ!

 凄まじいスピードだった。まさに光速。

 白い球体となった獣の妖霊はまるで磁石に引っ張られるように空に広がる巨大な術の陣に取りこまれた。

 「何が、どうなってるのよ」

 真理は辺りを見回す。

 すると、中心街のあちこちから、さらにはまばらではあるが、中心街の外からもポツポツと、今3人の目の前と同様の白い球体がすごいスピードで空へと舞い上がっていた。

 その光景は実に奇妙なものだった。

 天地をひっくり返して雪を降らせたような光景。その光景を、卓たちはただただ呆然と見ているしかなかった。

 しかし、彼らには何の変化もないことから、この光はきっと全部が妖霊なのだろうと予測出来た。

 これこそが、『月下通行陣』の最後の発動条件。

 『妖霊の命』を使って、やっとこの『月下通行陣』は発動する。術者の命、そして月の光、最後は大量の妖霊の命。これだけの材料がそろって初めて『月下通行陣』は完成する。

 これが、老婆が『月下通行陣』について美奈に教えた理由。

 美奈がこれをしれば、その性格上、間違いなく人々を妖霊から守るために、『原点』を設置する人がごった返す中心街に『妖霊払いの呪符』を設置する。妖霊は人を求めて中心街に来るが、『妖霊払いの呪符』の効力により近寄ることが出来なくなる。つまり必然的に中心街の周りに妖霊が大量に集まってくる。

 だが、もし『妖霊払いの呪符』が壊されたらどうなるだろうか。それまで介入を許されなかった妖霊は我先へと中心街に乗り込んでくる。そう、『月下通行陣』の『原点』であるこの場所へと。

 『妖霊払いの呪符』を『破壊』という表現をしたが、実際にそれを行うのは、もはや一般人ですらたやすい。見つけることさえ出来れば、貼られた紙を剥がすだけでそれは『破壊』されるのだ。つまり、それほどの力を持たない老婆でさえ、呪符を見つけることさえ出来れば『破壊』など紙飛行機を作るよりも簡単なのだ。

 「卓! 蓮華! 時間が無いわ! 急いで美奈を捜すわよ」

 真理のその一言が、二人を現実へと引き戻した。そして、それを確認した真理は少々いぶかしげな表情でさらに続ける。

 「おそらく、これは術の発動を意味する何らかの前儀ぜんぎ……もうほとんど時間は残されてないと考えるのが妥当」

 それは、何となくだが、卓と蓮華も察していた。

 そう考えてもこの今の現状は穏やかではない。それに、実際にこんな巨大な陣を見れば、これまで聞いていた『月下通行陣』の話と組み合わせれば、その答えは簡単に導き出せてしまう。

 「急ごう」

 真理は一言、繰り返す。

 それに卓と蓮華もしっかりと頷き、再び足を動かす。

 目指すは美奈のいるであろう『貴族ロイヤル楽園エデン』と称される高級住宅街。




 中心街の北東位置に建設された私立光陵学園。日本でも指折りの名門女子校。中高一貫なので、その敷地もさることながら校舎も大規模。その外見はまるでヨーロッパの宮殿で、正門には庭園が広がりその中心には噴水があった。しかし、その噴水も電気が止められているからだろうか、今は水を噴き出すこともなくただの水の溜まり場になっていた。

 光陵学園自体に被害はなく、無傷ではあるものの、その周りの街がほぼ倒壊状態にあるため、校舎には人影など見当たらない。

 しかし、二人。

 光陵学園の校舎裏にはアンツーカ製のグランド、そして、校舎の向って左には植物園と室内プール。右には希望制の学生寮がある。

 学生寮もその外観は宮殿とまではいかないにしろ、ヨーロッパの高級感溢れる建築物になっている。階層は全部で5階。一人部屋から四人部屋まであり、その部屋すらも希望をとって決めている。

 そんな学生寮の前に、光陵学園のピンクのセーラー服に身を包む少女が二人いた。

 「……こ、今度はなんですかっ……」

 片方の少女。

 何とも頼りないどこかおどおどした口調の少女は白い肌に、茶髪のロング。しかし髪先は綺麗にカールされている。

 彼女は、中心街中から浮かび上がる白い球体を見ながらあたふたと首を回す。さらに、その白い球体は光陵学園の敷地内からも飛び上がる。その度に少女はひゃっ!と小さく悲鳴を上げる。

 そんな小動物のような少女の横にはもう一人。

 「あー。なんかヤバかもねー」

 のんびりとは違う。どこか気だるそうな、無気力な感じの口調の少女。口には細いスティック状のクッキーに、その上部分に薄くチョコが塗られているお菓子を加えながら、空を見上げていた。

 金髪でショートヘア。襟足えりあしは綺麗に揃えられていて、前髪はヘアゴムで結び、まるで角のようにピョーンと生えている前髪。つまり額が丸出しなのだ。感情というものが見られない表情で、なんとも眠たそうな瞳で空を見つめる少女。

 ポリッ! 

 なんとも良い音でチョコ菓子をかじるとさらに続けて、

 「こういうのなんて言うんだっけー。絶体絶命?」

 空を見上げたまま金髪ショートヘアの少女は尋ねた。いや、もはや尋ねているのかどうかさえ怪しくなるほど抑揚よくようのない口調なのだが、隣にいた少女は彼女と付き合いがそこそこ長いのだろうか、

 「う、うん。今何が起きてるのか正確に理解していないから何ともだけど、た、多分それでいいと思うよ……」

 オドオドした態度は変わらないが、それでも律儀に受け答えするカールの少女。

 良かった、と金髪ショートへアの少女は、本当にそう思っているのだろうかと聞きたくなるほど平坦にそう言う。そして、

 ポキッ!

 残りのクッキーを口に含んだ。

 これだけのやりとりを見れば、ただの逃げ遅れた女子学生なのだが。いや、この戦場のような現状でこれだけ平静を保っている時点で『ただの』なんて言葉を付けるのは適切ではないのかもしれないが、正直、問題視するべきところではない。

 ごく普通のセーラー服に身を包む彼女らの手にはごく普通に、さも当然のように武器が握られている。

 茶髪カールの少女の手には細いが、ある種の威圧感を放つ槍。全長三メートルほどの槍だ。つかの部分には握りやすくするためのものなのか、白いゴムグリップが巻かれている。さらに言えば、特徴的なのはその刀身。ただの槍ではないのだ。中心に突き出る長めの刃の横にクワガタのあごのように分かれる三つまたの槍。華奢きゃしゃな身体のその少女に、そのあまりにも物騒ぶっそうな武器は不釣り合いにもほどがあった。

 そしてもう片方。こちらは現在は厳密に言えば手に武器はない。武器は金髪ショートへアのすぐ横のレンガの地面に突き刺さっていた。

 それは大剣。それも、普通の大きさではない。こちらも全長三メートルほど近いが、茶髪カールの少女の持つ三つ叉の槍よりも大きく見える。その要因は、いたって簡単。槍よりも幅があるからだ。もはや剣であるかどうかすら分からない。もしかしたら鈍器としても立派に使えるのではないのかというほどそれは幅があった。大の大人を二人並べたくらいの幅で、さらに高さの三メートル程にもなる大剣は威風堂々と地面に突き刺さる。

 金髪ショートヘアの少女がそんな巨大な武器を振り回せるように見えるほど巨体かといえば答えはノーだ。むしろ、身長は隣にいる少女よりも低く、一五〇センチ越えと小さい。さらには筋肉と言えるほどのものもなく、細身な彼女にこんな大剣を振りまわせというやからがいるのだろうかというほどだった。

 「全く、人の家を壊そうなんてひどいことするわよねー」

 相変わらず感情が垣間見かいまみえない棒読みの金髪ショートヘア。すっとスカートのポケットから銀包みを取り出し、そこから一本、チョコ菓子をつまむと再び口にそれをくわえた。

 「い、一体何が起きているのっ……」

 こちらも相変わらず頼りない口調。夜空に広がる巨大な術式を見てあたふたする茶髪カール少女。

 この反応から、きっとこのような術を見たことがないのだろう。いや、見たことがあると言えばそれはそれで問題なのだが。

 しかし、このご時世にこんな殺傷力満載な武器を持つ彼女らが『一般人』でないことは明らかでもある。それを彼女たち自身隠す気もないのだろう。

 もし隠す気があるのであればこんな目立ち過ぎる武器を持って学校になどいないはずだろう。

 「ねえー雪穂ぉー。これって明日から学校休校になるんじゃない? もしそうなったら宿題とか出るのかなー」

 「ど、どうだろう。もしかしたら少し出るかも……って、い、今気にすることじゃないと思うけどっ……」

 雪穂、と呼ばれた少女は何とも弱々しい突っ込みを横にいる金髪ショートヘアに向って言う。しかし、そんな突っ込みとも思えない突っ込みを受けてどうということもなく、気だるそうに口を開く。

 「でもさー夏休み終わったばかりでまた宿題って正直参るわよねー」

 ポリポリとリスのように小刻みにチョコ菓子を齧っていく少女。その横で、そうかもだけど、と上空に広がる陣と、すぐ隣にいる少女に困らせられる小動物のような少女。

 この小動物のような少女は白木雪穂。今彼女がいる私立光陵学園の高等部一年五組に在籍していて、美奈のクラスメイト。実家が地方ということで、今は光陵学園の敷地内にある学生寮で生活している。そして、雪穂の隣にいる死んだ魚のような目の少女が、彼女の寮のルームメイトにして、光陵学園高等部一年二組に在籍している潮波くずり。雪穂とくずりは中学のときからこの光陵学園に通っていて、ずっと一緒のルームメイトでもあった。

 「というか、どうしてこの街は次から次へと厄介事が舞いこんでくるかなー」

 くずりは実に面倒そうに頭に生える前髪をピンッと指で弾く。

 「で、でも、この前の冥府の使者に関しては、私たちは何もしてない――」 

 「それでも、今回は完全に巻き込まれたよー」

 くずりは雪穂の言葉を遮って、とはいえ、その口調も変わらないのだが。

 「大体、今回の件って、私たちの専門外じゃない?」

 いつの間に食べ終えたのだろう。くずりの口には先ほどまであったチョコ菓子がその姿を消していて、さらに新しく取りだしたそれを口にくわえながら尋ねるくずり。

 それには少し賛同するところがあったのか、雪穂も、

 「う、うん。でも、だとするとこれって何なんだろう……」

 などと口走る。

 今、鳴咲市に起きている事態は彼女らにとってもイレギュラーなことなのだろう。彼女らが武器を持っていることから、さきほどまで妖霊と対峙していたことは何となくだが想像出来るが、それも完全に状況を把握した上でのことでもないのだ。

 ただ、問題なのはそこではない。彼女らにとって一番の問題は、自分たちの背後にある建造物。彼女らにとっての『帰るべき場所』が奪われてしまうということなのだ。妖霊だろうが何だろうが、『帰るべき場所』を奪う者には躊躇ちゅうちょなく刃を向け戦う。それが今の彼女らの在り方なのかもしれない。

 「見たことない生き物だったわねーどう考えても『魂玉』ではないでしょー」

 「うん、文様もんようもなかったし……」

 『文様』とは、魂玉に刻まれる赤いラインで描かれた模様のことだ。当然、妖霊にはそんなものはない。

 「まあー今回も私たちは見学っていうことでー」

 なんとも能天気のうてんきな口調で言う。その言い方は今の中心街の惨状すらも忘れさせてしまうほどだ。

 「そ、そうだね。最近はこの街にも優秀な討伐者が配置されたみたいだし」

 雪穂も見学については特に反対もせず言う。

 「『魂の傀儡子』を倒した人たちだっけー。ゆーしゅーゆーしゅー」

 くずりの口調からはどこまでが本音か分からない。何せ感情が見えないのだから、それが本心から来るものなのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。

 しかし、次の言葉は少し違った。『感情』が若干垣間見えた。

 「でも、『頂』が動いた以上、私たちも見学決め込むわけにもいかないんだけど」

 雪穂はビクゥと肩を震わせた。

 それは滅多に感情を見せないくずりの口調にそれが見えたから。具体的には分からない。怒り、不安、期待、もしかしたら他の感情かもしれない。どの感情かは断定できないが、感情が含まれていることだけは断定出来た。

 しかし、口調はすぐに元に戻った。

 「全く面倒なことになったわよねー」

 最後の一本、チョコ菓子をポリポリと齧っていくくずり。その横で雪穂は苦笑いを浮かべ、そして再び夜空に浮かぶ術の陣を見上げた。そこには街中から舞いあがる白い光をまるで大きな口で吸いこんでいるような光景が広がっている。




 中心街にある住宅街、地元では『貴族ロイヤル楽園エデン』と呼ばれる場所。道を挟んで左右に一戸建ての外見からもはや『貴族』という雰囲気をかもし出すものがずらりと並ぶ。しかし、そんな名前も実物も華やかな場所も、今は緊急避難命令が発令されたため無人であった。いや、正確には一人と一体ひとりがいたのだが。

 「ぐぁ!? アアアッァァァァアアアアア!!」

 炎がパチパチと建物を燃やす音、そしてドゴッ!という轟音と共にあちこちでビルが崩れて行く中で、『貴族ロイヤル楽園エデン』に悲痛の叫びが響いた。

 住宅街の一角の路地に青白い光に包まれる乱れ伸びた黒髪に、首からしたは獣の身体をした妖霊えみ魑魅魍魎ちみもうりょうと、その熊のような腕に携えてある刃物のような爪で身体を突き刺され、宙にブランと身体を投げ出す美奈がいた。

 美奈の意識はあるのかどうかすら分からない。先ほどから一言も言葉を発さず、かろうじてスースーと今にも掻き消されてしまいそうな息の音だけが聞こえる。目も開いているのか閉じているのか分からないほどに、しかしうっすらと開いている。

 つまり、今も響く叫びは美奈のものではなく、美奈を突き刺して優勢に立っているはずの魑魅魍魎のものだ。

 シュオッ!

 蒸気が勢いよく噴き出す様な音と共に、魑魅魍魎のその外見は失われた。

 当然、美奈の身体を貫く爪も消え、美奈の身体はそのまま路地のコンクリートに打ち付けられた。

 「ごはっ!?」

 その拍子に美奈の口から血の塊が噴き出す。

 そして、そのすぐそばには魑魅魍魎でなく、『椎名恵美』の姿の少女がいた。しかし、彼女は未だに青白い光に包まれている。

 霊媒融合式妄同術式れいばいゆうごうしきもうどうじゅつしき。椎名家に伝わる禁忌のわざ。恵美はこの術式を用いて魑魅魍魎という妖霊と融合していた。これは『人間』としてのカテゴリーから外され、『妖霊』のカテゴリーにぶち込まれるということを意味している。つまり、今の恵美は人間の姿をしているも、妖霊なのだ。

 月下通行陣の最後の発動条件、『不特定多数の妖霊の命を提供する』。これは恵美にも適用されてしまうということだ。

 「くっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 さっきよりも大きな悲鳴が『貴族ロイヤル楽園エデン』に響き渡る。

 (――え、恵美)

 路地に叩きつけられた衝撃で、まだ意識がはっきりしないまでも、美奈は声にならない声で苦しむ恵美に呼び掛ける。唇は動いていない。言葉を放ったと思った。しかし、それは錯覚で心の中でしか聞こえないものだった。

 美奈がそれに気が着いたのは少し後からで、気がつけば、今度は妹の名前すら呼べない自分に対しての悔しさら唇を血が出るほどに噛みしめ、涙を流した。

 「あがっッッッッッ!!」

 恵美は恵美で、呼吸困難に陥ってしまい、手を首に当てながらもがいている。

 その様子は、かすむ視界でも美奈は捉えていた。そして、感覚のない手をすっと血まみれの巫女装束のふところに入れ、一枚のお札を取り出した。

 和紙という共通点はあるものの、それは文字が書かれているわけではなく、一見すれば本当に『ただの和紙』だった。

 もちろん『ただの和紙』ではないのだが。

 その感覚のない手で取ったお札をゆっくりと恵美の足首へと伸ばす。その動きは今にも止まってしまいそうで、ほんの50センチほどの距離。しかし美奈の動きはフルマラソンのゴール直前の動きよりも鈍い。

 「!?」

 キィンッ!!

 美奈の手にあるお札が恵美の足首に触れると同時、苦しむ恵美の頭に金属と金属が当ったような甲高い音が響いた。

 『記憶共有礼布きおくきょうゆうれいふ』。それがこの無地の和紙の正体。

 所有者と、礼布に触れたものの脳を一時的に一つのネットワークとして接続し、所有者の記憶を共有することの出来るというものだ。しかし、ネットワークを接続出来るのは礼布が触れている間のみ、しかも所有者が共有する記憶の制御までは出来ない。

 つまり、これは美奈の最後の賭けだった。声を出すことのできない美奈が、恵美に想いを伝えるにはこれしかないと、そこまで追い詰められていた。

 美奈としても本望ではない。美奈の意思に関係なく記憶を共有される上に、自分の口から想いを伝えられない悔しさが心の底から込み上げてくる。それでもこんなものにしか頼ることが出来ない。

 わらにもすがる気持ちで意識が飛びそうになる激痛に耐え、美奈は恵美の足首に礼布を当て続ける。

 「ツアアアアァァアァアアア!!」

 恵美はまだ叫び続ける。頭の中に堅いものを直接ぶち込まれたような激痛。そして、

 キィンッ!

 再び甲高い音が頭の内側に響く。

 美奈と恵美の脳がネットワークを構築したのだ。

 恵美の頭に一つの映像ビジョンが映し出された。




 ――場所はどこかの倉庫横だろうか。木製の、所々虫に喰われ穴が空いている体育器具が収められている倉庫。

 それは鳴咲市の、美奈と恵美の住む神社がある山のふもとにある中学にあった。(ちなみに半年程前に廃校になったのだが)

 そんな歴史を感じる中学にあるボロ倉庫の隣で一人の赤髪のショートヘアの少女を囲むように3人の男女がいた。男二人に女一人だ。

 ビシャン!

 大量の液体が真ん中にいる赤髪の少女を叩きつけた。

 「疫病神やくびょうがみが学校になんて来てるんじゃねーよ!」

 次に男子生徒の声が響く。

 赤髪の少女の制服は薄黒く汚れている。

 たった今、赤髪の少女は怒鳴った男子生徒からバケツ一杯に入った田んぼの泥水を頭からかけられたのだ。

 しかし、やられた少女は何も言わない。それが気に食わなかったのだろう。

 ベチャリ!

 泥水に汚れた赤髪に泥玉が投げつけられた。

 先ほどとは別の男子生徒が投げたものだ。

 「この化け物っ!!」

 観戦していた女子生徒もそんな罵声ばせいを浴びせた。それでも赤髪の少女は何も言い返さなければ、仕返しに動くこともない。ただし、制服のスカートのすそをギュッと掴む。それだけが、少女の心境を表す唯一の動きだった。

 赤髪の少女を囲んでいた男女3人はつまらなさそうに、最後に空になった金属のバケツを少女の腹部目がけて投げつけ校舎へと戻って行った。

 「……」

 赤髪の少女はたたずんでいた。もう苛めっ子はいないのに。泣きだしても誰にも見られないのに。苛めっ子の悪口を言っても誰も聞いていないのに。それなのに彼女はただ無言でその場にたたずむ。

 何も思わないわけがない。辛いはずである。悲しいはずである。悔しいはずである。憎いはずである。そのさまざまな感情の表れこそスカートを掴む手に込められた力。

 『妖霊の巫女』として優秀な力を得たがためにこのような運命を受け入れなくてはならなくなった幼い少女。

 好きで選んだ運命ではない。そもそも運命とは自分で決められるものですらない。この時点で人間は平等などではない。だからこそ、少女は自分に与えられた運命を恨めしく思うしかない。だからといって現状が変わるはずもないのだが。

 少女はそのことを理解していた。だからこそ、仕返しもしない。言い返しもしない。そんなことをしたことろで、悪循環になるだけなのだと彼女は知っていたからだ。

 脳内にそんな映像ビジョンが流される恵美は愕然がくぜんとしていた。その泥まみれの少女。苛められている少女は自分の実の姉、椎名美奈に間違いない。しかし、それは自分の知らない姉の姿。

 恵美は美奈が苛められているなどという事実は寝耳に水だった。もちろん美奈自身がそんなことを相談してきたこともなく、いつも家に帰ってくるときは綺麗な制服で帰ってくる。

 その秘密は今明るみに出た。

 泥まみれの美奈は重い足取りで学校の家庭科室へと入って行った。そして、家庭科室に備え付けられている洗濯機の前で汚れた制服を脱ぎ、汚れものを洗濯機に入れて回す。そして、次に家庭科室の奥にある資材置き場へと足を運び、2つほど段ボールをどけると、棚の奥に綺麗に畳まれた制服を取り出し、下着の上から着た。

 その一連のことを、美奈はただ無言で行う。涙も見せない。

 ちなみに美奈が着た制服は学校のものではなく、美奈の私物だ。予備を含め、美奈は全部で3着の制服を持っていた。

 理由はすでに恵美も分かっていた。

 これが、恵美が姉が苛められていることに気が着けなかった理由なのだから。

 汚れた制服で帰れば学校で何かしらの嫌がらせを受けていることに気が付く可能性がある。家族に、何より自分を慕ってくれる妹に心配をかけないようにするため、美奈はこのようなことを日々繰り返していた。

 どうやってそれだけの制服を調達しているのかと言えば、家族に頼めば当然そこに疑問が生まれてしまう。だから、美奈はお小遣いを毎月毎月全て貯金に回し買ったのだ。

 学校の制服というのはブランド品でもないのに、それだけの良い値段がする。正直、中学生がそんなに何着も買えるほどのものではない。

 恵美は胸が痛むのを感じていた。

 知らなかった。こんな辛い日々を毎日送っていたなんて。こんなことがあっても、家に帰れば、笑顔で自分と話をしてくれる。世話を焼いてくれる。そこにはどんな想いがあったのだろうか。

 恵美には想像もつかなかった。

 (何よこれ……)

 恵美は苛立った。心の中で。

 姉が苛められているのに反撃しないということに。悪口の一つも言わないことに。影で苛めが公にならないように理不尽に努力していることに。そんな姉の一つ一つにどんどん苛立ちが募っていく。しかし、一番の理由は姉ではない。自分自身にだ。

 姉が苛められていることに気が付かず、ただただ甘えていた自分に。強い力を持っていたが故に苛められる姉の前で、その苛めの原因である力をうらやむ自分に。自分にはない才能を開花させていく姉に対して勝手な憎しみを抱いていた自分に。

 考えれば考えるほどに恵美は自己嫌悪じこけんおおちいる。

 すると、

 ザザッ!

 雑音のような音と共に、頭の中の映像ビジョンが切り替わった。

 今度は恵美もよく知る場所。

 山の入り口。

 この入り口から美奈と恵美の住む神社へと帰ることができる。つまり、ここは美奈が必然的に通ることになる通学路なのだ。

 そんな山の入り口付近に、学校帰りの美奈が見えてくる。そしてそれを待ち構える男子生徒2人。手にはバケツ一杯に汲まれた泥。泥水ですらない。泥。そんなものが二つもある。

 恵美の胸がズキィと痛んだ。もうここまで見れば分かる。

 唯一の居場所である自分の家に帰る美奈に待ち受ける未来。それは学校での出来事と同じ。綺麗な赤髪を汚され、コツコツと貯めたなけなしのお金で買った制服が汚される。

 一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

 美奈はふと顔をあげ、二人の男子生徒を確認した。しかし、彼女は足を止めることなく真っすぐに山の入り口に向かう。

 (止まって……!)

 ふいに恵美は心の中で叫んでいた。そして同時に理解できなかった。

 分かっているはずだ。このまま進めばまた泥まみれにされることくらい。なのにどうして逃げないのか。恵美には分からなかった。

 美奈は山の入り口まで来ると、男子生徒たちを無視して山に入ろうとする。しかし、

 「おい! 無視してんじゃねーよ!」

 当然、男子生徒2人は美奈の目の前に立ちふさがる。そして、

 ドバァア!

 なんの躊躇ためらいもなく、バケツの一つに入っていた泥を美奈の頭からかけた。

 「……」

 美奈は一瞬でドブネズミのように汚れてしまった。しかし、それを気にした様子もなく、口を開いて、

 「用は終わった?」

 静かにそう口走った。

 それが少年たちの怒りに触れた。だが、もう一つの泥が入ったバケツに目をやるだけで、それを美奈にかけようとしない。代わりに、

 「ここ、お前の家なんだろ? 確かお前妹がいたよな?」

 その一言に美奈はビクゥ!と肩を震わせた。どんなに苛められても、泥をかけられても動揺の色さえ浮かべなかった美奈の表情は青ざめていた。そして焦ったように口を開いた。

 「お願い!! 恵美だけには何もしないで!! 私には何をしてもいいから! 気が済むまで泥でも何でもかけてもいいから! だから、恵美だけは――」

 ドバァ!

 美奈の必死の懇願こんがんは途中で遮られた。少年たちがもつもう一つのバケツに汲まれた泥がまたしても美奈の頭からかけられたからだ。

 「けほっ! けほっ!」

 喋っている途中でかけられたものだから、口に泥が入ってしまい、美奈は派手に咽返むせかえった。

 「化け物が気安く話しかけるんじゃねーよ!」

 少年たちはケラケラと笑いながら、

 ドッ!

 「!!??」

 美奈の腹部に思いっきり蹴りを入れた。

 美奈はその場にうずくまり動かない。ただ咳込むだけだ。

 それを見た少年たちは、さらに美奈に蹴りを入れる。

 ドガッ! ドゴッ! ボスッ!

 夕暮れの山の入り口にそんな鈍い音が数分の間響いた。

 (……もう、止めてよ……)

 恵美は思わず目を覆いたくなった。じわりと目の奥から熱いなにかが込み上げてくる。時々聞こえてくる姉の嗚咽おえつ。そんな一つ一つの音が、恵美にとっては耐えがたいものになっていた。ふいに目を反らす。

 それから、鈍い音が聞こえなくなった。恵美が再び視線を戻すと、先ほどの男子生徒2人はもういなかった。そこにいるのは道端で倒れ込む姉の美奈だけ。

 泥だらけの服装。ストリートチルドレンですらここまでの汚らしい服は着ないだろう。そして、唇が切れて垂れる一筋の血。その姉の姿は恵美にはどのように映っているのだろう。

 ふいに、恵美の頬に熱い透明の液体が伝う。それだけで恵美の感情を表現するのは十分だった。一つの悲しみから来る涙ではない。複雑なさまざまな感情が織り混ざって流れた一滴の涙。

 



ブチンッ! 

 突然、恵美の頭の中に回線がショートしたような音が響いた。と、同時に今までの映像ビジョンが消え、ふと見下ろせばそこには血まみれで倒れ込む姉がいた。

 礼布を持っていた手は恵美の足首から離れ、グダーと地面に伸びている。

 ポタリ。ポタリ。

 そんな美奈の手の甲に透明の液体が一定のリズムで落ちる。

 恵美は先ほどと同様に青白い光に包まれている。悲鳴をあげたくなるほどの苦しみは持続している。しかし、今は悲鳴など出ない。

 理由は明確だ。それ以上に、胸が痛み、自分を悔いていたから。

 『後悔先に立たず』。恵美はこんなことを言った人物を憎みたいと思った。どうして、こんな自分に直接的に向けられたような言葉を作ってしまったのか。そして、そんな言葉を知りながらどうして自分はこんなことをしてしまったのか。

 恵美はもう一度、自分の足元に転がる姉に視線をやる。

 穴の空いた腹部。そこから絶え間なく流れ出る大量の血液。白と赤であったはずの巫女装束は今や赤一色に染まっていた。

 誰? 私の姉をこんなにしたのは誰?

 私――。

 どうして血まみれなの? 

 ………………

 どうして答えてくれないの?

 誰のせい?

 私――。

 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 何かが壊れた。恵美の中で、さまざまな想いも全てが砕けた。

 自分の知らないところで、自分を守ってくれて、そんな自分を心配させまいと、肩身の狭い想いをし続けて。

 ふと恵美は思い出した。美奈がアイドルになる前、恵美に言った言葉。

 『アイドルになれば、きっと人気者になれるよ! そうすれば、楽しい生活がきっと待ってるよ!』

 今分かった。この時の美奈が発した『楽しい生活』という言葉の意味。それはアイドルになってちやほやされる美奈の生活ではない。恵美が自分のように窮屈な、嫌な思いをせずに送れる学校生活のことなんだと。

 『妖霊の巫女』としてではなく、『アイドル』としての道を選んだのは自分の才能を世間に見せびらかすためなんかじゃない。ましてや自分に対しての当てつけなどでもない。逆だ。全部、妹を守るため。たった一つの姉としてのその願いを叶えるべく、『アイドル』として、まさに血反吐ちへどを吐くような辛いを想いをしながらでも活躍し続けたのだ。

 「ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!!」

 涙と混じり、嗚咽おえつと混じり、はっきりとした言葉にはなっていかったかもしれない。それでも恵美はひたすら、『月下通行陣』に呑みこまれる苦痛に耐えながら、謝る。

 美奈はもう意識を失っている。当然聞こえていない。それでも構わずひたすら謝る。喉が潰れるくらいに大きな声で、何度も地面に頭をこすりつけて土下座するように。恵美の額はコンクリートの地面に削られ、血が流れ出ていた。それでも何度も何度も頭を地面にぶつけて謝り続ける。

 痛みを感じてはいけない。この程度で痛いなどと言えるはずもない。

 目の前にいる血まみれの姉。妹である自分を常に一番に考えてくれていた姉が瀕死ひんしの状態で目の前にいる。

 これが、もし第3者の手によるものならば、恵美は法律をぶっちぎってでも、その者を惨殺ざんさつするだろう。しかし、姉をこんなにしてしまったのは他でもない自分。

 姉はどんな気持ちで私を見ていただろう。姉はどんな気持ちでこの街を救おうとしていたのだろう。

 昔から、学校では苛められ、それでも耐えられたのは妹の恵美の存在。彼女が美奈の支えになっていた。だからこそ、文字通り『身体を張ってでも守りたい』かけがえの無い大切な存在。実際、美奈はどんなひどい仕打ちを受けても、それが妹の肩代わりになるのであればという一心でそれを受け入れた。

 自分を苛める人間の悪口を言わない。仕返しもしない。それらは全て、妹のため。妹を守るために自分がこの程度の仕打ちを受ければいいのであれば、それを真正面から受け入れる。

 強い。屈強くっきょうな意思。

 恵美はそれだけ愛を注がれて守られてきた。しかし、そんなことすら知らなかった。知るよしもなかった。でもそんなものは言い訳にすらなり得ない。

 憎い。自分が何より憎い。

 姉が自分の身体を張って守ってくれたこの命。

 「ごめんなさい!!! ごめんなさい!!! ごめんさない!!! ごめんなさい!!! ごめんなさい!!!」

 どんな気持ちで私を見ていたのだろう。

 自分が命がけで守ったものが、それを自身で壊すような事をして、目の前に現れた。

 どんな気持ち?

 自分の支えになっていたものに裏切られた。自分の支えになっているものに憎まれていたという事実を告げられた。

 どんな気持ち?

 自分が守った命に、今度は自分の命が狙われる。信じていたものに刃を突き付けられる。

 どんな気持ち?

 「お願い!!! 死なないで!!!! お願いします!! お願いします!!!」

 なんとみにくいだろう。

 恵美は自分で言っていて、自分でそんなことを思う。

 誰がここまでやったのだ。

 私――。

 なのに、ここまでしておいて、今、それを言うのか?

 …………

 醜いな。

 恵美は『醜い』という言葉を自分の象徴として受け入れた。

 勝手に憎んで、勝手に恨んで、勝手に傷つけた。

 姉がどんな想いで守ってくれた命かも知らず、その命を粗末にしてしまった。その上、自分の恩人である姉を殺そうとした。本気で。

 ふざけている。

 自分でもそう思う。けれど、恵美は他にどうすればいいのか分からない。自分が血肉を削って謝ったところで、願ったところで姉は救われない。そんなことは分かっている。だが、他にどうしろと? 分からないのだ。何をすべきか。ましてや、今自分はもうすぐその命の終わりを迎えている。姉を病院に運ぶことも、傍に寄り添って看病することさえ、その時間は残されてはいない。

 遅すぎた。

 その事実が、恵美の心臓を素手すで鷲掴わしづかみされるほどに胸を痛めた。

 もうあの頃のように、笑い合って、一緒にお風呂に入って、からかわれて、喧嘩して、そんな日常は戻らない。

 『来世』という言葉がある。本当に存在するかは分からない。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。しかし、恵美は思った。『来世』があったとしても、もう私には必要ないものだと。生まれ変わりなど意味がないと。

 だって、私にはあの頃の幸せしか求めていないから――

 恵美の言葉は途絶えていた。今はただただ、涙を流して、土下座の格好で、顔だけをあげて姉の姿を見ている。

 シュォオ!!

 青白い光に包まれた恵美に変化が訪れた。

 蒸気を吐きだすような音の後に、恵美を包む青白い光が、次第に純白の光へと変わっていく。

 (ごめんなさい。あなたが守ってくれた命を粗末にして。ごめんなさい。一番私のことを想っていてくれたあなたを裏切ってしまって。ごめんなさい。今度は私が守る番なのに、あなたに刃を向けてしまって。ごめんなさい。愚かな私で)

 止まることなく溢れる涙。恵美の足はすでに光となっている。

 手を伸ばせば触れられる距離。けれど、その距離がとてつもなく遠い。自分で遠ざけてしまった温もり。

 (けれど、もし、最後に、こんな愚かな妹の願いを聞いてくれるのであれば、お願いします……)

 口にはしない。そんなことを口にする資格などない。いや、思うことすら許されないのかもしれない。けれど、恵美は最後に、この涙は理解の涙。今まで知らなかった姉を、知ることができた。こんな愚かな自分でも、死ぬ前に姉を知ることができた。これは神様が最後にくれた最高の贈り物なのだろうか。いや、恵美はそれを信じて疑わなかった。だからこそ、想いを続けた。

 もう腹部まで光になっている。

 恵美は涙を流しながら、意識を失った姉に向けて、ほほ笑みを作ろうとして、失敗して、変な顔になって。

 姉が見たらなんて言うのだろう。笑われるかな。そしたら私が怒って、それでもまだ笑って――

 もう戻らない日常。

 恵美はふと、戻らないはずの日常を思い浮かべ、そして、それはもう手に入らないものだと改めて実感し、さらに涙を流す。けれど、ほほ笑みを作り続けようとして、最後に想った。

 (生きてください。…………お姉ちゃん)

 次の瞬間、ビュオン!と白い光の球になった恵美は夜空に浮かぶ巨大な術の陣へと飛び込んで行った。

 そして、他の妖霊たちと同様に、あまりにも呆気あっけなく、陣の一部となってしまう。


 『生きてください。…………お姉ちゃん』

 

 恵美の最後の想い。言いたかったこと。

 意識を失っているはずの美奈の頭の中に、その言葉が響いた。意識はない。どういう原理なのかも分からない。しかし、その言葉ははっきり美奈に届き、そして心に刻まれたのだ。その証拠に、

 ポタッ!

 意識のない美奈の閉じた瞳から、新しい涙が流れて、コンクリートの地面に落ちた。




 卓と真理、蓮華の討伐者組は『貴族ロイヤル楽園エデン』の入り口にいた。あちこちから未だに妖霊が光の球になって夜空に浮かぶ『月下通行陣』の陣へと吸い込まれて行く。

 「美奈はここを真っすぐ行ったところだ」

 卓は自分の折りたたみ式携帯電話のGPS機能を起動させていた液晶画面を見て呟くようにいった。画面には、今卓たちがいる路地を少し進んだ辺りに赤い丸が点滅している。

 「急がないと」

 「だな」

 真理の言葉に、卓はパタンと携帯電話を折ってズボンのポケットにしまった。そして討伐者組は真っすぐに伸びる路地を再び走り出した。

 入り口から100メートルほど走ったところで、3人の視界に路地に転がる何かが飛び込んできた。

 「??」

 卓はそれを確認するために何かの傍まで駆け寄った。そして、言葉を失った。

 「どうしたの、卓? ……!!」

 卓の少し後から来た真理と蓮華も驚愕きょうがくした。

 路地に転がっていたのは先ほどまで無傷の状態で別れた美奈だった。しかし、その惨状は散々なもので、今はセーラー服ではなく、赤と白の巫女装束、とは言っても、元から赤一色なのではないかと思うほど赤に染まっていた。それは美奈の腹から広がる大量の血液。

 「美奈っ! おい、美奈! しっかりしろ!」

 卓は急いで倒れ込む美奈の上体を抱きかかえた。意識がないのか、卓の呼びかけに反応しない。

 あっという間に卓の両手は美奈の血で真っ赤に染まる。

 「な、何があったの!?」

 蓮華も動揺している。先ほどまで元気だった美奈が少しの間に瀕死ひんしの状態になっているのだから無理もない。

 「どうしよう。今はこんな状況だから、救急車も来てくれないわよ。そもそも病院が機能しているかどうかさえ……」

 真理は対応に困って、唇を噛んだ。

 ピクッ!

 「!!!」

 ふいに卓の両手に収まる美奈の上体が動いた。卓と真理、蓮華はバッと美奈の顔を覗き込むような格好になる。

 「ごぽっ!?」

 うっすらと目を開けるなり、美奈は口から血の塊を吐きだした。

 「美奈!」

 ふいに卓が叫ぶ。

 かすむ視界で、ぼんやりと卓たちの姿を確認した美奈はふっと口元を緩めた。しかし、顔から血の気はなく、なんとも弱々しい笑みだった。

 「た、く……」

 街を燃やす炎の音にかき消されそうな美奈の声。震えるその声を卓はしっかりと聞いた。

 美奈はゆっくりとした動きで、血まみれの巫女装束のふところから一枚のお札を取り出した。それは術式・七星しちせいの発動に用いるものの一枚だ。

 「おねが、い……これ、を、私の……傷口に」

 それだけで、卓は何をすべきか理解した。だからこそ、美奈の手に握られたお札を取って、そして、それを美奈の血まみれの腹部へとそっと触れさせた。すると、途端とたん

 ピカァ!

 美奈の血に触れたお札はまばゆい光を発した。

 「「「!!」」」

 卓たちは驚き、卓に至っては後ろに倒れて尻持ちをついた。

 これは正真正銘、術式・七星。その一つの『美徳びとく加護かご』。本来なら7枚のお札を用いることで、最大限の術の効果を得られるものなのだが、今の美奈に7枚ものお札を取り出す力はなかった。しかし、1枚でも効果自体は発動する。

 『美徳の加護』とは、本来医療機関が栄えていなかったころ、さらには村の嫌われ者とされていた『椎名家』が編み出した独自の術式。その効果は触れたところの傷口をふさぎ、その後、体内で自発的に血液を生成するというもの。

 だが、これは7枚を使用したときのことであり、1枚なら、せいぜい傷口を塞ぐことがせきの山だろう。それでも、このまま傷口全開で血を垂れ流すよりは何千倍もマシだ。

 光が収まると、傷口に触れて血まみれになったお札はヒラヒラと路地に落ちた。

 「けほっ! けほっ!」

 美奈が完全に意識を取り戻した。

 巫女装束がすでに血まみれなので、確認しにくいが、咳込んでも腹部から血が吹き出ないところを見ると、傷口は塞がってはいるらしい。

 「大丈夫か!?」

 「え、ええ」

 美奈はむくりと起き上がって、無理に笑顔を作って見せる。しかし、顔色は相変わらず悪く、足元もフラフラとおぼつかない様子だ。それも当然だ。1枚だけでの『美徳の加護』では傷口を塞ぐだけで、血の生成までには至っていないのだから。

 今の美奈は完全に貧血状態。立っていられるのが不思議なくらいの危険な状態に変わりはない。

 「……時間がない」

 美奈はふと顔をあげ、空を見上げて呟いた。

 一体どれくらいの時間、気を失っていたのだろう。ぼんやりと、魑魅魍魎ちみもうりょうに殺されかけたのは覚えている。それからは――

 

 『生きてください。…………お姉ちゃん』

 

ふと頭に少女の声がよぎった。

 (!! ……恵美)

 見上げる夜空に広がる巨大な術の陣。脅威であるその陣を見て、美奈はなんとも淋しそうな表情を浮かべ、そして、また涙を流す。

 「!? どうした美奈!」

 突然涙を流す美奈に、戸惑う討伐者組。しかし、美奈はそれに答えず無言で陣を見上げ続ける。

 はっきりと意識があったわけではない。途中からは無我夢中で、半ば身体が勝手に動いていたようにも思える。

 しかし、一つだけ。一つだけはっきりと分かったことがある。

 それがまた涙を溢れさせた。

 自分の頭に過る恵美の言葉。もしかしたら夢を見ていたのかもしれない。自分がアイドルになってから、恵美は一度も『お姉ちゃん』とは呼んでくれなかった。それが、美奈の頭に過る恵美の言葉ははっきりと『お姉ちゃん』と言っていた。

 夢でも良かった。美奈は嬉しかった。また『お姉ちゃん』と呼んでくれたことに。だからこそ悔しかった。悲しかった。

 (私……守れなかったんだ)

 愛すべき妹を守れなかった。この事実だけはしっかりと美奈は自覚していた。

 『貴族ロイヤル楽園エデン』で何があったのか知らない討伐者組はただあたふたしている。

 しかし、美奈はすぐに腕で涙を拭って、卓たちに向き直った。そして、

 「止めよう! 何が何でも!」

 キリッと表情を引き締めた。

 恵美のことを振り切れたわけではない。振り切れるはずがない。

 妹を守れなかったという事実は、今も美奈の心臓をキリキリと痛めつける。これだけ表情を引き締めるのだって、どれだけの努力が必要か。どんな想いでこんなことを言っているのか。

 けれど、今の美奈には守るべきものがまだある。学校の友人、この街に住むファンの人々、そして、自分と一緒に戦ってくれた目の前の戦友。

 妹を守ることは出来なかった。けれど、だからと言って、これらの大切な守るべきものまで手放すことは出来ない。今度こそ、今度こそ絶対に守って見せる。

 そんな堅い決意の表れだったのだろう。

 「これから、4人は分かれて『起点』を破壊するんだけど、卓は空き地、真理は海岸、蓮華は公園、そして私が林ってことでいい?」

 美奈は『原点』から伸びる光を目で追いながら確認を取る。それに異論などあるはずもなく、卓たちははっきりと縦に首を振った。

 「じゃ、破壊の合図は電話で。通話会議モードでよろしく」

 4人はすっと携帯電話と取り出し、通話会議モードに設定する。それを確認した美奈はすうっと息を吸って

 「守ろう」

 一言。

 それだけで十分だった。その場の4人の心に火をきつけるのにこれ以上の言葉は不要。皆の意思は一つだけ。守ることなのだから。

 そして、4人はそれぞれの目指す『起点』へと向かった。

 貧血状態の美奈は重たい身体を引きずるように、それでも一歩一歩確実に道を進む。

 途中、何度も倒れそうになるも足に無理矢理力を込めて踏ん張ってはまた歩き出す。それだけ美奈の決意は固い。



「約束の蒼紅石」第13話いかがでしたでしょうか?

美奈の過去なんかも明かされてきて、この「妖霊の巫女」編も大詰めにさしかかってきました!

今回は結構重めな話になってしまいましたが、これで少しでも「美奈」というキャラを知ってもらえればなーと思います。

それでは、短いですが、この辺で。

また次話でお会いしましょう!

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