憧れと憎しみ
こんにちは! 夢宝です!
前回、宿泊学習で更新が遅れてしまうかもと言っていましたが、なんとか宿泊学習の前に更新することができました!!! パチパチ!!
結構、頑張りました(笑)これで心おきなく宿泊学習に行けると思います!
というわけで、「約束の蒼紅石」第12話をお楽しみください!!
卓と真理は炎上していく中心街で、妖霊と対峙している。
新しい鉄パイプを手にした真理は石の力で素早い機動力を得て、撹乱させつつ、隙を見つけては鉄パイプで妖霊を殴る。その度にドッ!と鈍い音を立てる。妖霊は2,3歩ほど後ろにのけ反るも、またすぐに構えなおし、触手やら、鎌などの武器を振るう。
「はあああああ!」
鎌に当っては鉄パイプも紙切れ同然に斬られる。だからこそ、真理は軸足を使って身体を回転させ、鎌の刃を避け、そのまま胴体へと鉄パイプを直撃させる。
そのまま鉄パイプを振り下ろす真理の背後から一体の妖霊が触手を振りかざす。
「させるかああああ!」
しかし、その攻撃は側面から卓が振るった鉄パイプで触手を薙ぎ払う。
卓と真理は背中合わせで鉄パイプを構え、周りにいる妖霊たちを鋭い視線で睨みつける。
二人を囲っている妖霊だが、バンッという銃声の音の後に、その場に一体、また一体と倒れる。
後ろで援護している蓮華のものだろう。しかし、蓮華の持つ守護の弐席はその銃内にある石の力で銃弾を生成するため、どうしても連射の間にブランクが生まれ、それにこれだけの数を捌いていくのも無理だった。
「これじゃ、キリがないよ……」
蓮華は弱点写しを妖霊の一体に標準を合わせながら、悔しげに唇を噛む。
そんな状況下で、街のスピーカがまた振動する。
『完全避難命令が発令されました。中心街にいる者は、その役職を問わず速やかに避難してください。繰り返します――』
この放送を聞いた街中にいる警察官たちは、戸惑う表情を浮かべるも、パトカーに乗って、次々と中心街から出て行った。
この放送は、人間型兵器と一緒に冬音が手配したものだ。でなければ本来このようなものが流されるはずがない。
そんな様子を見て、卓と真理は顔を合わせ、口元を緩めた。
「やっと本気で行けるな。」
「ええ。」
二人は同時に鉄パイプを投げ捨て、同時に口を開く。
「「具現せよ! 我が剣!!」」
炎に包まれ、赤く染め上がっている中心街に、紅色と、蒼色の光が美しく重なった。そして光が収まると、卓の手には長刀が、真理の手には日本刀が握られた。
「時間がない、出し惜しみ無しってことで!」
卓は長刀を構える。そして、地面につく足にぐっと力を込め、妖霊の軍勢に突っ込もうとしたその瞬間、妖霊の軍勢の向こう側から機関銃を乱射するような音が聞こえ、外側の妖霊が崩れ落ちて行く。
「な、何だ!?」
卓と真理は音のした方を向く。すると、その直後、ドゴォオオ!という轟音と共に、妖霊の軍勢が爆発した。
「あれは……!」
真理が爆発し、その炎の中に浮かび上がるシルエットを見て指を指した。
そこには一つではない、いくつもの数えきれないほどのたくさんのシルエットがあった。それだけで確認できるのは人型をしているということと、各々が何かしらの武器を持っているということだ。それは多種多様で、銃だったり、刀だったりと、近接武器や遠距離武器を携えた者たちだった。いや、物たちだった。
「人間型兵器……」
卓の口から出たその単語が答えだった。
冬音が手配した人間型兵器だった。
卓たちにとってそれは少し前までは自分たちに襲いくる脅威でしかなかったが、今回は違うのだと、すぐに理解した。
そんな人間型兵器の登場に、妖霊たちの意識は完全にそっちに向い、襲いかかった。
太く長い触手を人間型の機械に向けて激しく振るう。しかし、聞こえたのはドスッンと何か重いものが落ちる鈍い音だった。その直後、さっきまで触手が生えていた妖霊の身体から勢いよく緑色の体液が飛び散る。
鋭い剣を携えた人間型兵器が妖霊の攻撃を完全に制したのだ。
「卓、ここはあいつらに任せよう。」
真理は、人間型兵器が十分に妖霊の相手が出来ることを確認すると、すっと卓の服の袖を掴んだ。
「あ、ああ。」
この時、卓は改めて人間型兵器の軍勢を敵に回した恐ろしさを感じていた。が、同時に頼もしさも感じていた。
「蓮華!」
「うん!」
卓の声に、蓮華は急いでビルを駆け下りて、下で卓たちと合流した。
「とりあえず、美奈に合流しよう!」
その提案に、真理と蓮華は無言で頷く。そして、美奈が走って行った方向へと駈け出す。
3人の背後から、それに気が着いた妖霊が数体追いかける。
「くっそ!」
すぐさま振り返り、長刀を構える卓。しかし、その時にはすでに妖霊の身体はどれも刃で貫かれていた。そして、ズブリという生々しい音と共に刃が身体から引き抜かれ、その場に妖霊が崩れ去ると、視界に炎を背後にその威圧感を与える人間型兵器が数体いた。
「卓、後ろは気にしないで大丈夫。とりあえず進もう。」
真理の言葉に、卓は意思を暗示さえるかのように、ガチャと長刀を握る手に力を込めた。
中心街の上空に広がる夜空にはすでに星ぼしが輝いている。さらに、いつもなら綺麗という言葉で見られる満月も、空にあった。しかし、それは今だけは恐ろしい元凶に見えてならない。そんな空の下で、美奈は中心街を駆ける。
そんな美奈の行く手を阻む幾体もの妖霊。
完全に道を塞がれた美奈は悔しげに舌打ちして、足を止めた。
「いい加減邪魔しないでよ!! 大地を駆ける者には肉体を、天を統べる者には知能を、妖を司る者には力を!」
とたん、美奈の周りを輝かしい光が包み、夜空をうっすらと照らす。しかし、空は再び暗くなり、その下には巫女装束を纏った美奈がお札を手に立っていた。
この巫女装束は椎名家に代々伝わる家宝のようなもので、優秀な妖霊の巫女にのみ与えられるという代物。纏った者の術式を強化する力が宿っているものだ。
現在椎名家は3人しかおらず、その中でもまともな術式を使えるのは美奈だけである。つまり必然的に装束は美奈のものとなっていた。
「術式・七星、土爆!!」
ヒュォオと風が吹くような音と共に美奈の手にあるお札が素早い動きで、妖霊たちが立つ地面に貼りつく。
そして、次の瞬間、お札が円状に貼りついた内部の地面がまるで粘土のように柔らかくなり、まるで沼にはまったように妖霊たちの足はみるみる地面に飲みこまれて行く。
「爆!!」
妖霊の下半身を飲み込んだところで、美奈が2本指を立てて、空を左から右へと裂くと、
ドゴォオオオオオ!
爆音と共に、地面が大爆発した。身動きが取れない妖霊たちは一瞬のうちで木端微塵となり、その場におびただしい量の体液がベチャリという音を立てて飛び散った。
「はぁ、はぁ……時間が、ないのよ……」
美奈は手元にゆらゆらと揺れて戻ってくるお札を掴むと、ふと空を見上げ、忌々しそうに満月を見て、そして再び足を動かそうとした、が動かなかった。
「……どうしてこんなところにいるの?」
美奈は自分の目の前にいる者に目を見開く。そして、爆発して抉れた地面の少し後ろに立っていたその者はゆっくりと口を開いた。
「私がここにいるの、そんなに変? ……美奈さん?」
その一言に、美奈の身体をビクゥと身震いした。
茶髪のセミロングで、前髪をピンクの髪留めで持ち上げるその少女は、美奈と同様に巫女装束に身を包んでいた。
「恵美……」
椎名恵美。美奈の実の妹だった。いつもと変わらないどこかよそよそしい態度、無表情な彼女。だが、なぜか美奈は身体の震えが収まらなかった。
「何、してるのよ……ここは危ないわよ……」
美奈の忠告を、美奈は無表情のまま聞き、そして口を開く。
「何ですか、それ。優しい姉を演じているつもりですか?」
「えっ……?」
美奈が恵美の問いにやっとの思いで出した言葉がそれだけだった。
「美奈さんはこれから月下通行陣を止めに行くのですよね?」
さらにその一言が追い打ちをかける。なぜなら、大した力を持たない恵美は、月下通行陣についての話を聞いていないからだ。なのに、知らないはずの術の名を口にする彼女に、美奈は驚きを隠せずにいた。
「させませんよ?」
恵美は淡々とした口調で続ける。
「忘れたんですか? 私たち椎名一族が持つ力。一般人はそれを必要以上に恐れ、私たちをあんな山の中へと追いやったことを」
恵美の言葉に、美奈はぐっと拳を握った。何度も言葉を出そうと口を開いては閉じ、それを数回繰り返し、やっと言葉を発した。
「それは昔の話でしょう!? 恵美はまだそんなことを!」
美奈の言葉に、恵美は表情を変えずに、首を横に振った。
「いいえ、それはおばあさまの理由です。私は月下通行陣などさしては興味ありません。」
「なら何で――」
そこで、恵美は初めて険しい表情を見せた。そして、こめかみに血管を浮かべ、
「何で? ふざけないでください! 私があなたをどれだけ憎んでいるのか分からないのですか!!」
美奈ですらここまで大声で怒りに震える恵美を見たことがなかった。だからこそ、ただただ困惑していた。
「憎むって、何で……」
憎む、その一言は困惑する美奈でも心に深く突き刺さるものだった。瞳は揺れ、身体の震えはさらに増していた。
「……いい加減にしなさいよ!! 何がアイドルよ! 次から次へと才能を見せびらかして、そんなに私を惨めな想いにさせたいのですか!!!!」
さらに大声になる恵美に、美奈はたじろぎ、一歩、また一歩と後ずさる。
実の妹にこれだけのことを言われれば、美奈でなくてもかなりの精神的ダメージを受けるだろう。その上、美奈はたった一人の実の妹を大切に想っている。だからこそ、こんな言葉の暴力は美奈を容赦なく打ちのめす。
「ど、どうして……私がアイドルになったのだって恵美、あなたの――」
「ふざけないで!!!! 私のため!? そんなのただの自己満足じゃない!!」
裏返るほどの声で、恵美は美奈の言葉を遮った。恵美の瞳には涙さえ浮かんでいた。
「昔からそうよ! あなたはいつもいつも私のことをあざ笑うように!」
恵美の悲痛の叫びは、轟音に包まれる中心街でもしっかりと響いた。
2年前。
鳴咲市の最西にある山の中に一つの神社があった。
「術式・七星、巻水!」
静かな山に響く少女の声。そして、次に木が一本バサバサと倒れる音が続く。
神社の境内から少女、14歳の美奈が周りの木を倒したのだ。
太陽が照らす境内に浮かぶお札がすうっと美奈の手元へと戻っていく。
「すごーい! さすがお姉ちゃん!」
美奈の少し後ろで、12歳という幼い恵美が楽しげにその場で跳び跳ねる。
「恵美も練習したら出来るようになるわよ。」
美奈はすっと恵美の小さな手にお札を7枚に手渡した。しかし、恵美は唇を尖らせ、
「私はお姉ちゃんみたいには出来ないよ~」
と駄々をこねるような口調で言う。
それに対して、美奈はふっと笑って、恵美の頭にポンと手を乗せる。
「やる前から諦めないの!」
「う~、だってぇ!」
「いいからやってみよ?」
「……うん。」
恵美はお札を指と指の間に挟み、すっと目を閉じ、
「術式・七星、巻水!」
ばっと目を開ける。
すると、お札がすうっと静かに宙に舞い、音もなく宙で円を描くように回転する。
「いい調子!」
美奈は宙に浮かぶお札を見上げ、楽しげに言う。
4周ほどお札が回転すると、円の中心に小さな水の渦が出現した。しかし、それは先ほど美奈が放ったのとは違い、当然木をなぎ倒すことなんて出来るはずもなく、せいぜい掌の上で玩具のように回転する程度のものだった。
「んっ!」
ところが、恵美は突然、妙に色っぽい声を漏らすと、上空に浮かぶお札が一斉に散って、その中心で渦巻いていた水はバシャと下にいた恵美へと降り注ぐ。
「もぉ~びしょびしょだよ~!」
頭から水を被った恵美の巫女装束が透け、うっすらとピンクの下着が見えていた。
そんな恵美を見て、美奈はプククと笑いを堪えるように口を手で押さえる。恵美は拗ねたように頬を膨らませ、
「ひどいよ~お姉ちゃん!」
両腕を上げ、ポンポンと美奈の胸の辺りを軽く叩いた。
「あはは、ごめんごめん。風邪引いちゃうからお風呂入ろうか!」
その一言に、恵美は叩いていた手をピタリと止め、
「うん!」
とにこやかに答える。
「フャア! くすぐったーい!」
恵美の可愛らしい声が、まるでカラオケのエコーのように響いた。
「恵美は背中弱いもんね~」
美奈は悪戯な笑みを浮かべ、さらに動かす手を激しくする。
「ンッ! ヤッ!」
男が聞いたら、妙に興奮を掻き立てられるような声を恵美は続けて漏らす。
そこは浴室だった。二人で入ってもそれでも余るほどの大き目のバスタブに、その横にはタイル張りにされた洗浄場がある。
木製の椅子に座る恵美の背中をその後で膝をつきながら美奈が洗っている。
すでに恵美の背中は、ボディタオルを包む純白の泡でいっぱいだった。
「あまり動かないでよ恵美」
それでも手を緩めることをせずに背中を洗う美奈。
恵美はタオル越しでも、美奈の手の感触を背中で感じていて、その度にくすぐったそうに身体を捻らせた。
「だったら、ンッ! その手を、ハァン! 止めてよ~!」
息絶え絶えでそんなことを言う恵美。しかし、素直に手を休める美奈ではなく、
「ウリャッ!」
そんな掛け声とともに、動きを続ける。
しばらく浴室に、二人の少女の可愛らしい声が響き、数分後。
チャポンと液体が波打つ音を立てて、身体を洗い終えた恵美がお湯が並々に入ったバスタブに身を入れた。
同時にザバーとお湯がバスタブからはみ出る。
その横で妹の身体を洗い終えた美奈が次は自分の身体を洗っている。
「お姉ちゃんはいいよね~」
温かいお湯に浸かって目を細めながら、顎をバスタブの淵に置いた恵美がふいにそんなことを口走った。
それに対して、シャンプーをしていた美奈は桶に汲んだお湯で泡を洗い流しながら、
「何が?」
と返す。
「だって、あんなすごい力を使えるんだもん」
『力』というのはもちろん術式・七星のことだ。恵美は美奈と違い、簡単な術式でさえ、完全に制御することが出来ない。
そんな一言に、美奈はボディタオルにノズルを何回かプッシュしてソープを乗せながら、笑った。そして続けて口を開く。
「恵美には恵美にしか出来ないことがあるじゃない」
しかし、恵美はムーと唇を尖らせた。
「例えば?」
そんな質問に美奈は迷うことなく笑顔で答えた。
「私は恵美みたいにスポーツが得意じゃないわよ? それは私には出来ない恵美のすごいところじゃない」
「でも、私も術式を使えるようになりたいよ~」
「個性は人それぞれよ? 恵美の良さは私とは違うからいいんじゃない」
美奈は、ボディタオルで泡を身体中に伸ばしながら答えた。恵美は手でバスタブのお湯を掬いながら、
「私、お姉ちゃんが私のお姉ちゃんで良かったよ」
恵美は掬ったお湯をまたバスタブに戻し、笑顔で美奈を見た。
美奈はキョトンとしたが、すぐに口元を緩め、
「何言ってるのよ、今さら」
シャワーで身体中の泡を流し終え、美奈もバスタブに入った。恵美は伸ばしていた足を折りたたみ、向いあうような位置取りに座った。そして、またお湯がバスタブからこぼれる。
それから、天井についた水滴がポチャンと音をたててバスタブに落ち、少しの沈黙の後、恵美が再び口を開いた。
「どうして私たちこんな山の中に暮らさなくちゃいけないんだろうね」
恵美の一言に、美奈は少し胸を痛めた。
恵美は何気なく言ったのかもしれない。もちろん理由は二人とも知っていた。
椎名家が持ちうる術式、その力を恐れた人々が街に入れることを許さず、結果、椎名家は山の中での暮らしを強要されてしまったのだ。
「山での暮らしは不満?」
美奈の問いに恵美は首を横に振る。
「ううん、むしろ好きかも。こんな山の中だからお姉ちゃんと術の修行も出来るし、何よりお姉ちゃんがいるから楽しいよ。でも、どうして私たちが嫌われなくちゃいけないのかなって」
美奈は言葉を選ぶのに困った。
理由は明白だ。妹の恵美はそれほど力もなく、ほとんど普通の人間と変わりない。けれど、自分は違う。今もこんな山の中に追いやられるのは強大な力を持つ自分の存在が少なからず関与していることを自覚していた。
そんな美奈の様子を見て、恵美は美奈が何を考えているのか何となくだが悟った。その上で、
「私は私たちに伝わる力は人を守れる素敵な力だって思ってる」
と一言。
その一言は美奈の気持ちを少しでも楽にした。
さすがは姉妹といったところだろうか。
「なのにどうして嫌われるんだろう?」
今度こそ美奈はそれに答えた。
「仕方ないよ。強大過ぎる力って例え人を守る力でも恐怖してしまうもの」
しかし、その声はどこか寂しげに聞こえた。
「お姉ちゃんは私の憧れだよ」
恵美のその言葉に顔を上げる美奈。と同時に美奈の顔にバシャとお湯がかかった。恵美の仕業だ。
「あはは、お姉ちゃんが元気ないなんて似合わないよ~」
突然の出来事に驚きを隠せずにいた美奈も、
「やったな~」
と、恵美に仕返しとばかりに両手でお湯を掬って顔目がけて飛ばした。
「私は妖霊の巫女としてのアナタを尊敬していた!! それなのにどうしてアイドルなんて!」
恵美は夜空の元で崩れてゆく中心街で叫ぶ。美奈は何かを言おうと口を開くも、言葉が喉のところで引っ掛かり、出てこない。
「どんなに嫌われてもその使命を全うするアナタをカッコいいと、誇りにさえ思っていたのに!!」
感情的になる恵美に対して、美奈の胸はどんどん苦しくなっていった。
お互いに信頼していたはずの相手からその本心を伝えられ、どんな言葉をかければいいのか分からないというもどかしさ、そして自分が妹の気持ちに気付けなかったという悔しさ、そのほかにもさまざまな感情が入り混じって行く。
「どうしてアイドルなのよ!!」
その一言が止めになったのだろうか。美奈はビクゥと肩を震わせる。そして、震える唇を動かし、
「ごめん、恵美……そうよね、恵美からしてみれば私のやってきたことって悔しいよね……」
恵美はその言葉にさらに感情的になった。
「止めてよ! 私が惨めだって言いたいわけ!?」
怒りを剥き出しにする恵美。しかし、それでも美奈は口を動かす。
「私が憎いよね……でも私、どうしたらいいか分からないの……どうしたら許してくれる……?」
しかし、今度は対照的に、落ち着いた口調に戻り、恵美が口を開いた。
「別にどうもしなくていいです。私も力を得ましたから。」
「えっ……」
恵美の言葉の意図を理解できない美奈。そんな美奈を無視して、恵美はすっと巫女装束の胸部分をバッとはだけさせた。
「恵美……」
美奈がやっと絞り出せた声がそれだけだった。それ以上に、驚きと悲しみが一瞬のうちにして美奈の内側を支配した。
その理由は恵美の胸元に刻まれた円状式の術の陣。掌サイズのそれは青黒い痣のようにしっかりと刻まれていた。
「驚きました?」
放心状態の美奈を見て、ニヤリと不敵に笑う恵美。
「…………どうしてよ……」
美奈の瞳から涙があふれ出した。それは実の妹、愛する妹が何をしでかしたのか全て理解していたから溢れたものだ。
「才能を次々に発揮する美奈さんには理解できないでしょうね。しかし私は力をひたすら求めた」
姉の涙を見ても何とも思わないのだろうか。まるで機械のように無感情で抑揚もなくあくまで淡々とした口調を貫く恵美。
美奈はただ涙を流し、口を開けたまま呆然と立ち尽くす。
禁忌。それは人が踏み込んではいけない領域のことを言う。ヨーロッパで言えば不老不死を求めることであったり、今現在も各国でおこなわれるクローン技術もこれに当てはまると言っていいだろう。簡単に言えば神の領域に人が踏み込むということ。それはこの日本においても当然存在する。
それが今、美奈の目の前にいる恵美の胸元にある術の陣である。術名の正式名称は霊媒融合式妄同術式。椎名家に伝わる禁忌の術式の一つであり、その実態は術式を通じて、妖霊と魂を共有するというもの。これはつまり人間を捨てるということであり、『魂の優先順位』が働き、妖霊と化してしまうということだ。
この術式の特徴としては、術者は術の影響を受けない第3者である必要があるということ。それと、術の才が微弱であっても、妖霊と一体化(正確には妖霊化)することで力の増幅を実現させるという2点。
しかし、これだけの魅力的な術が禁忌になってしまうのには理由があり、術の成功後、術の影響を受けた者が人間に戻ることは不可能だというデメリットもある。
つまり、今目の前にいる実の妹は、もはや人間ではないのだ。
「術に使ったのは魑魅魍魎。妖霊の中でも格段に知能レベルが発達し、さらに霊力すらもその文字通り桁違い」
勝ち誇ったような表情で言い放つ恵美。しかし、今の美奈にとって重要なことはそんなことではなかった。
「どうしてそんなことを……」
禁忌に足を踏み入れ、人間を失った妹。その事実を受け入れ難く、ただひたすらに涙を流す。
「愚問ですね。才能のない私が力を得るにはこれしかないでしょう?」
何を当然のことを、と言った風な口調で答える恵美。それを聞いてさらに身体を震わせる美奈。
「……霊媒融合式妄同術式がどういうものか分かってて……」
「人間であるかどうかなんてどうでもいいのです。問題は力があるかどうかだけ」
二人の声はまさに対照的。震えからハッキリとしない声の美奈と、あまりに抑揚がなく一本調子で事務的に言葉を放つ恵美。
人間を失った当の本人はそのことをなんとも思っていないのだ。
恵美は、黙ってしまった美奈を見て、鼻で笑うと、術の陣が刻まれた胸元に手をかざした。
「見せてあげますよ。力を得た私を」
「……ッ!」
美奈が反応すると同時に恵美の胸元の陣が紫色に光輝いた。
そして、キュォオン!と不思議な音を立てて、術の陣は胸元から離れ、巨大化すると恵美の頭上へと移動した。そして、術の陣から紫の霧のようなもの、邪気が放たれ、みるみる恵美の全身を包んでいく。
「恵美!!」
美奈は叫ぶも震える足が動こうとしなかった。ただ、邪気に包まれゆく妹を傍観するしか出来ない。
恵美を纏う邪気は次第に薄くなり、その中からシルエットが浮かび上がる。しかし、そのシルエットはさっきまでの細身の恵美のものではなかった。
邪気が完全に晴れて、その姿が現れたとき美奈は言葉を失った。
そこに立っていたのは美奈の知る恵美なんかではなかった。
頭は恵美の顔、とはいってもその歯はもはや牙のように鋭く、綺麗な茶髪も長く乱れ伸びた黒髪になっていて、そして首から下はまさに獣。巫女装束なんてものは纏っておらず、筋肉が凝縮されたようなその肉体にはごわごわした黒毛で覆われていて、両腕両足も太く、まるで熊のようなものだった。
「軽蔑しますか?」
妖霊化した恵美が口を開いた。
その声はさっきまでの少女の声とは違い、まるで年寄りのようにしゃがれた声になっている。
「……」
美奈は答えない。ただ無言で次から次へと瞳から涙を流す。顔の輪郭に沿って涙の痕さえ残っていた。
「形は違えど、私が求めていた力です」
恵美もとい、魑魅魍魎は自分の腕を見てそんなことを言う。
そこには、外見は魑魅魍魎という妖霊だが、確かに恵美の意思がある。声は違っても、姿形が違っても、中身は恵美なのだ。
だからこそ美奈はどうすることも出来ない。
目の前にいるのは妖霊であって、妹である。月下通行陣を止めて、この街を、友人を救わなくてはならない。なら、目の前の妖霊を倒して行くのか。目の前にいる妖霊となった妹を倒して街を救いに行かなければいけないのだろうか。
簡単にイエスと言えるようなことではない。しかしこのままここで立ち往生しているわけにもいかない。もうじき月下通行陣が発動されてしまう。それからもこうやってただただ佇み、街が崩壊していくのを傍観していていいわけがなかった。
美奈にとってこの両者は秤にかけることなど出来ない、そもそも比べるなんて考えには至らないほど大切なものなのだ。
そんな考えが何度も美奈の頭の中でぐるぐると回る。そして、考えれば考えるほどにその答えは遠ざかっていき、複雑な感情の連鎖が涙を流させていた。
「ここに来て、まさか戦えないと?」
しゃがれた声が美奈の耳に届く。
「……戦えるわけないじゃない」
やっと出た一言がそれだ。それも独り言にしても小さすぎるほどの声量。ブルブルと身を震わせ絞り出せた声がそれだけだった。
しかし、声が聞こえたのかは分からないが、様子で悟ったのだろう。魑魅魍魎となった恵美はフンッと鼻で笑い、そして鋭い爪を携えた熊のような太い腕を構えた。
「あなたの意思は関係ない。私は私の憎しみのままに戦う」
その一言の後、魑魅魍魎はぐっと膝を曲げ、地面に張り付いた足裏の踵を地面から離すと、
ビュォン!と風を斬る音と共に一瞬のうちにして美奈との距離を詰めた。
もう腕を伸ばせば届く距離。その鋭い爪はぐさりと美奈の腹部に突き刺さるだろう。
「……ッ!」
美奈はとっさに顔を上げ、バックステップで距離を空ける。しかし、すこし反応が遅れたのか、爪先が美奈の巫女装束を少し抉った。
フワッと伸びきった黒髪が宙を舞い、魑魅魍魎が動きを止めると静かに髪は束を作って元に戻る。
直接、肉体に傷を負ったわけではないが、巫女装束の千切れ方を見ると、あと小数秒遅かったら肉体を抉られていたのだろうととっさに思う美奈。
それはつまり、『本気で殺しに来ている』ということを示唆していた。
「咄嗟の反応は見事」
避けられたことを気にも留めていないのだろう。魑魅魍魎は両手の爪と爪を磨り合わせてまるで砥石のように使っていた。
魑魅魍魎は、ですが、と付け足し、
「避け続けてどうなるものでもないと思いますが?」
余裕の表情で問いかけた。
当然、そんなことはわざわざ言われるまでもなく美奈も承知している。
避け続けたところで、いつかは体力が切れて、その瞬間にあの爪の餌食になるであろうということ。
しかし、だからと言って美奈が術式・七星を使えば倒せるかもしれないが、同時に実の妹を手にかけるということにもなる。
『話し合いで平和的に解決』というのはどう見ても不可能だとも分かっている。だからこそ力を行使してどうにかしなければいけないということも。
頭では分かっていた。
「お願い、もう止めて……」
しかし、理屈ではないのだ。美奈が漏らした言葉がそれを裏付けている。
『理解』はしている。しかし、それを『実行』するとなれば話は変わってきてしまうのだ。
立場上、自分が『妖霊の巫女』である以上、目の前にいるのは紛れもない敵。言ってしまえば今、街を倒壊させている連中となんら変わりのない敵なのだ。討伐しなければならない。でなければこの街は消滅し、大勢の人の命に関わってしまう。なのに、一人の妹の命は、美奈の中でその質量は一緒、いやもしかしたら妹の方が重いのかもしれない。
震える手でお札を握ることが出来ない。
「侮辱以外のなにものでもないですね」
飛んでくるどこか苛立ったような声。
そして直後、またゴッ!と地面を強く蹴りあげた音が美奈の耳に飛び込んできた。
「恵美っ!!」
美奈はさっきと同様に、魑魅魍魎の一撃を避けるためにバックステップのモーションに入る。
しかし、2度目は通用しなかった。
ノーステップで飛び込むと思いきや、一旦再び地面に足を着けると、魑魅魍魎は再び地面を強く蹴りあげ、美奈がバックステップで稼いだ距離をいとも簡単に詰めてしまった。
バックステップ直後でバランスを失った美奈に、その爪は容赦なく襲いかかった。
「!! クッはぁ!」
爪先は巫女装束を抉り、そのままその下にある美奈の腹に突き刺さった。
美奈は勢い余って路上の上を数メートルほど飛ばされ、背中からズザァと地面に落ちた。
「……」
魑魅魍魎は何か不満げな表情で汚れのない自分の爪を眺めた。
(……血が付いていない?)
理由はそれだった。確かに美奈の腹を抉ったはずだった。しかし、その凶器となった爪には血の一滴すら付いていなかった。
「コホッ! コホッ!」
地面に転がった美奈は咽ながらよろよろと起き上がった。
巫女装束はさっきの一撃でその破れ口が開いたのだろう。正面の腹部の辺りはビリビリに破れて下に来ていた薄いピンクのキャミソールが覗いていた。それともう一つ、
「護身の術式……!」
魑魅魍魎はくそっ!と忌々しそうに言い放つ。
巫女装束が破れた部分にはブォンと静かな音と共に円状の魔法陣のような術の陣がうっすらと青白く光っていた。しかし、それもピキィとひび割れたような音と共にその場で砕け散ってしまう。
「あらかじめ装束の下に発動していたのですね」
それに対して美奈は無言を決め込んだ。別に気にもしていないように魑魅魍魎は再び口を開く。
「戦う気にはなりました?」
今度の問いに、美奈は一瞬ビクッと肩を震わせるも、すっと手を巫女装束の袖に忍ばせた。
それを見た魑魅魍魎はニタリと口元を緩めると再び腕を構える。
「恵美を傷つけたくはないよ。……だから助ける」
美奈は手を忍ばせた袖を見ながら言う。
「都合がいい奴って思うかもしれない。ううん、私自身そう思ってる」
先ほどまでとはいかないまでも震える声。しかし涙はもう流れてはいなかった。
「でもね? 恵美の本音を聞けた今だからこそ、お姉ちゃんらしいことさせてよ」
そこまで言うと、バッと袖から手を引き抜いた。手には7枚のお札がその存在を主張していた。
「助ける? 本当にご都合主義ですね。私が助けを求めているように見えるのですか?」
馬鹿にしたように鼻で笑う魑魅魍魎。しかしそれで退く美奈ではなかった。しっかり頷き、
「見えるよ。だって、その涙が私に訴えてるもの」
「……ッ!」
魑魅魍魎はバッと自分の顔に爪先を当てた。すると、爪に温かい液体がつぅーと伝る。
いつの間にか恵美の顔から涙が流れていた。それは魑魅魍魎ですら気付かなかったこと。いつからだろうか。先ほど美奈を攻撃した時には流れていなかったはず。
「見た目は変わっても、中身は優しい恵美のままだもん。だから助ける!」
美奈はこの日、恵美の前で初めて表情をやわらげた。それはまるでごく普通の姉妹が他愛もない話で盛り上がっているときのような、そんな笑顔だった。
魑魅魍魎は熊のような腕で器用に、顔を傷つけないように涙を拭うと、ジリッと地面を踏みしめ構えなおす。
美奈も『どうやったら恵美を助けられるのか』という具体的な答えには至ってはいない。自分の使える術式に、禁忌を打ち消す、または無かったことにできるようなものもない。しかし、先ほどまで恵美は魑魅魍魎ではなく、恵美の姿として自分の目の前に現れた。だとすれば、もう一度、『恵美の姿に戻す』ことくらいは出来るのではないのかという一つの可能性に美奈は希望を見出していた。決してそれで解決する問題ではないが、一時的に恵美の姿に戻し、その上で月下通行陣を止め、全てが丸く収まった後で恵美を完全に妖霊から切り離す手立てを考えようといったことのことを施策していた。
それにはまず、『いかに傷つけずに恵美の姿に戻すか』ということが最優先項目となってくるわけだが、それに関しては美奈はそれほど深刻には悩んではいなかった。というのも、美奈の使う術式・七星は、その種類は実に多種多様で、攻撃性を秘めたものもあれば、防御性を特化したものもある。強いては生活に役立つようなものまである。そんな中に捕縛用に使われる術式もあるのだ。
つまり、美奈はその捕縛用の術式でなんとか魑魅魍魎の動きを封じようというのがとりあえずの作戦として戦いに臨んでいるわけだ。
「あなたの考えていることは大方予想できますがね」
魑魅魍魎は不気味な笑みを浮かべ、ぐっと構える腕に力を込める。
「術式・七星、封鎖輪縛!」
美奈が先制した。魑魅魍魎が自分との距離を詰める前に術の発動に成功したのだ。
手元にあったお札をシュバッと素早い動きでそこから離れ、一瞬のうちにして魑魅魍魎の周りを囲う。
「……ッ!」
気がついたときにはすでにお札はパァと弾け、変わりに白く輝く輪っかになった光がいくつか交差し、魑魅魍魎の周りを取り巻いていた。
「ぐっ!!」
光の輪はギュッと凝縮されたように縮み、まるで縄のように魑魅魍魎の身体を縛り付けた。両腕が身体に括りつけられ、両足だけで不安定なバランスでその場に立ちつくす魑魅魍魎。
すかさず、バンッと両手を合わせ指を絡ませる美奈。それはまるでキリシタンが神に祈るような格好だった。それと同時に敵を縛り付ける光の輪がギシリッと音を立ててさらにきつく縛りあげる。
どうやら、美奈のこの動きと光の輪は連動しているらしい。それを一瞬で見定めた魑魅魍魎は、すうっと抵抗する身体から力を抜き、腕をだらんとした風に投げだすと、変わりに首を勢いよく回転させた。首の動きに合わせてブワッと舞いあがる黒髪。しかもそれは急にさらに伸びて、10メートルほど離れた美奈に向って、まるで弓矢のように飛んでいく。しかし、髪が頭皮から離れたわけではない。もともと長かった髪がまるで生き物のように勝手に伸びて美奈に襲いかかったのだ。
「えっ!?」
驚きを隠せない美奈の足元に、髪はズドォという轟音と共に突き刺さった。その際に、美奈は身体のバランスを崩してのけ反ってしまう。がっちりと組んだ両手も無意識のうちに解いてしまったため、ぎゅっと魑魅魍魎の身体を縛り付けていた光の輪が一瞬開き、その隙を逃すわけもなく、ひゅっと身体を屈めて捕縛から脱出する魑魅魍魎。
「しまった……」
美奈はバランスを取り戻し、敵と向き直るもその表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。
「もう少し妖霊の特徴を知っておくべきでしたね」
そう言いながら、魑魅魍魎は地面に突き刺さった長い髪を、まるでメジャーを巻き戻すような感じで縮めていく。
美奈の術で発動した光の輪はいつの間にか消えていて、その代わりに宙に浮かぶ7枚のお札がすうっと美奈の手へと戻っていく。
「先に言っておきますが、もう封鎖輪縛は通用しませんよ?」
さっきまでとは立場が逆転したように、余裕の笑みを見せる魑魅魍魎。しかし、それが単なるハッタリではないことは美奈も重々承知していた。というのも、魑魅魍魎は妖霊の中でも極めて知能指数が高く、その爪などの武器以上に人間並みの頭脳を駆使した戦いで昔から人々を襲っていたという記録を読んでしっていたからだ。
それまでは記録を読んだだけで、それがどこまで信憑性を持つものか、正直、明確に理解していたわけではないが、実際に戦ってみてそれは正しかったのだと確信する美奈。
完全に身動きを封じられた状態から、『あえて髪という中距離武器の存在を隠す』ということで、見事に油断させた美奈から術式を解放させることが出来たのだから、その知能は疑う余地すらなかった。
だからと言って素直に引き下がれるはずもない。
美奈は再び指に7枚のお札を挟むと、数歩バックステップで距離をとり、再びそれを構える。
「術式・七星、巻――」
しかし美奈の声は途中で途絶えた。正確に言えば中断させられたのだ。
理由は術を発動させる前に伸びる髪が槍のように美奈に襲いかかってきたから。美奈は術の発動を中断して咄嗟に横に飛び退くも、髪が勢いよく地面にのめり込んだ際に生じた爆風でバランスを崩してしまう。
その一瞬の隙だった。魑魅魍魎は地面に突き刺さった髪が固定されているのを何度か強く引っ張って確認し、すると、髪を縮めた。が、戻っていくのは髪ではなく、魑魅魍魎がすごい速さで逆に髪が突き刺さった場所へと引っ張られる。
その速さのまま魑魅魍魎はその太い腕を振り上げ、バランスを崩した美奈へと振り下ろす。
「クァッ!」
美奈は振り下ろされた腕に直撃こそしなかったが、風の扇りを受けて民家のブロック塀に背中を打ち付けた。そして美奈の身体はそのままズルズルと崩れ落ちる。
「遅いですよ」
魑魅魍魎は路上に突き刺さった髪を引き抜いて元の長さに戻しながら言った。
「……ッ」
美奈は強打した身体をよろよろと起き上がらせ、再び魑魅魍魎を見据えた。
術式・七星はその威力が強大な分、発動までに多少の時間がかかってしまうのがネックだ。特に攻撃性の術式はなおのことその威力を発揮するまでに力の蓄積に時間を浪費してしまう。美奈の纏っている巫女装束はその時間を少しだけ短縮する能力も秘めているが、それでも先ほどのような速さでの攻撃までは対応できない。
「術式・七星……確かにその力は強大です。かつては私もその力をただただ追い求めた。しかし、妖霊の力というのもなかなか馬鹿にしたものではないですよ?」
魑魅魍魎は熊のような手で自分の髪を触りながら得意げに言った。それに対して美奈は何も言わない。
轟!!という爆音と共に少し離れたところにあった低めのビルが崩れ落ちた。
美奈はその様子を伺いたいという気持ちを押し殺してじっと魑魅魍魎と対峙する。魑魅魍魎はその様子を見たのだろう。実に愉快そうな笑顔を見せていた。
「見てくださいよ。月があんなに綺麗に街を照らしていますよ」
魑魅魍魎が顔を上げて、鳴咲市の上に広がる夜空にポツリと光輝く満月を見上げた。それに釣られて美奈もちらりと満月を見上げる。
地上では昨日までは想像もしなかったように街が炎上しているというのに、夜空は当然だがいつもと何ら変わりの無い、地上で起きていることなど無関心というように静かに広がる。
「……あなたは何を目指してアイドルになったのですかね」
それは美奈に向けられた言葉だったのだろうか。言葉を聞いただけではそうかもしれない。が、魑魅魍魎は静かに夜空を見上げて美奈に届くかどうか分からないように呟くように言った。美奈はごくりと唾液を呑み込んだ。
「巫女としての自覚をもっとしっかり持っているものだと思っていましたよ」
今度ははっきり聞こえるように、どこかドスの効いた声になった。
そして、次の瞬間。ミシリッと何かがひび割れる音が美奈の足元から聞こえた。
「……!?」
美奈はふいに足元に視線を移した。同時に、コンクリートの路上がドッ!という大きな音と共に砕けた。路上の下から出てきたのは魑魅魍魎の髪だった。
(しまっ!)
美奈は地面から飛び出してきた髪に縛られ、そのまま宙で身動きを封じられた。向いで魑魅魍魎が勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
魑魅魍魎は自分の背後の地面に伸ばした髪を突き刺し、そのまま路上の下を通らせて美奈のいる足元からそれを突きだしたのだ。
まるで太いロープで何重にも縛られたように髪に縛られ宙に投げだされる美奈。
「それが驕りだと言うのです。自分は優れた巫女だからって油断したのでしょう? その結果がこれですよ。惨めですね。動くことすら許されないなんて」
ゴギギと美奈を縛る髪に力が入る。そしてそれを機に地面に埋め込まれていた伸びた髪もドゴォと勢いよく姿を見せた。
「こはっ!」
ふいに強い力で締め付けられた美奈は咽返るように息を漏らした。
「さて、ここで私が髪を縮めて身動きのとれないあなたに爪を突き立てた後、どうなると思います?」
「……ッ!!」
美奈は目を見開き、額から嫌な汗が流れて行くのを感じた。
答えはいたって簡単だった。身動きの取れない美奈に突き付けられた爪はそのままグサリと美奈の身体を貫くだろう。
美奈がそれを理解したと知った上で魑魅魍魎は、
「死になさい」
と一言。そして、すうっと伸びた髪を縮めて美奈の身体を自分の元へと手繰り寄せる。
そして目の前まで身動きの取れない美奈が来ると、熊のような腕を自分の前まで運んで、そこに携えてある鋭い爪を美奈の巫女装束にそっと触れさせた。
(なんとかお札だけでも取らないと……)
美奈は縛られながらも腕を何とか動かそうと力を込めて何度か回したりしてみるが、束縛が緩まる感じもなく、当然巫女装束の中にあるお札を取れるわけもなかった。
それが気に食わなかったのだろうか、魑魅魍魎は忌々しそうに舌打ちして、突き付けていた爪を少しググッと押しこんだ。
「!! くうぁあああ!」
爪は容赦なく美奈の腹部へとのめり込み、ブシュッと髪の隙間から血が噴き出す。
噴き出した血飛沫は数滴、魑魅魍魎の顔に付着した。魑魅魍魎は自分の顔に付いた血を舌で舐め取り、笑みを浮かべる。
「トップアイドルがキズものになってしまいましたね」
そんな言葉に反応する余裕は今の美奈にはなかった。そんなことよりも、腹部から広がる全身の痛みに、なんとか意識を保とうと必死だった。美奈の顔はさっきまでとは別の汗で濡れている。
「はぁ……はぁ……クッァ!」
呼吸をするごとに痛みは容赦なく美奈を襲う。半開きの瞳で魑魅魍魎を見据えるも、視界が霞みハッキリとは見えなくなっていた。
「私を助ける? 問いましょう。如何にして?」
そう言って、さらに爪をズブリと差し込む。
「クッ、ガァァァァアアアアアアアアアアアア!」
美奈の悲鳴が響いた。さらにブシァと血が噴き出し、美奈の下の路上が赤黒く染まっていく。
今度こそ意識を失うかと思ったが、美奈はそれでもギリギリのところで意識を保つ。しかし、もう声を出すことすらままならない状態だった。身体に少しでも力を加えようとすれば傷口から血が噴き出し、かといって何もしないままなどそのまま意識を失いそうにもなる。
魑魅魍魎は自分の投げかけた問いに答えることさえ出来ない美奈を悪魔のような笑顔で見据えると、
「そう、あなたには出来ないのですよ? 私を助けるなんて何様のつもりなんです? これだけ無様に死んでいくあなたに何が救えるというのですか」
そこまで聞くと、美奈は何かを言おうと震える唇を動かす。が、口が思うように動かず、当然、声なんて出ない。ただ呆然と口を開けているようにしか見えなかった。それでも美奈は口を閉じようとはしない。
「……ァ、カァ……」
嗚咽にも似たような声にもならない声だけがなんとか漏れる。それが精一杯だった。そして、美奈の瞳からまた涙が溢れてくる。
悔しい。
美奈の心を支配するたった一つの感情。魑魅魍魎に勝てないからではない。自分がボロボロにされているからではない。
守りたいというただそれだけの気持ちを叶えることが出来なかったからだ。実の妹である恵美を救うと言いながら、何も出来ない。恵美を本当の意味で救いだすことが叶わないままここで殺されてしまうのだろうか。
そんな負の考えが何度も何度も美奈の頭を過る。
自分の命が惜しいわけではなかった。決心は出来ていた。恵美を救うためなら自分の命と引き換えだと言われてもそれに応じるというくらいには。しかし、自分の命を賭けても救えなかった。妹一人。
その事実が美奈の瞳から次から次へと涙を流す。
「巫女としての役目を忘れ、アイドルとして世間の人からちやほやされる。気持ちよかったですか? それはそうですよね。大勢の人が自分の才能を認めてくれるんですから。私のように才能を見出すことさえ出来ない落ちこぼれとは違うんですものね」
その言葉は『魑魅魍魎』としてのものではなく、『椎名恵美』としての本音。今まで言えなかった募りに募った嘘偽りのない恵美の想い。だからこそ、その言葉は美奈をさらに追い込んだ。
涙を流しながら口を開く美奈。まともに呼吸すら出来ずに酸欠状態の美奈には腹部からの痛みと、頭の内部からくる頭痛の両方が襲った。そんな状態でまともに話せるわけもなく、結局紫色になった唇は動かすことすら叶わず、口を閉じた。
「絶命の時です」
美奈の身体から完全に力が抜け、縛られながら腕をぶらんとさせるのを確認して、魑魅魍魎はぐっと美奈の身体を突き刺す腕に力を込めた。
卓と真理はそれぞれ石の色と同じ光を纏った刀を握りながら、蓮華は右手に守護の弐席を握りながら、妖霊によって掌握されつつある中心街を駆けていた。
目的は別行動をとっている美奈との合流。
美奈の正確な居場所はケータイのGPS機能を使って先ほど確認していた。
中心街にはもともと娯楽施設や大型ショッピングモールなどの施設が立ち並んでいたが、近頃では中心街にも少しずつ住宅街が出来つつあった。
当然、立地条件も良く、利便性も高いことからある程度の財産を持った者がほとんどを占める。そこからも中心街にある住宅街は『貴族の楽園』とも呼ばれている。
美奈はそこにいる。
討伐者組は真っすぐ『貴族の楽園』を目指して走る。
まだ夏が終わったばかりで、正直じめっとした空気が包んでいた上、周りはどこを見渡しても建築物が炎上しているため、その暑さは夜とは言え辛いものがあった。そんな火の中を駆ける3人は顔の輪郭に沿って流れる汗を時々手の甲で拭いながら、それでも走る足を止めることは無かった。
ドドドドドッ!と連続した機械音が背後から聞こえる。
人間型兵器の所持している機関銃だろう。今中心街では3000を超える人間型兵器が妖霊と交戦している。だからあちこちから銃声やら爆音が聞こえてくる。
「もう術の発動まであまり時間がないんじゃないか!?」
走りながら卓は少し後ろを走る真理に尋ねる。卓がポケットから取り出した折りたたみ式携帯電話のサブディスプレイで時計を見ると、時刻は18時30分を少し回っていた。
空にはもうすっかり満月が昇り、無情にも中心街を照らす。
真理は表情を歪めて、
「いつ発動されても不思議じゃないところまで来てるわね。正直、『満月の下で発動しなければならない』というのだけが発動条件ならそこまで焦る必要はないんだけど」
真理の答えに、前を走る卓と、真理の横で走る蓮華は首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「引っ掛かるのよ。どうして月下通行陣を発動させるのにわざわざこんなに妖霊を連れ込む必要があるのかって。もし街を消滅させられる術式なら、そもそもこんな回りくどいことをしなくたっていいわけじゃない?」
その言葉に、卓と蓮華はハッと反応する。
確かにその通りだった。真理の言うことは最も。美奈の話では月下通行陣は街一つをいとも簡単に破壊する『珠の御神楽』の召喚術式だという。なのに、その前にわざわざ大量の妖霊を使って街を破壊する必要はないのだ。しかし、現状はその必要のないことで街は襲撃されている。
もし、意味もなく、ただ楽しむだけの目的でこんなことをしているという可能性があるのなら、それもあるのかもしれない。が、ここ一番で、確実に成功させたい術式の前に、そんな不確定要素を生み出すようなことをするのだろうか。事前にこんなことをして、討伐者のような存在に警戒され、阻止されてしまうことだってあるのに、これほどの危険を冒す必要があるのだろうか。もしあるのであればそれは何なのか。真理は必至に考えを巡らせる。
しかし、真理はあまりに持っている情報が少なすぎた。
美奈から得た月下通行陣の情報だけでは今の現状を説明するにはいろいろと不足している。だからといって美奈が今の現状の理由を知っているかと言えば答えはノーだった。それは先ほど街を襲撃されたときの様子を見ればすぐさま導かれる答えだった。
美奈は自分の貼った『妖霊払いの呪符』が解かれたことにひどく動揺していた。だから今のこの状況、妖霊の襲撃は美奈にとっても予測し得なかったことなのだろう、と真理は悟っていた。
真理は再び口を開く。
「まあ、それも全て月下通行陣が発動されれば分かるのかもしれないけど」
それに卓と蓮華も頷く。
確証はなかった。それでは手遅れになる可能性だってないとは言い切れない。けれど、今情報を持たない3人に出来ることは、少しでも術式に詳しい美奈に合流することだけだった。
討伐者組の3人が中心街を駆けていると、突然ドガッ!という音と共に、卓の少し前のビルの一階の壁が吹っ飛んだ。
「「「!!???」」」
3人は走る足を止め、すぐさまそれぞれの武器を構える。
壁を突き破って外に飛び出してきたのは一機の人間型兵器だった。しかし、それの片腕は引きちぎられ、武器という武器を装備しておらず、自在伸縮性金属で出来た機体の表面はズダズダに切り刻まれている。
グギッグギギギと関節部分に塗ってあった油がなくなったのだろうか、乾いた音をたてながら人間型兵器は自分が突き破ってきた、いや突き飛ばされてきたビルの方へとその身体を向けた。
が、人間型兵器が立っていられたのは一瞬だった。
突き破られた壁からヒュッと風を斬る音と共に、球体だろうか、ボーリングの球ほどの大きさの赤いものが人間型兵器を直撃する。
ドッ!と爆発した人間型兵器はそれっきり動かない。
「何かいる……!」
卓の声がその場の緊張感をさらに引き締める。蓮華は守護の弐席の銃口をビルの一階へと向ける。卓と真理も光を纏った刀を上段に構え、しっかり地面を踏みしめる。
すると、壊れた壁から何やら大きな影がその姿を見せる。
「……あれは」
真理はカタカタと日本刀を震わせる。卓と蓮華もごくりと息を呑む。
フーフーと十数メートル離れた場所にいる卓たちにまで聞こえる鼻息。その後から聞こえるグルルゥという獣の呻き。それらは一瞬にしてその場を制圧した。
ズンッ!と重い足音がビルから聞こえる。それは本当に生き物の足音なのかどうか疑うほどに響いた。まるでクレーンに吊るされた鉄球を50メートルほどの高さから落としたような音。そんな足音がまた卓たちの耳に飛び込んでくる。そして、
「な、何だよ……アレ」
卓はプルプルと身を震わせポツリと呟く。
「えっ……」
蓮華も言葉を失った。それは真理も同様だった。
理由はビルから姿を見せた妖霊にあった。まだ全身はビルから出ていない。身体の半分といったところだろう。しかしそれだけで人間を威圧するには十分過ぎた。
その姿は百獣の王であるライオンに似ている。だが、『似ている』というだけであって、『その大きさなども同じ』というわけではない。ライオンで言うところの縦髪の部分は溶岩のように赤く光る岩が首の回りを覆っていて、全身は炭のように漆黒の岩身だ。そして一番の問題はその『大きさ』にある。
卓たちはこの時、ライオンが子猫同然に思えた。これは比喩ではない。本当にそうなのだ。
「おいおいおい……いつからこの街はミニチュアの箱庭になったんだ……」
卓はビルからドスンッドスンッと重い足音と共に出てきた妖霊を見上げてそんな感想を漏らす。
巨大な4つ足の妖霊はビルから出てくると、ギロリと眼球だけを卓たちに向ける。眼球もまるで捕獲者のように鋭く、紅蓮の瞳。そしてその瞳で卓たちを捉えると、
グォォォォォォオオオオオオオオ!
巨大な雄たけびをあげた。中心街にある高層ビルに反響して雄たけびは山彦のように繰り返し響く。ビリビリと空気を震わせる雄たけびに卓たちはたじろいだ。
雄たけびが巨大なら、その図体も巨大。通常のライオンの5倍はあるであろうその巨体に、鋭い牙。鋸のように鋭い歯が何本もその姿を見せていた。
妖霊はその巨漢をビルから全て出すと、卓たちの行く手を遮るように立ち塞がった。
「妖霊をどうにかしないことにはここを通してもらえなさそうね」
真理は忌々しそうに舌打ちして、日本刀を構える。
「みたい。でも私たちにも時間がないから、手早く」
蓮華はカチャッと守護の弐席を構え、
「弱点写し!」
すると、銃身に刻まれた波模様が光輝く。そして相手の弱点を照らし示――
「えっ!?」
光は宙を彷徨うようにゆらゆらと揺れていた。
「どうした、蓮華?」
長刀を構えじっと敵を見据える卓は、蓮華に背中を向けたまま尋ねた。それに蓮華はゆっくりと口を開く。
「……弱点が見つからない」
「「!?」」
蓮華のその一言に、卓と真理は言葉を失った。ただ一瞬でそれが事実であることを確認する。蓮華の手にある守護の弐席が獣の妖霊の弱点部分を指示していないことが何よりの証拠だ。
「なら、その身ごと全部消しさるだけだ!」
卓は再び長刀を握る手に力を込める。
『弱点が無い』ということは確かに戦いにおいて不利ではあるが、必ずしもそれが『倒せない相手』にはなり得ないと卓は踏んでいた。もしその身を完全に粉砕すれば、弱点の有無に関わらず、『生命の維持』が叶わない以上戦うことすらできなくなるからだ。
「卓の言うとおりかもね」
真理も日本刀を握り直し、
「蒼波滅陣!!」
「紅蓮槍風!!」
卓とタイミングを合わせそれぞれ刀を振るう。
卓の長刀からはその刀身に纏っている蒼い光が暴発し、まるで津波のように広域にわたって獣の妖霊へと襲いかかる。そして、その光の波の中心から、真理の放った槍のような形をした斬撃が突き出て一緒になって敵を捉える。
しかし、獣の妖霊はその攻撃を避けようともせず、ただその場に王者として君臨するが如く立っている。そして、その巨大な口を開き、
グォオオアアアアアア!
再び耳をつんざくような咆哮が飛ぶ。
ただの咆哮だが、それによって巻き起こされる風はまるで嵐の突風のようで、卓たちをじりじりと無理矢理後退させてしまうほど。
しまいには、卓と真理の奥義すらその軌道を変えてしまった。横に逸れたそれらの技は炎上するビルに直撃し、ビルはドゴォオ!と轟音と共に崩れ落ちる。
「「……ッ!」」
卓と真理は呆気に取られていた。自分たちの奥の手をいとも簡単に、それこそ自分の手を下すまでもなく、『ただの咆哮』で弾かれてしまったのだから無理もない。
「射出準備完了」
ふいに卓と真理の背後からそんな声が聞こえる。二人が声の方向に振り返ると、そこには守護の弐席の銃口を獣の妖霊に向けて構える蓮華がいた。
銃口の先には黄金の光がハンドボールほどの大きさの球を形成していて、その球の周りを細い光のラインが渦巻いている。
「射出!」
蓮華はぐっと引き金にかける指に力を込め、そのまま引いた。
銃口の先にあったハンドボールほどの光の球は勢いよくその場を離れ獣の妖霊へと向かった。しかも、距離を進むにつれ、光の球はまるで雪だるまのように大きくなり、地面を抉りながら進み始めた。
「あれが義賊が悪を完全殲滅させた聖技、ジ・エンド……」
蓮華の放った凄まじい攻撃を見て真理はポツリと呟いた。
グォオオオアアアア!
獣の妖霊はまたしても空気を震わせる咆哮を飛ばす。咆哮を真正面から受けたジ・エンドはビリビリと光が歪むも、その勢いと軌道を変動することなく、獣の妖霊へと向かう。
ジ・エンドは直撃した。ドッ!という音の後に、その場に爆弾を投下されたように爆風と炎が包む。
「……やったのか……?」
炎に包まれた路上を見て、卓は刀を降ろす。その後で真理と蓮華も息をするのも忘れて最善の『結果』を見定めている。
「……! まだよ!」
しかし、勝利を匂わせる沈黙は刹那のうちに真理のその一言で破られた。
「……ッ!」
ドッドッ!という音を連れて、炎の中から赤いボーリングほどの球、正確には溶岩が飛ばされた。
蓮華はすかさず守護の弐席の銃口を溶岩の球に向けて、引き金を引くも、カチャカチャと空振りの音だけで銃弾は射出されない。
(まだエネルギーの補充が出来てない!)
蓮華の持つ神器、守護の弐席は実弾を放つ銃ではない。その銃身で自発的に石の力を使い銃弾を生成し、それを銃口から放つのだ。メリットは銃弾の制限がないということと、力の制御でいくらでも銃弾の威力を調整できるということ。デメリットは一発一発ごとに銃弾を生成しなくてはいけないため、連射が出来ず、一発後に生成時間としてロスタイムが生じてしまうということ。それと銃弾の保管は出来ず、一発までしか貯蓄できないことにある。そして、次の銃弾の生成時間は、その前に放った銃弾の大きさに比例して長くなってしまう。
つまり、先ほどのジ・エンドを放った蓮華はこれだけの短時間では次の攻撃に移れないのだ。
「うおおおおおおおお!」
卓は溶岩の蓮華の間に割って入って蒼い光を纏った長刀を振りかぶった。
ビュオン!
卓が長刀を振り切ると、蒼い斬撃が刀身から放たれ、一直線に溶岩の球に向った。そしてそれらは宙で直撃し、その場で小規模爆発を起こす。
溶岩の球はそれで消滅した。卓の斬撃も同様。爆発によって粉塵のように宙に舞う煙が晴れると、また獣の妖霊が卓たちの視界に飛び込んでくる。
グルルゥと呻きをあげながらじっとこちらを見据えている。動揺している様子はない。おそらくこの程度の攻撃を止められたところであちらには取るに足らないことなのだろう。
「何なんだよコイツ……」
卓はふいにそんなことを言う。
今までの、いや、今現在街を襲っている他の妖霊とは姿の規模もさることながら、その実力も文字通り桁違いなのは明らか。
さらには蓮華の弱点写しでもその弱点を知ることさえ出来ず、強力な攻撃すらにもたじろぐことの無い獣の妖霊はまさに獣の王にふさわしい威厳を放っている。
「突然変異……」
卓と蓮華の耳に聞き慣れない言葉が飛び込んでくる。
「なんだよ真理、その突然変異って」
「突然変異。特殊な環境下において、もしくは状況下で稀に起こる生命変化のことよ。普通の動物とかでもよく色違いや本来の大きさの倍ほどになってしまったりってあるでしょ? それと同じなのかも。コイツ、本来は化け猫とかの類の妖霊だったんじゃないかしら。それが突然変異の影響でこんな……」
真理はじっと獣の妖霊を見据える。
「まあ、何にしてもコイツを倒さなくちゃいけないわけなんだが」
卓の言葉に蓮華も頷く。そして、蓮華はハッと何かに気が付いたようで口を開いた。
「どうして飛び攻撃なんだろう。あの巨漢で直接攻撃してきた方が確実に仕留められると思わない?」
卓は蓮華の意図が分からずに首を傾げる。逆に真理はそれが分かったようだ。
「そっか! アイツ『直接攻撃してこない』んじゃなくて、『直接攻撃出来ない』んだ! 少し考えればあの巨漢で猫みたいに俊敏な動きなんて出来ないはず」
4本足が届く射程範囲にいれば話はまた変わってくるのだろうが、幸い今、卓たちは獣の妖霊から十数メートルも離れたところにいる。あの巨漢が距離を詰めようとして走ってきても卓たちなら簡単に避けられてしまう。だからこそ、遠距離攻撃で仕留めるしかないのだ。
「それなら……卓!}
「おう」
卓と真理は顔を見合わせて頷く。そして、獣の妖霊に向いあい、
「「契約の蒼紅、我らの絆具現せよ!!」」
最後まで読んでくださりありがとうございます!「約束の蒼紅石」第12話いかがでしたでしょうか?今回は「美奈」中心に話が展開していきました!まあ「妖霊の巫女」編なので、卓たちよりも出番が多いのは仕方ないかなという感じで読んでいただけたら幸いです。
気がついた方も多いかと思いますが、この「妖霊の巫女」編は「魂の傀儡子」編よりも時間の進みが遅いのです!4話目でもまだ3日しか経っていないということになりますが、今回は限られた時間での激戦を書きたかったのでこういう感じになってしまいました(笑)
ですので、こんな感じなのかと思っても、これからも読んでくださるとうれしいです!
それでは、この辺で。次話でまた会いましょう!!