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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
妖霊の巫女編
11/29

激震

こんにちは! 夢宝むほうです!

最近更新する間隔が速くなってきていい調子というわけなんですが、ここで報告です……。来週に作者の学校行事ということで宿泊学習がありまして、そのため、もしかしたら更新がいつもより少し遅くなってしまう可能性があるのです。いつも読んでくださる読者には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、なにとぞご理解のほうをよろしくお願いします。作者も出来るだけ早めに更新できるよう努めてまいりますのでお願いします!もし、書き上げられて、宿泊学習前に更新できたら、それはそれでというわけで(笑)

では、「約束の蒼紅石」第11話お楽しみください!!

9月3日。月下通行陣が発動されるこの日も、空は快晴で、地上を照らす太陽は卓たちのいる教室に熱を与えている。

 一番窓際に座る卓はぼーっと外を眺めていた。

 「――であるからして、孔子はこのような考えを――」

 卓の耳には、教師の授業がぼんやりと右から左へと流れ、チョークで黒板を突く音がどこか心地よい。

 こんな何でもない普通の日常が今日も流れることに、卓はどこか違和感のようなものを感じていた。今日の夜、満月がこの平和な鳴咲市を照らすとき、この何気ない日常が次第に崩れさるという現実。しかし、そんなことを微塵も感じさせない穏やかのこの一時、幻想。この2つが卓の頭の中でじれ違和感を感じさせているのだ。

 それと同時に、この幻想を守り抜きたいとさらに決意を新たにする自分もそこにいた。

 ここにはいないが、中心街にある光陵学園で、今この時、自分と同じく授業を受けているであろう椎名美奈と、真理、蓮華と一緒にこの街を守り抜きたいと強く思っていた。

 「どうしたのよ、ぼうっとして。」

 授業終了のチャイムが鳴り終えても、まだ頬杖をついて外を眺めている卓の背中を真理につんつんと突かれて、我に返った。

 「なんか、不思議だなって。」

 振り返る卓に、真理は首を傾げた。

 「不思議?」

 「ああ、今まではこんな何でもないような日常が現実で、討伐者なんてものも知らずに、戦いなんて想像も出来なかったけど、今はその逆、この日常こそが幻想で、今まで想像も出来なかった日常が現実なんだなって。」

 そう言って卓は前を見た。そこには、春奈に一方的にじゃれられている蓮華や、雑誌をにやつきながら呼んでいる陽介、世間話に花を咲かせるクラスメイトがいた。

 そんな卓を見て、真理はクスリと笑った。

 「どっちも現実じゃないかな? どっちの今も、きっと現実。幻想なんかじゃないよ。だって、どちらの思い出も、卓の心にはちゃんと残ってるんでしょ? それを幻想なんて言葉で終わらせるのは勿体ないよ。」

 真理のそんな言葉に、呆気に取られる卓だが、すぐににっこりほほ笑むと、ポンと真理の頭に手を乗せ、

 「……そうだな、この現実を絶対に守り抜こう。」

 「うん!」

 


 鳴咲市の中心街にそれはあった。私立光陵学園。日本でも有数の名門お嬢様学校であるその教育機関は、ヨーロッパの宮殿のような外観で、裏には周りが綺麗な緑の芝生で囲われたアンツーカのグラウンドがあり、正門には噴水や、いわゆる庭園があり、その真ん中に広い一本道が通っている。

 今は授業中なのか、光陵学園の敷地内は静寂に包まれ、噴水が放つ水が波打つ音だけが上品に響いていた。

 光陵学園は中高一貫で、校舎の大きさもさることながら、教室の数もまた多い。

 教室には、床に絨毯が敷かれており、生徒一人一人用に、幅の広い高級そうな木製の机と椅子が与えられていて、机は床に固定されていた。

 そんな教室の一つに、椎名美奈もまたぼんやりと授業を受けていた。もちろん、いつもこんな感じというわけではなく、今夜のことについて考えているため、授業など、頭に入ることもなかった。

 数学の授業で、教師に指名されたにも関わらず、ぼけーっとしていた美奈は、教師にクラス名簿で頭を叩かれるまで気がつかないなど、散々だった。

 「あの、美奈ちゃん……? 今日どうしたの?」

 午前中の授業が終わって昼休みになるなり、一人の少女が、未だにぼうっとしている美奈のところまでやってきた。

 少女は、茶髪の髪で、髪の先端部分がクルリンとカールのかかった長髪は太陽光を浴びて艶を輝かせていた。前髪も左右に分け、そのくりっとした大きな瞳が露わになっている。身長は美奈とほぼ変わらない。

 「美奈ちゃん……?」

 美奈が反応しなかったため、今度はおそるおそる美奈の頬を人差し指で突く少女。

 「ひゃ!?」

 急に頬を突かれた美奈は現実へと引き戻され、驚いたように椅子から立ち上がった。しかし、それよりも少女の方が驚き、身を少し震わせ涙目になっていた。

 「ご、ごめんね……美奈ちゃん、元気無かったから心配で……」

 少女は涙目で本当に申し訳なさそうに謝るもんだから、美奈は無意識のうちに少女の頭を撫でていた。

 「ううん、心配してくれてありがとうね。雪穂。」

 すると、少女はその小さく可愛らしい顔を笑顔にし、うん、と頷く。

 少女の名前は雪穂。フルネームは白木雪穂。美奈と同じく、光陵学園高等部の1年5組在籍。名前のイメージ通りというか、彼女の肌は白い。そして、何とも弱々しいオーラを放っていた。

 美奈が夏休み明けからこの光陵学園に転校してきて、初めて出来た友達がこの雪穂だった。

 「私、そんなに元気なさそうに見えた?」

 美奈の質問に、雪穂は戸惑いながら首を縦に振る。

 「美奈ちゃん、もしかして仕事で嫌なこととかあったの……?」

 仕事、というのはもちろんアイドルのことだ。この光陵学園には、お嬢様という家柄からそれぞれ特異な事情がある生徒が多いことから、仕事と兼用で通いやすいシステムになっている、というのも美奈がここを選んだ理由の一つになっている。

 「ううん。違うの。ただ、守りたいな~って。」

 美奈のその言葉を、雪穂は頭上に疑問符を浮かべながら首を傾げて聞いた。

 「……守りたいって、何を……?」

 雪穂の問いに、美奈はクスリと笑って、

 「雪穂も、この街もよ。」

 と一言。

 雪穂は未だに美奈の言葉が理解出来ないようで、相変わらず疑問符を浮かべていた。

 「よく分からないけど、何か困ったことがあったら相談してね? ……私もその方が嬉しいし……」

 照れた顔で、そんなことを言う雪穂を見ているとつい抱きしめたくなる美奈は、くう~っと声を漏らし、雪穂に抱きつく。

 「本当、雪穂と友達になれて良かったよ!! これからもよろしくね!」

 急に抱きつかれ、雪穂は顔を赤くし、動揺していた。

 そして、少しの間、雪穂に抱きついていた美奈は、雪穂が光陵学園にあるレストランで持ち帰り弁当を買ってくるために教室から出て行った後、

 (絶対に守ってみせる。私の大切な居場所を!)

 心に新たに決意を固めた。



 こんな陽気な日に、それを一変させてしまうのは月下通行陣。それには原点と、それを中心とした4方の起点が必要となる。

 鳴咲市の端にある林に、高さ5メートルほどの木製の円柱に、それを埋め尽くすほどの大量のお札が貼られたものが立っていた。そして、それに寄りかかっている青髪の青年が一人。

 「全く楽じゃないな。まあさすがにこんな重いものをあの婆さんが運べるとは思わないけど!」

 青年は楽しげに背後にある円柱をこんこんと拳で軽く叩く。

 すると、青年のズボンのポケットからバイブ音が鳴った。青年がポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出すと、サブディスプレイに『単細胞女』と表示され、名前の下に『CALL』とも書いてあった。

 青年は、携帯電話を開き、ボタンを押して電話に応答した。

 「はい、もしもしぃ?」

 青年がふざけたような口調で電話に出ると、電話の向こうから不機嫌そうな少女の声が聞こえてきた。

 『なめてんじゃねえぞ! このクサレ変態野郎!!』

 電話を出るなり、いきなり罵声を浴びせられたにも関わらず、青年は変わらない調子で、軽い口調で返す。

 「今日はいつも以上に不機嫌だね! この単細胞女。」

 青年のその一言に、電話越しの少女は完全にキレたのか、さらに大声で、

 『ふざけんなよ!! 人のことを単細胞、単細胞って!! ぶっ殺すぞ!!!!』

 「うるさいな君は。ところで、報告があるからわざわざ俺に電話をしたんじゃないのかい?」

 「……」

 今度は静か過ぎる、いや、少女は沈黙した。

 「あはは! その様子だと、例のデータは奪えなかったようだね、さすが単細胞女なだけのことはあるよ!」

 腹を抱えて笑う青年。

 『テメー! いつか殺す!!』

 電話越しだから、少女も口で言い返すしか出来なかった。それをいいことに、青年はさらに、

 「大体、自分から率先して出しゃばったくせに、この体たらくはお笑いとしか言えないよね~」

 挑発を重ねた。

 「何が気体原核刀ソリッド・リターナーだ。全く笑わせるよ。」

 『私の武器にケチ付ける気!? なんなら、テメーを二酸化炭素に変えてやろうか! ああ!?』

 青年は、たじろぐこともなく、意気揚々とさらに返す。

 「気体原核刀ソレは石の力しか気体に変えられないんだろ? なら俺を気体に変えるなんてできないんじゃないのかい?」

 青年は、声に出して笑い飛ばす。

 『はっ! 寝ぼけてんの!? テメーの武器は石の力だろうがよぉ! 武器のないテメーなんて赤子同然なんだって!』

 少女も負けず言葉の論争を繰り広げる。

 別に青年がスピーカーモードにしているわけではない。しかし、林が静かなのと、電話の向こう側の少女の声が大きいので、携帯電話から音が駄々漏れだった。

 「くくく、まあいいや。『頂』のよしみとしてこの辺で止めにしておいてあげるよ。でも、その気ならいつでも相手してあげるよ? バラバラにしてあげよう。」

 『ああ!? この減らず口のクソカスゲ――』

 青年は、まだ向こう側で何かを言いかけた少女からのコールを切り、携帯電話をパタンと折りたたんだ。

 そして、携帯電話を手に持ったまま、

 「……でもま、今は目の前の残虐劇にか興味ないんだけどね。」

 と、誰に言うでもなく、不気味な笑みを浮かべて呟いた。

 さらに、起点であるお札で表面を埋め尽くされた円柱を見上げ、舌舐めずりする。

 「あんなババァでもこんなにもワクワクする娯楽を用意出来るなんて、老いぼれもまだまだ捨てたもんじゃないってことなのかなぁ! ヤッベー、今めっちゃテンション高い なぁぁ! 夜まで待てそうにないくらいに!! 誰か殺して遊んで待ってようかな~」

 「それは聞き捨てなりませんね。」

 「!!」

 青年はふと背後から聞こえる声に、すかさず振り返った。

 そこには、クールビズ使用のスーツ姿の小鉄がいた。

 「くはぁ!! これはこれは、また大物が出てきたものだなぁ!!」

 小鉄の姿を確認するなり、青年はじゅるりと舌舐めずりして、舐めまわす様な視線で小鉄を見た。

 「僕からしてみれば、貴方ほどの大物なんて、そうそう思い浮かびませんが?」

 小鉄は少したじろぐも、それを悟られまいと、ほくそ笑んだ。しかし、握った拳は震え、そして顔の輪郭に沿って汗が滴る。

 「あはぁ!! いいねぇその顔! 今まで見た死に際まじかの強がる顔だよ、ソレ!! 最高だねぇえ!」

 「あなたのような異常な思考の持ち主は討伐者の中でも類を見ない、あの九鬼でさえ、それには該当しないのでしょうね……」

 小鉄は感じていた。もし、九鬼が何らかの目的のために、何かを成し遂げるために行動を起こし、結果それが人間とは思えないほど残虐で、残酷なことをしでかしたとしても、それは目的を果たせば変化が訪れるはず。しかし、目の前の男にはそれがない。ただ殺しを楽しんでいる。目的など存在しない。ただの娯楽、もしくはそれ以下にしか考えておらず、大量の人間を殺しているのであれば、これほどの脅威はない。力自体は九鬼に及ばずとも、むしろこちらの方が手に負えない場合もあるということに。

 「あなたの後ろにある、それは何です?」

 小鉄は青年の後ろにあるお札まみれの円柱に目をやり、問いを投げかけた。それに、青年は特にためらいもなく口を開く。

 「祭りの屋台みたいなものさ! 祭りだって屋台がないと盛り上がりに欠けるだろ? これはその盛り上げ役みたいなもんだよ!!」

 「……なるほど、それはまた大層なものなんでしょうね。ですが、ここからは個人的な意見ですが、私はあまり賑やかなのは好まないのですよ。ですから、自分勝手に、その屋台を壊させていただきたいと思います。」

 小鉄はそう言って、贈与の石のブレスレッドを付けている右腕をすっと自分の身体の前に出した。

 「おお! いいねぇ! ちょうど誰かを殺したかったし、アンタが相手になってくれるなら文句ねえよ!!」

 (『頂』……。正直、僕なんかが相手になるような生ぬるい敵ではないことは重々承知していますが……。あまりあなたたちの好きにさせるわけにもいかないのですよ。)

 小鉄はそんなことを思いながら、すうっとブレスレッドに左手をかざす。そして、

 「具現せよ! 我が双剣!!」

 小鉄の腕の水色の贈与の石が光輝き、両手にはそれぞれ短刀のようなものが握られていた。 

 「うはぁ! パーティー第1部開始ってなぁ!!」

 青髪の青年は、手に武器を持ったわけでもなく、ただの無防備なまま小鉄との距離を素早く縮めた。

 (何を考えている!?)

 無防備な人間が、武装している相手に直線的に挑んでくるのは『無謀』というほかない。が、それは第3者の視点から見れば、の話で、実際に挑まれた側の人間が感じるのは余裕だろうか。否、感じるのはある種の恐怖である。それは小鉄とて例外でもなく、とっさに走った悪寒に従って双剣を構えたまま後退した。

 その際に、林に敷き詰められた木の葉がぶわっと宙を舞う。

 「おいおいおいおいおい!!! 武器も持たない人間にビビってるんじゃねえよ~」

 顔を強張らせる小鉄に対して、青年はなんとも楽しそうに小鉄を追う。

 傍から見れば何と不思議な光景であろうか。武器を持つものが逃げ、逆に劣勢にある人間がそれを追う。この光景を見れば、強弱の定義を一瞬疑ってしまいそうにもなる。

 青年を決して視界から外すことなくある程度の距離を取った小鉄は、その足を止め、双剣を構える。

 「契約の薄蒼、我が対となる意思に希望の光を与えよ」

 小鉄が口にしたその詠唱の後、ブレスレッドの贈与の石から金と銀が混じり合った光が放出され、それらは次第に別々のものとなり、右の剣には金の光が、左の剣には銀の光がそれぞれ纏った。

 その様子を見ていた青年は、口元を釣り上げ、

 「うひょお! 神器化だよぉ!! いいねぇ!」

 焦るどころか、楽しみが増幅したようで興奮のあまり、身体がぶるぶると震えていた。

 (薄気味悪いですね!!)

 小鉄は、全く動じない無防備な相手に恐怖していた。むしろ、自分の方が今現在劣勢にあるのではないかと錯覚するほどだった。

 事実、小鉄は理解している。自分では決して目の前の敵には敵わないだろうと。しかし、それでもこの男を放置しておくわけにもいかないと思っているのも事実。それが、自分の意思で戦うことを決めた小鉄の、小鉄なりの決意の表れでもあった。

 笑顔を浮かべたまま駆け足で自分との距離を詰める青年に、小鉄はフィン即座バロンを振るった。すると、金と銀の斬撃が青年に向って勢いよく飛んでいく。

 ――が、青年は斬撃が向ってくるにも関わらず、足を止めることなく、そして自分に直撃する寸前で片足を軸に身体をひょいっとじるという、たったそれだけの最低限の動きで見事にかわす。

 青年をすり抜けた斬撃はその後の細めの木を何本もスパッ!と斬り倒し、数十本を切り倒したところで斬撃はすうっと消えた。

 「くぁはっ!! 楽しいね~!!」

 青年は、捩じった身体を正面に戻すと、また止めた足を動かし、さっきと同じ速さで小鉄との距離を縮めて行く。

 (これ以上、距離を縮められたらマズイですねっ!!)

 小鉄はばっと一歩退くと、二本の剣をそれぞれ交互に勢いよく何回か振るった。

 すると、さっきは二つだった斬撃は今度は幾つにも増え、またも青年を襲う。

 「くはあぁ! コイツを避けるのは少し――」

 青年は最初の三,四発の斬撃はさっきと同様に最低限の動きで見事に避けるも、その後に放たれた斬撃の一発が青年の足元の地面を抉り、その拍子に青年の身体は後ろへと飛ばされた。しかし、バランスを完全に失ったはずの青年はズザザ!という木の葉をり潰す音をたてながら両足を少し広めに開くことで倒れるまでには至らなかった。

 「ふぅ~! あぶねーあぶねー」

 青年はとくに言葉通りに焦っていたわけでもなく、その表情は余裕で満ち溢れている。さすがにここまでして未だに無防備を貫き通す青年に、小鉄はいよいよもってその不気味さに耐えられなくなっていた。そして震える唇をゆっくり動かす。

 「……なぜ、武器を取らないのですか? 武器なんて必要ないってことでしょうか?」

 小鉄の問いにわざとらしく呆気に取られたような顔をする青年、しかしそれもほんの一瞬のことで、次の瞬間、笑顔で肩をすくめた。

 「いやいや、別にそういうわけじゃないよ? ただ俺は単純に自分の武器が嫌いなんだぁ!」

 「……嫌い?」

 小鉄の全身の震えはまだ続いていた。それでも動揺を少しでも悟られまいと小鉄もじっと青年を見据える。

 「俺は残酷な殺し方が好きなんだよぉ! なのにさ~? 俺の武器ってのは《相手を全く傷つけずに殺す》っていうくそったれな代物でよぉ! 全くやってらんねーよね」

 青年はあからさまにはあっと大きなため息をつく。対照的に小鉄の震えは増していた。そう、知ってしまったからだ。この青年の武器の正体を。

 「まあ、ご希望なら武器使ってもいいけどね。」

 だからこそ、青年のこの一言は小鉄を絶望の淵へと追いやるのに十分過ぎた。

 そして、小鉄が警戒心を奮い立たせるのとほぼ同時に、青年の周りに木の葉が舞う。まるで竜巻の起こす風に乗って、規則性のある動きで一定の方向に舞う木の葉の中で青年はにたりと笑いながら、片腕を前に伸ばし、手を開いていた。

 (……これは本当にマズイ……)

 小鉄の額からは嫌な汗がどんどんにじみ出てくる。フィン即座バロンもカチャカチャと金属が震える音を奏でていた。それだけ小鉄は恐怖していたのだ。

 そして、木の葉が再び地面に静かに落ちると、青年の手には何か長いものが握られていた。全長二メートルほどで、棒状の杖の先端部分に、不可思議な模様、紫と黄色の円のラインが何本も描かれた楕円形の球体が取り付けられていた。

 「デザインもさることながら、全くコイツの本質は俺にことごとく合わねえってえ!」

 青年はそんないびつな形をした武器をブンブンと振った。その度にビュオン!と風を斬る音が小鉄の耳まで届く。

 「一応名乗っておくと、コイツの名前は回路コネクト暴走レックレス。まあその様子なら知ってるんだろお!?」

 小鉄は青年の言葉を聞こえているのかどうか分からないが、ただ青年の手にあるそれから視線を外すことはなかった。

 青年は天に仰ぐように回路コネクト暴走レックレスを持ち上げ、口を開く。

 「簡単に言えば、脳を支配する武器さ。全くつまらないね、こんな血も流させることも出来ない武器なんて、もはや武器なのかすら疑うね!!」

 青年は不服そうに言うも、小鉄はこれ以上ないほどの恐怖を覚えていた。それはそうだ。脳を支配する、というのはある意味で一番の兵器になるのだから。

 「これは昔あった実際の話なんだけどよぉ! ある死刑確定の女を椅子に座らせ、布で目隠ししたんだとよ! それで、その女の頬にナイフの刃を触れさせ、一言、『お前を殺す』。もちろん、実際にナイフでその女の肌を傷つけたわけじゃないぜ? けど、目隠しして、ナイフの刃に触れさせ続け3日後、その女の頬から小さなカップに入れた水を垂らしたんだとよ、そしたら女はどうなったと思うよ!?」

 興奮気味に目を大きく見開き話す青年に、小鉄がごくりと唾液を呑み込むと、青年は滑らかに口を動かす。

 「死んだよ!! 視界を奪われ、ナイフを突き付けられた極限状態で水を垂らすと、脳はこう感じるんだよ! 『大量の血が流れ、出血多量で死ぬ!』ってなぁ! 実際は女には傷一つついていねえのに、ポックリショック死ってなぁ! きゃはあ!」

 脳というのは、五感から得た様々な情報を処理する機能を持っている。しかし、その情報は同時にいくつかの感覚が混じり合い初めて正しい情報として処理、受理されるのだ。つまり視界を失った状態で触角だけで得た情報にしか頼らざるを得ない状況になれば、脳を騙すことなどこんなにもたやすいのだ。

 青年の武器、回路コネクト暴走レックレスはつまりそういうことである。脳を支配、というのは、相手の五感から誤った情報を送り、脳を極限状態に陥らせた状態で、内部から命を奪う、正確には自滅させるというもの。

 「僕にはソレこそが最強だと思いますがね……正直、絶対強者よりもあなたの方が最強にふさわしいかと……」

 小鉄の額から垂れた汗がまたポツリと足元の木の葉に落ちる。そんな様子をいちいち確認する青年は不気味な笑みを浮かべて、

 「何か勘違いしてねえ? 俺は絶対強者あのひとに敵わないから蹂躙じゅうりんされているんじゃねえよ。絶対強者あのひとを尊敬しているから『頂』として崇拝しているってなぁ!」

 「……つまり、絶対強者にも負けはしない、と?」

 小鉄の問いに青年は声を上げて笑った。

 「全く両極端だなぁ! ただまあ実際に戦ったどうなんだろうなぁ! 《絶対強者》と《絶対勝者》、アンタならどっちが勝つと思うよ!?」

 青年の口から出た『絶対勝者』という言葉。敗北を知らないということ。だがそれも回路コネクト暴走レックレスがあれば十分可能なことだ。脳を支配することができるということは、実際に自分で手を下さずも相手を殺す、厳密に言えば自殺させることが出来るのだから不思議はない。

 だが、『絶対強者』と『絶対勝者』。このどちらが強いかと言われればそれは言葉の真意を完全に見極めなければ導き出せない答え。

 しかし、小鉄の中での答えはほぼ決まっていたようで、それほど時間をかけずに数十秒後の後に口を開く。たった一言。

 「《絶対勝者》ですかね。」

 青年は、考えたまま沈黙が長時間続くだろうと、もし仮に答えても『絶対強者』という答えが返ってくると思っていたのだろう。だからこそ小鉄のその答えに、青年は目をパチクリさせ、口をポカンと開けていた。だが、それも数秒、すぐに笑顔に戻り、

 「くはぁぁあ! 面白い! 買い被り過ぎだろうよぉ! でも悪くない気分だぜ!! 特別にコイツで無傷の状態で殺してやろうかぁ!」

 青年はそう言って回路コネクト暴走レックレスを少し持ち上げ、地面に垂直に構える。

 (マズイ!)

 小鉄が身構えるのと同時だった。回路コネクト暴走レックレスはキィン!と甲高い音を奏でながら、楕円形の怪しげな模様を光らせた。黄色と紫のラインが、昼間にも関わらずハッキリと光輝き、甲高い音は鳴りやむことを知らず、回路コネクト暴走レックレスが震わす空気の振動が小鉄の肌にぶつかり、さらには特異な匂いまでもが小鉄の鼻腔びこうをくすぐった。

 咄嗟とっさに目を瞑る小鉄だったが、それを見た青年が、

 「きゃはははは! 無駄だぜ!? 回路コネクト暴走レックレスが脳を支配するのに刺激するのは味覚を除く、聴覚、視覚、触角、嗅覚! それら全てを謝絶するのは不可能!!」

 青年の言葉通り、目を瞑っても、小鉄の耳には甲高い音が、肌には空気を震わす振動が、鼻には異臭をそれぞれ感じていた。

 (このままじゃ、殺される……!!)

 焦りからか、無駄だと分かってはいても目を開けることもなく、小鉄は閉ざされた視界の中で必死に打開策に頭をフル回転させた。

 「綺麗なまま死にな!!!」

 焦る小鉄をよそに、青年は満面の笑みでぎゃはははと高笑い。

 (脳を支配するなんて、どうすれば……)

 そこで、小鉄はハッ!と何かをひらめいたように閉じた瞳を開けた。

 (脳を支配するってことは……賭けに近いですけど――)

 しかし、小鉄に迷っている時間は無かった。今この瞬間も、小鉄の五感のうち四つから絶え間なく刺激が送られ続けている。このままでは回路コネクト暴走レックレスに脳を支配され、限定された刺激から自滅させられることは必至。

 だからこそ、小鉄は迷うことなくフィン即座バロンの銀の光を纏った側の剣の刀身を自分に向けるように持ち変えた。

 「???」

 小鉄の真意が分かりかねないといった様子で青年はその様子を見ていた。

 そして、次の瞬間、小鉄は自分自身の腹部にフィン即座バロンを突き刺した。

 「ぐはっ!」

 小鉄の腹部からは当然大量の血が噴き出し、同時に口からもゴボッ!と血を吐きだす。

 「きゃはぁ! 俺の武器を使ったら見れないと思っていた血が見れるとは最高!!」

 驚きよりも、嬉しさの方が勝ったようで、回路コネクト暴走レックレスを掲げたまま笑みを見せた。

 それに応えるわけではないが、小鉄はさらに自分に突き刺した剣で腹を抉った。

 「ぐあぁぁぁぁあああああああ!!」

 当然、激痛が小鉄を襲う。ボチャっと木の葉は血で赤く染まった。スーツもすでに血で真っ赤になっていた。

 そして、小鉄はさらに手を動かし、その度に大量の血が吹き出る。静寂だった林は、今は回路コネクト暴走レックレスの放つ甲高い音と、小鉄の悲痛の叫びが重なって響く。

 ただ、数秒後、悲痛の叫びの方が止み、最後の力で、腹に刺さった剣を引き抜いた小鉄はブシャァァと血を噴き出した後、その場に前屈みに倒れ込んだ。それとほぼ同時に両手に握られた剣もドスッと重々しい音を立てて落ちた。

 「あれぇ? 死んだ~?」

 青年は回路コネクト暴走レックレスを地面に突き刺して、ゆっくりと倒れ込んだ小鉄に歩み寄った。

 しかし、青年はすぐに気が着く。小鉄がすぅっと小さな音で呼吸をしていることに。よくよく見れば胸も一定の感覚で上下に揺れ動いている。小鉄は『死んだ』のではなく、『気を失った』のだ。

 「きゃはぁ! 大したものだ!! まさか脳を支配される前に気を失うなんてな!!」

 小鉄の考えはこうだった。

 脳を支配する、ということは、いくつかの感覚を謝絶し、ある一つの感覚のみからその感覚が受け取れる情報だけを与え、それから脳に誤報を信じ込ませ、支配する。ならば答えはいたって簡単。感覚から受け取った情報を、脳に送りこませなければいい。つまり気を失うことが出来れば、五感から情報が送られても、眠った状態の脳にはその情報が行きとどくこともない、というわけだ。

 小鉄が自分の腹に剣を突き刺し、さらには抉るような真似をしたのは気を失って回路コネクト暴走レックレスの効力を無効化させるためだったのだ。

 実際、小鉄の考えは正解のど真ん中を射抜いており、今も息をしていられるわけだ。

 「かぁあ! 実に面白い! こんな方法で回路コネクト暴走レックレスを破るとは! けどまあ、後先考えてねーよなぁ! 気ぃ失ったら身は守れないぜぇ?」

 青年は小鉄のところまで来ると、楽しそうに気を失った小鉄の腹部をドンッ!と蹴りあげた。血まみれの小鉄はゴロンと180度回転し、仰向けの状態となった。

 「さーて! 楽しい解体ショーの始まりだぜぇ!」

 青年の声と同時に、再びズボンのポケットにある携帯電話のバイブが鳴った。

 青年は、苛立ったように舌打ちし、少々強引に携帯電話を開き、応答した。

 「ああ? 今面白いところだったんだけどよぉ!」

 『うるさいわ! そんなことよりも主、起点の準備は終わったんじゃろうな!?』

 電話の向こうから聞こえてきたのは老婆の声だった。老婆の方も決してゆとりがあったわけでなく、どこか焦りすら感じさせる声音だ。

 「あと一カ所残ってるかなぁ。そう慌てるなって。俺を誰だと思ってんだ~? 楽しみのためなら努力を怠らないのがポリシーなんでね。」

 苛立った様子から一転、青年の声は弾むようなものになった。それを感じ取った老婆は声量を抑え、静かに口を開いた。

 『……なら良い。頼むぞ、機は今宵しかないのじゃからな!』

 そこで携帯電話のスピーカーからブツッ!という音の後からプープーという音が続いた。

 「……ったく、うるせーババァだ。」

 青年はパタンと携帯電話を折りたたんで、乱暴にズボンのポケットにソレをしまいこんだ。

 「どうやら解体ショーをやってる時間は無くなっちまったよ。良かったんじゃない?」

 青年は最後にまた小鉄の身体をドスンと蹴り、そしてそのまま林を後にした。


 小鉄は林の中で気絶していた。しかし、そんな中でも、腹部からは大量の血が流れ出し、その場に次第に大きくなる血の水たまりを作っている。

 少し離れた場所には全てを見ていたようにお札まみれの円柱、月下通行陣の起点の一つが聳え立っている。

 そんな静かな林に落ち葉を踏む足音が響いた。当然小鉄のものではない。

 その足音はゆっくりと、しかし確実に気を失っている小鉄へと近づく。

 そして、足音が止むと、その主は地面に転がって気を失う小鉄を捉えた。

 小鉄と同様に夏用の薄手使用のスーツに身を包んだその顎鬚をたくわえた男は上着ポケットにすっと静かに手を突っ込み、スライド式の携帯電話を手に持つ。

 片手で携帯電話をスライドさせ、ボタンが備え付けられている下方部分を出すと、慣れた手つきでボタンをピピピと押す。

 かけた先は――

 『こちら鳴咲総合病院救急センターです。』

 携帯電話の向こうから事務的な台詞セリフが聞こえてくる。しかし、男はそんな台詞が終わる前に口を開く。

 「鳴咲南小学校裏の林に重傷人がいる。腹部を刃物で損傷、すぐに救急車を出してくれ。」

 『すみませんが、身元をおっしゃっていただかないことには――』

 電話の向こうの看護師だろうか、女の人はあからさまに困ったような声で返す。ので、

 「鳴咲警察署の城根というものだ。こちらも忙しいのであとで警察署の方へ連絡を頼みたい。私の名前を出してくれれば通じると思うのでな。」

 すぐに救急車を頼むぞ、と男は付け足し、まだ電話の向こうで看護師が言っていたが、男はスライド式の携帯電話を閉じた。

 男はそれから特に何をするでもなく林を立ち去ったが、さらにその後、街の中心街の方から救急車がサイレンを鳴らし、小鉄が倒れる林へと向ってくるのを確認出来た。



 

 卓と真理、蓮華の3人は放課後の中心街にいた。時刻は一六時を少し過ぎたころ。

 他の学校の生徒も中心街にたくさんいて、それだけでなく小さな子供連れやお年寄りなど様々な年齢層の人々で街はいつもと同じように賑わっていた。

 あと数時間後、この街を含む鳴咲市に訪れる危機に、人々は当然気付いていない。今日もいつもと同じ夜、平和な夜がやってくることに何の疑いも持たずにこの時間をただ生きている。

 今はまだ青空から少しオレンジ色に変わっている程度だが、これが闇に包まれ、満月が街を照らす時、月下通行陣は発動する。卓は空を見上げてそんなことを思っていた。

 昨日、卓たちは一九時くらいで美奈の家を後にすることになったのだが、その時は何故か美奈の妹である椎名恵美もおらず、美奈に見送られて山のふもとまで降りたのだが、その際に連絡用と言って四人はそれぞれアドレスを交換した。

 そして、中心街にある少し開けた駅前の広場のベンチに座っていた卓の携帯電話が震える。

 「あ、美奈?」

 卓は折りたたみ式携帯電話を取り出し応答した。

 『今、どこにいるの?』

 「駅前のベンチに三人でいるよ。」

 卓が短く答えると、美奈は分かった、とだけ言って携帯電話を切った。

 数分後、美奈はつば付き帽子とセーラー服という少々アンバランスな格好で卓たちと合流した。

 通常授業である今日も美奈の方が後から来るところを見ると、聖徳学園より光陵学園の方が時間割が多いのだろうなどと勝手に解釈する卓。

 「それじゃ、ちょっと場所変えようか。」

 美奈がそう提案すると、卓たちも満場一致で中心街にある静かな雰囲気のカフェに入った。静かな雰囲気というのは、あくまで雰囲気であって、決して客が少ない、というわけではない。つまり、美奈たちの話を聞かれてしまう可能性もある。だからこそ四人は一番端のテーブルに席着いてそれぞれ一品ずつコーヒーをオーダーすると、注文が届いてから本題に入った。

 「調べたんだけど、今日の夜は快晴、灯りの多い中心街でも星がよく見えるほど。満月が見られる予想時刻は一八時半から一九時の間からよ。」

 美奈はスマートフォンだろうか、タッチ式対応の液晶パネルしかない携帯電話を細い指で慣れた手つきで操作し、天気予報のページを開いた状態で向い側に座る卓、真理、そして隣の蓮華に見せた。

 「つまり、残り時間約二時間……」

 卓は美奈のスマートフォンの右上に表示されているデジタル時計と見比べてそんなことを呟いた。

 「あまり時間は無い、けど、だからといってそれまで特にやるべきこともないんだけどね。最後に月下通行陣について聞きたいこととかある?」

 あ、じゃあと卓が再び口を開く。

 「昨日帰ってから少し考えたんだけど、どうして起点なんだ? 術式の原点を潰せばそれで終わるんじゃないのか?」

 卓の質問の意図はこうだ。美奈は術式のバランスを整えるためには四つの起点が必要となる。それは術式が大規模なため、術を発動する原点のみではバランスが保てないからだ。しかし、起点を一カ所だけ潰しても自動修復されてしまう。だから卓たちは四人に分かれてそれぞれの起点を同時に破壊する。しかし、それなら四人で原点そのものを破壊したほうが要領がよく、最低限の行動で術の発動を阻止できるのではないのかと。

 卓の意図を察した美奈は、その上で首を横に振る。

 「確かにそれが出来れば一番ベストなんだけどね、大規模術式っていうのはそもそも術者の命を引き換えにして発動するものがげんなの。それだけに術式自体にも十分すぎるほどの殺傷能力を秘めているわ。今回は術者の命どころか月の力さえ必要となる超大規模術式。そんな術式の中心にいるなんて危険極まりない状態なの。」

  美奈の答えに完全にとはいかないまでもある程度納得した卓。しかし、その横で真理は何か深刻そうな顔で考えにふけっているようだ。

 「どうしたの真理ちゃん?」

 真理の正面に座る蓮華はそれに気付き、声をかける。それに真理はん、と声を漏らし、口を開いた。

 「話は変わるんだけど、そもそもの大前提として、月下通行陣は妖霊にも発動できるの?」

 真理のその一言に、美奈、卓、蓮華はえっ、と疑問符を浮かべる。それに対して真理は続ける。

 「だってそうじゃない? たとえ妖霊が月下通行陣の書物を奪ったところでそれを発動できないのなら意味がないと思うけれど。美奈、どうなの?」

 真理が問いを投げかけると、美奈はあごに手を当てて、答える。

 「全ての妖霊がそうかは分からないけど、基本的に術の発動は出来ないはず――」

 「だと思った。美奈はそもそも誰から月下通行陣のことや、奪われたことを聞いたの? 美奈は昨日月下通行陣についての書物は読んだことないって言ってたけど、やけに詳しく知ってるじゃない?」

 真理の意見は的を射ていた。それは卓と蓮華もすぐに気がついた。そして、美奈の顔は震えていた。

 「誰から聞いたの?」

 震える美奈に追い打ちをかけるように真理は再び訊ねる。

 「……おばあちゃんからよ。」

 消えそうな声で、美奈はそれでも答えた。そして、答えを聞いた真理はふうっと息を吐いて、

 「なら、美奈の家の術式を破壊したのも、この街に空間術式を発動しているのも、そして月下通行陣を発動させようとしているのもきっと」

 真理はそこで口を止めた。いや、動かす必要がなかったからだ。もうすでにそこにいた四人は真相に気付いたから。美奈に月下通行陣の書物が奪われたこと、月下通行陣の正体などを話したのは全て美奈の祖母。

 「だとすれば、目的は何だ?」

 卓が口を開く。それには真理もだが、美奈も答えかねるようだ。分からない。祖母の意図が。わざわざ美奈に話すこともなければ月下通行陣のことを知らなければそれを阻止しようなんて動きもなかったはずだ。だからこそその真意が分からない。

 だが、その答えは案外すぐに向こうからやってくる。

 ガシャンッ! ドゴォオ! 

 何かが割れる音の後に爆音がカフェを、いや、中心街を包んだ。

 「!! 何!?」

 美奈は勢いよく椅子から立ち上がり、カフェの外に出る。その後に卓たち討伐者組も続く。そして4人は信じられない光景を目の当たりにする。

 中心街が、妖霊に襲われているのだ。もちろん一般人も巻き込まれている。放課後のこの時間は中心街にはたくさんの人がいるにも関わらず、こっちもまた数えきれないほどの妖霊が人々を襲い、街を壊していっている。

 「……どうして? 妖霊払いの呪符を貼ったのに……」

 かき消えそうな声で、美奈は目を見開き言葉を捻りだす。

 人々は混乱に陥り、若いものは我先に逃げ出す、幼い子供たちは泣き喚き、老人は思うように動けず右往左往する。そして彼らに容赦なく迫りくる妖霊の軍勢。その様子はまさに地獄絵図。

 「くっそ!!!」

 卓は顎が砕けるくらいに歯を食いしばり、ブレスレッドに手をかけた。しかし、そこで真理が阻止する。

 「待って! こんな街中で刀を振り回す気!?」

 「でも!」

 卓が反論しようとすると、真理はキョロキョロと辺りを見回し、何かを見つけたようで、カフェの裏路地に消えたと思ったら、2本の鉄パイプを持って戻ってきた。

 「これで何とかしよう。」

 そう言って真理は鉄パイプを一本卓に手渡した。卓は渡された鉄パイプと真理を交互に見比べ、

 「こんなんじゃ妖霊には――」

 「石の力で肉体強化すれば少しは戦えるはず!」

 卓の言葉を遮るように真理は声を重ねた。さらに口を動かし、

 「蓮華は守護ガーディ弐席ツベンで隠れた場所からの狙撃、美奈は――」

 真理が美奈を見ると、まるで放心状態で地獄絵図を見ている。何かを言おうとしているのだろう。口をパクパク動かすも声が出てこない。

 「美奈!!!」

 卓がそう叫ぶと、ハッと我に返る美奈。しかし、その顔から血の気は完全に失せていた。

 「……どうしよう……私……」

 美奈は完全に動揺していた。全身が震え、目には涙すら浮かんでいた。

 「しっかりしなさい!! 美奈がいないとこの街は救えないのよ!?」

 真理のその一言に美奈は身体をビクッと反応させた。

 「そうだぜ美奈、今やるべきことをやるんだ!」

 美奈は数秒の間黙りこくったが、それから手の甲で涙を拭うと、キッと表情を引き締める。

 「うん、それでこそ美奈! じゃあ美奈は」

 真理の言葉に続くように美奈が口を開いた。

 「私は術式・七星で応戦するわ!」

 美奈の手には7枚のお札があった。それに真理は頷き、すっと口を開く。卓もそれに合わせて

 「契約の紅、我に躍進の力を与えよ!」

 「契約の蒼、我に躍進の力を与えよ!」

 卓と真理のブレスレッドが光って、それぞれ石の色の光は卓と真理を包み込んだ。

 さらに蓮華も、

 「具現せよ、我が希望」

 詠唱を唱え、自分の手に守護ガーディ弐席ツベンを具現させた。

 「それじゃ、また後で! 散!」

 真理の声で、蓮華は建物の陰に隠れ、しかし妖霊の動きを確認できるところへ、卓と真理は石の力で身体能力を上げ、人間を限界を超える速さで街で暴れる妖霊に向った。美奈もお札を手に中心街を駆ける。

 『緊急避難命令を発令しました、中心街にいる方は速やかに避難してください。繰り返します――』

 中心街のあちこちにある円柱に取り付けられたスピーカーからそんな放送が流れる。さらには街にはサイレンの音が絶え間なく鳴り響き、警察官だろうか、防弾チョッキに身を包んだ男たちが次々と妖霊に実弾を撃ち込む。

 バンッ!という音と共に、妖霊の身体は実弾で抉られるも、緑色のドロっとした液体を垂らすだけで、一瞬反りかえるも、再び街の襲撃を開始する。

 逃げまとう人々を背後に警察官たちは歯ぎしりしながら、未知の生物に恐怖を覚えながらも実弾を撃ち込むことを止めない。弾が切れれば、すぐさま腰にある皮のケースから実弾を取り出し、素早くカートリッジに装填そうてんする。

 しかし、そんな抵抗も虚しく、妖霊の軍勢は次々に警察官を薙ぎ払い、そして街を壊す。あちこちで火が燃え盛り、中心街はあっという間に狼煙のろしのように煙を噴き上げた。

 まるで戦争映画を見ているような気分。妖霊に襲われる街を駆ける美奈はそんなことを思っていた。

 (どうして!? どうしてなの、おばあちゃん!)

 美奈は再び目に込み上げてくる涙を腕で拭いながら走る足を止めずに街を行く。

 罪悪感、美奈の感情を支配するのはそれだった。なぜなら、これだけの数の妖霊が中心街に集中したのは、自分の仕掛けた『妖霊払いの呪符』が解かれたから。呪符で敬遠していたということは、同時にそこには妖霊の好む何かがあるということ。つまりもともと中心街の周りにはそれを求めてきた妖霊が集っていたのだ。しかし、『妖霊払いの呪符』が取り除かれたことで、集っていた妖霊が一斉に街を襲う形となってしまった。

 つまり、美奈の仕掛けた『妖霊払いの呪符』は、その効力は裏目に出てしまったのだ。

 そんな悲痛の思いを抱えながらも駆ける美奈の前に妖霊が3体ほど立ちふさがる。

 「くっ!」

 美奈はすぐさま足にブレーキをかけ、妖霊との距離を5メートル程とって向いあう。

 妖霊の形は様々だった。鎌を持つもの、触手を揺れ動かすもの、巨大な口腔にするどい牙を持つもの。しかし、どれにも共通していることは美奈を殺すという一つの意思の元に動くということ。

 美奈はたじろぐも、すぐさまお札を胸の辺りに構える。

 「術式・七星、巻水かんすい!!」

 7枚のお札は美奈の手から離れ、美奈の目の前で円を描くように回転を始めると、昨日自分の部屋で見せたのとは比べ物にならないほどの大量の水が渦巻く。

 ギュォオオ!という音と共に、渦巻く水は妖霊に向っていく。妖霊は左右に分かれてそれを避けようとするも、遅すぎた。水の渦は予想以上に速く迫り、妖霊が動くことさえも許さず、一瞬のうちにして妖霊の身体をちりも残さず消し去った。確かにこれなら弱点などあってもないようなものだ。

 (……おばあちゃん、どこにいるの――)

 美奈はすうっと手元に戻ってくるお札を再びポケットにしまう。その様子は慣性の法則など完全に無視し、かといって風に乗ってというわけでもなく、不自然だった。

 美奈は拳に力を込めると、再び街を駈け出した。



 中心街にあるオフィスビルの屋上。ビルにはすでに避難したのか、人影一つ見当たらない。それどころかブレーカーまで落とされているのか全ての部屋の電気も点いてなく、エレベータすら駆動していない。

 そんなオフィスビルの屋上に色がくすんだ巫女服に身を包んだ老婆はいた。

 そこから見れる光景は、オレンジ色に包まれる中心街。それは夕焼けだけではない。あちこちから火の手が上がる街だからだ。それら2つが重なり、街を一色に包む。

 そんな老婆の背後から、コツンという足音を立てて、胸から髑髏に剣が突き刺さる不気味なネックレスをぶら下げた青年が歩み寄ってきた。

 「婆さん、起点の設置はちゃんとやっておいたよ。しかし、あれだね、これはまた派手な前儀ぜんぎだね!」

 青年は老婆を通り越し、屋上のフェンスに指を引っかけ、炎上し、妖霊が暴れまわる中心街を見下ろす。

 「でも、大体月下通行陣ってのも面倒な発動条件だよね。」

 青年は街を見下ろしながら背後にいる老婆に言う青年。

 「ふん、主がそれほど億劫おっくうになることもないじゃろうて。」

 老婆の答えに、青年は鼻で笑い、なんとも楽しそうに口を開く。

 「確かにね! まあ俺としてはこれもまた面白いからいいんだけど。アンタもなかなかのもんだよね、自分の孫を利用するなんてさ! 今頃絶望の淵を彷徨っているんじゃない?」

 「仕方なかろう。あ奴ほどの力を持つ者はもう我ら一族にいないのじゃから。」

 青年は、特にそれに対して何を言うでもなく、ただ肩をすくめる。しかし表情は笑顔のまま。さらには、下から悲鳴が聞こえればその度に口元が緩んでいく。

 「月下通行陣はここで?」

 老婆はそれに対しての答えなのか分からないが、口を開く。

 「月の力、つまり光の最も集中するのがこの場所というほか理由が思い浮かばんがね。」

 なるほど、と青年は軽い口調で返す。

 月下通行陣は月の力を得て発動する超巨大術式の一つ。なら当然、一番月の光が最も得られる場所というわけだが、老婆と青年がいるオフィスビルは鳴咲市の中でも一番高い(同じ高さの建造物なら他に3つほどあるが)であり、一番月の光からも近く、その効力を得やすいと踏んだのだろう。

 「まあ、俺はこのエンターテイメントを素直に楽しませてもらうよ。」

 青年はフェンスに体重を預け、首だけを背後に向け、崩壊していく街をその目に焼き付ける。

 


 卓と真理は火に焼きつくされ、崩れゆく建物、そして頭上から落ちてくる瓦礫がれきを素早く避けながら妖霊と対峙していた。

 石の力を纏って、機動力は上がっている二人だったが、実際に手にある武器と呼べるものは鉄パイプだけだった。それも今までの妖霊と戦ったせいか、ところどころ凹み、正直いつへし折られても不思議はない状態だった。

 もちろん、そんな武器では妖霊をひるませることはできても倒すことは出来ない。だから卓たちの役目は市民や、妖霊に応戦する警察官から注意を反らすことにあった。

 「ヒッ!」

 妖霊に銃弾を撃ち込んでいた警察官が腰を抜かしその場に崩れ去った。

 手に持つ拳銃の銃口をゆっくり迫りくる妖霊に向け、震える手で引き金を引くも、カチャカチャと乾いた音がするだけで、銃弾は出ない。警察官はガタガタと震えながら腰から銃弾を取り出そうとするも、あまりの震えから地面に銃弾をぶちまけてしまった。

 そんな警察官に、妖霊は長く太い触手を大きく振りかぶり、そのまま勢いよく振り下ろす。

 「うぁああ!!」

 警察官は拳銃を手から離し、両手で頭を抱え込む。

 しかし、数秒経っても、警察官の身体に痛みが走ることはなかった。ゆっくりと目を開ける警察官。すると、目の前にうっすらと蒼い光を身に纏う少年が、鉄パイプで触手を防いでいた。

 「……き、君!」

 警察官はすかさず声を張り上げる。しかし、少年、つまり卓は逆に、

 「早く逃げてください!!」

 さらに大声で返す。手に握る鉄パイプはガチャガチャと音をたてながら震える。触手を真っ向から防いだため、強烈な衝撃が卓の手に痛みを与え、感覚がなくなりそうなほどだった。しかし卓は鉄パイプを握る手から決して力を抜くこともなく、妖霊をじっと見据える。

 「な、何を言っているんだ! 逃げるのは君の方だ!」

 警察官はおぼつかない足でふらふらと立ち上がり、地面に落ちる拳銃と銃弾を何発か拾い上げ、カートリッジに装填し、銃口を妖霊に向ける。

 「何してるんですか!? そんなんじゃ倒せないんですよ!」

 卓はさらに避難を促そうとするも、警察官はその場を動こうとせず、銃を構えたまま。それをチャンスとばかりに、妖霊は触手の一本を、卓の横から伸ばし、そのまま警察官へと向ける。

 「う! うわああああああ!」

 触手は警察官の脇腹を直撃し、警察官はそのまま宙を舞い、瓦礫の山に背中から落ちた。

 (ちっくしょおおおお!)

 卓は警察官を守れなかった悔しさから、ギリっと歯を噛みしめ、鉄パイプをぐっと押し出し、妖霊を後ろにのけ反らせた。

 「蓮華!!」

 卓は一言、大声でそう言う。すると、卓の背後にあるビルの3階にいた蓮華はすかさず守護ガーディ弐席ツベンを構える。

 卓はすかさず横跳びし、妖霊と蓮華の銃口との道を開ける。

 蓮華はすでに弱点写ウィーク・ポインターしを発動しているのだろう。銃身に刻まれる黄金の波模様は光り、妖霊の弱点であろう毛むくじゃらな額に標準を定める。

 「捕捉ロック! 行くよ、たっくん!」

 「いっけえ!」

 卓の声を合図に、蓮華はぐっと引き金に引っかける指に力を込め、そのまま引く。銃口から光の銃弾が放たれ、シュッと一瞬の間に、妖霊の額を打ち抜く。

 妖霊はそのままその場に崩れ去り、それから動かなくなった。

 (倒したって言っても、こんな調子だと月下通行陣の方まで気が回らないって!)

 卓は時間が経てば経つほどに焦りを感じていた。実際、卓が倒した妖霊の数はゼロで、全て隙をついた蓮華が倒している。鉄パイプで倒すなんてのが不可能な話なのだが。

 しかし、いつも使っている長刀を使えないのはかなりの痛手で、石の力で身体能力を上げているとは言え、今の状態では妖霊を足止めさせるので精一杯だ。それも数体を同時に相手にするのは不可能だった。

 そんな卓の背後から、卓と同じくらいの背丈で、しかし横に幅のある、鈍器のように堅い腕を携えた妖霊が襲いかかる。

 「たっくん! 後ろ!」

 すかさず蓮華が叫ぶも、時すでに遅し。

 卓が振り返ると同時に、妖霊の腕は卓を完全に捉えていた。

 (しまった!)

 「卓! 伏せて!!」

 卓の背後から、真理の声が聞こえる。

 状況を把握しないまま、卓はすっと頭を下げた。すると、頭上で、ドッ!と鈍い音が聞こえた。その後、ズザザと地面を擦る音が続く。

 「もういいわよ。」

 真理のその一言に、卓は頭を上げる。背後のビルで蓮華もふっと安堵の息を漏らすも、すぐに銃を構え、銃口を妖霊に合わせると、引き金を引く。

 妖霊は瓦礫の上に倒れ込み、絶命した。

 「助かったよ真理。」

 後ろからすごい速さで鉄パイプを振るった真理。鉄パイプは妖霊の顔面に直撃し、そのまま妖霊は後ろに飛び退いたのだ。

 しかし、石の力を受けて強化されているのは真理の身体だけであって、武器である鉄パイプはただの鉄パイプであって、つまり、勢いにのったまま妖霊に強く当ったそれは直角を超えてねじ曲がってしまった。

 「いいわよ、それよりこのままじゃまずいわよね。」

 真理はポイっとねじ曲がった鉄パイプを投げ捨てる。鉄パイプは瓦礫にぶつかり、キィンと金属の甲高い音を立てる。

 街では未だにあちこちから銃声が聞こえる。しかし、一般市民はもう避難し終えたようで、さすがにもうぱっと見で見当たらなかった。だが、警察官とて、まさかこんな生き物を相手にしたことがあるはずもなく、銃弾を切らしたものから次々と薙ぎ払われて行った。

 しばらくすると、また遠くの方で、ドガァ!とビルが崩れ、瓦礫が落ちてくる轟音が鳴り響く。

 そんな音と共に、卓たちには時間も容赦なく襲いくる。すでに時刻は6時前。空もすでに暗くなってきていて、燃える中心街が空を照らすという、まさに天と地が入れ換わったようだった。

 満月が空に浮かぶまで残り30分ほど。しかし、街を襲う大量の妖霊は一行に減る様子も見せず、卓たちを焦らせていた。



 篠崎謙介はドイツ、フランクフルトにあるボーヌング(日本で言えばアパートと言うのが一番分かりやすいだろうか)の一室にあるソファに腰掛けている。ビリッと布を切るような音を立てて、厚紙に巻かれたテーピングを千切り、強打した腹部に巻きつける。

 「まだ痛むの?」

 キッチンから要が顔を出す。両手でお盆を持ち、そこにはマグカップに入れられたアイスコーヒーが3つ。

 「まだちょっとな。」

 謙介はテーピングしながら答える。当然、理由は先日の戦闘だ。それこそ致命傷を負うなんてことはなかったが、ダメージが無かったわけでもない。

 「もう、あんな無茶するからよ?」

 要は呆れたようにため息をつきながら、謙介の座るソファの前に置かれたテーブルにカップを一つ置く。

 このボーヌングは、キッチン、リビングのほかに、寝室が2カ所と浴室が1カ所、そしてトイレが2カ所ある。アパートという割にはかなり広く、現在は謙介と要が同居している。

 リビングにはソファが直角になるように二つ置かれ、真ん中にテレビがあった。

 謙介が座っているのとは別のソファに座るネルヴィはテレビをつけている。画面ではドイツ語で話す女性のニュースキャスター。言語が違うだけで、ほとんど日本のニュース番組と変わらない。

 「はい、ネルヴィもどうぞ。」

 要はテレビを見るネルヴィにもカップを置く。ネルヴィは笑顔で、

 「Danke!(ありがとう!)」

 と言ってカップを手に口に運んだ。が、その手はピタリと止まった。

 代わりに、ネルヴィは口を開き、

 「謙介、これ……」

 たった一言。

 謙介と要はネルヴィが見ていたテレビ画面に目を向ける。そして、直後、二人は硬直した。

 テレビ画面に映し出されていたのは、鳴咲市の中心街。当然、どっかのドキュメンタリーではなく、そこにあったのはまるで映画のように街が倒壊し、炎上する中で、市民が混乱し、逃げまどう光景。

 ビデオだろうか、しかしちょっと前の出来事を、ダイジェストのように何度も同じ画面を繰り返す。そして、ニュースキャスターの女性も驚きを隠せないような口調で、ドイツ語でニュースを伝える。

 「な、何よこれ……」

 無論、要も動揺してりる。お盆に乗せてあるカップがカタカタと音をたて、中にあるコーヒーが激しく波打つ。

 「どうなっている!?」

 謙介はすかさず目の前のテーブルに置いてあった携帯電話を手に取る。そして電話帳を開き、『三浦小鉄』のアドレス帳にカーソルを合わせ、電話をかけるも、

 「この電話は現在、電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません。御用のある方はピーという音の後に用件を――」

 機械的な女性の声がスピーカーから聞こえてくるだけだった。

 謙介は舌打ちして、携帯電話をテーブルに置く。

 「小鉄と連絡が取れない。」

 その一言に、要はえっ?、と困惑の表情を浮かべた。

 謙介が不安になるのも無理はない。実の妹が住む街が今、火の海になっているのだから。厳密に言えば、鳴咲市全体が倒壊しているわけではない。鳴咲市の中心にある街が倒壊しているのだ。事実、卓たちの住む住宅街や、聖徳高校は無傷なのだ。

 しかし、それでも、テレビ画面に映し出される悲惨な光景は、謙介や要、そして鳴咲市に行ったことの無いネルヴィすらも心を揺れ動かすほどのものだった。

 しかも、テレビに映し出される映像が切り替われば、そこには、3人の見たことのない生物、つまり妖霊が映る。

 妖霊なんてものは日本特有のもので、しかし、日本ですらもその存在は明確に知られてはいない、いわば伝説上の生き物。そんなものが突如街に現れ、大暴れしたともなれば、当然日本国内はもちろん、世界中で大ニュースになる。

 「仕方ない、すぐに対処できるか分からないが」

 テレビを見て、苛立ちから舌打ちした謙介は続いて、アドレス帳から『榎本冬音』を選択して、コールする。

 今度は繋がったらしく、スピーカーの向こうからはい、と声が聞こえる。

 「篠崎謙介です!」

 すぐさま応答する謙介に、冬音は少し間を開け、

 『ニュースを見たのね?』

 と、返す。

 「はい、すぐに人間型兵器ヒューマノイド・アームズの出撃を申請してください!」

 人間型兵器ヒューマノイド・アームズとは、鳴咲市の最北部にある地下訓練室にて卓と真理が対峙した、その名の通り、人間型のロボットのこと。しかし、ぎこちない動きをする一般的なロボットというわけではなく、人間並み、それ以上の動きをするのだ。その動きを可能にしているのは全自動制御型装甲オートマチック・ユニットと呼ばれる技術。内部に全ての駆動指示を受信、送信出来る小型のスーパーコンピュータが組み込まれたもので、この技術の浸透は本来ならば、あと40年から50年の年月がかかるとされたが、『討伐者』という一つの世界各国に存在する組織の力によって、それこそ世界中の最先端の科学技術を集めたことによって現在使われている。しかし、この技術は一般的に公開されているものではない。

 さらに、これだけの性能を生かす、またはそれに耐えられるのは素材の方にその理由があり、使われているのは2008年に偶発的にアメリカで発見された新種の材質、自在伸縮性金属エラスティ・メタルが使われていることに他ならない。これは、今までの金属の概念を見事に打ち消した物質で、伝熱性を持たない金属だが、しかし、通常時に、弾力性、伸縮性、耐久性さらには硬化性を兼ね備えたまるで夢のようなものだ。つまり、人間の身体よりさらに柔軟性に長けたロボットも、この自在伸縮性金属エラスティ・メタルを使えば可能となるわけだ。そして、その金属すらも全自動制御型装甲オートマチック・ユニットが自発的にコントロールするわけで、わざわざ人間が指示を与えなくても、間接を瞬時に動かし、人間並み、それ以上の動きをすることができるという代物なのだ。

 つまり、その最先端のさらに先を行くような技術の結晶体が人間型兵器ヒューマノイド・アームズということになる。しかし、これは、確かにすごすぎる技術ではあるのだが、実際にそれを可能とする材質と、技術が記されたデータさえあればいとも簡単に大量生産することができ、故に討伐者の訓練室に多く利用されるのだ。

 補足説明を加えると、名前からも分かるようにこれは兵器である。なぜ兵器の所有を認められていない日本がこの人間型兵器ヒューマノイド・アームズを保持しているのかと言えば、世界各国の最先端技術を共有したことにより、その中には日本の技術も含まれ、この開発に協力した国々が平等にこれを保持するという条約の元に、日本はこの人間型兵器ヒューマノイド・アームズという力だけは保持が認められたのだ。

 謙介は、この人間型兵器ヒューマノイド・アームズを使い、今の鳴咲市を襲う妖霊に対抗しようと考えていた。

 それに対して、冬音も、

 『はい、既に手配していますよ。あと10分ほどで鳴咲市中心街に到着するものと思われます。機体数は3400体ほどとなりますが。』

 その答えに、謙介は納得し、さらに問いを投げかけた。

 「一体、何が起こっているんだ!?」

 冬音は淡々とした口調で、いかにも事務的に答える。

 『討伐者本部としても詳細は分かりかねます。しかし、『虚無界とは関係ない』ということは石の反応から伺えます。ただ、『討伐者』の方はまた別の話となりそうですが。』

 その言葉に、謙介は眉をピクリと動かす。

 別にスピーカーモードにしていたわけではない。しかし、携帯電話から漏れる声を聞き、要とネルヴィも渋い顔をしていた。

 「小鉄と連絡がつかないんだが。」

 今度は、冬音の方に変化が訪れる。どこか緊張している空気が電話越しでもその両方を支配する。

 『……先日、鳴咲市に向ったのですが。』

 つまり、小鉄は今、テレビで悲惨な光景を映し出されている鳴咲市にいるということになる。しかし、連絡はつかない。そこから導き出される答えは必然的に絶望的となる。

 「……何かあったのか」

 謙介はギリッと歯ぎしりする。そして、血色が悪くなるほどに力を込め拳を握った。

 『彼が本部に来た際に、『頂』について少々お話しました。あなたにもすぐに連絡するべきだったのかもしれないのですが、今ここで伝えます。彼らが本格的な動きを見せているのです。』

 電話越しから聞かされる事実。しかし、謙介は驚かない。無論、その事実は確証、までにはいかないまでにもある程度の可能性として知っていたからだ。先日、街で襲撃してきた『頂』の一人である金髪ツインテールの少女。彼女の目的が『データ』にあることが分かった以上、それが九鬼の目的であるとするならば、彼の意向に関係なく、九鬼を崇拝する『頂』は動くであろうと。

 だからこそ、謙介は告げた。

 「先日、『頂』と接触しました。」

 『……ッ!』

 冬音は電話の向こうで言葉を失った。実際に顔が見えるわけではないが、謙介はハッキリと冬音の表情を読み取ることが出来た。そう、驚愕に満ちた表情を。

 『……そうですか。無事ですか? という言葉を投げかけるのは失礼に値するのですかね。』

 数秒の沈黙の後、冬音のほうから切り出す。しかし、さっきまでの淡々とした口調から、少し震えが混じった声に変っている。

 「いえ、ありがとうございます。幸い、打撲程度の怪我で済みました。しかし、問題はそこではなく、例のデータを狙ってきたということでしょう。」

 『やはりそうですか。いえ、それは大体こちらとしても予想していました。……そこで、あなたにそのデータを守ってもらいたいのです。』

 冬音のその提案にいち早く反応したのは謙介ではなく、ネルヴィだった。

 討伐者観測班の上席者であるネルヴィからしてみれば、ある意味で部外者にデータの管理を任せるというのはイレギュラー極まりないことだからだ。

 それは謙介も同様の意見のようで、

 「いえ、今ここにはヨーロッパ支部観測班のネルヴィもいます。データの管理は彼に任せるべきでは?」

 『……そうですか。ではその辺はそちらに任せたいと思います。しかし、くれぐれも管理は厳重にお願いいたします。』

 謙介は、ネルヴィに向って頷くと、納得したのか、ネルヴィも親指を立てた。

 「で、俺はこれから日本に向おうと思うのですが。」

 しかし、謙介のその提案は受理されなかった。

 『それは無理です。現在、日本はこの騒ぎのため、海外との一時的遮断を余儀なくされている現状です。もちろん、空港や港なども閉鎖。海外からの入国も一時制限しているのです。』

 当然と言えば当然である。今は被害が鳴咲市の一部だけにとどまっているが、事情を知らない一般人がこれから被害が広がる可能性の方を重視するのは必然であるからだ。むしろ、卓たちでさえそんな危機を感じていないわけでもないくらいなのだから。

 「……そうですか。分かりました。では、失礼します。」

 謙介はそのまま通話を切り、携帯電話をソファに投げた。

 (くそっ! 見てるしか出来ないなんて……。頼む、真理、弟くん。街を守ってくれ……)

 謙介はソファに座り、両手を強く組み祈るようにぎゅっと目を瞑った。

 その横で、ネルヴィも要も震える身体でテレビに映し出される光景にまた目をやる。

 テレビには先ほど見たのと同じ光景が何度も繰り返され、ビルが崩れ、拳銃を手にした警察官が薙ぎ払われと、本当に同じ地球で、今現在起きていることなのだろうかと困惑させるほどに、その実情は悲惨だった。  


「約束の蒼紅石」第11話いかがでしたでしょうか?正直、戦いのほうもこれまでとは違ったものになってきて、いろいろ凝った設定なんかも組み込まれてきたと思います!これは結構作者がやってしまったなと思う一つなんです(笑)けど、それだけまた展開もいろいろ工夫できるかなと。特に『頂』のメンバーが持つ武器なんかは細かい設定が盛りだくさんになる予定なので、これからも注目してみてください(笑)

それでは、また次話でお会いしましょう!!

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