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約束の蒼紅石  作者: 夢宝
妖霊の巫女編
10/29

術式・七星

こんばんは! 夢宝むほうです! 正月も終わり、皆様も、新年からの新学期やら、仕事やらが始まったころだと思います。作者も新学期が始まり、完全防具でも寒い中、震えながら登校する日々が始まりました(笑)

朝も、寒さのせいか、なかなか布団から出られない時期ですよね~ 本当は、1日中布団にくるまっていたいのですが、そういうわけにもいかないのが現実の厳しさってやつなんですかね?(笑)

というわけで、現実のシビアさから一旦身を引いて、この作品を読んでみてください!(宣伝第2段w)

それでは、「約束の蒼紅石」第10話お楽しみください!!!

少し時間は巻き戻り、九月一日の昼時。

 鳴咲市の最西にある神社のとある一室に、囲炉裏を挟んで、老婆と青年が向いあって座っていた。

 その部屋は、昼間なのに太陽の光が入らないせいか、薄暗く、かといって電気も囲炉裏もつけずにいた。

 老婆は白髪で、使い込んだせいか、色がくすんだ巫女服に身を包み、座布団の上に正座していた。その反対の青年は青髪で、目にかかるくらいの長さの髪。格好はジーパンに薄手の長袖の黒のシャツ、そして、首からは髑髏どくろに剣が刺さった不気味な首飾りがその存在を主張していた。

 「――なら、術式の発動は二日後の夜、つまり満月の夜ってことでいいんだね?」

 青髪の青年は目を細め、にっこり笑いながら老婆に確認を取った。

 「……分からんな。主は何奴なのじゃ? 我らの一族とは関係の無い主がなぜ私に協力なぞする? 目的はなんじゃ? 金か?」

 老婆はどこか警戒するように、青年を一瞥した。

 それに対して青年は――

 「ぷっ、あははははははははは!」

 大声を上げて笑った。そして一しきり笑うとふうっと息を整え、ほほ笑んだまま口を開いた。

 「目的ぃ? そんなものはないよ。まあ強いて言うなら、一晩で街一つが消滅するという最高のパフォーマンスが見たいっていう野次馬根性かな?」

 「…………」

 青年の返答が気に食わなかったのか、老婆はまだ青年を睨みつけていた。

 それを見た青年は笑顔のまま肩をすくめ、そして立ち上がり再び口を開く。

 「婆さんさ、学校で虐められている人がいて、そして苛めっ子がいる。けど、そこにはどうしても傍観者が存在するだろ? なぜ、傍観者は傍観者であり続けることを選ぶと思う? 苛めに介入して、当事者になることは選ぼうとしない。なぜかな?」

 青年が問いを投げかけても、老婆は無言を決め込んだため、青年はまたしても勝手に続けた。

 「一つの理由としては、介入することで自分が苛められるんじゃないかと危険を悟るから。」

 青年はピッと人差し指を立てて見せた。

 「けど、この理由は二の次なんだよね。一番の理由は何だと思う?」

 「……知らんな。」

 すると、青年は目を見開き、そしてにたーっと口元を緩め答えた。

 「楽しいからだよ! 人が苛められ、嘆き苦しむところを見るのが楽しいからさ! 楽しいことをわざわざ自分から止めに行く人間なんていないからね! もしそんな奴がいたらそいつは馬鹿だよ!!」

 青年は大きく両手を広げ、天を仰ぐように言い放った。そして、興奮気味となった青年は肩で呼吸をしていて、それを整え、老婆に向き合った。しかし、表情は笑顔のままだった。

 「つまり、俺は楽しいから、街が消滅して、人々が嘆き苦しむところを見たいから協力するだけだよ。だから報酬もいらない。まあ言うなら、最高にえぐいショーを見せてくれればそれ以上の報酬は無いよ。」

 「……本当にそれだけか?」

 老婆は再度確認をとるように訊ねた。それに対して青年は軽い口調で返す。

 「全く疑り深いババァ、あっ間違った。婆さんだな~。だから本当だって。苛めだって傍観者でいるだけで、それで報酬なんてないだろ? 同じさ。俺はサディストなんでね。苛めじゃ物足りないから、大量殺戮を見せてくれるなら何だって協力するさ!」

 そんなことを平然に、いや、楽しげに言ってのける青年に、老婆の背筋に悪寒が走った。

 「分かった……主のその言葉を信じ、素直に協力を仰ぐことにするかの。」

 「いつになっても素直な人ってのはいいものだね。」

 青年は笑顔で老婆に頷いた。老婆はそんな青年から目を背けた。

 「ふん! 年よりをからかっとるんじゃないぞ。ところで、月下通行陣の術の発動には4方に起点を設置する必要がある。……じゃが、私は見ての通りこの老体――」

 「大丈夫。事前の準備は俺が全部やっておくから。婆さんは安心して術を発動させることだけに専念してよ。――しかし、あれだよね。婆さんもその年でよくもまあこんな馬鹿げた、いや、思いきったことを考えたよね。」

 「……」

 老婆が無言で青年を睨みつけると、青年は気を良くしたのか、さらに弾んだ声で続けた。

 「だって、伝説上の生物である珠の御神楽を召喚して、街一つを消し去ろうなんてね。それこそ、目的はなんだい? この街に恨みでも?」

 「外部の人間にそんなことを言うこともあるまい? それに主はそんなことを望んではいないのじゃろ?」

 老婆の反論に、青年は一瞬驚いたように口をぽかんと開けていたが、すぐに笑顔に戻ると、くすりと笑った。

 「そうだったね。どうでもいいや、そんなこと。言ってしまえば珠の御神楽なんてものにも興味はないね。俺が興味あるのはただ一つ、どれだけの血を流して、どれだけえぐい殺し方でこの街を破滅するのかってことだけ。正直、ここ数日、あんたに頼んで、妖霊で幾人かの人間を殺してもらったけど、あれじゃまだえぐさが足りないよ。今時バラバラ死体なんてドッキリにしてもちゃちじゃない?」

 「すまんの。私にはあれ以上のあんたが望む殺し方なぞ心得ておらんわ。」

 そんな老婆の言葉に、青年は嬉々とした様子で口を開いた。

 「でも、珠の御神楽って代物ならもっとえぐい殺し方をしてくれるんだろ? うわ~楽しみ~!! どんな殺し方だろぉ? まず眼球をえぐって、その場で握りつぶすのかなぁ? その後は腹を引き裂いて、内臓を一つ一つ引きずりだして、ベチャリベチャリと踏みつぶして行くのかなぁ!? うはぁ! 最高だね!! いや、でもその程度、俺でも出来るな~。珠の御神楽さんにはもっと未知の興奮を味わせていただきたいものだ。」

 青年は、目の前に御馳走が並ぶかのように、舌舐めずりした。

 「主の常がそれなのか? 異常じゃな……」

 老婆の言葉に、青年は不気味なほどににた~と笑った。

 「婆さんがそれを言う? あんたもなかなかに異常なんじゃないかな? 俺でも街一つをぶっ潰したことなんてないんだから。」

 「主の単なる狂気と一緒にするでない! 私には理由があるのじゃ。それに私には罪の意識もある。」

 老婆に、青年はまたしても驚くように目を見開き、高らかに笑った。

 「罪の意識ぃ? なんだそれ? アメリカンジョークにしては面白すぎるぜ婆さん!」

 「なっ!」

 あまりに予想外の反応に、老婆はたじろいだ。

 「罪ってなんだい? 俺にはそもそも、そんな言葉が存在することさえ不思議でしょうがいないね! 正義と悪だってそうさ! なんだい正義って? 悪い奴を倒すこと? 弱い者を守ること? くはぁ! 面白い! そんな言葉を生み出した奴にぜひ会ってみたいものだね!! 正義と悪の定義なんて誰が決めたのさ!?」

 青年が老婆に顔を近づけ訊ねると、老婆は青年を睨みつけた。それに青年はぷぷっと笑って勢いに乗って続けた。

 「そんなつまらない定義を作ったのは人間さ! 未完成な人間が作った茶番も茶番なくそったれな定義なんだよ! だってそうだろ!? 未完成なものが作ったものなんて未完成に決まってるんだから! そんな未完成な定義で判断してるんじゃねえよって話さ!

大体、今、正義の名の元にとか言って死刑で人を殺してるじゃねえか! なのに? 一般人が人を殺したら殺人罪!? その境界線は何だ? ただ人を殺したことを正当化しているだけじゃねえか! やってることは人殺しでおんなじなんだぜ? それで、正義だの悪だのと言ってるなんてなんとも滑稽だなぁ! そんな定義をすることすら無駄なんだぜ!? ……そうだなぁ~、一つ罪があるとすれば、それは人間が未完成だってことだろうよ!」

 興奮の絶頂に達した青年の呼吸は乱れ、そんな様子を老婆は恐ろしくさえ感じていた。

 「……主は、本当に人間か?」

 老婆の問いに、青年は一瞬ピタリと動きを止め、そしてはっきり返答した。

 「ああ、人間さ。未完成で愚かな人間だよ。」

 その答えに老婆は何も言い返すことは出来なかった。なぜなら、その時の青年の瞳に見えたものは狂気でも、疑惑の念でもなく、ただただ、純粋無垢な少年のようなものしかなかったからだ。

 無垢、それは一見して白く清らかなイメージがあるが、それは裏を返せば何にも干渉しない、つまり何も思わないということにもなる。

 例えば、何も知らない赤ちゃんの手にトンボを渡してやるとする。何も知らない赤ちゃんは、そのトンボを掴み、そしておもちゃのように引っ張ったりして遊ぶだろう。結果、トンボの羽はその胴体から引きちぎられ、空も飛べないトンボは餌を捕ることも出来ずに飢えて死ぬ――

 物心ついた者から見ればこれは残酷なことだが、赤ちゃんにとっては何のことは無い、ただの遊び。いや、それすらも分からないのかもしれない。故に無垢。

 何にも染まらないというのは時に残酷そのものとなることを老婆はこのとき、この瞬間思い知ることとなった。

 「さて、今日は新学期初日だったね。なら、もうそろそろお孫さんたちも帰ってくるんでしょ? 俺はここらでおいとまさせてもらうとするよ。」

 「……ああ。」

 老婆が立ちあがろうとするのを青年は両手で制した。

 「いいよ、気を使わなくても。老人はおとなしくしてなきゃ。それに、ぶっちゃけ迷惑だし?」

 そんなことをにっこりと悪意のないような笑顔で言うものだから、老婆も何も言えずに座布団の上に座りこむしかなかった。

 神社の境内に出た青年は、街を明るく照らす太陽を手で日陰を作りながら見上げた。

 「いい天気だ。うっとりしちゃうよね、こんな綺麗な太陽がもうじき血なまぐさい街を皮肉なまでに輝かせるんだから。」

 誰に言うでもなく、軽快な口調でそう言うと神社を後にした。


 

 翌日の九月二日。この日も蒸し暑さが鳴咲市を包んでいた。しかし、まだ生ぬるいなりにも風が吹いている分、幾分かましではある。

 そんな日の放課後、聖徳高校は新学期二日目から通常授業となっているため、時刻はすでに午後4時を回っていた。

 卓、真理、蓮華の3人は、鳴咲市の中心街にある街のシンボルである巨大な熊のオブジェの前にいた。

 シンボルが熊というのは、まだ鳴咲市が山に囲まれていた時代、外的から熊が守ってくれたというのが理由になっている。

 ところで、なぜこんなところに3人がいるのかと言えば、放課後にこの場所で美奈と待ち合わせをしていたからだ。

 「美奈、遅いな~」

 卓はケータイで時間を確認して呟いた。

 「お嬢様学校なんでしょ? 光陵学園って。やっぱり時間割とか厳しいのかな?」

 真理が蓮華に訊ねると、蓮華は顔に人差し指を当て、考えるような素振りを見せて答えた。

 「聞いた話だとそんなこともないみたいだったけど。あ、でも新学期始まったばかりだから、何かと決めることとか多いのかも。」

 そんな会話をしていると、向こうからセーラー服の少女が手を振って駆け寄ってきた。

 赤いショートヘアを少しゆさゆさと揺らしながら、ピンクの制服に身を包む彼女は紛れもない椎名美奈だった。

 「遅くなってごめん! 委員会を決めるのに手間取っちゃってて。」

 卓たちの元まで駆け寄ってきた美奈は上がった息を整えながら、走ったときに乱れた制服を手直しした。

 「気にすんなって。それより、委員会を決めるのにそんなに時間かかるものなのか?」

 卓の疑問を真理と蓮華も思っていたらしく、興味津津の様子で美奈の答えを待っていた。

 「うん、ウチの学校、委員会の数が多くて、特にブレンディ委員会ってのが人気あって、殺到しちゃってね。」

 美奈は参るわよねーといったように笑いながら答えた。それに対して、卓たち3人はぽかーんと口を開けていた。

 当然、理由は言うまでもなく分かると思うが、一応言っておくとすれば、美奈の口からブレンディ委員会という、高校にというか、教育機関に似つかわしくない、なんとも上品な響きの名前が出てきたことだ。

 そもそも、カタカナで書かれる委員会なんて、あってもレクリエーション委員会くらいしかぱっと思いつかない。それなのに、ブレンディ委員会なんて、その実態が曖昧にもほどがありそうな委員会の名前なんて出されても、無論まともな反応など返せるわけもなかった。

 「えっと、美奈? 日本語訳をお願いしても……?」

 卓がおずおずと口を開くと、美奈は下唇に人差し指を当て、う~んと、というように考え込む仕草を見せた後、首をちょこんと傾げて、

 「おもてなし委員会?」

 と、疑問形で返す。それに対して、当然卓たちも頭の上に大量の疑問符を浮かべる。

 そんな様子を感じ取った美奈はすぐに補足説明を加えた。

 「えっと、ブレンディ委員会っていうのはね、ウチの学校は朝のホームルームと帰りのホームルームにそれぞれ20分の紅茶を飲む時間があって、その紅茶を準備する委員会なんだ~。でもなんで人気かっていうと、その委員会に入ると、毎日どっかの有名な茶菓子を多めにもらえるんだって! だから、みんな争奪戦に参加しちゃって。」

 軽い口調で比較的丁寧な説明を加えたものの、その実態が分かったところで、それが卓たちの知る高校というものを遥かに凌駕りょうがしているという事実になんの変化もなく、結果、卓たちの反応はただ口をぽかんと開けているままになるわけだが、それでもなんとか口を開いて、3人の言葉が重なった。

 「「「……はい?」」」


 美奈の学校の、通常ではありえない、いろいろな掟破りな話をしながら、卓たち一行は、本日の目的である美奈の家、つまり神社へと向かっていた。

 鳴咲市の最西にある美奈の実家である神社だが、そこら一帯は未だに昔の名残で、山があり、美奈の実家は山奥とはいかないまでも、周りに店や民間住宅なんてものは存在せず、完全に孤立して建っている。

 これはつまり、近くまでは鳴咲市全域を循環じゅんかんしている地域バスも通っていないということを示しており、山のふもとにあるバス停で降りた卓たちはそこから神社を目指すことになった。

 卓たちは、山の入り口はそこそこ舗装されているも、少し奥に進むと、木の丸太が地面に埋め込まれ、せいぜい足の引っかけ場か滑り止めにしか役割を果たさない山道を歩いていた。

 「まさかアイドルがこんな山の中に住んでるなんてな~」

 山道を歩くながらふいに呟いた卓のその一言に、先頭を歩いていた美奈はぶおっと振り返り、口調を荒げた。

 「なっ! 馬鹿にする気!? 悪かったわねこんな山の中で!」

 急に怒りだした美奈に、卓はびくっと身を震わせたじろいだが、すぐに立て直し、

 「いや、悪いなんて思ってねーよ? いいじゃん、自然ん中に住むアイドルってのも。なんかオシャレだと思うぜ。」

 にこりと笑って返す。

 美奈は不意を突かれたようで、ぼわっという音が聞こえてきそうなほどの勢いで赤面した。

 「なぁっ! ちょっ! ……分かればいいわよ。」

 最初は動揺していた美奈も次第に声が小さくなり、人差し指同士をくっつけてもじもじしだした。

 それに対して卓はどうした?という感じで首を傾げていたが、蓮華は隣で苦笑いを、真理はじとーとした視線で卓を見ていた。

 「卓、それわざとやってるの?」

 不服そうな表情の真理がそんなことを訊ねると、卓は何が?といった顔で首を傾げたものだから、真理ははあっとため息をついて、

 「まあ、それが卓のいいところでもあるんだけどね……」

 と苦笑い。

 そんな調子で、足元が若干不安定な山道を歩いて行くと、美奈が足を止めて、卓たちに振り返った。

 「ここよ。」

 美奈の後ろには少し離れた所から見れば壁なのではないかと思うほど、急な斜面に設置された石の階段があった。

 それまで、舗装されていない道が続いていたので、そのあまりにも人工的に造られた階段は違和感を覚えさせた。

 「結構長い階段……」

 その壁のような階段を見て、蓮華はほえーと感嘆の声を漏らした。

 「うん。でも、これはこれで運動になって良いわよ?」

 美奈は一定のリズムで準備運動のように身体を捻る。

 「確かに、これなら必然的に下半身の鍛錬になりそうね。」

 真理は階段をどこか楽しげに見上げ、その場で地団駄するように足を上げ下げした。

 「競争する?」

 真理の様子を見て、美奈は妖艶ようえんな笑みを浮かべ、それに対し真理もにやりと笑う。

 「「よーい、どん!」」

 二人は同時に駆けだし、勢いよく階段を駆け上げって行った。

 「……すごいね~」

 蓮華はあれよあれよと姿が小さくなっていく二人を見て卓にほほ笑んだ。

 「俺達はゆっくり行こうか。」

 後を追うように、卓と蓮華もゆったりとした速度で階段を登り切った。

 卓と蓮華が階段を上る終えると、そこには多少息はあがっているものの、まだまだ余裕の表情を浮かべた真理と美奈が待ちわびていた。

 「遅いよ卓!」

 「本当よ!」

 見事なまでに意気投合した真理と美奈に卓は乾いた笑いを見せた。そして、前を見ると、すぐ目前に縦5メートル、幅7メートルほどの巨大な鳥居がそびえ立っていて、鳥居からは石畳の道が20メートルほど伸びている。道の脇には一面に白いビー玉ほどの大きさの石が敷き詰められていて、太陽の光を浴びたその石は反射してふんわり柔らかな光を放出していた。

 最後に、石畳の道の先には年季の入った木製の神社が、その姿を堂々とさらけ出していた。神社自体もかなり大きく、その広い敷地にふさわしいと言えるものだった。

 卓たちは、美奈に率いられて石畳の道を歩き、神社の正面から、ではなく横に回ったところにある玄関から入った。

 しかし、玄関は洋式のがっちりしたドアで、鍵穴もなぜか3つもあるという、神社に似つかわしくないものだった。しかし、これは考えれば必然的なことで、今やトップアイドルとなった美奈の実家ともなれば、当然ファンの人が押し掛けてくることもしばしば起こりうるし、それを狙った盗人だっていても不思議はない。そんな今の物騒な時代に、神社に似合うからといって、鍵穴があってもなくても、外すだけでいとも簡単に入れてしまう引き戸にしておくほうが愚かしいことである。

 「「「おじゃましまーす」」」

 卓たちは、比較的広い玄関で順に靴を脱いで家に上がった。

 玄関から続く廊下の両側面には全部で5つの部屋があり、向って右手に3つ、左手に2つとなっていた。そして、正面にもドアが一つ。廊下の横には2階に続く階段もあった。

 「あまり綺麗じゃないかもだけど、どうぞ。」

 そう言って美奈が部屋に案内しようとすると、左手の手前にあるドアが開き、そこから一人の少女が出てきた。

 少女は美奈より数センチほど身長が低く、つまり約153センチほどで、髪は栗色のセミロング、前髪の片方をハートのピンで留めている。さらには、美奈に負けず劣らずの美貌びぼうの持ち主で、胸の大きさは別としてスタイルも申し分なかった。

 少女はどうやら、制服らしく、白手のワイシャツに、ブルーとブラックのチェック柄のスカートの上にエプロンを身につけていた。

 「あ、恵美えみ……。もう帰ってたんだ。」

 「はい。ところで、その方たちはお客さんですか? 美奈さん。」

 「「「??」」」

 この短い会話でも、卓たちはある疑問が浮かんだ。それはこの二人の関係性が見えなかったから。

 「うん」

 美奈が頷くと、少女はでは、お茶の用意を、と言って出てきた部屋へと戻って行った。

 このところから見るに、その部屋はどうやら台所らしい。

 「あ、じゃあ卓たちは悪いんだけど、右手の一番奥の部屋で待ってて。すぐにお茶を運ぶから!」

 美奈も少女の後を追うように台所に入っていってしまったため、廊下に取り残された卓たちは言われた通り、右手の一番奥の部屋に入った。

 卓たちがそのドアを開けると、そこにはよく整理された綺麗な部屋があった。

 しかし、その部屋は和洋混同で、床は畳になっているが、その端は、可愛らしい熊の絵がプリントされた絨毯の上に白いデスクとキャスター付きの椅子が置かれ、デスクの横には木製の本棚が置かれ、そこには教科書や漫画などが敷き詰められていた。反対側には今度は無地の黄色い絨毯の上にベッドが置かれていた。

 さすがに備え付けのふすまはそのままのようで、それだけがその部屋に見れる唯一と言ってもいい和の部分だった。

 「さすがアイドル、綺麗にしてあるわね。」

 真理は部屋の真ん中にべたっと座りこんだ。

 「おい、真理。少しは遠慮とかしろよ。」

 すかさず口を挟む卓に、真理はむっとした表情を向ける。

 そんなことをしていると、空いたままのドアから、お盆にお茶の入った茶碗を4つ乗せて持ってきた美奈が現れた。

 「あ、いいよいいよ。遠慮なく座って。ベッドの上でもいいから。」

 「えっ!? ベッド……」

 美奈の一言に本能的にベッドを見る卓。卓の視界には、しっかりとベッドメイキングされてあるベッドが飛び込んできて、ピンクの可愛らしい掛け布団と、それにセットになっているだろうベッドカバーと枕。そして、枕の横には顔のサイズほどのウサギのぬいぐるみが添えられていた。

 「ちょっと、変な目で見ないでよ? ベッドに座っていいのは真理ちゃんと蓮華ちゃんだけよ?」

 美奈はデスクにお盆を置きながら卓に釘を刺すように言い放った。

 「ばっ! 見てねーよ!! そ、それよりさっきの子って……」

 話を反らすためにふいに言ったその一言に、美奈は眉をピクッと動かした。そして、その後、部屋に数秒間の沈黙が訪れた。

 「……?」

 卓は首を傾げ、真理と蓮華と顔を見合わせるも、二人とも困惑しているようだった。そんな気まずい沈黙を、美奈の言葉が打ち破る。

 「あの子は、妹よ。」

 はっきりとした口調で、でもどこか重々しい感じすら受け取れた。その時の美奈の表情は笑顔を作ってはいたが、それでも引きつっていた。

 「妹って、でも美奈のこと……」

 真理は訊ねた。気になることは卓と蓮華も同じだった。そう、さっき廊下で、彼女、つまり美奈の妹である椎名恵美しいなえみが姉である美奈をさん付けで呼んだという一点。他人や、友達ならむしろ自然と言ってもいいその呼び方だが、家族間でのその呼び方というのはとんでもないほどに不自然そのものだった。

 「……昔はね、ちゃんとお姉ちゃんって呼んでくれてたんだよ? でも――、私がアイドルになってからは美奈さんって……。変よね、実の姉妹なのに。」

 あははと笑う美奈だったが、その声は少し震えていて、そんなことは美奈を含め、その場にいた全員が感じていたことだった。

 けれど、そんなことを指摘するものはおらず、ただ、少しの沈黙の後に、卓がふっと美奈の頭に手を乗せた。

 「俺達は美奈って呼ばせてもらうけどな!」

 卓がにっと笑いかけると、後ろで真理と蓮華も頷いていた。

 それに美奈は感極まったように瞳を潤ませたが、耐えて、卓の手を振り払うと、強がったように腕を組み、

 「ふん! 今さらそんなこと言わなくても分かってるわよ!」

 と声を張り上げた。

 それから、卓たちは出された冷たいお茶で、暑い中歩いてきた、(と言っても、山道は街中に比べると日陰も多いせいかいくらか涼しいのだが)せいで乾いた喉を潤すと、少し真剣な顔つきになった。

 今日、美奈の家に来たのは、たまたま知り合いになった少女が今をときめくトップアイドルで、お近づきのしるしとしてアイドルの家にお邪魔し、あわよくばいつでも遊びに行ったり、逆に遊びに来たりという仲になる、というわけではもちろん無くて、明日の夜に発動されるであろう巨大術式、月下通行陣げっかつうこうじんを止めるべくして立ち上がった4人のいわば作戦会議なのである。

 ちなみに、なぜ美奈の家かと言えば、2階は書庫となっていて、そこには妖霊に関する書物や、探せばもしかすると月下通行陣げっかつうこうじんに関する情報も手に入れることができるのではないかという話になり、結果的に美奈の家で作戦会議を行うわけになったのだ。

 ところで、結局、座る位置は真理と蓮華がベッドの上、美奈が向いのキャスター付きの椅子に、床に用意されたクッションに卓といった風に位置取りされた。

 「昨日、あれから考えたんだけど、その術式ってやっぱり月の何かを必要とするものなの?」

 不意に質問を投げかける真理に対して、美奈はそれほど動じた様子もなく、こくりと頷いた。

 月下通行陣げっかつうこうじんという巨大術式は、その発動条件の一つとして、満月の夜でなくてはならないというのがある。つまり、その条件のおかげで、発動日時が、明日の夜だということが分かったのだが。

 「月下通行陣げっかつうこうじんはね、あまりに巨大すぎる術式から、術者の力だけじゃ発動することさえ出来ないの。そして、術の発動に必要な力の性質は闇を照らす光源。そもそも、この性質を持つ術者が少ない上に、術者が何千人と集まったところで、たかが知れてるわ。そこで、月が放つ光の力を術の発動に必要な力として使うってわけ。」

 美奈の淡々とした説明に頷いた真理は、さらに問いを投げかけた。

 「じゃあ、4つの起点っていうのは?」

 「起点、っていうのは、この術の発動に必要な力のバランスを整えるものっていうのが一番簡単かしらね。なにせ、規模が規模だから、起点でもないと、術の陣すらまともに造ることさえ困難なものなの。まあ私もその起点がどんなものなのか、まではさすがに知らないけど。というか、そもそも月下通行陣げっかつうこうじんについて書かれた書物なんて一度も見たことないわ。話に聞いたくらいのものよ。」

 「そんなんで、大丈夫かよ?」

 卓がお茶を飲みながら訊ねると、美奈はちょっと待ってて、と言い残し、部屋を出て行った。すると、玄関の方から、ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえてきた。と思ったら、すぐに今度は駆け下る音が聞こえ、美奈は部屋に戻ってきた。

 手には何冊か高積みされた古臭く、ページも湿気を吸い込みしなっているような書物をドサッと床に置いた。

 「まあ、卓ならそんなこと言うと思ったから、昨日の夜のうちに参考になりそうな書物をピックアップしておいたの。」

 ふふんと得意げに胸を張る美奈。

 「アイドルって柔軟体操とかもやらなくちゃいけないんだろ? 忙しいのにそんなことまでやってくれたのか! ありがとうな!」

 卓が素直に褒めるものだから、

 「ほへっ? ちょ! 何よ急に素直になっちゃって……」

 案の定、美奈は動揺を露わにしたが、その表情はどこか嬉しげだった。

 「卓、いちいち話の腰を折らないでくれる?」

 美奈とのやりとりをすこし不機嫌そうに見ていた真理がこほんと咳払いをしながら言った。

 「え? 俺、なんかやった?」

 卓の問いに、真理は無言でスルーして、パラパラと書物を捲り始めた。仕方ないので、卓も積み上げられていた一冊を手にして、ページを捲る。

 しかし、そこには、筆記体のようにつなげ文字で綴られた文字が書き連ねられ、正直、日本語であるはずなのに全然解読することが出来なかった。最低限、所々に描かれた墨絵を見て、これが妖怪、もしくは妖霊について書かれているものだということだけ判断することができた。

 しかし、そんな書物ですら、真理はテンポよくページを捲り、そして、なるほど、などと相槌を打ちながら解読していく。偏差値78は伊達ではないのだと改めて痛感する卓だった。

 「ねえ美奈、これって……」

 真理はふとページを捲る手を止めて、その見開きを美奈に見せた。

 そこには、左のページには墨絵で、老婆だろうか、子供のようにも見える、とりあえず人の形をした絵が描かれていて、右のページにはずらーと墨で書かれた文字がびっしりと書き込まれていた。

 「これって魑魅魍魎ちみもうりょうよね? ここには妖霊って書かれてるけど?」

 真理の問いに美奈は頷いて、答えた。

 「うん、魑魅魍魎ちみもうりょうをはじめとして、いくつかの、世間一般では妖怪と称される部類には本来は妖霊であるという事例は結構あるの。まあ妖霊なんて言葉は普通聞かないだろうし、妖怪と妖霊の違いなんてのも、正直、その境界線は人それぞれだからね。普通の人なら、両方を合わせて妖怪という一つのカテゴリーに入れちゃうのも分かるんだけど。」

 美奈の答えに納得したような表情を浮かべる真理。

 そんな真理の横では、同じく積み上げられた書物を読む蓮華がいる。真理に比べたら読む速度は大分遅いが、それでも少しずつ、確実にそれを読み解いていく。それでも分からないところは、その都度真理に訊ねたりもする。

 「ねえ美奈ちゃん、この本はどうやら記録帳みたいなものらしいんだけど、ここ、これって月下通行陣のことじゃないかしら?」

 ふっと頑張って書物を解読していた蓮華はすっと開いていたページを差し出し、人差し指で示した。

 「どれどれ?」

 それに、美奈だけではなく、真理と卓も顔を覗かせた。

 今度は、挿絵すらなく、見開きいっぱいに読みにくい筆記体が綴られていたが、それを真理が音読する。

 「我らが村に、突如現れし四方の光にて、我らはそれを導き手の象徴と崇められたし。我らは村中の穀物を、その光の集まりし源の光に壇上させるれど、光、我らに恩恵を与えられん。しからば、我らは穀物を撤退させんとするその時、四方の導き手の光、激しさを増さんとするを目視するも、我盲目となりて。我、意を気付くも、八方から伝わりくる熱き火の山にて、我らの村の終焉とす。」

 よく見ると、そのページの端の部分は酸化した血で黒ずんでおり、この記録帳を書いた本人も通常の状態ではないことが見て取れた。

 「確かに、この記録帳に書かれていることと、月下通行陣の陣形は全くといっていいほど瓜二つね。でも、そうだとして、これじゃ珠の御神楽についての記録が残っていないことになるんだけど……」

 美奈がふいに漏らす疑問に卓も乗っかった。

 「不自然じゃないか? だって珠の御神楽は幾つもの村を破滅させてきたっていう伝説があるんだろ? それが事実だとして、そんな記録が残っているのに、何でその場に居合わせた人間がこんなあやふやな記録しか残していないんだ?」

 卓の疑問は最もだった。伝説なんてものは全くの空想から生み出される場合もあるが、今回のような場合、月下通行陣という実在する術式と、それに関する書物には続いて書かれている珠の御神楽の存在がある。つまり、珠の御神楽の存在は昔の誰かが見たということを示していると言ってもいい。いや、見ていないにしろ、そもそも村一つを消滅させた事実は揺るぎないのだから、それだけの存在を造り出すのも頷けるのだ。それなのに、ここに来て、こんな曖昧な表記しかされていない書物が発見されたのは前進とも後退とも言えるものとなってしまった。

 「これは憶測なんだけど、恐らく、珠の御神楽って私たちが知っている妖霊とはどこか異なる部分があるんじゃないかしら? 例えば、姿自体は見えないとか、何らかの別の物か者になるとか。」

 美奈が唇に人差し指を当てて言った。

 「確かに、そう考えるのが普通かも。月下通行陣については明確に記されている書物があるのに、逆にその陣の結果が書かれていないなんて、それ相応の理由があるんだろうし。」

 真理は持っていた書物をパタンと閉じて、はあっとため息をついた。

 それから、美奈の部屋に短い沈黙が訪れた。これは、無論、明日来る、鳴咲市の危機を打開するための策に行き詰ったためである。

 「……ねえ、美奈ちゃん。一つ聞いてもいいかな?」

 沈黙のせいか、どこか気まずそうに手を上げる蓮華に対して、美奈は案外けろっとしたように、ん?、と言って蓮華に顔を向けた。

 「どうして鳴咲市なの? やっぱりこの神社があるから?」

 蓮華の質問に、美奈はちょっと考える間を置いて、口を開いた。

 「理由の一つにすぎないけど、それも正解。でも、それよりも、もっと根源的な理由があるの」

 そこで美奈が一旦言葉を区切ると、次は真理が質問を投げかけた。

 「昨日言っていた『世界の境界線』っていうのに関係が?」

 真理の質問に美奈は頷いた。

 「そう、ここ、鳴咲市は『世界の境界線』と一部で呼ばれている街でもあるの。別にこの地球に一カ所、というわけではないんだけど、それでも数はごく少数。世の中にはパワースポットていうのがあると思うんだけど、『世界の境界線』っていうのはその強大版というのが一番分かりやすいかな。パワースポットていうのは、この世界のある一定の条件を満たした自然と、他の世界との自然が境界線すれすれで接触することで、その力を発揮するもの。」

 美奈の言葉に、静かに耳を傾ける卓たち3人は、その表情は真剣そのものだった。美奈の言葉を一単語ですら聞き逃すまいというのが態度に出ていた。それに美奈は淡々と続けた。

 「『世界の境界線』ってのはこの世界と他の世界が一部重なってしまう現象から起きる、いわば未知の土地となってしまうわけ。もちろん、その重なった世界が何なのか、そんなことまではさすがに分からないけどね。」

 「それがこの鳴咲市だっていうわけか。」

 卓は納得したように頷いた。

 よくよく考えてみれば、思い当たる節はあった。……というのも、つい先日までこの鳴咲市には魂の傀儡子という異界の住人、冥府の使者がいたわけで、事実、魂の傀儡子は鳴咲市を中心に活動を繰り返していた。その目的が蓮華の探索だったというのもあるが、それすらも鳴咲市が『世界の境界線』であるが故に生み出した連鎖なのかもしれないと、このとき、卓と真理は考えていた。

 ちなみに、以前にイザイとヴァーグナーが魂の傀儡子と対峙した、スイスにある山に囲まれた湖も、その上空を含め、『世界の境界線』であった。

 「うん。でも妖霊自体は日本全国にいるから、鳴咲市だけってわけじゃないんだけどね。まあ数が多いのは確かだけど。」

 美奈は肩をすくめ、もう一冊書物を手に取った。そして、慣れた手つきでパララとページをめくり、ページの上が三角折りにされたところで止め、床に置いた。

 「これみたいに、昔の書物からでも鳴咲市については書かれているの。」

 「つまり、今回だけがイレギュラーというわけでもないわけか。」

 卓が納得していると、真理が腕を組んで、口を挟んだ。

 「あと、昨日戦ってみて、断絶が出来なかったっていうのも大きいわね。」

 真理の心配は最もと言える。断絶とは、贈与の石の力によってある一定の範囲の空間を世界から切り離すことで、その範囲での戦いによる街の破損などを、元の世界に反映させないためのもので、今までの激戦で破壊されたはずの鳴咲市も断絶のおかげで最小限にとどめることが出来たのだ。しかし、今回はそれが使えない、ということは、

 「今回はむやみに石の力を使えないってことになるな。」

 当然、そういうことになる。断絶は石の力、もしくは異界の力の影響を受けている者には無効となり、つまり切り離された世界に残ることができるが、それ以外の人間、生物は断絶された世界から追い出される。よってむやみに人に見られることも、巻き添えにしてしまうことも避けられていたのだが、今回はそれが出来ない。これは卓の蒼波滅陣そうはめつじんや真理の紅蓮槍風ぐれんそうふうなど、技そのものに強大な破壊力を持つ技を使えば、一般人に見られ、最悪巻き添えにしてしまう恐れすらあるのだ。

 「蓮華の神器なら、被害は最小限に抑えられるかもしれないけど、」

 真理はちらりと蓮華を見る。蓮華は頷くも、少し困った顔をしていた。

 「私の神器、守護ガーディ弐席ツベンなら、確かに余計な被害を出さずに済むかも。でも、同時に何体もの相手を倒すのはちょっと難しいかな。弱点写ウィーク・ポインターしもそんなに何十もの相手には使えないの。」

 卓たち、つまり討伐者組がそんなことを言っていると、美奈がすっと制服のスカートにあるポケットから何やら7枚の一万円札ほどの紙を取り出した。

 「それは?」

 卓だけでなく、真理、蓮華も興味深げに美奈が取りだしたそれを見る。

 「卓たちも何か不思議な力を持っているみたいだけど、私も一応ね。」

 美奈は笑みを浮かべながら、指に7枚の紙を挟んで見せた。

 よく見ると、その紙は和紙で、中心には墨で筆記体で悪霊退散と書かれていた。つまりおふだというわけだ。

 「私だって妖霊の巫女なんだから、ある程度の力はあるわよ? さすがに今発動している空間術式までは破壊出来ないと思うけど。」

 美奈は話しながら床に7枚のお札を横に並べていく。

 「私の術、その名は術式・七星しちせい。この七枚のお札からその組み合わせによって多種多様な術式を発動することが出来るのよ。」

 術式・七星。由来は、星座の力を利用し、7つの属性の術として発動する強力術式。科学の発展が無かったころは、その術式で生活を手助けしていたりなどという記録も残っている。

 「それが美奈の力……」

 卓がふいに呟くと、美奈は少し得意げな表情になって、並べたお札の上に両手をかざした。

 「術式・七星、巻水かんすい

 「「「!!??」」」

 美奈が呟くと、7枚の札がすうっと宙に浮き、部屋の天井付近で、円を描くように、一定のスピードでお札は回り始めた。そして、数秒間回った後、円の中心に、小さな水の渦が突如現れた。その水は決して跳び跳ねることもなく、まるで容器の中で渦巻いているように、全く部屋を濡らさなかった。

 「これが、術式・七星……」

 真理は感嘆の息を漏らした。真理とて、贈与の石の力を使わずにこれほどの奇跡を目の当たりにしたのは初めてだったので当然である。

 美奈はしばらく水を出現させると、右腕を上げて、すっと左から右に振り切ると、しゅっと水の渦は消え、宙に浮いていたお札も、元の位置、つまり床の上に降り立った。

 「今のは大分力の制御をしたから、用途としては洗濯するくらいにしか出来ないんだけどね。」

 美奈は魅力的なウィンクを飛ばす。しかし、卓はそんなことよりも、内心、便利な術だな。光熱費の節約になるんじゃ……などと思っていた。まあウィンクもしっかり目に焼き付けていたのもまた事実なのだが。

 「とにかく、妖霊は私の七星と、卓たちの武器で倒すしか方法もないのが現状。けど、激戦で鳴咲市を壊してしまったら本末転倒だから、そこらへんは各々気をつけてってことで。」

 美奈の言葉に卓たちも了承したように頷く。

 「妖霊が必ずしも人気の少ないところに現れるわけではないの。卓たちの力は人に見られるとまずいのよね? 私が言うのもなんだけど、銃刀法違反とかに引っ掛かるよね、あれ……」

 美奈の厳しい指摘に、討伐者組は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 少し考えれば分かることで、卓と真理の刀は、光の力を得なくても、それ自身で立派に凶器として成り立つし、蓮華の守護ガーディ弐席ツベンにしても、本物の銃弾を使用しないまでも、石の力を内部に得ていることで、引き金を引けば、十分な殺傷能力を発揮することに変わりない。

 それらの問題も含め、断絶が解決していたので、なおのこと、今回の戦いは気を配る必要が大いにあることを改めて実感する討伐者組。

 「と、ところで美奈の術は他にもいろいろあるの?」

 話題を変えるために卓が振った話に、美奈はえへん、と胸を張って得意げに口を開いた。

 「あるわよ。術の応用次第で、同じ術でも、攻撃にも防御にも転じることができるの。一応、結界系の術もあるんだけど、今、鳴咲市全域には、月下通行陣を安定させるために何らかの巨大結界のようなものが張られてるせいで、使えないんだけど。」

 美奈がはあっとため息をつくと、真理がさらに追及した。

 「つまり、結界の中に、別の結界を張ることは出来ないってこと?」

 真理の問いに、美奈は頷いて肯定する。真理もなんとなく分かってはいたが、それが確信に変わった。

 確信、というのは、断絶も結界の中では張れないということが分かり、結果、美奈の術式・七星と、贈与の石には似た、もしくはどこかに共通点がある力なのだと。

 「ん? まてよ、月下通行陣の起点が4つあって、それを俺達が一つずつそれぞれ壊すとするのはいいけど、鳴咲市には妖霊がいるんだろ? そっちはどうする?」

 卓が質問を投げかけると、美奈はさらにもう一枚のお札をポケットから取り出した。そのお札はさっきのとは違い、薄い紫色の和紙で、ほかは特に違いはない。

 「妖霊払いの呪符よ。あまり強力な妖霊には通用しないけど、ある程度ならこれで退けられるの。ここ数日で、出来るだけ人の多い、特に中心街には張り付けておいたから、そんなに心配することもないと思うよ?」

 美奈の用意周到さに、討伐者組は感心し、同時に少しの安堵感を覚えた。



 同日、ドイツ・フランクフルト。日本との時差は夏時間の現在は7時間。つまり、フランクフルトは朝と昼時の間といったところだ。

 篠崎謙介。彼は卓の討伐者のパートナーである篠崎真理の実兄で、同じく討伐者。その実力は極めて優秀で、ヨーロッパ支部弐〇騎士の一人でもある。彼の胸元にはネックレスになった紫の贈与の石が太陽光を浴びて、光輝く。

 そして、その横には、謙介の討伐者としてのパートナー、東条要。黒髪のロングヘアーで、顔立ちも良く、細身のモデル体型はドイツでも変わらず映える。片耳に翠の贈与の石が付けられたイヤリングを付けている。

 二人は、フランクフルトの街中にある噴水の淵に腰掛けている。街中と言っても、東京のような都会とはまた意味が違って、フランクフルトには高層ビルもあるが、それよりも、歴史を感じさえるレンガで出来た建物や、戦争の跡を生々しく残した大聖堂が立ち並ぶ。謙介たちがいる広場にも、中央に噴水があり、広場の端端にはソーセージやカップに入れられたホットな赤ワインが売られる出店があり、朝から人で賑わっていた。

 広場の地面はコンクリートではなく、レンガを敷き詰めれられて出来ており、所々、レンガが外れかかっている部分などもあり、そこに躓いて泣く子供の姿なども見られた。

 もちろん、フランクフルトの街並み全てがこうというわけではなく、中心街になれば、近代を思わせる高層ビルや、店がたくさんある。特に、目立つのは鉛筆形のビルで、通称メッセタワーと呼ばれる建物は、フランクフルトを象徴するかのごとく、堂々と聳え立っていた。名前の通り、このビルでは年に何回か、メッセが行われる。

 そんな近代と歴史が入り混じった街、フランクフルトのとある広場で、謙介と要は近くの店で買った、紙製のカップに入ったコーヒーを口にしながら、ある人物を待っていた。

 背後にある噴水、中央にドイツの偉人だろうか、おじさんの石像から流れる大量の水が、残暑を忘れさせてくれる涼しげな音を立て、そんな水に手を濡らす子供たちの嬉々とした声が広場にのどかな午前を与えていた。

 「……遅いな、」

 謙介は、ある程度冷めたコーヒーを一口飲むと、カップの中でポチャンとコーヒーが波打つ。まあそれも、背後の噴水の音で、要には届かない程度のものだったが。

 「まだ5分しか過ぎていないわよ? 電車でも遅れてるんじゃないかしら。」

 要はクスリと笑って、時計を見せた。

 電車が遅れるというのは、ドイツに限らず、ヨーロッパでは日常茶飯事で、特に珍しいことでもないので、謙介は納得したように、再びカップを口元に運ぶ。

 その時、広場の端から、一人の男性がこちらに向って慌ただしく駆け寄ってきた。

 「Mir tut es leid. Ein Zug wird verzögert und……(すまない、電車が遅れてしまって……)」

 男は健介たちの元に来るなり、流暢りゅうちょうなドイツ語で話し始めた。

 男は身長190センチ近くある大男で、しかし、骨格はしっかりしているが、見た目はスリムで、金髪の短髪に、耳にいくつかのピアスを空けている。

 さすが外国人と言ったところで鼻は高く、掘りが深い顔つきはかなりイケていた。

 「Kümmern Sie es nicht.Weil wir auch jetzt kamen.(気にしないで、私たちも今来たところだから。)」

 金の短髪の男に対して、要も違和感のない発音で、返答する。

 「Übrigens haben Sie redet in Japanisch?(君なら日本語で話せるだろ?)」

 唐突な健介の質問に、短髪の男は豪快に笑った後、ふうっと一息ついて、ゆっくりと口を開いた。

 「相変わらず、小生意気なボーイだね、君は。」

 しかし、嫌味というよりは、短髪の男はむしろ本当に楽しげに言った。

 「そんなことより、ネルヴィ。持って来たんだろうな?」

 ネルヴィ。それがこの金髪短髪の長身の男の名前だ。その正体は、謙介たちと同じく討伐者である。あらかじめ言っておけば弐〇騎士ではない。むしろ、ネルヴィは先陣きって戦う、というよりは裏方で情報収集する側の人間なのだ。つまり、戦うことの少ない彼にパートナーと呼べる相手はおらず、こうして単体で行動している。

 以前、魂の傀儡子と戦ったイザイとヴァーグナーとも何度か面識もあり、ヨーロッパにいる討伐者の中では顔が広い人物でもある。

 年は、謙介より3つ上。なのに、年上に対する言葉遣いがなっていない謙介を咎めることもなく、逆に快く受け入れているネルヴィはケラケラと笑う。

 なぜか、と言えば立場の問題を考えれば分かるのだが、謙介と要はヨーロッパ支部弐〇騎士であり、弐〇騎士というのは立場はかなり上なので、仮に年下が生意気な口調でも、弐〇騎士でないものがそれについてとやかく言えることではなかった。むしろ、年上であっても、相手が弐〇騎士なら赤ん坊だろうと敬語を使うのが必然となっていた。そのことからも、謙介に対しても普通に話せる、彼ら3人の関係は良好と言える。

 謙介の問いに、ネルヴィはすっと、ポロシャツの胸ポケットからUSBメモリを取り出し、謙介に向って投げた。

 謙介はパシッとUSBメモリを受け取ると、それをじっと見据えた。

 「しかし、一体どうしたんだい? 突然、そんな昔のデータが欲しいなんて。」

 ネルヴィは特にそこまで気にした様子でもなかったが、そんなことを訊ねた。

 「……場所を移そう。」

 要も謙介の提案に頷き、それから、ネルヴィも話の内容を何となく察したのか肩をすくめ、謙介たちについて行った。

 そして、場所を移した先は、謙介たち以外誰もお客がいない、裏路地の階段を下ったところにあるバーだった。

 お世辞にも綺麗とは言い難く、よく言えば歴史を感じさえる、悪く言えば汚らしいバーだった。昼間なのに、電気が薄暗く、まるで夜のようだった。木製の円状のテーブルを囲むように、謙介と要、ネルヴィは座っていた。それぞれの目の前には少し大き目のグラスに、ロックアイスが2つ3つ入っていて、中に紅茶が入っていた。ちなみにこのバーは店主が一人で経営しているのだが、その店主も、紅茶を出すなり、買いだしに出かけてしまって今は謙介たちだけ。

 紅茶が次第にロックアイスを溶かしていき、時々、カランと涼しげな音を立てる。

 「で、聞かせてくれるかい、謙介? なぜ今さらそのデータ。5年前のそれを欲する?」

 ネルヴィはロックアイスで冷たくなったレモン風味の紅茶を一口飲む。謙介はネルヴィがグラスをテーブルに置くのを待ってから口を開く。

 「報告があったからだ。」

 「報告?」

 ネルヴィが首を傾げると、謙介は重々しい口調で言葉を放つ。たった一言。

 「九鬼が動いた。」

 それだけで、その場を凍りつかせるには十分だった。さっきまで陽気な雰囲気を出していたネルヴィすらも顔を強張らせていた。

 「……なんだって……?」

 開いた口から出た言葉はそれだった。

 「先日、日本総本部にいた九鬼がそこを発ったそうだ。」

 またしても、凍りついたバーにロックアイスが溶け、カランと音を立てる。しかし、ネルヴィの額から一筋の汗が流れる。

 「まさか、見つけたのですか?」

 ネルヴィの質問に、謙介と要は残念そうに首を横に振る。そして、要が口を開く。

 「詳しい動向の理由は分からないの。でも、それが一番あり得る、そして一番望ましくない大きな理由なの。だからこそ、あなたにこのデータを持ってきてもらったの。」

 要が指差したのは謙介の手元に置かれたUSBメモリ。そして、ネルヴィもそれに視線を移す。

 「……なるほど。それで、5年前の境界線の歪みの入ったそのデータを。」

 「ああ、もし、九鬼が見つけているのなら、また5年前に生じた歪みが起きているはず。このデータから歪みの特徴を割り出して、九鬼よりも先になんとしても見つけなければいけない。」

 謙介は話しながら、足元に置いてあった手提げから、ノートパソコンを立ち上がらせた。そしてパソコンにUSBメモリを差し込み、画面に表示されたフォルダの一つをカチカチとクリックする。

 すると、同時に幾つもの小さなウインドウが表示され、その一番前に、何やら曲線グラフが表示された。

 「これが5年前、フランクフルトに魂の傀儡子が現れ、真理と弟くんが襲われた日の、境界線の空間を表しているグラフだ。ここから、ここまではいたって通常。」

 謙介は説明するように、そっと画面に指を当て、範囲を示した。

 「そして、ここが、問題の歪みだ。」

 トントンと謙介が指で2回叩いたところのグラフだけ、それまではほぼ一直線だったのに、急に上昇したり下降したりで、上と下に凸のグラフが交互に描かれていた。

 「この歪みが生じたと同時に、真理はその場から姿を消したことになっている。」

 謙介はノートパソコンの画面から顔を離すと、ふとネルヴィの方を向いた。

 ネルヴィはネルヴィで難しい顔で画面を覗き込んでいる。

 「しかし、空間の歪みはせいぜい10分から20分といったところですよね。なのに、九鬼がこの歪みを見つけたとして、私たちが今からでは間に合わないのでは?」

 ネルヴィの質問に、要も同じことを思ったのか、謙介の答えを気にしたように謙介を見る。

 「そう、それを確かめるためにも今回、このデータを持ってきてもらったんだ。正直、まさかここまで短時間だとは思わなかったよ。けれど、そうなってくると、九鬼はどうやってこの歪みを観測したんだ、という疑問が次に湧きあがってくる。」

 謙介の言うことに、はっとネルヴィと要は目を見開く。

 そもそも、このデータの観測も、5年前にたまたま近くに居合わせた討伐者観測班が専用の機器で記録したもので、その機器は使い方次第ではかなり強力な兵器にも成り得ることから、本部から正式に認められた一部の観測班しか使用することが出来ないことになっているのだ。それに、使用を認められた観測班も、申請を出さないことにはその機器を手にすることさえも難しく、その申請も面倒なことこの上ないシステムになっている。

 「観測自体は九鬼の何らかの力で行うことが出来るのかもな」

 謙介は、ネルヴィのその言葉に一つの可能性を見出した。

 「仮に『観測自体』が出来たとして、それが確証に繋がる手立てを、奴が持っていると思うか?」

 謙介の問いに、ネルヴィは首を横に振り、口をゆっくりと開く。

 「いや、その可能性は無い。あれの観測データはそれを含め、2つしか存在しないし、もう片方のデータもそれと同様に、厳重過ぎるほどの警備システムに守られているからな。USBメモリにも、規定のパソコン以外からの接続の場合、自動的にデータの消滅がされるようにプログラムされている。しかも、そのパソコンは、謙介の持つそれと、もう一つはアメリカ支部に置かれている2機のみ。確認したところ、ここ数年で、そのパソコンが持ち出された形跡はない。」

 ネルヴィの答えに、要はほっと胸をなでおろすも、謙介はむしろ状況の悪化を確信していた。

 「なら、ネルヴィ。歪みの正体を確認したい九鬼が次に出る行動とは何か、分かるか?」

 「……」

 謙介の真剣な表情で投げかけられたその質問の意図に、ネルヴィの顔からは次第に血の気が引いた。

 例えば、新種の生き物が発見されたとのニュースがあったとする。しかし、その生き物がなぜ新種か否か分かるのか、それは図鑑や、過去のデータから一致するものがないことを確認するから明白になることであり、その手段が断たれてしまえば、例え珍しい新種を見つけたとしても、それを確認することは出来なくなってしまう。

 つまり、今の九鬼もこれと同じ状況下にあり、歪みの正体を確実にするためには、今テーブルに置かれているノートパソコンと、それに繋がっているUSBメモリが必要なのだ。

 ネルヴィが顔面蒼白になったのは、それに気がついたのと、狙うなら厳重な警備が施されているところよりも、今、この瞬間、手薄な外に持ち出されているものを狙った方が確実ということに気がついたからである。

 ネルヴィがそんなことを思っていると、ドドンと大きな爆発音が聞こえ、そして、次の瞬間、地下バーの木製の扉が爆風に巻き込まれ木端微塵こっぱみじんに消し飛んだ。

 「「「!?」」」

 謙介はすぐさまパソコンからUSBメモリを引き抜くと、自分のズボンポケットにそれを突っ込んだ。

 「は~い、観賞タイムはそこまで~! 大人しくそのパソコンとデータを寄こしやがれや!!」

 爆発で壊されたバーの入り口から、一人の少女が入っていた。

 少女は身長150後半といったところで、胸を黄色い布地で巻いているだけで、ほぼ上裸といった状態の上に、黒のパーカーを肩からはおっているだけ、ズボンは下着と変わらないほどのショートパンツと大胆な格好だった。髪は金髪のロングでツインテールが爆風になびいていた。

 そんな少女の登場に無言を決め込む謙介たちに、少女はニッと口元を緩め、

 「聞こえなかったかよ!? それを寄こせって言ってんだろ、このクサレザコ共!」

 大声で罵声ばせいを浴びせた。

 「要、ネルヴィ、裏口から逃げろ。」

 少女から目を反らすことなく、謙介は自分の一歩後ろにいる二人にそっと言った。

 「ちょっと、何言ってるの!?」

 要は反論しようとしたが、その手をネルヴィに引っ張られ体勢を崩す。

 「お気をつけて。」

 ネルヴィは謙介の意図を知っているような様子で、テーブルの上のパソコンを持つと、何のためらいもなく謙介をその場に残し、地下から出られる裏口へと、要の腕を引っ張りながら向い、出て行った。

 「あらら~? いいのかなぁ、聖者アンタと言えども私にたった一人で戦うつもり? 笑えない冗談は嫌いなの!!」

 少女はこめかみに血管を浮かべながら、怒りを露わにするも、謙介は動じた様子もなく、滑らかに唇を動かす。

 「あまり見くびるなよ? 俺とて、貴様に手加減をするつもりはない。かといって女の子を傷つけて喜べるほど腐ってもいない。うまく避けてくれよ。」

 「……ぶっ殺す!! その後で、あんたのポケットにあるソレと、あのパソコンも奪い取ってやるわ!」

 怒りに逆上する少女が放った一言に、謙介は口元を緩めた。それが強がりなのか、本当に余裕があったのかは分からないが、

 「それを聞いて安心したよ。つまり、今ここにいるのはお前だけで、特に仲間もいないわけだろ? 九鬼がいたらどうしようかと思っていたが。」

 などと口走る。それに対して、少女ははんっ、と鼻で笑って、口を開く。

 「絶対強者あのひとがいなくても、私一人で十分なのよ!! いい加減理解しなさいよこのゲスキザ野郎!!」

 罵声を聞き流す謙介はふうっと息を吐き、そして、

 「具現せよ、我が聖剣!」

 謙介の首元にある贈与の石が紫の光を放ち、薄暗いバーを怪しく照らす。そして、瞬間、謙介の手には西洋風の剣が握られ、その刃には黄金の光も纏っていた。

 「なぁ~にそれ、玩具おもちゃ?」

 少女がケラケラと笑うのに対して、謙介は間髪いれずに剣を振るう。黄金の斬撃は美しいまでに光輝き、少女へと向かっていき、そして直撃――

 「な……に……」

 謙介は開いた口が塞がらなかった。

 つい今放ったはずの斬撃は、少女に当る直前で消えた。

 「きゃははははは!!! だから言ったじゃない! それって玩具って!」

 腹を抱えて笑う少女。彼女の手にはいつの間にかまるで氷のような、透き通る透明な短刀が握られていた。

 「……それで、消したのか……」

 謙介は鋭い目つきで握られた短刀を見ると、ふいにそんなことを口からこぼしていた。

 「正確には、二酸化炭素に変換した。コイツの名前は気体原核刀ソリッド・リターナー!! コイツの刃で切られた石の力は二酸化炭素に変換されっちまうってな寸法なんだよ!」

 少女は興奮気味に声に出して大笑いした。

 

 

 パソコンを持ちだしたネルヴィと要はいつもとなんら変わらない平穏なフランクフルトの街を駆けていた。

 「どうして謙介を置いて行くの!? あのUSBメモリが奪われたらまずいんでしょう!?」

 要は走る足を止めることなく、一歩先を走るネルヴィに訊ねた。すると、ネルヴィも走りながら、当然振りかえることもなく返答する。

 「大丈夫、あのUSBメモリにはもうデータはないから。」

 「? どういうこと?」

 要がさらに問いを続けると、ネルヴィは走って乱れた呼吸を少し整え、無論走り続けてだが、答える。

 「あのUSBメモリは、決められた手順を行わずにパソコンから抜くと、自動的に記憶されていたデータは消滅するようにプログラムされていたのです。謙介はそれを知っていて、あえて手順を踏まずにUSBメモリを抜いたんだ。そして、一瞬にしてパソコン側にデータを移し終えることまで出来る。もちろん、こちらにも仕掛けがあるんだけどね。実を言えばこのパソコンにはデータは無い。」

 「!!??」

 背中越しだが、要が驚いているのにネルヴィは気がついた。

 「一度移されたデータはもう片方のパソコンに転送され、自動的にこちら側の情報も消去されるって寸法です。」

 「ならどうしてパソコンまで持ち出したの?」

 「あそこでパソコンを持ちださなければ、あの襲撃者はどう思うと思いますか?」

 質問を質問で返され、要は少し考えたあと、はっと何かに気が付き、答えた。

 「パソコンの重要性が軽視されて、すぐに私たちを追ってデータの在りかを力づくでも吐かせる……」

 「ご名答。つまり、これはあの襲撃者をあの場に少しでも長く留めておくための演技なんだよ。」

 話を一旦終えても、要とネルヴィはフランクフルトの街を駆け続けた。


 

 「ぐはっ!」

 謙介はバーのカウンターに強く背中を打ちつけられ、その場に倒れ込んだ。

 何度か断絶を試みた謙介だったが、そんな暇を与えてくれるような相手でもなく、その度に短刀で攻撃されるのだった。

 「きゃはははは! なぁーにが聖者だよ!? こんな無様な聖者なんて誰も敬わねえよ!」

 少女は短刀で、木製のテーブルを真っ二つに切り裂き、謙介へと近づく。

 「……貴様のそれは、神器、なのか……」

 身体を打ち付け、よろよろと起き上がり、謙介は少女の手にある短刀を睨みつけた。

 だが、少女もまた、あん?と言って謙介を睨みつける。

 「神器だぁ~? 笑えない冗談は嫌いって言ったろ!! 悪魔を崇拝する私が神の力なんか借りるわけねえだろうがああああああ!!!」

 少女は怒り狂ったように気体原核刀ソリッド・リターナーを振りまわし、謙介に向っていく。謙介はそれに対応するように、黄金の斬撃を放つ。が、それはすぐに気体原核刀ソリッド・リターナーに打ち消され、その場に二酸化炭素が充満する。

 「はあああああ!」

 が、謙介はひるむことなく、直接、剣で応戦する。気体原核刀ソリッド・リターナーの刃の交わった瞬間、聖剣に纏っていた黄金の光は消滅し、金属と金属がぶつかり合うような甲高い音がバーに響き渡った。

 「きゃははは! 石の力を使えない気分はどうよおおお!?」

 少女は無理矢理、剣を押しのけ、2歩ほど後退する。

 「はあ、はあ……。……神器でないなら、それは何だ!?」

 謙介の問いに、少女は急に苛立ちを見せたような表情になり、

 「言ったでしょ、私は悪魔を崇拝する者、なら悪魔の力、とでも言うのが妥当なんじゃないかしらぁ?」

 「悪魔の崇拝者……、やはり『頂』か。」

 謙介の一言に、少女はまたもや腹を抱えて笑う。

 『頂』、《絶対強者》の名を持つ九鬼を崇拝する非公式討伐者グループ。その実態、明確な目的は謎に包まれている。

 「九鬼の命令か……?」

 「きゃははは! ふざけんなよてめえ!! 何呼び捨てで呼んでんだよ!! それにこれは私の独断、絶対強者あのひとのためならこんなことくらい無償でやるのが『頂』なんだよお!!」

 「……哀れだな、」

 謙介のその一言に、少女は完全にキレ、

 「死ねえええええええええええええええええええええええ!」

 残像が残るほどの速さで、気体原核刀ソリッド・リターナーを振りまわす。謙介はそれを聖剣で防ごうとするも、そのあまりに速い攻撃速度に追いつけず、数回の攻撃をその身に受けてしまい、その度に切り口からピュッと血が飛び出る。

 (コイツ……強い!! このままだといつまでも持ちそうにないな……)

 謙介は自分の危険を察知すると、バッと飛び退いて、そのままバーの床に向って剣を振るった。

 床は抉れ、その場に煙幕の役割を果たすように爆煙が立ち込める。

 「きゃははは!! なんだぁその弱腰な戦い方はよお!!!」

 爆煙の中に、少女は突っ込み気体原核刀ソリッド・リターナーを振りまわすも、全て空振りに終わり、バーに立ちこめる煙が晴れると、そこには謙介の姿はなく、ボロボロから無残という表現が当てはまるバーに少女が残されているだけだった。

 「……ちっ!! 逃がした!」

 少女は舌打ちし、苛立ちから、むやみにバーのカウンターを破壊した。


 先に逃げた要とネルヴィはバーから1キロほど離れたところにある石の階段の一段に腰掛けていた。

 「やっぱり、謙介が心配!」

 貧乏ゆすりをしていた要がばっと立ち上がり、走ってきた方向に歩き出そうとするのを、ネルヴィが腕を掴んで止めた。

 「謙介なら大丈夫。心配しすぎだよ。」

 「でも! さっきの敵はとんでもない感じがしたし、謙介死にかけてるかも――」

 「人を勝手に瀕死にするなよ。」

 「!!??」

 突如、背後から聞こえる声に要は振り返ると、そこには要とネルヴィが走ってきた方にボロボロの姿で立っていた謙介がいた。

 「お帰りなさい。」

 ネルヴィはにっこり笑って、手を差し出す。それに謙介は応じて、握手した。

 「囮になったおかげで奴が『頂』という情報と、危うい武器を持っているということは分かった。」

 謙介の事後報告に、要とネルヴィは驚きを隠せずにいた。

 「ついに動き出すのね。」

 要のその一言が、謙介とネルヴィ、そして要自身にこれから起こる大惨事を脳裏に想像させた。

 それでも、空に広がる青空に浮かぶ純白の雲は変わらずに風に流されていた。


「約束の蒼紅石」第10話いかがでしたでしょうか? 話のほうもだんだんと進展していき、思わせぶりなセリフも増えてきたと思います(笑) 今回は思いのほかバトルシーンが少なくなってしまったんですけど、それでも、会話だけでキャラの特徴などなどが伝わってくれてたらいいなーというのが作者の願望です!

これからもっと白熱した展開にしていきたいと思いますので、これからもこの作品をどうぞよろしくお願いします! 

では、また第11話でお会いしましょう!

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