再開、そして終幕
お初にお目にかかります夢宝と申します。
今回初めて小説を連載させていただくことになりました。とはいえまだまだ不慣れなもので乱文になってしまう部分もあると思いますがどうか温かく見守っていただけると嬉しいです。
作者は現在高校生なので学業との両立を目標に連載させていただきます。ですので連載の更新は不定期となってしまう恐れがありますがどうかご了承ください。
しかし!私の作品を読んでいただいている読者のためにもできる限り早めの更新をさせていけるように努めてまいりたい所存でございます!
一人でも多くの方に読んでいただければ幸いです。
また感想などを書いていただけるとありがたいです。
長々と駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
それでは本編のほうもお楽しみください!!
―プロローグ―
大地は自分たちの身長の二倍はあるであろう高さの業火に蝕まれていた。円状に燃え盛る炎は大地に生える新芽すらも炭のように漆黒に染め上げていた。そんな炎の中心には二人の子供の男女、そして黒く膝までかかるくらい長い上着に身を包んだ細身で長身の男が対峙していた。
「卓、今は戦うことより逃げることを考えよう。」
少女は隣の少年の手をぎゅっと握りしめる。少女の表情はきりっと長身の男を睨みつけているが、少年の手を握った手からは震えと冷たさが伝わっていた。業火で紅く光った少女の表情はきっと少年を不安にさせないようにするための強がりなのだろう。
「ねえ、どうしよう・・・」
少年はそんな少女の想いを知る由もなく自分の抱えた不安を言葉にすることで精一杯だった。しかし少女はそんな少年を責め立てたりはしなかった。いや出来なかったのだ。何せこの少年と少女はまだ一二歳の小学六年生だからだ。
世間の小学生はまだ休み時間に校庭でドッヂボールや鬼ごっこなんかで遊ぶ年頃。そんな年頃の子どもが業火に包まれていたら不安にならないわけがない。
それでも少女は不安をぽつりとも洩らさなかった。でも少年を握る手の震えだけは収まることを知らなかった。
そんな必死な姿の小学生に長身の男は無常にも刃を突き付けている。男の手には杖が握られていて、杖の先端部分は鋭利な刃物が姿を現わしている。
「君たちのような存在は私たちの計画に不要、いやむしろマイナスにすらなりかねないのですよ。」
男は傷だらけの少年少女に一歩ずつゆっくりと歩み寄る。しかし刃物の矛先を二人から決して逸らすことなく。
大地を燃やしつくす業火は二人の体力と気力も奪いまるで二人の窮地を嘲笑うかのように激しく音を立てている。そんな中でも男のゆっくりとでも確実に近づいてくる足音だけは二人の耳に飛び込んでくる。
「人間の子供を殺めることに罪悪感が無いわけではないのですよ? しかし私としてもあなたたちはここで大人しく殺されたほうが楽だと思うわけです。」
男は歩みつつ杖の先の刃物に指をなぞらせる。刃物は業火に反射してまるで血を帯びたかのように妖しく光る。
「卓、今から卓をこの炎の外に逃がしてあげるから。」
少女は男から目を逸らすことなく強く握りしめた少年の手をゆっくりと離した。
「えっ?でも真理ちゃんが・・・」
少年は少女の行動に動揺し今にも泣き出しそうな声になった。
「私なら大丈夫よ。卓も知ってるでしょ?私男の子にも喧嘩で負けたこと無いんだから。」
少女は少年に向かってニッと笑いかける。それでも少年の不安げな表情は変わらない。そんな少年を見て少女はふっと優しく微笑み少年の手を引っ張り一つの蒼い石を握らせた。
「これは・・・?」
少年は握らされた石を業火の光に照らした。
「お守りよ。きっと卓を守ってくれるから。」
少女は笑顔だった。でも少年にはとても寂しそうな顔にも見えた。自然と少年も泣き出しそうになる。
「ほら、そんな顔しないの! 男の子でしょ?」
少女は少年の頭をポンポンと軽く叩く。
「じゃあ、行くわよ。」
少女はそう言うと、すうっと深く深呼吸。
「具現せよ! 我が剣!」
少女がそう叫ぶと少女の手に一本の日本刀がすうっと現れた。少女の小さな体とはアンバランスでその長く鋭い刃は男の刃物同様紅く妖しく光り輝いていた。
「ほお、その年でそこまで石の力を使いこなせるとは大したものです。やはりあなたたちは危険すぎますね。」
男はにやりと笑うと少女に向かって杖を振り上げる。
「卓!」
少女は少年に向き直り鞘に収めたままの日本刀で少年を業火より高く打ち上げた。
「ぐほっ!」
少年はあまりに急なことで事態を把握できずに炎の外に放り出された。そして地面に叩きつけられた瞬間に理解した。少女の身の危険性を理解したのだ。
「真理ちゃん! 真理ちゃんも早くっ!」
少年は打ちつけられた腹部を抑えながら、それでも業火の音に負けないくらいに声を張り上げた。
「駄目よ。卓は早くここから離れて。」
少女の声は小さかった。それでも少年の耳にはしっかりと届いた。そして気がついたのだ。少女の声は涙声だったということに。
「美しい友情ですね。感服いたしましたよ。」
男は涙を堪えるのに必死な少女の目先に刃を突き付ける。
「卓、一つだけ約束してくれる・・・?」
少女は男をちらりとも見ることもせずか細い声で続ける。
「な、何・・・?」
少年の声も涙交じりとなった。ぽたぽたと地面に涙が落ちても業火によってすぐにそれは乾いてしまう。それでも少年の瞳から涙が絶えることはなかった。
「もっと強くなって。」
少女が口にした言葉はそれだけだった。そのあとに続く言葉はいくら待っても無かった。だから少年は返事をした。たった一言。
「うん。」
その返事はあまりに短く、そして涙で言葉になっていたかも分からない。まして少女に聞こえたかも分からなかった。それでも少年は炎の向こう側で少女が涙しながら微笑んでくれただろうと思うことができた。
次の瞬間。少女の返事の代わりに業火はさらに激しく燃え上がり、さっき自分がいた炎の内側を燃やし尽くした。炎は次第に青白く光り、そして中心に向かって小さくなっていった。
少年はその様子をただ涙しながら見ることしかできなかった。青白い炎が大地を燃やし尽くす姿は皮肉にも美しかった。そしてその美しい炎の塊は一瞬で凝縮され気がついた時には大爆発を起こしていた。
少年は爆風に飛ばされ近くにあった岩に体を打ちつけた。
「真理・・・ちゃん・・・」
朦朧とする意識の中虚しく天に舞い上がる爆煙を最後に少年は意識を失った。
少年が意識を取り戻したのはそれから三日後のことだった。しかし病室には少年しかおらず、結局少女も、長身の男も行方不明のままだった。
これが今から五年前の二〇〇七年ドイツで起きた出来事だ。
―第一章 再会、そして終幕―
二〇一二年、ドイツで起きた事件から五年が経っていた。少女に命を救われた少年はすくすくと成長し、今は高校一年生となり、私立高校に通っている。少年の名前は城根卓。五年前まではドイツに暮らしていたが、今は日本に帰国して鳴咲市に住んでいる。とはいえ母は三年前に病気で他界して、刑事である父はほとんど家に帰らず、たった一人の兄弟である兄は二年前から家出してそれっきりである。
卓の朝は自身の朝食作りから始まる。当然洗顔や歯磨きの後のことだが。
実質一人暮らしのような卓にとってはこれは当たり前の日常で今となっては苦にすらならない。そして朝食を済ませた後で最後に戸締りを確認してから学校に登校する。
「いってきます。」
卓は玄関に立てかけてある母の写真にあいさつをしてからいつも出かけるのだ。これは父の教えであり、卓自身もやらねばならないことだと自負していた。
卓は通っている高校の制服に身を包み玄関を出た。
「おはよう。たっくん。」
卓の玄関先には一人の少女が立っていた。少女の名前は赤桐蓮華。卓とは中学からの付き合いで隣に住んでいる。高校も一緒で実質一人暮らしをしている卓によく差し入れを持っていったり、いろいろ世話をしてくれる。
「今日もわざわざありがとな蓮華。」
「そんなわざわざってほどでもないよ? すぐ隣に住んでるんだし。」
蓮華はにこりと優しい笑顔を見せる。蓮華は明るい茶髪のロングヘアーに純白で透き通るような綺麗な肌を制服から晒していて卓も少なからずそれに見とれていた。
「どうしたの?」
そんな卓の様子を見て蓮華は卓の顔を覗き込んだ。すると卓はすかさず顔を蓮華から逸らす。
「なっなんでもない! ほらさっさと学校行かないと遅刻するぞ。」
「はーい。」
すたすたと速足で歩き始める卓に蓮華も嬉しそうについていく。こんなありふれた日常に卓は満足していた。五年前の出来事がまるで嘘のような日常だったからだ。
「そういえばたっくんいつも竹刀持ち歩いているよね? どうして?」
蓮華のこと質問は卓が五年前の出来事に束縛されていることを実感させるのに十分だった。
「まあなんだ、護身用だ。」
もちろん護身用ではない。いや、少なからず護身の役割を果たしてはいるのかもしれない。だがそれは剣道部でもない卓が竹刀を持ち歩く理由にはなりかねない。卓が竹刀を持ち歩く理由、それは五年前の約束のほかないのだ。一人の少女とのたった一つの約束。
「強くなれ・・・」
卓はぼそりと呟く。それでも自分に戒めるように強くはっきりと。
「何か言った?」
隣を歩く蓮華は首を傾げた。
「いや、なんでもないよ。」
卓は蓮華の頭をポンと叩くと、蓮華の歩幅に合わせて歩き始めた。二人はそれから五分ほどまともな会話もなく通学路を淡々と歩き続けた。
季節は初夏、六月の中ほどだ。それでも春の暖かさは消え蒸し暑さが通学路を包んでいた。歩いているだけでも少量の汗が体を覆い尽くす。
「ねえたっくんは明日の土曜日暇かな?」
突拍子もなく蓮華は歩きながら尋ねた。
「まあとくに用もないけど。俺帰宅部だし。」
「じゃあさ明日一緒にショッピングモールに行かない?」
蓮華は今までにないくらいに弾んだ声になった。期待を込めた眼差しで卓を見つめる。
「お、おう。いいぞ。」
少し呆気に取られた卓は即答だった。でも卓としても悪い気はしない。それというのも蓮華は卓の通う聖徳高校の中でもトップレベルの美少女でそんな女の子にショッピングに誘われて嫌な気分になる年頃の男子なんてそうそういないであろうからだ。
「新しいお洋服買いたかったんだ!」
蓮華は浮かれ気味に足取り軽く通学路を進む。次第に卓や蓮華と同じ制服に身を包んだ学生がちらほらと現れた。卓たちの住む住宅地にはあまり聖徳高校の学生はいないが、少し歩けば聖徳高校の学生が多い住宅地がある。そこにはマンションやアパートもあるから学生の一人暮らしも少なくない。
「蓮華ちゃーん!!」
卓と蓮華の後方からものすごい勢いで走ってくる男子生徒が一名。
「蓮華、ちょっと下がってろ。」
卓は手で蓮華を自分の後ろに下げさせるとすかさず背中の布地から竹刀を取り出す。そして猪突猛進してくる男子生徒の顔面に直撃する。
「いってえええええええ!」
男子生徒は自分の顔を両手で押さえながら地面をのたうち回る。
「汚い体で蓮華に近づくんじゃねえよ。陽介。」
卓ははあっと溜息をついて竹刀をしまう。
この男子生徒の名は伊勢陽介。卓と蓮華とは中学からの付き合いで卓とは四年連続で同じクラス。
「冷たいじゃねえかよ! 少しくらい俺だって蓮華ちゃんといちゃいちゃしたっていいじゃないか!」
地面に這いつくばる陽介の姿はそれはもうみっともなかった。
「お前みたいなやつに安心して蓮華を近づけさせられるか!」
そんなやりとりを蓮華は困ったような表情で見届ける。
「そうやってお前はいつも蓮華ちゃんを一人占めにするんだ!」
陽介は駄々っ子のように地面に寝そべったままだ。
「へいへい。とりあえず俺達は先に行くぞ、蓮華。」
卓はため息をついて困り顔の蓮華を引っ張って通学路を再び進む。
「逃がすか!」
つい先刻まで地面に這いつくばっていた男は急に跳びあがり卓の背後から跳びかかろうとするが、ドスッという鈍い音を立てて再び地面に這いつくばる姿勢になった。
倒れた陽介の後ろには空手の上段の構えを取った少女がいた。この少女の一撃が陽介の頭部に直撃したのだ。
「春奈! おはよう!」
その少女の姿を確認するや否や蓮華はパタパタと少女のほうに駈け出した。
「おはよ蓮華、それに城根も。」
「おう、おはようさん。」
この少女の名前は風下春奈。陽介同様、卓と蓮華とは中学のときからの付き合いだ。しかも蓮華とは中学一年のときから今日までずっと同じクラス。蓮華の親友だ。
中学のときはショートヘアだった春奈は今はセミロングといった感じだ。後ろには小さめのポニーテールをゆさゆさと揺らしている。聖徳高校の空手部で一年生ながらに実力が買われレギュラーを務めている。
「蓮華、大丈夫だった? どっかの汚らしい変態に触れられてない?」
春奈は本気で心配したように蓮華の頭を撫でる。
「あはは、大丈夫だよ。」
蓮華も嬉しそうに撫でられている。まるで姉妹のような光景に卓は少し見とれていた。
「だ、れ、が、変態じゃあああああ」
完全にノックアウトしていたはずの陽介は三度起き上がり蓮華と春奈に飛びつく。
「お前に決まっているだろ!」
するとすかさず陽介の顔面に春奈の回し蹴りが直撃。陽介はコンクリートの塀に強打した。
「はあ、汚物を蹴っちゃった。」
春奈はスカートのポケットからハンカチを取り出し、自分の脚を軽く拭いた。
「相変わらず風下は陽介を嫌ってるんだな。」
卓の知る限り、中学の初めの方からこんな関係が続いていると思われた。
「あったり前でしょ! こんなド変態気持ち悪いたっらありゃしない!」
春奈はふんっと鼻を鳴らし蓮華の手を引っ張る。
「ほら私たちも早く行かないと遅刻よ?」
「おっとそうだったな。」
塀にぶつかって気絶している陽介を除き3人はすたすたと学校に向った。
陽介が眼を覚ましたのは授業の始まる予鈴が町に鳴り響いた時だった。学校に着いてからも教師に説教されたり、昼食のパンを購買で買いあさったりと常に騒ぎの中心だった。
そんな風に慌ただしい一日が過ぎ、放課後のチャイムが校舎内に鳴り響く。
教室には既にほとんどの生徒がおらず、残りの生徒も教科書をカバンに詰めて次々と教室から出て行く。
「俺達もそろそろ帰るか?」
他の生徒と同様、教科書をカバンに詰め終わった卓は後ろの席の蓮華に声をかけた。
「うん。春奈は今日も部活だって言ってたし。」
春奈とは途中まで帰り道が一緒なので部活の無い日は大体3人で帰る。ちなみに陽介も春奈と同じ団地に住んでいるので、必然的に帰り道が途中まで一緒ということになるが、春奈が頑なに一緒に下校することを拒んでいるためいつも別行動だ。
「卓は今日はまっすぐ帰るの?」
「どうしようかな。一応スーパーを覗くだけ行ってみるかな。」
卓と蓮華は帰宅部のためいつも一緒に帰る。帰宅部だからと言って暇というわけでもない。というのも卓は実質一人暮らしのようなものだから、帰りにスーパーなんかに寄って食料を買いだしたり、家に帰ってからも家事全般をこなさなければならいといろいろ忙しいのだ。
「じゃあ私も付き合うね。」
「別に無理しなくてもいいんだぞ?」
「いいのいいの。私、たっくんと一緒にお買いもの行きたいし!」
蓮華は楽しげに足取り軽く正門を出る。
「買い物なら明日一緒にショッピングモールに行くだろ。」
「それはそれだよ~」
蓮華は人差し指をぴっと立ててにこりとほほ笑む。蓮華の笑顔は優しくてどこか柔らかい雰囲気に包まれる。
「まあ蓮華が来てくれるならいろいろ助かるしな。」
「そうだよ!」
蓮華も得意げに胸を張る。
「あまり調子に乗らない。」
卓は蓮華の額を軽く小突くと蓮華はそこをさすりながらえへへとはにかむ。
卓はこんななんでもないような日常を堪能していた。けれどいつまでもこんな日常が続くわけではないということは知っていたし覚悟していた。その現れがいつも持ち歩く竹刀
だ。
それから卓と蓮華は帰り道にあるスーパーに寄って食材を買いだした。基本的に自炊する卓だがたまに面倒に思うこともあるので、カップ麺なんかも買っておく。
スーパーのレジ袋を片手に卓と蓮華の住む家のある住宅地に入った。
「ねえ、たっくん。」
「なんだ?」
蓮華は住宅地を歩きながらぽつりと呟いた。
「いつもベルトにくくりつけているその石って何?」
蓮華は卓のベルトにチェーンでくくりつけられている蒼い石を指差した。
「ああ、これはお守りみたいなものだな。」
卓は歩みを止めることなく淡々と答える。
「お守り?」
「うん、まあ昔、友達からもらったもんだよ。」
「へえ。」
蓮華はそれ以上何も聞かなかった。中学からの付き合いとは言え、四年間もずっと一緒にいる中だ。卓が何を考えているのかはなんとなく理解できた。だからこそこれ以上何か聞くことは気が引けた。
そうこうしているうちに卓と蓮華は自分の家の玄関先に着いた。卓と蓮華の家は本当にお隣さんで、卓の部屋のベランダと蓮華の部屋のベランダは向いあっていて距離は二メートルもない。
「じゃあ蓮華、また明日な。」
「うん! 明日楽しみにしてるね。寝坊しちゃダメだよ?」
蓮華はにこりと笑って家に入って行った。卓もそれに続いて自分の家に帰った。
「ただいま。」
玄関先に飾ってある卓の母親の写真に挨拶をすますとレジ袋を台所に運んだ。冷蔵物を冷蔵庫に入れてダイニングに行くと、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。
―卓へ
また新しい仕事がはいってしまってね、次に家に帰れるのはいつか分からなくなって
しまった。生活費は卓の口座に振り込んでおくからそれでやりくりしておいてくれ。
父より―
「父さん一旦帰ってきたんだ。」
卓は書置きを丸めてゴミ箱に投げ入れた。
父が刑事である以上このようなことは珍しくない。父が家に戻ってくるときは大抵卓は学校だし、帰ってきたときにはすでに父がいない。これが普通なのだ。
「昔はもうちょっとみんな一緒だったんだけどな。」
卓はダイニングテーブルの端の方に立て掛けてある写真立てを見た。
その中の写真にはまだ小学生だったころの卓と中学生の兄、そして優しくて美人だった母とその母にゾッコンだった若い父がいた。みんななんとも楽しげな笑顔を見せていた。
「母さん・・・」
卓はいつもその写真を見ると、大好きだった母を思い出して寂しくなる。けれどその写真をしまうことは出来ないでいた。その写真をしまうと大好きだった母を忘れてしまいそうになるから。
卓は写真立てを静かに倒すとキッチンでさっき買ってきたカップ麺を作った。
カップ麺を作る3分間、誰もいない一軒家にはリビングにある大きめの壁時計が秒針を刻む音だけが、静かにでもはっきりと鳴り響いた。
カップ麺の出来あがるまでの3分間は長いとよく言われるが、卓にとってこの時間は永遠のように感じられた。
時刻は8時30分。ちょっと遅めの夕食だ。
同時刻。鳴咲市の北西にある廃工場。初夏といえども既に空は闇一色。しかし、廃工場の上空にうっすらと青白い光が反射している。光源は廃工場にあった。
「やっぱりこの鳴咲市に集中して出現するわね。」
廃工場に差し込む月明かりに照らされた少女が青白い光の塊と向き合っている。
少女の手には月明かりに反射して輝く日本刀が握られていた。
「早く卓を見つけ出さないと。」
少女はそう呟いて日本刀を青白い光に向けた。
光の塊は人の形を象っていてゆらゆらと揺れいてる。目や鼻といったものは存在せずのっぺらぼうな状態だが、顔の部分に赤いラインの模様が刻まれている。
「来なさいよ!」
少女は日本刀を握る手に力を込めた。
人型の光はゆらゆらと左右に揺れながら少女に飛びかかった。そして光の腕をぐんっと少女目がけて伸ばした。
「はあっ!」
少女は勢いよく空中にジャンプしてその一撃をかわす。一瞬前まで少女が立っていた地面には光の腕がめり込んでいた。
「はあああああ!」
少女は飛び上がったまま日本刀の先端を地面の人型の光に向けて飛び込んだ。
人型の光は身をよじりするりとかわす。
日本刀は勢い余って地面に突き刺さった。
「ちょこまかと!」
少女は着地してすぐに日本刀を地面から抜き地面を勢いよく蹴って再び光に突撃する。
少女は大振りで日本刀を振り回すも光はそれをひょいひょいと軽々と避けて見せる。廃工場には刃が空を切り裂く音が響き渡る。
「すばしっこいわね。」
少女は一旦動きを止め、すうっと深呼吸をした。
「契約の紅、我の刃となって具現せよ!」
少女が叫ぶと、その声は廃工場の中をこだまする。それと同時に少女の腰にぶら下がっいる紅の石が妖しく光り出した。
深紅の光は石から少女の手にある日本刀の刃へと移る。そして深紅の光を纏った刀を再び構えなおす。
人型の光も右腕を鋭い刃のように尖らせて距離を取る。
「そんな程度で私の攻撃に対応出来ると思っているの? 残念な思考回路ね。」
少女は余裕の笑みを見せると、すたんと地面を蹴りあげる。そして一瞬で人型の光の懐まで潜り込んだ。
光は一瞬遅れて後ろに跳び退くが、その時にはすでに深紅の刃は光を貫いていた。
「反応が遅すぎるわよ。」
少女は腹部に突き刺した刃をそのまま頭部まで引き上げた。
真っ二つに斬られた光はごおっと激しく燃え上がり一瞬で消滅した。
「これで二七体目。」
少女の日本刀に纏っていた深紅の光も消え始め腰にある石の輝きもいつの間にか消えていた。
廃工場の中には何事もなかったように月夜の光が優しく包み込んでいた。
翌日。天気は快晴。澄み渡るような青と純白の雲が休日の空を彩っていた。
そんな青空の下、卓と蓮華はバスに揺られて住宅地から北にある大型のショッピングモールに向っていた。
「それにしてもよく晴れたな。」
卓はバスの車窓から空を見上げて言った。
「ね~! やっぱりこういう日にお出かけってテンション上がっちゃうよね!」
隣に座っていた蓮華もどこか浮足立っていた。
「それにしてもたっくんとお買いものなんて久しぶりじゃない?」
「昨日一緒にスーパー行ったような。」
「そういうお買いものじゃなくて!」
蓮華はプクーっと頬を膨らませた。
「冗談だよ。そう拗ねるなって。」
卓は蓮華の膨らんだ頬をつんつんとつついた。
「くすぐったいよ~」
すぐに蓮華は膨らませた頬を崩し卓の手を掴んで離した。
「ホント頬触られるの弱いな。」
卓は面白くなってまたつつこうとしたが蓮華が若干潤んだ瞳になったので手を引いた。
「もお。意地悪・・・」
「悪い、悪い。あとでパフェおごってやるから機嫌直せ?」
「ホント!?」
蓮華の顔はぱあっと明るくなった。
蓮華はやはり女の子らしく甘いものに目が無い。とくにこの鳴咲市のショッピングモールにあるパフェ専門店のイチゴパフェは蓮華の大好物だ。
鳴咲市のショッピングモールは大型で、大抵の店はここにある。中には普段見ることのないようなマニアックな店まであったりする。
卓と蓮華の住宅地からはバスが通っていて、約十五分で到着する。
「あれ? そういえば今日は竹刀持ってきてないんだね。」
隣に座っている卓が小さめのリュックしか持っていないことに気付いた蓮華がひょいっと顔を覗かせた。
「まあな。さすがに買い物に行くときまで竹刀持ってきたら蓮華が恥ずかしいだろ?」
「わあ、優しいんだね! でもそんな気を遣わなくても大丈夫だよ! 私それくらいじゃたっくんのこと恥ずかしいなんて思わないから。」
蓮華は無垢な笑顔を見せた。それを見た卓はすぐさま外の景色に目を反らした。
「あ~照れちゃった?」
それを見た蓮華が茶化すように卓の背中をつつく。
「照れてねーよ。」
そう言いつつも卓は目線を反らすことはしなかった。
そんなこんなしているうちにバスはショッピングモール前のバス停に停車した。
「さすがに土曜日だと混んでるな~」
バス停から見えるだけでも、ショッピングモールの大きな入り口付近に大勢の人がいた。
「ここはいつも賑やかだよね~」
「まあ俺達の町の数少ない遊び場だからな。」
「だね!」
卓と蓮華も大勢の人ごみの中に紛れてショッピングモールの中に入った。
このショッピングモールは5階建てで店は4階まで入っている。5階は立体駐車場となっている。
「蓮華の行きたい店は何階にあるんだ?」
「2階だよ。2階には結構たくさんの服屋さんがあるんだよ!」
蓮華は目を輝かせて2階へと続くエスカレーターに乗った。一応このショッピングモールにはエレベーターもあるが、そちらは大体お年寄りやベビーカーを必要とする子供がいる家族が利用していて混雑している。
「でもなんで服なんだ? 蓮華は服なら結構持ってるだろ。」
卓はエスカレーターの手すりに寄りかかりながら一段下の蓮華を見た。
「たっくんはもっとデリカシーを持つ必要があります!」
蓮華は顔を赤らめてプイッとそっぽを向いた。
「俺なんか悪いこと言ったか?」
卓は少し焦り気味だった。
「知らない!」
蓮華はそっぽを向いたままだ。でも横顔の口元は少し緩んでいた。
エスカレーターが卓たちを2階まで運ぶと、蓮華は卓を手招きしながら先頭を歩き始めた。
「今日は特別に夏物のお洋服が安くなってるんだよ!」
蓮華の機嫌もいつの間にか直ったようで、足取り軽く進んでいく。
「そんなのよくチェックしてるな。」
「当然! 女の子は普通だよ。」
蓮華は振り返って得意げな表情を見せた。
「蓮華って時々強気な態度になるなよな。普段は恥ずかしがり屋なくせに。」
卓は笑いながら蓮華の頭をポンポンと叩く。
「そんなことないよ~。」
蓮華は卓に叩かれるまま口だけで抵抗する。
「まあそういうことにしておくか。」
卓は満足げな表情で蓮華の先を歩く。
「あう。私が先に歩くんだから!」
蓮華は頭をさすりながら早足で卓の前に出た。
そんな調子で、二人は目当ての店の前に着いた。
ここのショッピングモールは通路の真ん中が吹き抜けになっていて、反対側の店に行くには少し距離がある。だが、それでも反対側の店の蛍光色の輝きはこちら側からでもよく見える。そしてこちら側の蛍光色も向こう側からよく見えるのだ。
「蓮華・・・」
「なあに?」
卓は店の前に立ちつくしていた。店に一歩踏み入れた蓮華が立ちつくす卓をきょとんとして見ている。
「俺はここに入ってはいけないのでは?」
「どうして?」
卓の目の前には輝かしい蛍光色のピンクが広がっていた。それは店の内装だけではなく女性ものの無数の下着が発する輝きだ。
「いや、どう考えても駄目だろ。」
「駄目じゃないよ!」
「いや。駄目だ。」
蓮華は卓のところまで戻ってきて卓の手を強引に引っ張る。
「たっくんも一緒に来ないと意味が無いの~。」
蓮華は力いっぱい卓の腕を引っ張りが、地面に張り付いた卓の足が動くことはなかった。
「ここで待っててやるから。それでいいだろ。」
「駄目! 中で一緒にお洋服選んでほしいんだから!」
蓮華も負けじと引っ張り続ける。その様子をほかの客が野次馬根性を働かせて見ていた。
「恥ずかしいから蓮華離せ!」
それに気がついた卓は少し焦り始めた。
「じゃあ一緒に来て。」
蓮華は潤んだ瞳で卓を見つめる。
「分かった。分かった。行くから離してくれ。」
「本当!?」
蓮華の表情はぱあっと明るくなった。それと同時に野次馬達はそれぞれの目的の店に散らばって行った。
「はあ・・・」
卓は大きなため息をついてから蓮華に引きづられるように店の奥へと踏み込んだ。
「わあ~」
蓮華はたくさんの輝かしい衣類の前で目を輝かせていた。そのとなりで卓は周りの目を気にして明らかに挙動不審になっている。
「なあ、蓮華。まだ終わらないのか?」
「こんなにたくさんあるんだよ? すぐに選べないよ~」
蓮華はハンガーにかけてある洋服を次々と手にとって見比べる。
「そうか・・・」
卓も楽しげな蓮華の様子を見ていると出ようなどと言えるはずもなかった。
「たっくん、私ちょっと試着してくるから試着室の前でちょっと待ってて。」
蓮華はそう言って、両手に服を抱えて試着部屋に入った。
「マジかよ・・・」
取り残された卓はとてつもない孤独感に襲われた。
卓は蓮華の後を追うように試着室部屋の前に向おうとした瞬間背中に何かがドンっと当った。
「あっ! ごめんなさい!」
卓が振り返る前にそんな言葉が聞こえた。卓も急いで振り返ると少しあたふたしている女性がいた。
身長は160前後といったところで細身の体に綺麗な黒い長髪の女性だった。
鼻の部分が少し赤くなっているところを見ると顔面から卓の背中にぶつかったらしい。
「あ、いえ。こちらこそぼうっとしていて。」
卓も申し訳なさそうに女性に頭を下げた。
「そんな! 悪いのは私の方なので……」
女性は深く頭を下げた。
「じゃ、じゃあお互い様ということで。」
少し困った様子の卓はそれで試着室の方へと向かおうと女性に背を向けた。
「早く逃げたほうがいいですよ。」
「えっ?」
突然さっきまで弱腰だった女性の声がはっきりしたものに変わって卓はすぐに振り返った。だがそこにはすでに女性の姿はなかった。
「……何だ……」
卓は自分が鳥肌が立っているのに気がついた。
女の言葉が気になったがとりあえず試着室に向った。
すでに試着室前には着替えを済ませた蓮華が立っていた。
「遅いよたっくん!」
「悪い、ちょっと慣れてないもんだから。」
卓は蓮華の頭の上にポンと手を乗せる。
「どう……かな?」
蓮華は少し照れくさそうに試着した姿を卓に見せた。
蓮華は淡いピンク色のワンピースに純白のチョーカーといったシンプルな服装だったが、夏の清純な雰囲気が漂っていた。
「すげー可愛いと思うぞ。」
卓はにこりと笑って蓮華の頭を撫でる。蓮華も嬉しそうに満面の笑みで撫でられる。
「じゃあこのワンピース買っちゃお! 着替えてくるから待ってて。」
蓮華は鼻歌混じりに試着室に戻った。
「なんか店の外が少し騒がしいような。」
卓は試着室の前から店の外を眺めた。
もともと人は多いのだがそんな賑わいとは別の騒がしさが店の外にはあった。
「たっくん? どうしたの?」
着替えを済ませた蓮華が外を見つめる卓の顔を覗きこんだ。
「あ、いやなんでもないよ。じゃあレジに行こうか。」
「うん!」
蓮華は優しくワンピースを抱きしめ足取り軽くレジに向った。
「9980円です。」
「はい!」
レジ打ちのバイトがさりげなく言った金額をすかさず差し出す蓮華を卓は感心したように見ていた。
「よくそんな大金出せるな。俺なんて安物の服ばかりなのに。」
「女の子のお洋服は高いんだよ? それに滅多に買わないしね。」
蓮華はにこりと笑った。
「まあ確かに蓮華にはすごい似合ってたしな。」
「ありがと。」
蓮華は顔を赤くしながら梱包されたワンピースを受け取った。
「さて、次はどこに行く?」
「う~ん、どこにしよっかな?」
卓と蓮華がそろって店を出ようとした瞬間、店の向い側で爆発が起きた。
「蓮華!」
卓は瞬時に蓮華を爆風と飛んでくる破片から守るため蓮華に覆いかぶさった。
「きゃああああああ」
ショッピングモール中に悲鳴が飛び交った。
「何だ!?」
爆風が収まって卓は爆発した反対側の店のほうを見た。
そこにはゆらゆらと揺れる人型の青白い光が爆煙の中で光っていた。
「何だ……あれ」
卓はその青白い光に見入った。すると人型の光は青い炎の球をこちら側に飛ばしてきた。
「蓮華避けろ!」
卓は蓮華を力一杯押して炎の球から守った。
「え? な、何?」
蓮華は状況を読みこめずにいて完全に混乱していた。
今までいた洋服店も今の一撃で炎上して、中にいた店員や客もみんな一目散に逃げ出していた。
「俺達も逃げるぞ!」
卓は蓮華の片腕を掴んで立たせると全速力で走りだした。
「たっくん! なにが起きてるの!?」
蓮華は片腕にワンピースの入った袋を抱きかかえて、もう片方の腕はがっちりと卓に掴まれていた。
「分からない! でもこのままここにいるのは危険だ!」
卓にも今起きている現状は全く分からなかったが、やるべきことは分かっていた。
蓮華の腕を離すことなく真っ先にエスカレーターに向った。
「蓮華、先に行け!」
エスカレーターは非難する人でごった返していた。小さい子供は押しつぶされて泣き出したりしている。
「たっくんは!?」
蓮華はエスカレーターの段に乗るとまだエスカレーターに乗っていない卓を見上げた。
「空いたらすぐに行く!」
卓はそう言って今走ってきた道を見た。するとさっきの人型の光がゆらゆらと左右に揺れながらこちらに向ってきていた。
「何なんだあいつは!」
卓は今だに人混みでごった返しているエスカレーターを見て焦った。
蓮華の姿はもう見えなくなっていた。
人型の光はまたしても炎の球をこちらに目がけて飛ばしてきた。
「やばい!」
卓はエスカレーターとは反対側に跳び退いた。
「きゃあああああ!」
炎の球はエスカレーター付近に直撃してその場が青い炎に包まれた。
「このままじゃ避難している人たちが……」
卓は辺りを見回し、武器になるようなものを探した。
「くっそ! 何でこんなときに俺は……」
卓は唇を噛みしめた。
(強くなれ。)
頭にその言葉が過った。かつて一人の少女に言われた言葉だった。
「俺は、弱い……」
卓は自分の弱さを実感した。無力な自分に苛立った。
卓はその場に座り込み何度も床を叩いた。
そんな間にも人型の光は卓に迫ってくる。
「なんで! いつも何もできないんだ!」
卓の視界は涙でぼやけていた。
顔を上げたときには目の前に人型の光が立っていた。
顔部分に赤いラインが光っていて怪しげな雰囲気を醸し出す。
「こんなところで死ぬのかよ……」
卓は目を瞑った。
「諦めるの?」
閉ざされた視界。それでも卓の耳にははっきりその言葉が飛びこんだ。
「えっ?」
卓が目を開けると片腕を斬りおたされた人型の光が激しく暴れまわっていた。
「何亡霊でも見たような目してるのよ。」
卓と人型の光の間に立っていた少女が卓に振り返りにこりと笑った。
少女の手には少女の身長と大差ないくらいの日本刀が握られていた。腰まである長い黒髪、服装は短めのチェックのスカートに白いワイシャツ、その上に膝までかかるくらいの黒い上着を羽織っている。
「……ま、り……」
卓のその一言は言葉と言うにはあまりに弱弱しかった。
「ぼうっとしてない! まずはこいつを片づけるわよ。」
真理はすぐに暴れまわっている人型の光に向き直った。
「ちょっと待ってくれ!」
卓は我に返り状況を把握しようとしたが思うように頭が回ってくれなかった。
「いいから、とりあえず今はやるべきことがあるでしょ。」
少女は卓に振り返ることなく言い放った。
卓は言葉を飲み込んで少女の背中を見つめた。
少女の身長は150くらいの小柄だったが、その背中はとても大きく感じられた。
「とりあえずこれ以上の被害はまずいわね。」
少女は目を瞑り大きく深呼吸すると目を見開いた。
「我、この世界との断絶を命ずる!」
少女の言葉の少し後にショッピングモール中がしんと静まり返った。
さっきまでエスカレーターの付近でパニックになっていた人の声もとたんに聞こえなくなり、それどころか、卓と少女以外の人間の姿も見えなくなっていた。
「えっ?」
卓は突然の出来事に戸惑いを隠しきれなかった。
「来る!」
少女が叫んだときにはさっきまで暴れまわっていた人型の光が素早く突っ込んで来ていた。
人型の光は残った腕を前に突き出しそこからまた炎の球を射出した。
「うわっ!」
卓はすかさず横に跳び跳ねたが壁に背中を強打した。
「はああああああ!」
卓が狙われいている間に空中に大きく跳び跳ねた少女が人型の光の真上で日本刀の切先を垂直に光に向ける。
少女はそのまま落下し、人型の光に切先をかすめた。
「外した!」
少女は軽々と床に着地して、すぐさま後ろ方向にステップして人型の光との間合いを取った。
「全く、魂玉はすばしっこくて嫌なのよ。」
少女はそう言いつつも余裕の表情だった。
魂玉と呼ばれた光は少女の間合いを少しずつ縮めてきていた。
「……」
卓は完全に言葉を失っていた。打ち付けた背中の痛みさえ忘れているかのように少女の戦いに見入っていた。
「契約の紅、我が刃となって具現せよ!」
少女が叫ぶと腰にぶら下がった深紅の石が輝きだした。そしてその輝きがそのまま日本刀の刃を包み込む。
魂玉なる光はそれに呼応するように激しく揺れ出し、炎の球を連続で射出した。それらは少女を目がけて飛んでいく。
「はあああああああ!」
少女は床を力強く蹴ってそれに飛び込む。
炎の球が当たる直前に床に足を着け、細かに体を反らしそれらを全て避けた。最後の一球を避けると同時に魂玉を真っ二つに切り裂いた。
魂玉は激しく炎上し、そしてゆらりと消滅した。
少女の手にした日本刀の刃にまとっていた紅の光もすうっと消えた。
「あの……」
その一部始終を見ていた卓はゆっくりと立ち上がった。
「久しぶり卓!」
少女はくるりと卓に振り返る。
「真理……だよな?」
「他に誰に見える?」
少女はにこっと笑った。少年のような無邪気な笑みだった。
この少女の名前は篠崎真理。卓がドイツに住んでいたときに知り合った同年代の少女だ。
5年前、ドイツで男に襲撃されたときに男と共に姿を消した少女であった。
「どうして……」
卓は真理が姿を消した後、その近辺をくまなく捜索し、警察も動いて捜索したが結局発見できず、事故死として処理された。
「生きているかって?」
真理はにやっと笑った。
「これ!」
真理は腰に紐でくくり付けていた紅の石を取って卓の目線まで持ってきた。
「それってお守り……」
「あ~卓にはそう言ってたね。」
真理はう~んと考える素振りを見せる。
「これは本当は贈与の石って呼ばれてる石なの。」
「贈与の石……?」
卓は自分の腰にある蒼の石を手に取った。
「そう、これは所持者の努力に見合った力を与えてくれる石なのよ。」
「……?」
卓は真理の言葉の意味が分からずに言葉が見つからなかった。
「見せたほうが早いかな。よく見ててね。」
真理は日本刀を自分の前に突き出した。
「我が命が下るまでその刃、隠匿せよ。」
すると真理の手にあった贈与の石が一瞬光って、次に日本刀がその姿を消した。
「なっ!?」
卓は目の前の現実にただ驚くばかりだった。
「これは初歩の初歩、自分の武具を自在に現出させることのできる力。これくらいなら今の卓にも出来ると思う。」
「俺にそんなこと……」
卓は言葉を飲み込んだ。そして自分の手の中にある石を見つめた。
「まあ詳しいことはあとでやるとして、とりあえずこれを解かないと。」
真理は念じるように紅の贈与の石を握りしめた。
するとひゅうっと周りが風の吹くような音を響かせた。次の瞬間、再び雑踏がショッピングモール内に響きだした。
変わったのはそれだけではなく、真理が魂玉と戦った跡は綺麗さっぱり修復されていた。
それでもそれ以前の被害はそのままなのだが。
「卓、行くわよ。」
真理は状況の変化に取り残されている卓の腕を掴み、つかつかとエスカレーターの方へと歩き出す。
「真理! 何がどうなっているんだよ!」
引っ張られる卓がようやく出せた言葉だった。
「詳しいことは全部あとで話すから、今はここからさっさと出るわよ。」
真理は振り返ることなく、一本調子で歩き続ける。
「君たち! 怪我は無いのかい?」
警察官2人が停止しているエスカレーターを駆け上ってきた。
「はい、大丈夫ですので。」
真理はそれだけ言い残して、不安げな表情の警察官を取り残し、エスカレーターを下って行く。もちろん卓の腕はしっかり掴んだまま。
二人がショッピングモールを出るとそこには大勢の人だかりがあった。ショッピングモールから避難した人や、はたまた騒ぎを聞きつけてわざわざ来た野次馬たちだ。それらの前に黄色いテープで立ち入り禁止と叫ぶ警察官たちも多数。
「たっくん!」
人だかりの中から、蓮華の声が響く。そして、梱包されたワンピースを手にした蓮華がこちらに向って駆けてくる。
「蓮華!」
卓は足早に蓮華の元まで駆け寄った。
「たっくん大丈夫!?」
蓮華の声は少し震えていた。
それというのも真理が来るまでの騒ぎは全てショッピングモールの外まで響いていたのだ。
「ああ。この通りピンピンしているぜ。」
卓は蓮華の頭をそっと撫でてやった。
真理は卓の少し後ろで面白くなさそうな表情でそれを見つめる。
「たっくん、その子は?」
真理の視線に気がついた蓮華が卓から一歩下がり訊ねた。
「あ、ああ。こいつは俺がドイツに住んできたときによく一緒にいた友達だ。篠崎真理っていうんだ。」
卓は真理のことを蓮華に紹介したが、卓自身まだ状況を把握できていなかった。
真理は5年前に姿をくらませ、それから連絡一つもなしということで死亡したとされていた。そんな少女が突如目の前に現れたのだ。穏やかなはずがなかった。
「そうなんだ! 私赤桐蓮華っていいます! よろしくね篠崎さん。」
蓮華はにっこりほほ笑むと真理に手を差し出した。
「真理でいいわよ。」
真理は笑顔を見せはしなかったが蓮華の握手に応じた。
「蓮華、今日はもう帰らないか? こんな騒ぎになったらもうここにはいられないだろうし。」
「そうだね。残念だけど帰ろうか。」
卓と蓮華はそろってショッピングモール前のバス停に歩き出した。
「真理?」
卓は足を動かすことなく立ちつくす真理に振り返った。
「なんでもない……」
真理はすたすたと歩き出して卓と蓮華を追い抜いた。
「どうしたんだ?」
卓は蓮華と顔を見合わせた。蓮華も首を傾げていた。
それからバス停で5分ほど待って卓達の住宅地に向うバスに乗り込んだ。
バスの中ではそれほど会話も弾むことなく、バスのエンジン音とバス停に停まるたびに開く自動ドアの駆動音が耳に飛び込んでくる。
「次は南住宅地前。南住宅地前。」
バスの中に卓達の降りるバス停の名前が響く。
「真理、次降りるからな。」
3人掛けの椅子の一番窓際に座る真理は窓の外を見たまま頷いた。ちなみに配置は窓際に真理、その横に卓、そして通路側が蓮華となっていた。
バスが完全に停止して、自動ドアが開くと3人は順次バスから降りた。
「ここが今俺が住んでる住宅地だ。」
「へえ~」
真理は興味深そうに住宅地を見つめる。
特別珍しいものではなくどこにでもある普通の規模の住宅地なのだが。
「ほら、置いていくぞ!」
真理を置いて、先に歩いていた卓が手招きする。
「待ってよ!」
はっと我に返った真理は足早に卓と蓮華の元に駆け寄った。
それから少し歩いて卓と蓮華はそれぞれの家の前に着いた。
「たっくん今日の夕ご飯どうするの?」
「う~んまだ何も考えてないな。」
「じゃああとで持っていくね!」
「いつも悪いな。」
卓は自分の顔の前で手を合わせる。
「大丈夫だよ! いつも多めに作っちゃって余るんだから。」
「助かるよ。」
蓮華は卓に手を振って家の中に姿を消した。
「じゃあ真理はとりあえずウチに上がって行けよ。」
「うん。」
卓と真理も家に入った。
「ただいま母さん。」
卓は玄関に立て掛けてある母親の写真に挨拶をした。
「えっ……? もしかしておばさん……」
それを見た真理はついそんな言葉を漏らしていた。
「3年前に病気でな。」
卓の横顔は淋しげだった。真理は卓のこんな表情を見たことがなかった。だから真理の胸も痛んだ。
「あ、久しぶりに会ったのに重い話だったな!」
卓は真理に笑って見せた。とても不自然な笑顔だった。
「ううん、大丈夫。」
一番つらいはずの卓が笑顔だったのだからと真理も笑顔を作って見せた。
「とりあえずリビングでくつろいでていいよ。」
卓はリビングに繋がるドアを開けて真理をそこに案内した。
真理はリビングのテレビ前にあるソファに座った。
「うわ~ふわふわ!」
真理は小さな子供のようにソファの上で小さく跳ねる。
「だろ! 俺もよくそこで寝落ちしちゃうんだよな。」
卓も真理の横に座った。
「久しぶりだね。」
真理は横に座った卓に少し寄りかかった。
「5年ぶりかな。無事だったんだな。」
「うん。これのおかげ。」
真理は卓の掌に自分の贈与の石を置いた。
深紅の石は窓から差し込む太陽の光で光り輝いていた。
「あのとき炎に囲まれて逃げ場が無かったでしょ。」
「ああ。」
「でも、そしたら急にこの石が光り出して気が付いたらどこか知らない場所に飛ばされてたの。」
「どこか知らない場所?」
真理は卓から少し距離をとって顔を向い合わせた。
「うん。私も全然状況が把握できていなかったんだけどね。でまたいつの間にかドイツに戻ってたの。」
「なんだよそれ。そんなことがあるのか?」
「この石にはまだまだ謎が多いのよ。私にもこればっかりは分からない。」
真理は少し俯いた。卓はそんな真理の頭にポンと手を乗せた。
「まあ、お前が無事でまた俺のところに帰ってきたんだ。ありがとうな真理。」
真理は顔を上げて満面の笑顔を見せた。
「ところで、じゃあ俺のこの蒼の石も何か力があるのか?」
卓は自分の蒼の贈与の石を腰から外した。
「そう。贈与の石は持ち主の努力に応じた力をくれるの。だから日々鍛えていたなら卓にも何かしらの力を与えてくれるはず。」
「そんなもんなのか。」
「卓はこの5年間強くなった?」
「まあ多少は強くなったんじゃないか?」
「なら試しに石の力を借りてみたら?」
真理は蒼の石を卓に握らせた。
「力を借りるってどうやってだ?」
「石から力を得るには詠唱が必要なの。」
「詠唱?」
「そう。言ってみれば力を引き出す呪文みたいなもの。」
真理は卓の掌から紅の贈与の石を手にして軽く握りしめた。
「具現せよ!我が剣!」
真理が詠唱を唱えると贈与の石が妖しく光りだした。そして次の瞬間真理の手には光に反射して光り輝く刃を持った日本刀が手に握られていた。
「これって……」
卓は目の前で起きた出来事にただ口をあんぐりさせることしかできなかった。
「これは基本中の基本の武器具現の詠唱よ。私たちは石の力を纏わせた武器を一つだけ石に記憶させておくことができるの。記憶させた武器は詠唱一つでどこでも具現させることができるのよ。」
「すげ……」
「これなら卓にもできるはずよ? まず自分の武器を探さないといけないんだけどね。」
「真理はどうやって見つけたんだ?」
「これはお兄ちゃんからのもらいものなの。」
「健介さんの?」
真理には4つ年上の兄がいる。名前は篠崎健介。
「そう。お兄ちゃんも私と同じ討伐者だから。」
「討伐者?」
卓はなんだそれ、と首をかしげた。
「私たちは異界の住民と戦ってるのよ。さっきショッピングモールに現れたのもそいつらの仲間。」
「異界の住民?」
卓は話の内容を理解するのに頭の回転が追いついていなかった。
「そう。簡単にいえば天国や地獄に類する世界。多くの人間はそれらを死後の世界と言うけれど、それらは今現在も平行して存在している世界なの。」
「……」
卓は言葉が出なかった。あまりに突拍子でそしてあまりに現実味にかける内容だからだ。
「そしてそのほかに虚無界と呼ばれる世界があるの。これは人間の魂が行きつく世界ではなくて、人間の中に巣くう悪魔の魂が行きつく世界。そしてその世界の住民を冥府の使者と呼んでいるの。」
「それはなんかの映画の話か……?」
「そう思いたいのも分かる。けど全部現実の話よ。そして今私たちの世界に冥府の使者がいる。」
「さっきの人型の炎か?」
「あれも虚無界の生物には違いない。けどあれは魂玉と言って悪魔の魂単体の生き物。冥府の使者は何千という悪魔の魂が集まってできたやつらのこと。」
卓は黙りこくった。それと同時に理解したのだ。自分の世界が今この瞬間をもってがらりと姿を変えたことに。
「で、冥府の使者を倒すのが私たち討伐者ってわけ。」
「5年前のもそうなのか……?」
「……」
リビングに沈黙が訪れた。リビングの壁に掛けてある時計の秒針だけが空間に響く。
「今私が追っているのは5年前のやつよ。」
沈黙を破って口を開いたのは真理だった。
「魂の傀儡子。それがあの男の字」
「魂の傀儡子?」
「冥府の使者にはそれぞれ字があるの。」
「……」
卓はただただ真理の言葉に耳を傾けた。
「5年前は私も力不足で敵わなかった。そればかりか卓にも危険な目に遭わせた……」
「でも守ってくれた。」
卓は小刻みに震える真理の肩を抱いた。
「お願い、力を貸して。」
真理は自分の小さな手を卓の手に重ねた。
「俺の力なんかで倒せるのか?」
「私と卓なら。討伐者は二人一組で行動するのが基本なの。だから……」
真理の声は次第に小さなって俯いた。
「分かった。今度は俺が真理を守る! まだ全然強くないけれど、これからもっと強くなるから!」
「卓……ありがとう。」
真理は卓の肩に頭を乗せるようにもたれかかった。
リビングはいつの間にか夕日のオレンジに染まっていた。
初の連載小説なのですがいかがでしたでしょうか?少しでも面白いと思っていただけたなら幸いです!そして面白いと思っていただけたならこれらもどうぞよろしくお願いします!
この作品は長期連載を前提に連載しているので読者の皆様を飽きさせぬようなストーリーもこれからたくさん展開させていきたいと思います!