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アーチー・スミス……?

 

 アーチーは街はずれにある森の近くの小さな霊園に、2日続けて来ることになるとは思ってもいなかった。

 夕暮れ時、霊園の並木道の葉は黄金色に輝き、長い5つの影は昨日と違う方向へ進んでいく。

 風は少し強めに吹いていた。


 クインの計らいで、ダン、オージ、クインは少し離れたところで見守っている。

 アーチーは、1つの小さな墓の前にノオを案内した。


 ”フロント・アレイ”


 墓にはそう書かれている。

 2人はしばらく無言で墓の前に立っていた。


「10年前、ウーバはイューロピアに併合されて平和になりました」


 静かにアーチーは話しだした。


「イューロピア万歳、併合記念日万歳。これが、あなたの知りたかったこと全てです」


 ノオは黙って、墓に書かれている名前を見ている。

 アーチーは続けた。

 

「この墓地を抜けたところに、隣町につながる林道があります。早々にこの街から立ち去ってください。……見張りはもうつけません」


 それだけ言うと、ノオに背を向け歩きだした。

 ノオはまだ黙って墓を見ている。


「最後に……1つ教えてもらえませんか?」


 2、3歩、歩いたところでアーチーは止まった。


「フロント・アレイを捜していた理由を」


 そう言って、ノオの方へ振り返る。

 ノオもアーチーの方を向いた。

 黄昏時。お互いの顔はまだ見えるものの、あたりは徐々に薄暗くなっていく。

 風が強く吹きだし、葉のざわめきは大きく聞こえる。


「会いたかったから」


 ノオの紺青の瞳は、アーチーをまっすぐにとらえている。


「もう一度、会いたかったから」


 アーチーは予期せぬノオの答えに、とても驚いている。

 記憶力には自信があったが、目の前の人物を思い出せずにいた。

 自分にもう一度会いたかったと、捜しているこの人物を――

 


「なんだってノオは、フロント・アレイなんて捜してるんだ?」


 2人の様子を面白くなさそうに見ていたオージが言った。

 

「え、なに? フロント・アレイって人もしかして有名人なの?」


 2人の様子を好奇の目で見ていたクインが言った。


「お前、ジャーナリストのくせに知らないのかよ」


「あたしは、ジャーナリストじゃなくてカメラマンよ! それで?」


「あぁ、有名なのは親父の方さ……クレド・アレイは知ってるだろ?」

 

「え!? あれよね……10年前のテロ事件の首謀者!」


「違う」

 

 ダンが欠伸をしながら否定した。


「いやあってるよ、フロント・アレイはテロリストの息子だ」


「違う」


 否定するダン。


「何が違うんだよ?」


 オージはダンに問う。

 ダンが答えようと口を開いた時……


「アーチー!」


 ぜーぜーと荒い呼吸の先輩が、足をもつれさせながらアーチーを呼んだ。


「すぐ戻れ……!」


 ただならぬ様子の先輩に、アーチーは急いでハフナーの街へ戻ることにした。

 

 葉のざわめきに胸が騒ぐ。

 長い夜が始まろうとしている。


 

 *** 

 

 

 夜の帳は完全に下りていた。

 メイン通りから何筋か入った歓楽街の路地裏が現場だった。

 眉間を撃ち抜かれている遺体と、イューロピア帝国の国旗。

 国旗は赤い液体で染められ、遺体の傍に吊るされている。

 大勢の憲兵と様子をうかがう街の人たち。今朝と同じ……いや、不穏さは増していた。


「今度の被害者は前市長だ……憲兵どもがウヨウヨしてるってのに、犯人のやつ肝が据わってるというか何というか……」


 先輩の顔色は悪い。

 アーチーと先輩は、少し離れたところで様子をうかがっていた。


「いよいよまずいな……誰彼構わずになってきた……」


 憲兵たちが、そこかしこで”犯人役”候補を連行している。

 

「……」


 黙って見ているアーチーの顔色もよくない。


「ねぇ、ダン見てない?」


 いつの間にか来ていたクインが、キョロキョロとダンを捜している。


「さっきまで一緒にいたんだけど……」


 いつの間にか来ていた異国人の一団。だが、今いるのはノオとオージとクイン3人だけだった。


「おいおい、まさか……」

 

 嫌な予感しかしない。

 

「捕らえろ! ラジュワルドの囚人だ!」

「捕らえろ!」


 警笛がけたたましく鳴り響き、ダンが10名ほどの憲兵に取り囲まれていた。

 ダンは抵抗せず、おとなしく従っている。

 

「ダン!」


 通りの方へ飛び出そうとしたクインをノオは引き留めた。


「どうしよう!? ダンが……!」


「クイン、落ち着いて」


 取り乱すクインをなだめるノオにも、少し動揺が見える。

 オージは顔をしかめ、舌打ちをした。


「だから言っただろうが! 早くこの街から出ろって!」


 先輩はノオたちに突っかかる。


「まぁまぁ先輩……起きてしまったことは仕方ありません」


 アーチーは冷静に連行されるダンを見ていた。


「ラジュワルドの囚人であるダンは、これ以上ないくらい”犯人役”にうってつけです。そこら辺の候補者とは説得力が違います。このままでは間違いなく処刑コースでしょう」


「……!」


 アーチーの言葉に3人は固まる。


「時間が……とにかく時間がありません……!」


 アーチーはいつになく、渋い顔をしている。

 そして、どこに隠し持っていたのかメニューブックを渡した。


「ですので、急ぎプランの選択をされるのがよろしいかと……」


「はぁ!? プラン!?」


 アーチーは3人にすり寄りメニューブックの一番上を差した。


「おすすめはコレ! ”緊急度MAX!? 爆速解決コース”!」


「たっっっっっか! ふざけてんの!?」

「馬鹿なのか!?」

 

 クインとオージは驚愕している。


「背に腹は代えられないかと」


 アーチーはいやらしい笑顔で、もみ手をする。


「信じらんない! 守銭奴! 人でなし!」


「払う」


「ノオ!?」


 ノオの言葉に、クインとオージはさらに驚いた。


「私がこの街に留まるよう言ったから、ダンは連れていかれた。浅はかだった。ダンを必ず助けたい」


 アーチーは下を向いて話すノオを見ている。

 こぶしを握り締めたノオの声は、かすかに震えている気がした。

 

「だけど、教えて」


 ノオは顔を上げアーチーをまっすぐに見る。


「”緊急度MAX!? 爆速解決コース”の内容。どうやってダンを救出するの?」


 アーチーはノオにまっすぐ見られる度、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。

 あの憂いを帯びた紺青の瞳に――


「代役をたてます」


 そう言ったアーチーの顔は路地裏の薄暗い街灯に怪しく照らされている。


「代役!? ちょっと待って! それって、ダンの代わりに誰かが死ぬってことよね!?」


「元々その予定だったじゃないですか。”犯人役”が”代役”になっただけです」


 怪しく笑うアーチーをクインは勘ぐる。


「またまた……わざとそう言ってるんでしょ?」

 

「いいえ。時間がない今、”代役”以上の解決策がありますか? それともダンを見殺しにしますか?」


「っ……!」


「きれいごとだけでは何もなし得ませんよ、クイン」


 言葉に詰まるクインにアーチーは近づき諭すように続ける。


「難しく考えすぎでは? 別にあなた方が直接手を下すわけではないんですから、知らぬ存ぜぬでいいじゃないですか」


「は……!? 何言って……」


「中途半端な正義感なんて捨ててしまえばいい。とても簡単なことです」


 悪魔のささやきをするアーチーをオージとクインは睨んだ。


「言ったろ? ”ろくな奴じゃない”って」


「そうね……勘違いしていたわ……あんたらは、やっぱり最低よ……」


 そして、アーチーの憎たらしい笑顔に嫌悪感を抱いた。

 が、ノオは違った。

 

 憂いを帯びた紺青の瞳は、すべてを見透かしているようだった。


「”代役”になるつもり?」


 ノオの言葉にその場は静まり返る。

 アーチーはノオの方を見た。

 路地裏の薄暗い街灯がチカチカ点滅しだした。

 

「答えて」


 ノオは問い詰める。

 アーチーは軽くため息をついた。


「えぇ……”犯人役”は俺です」


 アーチーの答えを聞き、今度はノオが軽くため息をついた。


「それなら依頼はしない」


「ダンは見殺しですか?」


「しない」


 相変わらず端的に答えるノオ。


「なんか、妙だね……」


 そう言ってノオは何かを考えている。

 アーチーはノオのことがよくわからない。

 今日会ったばかりの人物なのだから当然そうなのだろうが……


「そもそも”犯人役”だなんて、あんたが練る作戦にしては稚拙すぎる」


 あきらかに向こうはそんな感じがしない。


「……まるで、俺を知っているかのような物言いですね」


「知ってるからね」


「え……?」


 アーチーは思わず声を出して驚いた。


「知ってるよ。素直じゃないことも、不器用な優しさも、嘘には思いやりが混じっていることも」


 伏し目がちに話すノオは少し悲しそうに見える。


「そして馬鹿なことを言い出すときは、だれか大切な人を守りたい時だってことも」

 

 憂いを帯びた紺青の瞳はアーチーを映す。


「犯人を庇おうとしているね」

 

 アーチーは感じた。

 ノオはきっと全てをわかっているのだと。

 

 

 ***

 


「ヴィヴさ~ん! ごはんの時間ですよ~」


 海の近くにある小さな療養所ではハナさんが夕食を配膳していた。

 香ばしい香りが食欲をそそる。


「今日はカレーライスですよ~おかわりもありますよ~」


 優しく声をかけながら、ヴィヴの部屋に入ったハナさん。


「え……?ヴィヴさん……?」


 部屋のベッドには、そこにいるはずのヴィヴの姿がなかった。


 

 ***



「ようこそおいでくださいました。ショウ・イューロット殿下」


 ハフナーのメイン通り近くにある迎賓館で、公用車から降りて来るショウ・イューロットを市長がもてなしていた。


「聞きましたよ市長、平和なこの街でよくないことが起こっているとか……」


 ショウのホワイトブロンドの輝く髪と美しい紺青の瞳は月明かりに妖しく照らされている。


「御心配には及びません。犯人は先ほど捕まえました。アーチー・スミスというラウンジの黒服をやっている男でして」


「アーチー・スミス……?」

 

 犯人の名前を聞いたショウの眉毛がピクリと動いた。



 ***


 

 月がきれいな夜だった。

 青白く光る月は美しくも、どこか不安を煽られる。

 

 役者はそろった。

 

 長い夜は始まったばかりである。


 

 

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