フロント・アレイを捜している
ハフナーの街は2日後に行われる併合記念日の準備が行われていた。
メイン通りにある市場は行き交う人で溢れ、至る所に旗が2枚並べて飾られた。
1つはここ、ウーバの国旗。
もう1つは、イューロピア帝国の国旗だ。
ハフナーの街はいつにない賑わいを見せていた。
「いらっしゃい」
りんご売りが接客をした人物はフードを目深に被り、口元を布で覆っていた。
「りんごを4つ……それと、人を捜している」
サイズの合っていないヴィンテージというにはボロがすぎる廃棄間際のデニムジャケットの下には、仕立てのよさそうな服を着ている。
「まいど、えっと……人ですかい?」
「そう……」
りんご4つ分の代金を払いながらその人物は言った。
「フロント・アレイを捜している」
フードの隙間からは、憂いを帯び紺青に光る瞳が見えた。
***
メイン通りから何筋か入ると、雰囲気ががらりと変わる。ハフナーの歓楽街だ。
人通りはほとんどなく、昼間は基本静かだ――が今日は少し違った。
荒い息遣いと2人分の足音が聞こえる。よろめきながら逃げる男、それを悠々と追いかける男。
「待ってくれ!」
行き止まりに追い詰められた男が懇願する。
「どうしても金が必要なんだ! 娘が……娘の治療費が必要なんだ! 頼む……俺はどうなったっていい……あの金で娘を助けてくれ! お願いだアーチー!」
必死に助けを求め縋る男を無表情で見ているアーチーと呼ばれた青年。
「おい、いたか!?」
声を聞きつけやってきた、いかにもチンピラ風の男2人……は驚いた。
「え……?」
その瞬間、3発の銃声が響いた。
「盗んだ金は、ギャンブルでスって、もうないそうだ」
返り血を浴びたアーチーは言った。
「代わりに命で払わせた……Mr.エブソンにはそう伝えろ」
アーチーの足元には3発の銃弾を浴びた血だらけの男が転がっている。
「わ、わかった……」
たじろぐチンピラ風の男たちの耳に、警笛が聞こえてきた。
「憲兵が来る! 行こう!」
走り去っていく男たちを、あいかわらずの無表情でアーチーは見ている。
警笛はだんだんと近づいてきた。
「はい、お疲れ~」
ホイッスルを持った男が、アーチーを労った。極めて個性的な柄のジャケットを着ている。
「うまくいったみたいだな」
「えぇ、なんとか……っていうか先輩、これ――」
アーチーは顔についた返り血を拭った。
「なんか生臭いんですけど?」
「あぁ、豚の血だからな」
「ぶ……!?」
飄々と答える先輩と呼ばれた男に、アーチーは顔をしかめた。
「豚の血!? なんで!? 赤インクでいいでしょう!?」
今度は先輩が顔をしかめた。
「お前は本当に、アーチーだな」
「どういう意味です?」
「何もわかってない! 赤インクって……お前なめてんのか馬鹿野郎……そんな、いかにもな感じ……いかにもだろうが!」
中身のない小言を言う先輩の鼻先に、アーチーは血のついた手を突き出した。
「じゃあ先輩、これにおいでくださいよ!」
「なんだよ……つっ⁉︎ 生臭っ! おぇっ……近寄るな!」
「……」
アーチーが色々なものを吞みこんだ時、豚の血だらけの男は目を覚ました。
「え……? 生き……てる……?」
「おう、起きたか」
状況が全く理解できてない男に、先輩は鼻をつまみながら説明した。
「ベーゼ橋のたもとで家族が待ってる。地下水路から街を出な。くれぐれもエブソンの連中に見つからないよう注意しろよ。お前は今日ここで死んだんだからな」
「助けて……くれたのですか……? でも、どうして……?」
「勘違いしないでください」
状況をぼんやりと理解した男に、アーチーは冷たく言い放った。
「あなたを生かしたのは、利用価値があるからです。助けた見返りに、うちの仕事を強制的に手伝ってもらいます」
「……っ」
不安でいっぱいの男を脅すように、先輩は言った。
「うちの仕事はきついよ~あんた耐えられるかな?」
さらに怯える男に、アーチーは追い打ちをかけ――
「えぇ、覚悟しておいてください」
着ていたジャケットをそっけなく投げ渡した。
「お前さ、その恰好でヴィヴさんとこ行くの?シャツに血ついてるぜ」
「ほんとだ……けど、着替えに帰る時間ありませんからね……」
「仕方ねえな……俺のジャケット貸してやるよ」
「え!? いや、それはその……なんていうか……結構です!」
「馬鹿野郎アーチーお前、遠慮してんじゃねぇよ。ほら」
「……はい……ありがとうございます」
通りに向かって歩いて行く2人を見ながら、ジャケットを抱きしめた男は叫んだ。
「なんでも……なんでもします! 必ず……!」
男はさらに叫んだ。
「ありがとう……!」
2人の姿は、もう見えなかった。




