009 風前の灯にざぶざぶ油をかけている
レイラードが告げた「謀反」という核心であり絶対に聞きたくなかった言葉を急に聞いて、メルルは驚きすぎて咽た。変なところに空気が入った感覚がある。少し胸が痛い。
爆弾発言を告げた当の本人はわははと声を上げて笑っている。丸くなったドSは悪童になるらしい。
「大丈夫か、落ち着いて……ゆっくり息を吸うんだ」
「……っはぁ、……っ!」
咽るメルルを心配して腰を浮かせ、背を撫でてくれるのはリベリオスだけだ。彼に背中を(分厚いドレス生地越しとはいえ)さわられたメルルは、咳が収まっても自然に呼吸が荒くなった。
『メルル、なんか呼吸おかしくなってない?』
座っているメルルの膝にちょこんと乗っているファリーダは、怪訝な目で彼女を見上げる。俯いて呼吸を整えている彼女の目は興奮に瞳孔が小さくなっており、ファリーダは若干の恐怖を覚えた。
(これがおかしくならずにいられるか……っ今日で私死ぬのか!? いや生きる! 偽装とはいえ暫く婚約者だし! もう背中洗わない!)
『それは不潔かも……』
(不潔はダメかも……)
ファリーダの言葉で冷静になったメルルは、今度こそ呼吸を整えた。
落ち着いたのを見てリベリオスも席に戻る。
この間、ずっと背景にはレイラードの楽し気な笑い声が響いていた。
「レイ、楽しまないの」
「ごめんよ、ロゼ」
そんな彼を短く窘めたロゼリアに、レイラードが向ける視線は蕩けるように甘い。
「す、すみません、お騒がせしました」
「陛下、優秀とはいえ貴族令嬢ですよ。気を遣ってください」
「お前まで言うのか。……わかったよ。すまない、ここからは真面目にやる」
リベリオスがメルルを気遣いながらレイラードを硬い声でたしなめる。
また面白そうな笑みを浮かべたレイラードだが、ロゼリアとリベリオスの視線に耐え兼ねて咳払いをし、表情を改めた。
「まあ、嘘を言ったわけではないのだ。少々込み入った話になるが、一度全てを聞いて欲しい」
「かしこまりました」
「うむ、実はな――」
レイラードの話はこうだ。
前王から譲位(これも実はかなり強引だったそうだ)の後、人員見直しをした際あまりにも長い期間の横領や、多すぎる不正が見つかった。王宮は真っ黒だったそうだ。
そもそもが数代前から続く慣例扱いになっており、今まで魔王領との戦争中ならば見逃されるのも仕方ないか、と言えなくもない、ものだったらしい。この辺はだいぶ、わざとらしく曖昧に語っていたので、本来見逃していいものではないが遡及して正すだけで膨大な時間と人員を使うので一旦そのように処理したのだろう。
見ないふりをしている様子だ。
戦争は終結したとはいえ、今後は魔王領の魔物だけでなく他の国の動向に目を光らせ、国内の間諜を洗い出し、国際平和条約がなくとも自国を守る必要がある。
だが、汚職まみれの官僚ばかりでその方向に形だけでも同意する者がほとんどいなかったそうだ。
だからこそ人員見直しという改革が行われ、現在王宮全体で人手不足である。
「つまり、その追い出された方々が謀反を企てていらっしゃる、と?」
「無理矢理追い出したからな」
レイラードの苦笑交じりの言葉に、リベリオスが頷いて続ける。
「旧体制派とまとめて呼んでいるが、その中核にいる高位貴族は基本謀反に加担していると思っていい」
「この国、やっぱり詰んでません?」
思わず忌憚なく言い放ってしまったメルルに、レイラードは噴き出し、ロゼリアは目を伏せ、リベリオスが眉間を揉んだ。
「はは、まぁ、そうなんだ。無理矢理追い出したというのもな、汚職の証拠しかないものだから、それを理由に表立って追い落とすと国の威信がろうそくを吹くより簡単に消える。揺らぐどころじゃなかったんだ」
「風前の灯に大量の油をざぶざぶかけて無理矢理火をつけている感じなんですね、この国の威信……」
「クッ……」
レイラードは笑いをかみ殺すのに失敗した。
台風の中でろうそくの火に油をかけ続けてぼうぼうに燃やそうとしているが、いつ消えてもおかしくない想像をして、メルルの視線は休憩室の壁に向いた。
もう、遠くを見るしかない。
「ふぅ、……そうだ。ピクシリア伯爵令嬢、君は面白いな」
「えぇと……恐縮です」
「で、だな……謀反の兆しは見えているのだが、証拠を掴むための人員がいない」
それはそうだろう。
国を一から作るよりも大変な仕事を回している宮廷にそこに割ける人員がいれば、もっと表立った政策……国交正常化だとか、国内生産体制立て直しだとか、一次産業改革の舵取りだとか、そういうところに回したいはずだ。
さらに、他国の間諜は最優先で見張る必要もある。
そうなると、国内の謀反について調査や証拠を固める人員が足りなくなるのは当然だ。
もし他の仕事の手を緩めれば旧体制派は表立ってその点を抗議してくるだろうし、他国の目もある。
「あの……私がお役に立てるようでしたらもちろんご協力したいのですが、お話しを聞くに、信頼不足、能力不足ではないでしょうか?」
当然の疑問である。正直、宮廷のきゅの字も知らない、ちょっとお勉強を頑張っただけの貴族令嬢だ。汚職をするような貴族の狡猾さに勝る何かがあるとは自分でも思えない。
得意なのは多少の剣と乗馬くらいで、それをピクシリア領以外で披露したことはない。
情報収集に使える魔法もない、そもそも魔力が無いのだ。
ファリーダがいれば別だが、ファリーダについては彼らに打ち明けていない。
つまり、客観的に見れば役立たずのはずだった。
「そこは問題ない。そうだろ?」
「あぁ、全く問題無い」
「らしいぞ。では続ける」
「……」
何か通じ合うものがあるようなレイラードとリベリオスのやり取りに、メルルは口を噤む。内容よりも、その息の合い方がご褒美すぎてどうでもよくなってきたのをなんとか貴族令嬢の仮面の下に押し込めた。
彼らに問題がないのなら一応このまま話を聞くだけ聞くか、と居住まいを正したが、そこに別の声があがった。
「……はぁ。やめた方がよろしいのではなくって?」
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