006 それは黒歴史なので……
本日三回目の更新です。
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明日より1日1話更新となります。
頽れたリベリオスに驚いたメルルが腰を浮かせかけたが、彼はゆっくりと頭を持ち上げソファに座り直した。メルルも浮かせかけた腰をおろす。あれはそのまま床に頭突きをしかねない勢いだった。
「早急に軍備を削り、各種ポーション用の薬草畑の大半を食糧生産に切替え、他国の支援がなくとも国民が飢えない仕組を作らねばならなかったのだ……」
リベリオスの声はもはや呻きだが、メルルが推しの声を聞き逃すはずもない。
正確に内容を拾ってうんうんと頷いている。
「そうですね、まずはこの国が安全だという表明と、食べるものを優先すべきです」
「だが、この国は『世界の盾』であった期間が長すぎてだな……っ!」
「……」
メルルは無言で続きを促す。目には心配の色が宿っていた。
『世界の盾』という立場の、その真の功罪を知るのは、政治の中央にいるリベリオスたちだろう。
それに、ゲームのエンディング後がこんな大変なことになっていたなんて思いもよらなかった。
下手に同意も否定もできない、そんな重みと苦悩と疲労が彼の声にはあった。
「国を運営する側の重鎮の頭が、各国の支援や有利な条件での貿易を今後も続けられる……そこから動かなかったのだ。世界のエネルギー資源である魔石の供給源が我が国である、ただそれ一点のみで……!」
「希望的観測すぎませんか……?」
「その通りだ!」
リベリオスの副音声が少々乱れたので、メルルの副音声にも遠慮がなくなった。
彼が強くメルルの言葉を肯定するので、彼女もそのまま続ける。
「私なら、食糧支援と経済で圧迫し、この国を潰して自国こそが世界のエネルギー資源を手元に抑えたいです」
「そうだとも! やはり君は分かってくれるのだな……!」
「いえ、あの、まさかそんな事になっていようとは……思ってもなく……」
この国でも貴族令嬢が普通に生きていて、政治に触れるのは新聞や法令の布告くらいだ。軍属ならば軍規もだが、戦場を継続的に維持するために人口の低下は抑えるべきとかで二年しか国軍所属はできない。もっと戦いたい令嬢は傭兵扱いになるが、それは今のところ例外なので置いておく。
魔力無しのために戦場に行かないメルルは、職場での噂話や仕える奥様との会話もあるため、新聞は欠かさず読んでいた。それだけである。
ちなみに他の情報源と言えば給仕で立ち会う社交の場での話題だが、傍から聞いていても比重は美容や服飾、ゴシップ、食べ物の流行が多い。
それでも経済の流れや人間関係の把握という生きた情報は、メルルに役立った。
真の「目立たない」立ち回りに、情報は欠かせないのだ。
(そりゃ~リベリオスがこんな憔悴してるわけだ……)
『たしかにこの人、くたびれてるね』
(言わないであげて……)
メルルの傍に黙って控えていたファリーダが、目の前のリベリオスを見て残酷に事実を告げる。
目の下のクマは『金獅子の間』でも見ていたが、こうして座っている様子も姿勢がやや右に崩れ気味だ。若干肩が上がり背が丸くなっている。
骨格は男性的だが細身、というのが彼の魅力の一つなのだが、その分姿勢の崩れが目立つ。
今にもソファの肘かけに身体を預けてぐったりしそうに見える。むしろして欲しい、とも思うが、きっとしないのだろう。
ここまでの会話で色々と思い出して眉間の皺を濃くしたリベリオスは改めて姿勢を正し、メルルを正面から、真っ直ぐに見据えた。
(あ……)
たったそれだけでメルルの心臓が跳ねる。喉が締まり、ひゅ、と細く息を吸った。
「君の能力の高さには在学中から目を付けていた」
「いえ、そんな……え?」
「特に、テストでの成績は見事だった。必ずAクラスの末席を確保していた」
「ヒュッ……!」
自分が行っていた姑息な成績操作がバレていたことに、メルルは先程と違った細い息をのむ。顔面は見る間に青くなり、すぐに赤くなった。
成績順でクラスが決まる実力主義な学園のため、目立ち過ぎず、かつ最上位クラスに所属するため、テストの点数を毎回調整していたのだ。
誤字とか、外しても問題の無い設問だとか、回答を「惜しい!」と判定される内容にするとか。
これは幼き日に決めた、メルルなりの社交の一つでもある。
実力主義の学園で学力に難癖をつけられない程度に、かつ、目立ち過ぎないように。
「バレて、いたんですか……」
「魔力が無いにも関わらず、補修の筆記で実技もかなり良い点を取っていた。魔法実践学は免除だろう? それを補ってAクラスにいたというのに、全く気配を感じさせない」
「はい……あ、ありがとうございます……?」
「また、クラス内での立ち回りも見事だった。君のように“目立つ”人間が、学園在学中一度も大きなトラブルの中心にいたことがない」
「お、恐れ、入ります……っ!」
今度はメルルが崩れ落ちそうになった。下唇を噛みしめながらなんとか返事を口にする。
(ご、拷問……!?)
『メルル!? だいじょぶ、どこも痛くないよ!?』
(こ、心が……黒歴史が……っ!)
正直、消えたい。
テストの点数は意図的に操作した。教員にどう思われていたかは分からないが、バレていたとしたらなんて不誠実な生徒だろうか。
トラブルについては細かな根回しを行った。
学食で良い席をさり気なく確保して譲るとか、目立つ令嬢が密かに気になっている男性と顔を合わせるように誘導したりとか。
魔力が無いメルルと友人になる相手は誰もいなかったが、密に話さなくとも、その場を整えたのが意図的かそうじゃないかは意外と見られている。
意図が見抜かれなかったとしても、泳がせていれば役に立つ、と思われれば害されはしない。
つまり、全面的に媚びていたのだ。
(褒められてるのは分かるけど……は、恥ずかしい……)
『メルル恥ずかしくないよ! 生存戦略! 生存戦略って言ってた!』
(ありがとファルちゃん……でもその単語がさらに私を抉る……っ!)
うつむいたまま両手で顔を覆う。
脳内でのたうち回るメルルにファリーダが横で声をかけ、身体をすり寄せて一生懸命に励まそうとしているが、声は追い打ちにもなった。
(いや、でも内容はね、うん、間違ってないし……)
なんとか折り合いを付けて顔から手が離れた時、メルルの視界も肌ざわりもだいぶ可愛いことになっている。それで少し元気を取り戻すと、彼女はリベリオスへと視線を戻した。
彼の言う、部下が欲しい、在学中からの評価、がようやく納得できたのだ。
これは、全く甘い話ではない、とも理解した。
「婚約することで……私があなたの指示で仕事をすることが自然になる。そうですね?」
王宮で公に行われる公務ではなく、彼にとって、国にとって必要な仕事。
もしかしたら、非公式な仕事かもしれない。
「そうだ。正直、公務全般に関わる部下として君を取り立てたいのは山々なのだ。ただ、二年前に王宮から追いやられた貴族たち……旧体制派は力ある高位貴族が多い。対して君は後ろ盾がない。公に部下とするのは危険だ」
「婚約でしたら……ボウウェイン閣下が私を大事にすることも、護衛をつけることも自然ですね」
「パフォーマンスとして、あの場でのプロポーズが必要だった」
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