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005 この国、詰んでません?

感謝の昼更新です。朝に一話更新しており、夜にもう一話更新します。

日曜日のお供に、どうぞよろしくおねがいいたします。

「先程は支えてくださりありがとうございました……」

「いや、こちらこそ場を弁えず、あのような申し出をして驚かせてしまった。すまなかった」

「いえ、そんな、その……はい」

「本当にすまない……」


 王城に用意された休憩室の一つで、メルルとリベリオスは向かい合わせに座っていた。

 お互い顔を見ることもなく俯きがちになっている。

 平民ならばぺこぺこと頭を下げあうところだが、それもはしたないと、頭をさげたまま上げられない状態で固まっているのだ。二人とも、申し訳なく思っているのは全身から伝わっている。


 部屋の中には他に誰も居ない。

 代わりに扉が少し開いており、外にはメイドと王城の警備兵が控えている。

 未婚の男女が二人きりで密室にいるというのはあまりよろしくないのだ。


「もう体調は大丈夫だろうか……?」

「あ、はい、それはもう、ばっちりもちろんでございます閣下」

「……まだ少し混乱しているように見えるな」

「自覚はあります……すみません」


 夜会は一時騒然となったが、今は開いた扉の隙間から時折談笑する声が届く。微かに楽団の演奏する弦楽器の柔らかな音色も混ざり、まだ夜会は継続されていると分かった。


 リベリオスの突然のプロポーズで極限の混乱に達したメルルは会場で意識を失い、なんとリベリオス本人に倒れる体を支えられ、休憩室では側についていてくれたらしい。

 なお、ばたばたと倒れた他の令嬢たちも今は休憩室でお休み中だ。この手の夜会には珍しく、満員御礼である。


 そんなわけで、メルルが目覚めた時にはリベリオスがいたという状況だった。

 目の前で倒れた失態もその前の騒動も覚えているが、その後どんな顔で寝ていたかは分からない。下手をしたら白目を剥いてよだれを垂らしていた可能性がある。

 彼女の表情筋はショックで起床してすぐから今までのニ十分ほど、固まったままだ。



(なんか、子供の頃の夢を見てたような……結婚する、とか寝言言ってないよね……?)

『大丈夫! 外には漏れてなかったよ!』

(ファルちゃんの大丈夫が今日イチ頼もしい……! でもまだ白目の可能性が残ってる……)

『白目は……知らない方がいいこともあるよ?』

(今日イチきっつぅ……)


 無表情のまま丁寧すぎる言葉を使ったり、恐縮しているようで遠慮ない意図を発したり、変な単語がまざったりをくり返している。

 リベリオスがメルルの状態を混乱と受け取るのも当然であり、混乱で間違いない。


『メルル大丈夫……? ファルがアイツ消しちゃおうか……?』

(大丈夫だからリベリオスを消さないで……っ!!)

『わかった! でもメルルに次何かしたらメルルを隠しちゃうからね!』

(……うん、そのくらいなら、うん、お願いしようかな……消えたいし……)


 気を失った時の詳しい状況は覚えていないが、もしかしたら白目を剥いていたかもしれない。

 体調以外の理由で倒れる、なんて前世も今世も含めて初めてのことだ。

 生の推し、おそろしい。


「……話を進めても良いか?」

「あっ、はい、そうでした。あの……先程のは、一体?」

「そのままだ、君が欲しい」

「ひぇ……」

「部下として」

「ん?」


 流れ変わったな、と思うと同時、死んだはずの表情筋は訝し気な表情を作った。


「もちろん婚約を申し込んだのは本心だ。だが、少し……事情を説明させて欲しい」

「ぜひお願いいたします」


 リベリオスはプロポーズの最中からずっと表情が険しい。今も戸惑いながらも険しさは消えていない。

 ゲームの時には険しいというよりは、時折厳しい表情を見せるキャラで、無表情ではあれどこんな、目の下にクマを作ったりはしていなかった。


「端的に言うと、人手が足りない」

「……はあ」


 これは相槌の、はあ、である。呆れやため息ではない。メルルの目が細くなったのも気のせいだ。


「去年、現国王に譲位された際、宮廷の人員見直しと大幅な入れ替えを行った。改革と言っても良いだろう」

「はい、それは……連日新聞でも取り沙汰されていました」

「本来ならば譲位の後、徐々に根回しをした上で、人員の入れ替えをすべきだったのだが……そんな暇が無かった」


 リベリオスは膝に置いた手をぐっと握り込む。目を伏せたその顔が悔しさを浮かべたせいでより険しくなった。

 そんな顔も実に絵になる、とメルルはじっと彼の様子を観察しながら、次の言葉を待っている。


「国際平和条約の更新の見込みが、ほぼ無い」

「あぁ……、あぁ~~……なるほど」


 ぎり、と歯を食いしばり、喉から絞り出すように告げたリベリオスに、思い当たることがあったのかメルルは深く頷く。

 それか、と頭の中で点と点が結びついた気分だ。


『国際へい……なに?』

(国際平和条約、だよ。つまり、みんな仲良くしましょうね、って国と国で約束したの)

『へー! 人間ってすぐ忘れるからいいかもね! ファルの分のお菓子、メルルたまに食べちゃうし』

(その節は申し訳ございませんでした……)


 国際平和条約は学園で習う基礎教養の一つだ。


 魔王領と人類の戦争中、各国はグリフォルナード王国を積極的に支援し、条約加盟国は互いの国に攻め入らず、それを相互監視し防ぐ、というもの。

 二百年以上運用され続けている条約である。

 人類と魔王領との戦争の歴史はもっと長い。記録が残っている範囲で五百年以上だ。


(私も言われるまで、当たり前すぎて全然意識してなかったわぁ……)

『それないないするとどうなるの?』

(うーん……私もファルちゃんも飢え死に?)

『きゃーーっ!? 大変!』

(そうなんだよねぇ、大変なんだよね……)


 人は慣れる。

 戦争中とはいえ国内は意外と平和なので、知識として『国際平和条約』というものを覚えていても実感が無い人間がほとんどだろう。


 グリフォルナード王国の国土は戦場になることも多い。

 そのため、食糧は各国からの支援と有利条件での交易で賄われている。さらに軍備は備え放題、なんなら武器や人員の支援も受けている。

 そのうえ、強い魔力を持ち本人が望むならば、他国からの移住も優先的に行われた。


 グリフォルナード王国は支援に応じて魔物から採取できる素材やエネルギー資源である魔石を回している。

 魔物素材を加工した武具は強力だが、生憎この国には加工技術は育っていない。

 だから他国で造られた武具を、素材や魔石を売った儲けで安く買うことも多い。


 だが、他国で保有している武具の全てではないだろう。

 一番出来が良い武具、ある程度の数は自国で保有しているはずだ。

 でなければ、グリフォルナード王国の軍事力の強さに対してなすすべがなくなる。

 今後条約が更新されなければ、その『備えだった軍事力』がグリフォルナード王国に向く可能性は、大いにある。


 魔王を倒した今、国内生産量は最低最悪なのに、軍事力だけは他の追随を許さない厄介な国。さらには他国からの移民を受け入れていたため、間諜入り放題。それが今のグリフォルナード王国。

 魔王領の脅威が無くなった今、他の国にとってはもはやお荷物であり放置できない脅威であり資源を独占しかねない悪国。支援する意味はない。


『……それって、いつまでもつの?』

(えぇと、たしか五が末尾の年に更新だから……二年後かな?)

『きゃーーっ!?!? 時間ないよ!?』

(うん、私もそう思うなぁ……)


 署名した国が何も言わなければ十年ごとの自動更新だが、現状、きっと何か言う国の方が多いだろう。


「……この国、詰んでません?」

「分かって……くれるか……っ!」

「閣下!?」


 メルルが訝し気な顔をさらに歪めて静かに問いかけたところ、リベリオスは膝に手をついたまま崩れ落ちた。両ひざに手をついたまま、頭ががくりと落ちた。


面白かった、続きが気になると思っていただけたら、ブクマや星、リアクションで応援してくださると嬉しいです!

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