004 バカと結婚する!
さっそく評価・反応をくださってありがたい限りです、凄くモチベになります!
もっとこの作品を楽しんで欲しいと思い、本日は朝昼晩の3回更新します。感謝の更新です。
メルルの大きな瞳からは涙が溢れて、次々にぼたぼたと床まで落ちていく。
それを拭う余裕もない。
リベリオス・フォン・ボウウェイン……彼は、メルルが人生で最も推していたキャラである。
やくしおの攻略対象で、知性キャラ担当であった。クール枠も兼ねている。
見た目と性格の鋭さや、魔力や魔法の知識や技術は随一。だけど彼には大きな弱点がある。そこを補って余りある魅力があるキャラで……、とリベリオスを思い浮かべていたが、すぐに思考は現実に戻った。
「同い年なのに……同じ学校いくのに……っ!」
人は、手が届きそうで届かなかった時が一番辛い。
ショックも大きく、絶望もその分深くなる。
「魔力なかったら、結婚できないーー!!」
いよいよ床に身体を丸め、落ちたパッチワークを握りしめてメルルは号泣した。
メルルの涙の理由、原因はこうだ。
やくしおの舞台であるここ、グリフォルナード王国は、魔王領と接した世界唯一の国だ。
『世界の盾』と呼ばれ、魔王の侵攻を食い止める人類側の最前線である。
長い戦いの歴史の中で、魔力の強い人間が多く集まり、指導者となり、それが王侯貴族となった。
その血脈を今代に渡るまで紡いできた。
また、国民の多くは魔力を持っており、貴族は特に魔力が強い。
魔力は髪や瞳を鮮やかな色で彩り、金色の瞳や金色の髪は特に魔力が強く現れている。金色でなければ得意な属性が髪や瞳の色として反映される。
濃度ではなく輝きや色の鮮やかさが魔力の目安とされており、メルルははっきり言って輝きや鮮やかさを、髪にも瞳にも持っていない。
貴族は前線で戦うのが大きな仕事。
前線を退いた後も、国の運営や若い貴族、兵を鍛え、支える方に回る。
そして、魔法が使えることが魔物との戦闘では必須になる。
敵は魔法も使えば牙も爪もある、人間を殺す本能を持った獣なのだ。
魔法が使えないことが命取りになる。
人類最前線のこの国で、魔力偏重主義が定着するのは自然の成り行きだった。
「いや……いや……うわぁあああんっ」
やくしおはこのグリフォルナード王国の王立学園……戦う貴族を育成する学園が舞台となる。
物語は、強い魔力を示す輝く黄金色の髪と夜空の深い青に金の星の輝きが散った瞳を持つ平民の少女が入学するところから始まる。
彼女は国の命令で、貴族と同等の高度な教育を受け、高い魔力を持つ貴族と共に魔王を討つため、王立学園へと特別に入学した。
そこで愛と戦いの技術を育むのだ。
最後は攻略対象達と共に魔王を討伐し、一番好感度の高い相手と結ばれてハッピーエンド。
なお、学園入学から二年間でストーリーはそこまで進行する。一つ年上の攻略対象がいるからだ。
学園寮到着から入学初日の間に、全ての攻略対象との出会いイベントを爆速で終えるのも特徴だ。なにせ魔王討伐までの時間は二年間しかない。導入はすぐ終わり、さっさと授業やダンジョンでレベルと好感度上げに励まねばならない。
ストーリー進行はステータス数値と好感度に依存する。やり込み甲斐がありすぎるゲームであった。
その出会いイベントをこなした後。チュートリアルに、メルルは登場する。
攻略対象の一人であるレイラード王子が、ヒロイン(プレイヤー)に「魔力の有る、無し」の見分け方を説明するシーン。
悪役令嬢ロゼリアの隣に立ち絵が表示される、モブ生徒。
それが、メルル・ピクシリアである。
「いや絶対説明用キャラだって……その後ちらっとも出てこなかったもん……私が何百周したと思ってんのよ……」
頭を抱えて床に蹲る少女が目を見開いてぶつぶつ言う様は、とても現世の親御さんには見せられない異様さを放っている。
「どうする……どうすれば……魔力偏重主義だし私は次期公爵のリベリオスに手が届かない……それは本当に、現実的に無理……じゃあどうする……何を目的に生きれば……彼が誰かと結婚するのを見……死……?」
もし多少でも結ばれる可能性がメルルにもあれば、少しばかり遠慮して「遠くから見つめるだけで幸せ、ストーリーを変えちゃだめ」なんて言えたかもしれない。
その裏で血を吐く努力をしてリベリオスの婚約者の座を狙っただろう。
ストーリー改変なんて一切気にすることもなく、だ。理性で推しは手に入らないのだ。
しかし、現実は可能性がゼロ。なのに推しは現実として絶対に目の前に現われる。
王立学園に通うのは貴族の義務だ。そのうえ、魔力無しは魔力の強い平民より珍しく地位が低い。
平民も皆うっすらとでも魔力を持っている。
鮮やかな茶髪や黒髪の中に、ここまでくすんだ髪の人間がいると逆に目立つ。
悪い方向に目立つとはいえ、モブはモブだ。話にはその説明用で一回しか出てこない。
名前も、なんなら瞳の描写もちょっと影になっていてされていなかった。あの立ち絵、やっぱ説明用だろ。
魔力が強い人間が血を繋いできたのが貴族であり、魔力が強い平民は戦功をあげれば貴族に取り立てられる。血を取り込むためだ。
「魔力がないってだけで……、いや、それが命取りな国だから仕方ないけど……っ!」
ここピクシリア伯爵領は魔王領と一部接している。
ただ、大部分が人の住む領域と魔王領の間に横たわる『さわらずの森』という広大な樹海のため、辺境伯というよりど田舎の伯爵家という位置づけなのだ。この領地が魔王領の魔物に奪われたとしても、ちょっと境界線が変わったな、くらいの扱いである。
歴史は古いが、目立った功績もなく、立地も危険な割に旨みのない土地なので外から訪問する者もない。
つまり、魔力以外に貴族に取り入れそうな権力も金もない。
「………………決めた」
メルルは蹲ったまま長い思案を終えると、がばっと顔をあげた。
「バカと結婚する!」
この魔力偏重主義の国で、魔力が無いメルルでも心から愛してくれるバカと結婚する。
残念ながらメルルを選ぶ人間はバカとしか言いようがない。状況を把握できない人間であったり、貴族としての責任より愛をとるタイプだろう。
万が一メルルが結婚できるとしたら、この手のバカか、何かしらの事情がある貴族だけだ。事情とは心身の健康が脅かされる事情や、幸せのしの字も望めないような事情のことである。借金とか。浮気癖とか。
「だって兄様は魔力あるもん……びっかびかだもん……つまり、兄様は結婚する……」
そしてピクシリア伯爵家を継ぎ、この家で奥さんと子供と、ど田舎ながら幸せに暮らすだろう。
もしメルルが結婚できなければ、この家に居残ることになる。
(……む、無理……! 外から嫁いできた兄嫁に見下され邪険にされ、姪甥に寄生虫として軽蔑されながら、戦う力も働く力もなくただ老いて死ぬまで家の隅っこで大人しくしておくのが唯一のできること……みたいな人生、無理! あぁ~~! 無理すぎ! 怖い!)
妄想での肩身の狭さが佳境に入る頃には、顔色は青く、冷や汗が額や背中を伝っていた。
前世の妄想力がこんなところで活きてしまい、とんでもなくリアルだった。
想像しただけで怖ろしい。
前世の日本では自活の道を選べたが、基本が戦争中なこの国で、魔力無しでもできる仕事などすでに誰かがやっている。
常に人手が足りないのは魔王領との戦争に関する仕事ばかり。ゲームで見た。
「あ、そっか……エンディング……!」
一瞬、メルルの目に希望が過る。
魔王が討伐されれば魔王領からの侵攻は止む。
魔物は残っているのですぐに平和になることもないだろうが、少なくとも魔力が絶対の価値ではなくなる……可能性がある。
充分にバカとの結婚は望めるラインにある……かもしれない。
「バカと結婚するには……いえ、せめて未来の旦那と呼ぼう、バカバカ言ってたら悲しくなってきたわ」
未来の旦那との結婚を狙うのなら、領地経営と社交技術は必ず必要だ。
偏見はそうすぐになくならない。
魔力無しの存在が他の領に見下される隙になってはいけない。
立ち居振る舞いを考え、気付く人ならば気付くくらいに魔力以外の能力が高い事をほのめかせるような振舞いをする。
ただ目立たないだけでは、ただでさえ見て分かる見下し対象のメルルは、すぐに食い物にされる。
それはメルルの目的のためにも、未来の旦那のためにもよろしくない。
「つまり私に必要なのは……勉強。そして……筋肉」
勉強は当然として、筋肉。それは生きる力。
魔力がなくてもいざとなれば武器で戦えばいい。幸いメルルは運動は得意だ。
戦えない状況でも、せめて逃げるための肉体と、あとは馬にも乗れた方がいい。
「私、やるわ……!」
推しは目の前を通り過ぎていくだろう。
ただ指をくわえてみているしかない。アピールもできない。
そんな悪目立ちをしたら、未来の旦那すら寄ってこない。
未婚のままリベリオスを思って独り身で人生を……というのは実家が太いから成り立つ妄想だ。
ピクシリア伯爵家でそんな真似をすれば、さっきの想像通り兄嫁と姪甥からの絶対零度の視線と軽蔑に晒されたなんの生産性もない人生が待っている。
兄も妹と妻子の板挟みで、頭髪の寿命が早々に尽きてしまう可能性もある。それは避けたい。
「絶対、ぜったいぜったい、結婚するぞーー!!」
すっくと立ち上がったメルルが拳を振り上げる。
それが、メルル五歳の決意であった。
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