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宰相閣下は『壁の草』をご所望です!~転生モブ令嬢は推しの溺愛に気付かない~  作者: 真波潜


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034 来ちゃった

日が昇り小鳥が囀る朝早い時間。

 メルルはボウウェイン邸応接間の扉を開けて、げんなりとした表情を浮かべた。


「来ちゃった」

「一日早くないですか??」


 青髪の青年がソファに体を預け、長い脚を組んで紅茶を飲んでいる。目の前のテーブルには簡単なサンドイッチが置かれているあたり気を遣われているようだ。

 服装は平民らしく簡素なシャツに丈夫そうなズボンという出で立ちだが、身長が高く均整がとれた肉体と姿勢の良さが品を醸し出している。


 メルルのストーカー改め契約精霊のソラールである。


「楽しみで待ちきれなかったんだ、庭先を貸してくれたら一日くらいは勝手に寝るから、大丈夫だよ」

「不法侵入のうえ不法滞在の宣言ですか……」

「メルルの婚約者が許可をくれれば問題無いよ」

「それが難しくなるような行動をするんじゃない」


 筆頭公爵の家にアポ無し突撃する平民など、明らかに不審者である。


 結局昨夜はリベリオスに任務の報告をする前に、メルルは疲れ果ててしまい、一報を入れて先に休んだ。

 激動の日々の疲れを癒すべく、夜はぐっすりと眠り朝は侍女に起こされて起きようとしていたというのに、日が昇ったと同時にソラールがボウウェイン邸を訪れたと報告を受けた。というかほとんど叩き起こされ、急いで身支度をする羽目になったのだ。

 なお、ファリーダはまだベッドでぐっすりと眠っている。


 予めイアソンが客人の予告はしていたので、早くから起きて指示を出していたトマスとロナがあわてず騒がず対応してくれたらしいが、今頃イアソンに起こされてリベリオスも身支度を整えているだろう。


 彼にはもっとぐっすり眠って欲しかったというのに、なんと迷惑な精霊だろうか。どこの馬の骨だ。答えはメルルの契約精霊である。


「お待たせしました! 閣下の準備が整いましたのでお連れしました」

「コール卿、お忙しいのに朝からすみません……本当にすみません……」

「ごめんよ、日が昇ったからもういいかと思っちゃったんだ」

「ソラールさんは反省してください」

「はぁい」


 なお、護衛のエイリックとアイザックも今頃誰かに起こされているだろう。

 さすがに使用人は動き出していた時間だったが、メルルが起きて身支度を終える頃から護衛の仕事は始まるのだ。本来はまだ業務前である。


「お客人、待たせてしまったな」


 応接室に、きっちりとジャケットまで着込んだリベリオスが入ってくる。

 寝起きだろうに隙のない身だしなみに、振ったばかりの香水の香りが隣に立った彼から香り、メルルの機嫌は一気にV字回復した。


「おはよう、メルル嬢。よく眠れただろうか?」

「はいっ、それはもう、大変よく眠れました。……すみません、私のストーカーが……常識はずれなことをいたしまして……」


 回復はしたが、朝から騒ぎになってしまった責任は自分にある。恐縮して頭を下げると、リベリオスの手がそっとメルルの肩に触れて起こしてくれた。


「構わない。大丈夫だから、落ち着いて。……朝から貴女と(まみ)えることができるなんて、夢のようだな」

「あえ、あ、ありがとう、ございます……?」


 ソラールはにこにことメルルとリベリオスのやり取りを眺めていたが、リベリオスの目が自分に向くと、すぐさま立ち上がった。


 貴族社会の礼儀は残念ながらメルルの家で学習しきれかったが、人との接し方という意味では何が相手への礼儀かは多少心得ている。

 主にメルルの兄が教え込んだ。人とは目線を合わせて話すものだ、とという教えは王都でも役に立ったようだ。


「貴殿がソラール殿か」

「君がメルルの婚約者かい? 初めまして、ソラールです。雇ってくれてありがとう!」


 リベリオスが片手を差し出すと、ソラールは両手で彼の手を握って嬉しそうに握手をした。

 フランクな様子に戸惑ったが、リベリオスは単刀直入に尋ねた。

 この部屋には今、リベリオスとソラールの他にメルルとイアソンだけだ。全員秘密を知っている人間だけである。


「メルル嬢から話は伺っている。……精霊だということも。一応確認だが、働かせてしまってよいのだろうか?」

「もちろん。仕事はちゃんとするよ。メルルの近くにいられるし、ファリーダからご飯が美味しいとも聞いているよ。期待していいのかな?」

「うちの精霊たち一体なんの情報交換してるんだろう……」

「正体が知られないために、僕ら使用人と同じメニューになりますが、それでも美味しいとは思いますよ」


 イアソンが告げると、今度はイアソンに向かってソラールは笑顔を向けた。


「もちろん、僕は使用人だからそのメニューで! 使用人の仕事は何をすればいいんだい?」

「庭師を頼もうと思っている。他の使用人と住居を分けるために都合がいいのだ」

「来るときに見せてもらったけど、あの素敵な庭園に僕が手をつけてもいいのかい? 嬉しいな、精一杯頑張るよ。まずは夏に咲く花を仕入れて……あぁ、秋薔薇も色とりどりにそろえたいな。噴水を活かして目に楽しい造園をしよう、きっとこれから楽しいぞお」


 本当に楽しそうに庭師の仕事を語り、視線はさっそく窓の外の庭園へと向いている。

 それどころか窓辺に近付き、あそこはどうしよう、あっちにはあぁしたい、と今日からの職場を見てアイディアが尽きない様子だ。


 そんなソラールの様子を見て、リベリオスはこっそりとメルルに顔を寄せて囁いた。


「……本当に働くのが好きな御仁なのだな」

「そうなんです。普通にやりがいを見つけて勝手にエキスパートになるんです……」

「素晴らしい素養だ」


 むしろ良い人材を雇い入れた、というようにリベリオスが褒めたので、メルルはようやくほっとした。

 はしゃいでいる大きな背中に声をかけておく。


「ソラールさん、人に見られてもいいように体面だけよろしくね」

「分かったよ、メルル。……じゃないね、かしこまりましたメルル様」


 メルルの言葉には素直に従うソラールは、胸に片手を充てて綺麗に礼を取った。

 リベリオスの近くに戻って来て、もう一度同じように頭を下げ、言葉を紡ぐ。


「改めてよろしくお願いします、リベリオス様。僕の事はソラールで構いません」

「あぁ、ソラール。我が家の庭園を任せたぞ」

「謹んで拝命いたします」


 騎士の拝命のような庭師の拝命を受けても、ソラールはまだ頭をあげなかった。

 いつの間にこんな礼儀を弁えたんだ、とメルルが見守る中で、ソラールは抱えていた爆弾を朝の応接間に落とした。


「……ところで、一つお伝えすることがございます」

(え、何?)

「メルル様の兄君があと二刻(四時間)で屋敷に到着します」

「は?」

(兄さんが!? は、え!? なんで!?)


 メルルが思わず令嬢の皮を被りそびれた声を出し、リベリオスはイアソンに視線をやるが、イアソンは首を横に振った。こちらも驚いた顔をしている。


「……そのような連絡は来ていないが」

「伝令の方が追い越されたものかと。単騎で王都に迫っています、土煙をあげて。あーあー魔物の返り血もべったりだ……アーノルドは相変わらずやんちゃだなぁ」


 顔をあげてリベリオスたちを見ているはずなのに、薄青の瞳はどこを見ているかわからない不思議な光を浮かべている。

 リベリオスは語られる内容に目を見開き、寝起きの頭で一生懸命に咀嚼して、慎重に問い返した。


「そういうのが……分かるのか?」

「はい。空は僕の領分ですので。この辺の空から観測できることならばすぐにでもお伝えできます」


 一度瞬きをして不思議な光りを抑えたソラールが顔をあげてにっこりと笑う。リベリオスは衝撃を振り払うように一度首を振り、その隣に立っていたメルルは素直に驚き、ぽつりと呟いた。


「あ、ソラールさんって本当に空の最上位精霊だったんだ……」

「メルル? 待って、僕のことなんだと思ってたの??」

「すぐおやつを与えてくるおじいちゃん」

「ちょっと後で話があるんだけど」

「……お兄様の件が終わったらでいいかな」

「いいよ、長~~いお話しになるからね」

「……はい」


 すす、と目を泳がせたメルルは、はっとして隣のリベリオスに顔を向けた。


「リベリオス様、この後のご予定は……」

「一度城に顔を出さねばならないが。午後には戻れる」

「かしこまりました。重ね重ね、うちの者が色々とすみません……」

「いいや、構わない。……これが婚約するということだろう」

(そ、それはちょっと違う気がするけど……っ!)


 申し訳なさそうに眉が下がっているメルルへ頷くと、メルルもほっとした顔を浮かべた。すかさず瞳を覗き込んで楽し気に目を細めたリベリオスに、メルルの頬に朱が上る。

 昨日、リベリオスが生きた人間(ナマモノ)と意識してから、外面を取り繕うのが難しくなってきていた。


 心臓のあたりがそわそわと落ち着かず、メルルはリベリオスの視線から逃れてソラールへと顔を向けた。


「もっ、もしかしてソラールさんが一日早く来たのは、兄様のせい?」

「うん。伝えた方がいいかと思ったから、ついでに僕も早く来たんだよ」

「こうして慌ただしくなったのも婚約の書類を突然届けたせいだろうからな、見合いという段階も踏んでいない。こちらの非礼が先だから、本当に気にしないでくれ。イアソン、トマスとロナと協力して存分に兄君をもてなしてくれ」

「かしこまりました、若様」


  イアソンが踵を揃えて礼をすると同時、声をあげたのはソラールだった。


「若様! 若様っていいね、僕も若様って呼ぶよ!」

「ソラールさん、体面。あと兄様の対応に付き合って。というか午後まで来ないように伝えておいてくれない?」


 すかさずソラールの崩れた口調を指摘するが、ソラールは意に介さずメルルに頷いてみせた。メルルが相手ならば体面を整える気はないらしい。


「いいよ。王都観光してからおいでって伝えておくね」

「ついでに人気店のお菓子くらいは買ってきてもらいたいけど……返り血がべっとりだとご迷惑だわ。兄様に手土産って概念があるか心配になってきたわ」

「そうだね。ピクシリア領から出るだけで魔物討伐しなきゃいけないし、最低限の食糧くらいじゃないかな? 持ってるの」

「伝令には護衛をつけなきゃいけないものね。そりゃ伝令の方が抜かれるよねぇ」

「アーノルドはメルルと張るくらい強いもんねぇ」

「ファルちゃんの力を借りなければ私の方が弱いよ」

「その時はアーノルドも魔法を使わないっていう条件を付けないと比べられないよ」


 


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