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宰相閣下は『壁の草』をご所望です!~転生モブ令嬢は推しの溺愛に気付かない~  作者: 真波潜


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033 ナマモノは慎重に

 リベリオスと共に馬車に揺られ、その外側をエイリックとアイザックが騎馬で護衛しながらの帰り道。


(……しくったぁ~~~~!!)

『え、どれのこと?』


 姿勢よく座席に収まり軽く目を伏せた姿勢のまま、メルルは内心で頭を抱えてもんどりうっていた。


(まるでしくじりだらけみたいに言うね?)

『違うの?』

(違わないけど! 違わないけどもっとアカンしくじりをしちゃいました私!)


 この失敗をどうリカバリすればいいのか、そもそもリカバリは可能なのか、悩みは尽きない。

 気持ちとしては正座をして反省したい気分だが、リベリオスにこの苦悩を悟られるわけにはいかない。目の前の席に座ったリベリオスは、持ち帰って来た仕事の書類に目を通している。仕事熱心なことだ。かつ、本当に忙しいのだと思う。

 モクトレール伯爵令嬢については屋敷で報告することになっているため、今はその仕事を邪魔せずメルルも静かに座っていた。


 ただし、内心は全く静かではない。心の中でどうしよう、やっちまった、と煩いメルルに、ファリーダはスルーを決めきれず静かに問う。


『……聞いた方がいい?』

(聞いてくれるなら明日の朝もデザートをお譲りします)


 ちなみに、今日の夜の分は先んじて譲ることが決定している。

 できれば放っておきたい。きっとファリーダにとってはろくでもない内容に違いないだろう。今日一日、相棒のろくでもないところが結構見えてきてお腹一杯なのだ。


『なら聞いてあげる』

(ありがとう……ありがとうファルちゃん……! うっうっ……私が……この私がこんな重大なポカをやらかすなんて……!)

『一体何やらかしたの?』


 現実では少し疲れてはいるがリベリオスの前で疲れた顔をすることもなく、ほんの少し微笑みを浮かべて座っているだけだ。内心は悔しさに這いつくばり地面を叩きかねない勢いである。


(ナマモノジャンルを嗜むならば慎重に扱わなきゃいけない、って話をロゼリアにしそびれました!!)

『生魚も生肉も食べちゃダメだよ?!』

(そうだよね。そうなんだよ、ナマモノってそういうもので……生身の人間で妄想するのもその位慎重にしなきゃいけないわけですよ……)


 人目をはばかる必要がなければろくろを回していただろう。

 心の中ではすっかり有識者の顔である。コンシューマーへのローンチに際してリスクヘッジが不充分なままトゥギャザーした結果リソースが不足してリカバリのフィジビリティが云々、と言い出しそうな有様だ。


『分かるように言って』

(つまりね、ナマモノってのは相手が活きた人間って意味なの。レイラードとリベリオスは生身の人間なの! 彼ら自身の感情や嗜好が何よりも尊重されるべきなの! 傍から妄想するのならバレないようにしなきゃいけないの! あぁ~、どうしよう……ロゼリアに火を付けちゃったからレイラードが変な傷をうけなきゃいんだけど……!)


 メルルはリベリオスが最推しのリベリオスのオタクではあるが、やくしおのキャラクターや世界観も大好きだ。ストーリーだって好きじゃなきゃやり込みするはずもない。

 レイラードもロゼリアも、傷つけたり困らせたりしたいわけじゃない。どちらかといえば皆幸せに生きて行って欲しい。

 だからこそやらかしてしまったと頭を抱えるのだ。つい、ロゼリアの圧に呑まれて楽しいところだけ付き合ってしまった。


『えぇ~……やっぱり最初から妄想しなきゃいいんじゃない……?』

(それは無理! 前世でもリベリオスと結婚していた私からするとそれを止められるかと言われると無理でぇ……!)

『今はリアルで婚約してるじゃん』

(あっ、えっ……へへっ、うん……へへ、契約だけど、しちゃった……へへ)


 気持ち悪い感じで照れ笑いをするメルル(の心の声)をファリーダがジト目で見上げる。表面は取り繕ったお行儀のよい顔をしているが、ファリーダにはメルルの崩れた顔が見えるのだ。


『……それで?』

(とにかく帰ったらロゼリアに手紙を書いて……内容を誰かに見られてもいいように、かつ意味が分かる隠語でナマモノを嗜む人間の注意事項を書いて……きっとロゼリアも分かってくれるよね!? ナマモノの取り扱いは慎重に、ってこと……!)

『そこは大丈夫だと思うけど……、ねぇメルル、聴いてもいい?』

(ん? なぁに?)


 ファリーダの声音が代わり、メルルは目を開いて膝の上にいるファリーダと目を合わせた。外の護衛に顔を見られないように、あまり大袈裟には表情を変えないが、ちゃんと話を聞く目を相棒に向ける。

 ファリーダのつぶらな瞳がじっとメルルを見上げて、少し間をおいてから静かに問いかけた。


『メルルにとって、リベリオスの感情や嗜好が一番尊重されるものなんだよね』

(当たり前じゃん、公式(ほんにん)が最も大事だよ)

『もしリベリオスが、メルルのこと本当に好きって言ったら、受け入れる?』


 冗談めかした問いじゃないのはメルルにも分かっていた。だからこそ、表情を取り繕うこともできずに目を丸くして固まってしまう。

 頭の中で反芻する。リベリオスが、メルルに向かって「好き」と言ったら、受け入れるのかどうか。

 それは何千何万と繰り返し頭の中で言われた言葉であると同時に、妄想の中の話だった。


 現実の、今目の前にいる人間のリベリオスに言われたら、なんて一度も考えたことがなかったのだ。


(…………えぇと、都合のいい妄想でしかないと思うけど、うーん……)

『メルルはリベリオスがこんなに好きで大事なのに、リベリオスを尊重してるのに、メルルは好きって言われても好きって応えないの?』

(考えたことも無かったから……えーとね……少し待ってね)


 がたがたと馬車の車輪がたてる音と、リベリオスが書類を捲る音だけが満ちる箱の中で、メルルはじっとファリーダの顔を見つめたまま考えた。

 こんなに頭の動きが鈍いことなんて、あまり覚えがない。この箱の中で突然、自分の世界がひっくり返ってしまったような、突然宙に投げ出されたような胃がすかすかになるような感覚が襲ってくる。


(リベリオスは……前世では画面の向こうの存在で、今世でも絶対に結婚できない遠くから見ているだけの存在で……本当に全然、考えた事なかった)

『リベリオスは、ナマモノだよ』

(……そうだね、人間(ナマモノ)、だね……)


 ちらりと視線をあげると、目の前で長い脚を組み、座席に背を預けて書類を目で追っている。

 窓にはカーテンがかかっていて、隙間から夕方になりかけた強い光が差し込んできていた。その光に長い睫毛が顔に影を落とし、書類の端を指が無意識に揺らしている。

 呼吸の旅にわずかに胸が膨らんで戻っていき、ふとメルルの視線に気付いて顔をあげると、優しく微笑んで首を傾げた。


 メルルの顔が火が付いたように熱くなる。

 溶けた黄金の瞳に囚われそうになって、さっと俯いて視線から逃れた。


『一昨日、急に近くなったから、まだ分かってなかったんだね』

(そう……みたい……、あれっ、あれ?)


 俯いたメルルの表情が困って、混乱して、真っ赤で、頼りない女の子に見えて、ファリーダは優しく尾を揺らす。

 この可愛い女の子(あいぼう)は、ずっとずっと頑張ってきたのだ。それをファリーダは側で見て、支えてきた。


『メルルはずっと頑張ってきたよ。現実じゃ全滅しても生き返れないからって、何度もリベリオスたちをこっそり助けてきた。そのために剣もファルの力を扱うのも頑張って訓練したし、魔物もいっぱい倒してきた。おべんきょだって頑張ったよ』

(うん……、だって……)


 だって私は替えの利く存在(モブ)だから。

 言いかけて口を噤む。ファリーダにそんなことを言ってはいけないと、メルルにも分かるが嘘偽りのない本心だ。


 だから、無理も無茶もできた。

 リベリオス(推し)のためなら、時間も命の危険もどうでも良かった。

 彼のためだから頑張れたし、今も頑張れる。怖くない。


 じゃなきゃ、結婚できる目がないのに、最推しのいる世界に、ストーリーを知っている自分が転生してきた理由が分からなかったから。


『リベリオスは、ナマモノの人間だよ』

(…………私、そんな当たり前のことを見落としてたんだ……)


 ファリーダのふわふわの体を撫でながら、少し恥ずかしそうにはにかむ。

 メルルがやっと現実としてリベリオスの言動を受け止めてくれるのかもしれない、幸せを受け入れてくれるのかもしれないと思ったファリーダは、慌てずに続きの言葉を発そうとした。


『そうだよ、だからリベリオスの言ってる事をそのまま受け止』

(今世はナマモノジャンルだったか~~!)


 だはー、っと心の中が照れ笑いで一杯になっている。ファリーダのつぶらな瞳が丸く見開かれ、ぱかーんと小さな口が開いて塞がらない。


『メルル!?』

(前世ドルオタは通らなかったし三次元に興味はなかったんだけど、今世はバリバリ興味ある、だってリベリオスだもん。うわー、そっか、リベリオス……同じ次元にいるんだ……)

『そだね……なんなら今同じ馬車にいるね……』

(つまりこれ……超VIP個別ファンミ!? うわー、頑張って来てよかったー!)

『……リベリオスごめん、また失敗した……』

(これからは心を入れ替えて、リベリオスの言葉を絶対の正義(こうしき)として全部受け入れるよ)


 天啓を受けた敬虔な信者(ファン)の顔で宣言され、ファリーダは苛立たし気にメルルの太腿を前足で叩いた。


『ねぇ、結局リベリオスがこのまま本当にメルルと結婚したいって言ったら、どうするの? 結婚する?』

(する。でもリベリオスの立場からして難しいよ。筆頭公爵で宰相で、しかも今は改革後で政敵が多いんだよ? 利権が絡まず仕事を手伝えて人から舐められてる動きやすい私、の立場を使い切ったら、他に何も利がないと思うんだけど……)

『好きって言われたら?』

(もし万が一そんな奇跡が起きたら、その時考えようかなぁ。今の所、部下としてほしい、とか、部下として守る、とか言われたけど好きとは言われてないし……色気が凄いけど色仕掛けなんてしなくても私がリベリオスを裏切るわけないのにね)

『…………そだね……』


 これについてはリベリオスが悪い、とファリーダはそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 リベリオスが生身の人間である。そう認識しただけ一歩前進だ、と。


 馬車はボウウェイン公爵邸の玄関先に静かに停まった。護衛についていたアイザックが馬車の扉を開き、リベリオスにエスコートされてメルルは馬車を降りる。


 午前中に屋敷を出たというのに、外はすっかり夕陽で赤く染まっていた。

 メルルの頬が仄かに染まっていることに、肩に乗ったファリーダさえ気付けなかった。



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