030 ジゴロ
手持ちのドレスについてイリーナから懐疑的に聞かれて、周囲にも変な色だと思われていたんだな、とメルルは苦笑して肩を竦めた。
「ピクシリア領って貧乏で有名だと思ってたんだけど、知らない?」
「あぁ……そうだったわね、あなた『魔力無し』の方ばっかり目立ってたけど、あの『無駄森領地』の子だったわね」
メルルが『壁の草』ならばピクシリア領は『無駄森』である。
領地の大半が、お金が無くて開発もできなければ伐採もしない森のため、何にも使えない無駄な森を領地に持っている貧乏伯爵家の意味だ。
「そういえば名乗るのが遅れたわね。知っているでしょうけど、メルル・ピクシリアよ。メルルでいいわ」
「私はイリーナ・モクトレール。私もイリーナでいいわよ。案外話しやすいし、これからよろしく、メルル様」
「こちらこそよろしく、イリーナ様」
互いにレースの手袋のまま握手を交わす。
一見性格が合い仲良くなった令嬢同士だが、その握手を見てファリーダは相棒に疑いの目を向けた。
『ねぇ、聞きたいんだけどさ。……メルルっていつもミラママのお茶会の給仕してたよね?』
(うん? そうだよ?)
『貴族の会話内容なんて知ってるよね……?』
(そうだね、仕事の合間にずっと聞いてたから)
『…………イリーナ悪い男に騙されないで』
(ファルちゃんそれだと私が悪い男みたいだけど??)
『メルルが今イリーナ騙してるのは間違いないじゃん』
(これが仕事なんで……へへっ、お嬢ちゃん、どんどん私に心を許すがいいさ、なぁに優しくしてやるからな……)
『イリーナ逃げてー!』
あえて悪い男ロールプレイをしたメルルに対し、ファリーダは普通にいい子なイリーナに同情している。薄情な相棒である。
イリーナと握手も交わして場が温まったので、メルルは少し心配そうに彼女を見つめ、声を潜めて尋ねた。
「そういえば、なんで……その、令嬢たちに距離を置かれていたの? イリーナ様って凄く可愛らしいしお洒落よね?」
「あぁ、それは……お父様が情けないせいよ」
「情けない?」
モクトレール伯爵は領地は代官に任せ、王宮で官僚をしているという。あの改革の時にも粛清を免れ、というか元々真面目で不正はできない性質らしい。イリーナも声を潜めて教えてくれた。
「お父様は気が弱いっていうか、ぐいぐい来られると断れないタイプなのよ。だから悪い噂がある方ともお付き合いを続けてしまうのよね……」
(親子だ……イリーナもたぶんそのタイプだよ)
『メルル、しっ!』
すっかりイリーナの味方であるファリーダのツッコミが普段より鋭い。
これ以上相棒がイリーナに庇護欲を感じないうちに、本題に入ってしまおうとメルルは話を切り替えた。
「お付き合いといえば、もう社交シーズンじゃない。イリーナ様のお宅ではパーティーは開かれるのかしら?」
「当然じゃない。これから半年は社交シーズンで王都に人が集まってるのよ。開かなければ付き合いを拒否していると思われるか、財政がひっ迫してるなんて悪くとられるわよ」
「お金あるならあるで大変なのね……」
まさかパーティーを開かないことにそんな意味があったなんて、とメルルはげっそりした顔をした。
ピクシリア家は王都にタウンハウスがない。王都に親戚もいない。
開く場所がないから知らなかったのだ。
「ねぇ……あなたを呼ぶと公爵様もご一緒されるのかしら?」
「え? たぶんそうじゃない……かしら?」
イリーナはまた声を潜めてメルルに聞いてきた。
リベリオスが一緒に夜会に来てくれるかどうかは確認してなかったな、と思って曖昧に答えておく。
「……じゃあ、お呼びしてさしあげてもよろしくてよ」
「あら、いいの? リベリオス様は見ての通りお忙しい方だけど……私が誘われるなんてイリーナ様にだけでしょうし、一度くらいご一緒してくれるはずだもの。お話ししてみるわ」
メルルが乗り気で答えると、イリーナの表情もぱっと明るくなる。
彼女はメリットデメリットを気にする計算高い令嬢かとメルルは思っていたが、貴族の中では素直すぎる性質のために、メリットデメリットを計算することを後付けで身に着けた女性、と印象を修正した。
ファリーダが心配するのも無理はない。メルルもちょっぴり心配なくらい、分かりやすくいい子である。
「えぇ。早めに招待状を出すわね、メルル様」
「ありがとう、イリーナ様。――正直、ご令嬢方とは上手に会話できたためしがないの。こんな話しやすい方、初めてよ」
仲良くなるには、あとは内緒話が有効だ、と女心のプロ・メルルは切り出した。
あまりマイナスな内容じゃなく、本心を打ち明ける、くらいがちょうどいい。前世で言う、居酒屋での女子会のノリだ。
「……そんなことないわ。私、すぐ自慢するから嫌な奴って影で言われてるのくらい知ってるもの」
実は私もよ、なんて返事を期待したメルルだが、返ってきたのはイリーナに似合わない卑屈な内容だった。
さっき陰口どころか聞こえるように嫌味を囀られたところだから、普段は努めて気にしないようにしていたところが出て来たのかもしれない。
(さっきの薄明織の話とかかな? あんなので自慢だって言われるんだー)
『ミラママのお茶会はもっと露骨で熾烈で怖いよねー』
(私達はまだまだ小娘なんだわ、ミランダ様みたいにかっこいいレディになりたいわー)
『ミラママかっこいー! で、今こそ傷心中の彼女に取り入るチャンスなんじゃないの?』
(あ、そうだった)
自慢された、なんて少しも思っていなかったメルルは、今度は握手ではなく彼女の手を両手でぎゅっと握り、正面から目を合わせて微笑んだ。
「私はイリーナ様のお話、好きよ。……さっきの、どこにいっても囀る雀よりよっぽど仲良くなりたいわ」
片目を瞑って見せながらちらりと三人雀の笑い声が聞こえる方をちらりと見てやると、目を丸くしたイリーナが小さく噴き出して可愛らしく肩を揺らした。
「ふふ、なぁにそれ。……知ってる? いつもあなたが『壁の草』をしてくださっていたから、気の弱い令嬢なんかは噂の的にされなくて感謝してたりするのよ」
「まぁ。知らないところで人助けをしていたのね、私」
「少しはへこたれたりしてるのかと思ったけど、全くそんなことないのね。今度そういった、あなたに感謝している子たちを集めてお茶会も開いてあげる」
「嬉しい。社交界に友達ができるかもしれないわ!」
イリーナは素直な上に世話焼きでもあるようだ。メルルは他人がやってくれるというならありがたくやってもらうタイプなので、素直に喜んだ。お茶会なら美味しいお菓子も食べられるかもしれない。
ちょっと話しただけでお茶会まで開いてくれるというのだ。きっとモクトレール伯爵家はお金持ちなのだろう。
メルルがあまりに嬉しそうに笑ったのをみて、イリーナは少し視線を外し、もごもごと口を動かす。
「わ、私が……、その……」
「……もしかして、イリーナ様がお友達一号になってくださる……とか?」
「……なってあげてもいいわよ!」
期待を込めた声でメルルが尋ねると、イリーナはツンと顔を逸らして言い切った。どうやら照れているようで、頬がほんのり赤くなっている。
「嬉しい! ありがとう、イリーナ様!」
「……こちらこそ、ありがと」
抑えられない喜びで貴族らしくない素直な笑顔、を向けてくるメルルに、イリーナは仕方ないわね、という様子で笑顔を返した。
美しき女の友情のシーンだが、たった一人の観客は自分の相棒に対していよいよ不審いっぱいの顔をしている。
『うわー、本当に取り入っちゃった……メルル怖い……』
(友達が出来て嬉しいのも本当だよ。私、今まで男女問わず、本っっ…………当に相手にされてなかったし。それに、まさか私が『壁の草』だから助かってた子たちがいるとは知らなかったわ……生の情報って大事だね)
取り入るのは仕事だが、その結果仲良くなれる令嬢が出来たのはメルルにとって本当に嬉しいのだ。仕事がきっかけで友達になっただけで、イリーナに対して悪感情があるわけではない。愛着もまだないが、それはこれからの関係次第である。
ファリーダは少し考えてから、ぴったりとメルルの顔に自分の顔をくっつけた。
『……メルルの相棒はファルだけだからね!』
(ふふっ、当たり前じゃん! 私の相棒はファルちゃんだけだよ)
『ソラールは?』
(おじいちゃん)
『おじいちゃんかー』
その後もしばらくイリーナと楽しく会話を続けていると、不意にメルルの腰に後ろから腕が回った。
驚いて顔をあげたメルルに、リベリオスが上から微笑みかける。
メルルは突然の出来事に、呼吸を忘れ、人前だ、と一瞬で思い出した。
(ヒュッ……!?)
「こんな所にいたのか、メルル嬢」
「リ、リベリオス様……! すみません、気付かずお喋りに夢中になってしまいました」
一瞬で顔を真っ赤にして動揺した様子を見せるメルルに、リベリオスの表情はより一層甘さを強くする。
濃い黄金の瞳を細めて、腕の中に閉じ込めた婚約者を愛おしそうに見つめている。
「いや、構わない。着飾った貴女が笑顔を見せているのを見て、つい邪魔したくなってしまった。……モクトレール伯爵令嬢、邪魔をしてしまってすまない」
メルルを腕から解放し、隣に立ったリベリオスがイリーナに向かって社交的な笑みを浮かべる。
ちらりと周囲を観察すると、リベリオスの登場で少し遠くからでも周囲の視線を集めていた。
周囲の観察をしたせいでメルルは気付かなかったが、イリーナの表情が一瞬ひきつったのを見逃してしまった。
「いいえ、ボウウェイン公爵様。遅れましたが、御婚約おめでとうございます。メルル様は大変すばらしい女性ですのね。私、全く気付かずこれまで交流がなかったことをもったいなく思っていたところですの」
「ありがとう、素晴らしい婚約者を得られたと自分でも思っている。随分仲良くなったのだな」
一瞬のひきつった笑みをひっこめて、丁寧にカーテシーをするイリーナは、そつなくメルルを褒めた。リベリオスもそれを受けて一段笑みを深くした。
ファリーダとしては今すぐ逃げた方がいいような嵐の前兆なのだが、メルルは不穏さに気付かずに笑顔で頷いた。
「えぇ、そうなんです! イリーナ様とはお友達になったんですよ」
大輪のピオニーが咲いたようなメルルの笑顔にイリーナは誇らしげな顔をし、リベリオスはわずかに頬をひきつらせた。
「これからも我が婚約者と仲良くしてやってくれ、モクトレール伯爵令嬢」
「えぇ、メルル様とはすっかりお友達ですもの、仲良くさせていただきますわ、公爵様」
『デジャヴ……』
リベリオスとイリーナは握手を交わしたが、その後ろに落ちる雷を見たファリーダは、さっとメルルの髪の毛の中に逃げ込んだ。
『メルルってジゴロだよね』
(え? なに、何の話?)
『なんでもない』
挨拶を済ませたところで、リベリオスはメルルへと向き直った。どうやらただ邪魔をしに来たわけではないらしい。
「ところでメルル嬢、王妃様が君を私室に招きたいんだそうだ」
「え、今ですか? もちろん構いませんけれど……」
ちらりと会場を見回すと、確かに、いつの間にかロゼリアの姿が会場から消えている。
主催がさり気なく姿を消しているとは思わなかったので、メルルは目を瞬いた。
「これからしばらくあの方はお忙しいからな。私の婚約者に興味があるらしい。……案内しても良いだろうか」
「えぇもちろん。では、イリーナ様。すぐにお手紙お送りしますね、ごきげんよう」
「楽しみにしているわ、またねメルル様」
イリーナと笑顔で別れ、リベリオスのエスコートでメルルはその場を離れた。
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