003 転生先はモブ令嬢
本日更新2話目となります!まだでしたら朝更新の第二話もあわせてお楽しみください。
それは十五年前、メルル・ピクシリアが五歳の頃――
父は山へ魔物狩りに、母は村の治療院の手伝いに出掛けていた。
まだ十歳になっていない兄とメルルは、古くて大きいだけの屋敷で留守番だ。
兄は父の書斎で勉強をすると言うので、メルルは一人で屋敷の中を探検することにした。
大きくて古い家の中は探検のし甲斐がある。
場所によっては床が軋んだり壁が割れていたりと、スリル満点で飽きることがない。
なお、探検が見つかればこっぴどく叱られるので、家族の誰にも内緒である。もちろん兄にもだ。
そうして探検していた延長で、メルルは母の部屋に忍び込んだ。
広いだけで必要な家具しか置いていない部屋だが、母の部屋には飴色に磨かれた古いドレッサーと大きな姿見がある。
メルルが新しい服を作って貰った時には、鏡の前でくるりと回るのだ。母はそれを見ていつも喜んでくれる。それが嬉しくて、つい回りすぎて目を回したこともある。
母はメルルに「一人でこの部屋で遊ぶのはだめ」と言っていたが、今は遊びではなく探検中である。
探検とは未知を探るもの。普段は母の前でお行儀よくしているが、今は一人。
普段見ない所まで見てこそ、幼き好奇心は満たされるというもの。
……当然言えば叱られるので、母には絶対に言えないが。
兄にも見つからないように、そっと母の部屋の内鍵をかけた。
「いざ、未知のお宝をさがしてー!」
床に四つ這いになってベッドの下を覗き込んだり、小さなチェストを開けてみたり、ドレッサーの引き出しも開けてみた。
興味深いものがたくさん入っていたが、さすがにこの『お宝』に手を触れた日には怒れる母に夕飯抜きにされてしまうだろう。
手に取った細工の美しい香水瓶を、そっと引き出しの中に戻す。
「……しずまりたまへー……」
怒れる母を想像していたら怖くなってきた。
引き出しも元のように戻し、メルルは宝探しを中断して大きな姿見の前に向かった。
「あれ?」
形から姿見だと分かるが、いつも見るのとは違って、今は母手作りのパッチワークの大きな布がかけられている。
「あっ」
見上げながら無意識に姿見の布に触っていたら、鏡面を滑ってするりとパッチワークの布は床に落ちた。これは事故だが、メルルの身長の二倍以上はある姿見に、この落とした布をかけ直すのは不可能だ。
「ど、どど、どうしよ……!」
焦った声が出たが、布から姿見へと目を上げ、そして不意に。
大きな鏡の中に映る自分を、不意に真っ直ぐ見つめて、違和感を覚えた。
「……なんで私だけ、お父様ともお母様とも、兄様ともちがうの?」
母の輝く濃い緑色の髪。父の薄緑色に輝く髪。兄は母の髪色と同じ濃い緑の、輝く髪をしている。三人とも瞳ははちみつのような黄金色だ。
でも今鏡の中にいるのは、くすんだ灰色混じりの緑の髪に、同じくすんだ緑色の瞳の少女で。
その疑問の答えは、意外なところから返ってきた。
「あ、そっか。私に魔力がないから……まりょくが、ない?」
頭の中に自然と浮かんだ答え。
その答えを口にした瞬間、メルルの中に膨大な記憶が流れ込んできた。
前世は日本で総合商社に勤めていたアラサーの独身OLであり、乙女ゲームが生きがいの夢女だったこと。
最もハマった乙女ゲームは『約束のエリュシオン』略してやくしお、というRPG要素が強めのフルボイス大作乙女ゲームであったこと。
そして自分が、その乙女ゲームに登場する『モブ』ということまで、一気に思い出した。
「う、う、う……」
メルルは頭を抱えて鏡の前でへたり込んだ。大きい瞳には涙の膜が張っている。
「嘘でしょーーーー!」
母の部屋にメルルの絶叫が響いた。
膨大な情報で頭がくらくらするが、痛くはない。頭を抱えているのは別の理由だ。
感覚がまるきり入れ替わってしまったようでありながら、確かにメルル自身であり、そのギャップに混乱した。
しかし一番の問題は別にあった。
「なんっ……なんでよりにもよって!? なんで私なのーー!?」
「メルル!? ここか!? おい、大丈夫か、なにかあったのか!?」
メルルの絶叫を聞きつけた兄が部屋の扉を叩きながら叫ぶ。
「な、なんでもない!! だいじょうぶ!! ちょっとびっくりしただけ!!」
「そ、そうか……? びっくりさせるなよな、あと母様の部屋でいたずらするなよ!」
「わかったーー!!」
メルルの答えに兄は一言釘を刺し(母はメルルが悪戯していたと知れば、兄も叱るからだ)去って行った。
今はとにかく、急に思い出した前世の記憶を整理したい。
何より一番の問題をどうにかしないと、もう生きていける気がしない。五歳にして人生終了の危機だ。
「あぁ……あぁあ……、これ、これじゃあ……リベリオスがいるのに結婚できないじゃんっ!」
口にした瞬間、メルルの瞳から涙がぽろりと落ちた。
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