029 女心のプロ
メルルが超絶技巧カナッペを自分の口に運びながら横目で状況を見守っていると、取り残された令嬢はその場で少し俯いた後、顔をあげて会場の隅へと移動した。
遠目には薄水色の綺麗なドレスに、薄いミルクティー色の髪を綺麗にセットしたお洒落な令嬢だ。『壁の草』をしていたメルルとは違い、目に見える要因はない。
避けた令嬢たちは本当にロゼリアのもとへ挨拶に行っている。態度は露骨だが、傷つけたいという意思は感じない。家の事情で遠巻きにしている、という様子に見える。
(あれ、モクトレール伯爵令嬢イリーナ様じゃん。昨日リベリオスから聞いてたけど、本当に立場悪くなってるんだね)
『リベリオス難しいこと言ってたね、なんだっけ……』
昨日メルルが聞いた依頼内容は、モクトレール伯爵令嬢に取り入り夜会の招待状を手に入れる事、だった。
それに付随する説明がファリーダには退屈で難しかったらしい。
(えぇとね、今王宮では三つの派閥があるんだよね。現国王を応援してる新体制派、力のある貴族がいっぱいいて汚職だらけの旧体制派、どっちとも程々に付き合いつつどっちかに決定的な味方もしない中立派ね。で、イリーナ様のお父さんは中立派なんだけど、中立派の中でも旧体制派と仲良くしてて、どっちつかずすぎて新体制派からも中立派からも警戒されて距離を取られてる)
『へー! でもイリーナは新体制派? とも仲良くしたいんだね。避けてたの、さっき新体制派だってメルルがチェックしてた人たちだよ』
二つ目のカナッペを口に運びながらもう一度王妃の方を見る。確かに、リベリオスと一緒に挨拶を受けている時、新体制派と記憶した令嬢たちだ。
(若い貴族はみんな新体制派だからねー。……ちょっと怖い事に気付いたんだけどさ、この状況なら私が声をかけたら仲良くなりやすいと思うんだよね)
『……お膳立て?』
(たぶんされたねぇ……モクトレール伯爵が旧体制派と仲良いぜー乗り換えるかもしれないぜー、みたいな噂も流したんじゃないかな)
コルセットの影響で三つ目のカナッペを半分で諦め、残り半分はファリーダが美味しく食べる。お腹が空いている気はするのに、物理的な締め付けでこれ以上入らないという経験は初めてだった。これまでの手持ちのドレスはおさがりか既製品をそのまま着ていたので多少の無理が利いたが、今日はプロの侍女がコルセットで締め上げそのウエストに合わせたピッタリサイズのドレスである。
帰宅したらロナに相談しよう、と心に決めて、舐めるようにアイスティーを一口飲んでおわった。
『……メルル、ファルはいつでも実家帰るの賛成だからね』
(今まで『壁の草』でいるしかなくて距離があったけど、これが貴族の世界だよファルちゃん)
『ニンゲンって汚い……』
(人の汚さなんて知らなかったみたいなこと言ってるけどさては話がめんどくさいだけだな?)
メルルを心配するようなことを言ったファリーダだが、その口はカナッペをいっぱいに詰め込み食事に励んでいる。念話だからとながら食いしながらの言葉にメルルは目をじっとりと細めた。
『うん、人間の世界めんどくさい。メルルが『壁の草』のままでも良かったなーって思う。パーティーの間ずっと美味しいもの食べてられたし』
(私はちょっと寂しかったかな~~、婚活してたわけだし。美味しいものは食べたいけどね! 美味しいご飯をお腹一杯食べられるのは貴族として頑張ってるからなんだよねぇ)
『そっかー。リベリオスの家でも美味しいものばっか出るから、ファルも貴族のメルルに協力したげる。イリーナと仲良くなるのがメルルの仕事でしょ、どするの?』
(『壁の草』歴が長い私には分かる。そろそろいつものが囀りだすはず……)
パーティーの開始早々でもなく、かといって終盤でもないタイミング。
婚活のために出られる夜会にはとにかく出ていたメルルにとっては馴染みのアレは、予想通り見計らったようなタイミングで現われた。
「ふふ、お顔の皮が分厚くて瞼が開かずに状況がお見えにならないのね」
「あの方とお話しなんてとてもできませんわ。誰にどんな風に吹聴されるかわからないもの」
「お父上と例の方は懇意になさっているんでしょう? 私怖いわ、うっかりお茶会にお招きでもしたら茶器の一つも盗まれてしまうかもしれませんもの」
メルルを見つけては『壁の草』ネタを擦り続ける令嬢三人組が、今日はイリーナをターゲットにいつもの『何故か聞こえる謎発声』で嫌味を言い始めた。彼女達を挟んで等距離にイリーナが立っていることから、きっと彼女にも聞こえていることだろう。
ちなみに、横領は隠ぺいや根回しありきの犯罪なので単純な窃盗をするわけではない。彼女たちがネタにするには少々高度なネタじゃないだろうか、とメルルは内心で静かにつっこんでおく。
「本当に、だって財務卿にありながら宮廷のお金を……ねぇ? そんな方とのお付き合いなんて、うちのお父様ならとてもできないと仰るはずだもの」
「あ~あ、はやくお帰りになってくださらないかしら……空気が悪くなってしまいますわ」
(いや、空気悪くしているのはお前らだよ……)
思わず心の中で呟いたメルルの声が聞こえたわけでもあるまいに、楽し気な笑い声をあげて三人雀はイリーナの側から離れていった。
カナッペを食べ終わったファリーダが驚いた顔で三人雀とメルルを見比べている。
『いつものだ……! 今日はメルルに来ないんだ?』
(うん。今日の私はリベリオスって後ろ盾がいるからね)
『虎の威を借るならぬリベリオスの威を借るメルル……!』
(どっちかっていうと、あの雀たちが長い物の威を借る小雀なだけだけどねぇ)
『で、イリーナ孤立しちゃったよ? 助けるんじゃないの?』
メルルは慣れ切っているので毎回大したダメージはないが、イリーナの方を見てみればショックを受けたように俯いている。綺麗なドレスなのに、両手でスカート部分をぎゅっと握っているのが見えて、泣くのを堪えているようにも見えた。
ファリーダとしては、あぁなる前にメルルが割って入り、かっこよくイリーナを助けるのを想像していたのだろう。が、メルルは謎のどや顔を浮かべて相棒に(心の中で)言った。
(いいかいファルちゃん、私は前世で乙女ゲー並びに恋愛小説、夢小説を山ほど読んできた女心のプロなのよ)
『突然のメルル語』
(女の子に最短で取り入るには傷心中がベストってメルル調べで出てるわけ)
『……メルルが男だったらすぐ結婚できたろうにね』
(……ちょっとそんな気がしなくもないけど、リベリオスと偽装婚約できてるから圧勝で女でよかったと思う)
『うんうん、それで?』
(露骨なスルー……つまり、今がチャンスってワケ! さぁ行くぞー)
『なんかイリーナがちょっぴりかわいそうになってきた……悪い男に騙されないようにねって誰か言ってあげて……』
空になった皿をその場に残し、肩にファリーダァリーダをのせたメルルは颯爽とイリーナに近付いた。会場の隅の方は人が少ないため、下手に耳目を集めることもない。
近くで見るとイリーナは小さく震えていた。こんなに心細いパーティーは初めてなのかもしれない。
メルルはつとめてさりげない声音で話しかけた。こういう時、同情なんてされたら余計にみじめなのか『壁の草』プロのメルルにはよく分かる。
「失礼、少しお話しよろしいかしら?」
「……ボウウェイン公爵様の婚約者が何か御用?」
顔をあげたイリーナは、勝気そうな青い瞳でメルルを見て、硬い声で返事をした。
メルルは彼女の返事ににっこりと笑ってみせる。
(すっごい警戒されてる!)
『メルル調べアテにならないね』
(こ、こっからだから! こっからだからまぁ見てなって!)
「いつものように『壁の草』って呼んでくれてもかまわないわよ?」
メルルは『自分に原因があって』蔑称で呼ばれると認識はしており、その原因は自力でどうにかなるものじゃないと自覚もしているので気にした事はない。自虐を冗談めかして使うのもお手の物だ。
場を和ませる小粋なジョークのつもりで行ったが、イリーナの視線はますます険しくなる。
「……嫌味? 今日は私が一人だからって、仕返しに馬鹿にしに来たのかしら」
「いいえ。……あなたなら私の気持ちが分かってくれると思って、声をかけたの」
「は?」
小粋なジョークに失敗したメルルはさらにアプローチを調整する。
「……今なら分かるでしょ? 私、いっつもこんな感じでパーティーで誰とも喋ったことないのよ。だから教えて欲しいんだけど……普通の貴族令嬢ってどんなこと喋るの?」
「……なんで私が」
共感で逆にメルルに同情する切り口は失敗だったらしい。
一緒にするんじゃないわよ、という言外の言葉を感じたメルルは、一歩近づき声を潜めた。
「考えてもみて。……今日の私は新体制派筆頭の婚約者よ。仲良くしとくとお得だと思わない?」
「はっ……!」
メリットデメリットの切り口り口で、ようやくメルルは手応えを感じた。このまま畳みかけるべく、ついでにもう一つ囁いておく。
「ちなみに今日の私は別の意味でご令嬢たちに遠巻きにされてるけど、露骨に攻撃もされないわ。リベリオス様の不興を買いたい子はいないと思うもの。虫よけにどう?」
「確かに……!」
テイク3でようやく掴みはオッケーだと感じたメルルは、自分を鼓舞するためにセールストークを心の中で続ける。気分は前世の歳末セール会場だ。
(今がお買い得! 初回限定無料お試しメルルだよ! さぁ買った買ったー!)
『女心のプロじゃなくて丸め込みのプロの顔だ……』
ファリーダは相棒の悪さにやや引いているが、イリーナは食いついた。
まさか王宮のパーティーで売り込みを受けるとは思っていなかったのだろう。
笑いながら嘆息して、メルルにまっすぐ顔を向けた。
「仕方ないわね、今日は暇だし相手してあげる」
「ありがとう! ……それで、普段はどんなお喋りをするの? 好きな食べ物とか?」
「そんなわけないでしょ! スイーツや流行りものじゃない限りそんなはしたない話題出さないわよ。まずはドレスやアクセサリーの話ね。相手の外見から褒めればどこで買ったかとか、どこで仕入れた生地だ宝石だって話が広がるもの」
「なるほど……確かにそのお話、私も興味あるわ。あなたのそのドレスも素敵ね。青に薄衣の白を重ねてらっしゃるの? 動きで色の見え方が変わって綺麗だわ」
イリーナのドレスが素敵なのは本当だった。
遠目には水色のドレスかと思ったが、ごく薄い、淡く輝く白い薄衣を濃い青の生地に重ねているようだ。夜会の灯りより、今日のような太陽の下で見ると微妙な色の彩が目に楽しい。
「あら、ありがとう。この薄衣は隣のアクセプティアの薄明織なの、お父様が偶然手に入れてくれたのよ」
「アクセプティア王国の? 今ってあまり、そういったお品は入ってこないのよね。すごいのね、あなたのお父様」
褒められて嬉しかったのか、イリーナが告げた内容にメルルは本当に驚いた。
全く無いわけではないが、今年はあまり海外の織物や宝飾品は入ってきていないとミランダの買い物に付き合った時に聞いている。
先日リベリオスが説明してくれた『国際平和条約』のことを鑑みると、商売人としては積極的に「今後敵対するかもしれない国」に品を下ろしたくないのだろうと思う。
そんな中、イリーナのドレスの薄明織の布は上等なものにみえる。
モクトレール伯爵はどうやって手に入れたのか、後でリベリオスに共有する内容として覚えておくことにした。
「まぁね。でもあなたのドレスも素敵よ。……というか、今まで変な色のドレスばっかり着ていたのはなんでなの?」
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