028 ガーデンパーティー
「ねぇあれ、誰かしら……?」
「待って、お隣にいるのはボウウェイン閣下だわ!」
「えっ!? ということは、あれは……」
「嘘でしょ……!」
「あれが『壁の草』!?」
王宮の庭園は春の花が満開だった。
綺麗に調えられた生垣に囲まれ、芝生には分厚く毛足の短い絨毯が敷かれている。
会場にはデイドレス姿の若い貴族が大勢集い、軽い飲み物を手に交流を深めていた。
その会場にリベリオスがエスコートするメルルが到着するなり視線が集まり、あっという間に会場はざわついてしまった。
あわや一昨日の夜会の二の舞かと思ったが、悲鳴を上げて倒れる令嬢は出ていない。今日の衆目の的はメルルのようだ。
昨日マダム・キャスリンが届けた水仙を思わせる黄色のドレスを身に着けたメルルは、春の花の妖精もかくやという淑やかな動きでリベリオスの腕に従っている。
ただ、その内心は春の花の妖精のものとはとても言えたものではなかった。
(わ、わかる~~! 私も目撃者だったら同じこと言う! マッジで別人だよね!? ドレスは最高級品だし、体ぴったりに合わせてくれたロナも凄いし、ヘアセットが可愛すぎる! いや~、桃茶色でも苔でもないドレスだと、リベリオスの隣にいるのも超楽しいわ~、なにより正装リベリオスの麗しさ何!? 今日はお仕事なのに心臓大丈夫かな!? 鼻血出たらどうしよう、ファルちゃんすぐ治してね!)
『鼻塞いでって言わなくなっただけ進歩だからすぐ治してあげる。……見た目がいっぱい可愛いになったのに心の中がいつものメルルでファルはちょっと安心してる』
お仕事中、という意識があるため顔には猫を五十匹程張り付けているが、さりげなく隣に立つリベリオスへと視線を送っている。盗み見るリベリオスの横顔に目元が緩むことまでは止められない。
そんな彼女の視線に気付いたリベリオスが問いかけるように微笑みかけるものだから、プロポーズから三日とは思えない、どう見ても相思相愛の婚約者同士に見える。
その実態は、プロポーズを信用してもらえない男と前世からの推しを舐めまわすように鑑賞している女である。
(ったりめぇよ~う、いやハイテンションなのは自覚ある。やっぱりお洒落するのは楽しいもん。前世でも推しに会いに行く時にはお洒落な服を買ったもんよ)
『正直、突然「これが、わたし……?」ってお洒落した自分に直面して下手にお淑やかになったり可愛い感じの振舞いし始めたりするかなってちょっとだけ思ってた、さすがのメルルも初々しくなるかなって』
(それは昨日のフィッティングで済ませたところだから今日はスキップだよ)
『メルルのそゆとこ好きだよ』
(ありがとファルちゃん)
ここまで、リベリオスに連れられてレイラードとロゼリアへの挨拶から始まり、他の貴族の方からリベリオスに来る挨拶を受けながらの心の声である。
メルルは黙って微笑んでいるだけだ。時折目を伏せたりリベリオスと視線を合わせたりと、控えめな伯爵令嬢として振舞っているだけなので、口からうっかりハイテンションが飛び出すことはない。
もともとが『壁の草』と呼ばれるくらいには見向きもされない存在で、実家は変わらず貧乏で、メルルが『魔力無し』なことも変わらない。変わったのは後ろ盾である。
卑屈にはならないが発言は求められた時だけに控えることで、下手につつかれるのを防いでいた。
そうやって振舞いに気を配っているのはリベリオスにも分かっていたようで、挨拶が途切れたところでメルルの顔を覗き込んできた。
「メルル嬢、疲れてはないか?」
「……っ!」
(っひょお……きゅ、急に、急に顔近い! 4K! いや100K映像!)
『落ち着いて! 映像じゃないよ!』
(ぎえ~~本当だリアルリベリオスだ!? そうだった前世か今世か今わかんなくなってた!)
『普段よりお淑やかにしてるから副作用が大きい……』
混乱の中、何か言わなきゃ言わなきゃ、とメルルは考え頭の隅にあった言葉がそのまま口をついて出てしまう。
「え、っと……少しだけ。すみません、こんなにたくさんの方とご挨拶するのは初めてで……」
ほんのりと顔に朱が上っているのは計算によるものではない。
困ったように眉尻が下がるメルルを見てリベリオスは笑みを深くした。今ならどんな要求をされても二つ返事でメルルのために叶えるだろう。
『今までの夜会で観察してた人の顔と名前を照合しながら8割リベリオスしか見てなくて超元気なのに……』
(でもでもお腹空いたの! 朝からあんまり食べられなかったし!)
『ごはん!? ファルもそれはさんせー! メルルはすんごく疲れてるよ、ご飯たべよう!』
日が昇ると同時に湯浴みからはじめてメルルは徹底的に支度された。食べる暇はなく、髪を乾かしている間に件のドライフルーツのリンゴを摘まんだくらいだ。
その後、ドレスアップしたメルルを正装のリベリオスが迎えに来てからは興奮で忘れていたが、実際お腹は空いている。
「ならば少し休もう。あちらに軽食があるようだ」
「あの……リベリオス様」
「なんだろうか?」
そういえば人にエスコートされるのは初めてだったと思い出したメルルは、声を潜めて意を決した顔を彼に向けた。リベリオスもわずかに顔を逸らして耳を近付けた。
片手を添えたメルルは囁く。
「この素敵なドレスで、お料理を食べても大丈夫でしょうか?」
「……っ! 問題ない、好きに食べよう」
「ありがとうございます!」
「では向かおうか」
(えっ?)
問われた内容のかわいらしさに息を飲んだリベリオスは体を起こし、メルルの腰に手を添えた。安心させるように彼女の体を抱き寄せ、腕の中の彼女に微笑みを向ける。
メルルの心臓は大きく一度拍動し、その拍動を最後に当然のようにその仕事を終えようとした。
(いい人生だった……)
『メルル! メルル生きて! ごはんは目の前だよ!!』
ファリーダの必死の励ましもむなしくリベリオスの腕の中で二度目の人生を終えようとしていたメルルを助けたのは、別の声だった。
「宰相殿、少々よろしいか」
「おや、これはオウジェス卿。もちろんです。……すまない、先に食べていてくれ」
(はっ……そうだ仕事! っぶね~~ご褒美過多で死ぬところだった……ありがとうオウジェス卿……あなたは命の恩人です……)
「えぇ、分かりましたわ」
九死に一生を得たメルルは仕事と(リベリオスの)外聞という大事なものを思い出し、聞き分けよく頷いて一人その場を離れた。
『死因リベリオスはリベリオスがかわいそうだからやめたげなよね、本当に……』
(努力目標ということで……)
『せめて前向きに検討して……』
楚々とした様子で歩くメルルが通りすがるたびに人の視線を集めはするが、誰も声をかけない。
この場にはリベリオスに取り入りたい貴族は多い。だが、まだメルルへの偏見は捨てきれない。捨てきれないが、今までのメルルとは身にまとうドレスが違う。空気も違う。
今まではこの国の社交界で『魔力無し』という異物だった。なのに今日は、立場や振る舞いが全く異物らしくなく、どう評価してよいかわからないのだ。
今は様子見をしているのだろう。
リベリオスの横で挨拶の間中相手を観察していたメルルは、まぁそうだよね、と納得して平然としていた。
昨日まで見下していた相手が、同等以上の立場になったと目で見えてしまう。動揺するなという方がおかしい。
存分に観察して、メルルが彼らの領分の『侵略者』ではないと安心してもらいたいところだ。
そのために控えめにしていたのだから。
『メルル、ごはん? もう食べる?』
(ご飯だよー! 朝は身支度で食べられてないしお腹もすいてきたから早速摘まもう! 軽食だからちょっとだけど)
『宮廷料理おいしーから好き、あのカナッペ食べよー!』
(お、いいねー! 飲み物はシャンパンと……アイスのフルーツティーがある。お茶で食べよう。お酒飲んだら歯止めきかなくなりそう)
『ぽっこりドレスになるのはかわいくないもんね』
(……心して自制させていただきます)
『その分ファルが食べてあげるね』
(くっ! 私もお腹一杯食べたい! 社交するリベリオスを眺めながらシャンパン片手にお腹一杯宮廷料理つまみたい!)
『リベリオスを酒の肴みたいに言うのやめたげよ』
夜会に比べて小ぶりな取り皿に、種類の多いカナッペを少しずつ乗せる。
シンプルなチーズとイチジクにはちみつと黒コショウの組み合わせの他、細かく刻んだミニトマトとハーブ、レバーペーストにウズラのゆで卵を飾り切りした超絶技巧のカナッペもある。招待客は多く、行き渡るだけの大量のカナッペ一つ一つに飾り切りを施しているのだから、宮廷料理人とはまさに職人だ。
宝飾品のような料理は見ているだけでお腹が空く。
取り分けたカナッペを飲食用に置かれているテーブルまで運び席についたところで、メルルの耳に和やかな会場では異質なやり取りが届いた。
「ねぇ、よければご一緒しても……」
「行きましょ」
「えぇ。……あら、あちらのテーブルに王妃様がいらっしゃるわ」
「……!」
(あれは……)
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