027 世を忍ぶ仮の姿
「大変申し訳ございませんでした」
ボウウェイン邸の執務室に主が戻ったすぐ後、アイザックはリベリオスに対し深々と頭を下げた。
片割れのエイリックはメルルの部屋の前にて護衛の任を遂行している。
馬車での一件から二人は態度を改め、自分達が護衛としての職務を逸脱していたことをこうして自ら謝罪にきた。まずはアイザック、その後メルルの護衛を交代しエイリックも謝罪すると二人は決めたようだ。
「……まずは報告を。何をした?」
「報告します。護衛対象のピクシリア伯爵令嬢に対し不遜な態度を取り、その後行動を制限するような言動を取りました」
「……それで?」
「また、本日午後西門付近での魔物騒ぎに乗じ側を離れ魔物の討伐へ向かおうとしました」
直角に腰を折ったまま、乱れない姿勢と声でアイザックは報告をした。
リベリオスは想像以上の部下のやらかしにこめかみを抑える。
アイザックに頭をあげろとは言わないまま、報告内容の気になる点を確認した。
「はぁ……、実際離れはしなかったのだな?」
「はい。ただ、何も分からぬ貴族令嬢だと侮り、言質を取るべく声をかけたところ、明確に止められました」
「彼女の判断が正しい。……その騒動で一時店を空けた商店が何軒か泥棒に入られている」
「……!」
アイザックは思わず頭を跳ね上げた。その顔には、普段の気難しそうな表情ではなく驚愕が浮かんでいる。
西門から商品搬入を受ける予定だった商人が、魔物騒ぎを聞いて馬車を迎えに、または荷を諦めて逃げろと指示するために人手を連れて西門に向かっていったらしい。
こういった騒ぎは初めてのことではないが、王都で白昼堂々の盗み、しかも魔物が王都近郊に出現したとあり王宮まで報告があがってきていた。
「どこも店に人が残っていなかったから人的被害は出ていないが、今警備隊が犯人を捜しているところだ。……おまえが離れていれば彼女も襲撃されていた可能性がある。停車している貴族の馬車など格好の的だ」
「……っはい」
「護衛は実際に戦う以上に抑止力だ。それを弁えろ」
「身に刻み、護衛の任に忠実に励みます!」
もう一度アイザックは腰を直角に折る。
リベリオスは誠心誠意謝罪しているようだと思いつつ、やはり根底にあるのは差別意識であろうとも思っていた。それは個人の問題ではない。
この生真面目な騎士をみせしめにするのは少々心苦しいが、昼のメルルへ対する態度を思えば当然だとも思う。
レイラードの助言通り、減俸三ヵ月が良い落としどころだろう。
「とはいえ処分無しとはいかない。私からは三……」
「なお、ピクシリア伯爵令嬢に対し我々は尻軽女、浮気女、守る価値がない女、と罵倒しております」
「三年間の減俸処分と裁量権の一部はく奪だ!」
「謹んでお受けします!」
三ヵ月が三年になったが、人には言ってよいことと悪いことというのがある。
主の婚約者に向かって言ってよい言葉ではない。貴族令嬢に向かってという意味でも言ってよい言葉でもない。
ここまで沈黙を貫いていたイアソンがドン引きした顔でアイザックに声をかける。
「おまえたち、一体なんだってそんな口汚く彼女を罵ったんですか? 僕は今の言葉だけで叙勲停止でも良いかと思いましたよ」
騎士への叙勲を停止し騎士見習いを飛び越えて従士まで身分、権限を落とす措置だ。
リベリオスも理由は知りたいところで、沈黙のままに続きを促す。
なお、アイザックはさらに頭を深く落としている。膝に顔がついてもおかしくない深さだ。
「……俺とエイリックが令嬢の話を聞かず、偏見を持って罵倒しました。令嬢からもその件について若様に報告申し上げると伺っています」
「はぁ……、今はとにかく彼女を守ることが最優先だ。護衛の任は外さない。だが、次に同じ事があれば減俸ではすまん。従士に落とす」
「……肝に銘じます」
アイザックは頭をあげ、真摯に命を受けた。
イアソンは双子騎士が普段人を食った態度……というか、内心周囲を見下して舐め腐っていることをしっている。若気の至りと思い指導は騎士団長や先輩の騎士に基本は任せているが、まるで昼と態度が違う。
「で、なんでまたそんなに態度を改めたんですか?」
「……令嬢に、緊急時における状況判断について教えていただきました。俺たちより余程状況を読みなれていると思います」
メルルはあの状況判断とそのための普段の情報収集を、戦う人間ならば当然、と思っていたが、あそこまで考えるのは指揮官クラスや戦いなれた人間である。
アイザックは拳でも暴言でもなく実力差を見せつけられたらしい。それをメルルに告げるには若く、知らんぷりするほど身の程知らずではないから、思う所はなくはないがアイザックもエイリックも態度を改めたのだ。
リベリオスはメルルの戦闘能力を知っている人間だ。目を伏せて深く納得した。
「よく分かった。あとでエイリックもこちらに来るように言っておけ。まずはメルル嬢を呼んでくれ」
「はっ、御前失礼します!」
「アイザック」
「なんでしょうか、コール卿」
執務室を出ようとしたアイザックが、イアソンの呼びかけにぎくりと止まって振り返った。
「あとで僕からもお説教です」
「……はい」
アイザックが出て行って五分もしないうちに、今度はメルルがリベリオスの執務室へと入ってきた。エイリックとアイザックは執務室の前で護衛に当たるが、アイザックの顔を見たエイリックが青い顔をしていたのを見て、メルルは何かしら処分があったんだな、と察しなにも聞かなかった。
「失礼します」
「メルル嬢、呼びつけてすまない。内々の話がある」
「いえ、私もリベリオス様と、……あとはコール卿にだけお話ししたいことがございます」
リベリオスが心配そうにメルルを伺う。先程のアイザックの報告通りなら、あんな罵声を浴びせられた貴族令嬢は寝込んでもおかしくない。
一見気丈そうにしているメルルだが、無理をしていないかと心配しているのだ。
立ち上がって応接用のソファを勧め、自分も対面に座る。
メルルも勧められるまま腰かけ、話す姿勢をとる。
「まずは、貴女の話を聞かせて欲しい」
「はい。――実は、私にはソラールさんというストーカーがいます」
「は?」
「ん?」
先に声を出したのは後ろに控えていたイアソンで、心配を消しそびれたが疑問が声になったのがリベリオスだ。
事情説明は一気にした方がいいだろう、とメルルは考え彼らの疑問の声を聞かなかったフリをして話を続ける。
「私が王立学園に通うため王都に移住した際、彼も領地から王都までついてきて今も第三区域西に店を構えております」
「……それで? いつ、どうやって始末する? 全権を委任してくれればこちらで」
珍しく動揺しているリベリオスは、すっかりソラールを処分する気満々になっていた。メルルへ迷惑をかける男などさっさと消してしまった方がいい、とつい気が急いだ。
メルルはその申し出に対しても淡々と話を続けることで応える。
「いえ、これは世を忍ぶ仮の姿でして」
「は?」
「ん?」
イアソンはさっきから目も口も丸くしている。リベリオスはいっそ穏やかな微笑みまで浮かべているが、こちらは内心を抑えようとしすぎて外面が引っ張り出されているようだ。
(びっくりは一度に済ませた方がいいよね)
『そだね、事実は変わらないしソラールは離れないもん』
(婚約したい、ばっかり考えていて当然ファルちゃんやソラールさんを受け入れられるものだと思っちゃってたんだよねぇ……)
『メルルってそゆとこあるよね……』
(反省しております……)
びっくり負荷をかけてしまうのだから、なるべくさり気なく言おう、とメルルは努めて事務的にネタ晴らしをした。ドラムロールからのパンパカパーンで発表したい気持ちもあったが、一生に一度は言って観たかった『世を忍ぶ仮の姿』は言えたのでよしとする。
「実は私の契約精霊なんです。空の最上位精霊だか元は精霊王だかと聞いておりますが、見た目は若くとも中身はただの……おじいちゃん? です」
「は!?」
『メルル、ソラールのことなんだと思ってるの?!』
(実家のおじいちゃん……もしくはおばあちゃん、帰ると美味しいものを永遠に出してくる存在……?)
『……あとでちゃんと聞いたげなね』
(うっす……)
相棒のあまりのわやわやっぷりに膝に乗っていたファリーダまでもが驚いている。
メルルとしては、ソラールから受けている恩恵がいまいちわからず、本当にただ気の良くて世話焼きな実家のおじいちゃんという以上の認識がない。
「…………つまり、その、彼を領地に帰すことは」
「できません。ある程度距離がある分には問題ありませんが、天候を別にする程度離れることは嫌がります」
というかいつの間にかメルルの近くに居場所を勝手に確保するんです、何も知らない第三者が消えてしまうのが忍びないのでご報告しています、とは言えない。
「なる、ほど……」
「それで、ここから彼の店は少々距離があるため、よろしければこちらの邸宅で雇っていただけないでしょうか?」
「……食客でもいいのだが」
「あ、いえいえ! ソラールさんは働くのは好きで一通りなんでもできますので」
むしろ暇にさせているとろくなことがない。店でのあの調子で永遠にメルルに話しかけ続けるのだ。働いていて欲しい。
それに、ソラールが人の中で働くのが好きなのは本当だった。実家でもよく母の手伝いをしていた。
「イアソン」
「庭師はいかがですか? 敷地内の離れも空いております。居住は人と離しておいた方がリスクは抑えられるでしょうし」
「ではそれで手配を」
「かしこまりました」
流れるように職場の用意が整い、メルルは安堵して表情が綻んだ。
犠牲になる第三者は出なかったしリベリオスと気まずくなることもなかった。
「ありがとうございます! 三日後に勝手に来ると言っていたので、その時にご挨拶させます。その後はご案内くださればそのまま住み着くかと思います」
「それまでに手配しておきます」
(リベリオスが福利厚生に手厚い最高の上司で本当に良かった……! 仕事が終わったらちゃんとまとめて出ていくので一時的ですがよろしくお願いします、閣下!)
『今のを声に出さなかったところはファルが褒めてあげるね、だから絶対声に出しちゃだめだからね』
(わかった! ……ん? なんかリベリオス、すごくげっそりしてる。やっぱり今日護衛に付けてくれた双子とちょっとアレしたの、リベリオス的にも心労だったよね……謝らないと)
『……たぶんそこじゃない』
一度天井を仰ぎ見てからリベリオスは視線をメルルに戻し、眉尻を下げて切り出した。
「すまない、メルル嬢。このことも国王陛下に……」
「あ、はい、陛下にお伝えするのは問題ございません。それ以上は秘匿していただけるのでしたら」
「もちろんだ、かならず秘密は守る」
なぜか今日イチ重い声でリベリオスが頷いたが、かえって信頼できる。そこまで真剣に受け止めてくれるということが、メルルは本当に嬉しくて自然に口元が緩んでしまう。
前世で見た、ヒロインに対する不器用で甘いリベリオスではないが、ちゃんと話を聞いて受け止めてくれる、自分に対してのリベリオスが、メルルはずっと好きだと感じている。
今後も偽装婚約者として頑張ろう、とやる気を出したが、まずは謝らなければならないと表情を引き締めた。
「……それで、精霊は人の機微に疎い所がございます。私とソラールさんのやり取りを見て、護衛のお二人には誤解を与えてしまいました」
「……そういうことか。いや、だがその件についてはこちらが謝罪する方だ。……すまなかった」
リベリオスが表情を曇らせてから頭を下げたのを見て、メルルは慌ててそれを止めた。
「いえいえいえ! 私はあのような言動そのものはあまり気にしておりません。ですが、その、ボウウェイン騎士団の紋章を剣に刻んだまま、あの態度は他に誤解されます。少々諫めさせていただきまして……こちらこそ越権行為を申し訳ございませんでした」
今度は逆に、メルルの方が深々と頭を下げた。
互いに頭を下げた状態で沈黙が流れたため、イアソンが咳払いをして主人とその婚約者の沈黙を破る。
「いや……わかった。処分はしたが、そのことで何かあれば即座に対処する。必ず教えてくれ」
「わかりました」
(これ以上辞退するのは、リベリオスの監督に文句があるってなっちゃうだろうし……うん、受け入れよう。嫌われてるのは分かってるし、何かあるにしてもファルちゃんが守ってくれるもんね?)
『任せてー! あの双子ならファルがぼっこぼこにしてあげるね!』
(精霊の不可視の攻撃で騎士二人が再起不能は、人類にとって謎の暴力事件すぎるからぼこぼこの『ぼ』くらいで止めてあげてね……?)
『事態による』
(冷静……)
話がひと段落したところで、リベリオスはメルルの目の前に封筒を一つ差し出した。
王家の紋章が入っており、封蝋は王妃のものだ。明日のガーデンパーティーの招待状か、と理解して頭を切り返る。
「では、明日のガーデンパーティーでの任務を説明する」
「はい、お伺いいたします」
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