026 王と宰相は頭を抱える・1
新年あけましておめでとうございます。
元旦なので朝早くではなくのんびりお昼に更新しました。
明日からまた朝7時更新に戻ります。
「精霊かぁ~~」
「精霊だ」
グリフォルナード王国王城、国王の執務室にて、レイラードは万歳と両手を天井に向けて椅子の背もたれに体を預けた。お手上げ降参、のポーズである。
革張りでしっかりとした造りの椅子は長時間の執務でもへこたれず、国王の無茶な動きでもびくともしない。
執務机の横で姿勢よく立ったまま、リベリオスは目を伏せて頷く。気分は一緒なので特に国王の子供のような態度を特に咎めない。
「しかも幸運の精霊カーバンクル? ははは、どうしようね」
「どうもこうもないだろう」
「有益が過ぎて毒なんだけど」
「これまで知らずにいたのだ、以降も知らない振りをしろ。……当面は」
「当面はね」
リベリオスはメルルと食堂で別れて出仕後、すぐさま国王の元を訪れた。
今日の朝に知った重大事を報告する必要があったのだ。
午前中少し顔を出した際には午後の途中まで抜けるための仕事を済ませて指示を出すに努めたが、それは一度自宅に戻るため、そしてレイラードへの報告のために必要な事だった。
「幸運の精霊カーバンクル……王宮の禁書庫にある資料によれば、契約者のいる間は国が栄えるという。具体的には、大規模な災害がなく、常に豊作が約束される……今のこの国だと恩恵は一見薄い」
「まだ食糧の栽培に切り替え始めたばかりだからな。だが、どうりで作物の切替をしたばかり“なのに”充分な収穫があったはずだ」
「そうなんだよ! 気候や生育条件、水質に地質……全部が麦や豆、芋に適しているわけない。薬草ばっかり作ってたんだから! うまくいきすぎているな、と思ってはいたんだよ……そんなからくりが潜んでいたとはね」
リベリオスが持参した食糧生産の経過報告書をまとめたものや過去五十年分の災害記録をまとめた資料をぱらぱらとめくりながら、確かに十年程前から大規模な水害、地震、冷害の記録がぴたりと止まっている。さすがに小規模な土砂災害などはあったが、それも人里を飲み込む規模のものはない。
こうして見るとしっかり恩恵にあずかっている。
レイラードは苦笑して資料を閉じた。
「大変なのは、安定して生産できるようになってからだろうな」
「私たちの代はいいにしても、次代が困る。研究結果も試行錯誤も残らないとなると……今はとても助かるんだけどね」
「そこは、意図的にやらせるしかあるまい。政局が落ち着いてからだな」
今は最低限の形を整える方が先だ。魔王領からは魔物が流入はしてくる。
他国の王を討ったからと、国民が全て死ぬわけではない。それと同じで、魔王を倒したからと魔物という存在が全て消えるわけではない。
グリフォルナード王国は他の人間の国と同じような仕組みと、魔物に対する対策の両面を両立したうえで、自立する意思があることを示さなければならない。
そのための国家予算を、これまで通り他国にばら撒かれては困るのだ。だから旧体制派を一気に追い出した。レイラードの父、前国王ごと。
「……万が一カーバンクルとその契約者の存在が露呈すれば、自他国共に彼女を狙う勢力が出るだろうなぁ……、あ~~無理~~、国家案件が増えた……」
「公開しなければいい。秘匿に尽力しろ。彼女を危険にさらしても損しかないぞ」
「それは分かっている! が……精霊かぁ~~」
「精霊だ……」
はぁ、と王と宰相は同時にため息を吐いた。
助かるしありがたいし有益なのだ。ただその有益の範囲が広すぎる。有益すぎて狙われる。対応を間違えば有益な存在そのものの不信を招きメルルが傷付く。
レイラードは両肘を机に預けて手を組み、その組んだ手に額を押し付けてしばし考えてから、目元だけをあげてリベリオスを見た。
「ねぇ、もう一度ピクシリア伯爵令嬢に引越しの提案なんだけど。王宮の地下には警備が厳重で三食昼寝つきの安全な部屋があるんだ」
「それは地下牢というのだ。彼女は国から姿を消すぞ。第一、私が逃がす」
「えー……監禁しよ?」
「お前が彼女に変な真似をしないように監禁しろ、という意味か?」
「ごめんごめん悪い冗談だ、怒るな、圧をかけるな! まぁ、いてくれるだけで充分だからね。公開は要求しないし身柄も拘束しない、拘束する方が目立つ」
リベリオスが間近まで近づきレイラードに顔を近付けて間近で圧をかける。
あまりの迫力にあわてて顔を引き、レイラードは物騒な提案を全て取り消した。
半分本気で言っていたと分かっていても、言質をとったリベリオスは姿勢を戻してもう一度ため息を吐く。
「私の婚約者というポジションが一番合理的に守れる。それに……」
「え、まだ何かあるのか?」
「精霊は完全に人前から姿を消せるらしい。意図的に姿を現わしてもらっただけで、普段は全く分からん。メルル嬢を監禁などしてみろ、逃げられて恨みだけが残る可能性がある。……まったく、道理で歴史から姿を消したはずだ」
リベリオスの自嘲まじりの言葉に、レイラードも目を丸くする。
カーバンクルの乱獲は世界規模で記録が残っている。もちろん数百年前のもので、この国でも王宮の禁書庫に残っているくらいだ。
絶滅したのかと思っていた。精霊の効用は多少記録があれど、精霊の生態や能力まで記録が残っているわけじゃない。
つまり、精霊はいつでも人間を見限れるのだ。幸運確実なものではない、そんなあたりまえがたまたま具現化しているだけだ。
そんな存在が、手札の全てを他に知られておらず存在すら匂わせない切り札が、メルルにはついている。
「……便利すぎるな~~! なにそれ、諜報向きすぎない? ピクシリア嬢は意思疎通ができるんだろう?」
「あぁ。おかげで仕事は頼みやすい、が……それは彼女や精霊を危険に晒したいという意味ではないぞ」
「分かってるよ。――彼女には明日のパーティーで、モクトレール伯爵令嬢と親しくなってもらう」
ロゼリア主催のガーデンパーティーには、国内の若い貴族たちに招待状を出している。
派閥に関係なく、もう彼らが戦場に向かう必要はないと示すための集まりだ。
旧体制派の者は殆ど不参加を表明してきたが、中立派のモクトレール伯爵家は出ないわけにはいかないだろう。王家からの招待を断るというのはそれだけの理由と後ろ盾が必要な行いだ。
「モクトレール伯爵家の、夜会の招待状を手に入れるために、な」
「そうだ。旧体制派筆頭、元財務卿シュミター侯爵が頻繁に接触している情報までは掴んだ。モクトレール伯爵は中立派だが、旧体制派は歴史ある貴族ばかりだからな。付き合いは止められないだろうさ」
肩を竦めてレイラードは薄く笑う。王侯貴族に清廉潔白という言葉ほど不似合いで不要な言葉はないが、信用できない者やほっといていい者が少ないのは困りものだ。
「問題はモクトレール伯爵が『誰とシュミター侯爵』を『どこで』『なんのために』繋いでいるか、だな……宮廷の調査では限界がある」
「戦時中に中止し封印されていた研究資料を持ち出したことまでは分かっている。その研究内容から、謀反に魔物を利用する気だろうということも推測できる。……だが、魔力感知をしてもシュミター侯爵の周辺に魔物の反応は見つからない」
「……動いていることは確かなのだ。何が目的なのかまではっきりしない」
謀反を起こしたい、自分達の復権を果たしたい、というのは分かる。
だが、その手段が分からない。その手段をどう手に入れようとしているのかもわからない。
再度背もたれに身体を預けて腰を反らし、天井を見上げながらレイラードは続ける。
「そこで登場するのがピクシリア伯爵令嬢、か。旧体制派は『魔力無し』など歯牙にもかけてないだろうよ」
「彼女の素晴らしさを見ようともしない点にはいささか思うところはあるが、それで彼女が動きやすくなるのならば良い。……今は、だが」
「……ベル、お前だいぶ隠さなくなったな?」
「彼女に告げたのだから隠しても仕方あるまい」
「あぁ、うん……まぁそうだな」
幼馴染で親友でもあるリベリオスが、こんなに恋に夢中になるタイプだとは思わなかったレイラードは、若干言葉を濁した。
溺れている、とは思わない。冷静なところは冷静なまま、有能なところも有能なままだが、大事なところにメルルを置いて、それを隠さなくなった。
心配はしていないが、こんな急激に変わるものか? とレイラードは首を傾げる。
リベリオスは親友の顔からそれらのことを読み取り、拳を口にあてて咳払いをした。
「とにかく、だ。我々の手札の殆どはシュミター侯爵に把握されている。おかげで中立派にも近付けない」
「令嬢同士なら……これまで誰にも見向きされなかった『壁の草』令嬢なら」
「私との婚約をきっかけに社交界での評価もがらりと変わる。婚約者の彼女に取り入ろうという動きもあるだろう。モクトレール伯爵も強く拒否はできまい」
恋に溺れていない宰相は、愛を乞う相手に対しても実利は実利で冷静に見ている。
彼女自身を利用するというより、立場を利用する、という意識なのだろうが、はたしてメルルが知った時に傷付かないか? とレイラードは一瞬考え、やめた。
メルルはそもそも、リベリオスの求婚を一切本気にしていなかった。仕事に協力すると演説した令嬢だ。そこに傷付くわけがないな、と口元に笑みが浮かぶ。
「……お前が目撃した戦闘能力に加えて、精霊がついているうえ、状況や立場までもが有益すぎる……彼女を守るための人員をどこかから回してもいいくらいだ」
「やめろ、目立つ。こちらで護衛は用意した。……少々素行に問題はあるが」
「……もしかしてあの双子か? そりゃあいい、連携と戦闘能力で選ぶならあの二人だろう。警護向きの特殊能力もある」
「あぁ。挨拶の態度は最悪だったが。……減俸何年が良いだろうか?」
「まずは数ヵ月で許してやれ。この国に根付く『魔力無し』への差別はそれだけ根深いんだから」
「……」
レイラードも苦笑交じりで言ってから、昨日ロゼリアにあのあとしこたま怒られたのを思い出した。
ロゼリア自身は『魔力無し』を蔑む意識がまるでない。それは戦場ではない場所で加味する要素だと思っていない。
ただ、ロゼリアの兄ドミニクや父親のウェルゴー公爵は『魔力無し』への偏見がある人間だ。
この国では偏見がある方が多数なのだ。差別されていることを被差別者のメルルに対して笑ってしまった。あれは怒られても仕方がなかったな、とレイラードは遠くを見る。
差別は悪意ではなく思考を止めた慣習だ。意識しなければ『なかったこと』として扱ってしまう、それすら被差別者への二次被害になる。
リベリオスは『魔力無し』への差別意識は薄いが、一般感覚を知覚していないのは宰相としてまずい。そこまで考えて、レイラードは重い口を開いた。
「ピクシリア伯爵令嬢に失礼な例えだが、おまえは『明日から犬を人間と同等の存在として扱え』と言われて、できるか?」
「彼女と犬を同列にするな」
「そのくらい『魔力無し』は下にみられているという意味だ。この国で魔法がないとはそういう意味だろう」
リベリオスの眉間の皺がくっきりと濃くなる。
「……はぁ、その点に異論はない。魔王討伐を成したとして、一朝一夕で人の心までは変わるものか」
「そういうことだ。でもその双子に罰は与えるべきだ。差別をすると損だ、罰せられる、失うものがあると思い知らせろ、みせしめの意味もこめてな。態度が悪かっただけで仕事はしているのなら、ひとまず3ヵ月分でどうだ?」
「……まぁ、今夜報告を聞いてからだ」
レイラードは今ごろ護衛をしている双子が何年タダ働きになるのやら、と少々同情したが、なくすべきものをなくすための痛みとしてはこんなものだろう。そのうちボウウェイン騎士団に肉や酒でも差入れしてやろうと思う。
「ところで、今朝婚約の書類は交わしたんだろう? 私がサインするものは持ってきたか?」
「あぁ、いや、実は……だな……」
とたん、俯いて歯切れが悪くなったリベリオスに、レイラードは下から顔を覗き込んでにやにやと笑った。悪童の顔だ。
「なんだ? 面白い話か? 面白い話だな?」
「契約書に不備がある、と言われた」
「ほう? イアソンがミスとは珍しい」
「いや……『これは婚約の書類であって部下としての契約内容が抜けている、作成して欲しい』と」
レイラードは一拍置いた後、涙をにじませて爆笑した。
「だはははは! まだ婚約を信用されてないのか! 朝迎えにまで行ったのに! ドレスも大量に買い込んだのに!?」
「…………」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
さらなる笑いの予感に、レイラードは涙をぬぐいながらリベリオスに迫った。
リベリオスも笑われるのは分かっているが、一人で抱えていられず口を割る。
「…………仕事を終えて『婚約』も終わったら、報酬として次の婚約者を用意してくれ、と言われた……」
「ぶぁっはっはっはっは!! あー! 最高だな! いや、よく泣かなかったなベル、胸を貸してやろうか?」
「……今はまだいい」
目元を掌で覆ってリベリオスは首を横に振った。泣きたい気持ちはあるが、そもそも婚約の照れ隠しに部下などと言ってしまったのが悪い。いや、間違ってはいない。協力して欲しいとは思うのだが、というジレンマに沈みかけている。
「……早く誤解を解いた方がいいぞ」
「鋭意努力中だ」
笑いを治めてまともな忠告をしたレイラードに、リベリオスも真面目に返した。
「……精霊かぁ」
「……精霊だ」
「「はぁ~……」」
王と宰相は頭を抱えて長い溜息を吐いた。
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また、いただいた感想にはありがたく目を通しております。
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