023 ブラックカード
食後に出てきたお茶を口に運び、メルルは満足そうに息を吐いた。
食後のお茶は華やかではないが茶葉の香りが立ち、すっきりと飲みやすい味だ。
添えられているリンゴのドライフルーツは完全に乾燥させたものではなく、しっとりと水分を程よく残してしゃきしゃきとした歯応えがある。
一度甘く煮てから天日に干したリンゴは、酸味も甘味も濃厚になっている。
凝縮されたリンゴの味をお茶が洗い流し、果実の香りと紅茶の香りが程よく口の中で混ざり爽やかな余韻を残した。
食後のお茶まで美味しい、ともう一度ほうと息を吐く。
「本当に、とっても美味しかったです」
「それは良かった、夜も楽しみにしていてくれ」
「はい!」
メルルが落ち着いたのを見計らって、リベリオスは口を開いた。
「それで、貴女に会わせたい者なのだが……」
「お前たち、礼儀を……!」
「失礼しま~す」
「お呼びでしょうか、若様」
リベリオスが切り出したと同時に、食堂の扉が無造作に開けられて二人の剣士とイアソンが入ってきた。
後ろから嗜める声をあげているが、先に入ってきた剣士は礼儀もなにもない。
「……我が騎士団から、護衛をつけようと思っている」
片手でこめかみを抑えながら、リベリオスは苦々しく告げた。
騎士団の制服や儀礼服ではなく、全身鎧でもない。冒険者程崩れていたり個性的ではないが、パッと見は騎士ではなく剣士と言って差し支えないだろう。
鎧姿で後ろをついてこられるよりはずっとマシなのでその点は有難いが、メルルは別の部分で目を瞠った。
「ボウウェイン騎士団の騎士、エイリックでーす」
「同じく、アイザックです。ピクシリア伯爵令嬢をお守りする任を拝受しました」
(うわ……双子!? 双子で同じ家の騎士! へーー! 属性盛ってるな~攻略対象にいてもおかしくないね)
『メルルはその感想でいいと思う』
薄い金髪にヘーゼルの瞳の彼らは、それぞれ髪を右分け左分けにしているくらいでそっくりな顔をしていた。
エイリックの表情はニヤニヤした薄ら笑いで、アイザックは生真面目そうにむっつりと口を引き結んでいるのが一番大きな差異だろうか。
「彼らを貴女の専属護衛に任命した」
メルルは思わず目を丸くする。
(専属護衛!? えっ、専属!?)
『……いらないよね?』
(色んな意味でいらない気がするけど……あーでも、やっぱりいるのかも……)
純粋な戦闘力という意味で、メルルは自分を守ることができる程度には強い。町中で想定される状況ならば、逃げ切る自信もある。
ただしこれは王都では誰にも開示していないので、その辺を勘案すると、令嬢に専属護衛というのは理由として大いにありうる。
他の要らない理由として、メルルに対して害を与えようという人間は『公に恥をかかせたい』という意味合いが強い。
尊厳を挫き、敗北させ屈服させたいのだ。できればあまり暴力に頼らず。それが『当然の形』だと、メルル自身や周囲に示したい。メルルが『魔力無し』だから。
こういった、虐げて良い気になりたい、という理由しか狙われる理由はないはずだ。
そして、そうされない『位置取り』はメルルの得意とするところである。
だから専属護衛がつく、と言われてもピンと来なかったのだが、危険な任務にあたるのだったと後から思い出した。先にご褒美を過剰摂取したせいですっかりここにいる理由を忘れかけていた。さっき思い出した気がするが、食事するリベリオスの美しさで頭がいっぱいになっていた。
それを含めて考えれば専属護衛も納得できる。
さらに、もう一つ思い当たる理由。
『あ、護衛としてじゃなくて、メルルの見張り?』
(そうそう。あと、対外的なアピールに必要なんだと思う)
『昨日言ってたね! そっかー!』
意味を考えれば、リベリオスがメルルに専属護衛をつけるというのも理解できる。
そんな気を遣ってくださらなくて大丈夫ですよ!? と反射的に言いかけたが、かえって体面をつぶすだろうし不審に思われそうなので笑って受け入れることにした。
「お心遣いありがとうございます。ぜひお願いいたします」
「貴女を守る、と言ったからな。私が常に付き添えるならば良かったのだが……」
(それは別の意味で命がないかも)
『一番危ない状況だよね、よかったねメルル』
(私の命を差し出せばリベリオスが常に付き添ってくれる……?)
『それを差し出すのはやめたほうがいいと思う』
受け入れるとなったら挨拶をしておいた方がいいだろう。
これからお世話になります、という気持ちを込めて二人ににこやかな顔を向けた。
「二人とも、私はメ……」
「オレらがわざわざ守ってあげるから、大人しくしててね?」
「エイリック、もう少しオブラートに包め」
「へぇ~い、ごめんなさ~い」
「……」
メルルの挨拶を遮り、上から目線の言葉を放ち、なんなら行動まで制限しようとしている言い様に視線。
彼らが『魔力無し』で後ろ盾もないのにリベリオスの婚約者になったメルルのことが『気に入らない』と露骨に語っている。
『うわー、ファルはこいつら嫌なんだけど!』
(うーん、これ……護衛っていうか、見張りだと自認してるし、それを隠してないね。疑ってまーす、って意味だと思う)
『リベリオスってメルルを見張る理由あるの?』
(いや、全く無いと思う……たぶんだけど、偉い人の命令はそのまま聞くんじゃなく本音を推しはかる、っていうのが必要だからねぇ。リベリオスにその気がなくても周囲はそうする)
昨日の説明では、メルルの在学中の能力に目をつけて、と言われている。
それならば、事前の調査やある程度の期間は動きを監視されていてもおかしくない。
ならば、人手不足で部下としてオファーしたうえ、その部下の動きを見張る理由は無い。
余計な人手を使うだけだ。
実際、リベリオスは頭が痛そうにこめかみを抑えて苦い顔をしている。
なお、目の端でイアソンが二人の背後で笑顔を一段深くしている。これはたぶん、後にイアソンからお説教が入るのだろう。双子、後ろ後ろ。
「……すまない。腕はいいんだが、少々素行に問題がある。別の者に変えたいが、すぐに用意できる者は腕が劣るせいで、人数が膨れ上がる」
「あ、いえ、かまいません。エイリック卿、アイザック卿、改めてよろしくね」
「『壁の草』令嬢の護衛とかやる気でないけど、がんばりま~す」
「エイリック」
『べーーーー!! ファルあの二人ホント嫌い!』
(明らかに挑発してるからほっといてあげなよ、構うと増長するタイプだよ)
『ファルは見えてないからいいんだもーん! べーー!!』
メルルは分かりやすい挑発をする護衛双子に対して評価は保留とし、ファリーダはべろべろばーと舌を出し尻尾を膨らませている。
彼らの態度を歯牙にもかけないメルルはリベリオスに向き直った。
「あの、護衛を付けていただきましたし、午後から少し町に出てもよろしいですか?」
「あぁ構わない。私も一緒に行きたいが……さすがに午後は出仕せねばならん」
(どれだけ無理矢理抜けてきたんだリベリオス……! お仕事頑張って!)
忙しくて良かった。危うく宰相閣下を平民の町に連れていくことになるところだった。うっかり追ってこないように、出掛ける目的を説明しておく。
「学生時代からよくしてくださっているお店の方に、婚約と引越しの報告をしようと思いまして」
「あぁ、なるほど。好きに動いてくれて構わない。トマス、馬車の手配を」
「はい、ご用意します」
「あ、貴族街の外に行くから目立たない馬車でお願い」
「心得ました」
トマスは滞りなく命を受けてくれるが、護衛二人は鼻の横に皺を寄せている。
「全然大人しくする気ねぇじゃ~ん」
「エイリック。一応逆らえないのだから文句を言うな」
「はぁ~い」
(かえってちょうどいいかも。ソラールさんにこっそり会うより、明らかな見張がついてる方が)
『目撃者ー?』
(そうそう。彼らが報告してくれるだろうし、今夜か明日、リベリオスに説明するタイミングも出来るしね)
『あの双子を利用するんだ? やるじゃんメルル、いっぱい振り回そー!』
(これも仕事だし割り切っていこー! ……ソラールさんっていう壁を超えるほうが大変だし)
『それもそー。ソラール泣くかなぁ……』
(泣くかもしれないけど、放っておくのが一番マズい……)
食事も済み、話しもまとまって食堂の入り口でメルルとリベリオスは別れた。
「お勤め、ご無理なさらずに励んでくださいませ」
メルルはリベリオスを見送る姿勢を取る。スカートを少し摘まんで軽く頭を下げて見送っていると、ニ、三歩進んでから彼は振り返って戻って来た。
(あれ……?)
「……これを渡しておく」
懐から取り出したものを、メルルに向かって差し出した。
両手で受け取ったものを見て、メルルの声がひっくり返る。
「え、これ……これ!?」
(ボウウェイン家の家紋入りブローチ!? 王都なら全部の店でツケで買い物できるこの世界のブラックカード! ちょ、まって、なくせない、どうする!? ファルちゃんの結界!?)
「これで好きなものを買ってくるといい。個人的に必要なものもあるだろう。もちろん、後日店を呼ぶのでもいいが」
「……ありがたく、使わせていただきます……」
気持ちとしては膝をついて両手で捧げ持ちたい気分だが、なんとか両手で大事にぎゅっと握って礼をするに留めた。
背後でエイリックが「うえ~、マジかよ、監禁しよ?」と嫌そうな声を出し、アイザックは無言を貫いている。窘める気がないということは、エイリックと気持ちは一緒なのだろう。
(……この家紋の護衛だと思えば双子もやる気出るよね)
『メルル、ファルはいつでもミラママの家に帰るの賛成だよ』
(うーん、相棒の篤い掌返し……)
ひとまず、メルルとファリーダはリベリオスを見送り、態度の悪い護衛二人を連れて町へ出かけることとなった。
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