021 おうちかえりたい
イアソンに案内された部屋は日当たりのいい客間だった。
客間と言ってもとんでもない広さで、メルルがこれまで暮らした実家の部屋とも学園寮の部屋ともウェルゴー公爵家の侍女部屋とも違う。
調度品は上品な赤紫と木目の美しい家具で揃えられ、白い壁紙には金の模様がそれとなく入っている。
窓際のテーブルには今朝リベリオスから貰った花が綺麗に飾られ、ソファセットのテーブルは白に金の模様で、部屋の女性らしさを一段高めていた。
左手側には十着程のドレスがかけられた移動式のハンガーが置いてある。
「まぁ……! 素晴らしいお部屋をご用意くださったのですね……!」
あながち演技でもなくメルルは驚嘆し、部屋の中に進んだ。
その場でくるりと一周して部屋を確認した際、扉側の壁際に侍女長とメイドが控えていて心臓と肩が跳ねる。
(うわビックリした……!)
『プロ侍女……!』
イアソンもメルルがはしゃいでいる様を見て頷き、笑顔で爆弾をメルルの背に投げ込んだ。主従揃って容赦がない。
「若様は主寝室の隣の部屋を用意したがっていたんですけど、止めました」
「ひぇ……止めて下さりありがとうございます……」
爆弾というより冷や水をかけられ、イアソンに向き直りメルルは頭を下げた。
言われたことが実現していたら、こんなに純粋に部屋を楽しめる心情にはなっていなかっただろう。
(それって公爵夫人の部屋じゃん! 女主人の部屋! まだここ来て初日! アリバイ作りに余念がなさすぎる~……いやアリバイ作りで本当に用意されたら困るけども!? コール卿が冷静で良かった~~……!)
「半日観察して、今ではそこを用意してもよかったな、と思っております」
「コール卿!?」
「冗談です」
「コール卿!」
人間同士でじゃれている間に、ファリーダは部屋の中を駆け回りソファやベッドに飛び込んでいた。あの弾みようが他の人には見えないというのだから、精霊の隠遁術とは凄まじい。
『ファルはこのお部屋すきっ! 広ーいっ!』
(私も好き~、インテリアセンス良すぎて気分いいもん)
前世でいうセレブ旅のホテルだとか、大豪邸に暮らしている人の部屋だとかにイメージは近い。
自分でこの部屋を維持するのでないのなら、こんなセレブ部屋に暮らしたいに決まっている。
「僕は外におりますので、支度が終わったら声をおかけください」
「はい、コール卿。ありがとうございます!」
イアソンの言葉に、リベリオスが食堂で待っているんだった、と思い出した。
頭を切り替えてこの場に残った侍女長ロナへと顔を向けた。
「待たせてごめんなさい。このドレスは明日着るのよ、だから今から着るドレスを選びたいのだけど……すごい量のドレスね。花畑みたいだわ」
「若様が張り切って準備なさいました。本日はどのドレスになさいますか?」
出会ってからずっと厳しい顔つきのロナが、頭を下げて応じる。距離を感じるが、他のメンツがメルルに対して距離感バグなだけでロナの態度が出会って半日の通常だろう。
なので彼女の態度を気に留めないメルルは、やっぱりリベリオスが選んだものなんだ……、とドキドキしたらいいのかどれだけ部下一人に手間と金をかけるんだと白目を剥いたらいいのかと気が遠くなった。
「……そうね……一番シンプルなものにしたいわ」
「かしこまりました」
手際よく今日運び込まれたドレスの中から一番シンプルなものを取りにいったロナを目で追いながら、メルルはこっそりとため息を吐いた。油断すると表情も崩れそうだ。
(もう今日は繊細なのとか豪華なのとかキャパオーバーなんで……)
『メルルお行儀よくするの得意なのに?』
(違うところが……削られてて……)
主に心臓の寿命だとか生存の保証だとかが削られている。
ロナが一着のドレスを持ってきたので、すぐさま外面だけは整えて向き直る。内心はもう疲れ切っているのだ。萌えとは、そういうものだ。
ロナが持ってきたのは薄水色の、生地がしっかりしたドレスだ。
装飾は少なく、大きな襟と飾りボタンが特徴的だ。背中側には大きな白いリボンがあり、所々にアクセントで入る濃い青の模様がデザインを引き締めている。
動きやすそうなシンプルな形で、どこかに引っかけてしまいそうなレースやフリルもない。
「いいわね、これにするわ」
「ヘアセットはそのまま、飾りを変えますね」
「ええ、お願い」
(今着てるドレス引っかけそうで怖かったし早く着替えよ!)
『メルルがこんなに疲れてるの初めて見た』
(私もこんなにメンタルが削られてるの初めて……至近距離の推し、恐ろしい)
前世ではリベリオスをもっともっと摂取したいと必死に漁っていた。能動的に情報を得に行き、ライブイベントやメディアミックスの各種発売記念イベント、映画が公開されれば毎日足繁く通った。
体力のあるオタクだったと自負しているが、推しを摂取しすぎて疲れてしまう、なんてことはなかった。
転生してからも、学園で常に同じクラスをキープし陰から彼らの行動と攻略度合いを測りちょっとした手助けに動いたりと、メルルから情報を取りに行くことが多い。
今日だけで相当消耗してしまったのは、一重に現実に推しがいて交流することが問題なのだろう。まさかこんな弊害があるとは思わなかったが、この疲弊は幸せの疲弊である。手離す気はない。
「……ピクシリア伯爵令嬢様」
自分を振り返っていたらいつの間にかドレスは着替え終わり、丁寧に髪飾りが外されてドレッサーの前に座っていた。いつの間に。
鏡越しにロナを見ながらメルルは微笑んで言葉を続ける。
「ロナ、私のことはメルルでいいわ」
「では、メルル様」
(なにかな……めっちゃ怖いんだけど……圧がすごい)
『ドキドキ……!』
「グレナから聞いております。……ヘアメイクが大変お上手、とのこと」
「グレナさ……グレナから?」
(そこ繋がりあるんだ!? いやあるか! そりゃそうか!)
『世間狭いねー』
(公爵家の侍女長同士だもんねー、そりゃあってもおかしくないわー)
驚きはしたが、グレナの情報網はとんでもない幅広さだった。メルルには一切全貌は見えなかったが、推測はできる。ただ、彼女はそういった外の話を必要以上に中でしない。口の堅さはきっと侍女長という立場には必要なものなのだろう。
きっとロナもそういった情報網があるのだろう。
「それで……よろしければ、本日から私や他の者に、その技術を教えていただけないでしょうか?」
「え? えぇ、それはかまわないけど……」
今も十分綺麗に巻いた髪をドレスと同色のリボンでまとめてくれているのに? と思う。
この家でのメルルの役割は主の婚約者であって、侍女ではない。自分から口を出す気はないが、求められるなら渡すのは構わない。
ただ、メルルに対してよい感情がない様子に見えるのが、余計に怪訝な顔になってしまう。
「恥ずかしながら、女主人が長らく不在でしたので今の流行には追いつけないところがございます。それでメルル様に恥をかかせるわけにはまいりません」
「そういうことなら、私で分かることなら教えるわ。でも、あなたが持っている技術や経験も大事なものよ。私も全く新しいことをしているわけではないし、情報交換、でどうかしら?」
「えぇ、もちろんかまいません。精一杯学ばせていただきます」
「こちらこそ、よろしくねロナ!」
ここまで言葉を交わしたところで、ようやくロナは微笑みを浮かべた。
どうやら強く嫌悪されているわけでもないようだ。
(生真面目な人だったんだね、朝は緊張してたのかも)
『ねー、敵意全然なかったもんねー』
(……もしかしたら、事前の噂と違って私の見た目があんまり酷くてめちゃくちゃ疑ってたのかも……?)
『あのドレス捨てよ?』
(じ、自分で買った唯一のドレスだから……っ!)
『思い出は買えないかー……』
メルルにとっては大きな買い物だったのだ。あの色のドレスを今後着るかと言われたら着ないかもしれないが、記念品としては残しておきたい。もう着ないので許して欲しい。
「出来ました」
「ありがとう、このドレスもヘアメイクもとても素敵ね」
「よくお似合いですよ。若様も喜ばれると思います」
さっきの大袈裟な褒めがもう一度あるのかも、と思うと少々厳しい物がある。
しかし、拒むことはできない。身分的にも立場的にも公式の供給という点でも、だ。
「そうだと嬉しいわ」
(……一番シンプルなドレスでこの繊細さ……か……)
一応心の中だけで、最後の嘆きを呟いておく。
今度こそトドメを刺されるのかもしれない、と思うと何かに文句の一つくらい言いたくもなるのだ。
『でも可愛いよ!』
(ありがとファルちゃん……、私はいつになったら緊張から抜けられるのかな……)
『……ずっと無理かも?』
(イィ~~ンおうちにかえりたい……)
いよいよメルルの弱気は極まり、心の中で涙ながらに泣き言を言いながら食堂に向かった。
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