020 公式の暴力
明日はまた朝7時に投稿いたします
「あぁ……なんと、麗しい」
「リ、リベリオス、様……!?」
イアソンに続いて部屋に入ってきたリベリオスは、メルルを見てすぐに目を細めた。
感嘆を洩らすような僅かに掠れた声が紡ぐ『麗しい』の言葉が、とても演技やお世辞に聞こえない。
長い脚でつかつかとメルルに近寄った彼は、流れる動作で腰を折って華奢な手を掬い上げ、手の甲に唇を寄せた。
(イギャッ!?)
『なんか潰れた!? なんだメルルか……』
(今のは私の心臓が潰れた音だよファルちゃん……)
『個性的な心臓だね……』
悲鳴を口に出すのをなんとか避けたものの、リベリオスはメルルの手を解放する気がないようだ。
掬い取った手を握って自分の胸元に引き寄せ、もう片手がそっとメルルの髪に触れる。
顔のすぐ近くを掠める彼の手が、温度が、メルルの顔に熱を集める。
「思っていた以上だ。このドレスをひと目見て水仙の花のようだと選んだが、貴女が着ると水仙の妖精になるのだな」
「……っあの、その……! 」
メルルは困っていた。これまで外面の社交力だけは張り付けてきたというのに、リベリオスを前にすると呆気なくはがれてしまう。おかげで適切な言葉も分からず、なんと返していいかも選べないまま、それでも何か返さなければとつっかえながら声を発するだけになる。
その困惑はメルルの眉を弱ったように下げさせ、目は一生懸命に目の前の彼を見つめている。
(えっと、あーっと、そう、なにか言わなきゃ……あっ!)
「リベリオス様! お、お仕事中では……!?」
これで一旦話は逸れるだろうし少し距離を取れるかもしれない。
「このドレスを着た貴女がどんな風になるのか、この目で確かめたかったのだ。政務は一時抜けてきた」
「そ、そうですか……」
ただの追い打ちが待っていた。
クリティカルだと思った攻撃が属性相性で不利となりほとんどダメージを与えられなかった、とメルルの意気は消沈し、リベリオスに手を取られて照れて俯くしかなくなってしまう。
(どひゃ~~!? な、なんか、恥ずかし、落ち着かないっ!)
『だいじょぶ、可愛いよメルル!』
できることなら両手で顔を隠したい。視界いっぱいに映っている推しという公式の暴力から目を反らしたい、そう思うのに手はリベリオスに持って行かれて身動きが取れない。
軽くうつむいたままちらりとリベリオスを見上げると、嬉しそうにメルルを見る彼の黄金とかち合って視線を逸らす事すらできなくなった。
「花の色のドレスが本当によく似合う。……きっと君は花の妖精なのだろう」
『メルル妖精なる?』
(なななならなひっ!)
『よかった意識はあるよ、だいじょぶ!』
(ほんと!? 私意識ある!? 夢じゃなかった!)
リベリオスを大画面で摂取するために前世でボーナスを叩いて買った75インチ、あれも最高だったがなんせ今は目の前に立体で本物がいる。最高画質なうえに実際に触れてくるのだ。
意識があるのかないのかも自信がなくなっていた。
メルルはなんとか自分の意識がどこかに吹っ飛んでいないことを確認し、リベリオスから目を逸らさず瞬きもせずに見つめていた。
彼女の草色の瞳の中で、リベリオスの表情が一瞬曇る。
「だが、既製品から選ぶしかなかったのが気に食わない。選びきれなかったものは部屋に運んでいるが、明日はこのドレスで共に王城に行こう」
「ん……?」
流れ変わったな。
ドレスが他にも、ん? なんだって? とメルルの照れて赤くなった貴族令嬢のそれに怪訝さが混ざる。
「今頃部屋に届いているはずだ。マダムに持ってきてもらうよう頼んでおいたからな」
「つまり……?」
「簡単な直しならロナが心得ている。このドレスは明日用だ。今日はまた別の好きなものに着替えたら、一緒に昼食を摂ろう」
メルルの頭はいよいよ理解を拒否した。
侍女生活が長い彼女は知っている。このドレスがどれだけの『高級品』かを。
それが、今既に、まだ見ていないドレスがいくつもあてがわれた部屋にある、と?
理解が沁み込むまで『待って』『すまない、もう一度頼む』と言いたくて仕方なかったが、ここはオタクコミュニティではなく推しの邸宅相手は推し本人だ。
「わ、わぁ……ありがとう、ございます……?」
なんとかお礼を言ったが、その語尾が上がってしまうのは仕方がない。
だが、辛うじて告げたお礼、というのは少々リベリオスには誤解を与えてしまったようだった。
「……気に入らなかっただろうか?」
「いえ! そんな、滅相もない! とっても気に入りました!」
「そうか……服を贈るのは初めてだったのでな。貴女が気に入ってくれたのなら、よかった」
「こほん! ……その、リベリオス様」
「なんだろうか、メルル嬢」
言いたい事はいっぱいあるが、彼の登場からこちら、動揺しっぱなしで自分の本当に言いたい事を伝えられていない。
メルルは華奢なレースに包まれた自身に手をあてて、リベリオスに微笑みを向けた。
(こんなに素敵なドレスを選んでくれたことも、大袈裟なくらい褒めてくれたことも、あとなんか部屋にいっぱいのドレスを用意してくれたことも……)
「ありがとうございます、とっても嬉しいです」
言葉を紡ぐことで、メルルの心に温かい感謝がいっぱいになった。
春の嵐が去って陽が差した際、自然に花が上向き綻ぶように、メルルも笑顔を浮かべている。
今度はリベリオスが彼女の笑顔に固まってしまったが、真っ直ぐお礼を言われて照れたのか顔を逸らして拳を口元にあて、あぁ、と小さく頷いた。
メルルも、彼が御礼の言葉を受け取ってくれたことが本当に嬉しく、安心もした。変な反応は全部スルーして欲しいと思う。
『メルルの他のドレスも見たーい』
(はっ……部屋にこのレベルのドレスが他にもあるんだった……)
『メルル着せ替えー! 全部着よ!』
(ご、ご飯だからすぐ選んで着替えるだけ!)
『そうだっ! ご飯ーっ! 早く着替えよ、メルル! どれでもいいよ!』
(薄情な相棒……)
ファリーダがそわそわと落ち着きなくメルルの周囲を動き回っている。
今は部屋の中にメイドが数人同席しているので姿は隠したままだ。イアソンが見ていれば、きっと床にはいつくばって堪能したに違いない。
「では、その、食堂で待っている」
「僕が部屋にご案内します」
動揺しはじめた主に代わりイアソンが進み出た。
はたと気付いたように、出口に向かっていたリベリオスは足を止める。
「そうだ、メルル嬢」
「はい、なんでしょうか?」
「昼食後に、貴女に会わせたい者がいる。良いだろうか?」
「えぇ、もちろんです。では、すぐに食堂に向かいますね」
胸一杯のお礼も言えて、ファリーダとの日常会話でやっと精神が『公式の暴力』から逃れられたからか、はきはきとメルルは応じた。村は焼けたが冬を越すために隠しておいた備蓄食料くらいは残っていた、そんな気分だ。
だが、公式は追撃をやめなかった。
「あぁ。……今度はどんな花の妖精になるのか、楽しみにしている」
そう言い残していったリベリオスの背中を微笑んで見送る伯爵令嬢……のガワの中で、メルルの精神は一周回って『無』となっていた。
(……甘さが過剰すぎて舌が麻痺してる。今夜眠れるか自信ない……)
『……遅効性?』
(うん……なんか、供給が多すぎて息をするだけで精一杯な時こんなだった気する……)
『寝不足なったらメルルもマダムみたいになる……?』
(それは避けたいかも……)
メルルが動かないのを見かねて、イアソンが部屋の扉を開く。主のしたことは部下がしりぬぐいをすると相場は決まっている。彼は実によく出来た側近だ。
「それでは、まずは部屋に向かいましょう」
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