019 マダム・キャスリン
「失礼いたしマッす!」
バーン、と効果音でもつきそうな勢いでボウウェイン公爵邸の応接室の扉を開いたのは、執念が溢れている壮年の女性だった。
ブロンドのロングヘアを頭頂で大きなお団子にし、前髪は大袈裟な程に盛り上げて巻いてセットしてある。メイクもど派手だが、変ではない。奇抜の一歩手前の、個性的なお洒落、というラインを攻めている。
服装はシンプルながらスレンダーな体躯に沿った上質な濃赤のドレスで、深いスリットが入っているがスリット部分にフリルが当てられており、見た目よりずっと動きやすい造りになっていた。
そんな壮年の女性の顔は、ど派手メイクでも隠し切れないクマがあり、頬はこけている。
(すっごいクマだわ……やつれ方もすっごい……)
『くたびれ元気マダムだ……』
マダムの後ろからメルルと同年代のシンプルながらお洒落なブラウスやスカートを身に着けた女性が十人、ずらりと応接室に入ってきた。その手には箱や布、何か道具の入った荷物や大量のスケッチブックなどをそれぞれ持っている。
メルルが呆気に取られている間に、マダムは正面のソファに移動してきた。控えていたイアソンが彼女を紹介してくれる。
「王都一と言われている『キャスリン被服室』のマダム・キャスリンです」
「ごきげんよウご令嬢! お気軽にマダムと呼んでくださいマッせ!」
「ごきげんよう、マダム。メルル・ピクシリアです。今日はよろしくお願いします」
キレのいい動きで握手を求められ、メルルは笑顔でその手をとった。
内心、名前を聞いて二重の意味で驚いているが顔には出さない。
(こ、高級店じゃん~~! というかミランダ様御用達! いや待って、別人だと思ったんだけど!?)
『ファルもびっくりした、ミラママのとこに来るときはもっとこう……ぐらまー?』
(そう、こんなに頬がこけたりしてなかった……話し方ももう少しゆっくりで、落ち着いていて……何があったのマダム)
『それにメルルに気付いてないよね』
(私、お客じゃなくただの侍女だったからねぇ)
メルルとファリーダがマダム・キャスリンを観察している間に、彼女もメルルを観察していたようだ。握手を済ませた瞬間、マダムは素早く指を鳴らした。
「ンーー……っよろし! アシスタンツ!」
「はいっ!」
「えっ?」
マダムの号令により、メルルの周囲を彼女の背後から入ってきていた同年代の女性たちが囲む。いつの間にか座っていたソファや目の前のテーブルも撤去され、メルルは座ることもできなくなった。そして椅子の代わりに女性たちのさらに外側に衝立が設置される。いつの間に?
「やっておしまいナさい!」
「はいっ!」
「では僕は外で待機しておりますので」
「えぇ~~っ!?」
衝立の向こうでイアソンが無情にも部屋を出ていくのを音で聞いた。
ファリーダは素早くメルルの肩から降り、衝立の中で若い女性たちに踏まれないよう隅っこでがたがた震えている。
メルルはあっという間に今着ている桃茶色ドレスを剝ぎ取られ、簡易な下着と言ってよい薄手のワンピースを着せられた。
その上から四方八方メジャーが体に絡みついたかと思うと、今度はワンピースを脱がされ別のものを着せられている。
(な、え、なに、なに!? ひぃ~~!?)
『あわ、あわわわ……!』
実質全てが終わるまで十分もかからなかっただろう。
それでもファリーダは衝立の隙間から外に逃げ出し、遠くから衝立の様子を伺っていた。
永遠にも感じられるあっという間のもみくちゃが終わると、衝立はすぐに回収されて視界が開ける。
「終わりました、マダム」
「ンッマ! 可愛いじゃナイの!」
「へえい?」
上からアシスタンツ、マダム・キャスリン、そしてただ気の抜けた声を出したメルルである。
気の抜けた声を発した本人は、今何が起こったのかすら理解していない顔で姿勢よく立っている。長年の習慣というものはこんな時でも崩れないようだった。
先程までの桃茶色のドレスと違い、水仙のような薄くともはっきりとした黄色のドレスに身を包んでいた。首から肩、腕、デコルテは全て光沢のある黄色と白の糸で編まれたレース生地に覆われ、ウエストの高い位置や豊かに広がった袖にアクセントとして黒いリボンがあしらわれている。
ストレートに落ちていくようなシルエットのスカートだが、膝の少し上から生地が切り替えられ、軽く薄い黄色の生地が重なっており歩くたびにふわりと広がり揺れるのが儚くも美しい。
髪にもドレスと同じ布で造られた小花のアクセサリーが飾られ、魔力がないために艶や光沢の無い草色の髪が細かく巻かれている。蔓草に春の花が咲いたような印象をあたえるヘアセットだ。
靴もドレスに合わせて薄黄色の華奢なハイヒールに黒いリボンの装飾で、一本の美しい水仙を丁寧にブーケにしたような印象になっていた。
『メルル……かわい~い!』
(な、なんか……こんなちゃんとしたドレス、初めてで……お、お、落ち着かない……)
『似合うよっ! メルルとってもかわいいっ!』
(あ、ありがと、ファルちゃん……)
衝立の代わりにいつの間にか持ち込まれた姿見を見て、メルル自身も目を丸くしている。
自分の草色の髪や瞳が、こんなに綺麗なドレスに映えるとは思ったこともなかった。
思わず姿見の前でくるりと周り、まじまじと覗き込んではため息をついてしまう。
「ンマッ! 閣下のお見立てに間違いはごザーマせんワねっ!」
「え?」
「このドレスは、今日の早朝に閣下が選ばれたものでシテよ!」
「まぁ……」
マダムは満足そうに出来栄えを確認し、重大なことを教えてくれた。
これはリベリオスが選んでくれたドレス……そう思いながらもう一度、ドレスを全て確認するためにゆっくりと鏡の前で回り、じっと姿を覗き込む。
(……花束だけじゃなくドレスも選んでくれてたんだ)
『メルル、すっごく大事にされてるねー?』
(ねー! 明日どうも任務みたいだし、仕事だから手抜かりなくってことかなぁ)
『……ソーダネー』
素早くメルルの肩に乗って一緒に姿見を覗き込んでいたファリーダだが、メルルの返答に声の温度がどこかに飛んで行った。
先程協力関係を結んだのでなんとかリベリオスの助力をしてやりたかったのだが力不足を痛感する。
「でハまた後日ッ! 伺いますのでネッ!」
「え、後日?」
「えぇっ! 平和記念祭典の準備で二月前から大忙しなンです、終わってからまた! 令嬢のドレスを造りにッ! 参りますワ! それでハッ!」
パンパン、と手を叩いてマダムはアシスタンツに指示を出す。
嵐のようにメルルを変身させ、超繁忙期のマダム・キャスリン御一行はボウウェイン邸を後にした。
その後ろ姿を呆然と見送って、ようやく心の中で言葉が生じる。本当に嵐だった。
(どひゃ~……たしかにそうかぁ、準備期間からここまで……お疲れ様です……)
『このハイテンションも寝不足のせいなのかなー?』
(ありうる……あんな喋り方のマダムじゃなかったもん……)
『きかんげんてー?』
(私は弱いんだよなぁその言葉……!)
いつの間にかソファもテーブルも元の位置に戻り、着ていた桃茶色のドレスは丁寧に畳まれてテーブルに置かれた箱の中に鎮座している。
「失礼します」
「あ、はいどうぞ」
マダムが出て行ったからか、部屋の外からイアソンの声がかかる。
「おや、これは……素晴らしい。ほら、若様」
(えっ、若様!? リベリオスいるの!?)
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