018 奴隷適性
「……っ!」
「んなっ!?」
長く伸びたふかふかの尻尾を振りながら自分を覗き込む大の男二人を見上げて、ファリーダは楽しそうだ。メルルの実家では家族公認でいつも姿を現わしていたが、王都に来てからは逆で、こうしてメルル以外の人前に姿を現わすのは久々なのだ。
対照的に驚愕を顔に張り付けたまま、急に出現した小動物をじっと見つめていた二人のうち、最初に言葉を取り戻したのはリベリオスだった。
「……これは?」
『これじゃないよ、ファリーダ!』
「……すまない。君は、ファリーダという……、何だ?」
リベリオスの長い指がファリーダに向き、ファリーダがふんふんとその指先の匂いを嗅ぐ。驚いてはいるが恐れてはいないのか、リベリオスは視線を外しはせずに、ファリーダに指先を好きにさせている。
こういうところは普通に獣っぽいんだよな、とメルルは冷静に思う反面、心の九割を占めるのは『尊』という一字である。
(ってぇてぇ~~!! 推しと! 相棒の! 初遭遇! っかぁ、カメラ! カメラをもてぇい! はぁ~~……かわえぇ~~……尊~~……! 今この瞬間世界は平和になった! 世界平和万歳!)
『メルル、魔王ないないしたの二年前だよ』
(愛想振りまきながらツッコミは忘れない、相棒の鑑……!)
うちの子、賢すぎ……!? と口元を両手で覆ってファリーダとリベリオスの戯れを見ていたが、イアソンにも説明を求める視線を向けられて外面をようやく思い出した。
警戒を解く微笑みを浮かべて、メルルは二人に説明を始める。
「カーバンクルという精霊です。変異体なので伝承と色味は違うと思いますが」
「せ、精霊!?」
「カーバンクル……幸運の精霊か」
おや、とメルルは意外に思った。リベリオスの口から『幸運の精霊』とカーバンクルの別名が出てきたからだ。
精霊については調べようと思って調べなければまず当たらない。伝説やおとぎ話の中にそんな存在がいる、という程度が一般教養だと認識していた。やくしおにも本編にはあまり関係なく、ダンジョンの一つの碑文にその名前が刻まれていたくらいだ。前世で見た。
リベリオスもあの碑文を読んだのかもしれないな、とすぐに思考は流れていった。
今はそれ以上に、目の前の最高スチルムービーを目に焼き付けるのが先である。
「ファリーダ、はじめまして。私はリベリオスという」
『知ってる! ずっとメルルと一緒にいたから、全部知ってる』
「……うん、そうか」
『がんばってね……』
「ありがとう……」
全部、が少々強調されたせいか、リベリオスは言葉を呑んで頷く。
そしてファリーダの心から同情するような声音がリベリオスの胸を打つ。ファリーダをすっぽりと包める大きな手と、彼の小指の先程しかない手がしっかりと握手をした。
リベリオスの後ろでイアソンが口元を抑えている。こんな小さな獣にまで同情される主の奮闘を思うと、笑……涙が出そうになる。
「あらためて色々とよろしく頼む、ファリーダ」
『うん、よろしくねーリベリオス!』
ここにある一つの協力関係が結ばれたのだが、ファリーダがメルルに背を向けていることと、そんなファリーダにリベリオスが顔を近付けているせいで影になってよく表情が見えないメルルには、この二人の邂逅が少々静かすぎるように見えた。
(あれ、リベリオス反応薄い? もしかしてファルちゃんのことバレてた?)
『ううん、リベリオスがファルに視線むけてたこと一回もないよ』
(うーん、じゃあなんでだろ……可愛すぎて言葉を失った、とかかな? 分かる~)
『たぶんその位の理解でメルルはいいと思う』
(なんか冷たくない!?)
相棒に雑に処理されたメルルが内心でショックを受けているあいだに、ファリーダはリベリオスの掌に小さな両手をついて彼を見上げた。
話を聞くためもう少し顔を近付ける。
『ファルね、人間と同じ量のご飯たべるの。内容も人間と一緒。メルルと一緒に食べるの、リベリオスはご飯くれる?』
「ウッ!?」
(すごい愛嬌振りまいてる……! お母様に盗み食いがバレた時にしか見たことないのに……!)
「あぁ、もちろん用意する。イアソン、頼むぞ」
「かしこまりました。このイアソンにお任せください!」
ファリーダの、こてん、と首を傾げながらのお願いにやられたのは、リベリオスの後ろにいたイアソンだ。胸を抑えて悶えていたが、ご飯の要求に前世の居酒屋店員並の早さで応じている。
初対面の抜け目のない印象がメルルの中で霧のように薄くなっていった。
(やっぱり同類か……)
『おなかすいたらイアソンのとこ行けばいーってこと?』
(半年もしたらまるまるカーバンクルになりそうだねファルちゃん)
『……ひかえめにする』
間違いなく今日からイアソンはファリーダ用のおやつを持ち歩くだろう。メルルのおススメはケークサレだが、日持ちのする焼き菓子なら携帯してよし、自分で食べても良しなのでお勧めしたいところだ。
生暖かい視線をメルルに向けられていたイアソンだが、段取りを考えている間にはたと気付く。
「あ……厨房には、令嬢が少々燃費が悪い、というように伝わるかと思いますが」
「あ、それはもう、構いませんわ。ウェルゴー公爵家でもその扱いでした」
「……かしこまりました」
むしろボウウェイン公爵家に移ってからメルルの分の食材購入が一人分になったとなれば、ミランダが乗り込んでくる可能性がある。
グレナはそういった情報収集が得意だ。そのノウハウはメルルにも惜しみなく教えてくれたので、二人分食べる食いしん坊ということになっている方が助かるのだ。
「この事は、どうか口外されませんようお願いします。ファリーダは自身を人の耳目から隠す術を使っておりますので、虚言とされてしまいかねません」
精霊が本気で人前から姿を隠そうとすれば、人には見つけられない。だからファリーダ自身の心配以上に、この秘密を知った二人の方が心配になった。
地位のあるリベリオスやその側近のイアソンが嘘つき呼ばわりされるのはメルルも避けたいので、表情を改めて忠告した。
「ほう……学生のころからずっと一緒にいたのだとしたら、全く気付けなかった。それほどの術なのだな」
「はい。もう十年一緒にいます。私の相棒なんです」
『そーだよ! メルルの相棒なの!』
ファリーダは素早くメルルの肩まで移動する。メルルも嬉しそうに顔をよせて、ねー、と顔をくっつけた。仲の良い姉妹のような振舞いは実に眩しい。
リベリオスとイアソンの目はその眩しさに焼かれた。
リベリオスの顔からは険が消えうせ、イアソンは自然に手を合わせ祈りを捧げていた。
メルルの同類だが、彼は前世にいればきっと『猫アカウント』を作っていたタイプだろう。奴隷適性がある。
「ただ、陛下にだけは伝えたい。どうだろうか?」
『レイラード? いいよー』
「本に……本霊が良いと言ってるので、それも構いません」
ファリーダとメルルに頷いたリベリオスが真摯に頷く。
「約束は守る。イアソン、それでいいな?」
「もちろんです。言っても誰も信じないでしょうし、誰にも告げることはありません」
イアソンの声も表情も今日イチ真剣なものだ。
メルルは彼の信用度を心の中で一段上げた。オタクが推しについて約束を破ることはまず無い。
「ありがとうございます」
(あ~よかった! 二人とも内緒にしてくれるって! レイラードも口が軽い人じゃないし……)
『どうせ誰かが確かめにきても、ファルは見えないしだいじょぶ』
(それもそうだね。この二人の前では姿も現わせるし喋っても大丈夫になったし……)
『じゃあなんで今は念話なの?』
ファリーダは外向けの発話も念話を使っているが、自分の声を特定の相手にだけ届けることも自然に行う。今はメルルとだけ話している状態だ。ラジオと通話の違いのようなものだ。
メルルに合わせて使い分けているが、今は別段心の中で会話する必要はないはずだと首を傾げる。
(素を出すのが恥ずかしいから……)
『複雑な乙女心……』
イアソンと食事周りについて軽く話していたリベリオスが、デスクに置いてある時計を見てメルルに向き直った。
「そうだ。この後すぐに客人がくる。メルル嬢に対応してもらう必要があるのだ」
「かしこまりました。えぇと……、どちらでお迎えすればよろしいでしょうか?」
誰かに挨拶する必要があるのかな、とメルルは気負う様子もなく頷いた。
ただ、まだ部屋を与えられていないし、家の中について何も知らない。
イアソンが素早くテーブルの書類を片付け、メルルの側に控えた。
「僕が案内します。早速向かいましょう」
「メルル嬢、また後ほど」
「はい、また後で」
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