015 愛の奴隷登場
本日二話目の更新です。
明日からはまた朝の一話更新となります。
「……」
「まぁ、歩く花束だわ」
「そうですね、奥様」
『はではでだー!』
まだ朝の時間。出立準備を終えたメルルと、ミランダ、グレナ、他に同僚で仲の良かったレティーとエリザ、数人の執事でリベリオスが乗った馬車を出迎えた。
馬車は外から従者によって扉が開かれ、そこから上半身が花束で隠れたリベリオスが降りて来たのだ。
メルルは目も口も丸くし、ミランダとグレナはそのままを口にし、レティーとエリザはリベリオスのクールなイメージとのギャップに言葉を失った。
色とりどりのガーベラと微妙に赤みの違う薔薇色々に、イエローやピンク、深紅まである彩豊かな大輪のピオニー。それらをなんとか調和させるようにカスミ草があしらわれている。
なんとか花束の体裁を保っているが、歩く花屋と言った方がいいかもしれない。ド派手で、でも統一感のない花束だ。
そんな歩く花束が馬車から降りたところから、メルルは喜ぶ以上にはらはらしていた。
リベリオスの弱点を知っているからだ。
「あっ……!」
案の定、歩いている途中で石畳のほんの小さな隙間に躓いて彼の体が傾いた。
構えていたメルルは素早く近寄り、花束を挟んでリベリオスの体を抱きとめる。
並ぶとリベリオスの胸の高さしか背丈のないメルルだが、そこは鍛え方が違う。
危なげなく、花束ごとリベリオスを支えて花の隙間から彼を見上げた。
「! す、すまない、メルル嬢。前が見えなかった……」
「いえ、足はくじかれていませんか?」
重心は引いたがほとんど抱き合った距離のまま、リベリオスは慌てて謝った。
春の花の香りでいっぱいだが、それどころではない。
怪我はないかを素早く、心からの心配を浮かべて問うメルルに、少し焦っていたリベリオスの表情が優しげに緩む。
「あぁ、大丈夫だ。……格好がつかないが、貴女とこうして間近で話せるのなら、私の不格好も悪くない」
「ひえ……」
甘く低く、間近でリベリオスが囁く声が耳に触れると、メルルは一瞬で顔に熱が上がった。
小さな悲鳴はあがったが、普段の心の絶叫はおきない。ど直球ストライクでオタク的な観察に逃げる余裕がなかったのだ。
「この花束は、貴女を想いながら庭で特に綺麗なものを集めたものだ。どうか、受けとって欲しい」
「はいよろこんでっ!」
逃げる余裕が無ければそのまま出る。
昨日は堪えた「はいよろこんで」がメルルの口から早口で飛び出した。
リベリオスは、顔を真っ赤にして目を丸くし、動揺のままに声を発する初々しいメルルを見て笑み崩れた。愛おしさに自然に頬が緩んだようだ。
その笑みがまたメルルの心臓を直撃して、頭の芯まで熱を持ち動くことも言葉を発することもできなくなる。
「合格ね」
「悔しいですが、合格ですね」
『リベリオス合格!』
(し、審査員も大満足……!)
後ろでジャッジする審査員の皆さまの声が聞こえて、段々とメルルに思考力が戻ってくる。
この隙を逃さず物理的にも精神的にも一歩引いたオタク位置に戻ろうとしたが、リベリオスは精神の方に追撃してきた。
「思った通りだな」
「はい……?」
一歩離れた位置から大きな花束を抱えたメルルをじっと見て、彼は一層目を細める。
「君にはどんな花も似合う。全ての花は君の為に咲いているのだろうな」
「……ッ! あの、閣下、そのですね……!?」
ちょっと控えていただけると助かるのですが、と続けたかったが、リベリオスは言葉の途中で少し拗ねたように表情を変える。ゲームでもこんな多彩な表情差分はなかった。
そのむっとした顔にメルルの心臓は素直に、素早く反応して身体はまた金縛りにあう。
「リベリオス」
「へ?」
「リベリオス、だ。そう約束しただろう? メルル嬢」
リベリオスは不満げな顔のまままた一歩距離をつめ、両手の塞がったメルルの髪を一筋、彼女の耳にかける。
「……リベリオス様……っ!」
その指の感触が僅かに耳に触れ、メルルはぎゅっと目を閉じて震える声で彼の名を呼んだ。
(愛の奴隷って何……? 私を奴隷にする調教モードってことだった……? やば、鼻血、出る、いや出さない、絶対に出さない……気合いで出さない、唸れ私の鼻筋!)
『メルル……せっかくすごい可愛かったのに……』
ファリーダの声がこれまで聞いたことがないほど残念そうだ。
今はミランダの足元でメルルを眺めているのだが、メルルは見えないはずの背後にいる相棒の、これまで見たことがないほど残念そうな顔が見えた気がした。
「少し、挨拶を」
「あ、は……はいっ!?」
メルルの反応に満足したのか、リベリオスは自然にメルルの腰に手を添えてエスコートの体制に入る。もはや、メルルの全神経は鼻から腰へと移動した。先程からずっと、顔に熱は上がりっぱなしだ。
(なん、なに……こらっ! リベリオス! いつの間にこんな悪いこと覚えたの!)
『キュートアグレッション……?』
(あまりにもいっぱいいっぱいでキレるしかなくなる気持ち、今すごく理解できる……)
彼に腰を抱かれたままミランダたちの方へ進む。
ぎゅっと目を瞑っていたメルルだが、促されるままに動いた。逆らう気力すら刈り取られた滑らかな動きだ。
「ごきげんよう、ボウウェイン閣下」
「ごきげんよう、ウェルゴー公爵夫人」
社交辞令の挨拶を交わしたミランダとリベリオスだが、目が笑っていない。
そしてメルルはそれに気付く余裕がない。リベリオスの腕が自分の身体に回っているのだ、当然そちらに意識を持って行かれている。
ミランダは軽く顎をあげ、見上げる位置にあるリベリオスの顔を見下ろして言葉を続けた。
「うちのメルルのこと、よろしく頼んだわよ」
それを受けたリベリオスの微笑みは、硬く不穏なものになる。メルルはまだ気付かない。
「もちろんです。私の婚約者ですから。ご心配なさる必要はなにもございませんよ」
作り笑顔な二人の間に火花が散る。リベリオスに至っては、私の、と言った時点でメルルを自分の方へと引き寄せた。
(待っ…………)
もはやメルルは生存の為に呼吸に集中する必要が出てきた。
しかし、神経は全て自分を抱き寄せたリベリオスに向く。息、どうやって吸うんだっけと花束に顔をほとんど埋もれさせながら必死に思い出そうとしている。
呼吸ができなければ春の花の良い香りも一切届かないのだと知った。
「あらあらあら! 気取り屋で愛想のなかった小坊主が、随分愛想がよくなって!」
「恐れ入ります、公爵夫人のご指導と……」
「んえ?」
作り笑顔なまま、リベリオスはメルルの腰をしっかりと抱き寄せる。密着し、彼の腕の中にメルルはそのまま、すっぽりと収まってしまった。
(死……?)
メルルの頭が、自然と彼の胸元に当たる。驚いて真っ赤な困惑した顔のまま彼を見上げると、リベリオスの蕩けそうな視線とぶつかって。
「愛しい人が振り向いてくれた喜びのおかげでしょう」
状況だけで命の終わりが見えていたメルルに、言葉の破壊力が重なる。
彼女の目は確かに、自分に向かって蕩けそうに微笑むリベリオスを見ているというのに、頭の処理が追いつかない。芯がくらりとして気が遠くなる。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。人生(前世込み)の一大イベントである。
そのためにメルルの体は素早く回りすぎている血を抜くことにしたようだ。
鼻の奥がつんと痛むのを感じて、メルルは心の中で相棒にSOSを出した。
(むりかも鼻塞いでファルちゃん鼻血出るむりメルルはしにます)
『お鼻治してあげるからファルに鼻塞がせようとしないで! 絶対やだ!』
(それはほんとにごめんて)
夢女として最高のシチュエーションすぎてキャパオーバーを起こしたメルルは、こっそり鼻の治療を受けて最高シチュをなんとか乗り切った。
その後リベリオスとミランダは実務的な話をするようだった。
物理的な距離が離れて一息ついたメルルも、同僚の侍女たちと最後のお別れに向かう。
この婚約が『偽装』であるにしても、もうこの職場に戻ることはないだろう。
婚約を解消された女が職場に出戻りとなれば、主人のミランダやウェルゴー公爵にまで迷惑がかかる。それが『魔力無し』のメルルであれば尚更だ。格好の噂の的となるだろう。
だからこれは、嘘でもなんでもない、本当のお別れ。
「メルル、元気でね! 公爵夫人になっちゃったらもう会えないだろうけど……」
「寂しくなるわね。でも、応援しているわ」
「レティー、エリザ……うん、ありがとう。でもたまにはこっそりお茶しましょ?」
今の立場では公にはもう二度と会えないにしても、それで人の縁が切れてしまうのは、メルルは嫌だった。声を潜め、仲良しの二人にだけ聞こえるように悪戯っぽく告げる。
「あはは、メルルが落ち着いたらね! あ、そうだ」
「ん?」
レティーが目の端に涙を浮かべながらも笑って告げる。が、そこで何かを思い出したのか、彼女も少し声を潜めて顔を近付ける。自然にメルルも顔を近付け、内緒話の体となった。
「ソラールさんには伝える? 自分で言う?」
「あ~~……」
忘れてたなぁ、とメルルが天をあえぐ。
今出てきた名前とリベリオスとの関係の噛み合わせが、一歩間違えると非常に悪いのだ。
ちなみにレティーたちは「そういうものなのね」と受け止めているが、世間的にはそのまま素直に顔合わせをさせると非常にまずい相手でもある。
ただし、放置もまずい。不意打ちの顔合わせが一番まずい。
「大丈夫、落ちついたら自分で言いに行くよ」
「オッケー、じゃあ会っても何も言わないでおく」
「うん、ありがと」
エリザとレティーは任せて、と請け負ってくれた。彼女達は裕福な商家や準男爵家の三女だ。貴族としては扱われない。
こういう女の友情を得られたことは、王都にしがみついて婚活した成果でもあり、メルルにとって支えでもある。
「またね、二人とも!」
メルルも泣きそうになりながらも、笑顔で二人を抱きしめた。
「メルル嬢、そろそろ行こう」
「はい、リベリオス様。それでは、奥様、侍女長、みんな、お世話になりました」
馬車の乗り口で、最後に深々と頭を下げ、メルルはウェルゴー公爵家を後にした。
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