011 帰路にて
明日からの土日は感謝の朝晩2話更新となります。
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城壁を越えた先は、外灯が並ぶ夜の貴族街。
今夜は特に人通りが少ない。住人はみな、王城での夜会に参加しているためだろう。
夜の帳は降り切って、星が瞬く夜。
静謐な屋敷が整然と並ぶ石畳の道を、二頭立ての馬車が急がずに進んでいく。
リベリオスとメルルはレイラードが手配した馬車に揺られて帰路についていた。
目的地はメルルの住み込みの職場であるヴェルゴー公爵家だ。王妃ロゼリアの実家である。
(はんわ~~……どうしよ、もう手洗いたくない……)
『それは不潔かも……』
(……不潔はやっぱりダメかも……)
ドレスについては「手配する」とレイラードが請け負ってくれたので、そこでひと段落として帰ることになった。
まだ婚約を承諾しただけで何の書類も交していないため、リベリオスとも休憩室でお別れかと思ったのだが、送る、と言って休憩室から馬車までエスコートもしてくれた。馬車も一緒で、先にメルルを送りながらリベリオスも用件を済ませるようだ。
なお、ウェルゴー公爵は夜会にいたが、騒ぎが起こる前に挨拶を済ませて帰ったらしい。夫人はそもそも夜会には出なかった(ほんの少し挨拶するために盛装なんて嫌よ、とのこと)のは、メルルも知っている。仕える主人だからだ。
エスコートに馬車の送り迎えと、福利厚生が手厚い、良い職場で上司のようだ。
どんな仕事をするかはまだちゃんと聞いていないが、メルルにとっては最高のホワイト企業認定となった。
「ピクシリア伯爵令嬢」
「はい、閣下」
「あぁ……まずはその呼び方なのだが、リベリオスと呼んで欲しい」
「え、……えっ!? あー……ええと、かしこまりました」
婚約という体裁をとるのだからそれも必要か、とメルルは動揺を治めた。
(……かしこまりました、とは言え、ふーー……緊張する……生きた本人に言うのは初めてだし……)
『がんばれ、がんばれ! 毎日十回は心の中で呼んでるから大丈夫だよ!』
(そうだねファルちゃん……!)
前世から何度呼んだ名だろうか。
自分の胸にそっと手をあて、それでも拍動が少しだけ速くなり、照れくささが襲ってくる。同時に胸に溢れたのは、ずっと前からメルルの中にある彼への愛おしさで。
メルルの口元が自然と、笑みを形作る。
「……リベリオス様」
「……」
メルルの顔をじっと見たままリベリオスは固まった。
何か、目を離したら消えてしまいそうなものを凝視しているような、そういった表情を浮かべている。
「あの、変でしたか……?」
もしかして、前世の「ベル様」「リベリオスおまえおまえおまえおまえー!!」「リベたん最高、結婚して! あ、もうしてた!」の湿度が混ざってしまったか? とおそるおそる問いかける。
そっと顔を覗き込まれて、リベリオスはようやく息を吹き返した。慌てて視線を逸らす。
「いや、それでいい。私も貴女を、メルルと呼んでも構わないか?」
「もももっ、も、もちろんですっ!」
(……あれ、私夢見てる? 起きてる? 涎たれてない?)
『夢じゃないよ、でも涎は垂れそうだからお口ぎゅってして!』
リベリオスの口から名前を呼ばれ、今度は明らかにメルルの身体に動揺が走る。
嬉しいし、恥ずかしいし、でも嬉しい。
その感情でじたばたと暴れ出しそうになってしまう。やらないが。はしたない真似をして「この無能」とでも思われたら人生やってられなくなる。
「それで……これまた急ぎですまないが、明日の朝貴女を迎えに行く。無理はないか?」
メルルは動揺を一瞬で腹の底に押し込む。
これは先程、休憩室で帰り際に一度確認されていることだった。
「はい。ウェルゴー公爵にはボウウェ……リベリオス様がご説明してくださるとのことですし問題ないかと。私も、婚約者を見つけるまで、とお約束して勤めさせていただいておりましたので」
「そうか。すまないな、すぐに仕事に当たってもらうには、明日にはうちの屋敷に越してもらうのが良いのだ」
「えぇ、大丈夫ですよ。この時間ならば侍女長も奥様もまだ起きていらっしゃいますし、本日のうちに引継ぎやご挨拶を済ませておきますね」
仕事用の微笑で応えるメルルに、リベリオスはまたじっと視線をあてたまま押し黙る。
何か変な事を言っただろうか、と背中にだけ冷や汗をかきながらメルルが次の言葉を待つと、リベリオスは突然こう言い出した。
「明日の私は、愛の奴隷としてあなたをお迎えにあがる」
「ドレッ……!? けほっ、げほっ!」
「メルル嬢!」
「はいっ! 元気です大丈夫です問題ありませんっ!」
「……いや、そのだな」
リベリオスが言うにはこうだ。
夜会の会場でのプロポーズは大勢に見せつける、謂わば量を稼ぐ方法であった。
しかし、その根拠となるには質が必要だ。つまり、リベリオスがメルルにぞっこんであるという証拠が。
でなければ婚約という体裁をとったのがカモフラージュだといずれバレる可能性がある。メルルが旧体制派に警戒されては危険になる、と。
「なるほど、そういうことでしたらかしこまりました。私はその、そういった事に慣れていないので……きっと醜態を晒してしまうかもしれませんが」
「いや、そういった初々しい反応こそ、真実味が増すというものだ」
「そ、そうですよね!」
ほんのりと頬を染めて、それを両手で品よくおさえるメルルの仕草に、リベリオスは頷く。
ただし、彼女の内面はもうほぼ崩壊寸前であった。
(ヤバ谷園~~、明日で私は天に召されます! 確定虹演出! ってかこんなイベント続きで大丈夫? 人間が生存しているだけで使っているっていう幸福の値、今底の抜けたバケツくらいだばだばに使ってない?)
『そこはファルがいるからだいじょぶだよ、あと使ってないよ』
ファリーダはカーバンクル。特性として『超幸運』という曖昧な能力がある。
ただし、メルルはファリーダと契約して以来、一度も大きな怪我も病気もしていない。
さらに、ファリーダがうっかり誰かに見つかる、というようなこともない。買い物をすればいつもおまけしてもらえるのは……超幸運特性よりもメルル自身の人柄かもしれないが。
(う~ん、前世で何か徳を積んだ……積んでないな。じゃあ前々世くらいで世界でも救ったのかもしれないな……ありがてぇ~……)
『たぶん今世が一番世界救ってると思う……』
(そうだっけ? 私はちょこっと裏でみんなのお手伝いしたくらいだから、大袈裟だよ)
『……メルルってそゆとこあるよね』
「……うむ。では明日、少しばかり驚かせるかもしれないが、……私に身をゆだねて欲しい」
「ヒュッ……」
『メルル、息! 息して! 明日のイベント見るんでしょ!』
(はっ……!)
そうだった、それを見るまで死ぬわけにはいかない。
自分の肺と心臓に呼吸と拍動を思い出させたメルルが「はいよろこんで」と混乱の極まった返事をしようと思ったところで、リベリオスが何か思案に入っているのが見えた。
瞼を閉じ、眉間には皺が寄ったまま、馬車の座席に身体を預けている。
眠っている様子はないが、あれだけくたび……疲れていたのだ。
言うべきことを言って、気が抜けたのかもしれない。
無理もない。軽く事情を聞いただけで、考えることは山積みだ。一時的に時間やコストを割いてもメルルを傍に置くことで、回収できる見込みがあるんだろう、とも思う。
(休んでるリベリオスも絵になる~~! 美……はぁ……生きててよかった……)
盛大に個人的な欲望もあって邪魔はしていないが、半分はちゃんと気遣いである。
行儀よく膝に座っていたファリーダが、メルルの顔を見上げて長い尾を振る。
『メルルお引越し? ご飯美味しいかなー?』
(美味しいと思うよ。実家が一番素朴な味だと思う)
『そっかー! じゃあ美味しいね! 楽しみー!』
さり気なく失礼な相棒である。しかしメルルも同感なので何も言えない。
(私も今のうちに引継ぎの段取り考えておこうかな~、リベリオス見ながら)
堂々と推しを間近で眺める権利を得たのだ。失礼にならない程度に視界に収めて、心の栄養をしっかり補給したい。
頭の中では、まず奥様にご挨拶を、その後侍女長に実務の引継ぎ、同僚のエリザとレティーにこまごまとした内容を共有して、明日の朝すぐに屋敷を出られるよう荷造りして……と忙しなく思考が働いている。
『メルルってそーゆーとこあるよね』
(え、なに、どういうとこ?)
『なんでもなーい』
ファリーダは呆れたように告げてから、小さく欠伸をしてメルルの膝で丸くなった。
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