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001 『壁の草』

お久しぶりの新連載です!

どうぞよろしくおねがいします。

(※明日・明後日の土日は朝晩投稿します)

 グリフォルナード王国の王城で、国中から集まった貴族たちが楽し気に談笑していた。


 王城で最も華やかな『金獅子の間』に大勢の貴族が集まっているが、密集という程ではない。

 こちらには伯爵家以上の家格の者だけで、子爵家以下の最も数が多い層は『銀鷲の間』に集められている。


 盛装した上位貴族たちの彩り豊かで華やかな装いは、南国の海を泳ぐ熱帯魚のようだ。ひらひらと揺れる布地が擦れあうことはあれど、誰かにぶつかったりはせずに会場を泳いでいる。


 実に器用なものだと、会場の隅から水槽を眺めるように彼らを鑑賞しているのは、メルル・ピクシリア伯爵令嬢。

 まだ二十歳の彼女は、同年代の貴族の輪に入ることもなく一人壁際にいた。


 光沢のない灰色混じりの緑の髪に、同色の瞳。さらには濃い緑色の、時代遅れどころか骨董品のような型の、袖の膨らみ過ぎたドレス。

 バルーンスリーブという型だが、それにしたってこの袖を切り離したら普段着が二着仕立てられそうな大きさだ。


 遠目で見れば年若い令嬢には見えない。

 還暦を過ぎたマダムかと思う装いだが、どこぞのマダムに言わせれば、今時こんなドレスを着るわけないじゃない、と一蹴されるだろう。

 それほど時代から取り残されたドレスを着ている。


(今日もぼっち確定だなぁこりゃ……)


 本当ならば人の輪の中に飛び込みたいのだが、メルルはこの国では根強く嫌われる『特徴』を持っている。

 そのうえ、貧乏の象徴である骨董品のドレスだ。

 きっかけが掴めない。

 掴めないまま、王立学園に在学中三年間も、卒業して働きながら夜会に顔を出しまくった二年間も、そして今日の夜会も過ぎて行こうとしている。


 話しかけに行くにしたって、この悪目立ちする格好で近付けば、魚の子を散らすように皆散ってしまう。既に何度も経験済みだ。


 何かの奇跡が起きて誰かに声をかけられるのを待ちつつ、ただ待つのももったいない。

 メルルと同じくらい誰にも見向きをされていない宮廷料理を楽しもうかと、皿に山盛りローストビーフを取り分けたところだ。


 『金獅子の間』の中ほどには人が大勢いるが、宮廷料理の並ぶ長卓を挟んで壁際はメルルの独壇場。宮廷料理食べ放題、人間観察し放題の穴場スポットである。

 大体、今日だけじゃなくどこの夜会でもこの立ち位置は狙い目だ。一食分浮くし。


 左手にローストビーフが山盛りになった皿を持ち、ぼんやりと広間の中を見つめながら右手のフォークで肉片を一つ口に運ぶ。


「はっ……!」


 カッ、と目を見開いたメルルは広間の方へ向けていた視線を手元の皿に落とした。

 雷に打たれたかのようにぶるぶると震え、そして――


「お、美味しい……!」


 絞り出すように感嘆を洩らす。


 国を挙げての祝宴だからか、並ぶ料理も今までになく豪華だ。

 噛むと肉の旨みが口に広がり、同時に果実のソースが力強い味を爽やかに包んで胃の中に落ちていく。既に取り皿に山盛り取り分けてはあるが、思わず長卓を確認した。まだある。よし。


『美味しい? ファルもー! ファルも食べるー!』

「はい、あーん」

『あ~ん』


 右手のフォークが今度はメルルの口ではなく、左肩に乗ったウサギとキツネのあいの子のような獣の口へと肉片を運ぶ。

 小さな額には瞳よりも大きな黄緑の宝玉が輝く銀毛の獣。

 ファリーダという名前の、変異体のカーバンクル……一種の精霊だ。


 小さな前足を使って口の中に肉を詰め込んだファリーダは、頬をまんまるに膨らませて口いっぱいの肉をもっぎゅもっぎゅと咀嚼した。

 小動物が餌を頬張る愛らしさといったら、そこがどこの国であれ心を和ませる効果がある。

 それはメルルも例外ではない。しっかり飲み込むところまでじっと見つめてから、ほんのりと口元に笑みを浮かべて優しい声で尋ねる。


「美味しい?」

『美味し~い! もう一枚!』

「はい、あーん」


 はたから見ればメルルの肩で肉がどこかに消えていくように見えているはずだが、彼女はあまり気にせずファリーダの口元へと肉を運び、自分もまた口に入れる。誰かが自分を見ている気配もないし、これまでもそうだった。

 それに、ファリーダは自らを隠す隠遁術を使っている。その影響で、消える肉はよほどまじまじと見つめていなければ、他の誰かには認識されない。

 だから彼女はあまり気にせず、自分の相棒である精霊とイチャイチャしているのだ。


 なお、メルルとファリーダは声に出さなくても頭の中で会話が出来る契約関係であり相棒である。

 今は周囲に誰もいないのでメルルは声を発していた。


「国王陛下、王妃殿下、ご来臨!」


 ファリーダと共に極上ローストビーフを堪能していたメルルだが、中二階から聞こえた声にはっとして皿を近くの卓に置く。皿と一緒にファリーダも卓に移った。薄情な相棒だ。

 メルルの取り分けた肉は、見る間にファリーダの小さな体の中に消えていく。


(怪異、消える肉の謎! ……いや、真面目に出迎えよう)


 手を空けたメルルは二階の扉へ視線を向ける。すぐに目当ての方々が二階の張り出しに現われた。

 白地に金糸で刺繍された揃いの衣装を身にまとった国王夫妻は、『金獅子の間』がよく見える位置に立つ。片手には豪華な金杯がある。


 二人は盛大な拍手で迎えられた。


 服装自体はシンプルだが、その繊細な装飾や生地の上質さが全てを物語っている。

 豪奢なマントも羽織って威厳すら感じられるが、二人ともメルルと同じニ十歳。去年即位したばかりの若い統治者だ。

 レイラードが片手をあげると、会場はすぐに静まり返る。


「皆、今日は集まってくれて感謝する。魔王討伐から三年、ようやくこのような席を設けることができた。今日は、これからの平和な世を寿ぐ祭典の始まりを飾る場だ。存分に楽しんでくれ」


 国王レイラード・ディア・グリフォルナードと王妃ロゼリア・ディア・グリフォルナードが金杯を掲げると会場から歓声があがった。

 同時にグラスを掲げる者、グラスを持っていない者は拍手を送る。


 国王陛下万歳、王妃殿下万歳、平和に乾杯、とあがる声は年若い貴族のもので、中年はちらほらと、年配の紳士淑女は申し訳程度に手の甲を叩く者が多い。


(あ~、やっぱりまだ新体制に納得してないんだ……よく開けたな、この祭典)


 去年の譲位と共に、宮廷では大きな体制の見直しがあった。ほとんど人員総入れ替えだ。

 主要な役職を担っていた貴族は半ば追い出されるように閑職へと回されたり、王宮から追い出されたり。

 そして、新たに若い貴族が充てられたり。


(新聞を読んでるだけだし実情は分かんないけどね……いや、知りたくもないけど。こうして直接顔を見ると分かりやすいな……)


 メルルは大広間の様子を横目で観察しながらも、自身はしっかりとした拍手を国王夫妻に送る。


 前世から見守ってきた元攻略対象(・・・・・)と、その横にいるのは憎めない元悪役令嬢(・・・・・)である。

 何より、メルルにとって重大な意味を持つ、魔王討伐を成してくれた国王陛下たちだ。

 大歓迎もしようというもの。


(立派になって……レイラードとロゼリアが婚約破棄もせず、ちゃんと結婚して即位する所が見られるなんて……! 二度目の人生、生きててよかったーー……!)


 いっそ孫を見る祖母のような心情で国王夫妻を見ているが、その目の異常な温度に気付くものは居ない。ぼっちである。

 そんな孫、もとい国王は金杯の中身を一気に飲み干し、王妃の手を取って会場まで降りてくる。


(あ……)


 その時だ。

 国王の後ろに控えていた元攻略対象(・・・・・)たちが後を追うのが目に入った。


 護衛の近衛騎士や宮廷魔導士、宰相と順に降りる姿を目にしたメルルは、ゆっくりと目を伏せて視線を外した。

 礼儀を外れない範囲で急いだが、間に合わずに一瞬瞳の中に紫紺の長い髪が翻ってしまう。


(……結局、最推しとは接点が無いままだったな……)

『メルル、大丈夫?』

(うん、大丈夫だよファルちゃん。ずっと前に諦めてることだから……へへ)


 彼女がこの夜会に参加したのは、結婚相手を探すためだ。


 この夜会どころか、王都の学園在学中から探し続け、卒業して二年、とある公爵家で侍女として働きながらも探し続けて行けるだけの夜会を渡り歩いたが、ついぞ出会いは訪れなかった。

 先の通り、人の輪に加わることすら無理だった。


(そろそろ……潮時だよね)


 行き遅れという程ではないが、このまま王都にしがみついていても結婚できるビジョンは浮かんでこない。

 下手をしたら、前世からずっと推しているあの人も結婚するだろう。身分的に盛大に行われるだろう結婚式を見る事になるかもしれない。


 それはちょっと、めげずに王都にしがみついてきたメルルでも耐えられそうになかった。


「まー、仕方ないかぁ……だって私は」

「あら、御覧になって。こんなめでたい日にまで『壁の草』が生えてますわよ」


 ため息と共に独り言を溢そうとしたメルルだが、そこに料理を挟んだ少し先から楽し気な声が聞こえた。


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