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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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神々がくれた風呂

 ヴァルター商会の客室には、朝の光が静かに差し込んでいた。


 窓から入り込む金の光は、家具の縁に薄い膜を描き、部屋の空気を柔らかく温めていく。


 街全体がまだ目を覚ましはじめたばかりの時間帯。

 静けさが残り、遠くで馬車の音だけがゆっくりと響いてくる。


 ただし――机の上だけは、完全に地球だった。


 透明なシャンプー。

 花の香りのリンス。

 とろりとしたコンディショナー。

 軽く触れただけで泡立つボディソープ。

 ふわふわのネットスポンジ。

 肌がもっちりする化粧水。

 しっとりする乳液。

 光を宿す美容液。

 湯上がりを変えるボディミルク。

 絡まり防止のブラシ。

 軽く香る香水。

 驚異的な吸水力のタオル。

 そして――この世界に概念すら存在しないフェイスマスク。


 机の上だけが完全に


 それを手際よく並べているのは、半年間ナオキと地球で暮らし、すっかり文明に染まった少女――リヴ。


「ナオキ、リンスの蓋……ゆるんでたよ」


「あ、ほんとだ。ありがと、ここ置いとくね」


「うん……。泡ネットも……地球のほうが良かったけど……まあいいよね……」


「セラさんとラナは絶対に使い方わからないだろうしね」


 ふたりの会話は、どこにでもある“朝の支度”そのものだった。


 ――その空気が、粉々に砕けるまでは。



 ドタドタドタドタドタッッッ!!!!!!


「ナオキさぁぁぁぁぁん!!!!!!」


 扉が跳ね飛び、ラナが飛び込んできた。

 完全に“獲物を見つけた獣の目”だ。


「ナオキさん!!! 昨日の!!

 リヴの髪が光ってたやつ!!

 今日使わせて!! 今すぐ!!」


「え、おはよう……?」


「おはようじゃありません!!!!」


 リヴの肩を掴み、わしゃわしゃ揺さぶる。


「リヴ!! 光ってたよ!?

 どうやったの!? なんなのあれ!?!?」


「ら、ラナ……っ……おち、落ち着い……」


 その後ろから、母セラが静かに入ってくる。

 落ち着いてはいるが――目が完全に燃えている。


「ナオキ。昨日のあれは本当に驚いたわ。

 “使ってみなければ品質は分からない”

 これは商人として当然よ。

 今日、全部試させて」


(商談じゃなくて素で言ってる顔だ……)


 セラはリヴの手を取る。


「リヴちゃん、あなたも一緒にね。

 あなたの髪がどうしてああなるのか、この目で確かめたいわ」


「えっ……私……?」


 ラナが反対の手を掴む。


「リヴ!! お願い!!

 美の秘術に触れたい!!!!!」


「あ、あの……ナオキ……!」


「……がんばれ」


「ナオキーーーーー!!!」


 リヴは完全に挟まれ、ずるずる引きずられていった。


「準備? いらないわよ!」

 セラはすでに“戦に赴く将軍の顔”だった。


「洗い方も乾かし方も全部見せてもらうわ。

 “光る髪の秘密”必ず暴く」


「ひ……秘密……?」


 ラナは振り返って叫ぶ。


「ナオキさんもあとで来て!!

 桶とか必要でしょ!!」


「いや、俺は――」


「来てね!!!!」


 バンッ!!!


 扉が閉まり、リヴの悲鳴だけが残された。


 ナオキは呆然とつぶやく。


「……すごい迫力だな……」


 背後から声。


「ナオキ」


 ヴァルターが腕を組んでいた。


「はい?」


「……女に“美容”を与えるのは

 暖炉に油をぶち撒いてから火球を投げるようなものだ」


「そんな比喩あります……?」


「現実だ。

 今のあれはもう“女三人の戦”だ。

 お前は道具を運べ」


「はい……」


「覚悟しろ。戦場より恐い」


 ――ヴァルターの言葉の重さを、ナオキはまだ知らない。




 ナオキは両腕いっぱいに風呂道具を抱えながら、

 リヴが連れ去られた脱衣所の前に立つ。


 透明なボトルは朝の光を反射し、

 タオルはふわふわ揺れ、

 文明の匂いがそこにあった。


「……これ全部必要だよな……」


 リヴは慣れている。

 だが、セラとラナは完全な“地球文明初体験”。


 ――つまり、全部必要。


 背後から、ヴァルターの深いため息。


「……ナオキ」


「はい?」


「俺は行かんからな」


「ですよね」


「当然だ。

 あそこに俺が入ったら“家族の秩序”が崩れる。

 昔、セラが髪を梳いている時に声をかけただけで

 一日口を利いてもらえなかった」


「……」


「美容は戦場だ。覚悟しろ」


(セラさん……怖い……)



 そのとき、風呂場から叫び声。


「泡!! もっと泡がいるの!!」


「リヴちゃんの髪!! もう光ってる!!」


「魔道!? 祝福!? なにこれ!!?」


(……すでに戦場だ)


 ナオキは脱衣所に道具を置き、恐る恐る声をかける。


「セラさん、ラナ、ここにお風呂道具を置きますね!

 僕は絶対に中に入りません!」


「ナオキさん!! 見てもいいから入って!!」


「よくないです!!」


「娘の美容のためよ!!」


「理屈どこ行きました!?」


 そんな混沌の中、

 “泡まみれのラナの手だけ”がぬっと扉の隙間から伸びる。


「ナオキさん!! この大きい瓶!! 早く!!」


「あ、シャンプーね……手を離してね……」


「シャー!!!(気合だけで単語を発する)」


(勢いがすごい……)



 扉の奥から水音と悲鳴。


「泡が!! 落ちる!!」


「なんで!? どうして!? 魔道!? 聖水!?」


「落ちるのが普通です!!」


 ナオキの声は空しく響く。


(泡落ちの良さにそこまで驚く……?

 この世界の石鹸どれだけ残留するんだ……)


 リヴの落ち着いた声が届く。


「お母さん、ラナ……

 まずは髪の汚れと油分を落とすだけ……」


「だけ”って言うけど!?」

「この泡! 滑る! なんなのこれ!!?」


 シャンプーだけで文明ショックが起きていた。




 ナオキはリンスを手渡す。


「はい、次はこれ。

 髪の表面を整えて、指通りを良くするやつです」


「り……りんす……」

「なんか強そう……」


(名前に強弱はない……)


 扉の奥では――


 す……

 ぬる……

 つる……


「ひっ!?!? なにこれ!?!?」

「髪!! 髪が!! なんか滑る!!」


「指が!! 勝手に!! 通る!!」


(そこまで驚く……?)


 リヴが解説する。


「大丈夫……髪の表面を……整えてるだけ……」


「だけが強すぎる!!」




 ナオキはコンディショナーを渡す。


「次は内部補修のやつですね」


「内部補修!?

 髪の中……直すの!?」


「そういうイメージです……」


 リヴの声とともに、

 またあの“ぬるつる音”が始まる。


 す……

 とろ……

 つるぅぅぅ……


 三人の悲鳴が重なる。


「きゃあああああ!!!!」

「髪が!! 溶けるぅぅぅ!!!」

「溶けません!!!」


 ナオキが必死に否定する。


「サラッサラだよ!!」

「指が!! 勝手に!! 滑る!!」

「滑るものなんですよ!!」


(毎回同じ説明をしてる……)




 ナオキはマイクロファイバータオルを広げる。


 軽い。異常に軽い。


「セラさん、このタオル……こすらないで、押し当てるだけで水吸いますから」


 扉の隙間からセラの手が伸びる。


「押し当てるだけ……?」


「はい」


 セラが髪に当てた瞬間――


 しゅんっ。


「はやっ!!?」

「なにこれ!! 一瞬で水が!!」

「タオルが……飲んだ!? 水飲んだ!?」


「飲んでないです!!」


 ラナも絶叫。


「わたしの髪!! もう半分乾いてる!!?」


「魔道具じゃないの……?」

「魔道具じゃありません!! タオルです!!」


(タオルって言われても信じないだろうな……)



 タオルドライまで終わった風呂場は、

 すでに“文明ショックの渦”だった。


「髪……つるん……」

「滑る……! 指が……勝手に……」

「秘術……恐い……」


(まだ前半だよ……)


 ナオキは深呼吸し、

 次のアイテムを取り出した。


 透明な小瓶。

 中で、金色の液体がゆっくり揺れ、

 光をまとっている。




「これは……髪の仕上げに使う、ヘアオイルです。

 乾かしたあとの毛先に“一滴だけ”つけます」


 扉の奥が――静まった。


「……今……なんて……?」

「仕上げ……?」

「昨日、リヴちゃんの髪が光ってた……あれ……?」


 セラの声が震えている。


「ナオキ……

 その秘術を……

 私にも……少し……」


「一滴だけですよ」


「瓶ごとちょうだい」


「ダメです!!!!」


(異世界人、“適量”が理解できない……)


 リヴがタオルをかぶったまま、扉を少し開けて手本を見せる。


 指先に ほんの一滴。

 そして、濡れた毛先を――すっとつまんで滑らせる。


 す……

 ふわ……

 きらっ……。


 湯気の中で、髪が光の薄膜をまとった。


「…………っ!!」

 セラもラナも固まる。


「リヴちゃん……今……光った……よね……?」

「光ったわよね……!??」

「……少しだけ……つやが出ただけ……」


(いや、普通に発光してるけど!?)


 セラの手が震える。


「ナオキ……

 わたしにも……

 一滴の美の聖水を……」


「宗教みたいに言わないでください」


 ナオキは 一滴をセラの指先に落とす。


 セラは息を呑み、毛先をつまむ。


 す……

 ふわぁ……


「っっっっ!!!!!」


「セラさん!?」

「な、なにこれ……!!

 髪が……

 娘の頃みたいに……!!

 光って……しっとりして……

 わたし……もう戻れない……美の秘術から……」


(いや戻って……?)


 ラナも震えながら手を差し出す。


「ナオキさん……

 わたしにも……その……

 一滴の……聖水……」


「なんでそんなに神妙なんですか」


 ちょん、と毛先に。


 ふわ……

 きらっ……


「っっっっ!!!!」

「ラナ!!」

「見て!! 髪!! 妖精になった!?!?」

「なってません」

「美の秘術妖精!!!」

「妖精じゃない!!」


 風呂場の三人の髪が、

 湯気と灯りを反射し

 まるで光精のように輝いていた。


 ナオキは脱衣所に顔ケア用のアイテムを並べた。


 化粧水。

 フェイスマスク。

 乳液。

 美容液。


「じゃあ……次は“顔のケア”に入りますね」


 風呂場の奥から震え声が返ってきた。


「顔……?」

「まだ続くの……?」

「もう十分綺麗なのに……?」

「秘術……底なし……?」


(まだ序章だよ……)


 リヴがタオルをかぶったまま、

 最初のアイテム――化粧水を受け取る。



「まずは……化粧水から」


「け、しょうすい……?」

「清めの水……?」


「違います!! 肌に“水分”を与えるんです!」


 リヴが頬にぱしゃり。


 すっ……しゅん……


「ひゃっ!?!?!?!?」

「なんで!? 肌が飲んでる!??」

「飲まない!! 馴染んでるだけ!!」


(今日何回同じ説明するんだろう……)



 ナオキは白い薄いパックを取り出した。


「次は……フェイスマスクです。

 化粧水を入れたあとに、さらに成分を閉じ込めるんです」


 風呂場の奥が、一瞬で宗教儀式のような静けさになる。


「なにそれ……」

「薄い……紙……?」

「生きてない……よね?」


「生きてません!!!」


 リヴがそっと貼る。


 ぱさ……ぺたり。


「ぎゃあああああああああ!!!!!」

「リヴちゃんの顔がぁぁぁぁ!!!!」

「はがれないの!?!? 死ぬの!?!?」


「死にません……普通です……」


(落ち着いたトーンありがとうリヴ……)


 セラとラナも次々と貼り、

 風呂場は一気に“フェイスマスクの儀式場”と化した。



「じゃあ……マスク剥がしますよ」


 ぺりっ。


 三人の頬が――つるん、と光った。


「赤ちゃん!? 赤ちゃんの肌!?!?」



 ナオキは乳液を渡す。


「次は乳液でフタをします。

 せっかく入った水分が逃げちゃうので」


「ふ、フタ……?」

「肌にフタ……?」

「美の秘術……発想が違う……」


 リヴが手本を見せる。


 すべ……しっとり……


「やわらかぁぁぁぁぁ!!!」

「もち……もち……!??」

「お母さん落ち着いて!!!」


(ほんと落ち着いて……)



「最後に……美容液です」


「び、美容……液……」

「名前の圧が強い……」


 リヴが頬にすぅっと塗り込む。


 つや……

 ほわ……


「光ったぁぁぁぁ!!!?」

「肌が完成していく……!」

「……尊い……」


(なんで毎回悟りを開くんだこの人たち……)


 フェイスマスクを剥がされた三人は、

 洗い場の床にへたり込み、完全に魂が抜けていた。


「肌……つるんつるん……」

「しゅるん……しゅるん……」


 そこへナオキは、

 湯上がりケアの次なるアイテムを取り出す。


 ボディミルク。

 とろりと白く、柔らかく、肌をしっとり包む文明の液体。



「じゃあ……次は体ですね。

 お風呂のあとって、意外と乾燥しやすいんで……」


「からだ……?」

「顔以外も……?」

「終わらない……秘術……底なし……」


 リヴが手本を見せる。

 タオルで押さえた腕に、少量をなじませる。


 すべ……

 しっとり……

 つや……


 その質感に、セラは息を呑んだ。


「えっ……なにこれ……!?

 肌が……柔らかい……!!

 手が若い頃みたいに……!!」


 ラナも自分の腕に塗り――


「ひぁぁぁぁぁぁ!!!

 なにこれ!! つや! つや!!!

 わたし……生きててよかった……!」


(感情の振れ幅がスゴい)


 三人は完全に“地球文明の沼”に沈んでいた。



 ナオキは静かに、

 今日持ってきたアイテムの 最後 を手に取った。


 香水の小瓶。


 見るだけで、

 セラとラナが息を呑むのが分かる。


「ナオキさん……それは……?」


「……これが、仕上げです。

 香水」


 風呂場が静まり返った。


「こ……う……すい……?」

「すでに強そう……」

「飲むの……?」


「飲まない!!!」



 リヴが手首に少しつける。


 しゅっ。


 ふわり……

 湯気の中に柔らかい香りが広がる。


 セラとラナはほぼ同時に崩れ落ちた。


「す……好き…………」

「なんて……やさしい匂い……」

「幸せって……こういう匂いなんだ……」


(誰だよ今のポエム……)


 セラは震えながら言う。


「ナオキ……

 これは……宝よ……?」


「宝じゃないです……」


(たぶんこの世界だと宝扱いだけど)


 ラナは床に座り込んだまま、

 両手を胸の前で握りしめている。


「美の秘術……罪……

 わたし……今日から……香りの民になる……」


「なるな!!」


 ナオキは総ツッコミしながら脱衣所に腰を下ろす。


 そして三人がタオルを巻いたまま、

 仕上がった姿で出てくるのを待った。



 脱衣所の扉が開く。


 光った。

 ……いや、本当に光った。


 湯気の名残をまとい、

 髪はとろりと輝き、

 肌はつやつやし、

 ふんわり良い匂いが漂う三人。


 セラ。

 ラナ。

 そして、地球文明を完全に理解したリヴ。


 彼女らは神殿から出てきた女神みたいな顔をしていた。


 ナオキは軽く苦笑しながら呟いた。


(……すごい迫力)


 そこへ――

 タイミング悪く、ヴァルターが通りかかる。


「……ナオキ」


「あ、はい」


 ヴァルターは腕を組んだまま、

 目をそらせずに言った。


「今な……

 妻と娘が……

 “光って”“いい匂いがして”“肌つやつやで”

 廊下を歩いていったんだが?」


「……はい」


 ヴァルターは深く深くため息をつく。


「……もういい。

 商会が動く。

 いや……国が動く。

 覚悟しろ」



 ナオキは苦笑した。


(まあ……喜んでるなら……いいか)



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