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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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小さな暮らしと大きな秘密

 窓から差し込む朝の光は、まだ薄い。けれど、昨夜の宴の余韻を残したこの客室には、その柔らかさがちょうどよく思えた。

 ヴァルターはしばらく机の前で腕を組み、深く深く息を吐いた。喉の奥からこぼれたその吐息は、商人としての感情と、一人の父親としての戸惑いが混じり合っているようだった。


 そして、視線をそっと机の上へ落とす。


 砂糖の袋、角砂糖の瓶、塩、香辛料。昨夜の宴で使った酒類も並んでいる。

 整然としたこの並びは、彼の心をほんの少しだけ落ち着かせた。


「……まずはこっちからだ。いつもの品なら……まだ商人としての勘が働く」


 掠れた声だった。けれど、その奥には「ここなら理解できる」という安心があった。


 ナオキは、静かに頷いた。


「向こうの世界から持ってきた品です。品質は安定してます」


 ヴァルターは砂糖袋をそっと持ち上げ、封を開けた。

 その瞬間、光を受けた白い粒が、かすかな輝きを返す。


 この世界では、白砂糖はとにかく扱いが難しく、そのほとんどが茶か灰色がかっている。

 それが、この白さだった。


「……ほんとうに反則だな。何度見ても、ため息しか出ん」


 砂糖を指先で少しすくう。粒の細かさと均一さに驚嘆して、手が止まる。


「蜂蜜より扱いが難しいはずなのに……これだけ白いものは、王宮の厨房でも見たことがない」


「向こうでは……普通に売ってるんです」


「その“普通”が問題なんだよ……」


 ヴァルターは袋を丁寧に閉じた。扱い慣れているはずの砂糖なのに、どこか宝物のように触っていた。


 次に角砂糖の瓶を開けると、四角い結晶が光を透かして透き通るように見える。

 ヴァルターは片手でつまみ上げ、指で感触を確かめてから、思わず声を漏らす。


「これは……庶民向けではないな。貴族や王侯の茶会でこそ価値を発揮する。形が揃っていて、美しい……」


「そうですね。向こうの世界では、飲み物にひとつ入れるだけで味が安定するように作られています」


「その“安定する”という発想が、もう……羨ましいわ」


 ヴァルターは角砂糖をそっと瓶に戻した。


 続いて塩。

 袋の口を開けた瞬間、ヴァルターの表情が変わる。


「……この細かさ。いや、これは……鉱山ギルドでも作れん」


 袋から少量を指先に載せる。指に吸い付くようにしっとりした質感。


「扱い自体は問題ない。むしろ高級品として歓迎されるだろう。商会の名を出せば、王都の税務院も不審がらんはずだ」


「よかったです」


「よかった、じゃない。よすぎるんだ……」


 ヴァルターは苦笑して、塩をそっと置いた。


 香辛料の瓶を開けると、途端に部屋の空気が変わった。

 鮮烈で清らかな香りがふわりと広がり、昨夜の宴の料理の香りまで思い出させる。


「……これは……香りそのものが価値だな。料理人たちが泣くぞ、本当に」


 ナオキは笑いながら言う。


「いい香りですよね。俺も好きです」


「好き、で済む品じゃない。市場に出したら、食堂が争うレベルだ。いや、文字通り争うかもしれん」


「だ、大変ですね……」


「大変にもなるわ!」


 声の調子が少し上がり、リヴがくすりと笑う。

 その光景に、ヴァルターも頬を緩ませた。


「……まあいい。次だ」


 最後にウイスキー。

 ヴァルターが瓶を手に取った瞬間、昨夜の“あの一杯”が脳裏に蘇ったのだろう。

 目の奥に、しばし複雑な光が宿る。


 光に透かした琥珀色の液体は、深さと静けさを同時に宿していた。


「……この酒だけは、本当に言うぞ。大陸では作れん。絶対にだ」


 言い切る声に迷いがない。


「麦の処理も、蒸留の精度も、樽の管理も……どれだけ工房を育てても追いつかん。雑菌の管理も違うのだろう」


「向こうでは……普通の酒なんですが」


「普通……。またその言葉だ……」


 ヴァルターは額を押さえ、しばらく動かない。


「王宮でも飲めん酒が……普通。お前の世界はどれだけ豊かなんだ……?」


「俺の世界では、これが一般的なんです」


「その“一般的”が脳に悪い……。はぁ……」


 溜め息は深かったが、そこに冗談めいた苦味も混じっていた。


 しばらくの沈黙のあと、ヴァルターは体勢を正し、椅子に座り直した。

 商人として判断を下す顔へと戻っていく。


「ここまでは理解した。砂糖、塩、香辛料、酒類は、これまでどおり扱おう。問題は――」


 視線が、机の端の“生活用品の山”へと移る。


 石鹸、クリーム、油紙袋、布製品、薬箱。

 これらは、食材や酒以上に、この世界の生活を変えてしまう可能性があった。


「――こっちだ。魔法とアイテムボックスを見たあとで、正気のうちに判断しておく必要がある」


 ナオキとリヴが姿勢を正す。


 ヴァルターは腕を組み、じっと生活用品を見つめた。

 そして、小さく呟く。


「……これは、俺だけで判断するよりも……」


 扉の方へ向き直り、声を張った。


「セラ。ラナ。少し来てくれないか」


 静かな台所から、器が触れ合う音が止まり、水を絞る布の音が聞こえた。


「はーい、今行きますよ」


 落ち着いた母の声。続いて、軽く弾む足音。


 部屋の扉がゆっくり開き、

 セラが料理中の姿のまま現れ、その後ろにラナが小さく手を振りながら入ってきた。


 扉が開くと、ふわりと台所の香りが流れ込んできた。朝の支度の途中なのだろう。温かさと生活の気配が混ざった空気だった。


 最初に姿を見せたのはセラだった。

 肩までの髪をひとつに結び、腰に巻いた前掛けは少し湿っている。手の甲には水滴が残り、布巾で拭いたばかりなのが分かった。


「あなた、こんな朝から珍しいわね……誰か来ているの?」


 声は穏やかで、とても自然な疑問に満ちていた。

 セラにとっては、机いっぱいに広げられた品々を見るより、まず夫の姿のほうが気になったのだろう。


 その後ろから、軽く弾む足音が追いつく。


「リヴ、おはよう! 昨日は本当にありがとうね」


 ラナが明るく微笑みながら手を振る。

 昨日の宴のときよりも、少し打ち解けた柔らかさがあった。


「う、うん……おはよう、ラナ」


 リヴは胸の前で両手を重ね、少し照れながら返事をした。

 その様子が、ラナの緊張までほぐしていた。


 しかし――二人の視線はすぐに机へ吸い寄せられた。


 砂糖、角砂糖、香辛料、塩。

 そして、香りの良い瓶たち。

 光を受けて、まるで小さな宝石店のように見えていたのかもしれない。


「……まあ! なんてきれいな瓶……あなた、これどうしたの?」


「昨日の宴の道具とは違うわね。もっと……そう、もっと上品で……不思議な感じがする」


 セラは戸口のところで足を止め、思わず見入ってしまっていた。

 ラナも後ろから覗き込み、瞳を丸くする。


「全部違う……昨日の甘い香りのものとも違う……。これ、本当に旅で手に入るの?」


 ナオキは少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「旅の途中で……運がよかったんです。暮らしの足しになるかな、と思って」


 “旅”という言葉を静かに置くと、セラは深く追求しない。

 商会に関わる夫を手伝う身として、そのあたりの距離感には慣れているのだろう。


「そう……縁があるものね。珍しい品が手に入るのも、商家ならではよね」


 ヴァルターが短く頷き、目線だけで「ありがとう」と返す。

 彼の妻として、必要以上に踏み込まない姿勢は、確かに頼もしかった。


 ラナは興奮気味に机へ近づき、ひとつの小瓶を手に取る。


「わあ……いい匂い……。リヴ、これ……ナオキにもらったの?」


 リヴは小さく頷いて答えた。


「うん……。乾燥しないよって……ナオキが」


 ラナは唇にそっとリップを乗せ、驚きで目を見開いた。


「しっとりしてる……。これ、街で売ってたら絶対すぐ無くなるよ。ほんとに!」


 その声は、まるで年頃の少女が“憧れの品”を見つけたときのようだった。

 同時に、生活に詳しい女性ならではの正直な感想も混じっていた。


 セラはすでに別の瓶を見つめていた。

 保護クリームを少し手に取り、指先に塗り込む。料理場で酷使した手に、その柔らかさが染み渡っていく。


「……これ……沁みないのね。こんなに荒れた指なのに……」


 声が震えていた。

 痛みがないことを疑って、もう一度触れるように指を動かす。


「優しい触り心地……こんなの、見たことがないわ……」


 ナオキは少し照れながら笑った。


「よかったです……。乾燥しやすい地域の……えっと、旅の品で……役に立てばと思って」


 どこまでも柔らかい答え方だった。

 セラは深く頷き、またクリームを丁寧に塗り広げた。


 しばらくすると、セラの目は石鹸へ向いた。

 透明感のある表面を指でなぞった瞬間、その場の空気が変わる。


「……信じられない……滑らか。香りも優しい。どこの職人が作ったの?」


「たまたま立ち寄った街で……偶然、です。俺も詳しくはなくて……」


 ヴァルターがここで会話を拾った。


「旅商人から譲り受けたらしい。数も多いわけじゃない。扱いには気をつけるつもりだ」


 セラは「なるほどね」とだけ言い、それ以上は聞かなかった。


 するとラナが、突然リヴの方へ身を乗り出した。


「ねえリヴ、昨日の髪……本当にきれいだったの! あれは何を使ったの?」


「わたしも気になってたのよ」

 セラも遠慮なく言う。


 リヴは驚いて、細い肩をすくめた。


「えっと……ナオキが持ってる……髪を洗う道具で……」


「髪を洗う道具……?」


 ラナが息をのみ、セラも口元に手を当てた。


「だって……光を吸ってるみたいだったもの。つやつやで……あれはそう簡単に出ないわ」


「う、うん……泡が細かくて……すぐ流れて……髪が軽くなる感じ……」


 セラとラナの視線が、完全に油紙袋から髪へ移ってしまった。

 女性が本当に求めるものは、いつだって生活の中の小さな“嬉しい”だ。


 ヴァルターは肩をすくめて苦笑した。


「紙より髪か……。まあ、分からんでもないがな」


「女性はそういうものですよ」

 ナオキが静かに答えると、ヴァルターは「ああ、そうだろうな」とため息をついた。


 油紙袋を手に取り、指先で縁を撫でながらヴァルターは言う。


「工房では真似できん品質だ。だが少量なら扱える。貴族や裕福な家向けの品にできるな」


 その言葉は、商人としての判断の速さが戻ってきている証だった。


 セラとラナは相変わらず髪や香りについて話し合っており、

 部屋の空気は明るく柔らかく満ちていく。


 その明るさの中で――

 ヴァルターだけは、静かに表情を引き締めていった。


 家族を包む柔らかい光と、商人の鋭さ。

 その境界を滑らかに切り替えていく姿を、ナオキとリヴは近くで感じ取っていた。


「……よし」


 ヴァルターは短く息を吐き、机の中央へ視線を戻した。


「二人の反応でよく分かった。これは珍しい品というだけじゃない。暮らしが変わる」


「そうね、使ったら戻れないわ」

 セラが手を休めずに言う。


 ラナはリヴの腕を軽く握る。


「これ全部ナオキが持ってきたの?」


 リヴは照れて俯き、小声で答えた。


「う、うん……でも、わたしは……」


「いや、リヴも十分すごいぞ」

 ヴァルターが真顔で言う。


「えっ……わ、私……?」


「昨日のアレといい、今日の髪といい……十分すぎる」


「ナオキのほうが……っ」

 リヴの声が小さく揺れる。


「やめて……僕まで恥ずかしくなります……」


 ナオキが苦笑したことで、場の空気はさらに柔らいだ。


「ふふ……ほんとうにいい子たちね」

 セラはくすくすと笑い、肩の力が抜けたようだった。


 その優しい空気を、ヴァルターが軽く咳払いして整える。


「さて。髪と香りは一度置こう。本題は、これからだ」


 ナオキとリヴが自然と背筋を伸ばした。

 ヴァルターの目は、もう完全に商会を率いる男のものだった。


「ナオキ。続きを見せてくれ。工房向けの素材……あれが本題だ」


 ヴァルターの声が落ち着いた低さで響いた瞬間、

 机の上の空気が、ゆっくりと重心を変えた。


 髪の話で盛り上がっていたラナも、クリームを指に広げていたセラも、

 その気配に気づいたのか静かに動きを止める。


 リヴは胸の前で指を重ね、ナオキにそっと目を向けた。

(ナオキ……どうする?)

 そんな問いが薄い光のように滲んでいた。


 ナオキは短く息を整え、机の中央へ手を伸ばした。

 今回の本当の核心――工房向けの素材が入った小さな布袋を取り出す。


「これが……商会向けに相談しようと思っていたものです」


 ヴァルターの眉がわずかに動いた。

 興奮ではなく、慎重さの濃い反応だった。


「見せてもらおう」


 ナオキは袋の口を静かに開き、掌にひと握りの灰色の粉を落とす。

 光を浴びても特別に輝くわけではない。

 香りもなく、見た目は地味で、地面の土にさえ似ている。


 だが――

 この世界には存在しない“機能”を持つ粉だった。


「……これは?」


 ヴァルターは粉を指先でつまみ、慎重に手触りを確かめる。

 粒子が極めて細かく、吸い付くように皮膚にまとわりつく。


「感触が……変だな。粘りも油っぽさもないのに……滑る。これは……ただの粉じゃないな?」


 セラとラナもそっと覗き込む。


「お父さん、それ……なんの粉?」


「……商人としての勘が、静かに騒いでるところだ」


 ヴァルターは粉を掌で転がしながら、目を細めた。


「ナオキ。これは何をするものだ? 料理用ではないな」


「はい。工房で使う素材として……役に立つものです。

 熱と水に強くて……色を混ぜて使うと、塗装や防水に近いことができます」


「防水だと……?」


 ヴァルターの目がゆっくりと見開かれる。


「木材、布、革……どれに使っても、湿気を防いだり、表面を守ったりできます。

 量は多くありませんけど……少しだけなら扱えると思います」


 ヴァルターは黙ったまま粉を見つめた。

 長い呼吸のあと、低く呟く。


「……油紙袋よりも、紙そのものよりも……これは……危ない」


 セラが驚いたように夫を見る。


「危ないって……どうして?」


「考えてみろ。防水が簡単にできるなら、馬車工房も、皮具工房も、船大工も……みんな欲しがる。

 いや……喉から手が出るほど欲しがる」


 ラナが思わず声を漏らす。


「そんなに……?」


「そんなに、だ」

 ヴァルターは粉袋をそっと机に置き、深く息を吐いた。


「これは……国家が押さえに来てもおかしくない。

 もし敵国が手に入れれば、軽い船が作れる。

 雨でも湿気でも強い馬車が走る。

 布も革も丈夫になる」


 その説明を聞いて、リヴがそっとナオキの袖をつまんだ。

(そんなに……危ないの?)という目だった。


 ナオキは静かに頷き返す。


「ヴァルターさんが言う通りだと思います。

 だから……できるだけ目立たずに扱ってほしいんです」


「……ふむ」


 ヴァルターは腕を組み、目を細めて考え込んだ。


 その横で、セラが粉を眺めながら小さく呟いた。


「でも……もし布に塗って湿気に強くできるなら……冬の服や外套が丈夫になるわね。

 子どもを持つ身としては、ありがたい品よ」


「お母さん、家の馬車の幌も長持ちしそう」

 ラナが明るい声を添える。


 ヴァルターは妻と娘の言葉に反応し、ゆっくりと息を吐いた。


「……確かに、使い方によっては暮らしが楽になる。

 だが、ナオキの言う通り……慎重に扱うべきだ」


 ここでナオキは、机の端へ視線を移した。


「実は……これだけじゃなくて。もうひとつあるんです」


 リヴの目がまた丸くなる。


「まだ……あるの?」


「うん……これは、前に少し説明したかもしれません」


 ナオキはポーチから細い筒状の道具を取り出した。

 ヴァルターが思わず身を乗り出す。


「その形……前にちらりと見せていたやつか?」


「はい。携帯用の浄水器です」


 セラとラナは「浄水器」という言葉の意味がすぐには分からなかったようだ。

 互いに顔を見合わせてから、ナオキに視線を戻した。


「なにそれ……?」

 ラナが首を傾げる。


「水を……きれいにする道具です。

 川の水や、少し汚れている水でも……これで通すと安全になります」


「安全って……どういうこと?」

 セラが息を飲む。


「そのまま飲んでも大丈夫、ということです。

 旅でも……街でも……水が怪しい時に使えます」


 予想外の言葉に、ヴァルターはしばらく言葉を失った。


「……飲める水にする……だと……?」


「はい。中に細かい……膜のようなものがあって。

 それを通ると……不純物が抜けていきます」


 ヴァルターの口元がわずかに震えた。


「それは……薬師ギルドと教会が同時に動くぞ……。

 衛生の問題だ……村でも街でも……大量に欲しがる」


「量は……本当に少しだけです」

 ナオキはすぐに言葉を添えた。


「たくさんはありません。だから……一家にひとつ、旅で使う程度なら……」


 ヴァルターは額を押さえながら、深いため息をついた。


「……これほどの品を……どうしてこうも簡単に出してくる……」


「簡単じゃないですよ……」

 ナオキはやんわり微笑んだ。


「俺だって……慎重に考えて持ってきました。

 ヴァルターさんだから……出せるものです」


 ヴァルターはゆっくりと顔を上げた。

 その目には、商人としての鋭さだけでなく――

 信頼を受け取った人間の誇りが滲んでいた。


「……ありがたい。

 お前のその言葉が何より重い」


 セラは胸に手を当て、少しほっとしたように笑った。


「あなた……良かったわね。

 信じてもらえるって……商家にとって何より大事よ」


 ラナもリヴの横で小さく頷いた。


「ナオキ……すごいね……」

 リヴが囁くように言う。


「すごくないよ……ただ……信じてほしいだけだから」


 その答えに、リヴの頬がふわっと赤く染まった。


 ヴァルターは姿勢を正し、机の上の品々を見渡した。


「……ナオキ。この粉と浄水器は……慎重に扱う。

 商機も、危険も、両方ある。

 だが――お前の願いを最優先する。

 絶対に……勝手な使い方はしない」


 その宣言は、重くて静かな約束だった。


 ナオキは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ヴァルターは大きく息を吸い、家族に向き直る。



 机の上の浄水器や粉袋から離れ、ゆっくりとリヴへ向けられる。


「……ところでだな。昨日の宴のときの話だ」


「えっ……?」


 リヴがきょとんと首をかしげた。

 ナオキも続きが読めずに瞬きをする。


 ヴァルターは、妙に真剣な顔で言った。


「リヴ。お前の髪……どうしてあんなに光ってた?」


「へっ……?」


 リヴの耳がぴくりと跳ねる。

 頬が一瞬で赤くなる。


「だって……火のそばでも、揺れるたびに光ってた。

 あれは油を塗ったわけじゃないよな?」


「ぬ、塗ってない……! 変なこと言わないで……!」


「じゃあなんなんだ?

 昨日の客全員が見てたぞ。お前だけ、髪が別物だった」


 リヴは小さく震え、「ナオキ……」と助けを求める目を向けた。


 ナオキは少しだけ照れたように笑い、静かに言った。


「……僕の国で使ってた、髪を洗う道具を、昨日使ったんです」


 ヴァルターが勢いよく椅子から半分起き上がる。


「それだ!!」


「わっ……!」


「やっぱりそうか……!

 セラもラナも朝からずっと言ってたんだ。

 『リヴちゃんの髪、どうなってるの?』ってな……!」


 そのタイミングで、扉の向こうから気配が近づいてきた。

 さっき退室した二人の声が小さく重なる。


「あなた、声が大きいわよ……」


「お父さん、絶対それ聞いてた……」


 申し訳なさそうに戸を開け、セラとラナが再び顔をのぞかせた。

 ヴァルターが振り返り、慌てたように言う。


「すまん、つい……!」


 ラナはすぐにリヴのもとへ小走りに寄り、両手で彼女の髪先をそっとつまんだ。


「リヴ……やっぱりすごい……!

 朝の光で見ても、つやつやだよ……!」


「わ、わたし……そんなつもりじゃ……!」


 リヴは耳まで真っ赤になり、ナオキの袖にしがみつく。

 その姿があまりに初々しく、セラが柔らかく笑った。


「リヴちゃん、本当に綺麗よ。

 料理場で火を使うと髪が傷むのに……昨日は全然だったわ」


「う、うぅ……そんなに言わないで……!」


 ラナは自分の髪を指で触りながら、真剣な顔になる。


「ねぇナオキ。あの道具、もう一回見てもいい?」


「え、えっと……量はあまり無いですが……」


「ちょっとでいいから!

 あれ、街で売ったら……大変だよ。

 冒険者の小屋なんて、髪のきしみで喧嘩が起きるのに……!」


 ヴァルターがすかさず口を挟む。


「売らん!!

 少なくとも、この街には出さん!!」


「えー、お父さんだけズルい!」


「ズルくない!! あんなもん、扱い間違えたら貴族が喧嘩を始める!!」


 机を挟んで一家がわいわいと盛り上がり、

 ナオキは少し離れたところで苦笑した。


(こんなふうに笑ってくれるなら……出した甲斐があったな)


 リヴはナオキの袖をつまんだまま、そっと顔を上げる。


「……ナオキ。わたし、そんなに変だった……?」


「いや。すごく綺麗だったよ。

 灯りの下だと、ちょっと眩しいくらいに」


「……っ……!!」


 リヴはさらに真っ赤になり、ナオキの背中に隠れようとする。

 ラナがすかさず追撃する。


「ほらー! ナオキが言うと余計に照れるんだよね!」


「や、やめて……!」


 そんな賑やかな声の中で、セラは優しい目をして言った。


「でもね、リヴちゃん。ああいう輝きは心にも出るのよ。

 昨夜、あなた……本当に嬉しそうだったもの」


「……うん。

 ……ナオキと、ヴァルターさんたちと……いっしょで……

 とても……よかったから……」


 その小さな声に、部屋全体がふっと静かになり――

 次の瞬間、ラナが満面の笑みでリヴに抱きついた。


「うん! わたしも嬉しい!!」


「わっ……!」


 ヴァルターが頭をかきながら言った。


「まったく……お前たちは……

 いい、もう今日は商売の話は終わりだ。

 こんなの見せられたら仕事にならん」


 セラが苦笑し、ナオキも笑った。


 粉袋も浄水器も、机の端で静かに影を落としている。

 だが今この部屋に広がっているのは、

 それらの重さを軽々と越えていく、あたたかい気配だった。


「よし。昼には少し良い茶を淹れる。

 今日くらいは、ゆっくりしていけ」


 ヴァルターのその言葉で、空気が完全に緩む。

 ラナとリヴは並んで笑い、セラは穏やかに肩をすくめた。


 ナオキはそっと息をつきながら思う。


(……この家で良かった。本当に)


 光が差し込む窓のそばで、リヴの髪がまたふわりと揺れた。

 昨日と同じように、柔らかい光を受けてきらきらと輝く。


 それは、秘密の重さを抱えながらも、

 小さな暮らしを続けていこうとする二人にとって――

 とても心強い光だった。

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