お前たち……なんなんだ?
朝の光はまだ細く、窓枠の端に触れただけの金色が、客室の空気にゆっくり溶けていった。
昨夜、あれほど賑やかだった館は、今は息を潜めているように静かだった。
壁には家族の笑い声が残ったままなのに、その下に沈む空気だけは、はっきりと違っていた。
今日、互いに向き合う話の重さを、ナオキとリヴはよく理解していた。
ナオキは机の前に座り、背嚢に指を置いた。
どこにでもある麻袋。少しほつれかけた端を、昨夜リヴが直してくれた跡がまだ新しい。
外見だけなら、どこにでもある荷物だ。
けれど、この中に詰まっているのは――この世界では説明のつかない物ばかりだった。
袋の存在そのものが、静かな重みを帯びている。
嘘というより、まだ語っていない“現実”。その重さだった。
その袋を見つめるナオキの横で、リヴがそっと袖をつまむ。
少しだけ冷えた朝の空気の中でも、その指先は温かかった。
震えはない。むしろ、ナオキの呼吸に合わせるように、寄り添う気配だけがある。
「……ナオキ。ほんとうに、出すの……全部……?」
囁く声は不安ではなかった。
拒絶でもない。
(いっしょに背負うよ)
そんな意志が、声の奥に静かに宿っていた。
ナオキは袖を引く指にそっと触れ返す。
「隠したままだと……あとで困らせちゃうと思う。
ヴァルターさんには……ちゃんと話したいから」
その声は柔らかく、揺らがなかった。
昨夜、ヴァルターがあれほどの言葉をくれたのだ。
――ならこちらも、信じて向き合うべきだ。
リヴはその言葉に細く息を吸い、ゆっくりと頷いた。
昨日よりも少し大人びた表情。その横顔に迷いはない。
こん、と扉が軽く叩かれた。
「入るぞ」
落ち着いた声。
昨夜の宴で見せた優しさと同じ響きがあった。
扉が開き、ヴァルターが姿を見せた。
髪は整えられ、白いシャツの袖口はきっちり折られ、商人としての顔になっている。
だが、目の奥には――昨夜の信頼がそのまま残っていた。
「昨日の続きをしたくてな。この部屋で構わんか?」
「もちろんです」
ナオキが返すと、リヴも丁寧に頭を下げた。
「……お願いいたします」
袖をつまむ指先がきゅっと強まっていた。
怯えではない。
今日の話が“本当の意味での一歩”になることを理解している、その緊張だった。
ヴァルターは椅子に腰を下ろし、机の上の背嚢に視線を落とす。
「向こうの品を持ってきたと言っていたな」
「……はい。扱いの難しい物が多いので……順番に、説明しながら」
ナオキは静かに背嚢の紐を解いた。
麻布の擦れる音が、やけに大きく響いた。
緊張のせいか、空気が澄みすぎているせいか――その音が、この部屋の始まりの合図のように思えた。
最初に取り出したのは、包丁だった。
光を受けて、刃が淡く輝く。
整った刃線。均一な厚み。磨かれた銀の光。
ヴァルターが手を伸ばし――刃を見た瞬間、指先が止まった。
「……おい。これは……」
手に取って角度を変え、側面を軽くなぞる。
刃の鋭さに、わずかに指が震えた。
「……調理具、なのか?」
「料理に使う包丁です。刃が鋭いので、扱いに気をつけてください」
「鋭い……? いや、この均一さ……“魔剣”の線すら超えているぞ……?」
ヴァルターは光にかざし、ひとつひとつ確かめるように眺めた。
「鍛冶師が何十年修行しても、これは……。
鍛冶師を百人集めても、この線は出せん……」
もう声の色が変わり始めていた。
次にナオキが取り出したのはガラス瓶だった。
透き通った硝子。曇りも歪みもない。
「これは飲み物を入れる瓶です」
「瓶……? 透明……すぎる……歪まん……。
どこの工房が……? いや、魔道具をどう使えば……?」
驚きに、ほんのわずかな恐れが混じり始める。
リヴが袖を引き、小さく囁いた。
「これ……出すの……? ほんとうに全部……?」
「今のうちにね」
ナオキは次々と取り出した。
グラス。
密閉容器。
石鹸、タオル、ハンカチ。
ティーバッグ、スープ、乾燥食料。
常備薬の箱。
ライト、ハサミ、針と糸。
メモ帳、地図、栓抜き、水筒。
机が埋まっていく。
リヴの袖をつまむ指は、いつの間にかナオキの手を握っていた。
ヴァルターは完全に“常識の外の光景”の中にいた。
眉が上がり、目が細くなり、額には汗が浮かび、呼吸が浅くなる。
椅子に深く座り直し、机に手をついて、必死に支える。
十を超えたあたりで――
「…………なあ」
声が低く、かすれていた。
「お前……まさかとは思うがな」
ナオキは目を向ける。
「はい」
「これら全部を……その袋で持ってきたと言うのか?」
「……これで、まだ全部じゃないんです」
ヴァルターの思考が止まった。
沈黙。
本物の沈黙だった。
「……いくらなんでも、限度というものがあるだろ……」
困ったように笑うナオキの横で、リヴがさらに手を握り込んだ。
ここで――ナオキはもうひとつの真実を告げる準備をした。
「ヴァルターさん。全部をお見せするなら……言っておかないといけないことが、もうひとつあります」
「……まだあるのか?」
「リヴは……魔法が使えます」
空気が――止まった。
「…………………………は?」
ヴァルターの声が完全に止まった。
あれほど喋っていた男が、言葉そのものを失っていた。
リヴは驚いたようにナオキを見上げる。
「えっ……ほんとうに言うの……?」
「うん。隠しごとはもう……終わりにしよう」
リヴは小さく息を整え、椅子から立ち上がった。
胸の前で指をそっと重ねる。
誰にも見せる必要のなかった、いつもの“始まりの形”。
光が咲いた。
小さな花が開くように、やわらかく、あたたかい輝きが彼女の掌に生まれる。
詠唱も、魔力の揺らぎすらもない。
ただ、そこに“現れる”。
「……む、無詠唱……?」
ヴァルターの声が震えた。
その震えは恐れではなく、理解が追いつかないことへの純粋な驚愕だった。
リヴは続けるように、指をすっと動かした。
水が、音もなく丸い球となって浮かぶ。
完璧な球形。
不自然なほど安定しており、滴りもせず、揺れもしない。
「す、水……!? 形が崩れ……いや、崩れなさすぎる……!?」
次に空気が揺れ、机の上の紙がふわりと浮きかける。
風。
続けて、リヴの掌の上に小さな火が灯る。
炎は驚くほど静かで、彼女の呼吸にすら揺れない。
火。
床の一部が、わずかに盛り上がる。
土の属性。
――五属性。
魔法として語られる“頂点”の領域。
伝説でしか存在しないとされる技。
リヴは息一つ乱れず、当たり前のように手を下ろした。
「えっと……こんなかんじ……」
「こんな感じじゃない!!!!」
ヴァルターの叫びが部屋に響く。
「五属性!? 複数属性の魔法など、歴史に名を残す大魔導師ですら二属性が限界だぞ!?
それを無詠唱で……
負荷もなく……
何度も……!?
お前……なんなんだ……精霊か何かか!!?」
「え、えっ!? せ、精霊……!? ちが……うよ……普通だよ……?」
「普通じゃない!!!」
ヴァルターが机を掴み、立ち上がる勢いで前のめりになった。
目はぎらぎらし、息は上がり、額には汗。
常識が音を立てて崩れる中で、彼はようやく椅子に戻った。
「……だめだ……脳が……焼ける……」
頭を抱え、天井を見上げる。
ナオキは困ったように言う。
「ヴァルターさん……落ち着いてください……」
「落ち着けるか……! 五属性……無詠唱……無負荷……そんなもの、歴史に一度も存在しない……!」
ヴァルターは震える声で続けた。
「……いや、ある意味では……昨夜の段階で覚悟はしていた……。
料理の手際も、気配の薄さも……“妙に普通じゃない”とは思っていたが……それでも……五属性は……!」
額を押さえたまま、深く深く息を吐く。
その間、リヴは不安げに袖をつまみ、ナオキの方を向いた。
「ナオキ……わたし、やりすぎた……?」
「いや……君は悪くないよ……」
「そうなの……?」
「悪いのは……タイミングだけ、かな……」
リヴはしゅんとした顔で肩をすぼめる。
その姿を見て、ヴァルターが思わず叫んだ。
「悪くない! むしろ……すごすぎて……どうしていいか分からんだけだ!!」
「ど、どうしていいか……」
「分からん!!!」
完全にパンクしていた。
しかし――まだ終わりではなかった。
ナオキが静かに口を開く。
「……ヴァルターさん。もう一つ……大事なことがあります」
ヴァルターが顔を手で覆う。
「まだあるのか……? なんなんだ……今日は処刑日か……?」
「俺の荷物は……全部、アイテムボックスに入れてきました」
その瞬間――
静寂が落ちた。
さっきまで叫んでいたヴァルターが、一切の声を失った。
「…………………………は?」
ゆっくりと、硬い動きで顔を上げる。
そして、震える声で言った。
「アイテムボックス……?
あれは……時空魔法の最終到達点で……理論だけ残っている“伝説級”だぞ?
存在した者はいない……!
研究しても再現できない……!
国家が何百年研究しても成果ゼロの……あの……アイテムボックス……?」
「はい」
「お前は……それを……?」
「はい」
「………………………………」
時間が止まる。
「お前たち……なんなんだ……?
本当に物語の中から歩いてきたのか……?」
ヴァルターは、机に突っ伏した。
完全に、言葉を失った。
机に突っ伏したヴァルターは、一言も発さなかった。
肩がわずかに上下している。
呼吸が整っていない。
静かな客室の空気が、凍ったように動かない。
「……あの……ヴァルターさん……?」
ナオキがそっと声をかけるが、反応はない。
リヴは心配そうに胸の前で手をそわそわと動かした。
「だ、大丈夫……? 水……いる……?」
ようやく、机に突っ伏したまま、ヴァルターが搾り出すように呟いた。
「……少し……待ってくれ……脳が……今……旅に出ている……」
「旅……?」
「常識の外に……旅に出ている……!!」
ガタン、と椅子が鳴った。
ヴァルターが上体を起こし、髪を手でかき乱す。
「アイテムボックス……? 五属性……? 無詠唱……? あれだけの品を全部袋に……?
なんだその……おとぎ話の主人公みたいな設定は……!」
めちゃくちゃ真剣な顔なのに、言っている内容が混乱しすぎていて、リヴは思わず小さく笑いそうになった。
「ナオキ……ヴァルターさん……混乱してる……」
「だね……完全に……」
ヴァルターは額を押さえながら、ぎりぎりの理性で椅子に座り直した。
「……すまん……二人とも……怒ってるわけじゃない……」
荒い呼吸のまま、続ける。
「ただな……驚きの量が……限度を越えているんだ……!」
「ご、ごめんなさい……?」
とナオキが申し訳なさそうに言うと、
「謝るな!!!!」
ヴァルターが叫んだ。
「謝られるほうが困る!!!!
むしろ……感謝してるんだよ……!!
隠し事をせずに全部見せてくれたことに……!!」
リヴのまつ毛が揺れ、ふっと表情がゆるくなる。
「じゃあ……怒ってない……?」
「怒るか……! 怒るどころか……覚悟が決まった……」
ヴァルターは背筋を伸ばし、二人をまっすぐ見た。
その表情は――昨夜の笑い声の余韻とは違う。
商人としての顔とも違う。
“人としての、決断”だった。
「いいか、ナオキ。リヴ」
声は驚くほど落ち着いていた。
その落ち着きが逆に、言葉の重さを際立たせる。
「……お前たちは、もう俺の常識では測れん。
国の魔導師でも、軍でも、鍛冶師でも、商人でも……
どの立場で考えても、“規格外”だ」
「……すみません……」
「違う! 謝るなと言った!!」
ヴァルターは机を軽く叩いて続ける。
「問題は“力があること”じゃない。
力をどう使うかだ」
リヴがそっと袖をつまみ、小さく聞いた。
「……わたしたち……危険……?」
「危険じゃない!」
ヴァルターの声は強かった。
「危険なのは……お前たちを見て“恐れる側”だ」
リヴは目を瞬かせ、ナオキは息をのみ込む。
ヴァルターは続ける。
一語一語、噛みしめるように。
「強すぎる者は……弱い者から恐れられる。
理解できない力は……脅威に見える。
人は、分からないものを恐れるからな」
リヴの指が震えそうになった瞬間――
「だが」
ヴァルターは即座に切った。
「俺は恐れん。
昨日、お前らと飯を食った。
話した。
笑った。
あの時間で十分すぎるほど分かった。
お前たちは“危険な力”じゃなく、“優しい力”だ」
リヴの目が潤んだ。
「……ヴァルターさん……」
ナオキはゆっくりと息を吐き、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「だから――」
ヴァルターは椅子を引き、立ち上がった。
鋭くも優しい目で、二人を真正面から見据える。
「――俺がお前たちを守る。
ヴァルター商会としてではない。
ヴァルターという“一人の男”としてだ」
リヴは息を呑み、ナオキは思わず目を見開いた。
その言葉に、嘘も誇張もなかった。
商人の駆け引きでもなければ、利益のためでもない。
ただ――人としての友情と信義。
それだけが宿っていた。
「お前たちが隠れて怯えて暮らす必要はない。
力をひけらかす必要もない。
堂々と、生きればいい。
そのために……俺が立つ」
リヴの頬がつっと熱くなる。
ナオキは小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます。そんなふうに言っていただけるなんて……」
「礼はいらん。
昨日の甘味の礼も、今朝の誠実さの礼も……全部合わせれば、むしろ俺のほうがお前たちに礼を言いたいくらいだ」
「甘味……」
とリヴが小さく呟く。
「うむ。あれは……本当に幸せな味だったからな」
ふっと空気が柔らかくなる。
その流れのまま、ヴァルターは深く息を吸い、静かに宣言した。
「ナオキ。リヴ。
――お前たちは今日から、ヴァルター商会の“身内”だ」
その瞬間、リヴの瞳がふわっと揺れた。
「み……身内……?」
「そうだ。客でも協力者でもない。
守るべき“家族の側”に入れるということだ」
ナオキの喉が静かに震えた。
「……俺たちを……?」
「お前たちをだ。
理由ならいくらでもある。
だが一番大きいのは――」
ヴァルターは胸に手を当てた。
「――俺は、お前たちが好きだ。
人として。
守りたいと思った」
リヴは口元を押さえ、目に涙を浮かべた。
「……ありがとうございます……ほんとうに……」
ナオキも、もう言葉が見つからなかった。
この世界に来て、誰かにこれほど強く“受け入れられた”ことはなかった。
ヴァルターは照れくさそうに咳払いし、紙束を手にした。
「さて。感傷はここまでにして……商人としての整理を始めよう。
お前の品がどう街に影響するか。どう扱えば安全か。
全部、俺が判断してやる」
二人は同時に深く頷いた。
「お願いします」
「お願いします……!」
空気はようやく落ち着き、けれど、確かに温かかった。
朝の光は強まり、窓辺の影を少しずつ消していく。
ヴァルターは深く椅子に腰を下ろし、紙束を手元に置いた。
もう混乱の影は薄れている。
代わりに、商人としての鋭さと、父親のような優しさが同居した表情が戻っていた。
「さて……ナオキ。リヴ。ここからは“扱いの整理”をする」
紙をめくりながら、ヴァルターは品々を順番に指さした。
「まず包丁だが……これは外に出せん。鍛冶師を壊す」
「壊す……?」
「精神が、だ」
ヴァルターは真顔だった。
「こんな刃を見せたら、何十年修行してきた者が膝をついて泣く。
技を捨てるか、追いかけるか、どちらにせよ騒ぎになる」
「……うん、なるべくしまっておくね」
ナオキが苦笑すると、リヴが袖をちょんと引いて小声で呟く。
「鍛冶師さん……泣くんだね……」
「泣くぞ。間違いなく泣く」
その即答に、部屋の空気がほんの少し和らぐ。
ヴァルターは次に透明な瓶を持ち上げた。
「これは……薬師が喉から手が出るほど欲しがる。
だからこそ、出さない。出せば調薬の基準が崩れる」
「そんなに……?」
「そんなにだ。純度が上がれば薬の力が変わる。
医療の価値が変わる。
街の“命の流れ”が変わる」
リヴはぽつりと呟く。
「じゃあ……これも、わたしたちだけ……?」
「そうだ。お前たちが使う分なら問題ない。商会内だけで静かに扱う」
ヴァルターは次にライトを手にした。
その瞬間、表情が引き締まる。
「これは――最も危険だ」
「やっぱり……」とナオキ。
「当然だ。灯りは“支配の象徴”でもある。
貴族も、軍も、街の治安も、この光一つで変わる」
それでもヴァルターは静かに続けた。
「だが……必要なら使う。
お前たちの身を守るためならな。
ただし絶対に外に見せるな」
「分かりました」
ヴァルターは深く頷き、次に石鹸へ手を伸ばす。
「これは……君たち専用か、せいぜい商会の女性陣の特別品だな」
「女性陣……?」
「昨日、うちのラナや妻の反応を思い出せ。
あれで一般販売などしたら戦争だ」
「戦争……?」
「香りでだ」
リヴが恥ずかしそうに目を伏せる。
「うう……そんなに匂う……?」
「いい匂いなんだよ……」とナオキが小声で言うと、
「お前まで素直に言うんじゃない!!」
とヴァルターが照れ隠しに机を叩いた。
そのやり取りに、少しだけ笑いが生まれる。
ヴァルターは紙束の最後の一枚をめくり、静かに言った。
「つまりだ。
ナオキの品は、どれひとつとして“普通の品”では扱えん。
扱えば世界が変わる。変われば混乱が起きる。
だから――俺が管理する。
お前たちを守るためにな」
ナオキは深く息を吐き、静かに頭を下げた。
「……お願いします。俺じゃ……判断を誤りそうなので……」
「そこが良いところでもあるがな」
ヴァルターは笑みを浮かべた。
「ナオキ。お前は誠実すぎる。
誠実な人間は“正しいこと”のために動けるが……
同時に、それで自分を危険に晒す」
言葉は厳しいのに――優しさが滲んでいる。
リヴがそっと袖をつまみ、ナオキの顔を見つめた。
「ね……だから……わたしも、一緒に考える……」
「うん……頼りにしてるよ」
「……うん」
二人のやり取りに、ヴァルターは大げさにため息をついた。
「お前ら……夫婦か?」
「ええっ!? ま、まだ……!」
リヴが跳ねるように顔を真っ赤にし、袖で頬を隠した。
「……でも、言われたら……ちょっと……うれしい……」
「リヴ……そういうこと言われると俺も困る……」
「困る……?」
「嬉しいけど困る……!」
そのやり取りに、ヴァルターは豪快に笑った。
「ほらな。
こんな空気を持つ二人を“危険な者”と見る奴は信用ならん。
だから――俺が守る。
それで街も守れる」
笑いが落ち着いたあと、ヴァルターは真面目な目に戻り、最後の確認だけを告げる。
「よし。話はここまでだ。
ここから先は、品を少しずつ整理し、外の動きも読む。
今日から本格的に……一緒に動くぞ」
ナオキとリヴは並んで立ち、同時に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「お願いします……!」
「よし。任せろ」
ヴァルターは立ち上がり、三人の間に朝の光が差し込んだ。
外では商会の人々が動き始めている。
街の朝はもう始まっていた。
机の上の地球の品々が、金色の光を受けて静かに輝く。
その光景は――
異世界の朝に、新しい未来がそっと混ざり始めた瞬間に思えた。
そして、この朝が後に、
「街の流れを変えた最初の日」と語られることになるとは、
三人の誰もまだ知らなかった。




