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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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香りの宴、はじまる夜(前編)

 階段を上がる途中から、もう夕餉の匂いがしていた。

 焼いた肉の香ばしさ、煮込みの湯気、香草の刺激。

 その全部が混ざって流れてくるだけで、歩き疲れた脚の奥までほどけていくようだった。


 ナオキは思わず足を止め、小さく息を吸った。

 町の香りとはまた違う、家の中だけにある安心の温度が胸に落ちた。


「……今日、いい日だね。こういう“人の家の匂い”って落ち着く」


 隣でリヴが、胸の前で指をそろえながらそっと笑った。

 その声にナオキも自然と頬がゆるむ。


 扉を開けると、台所の奥からセラとラナが忙しく動く音がした。

 ヴァルターの大声がすかさず飛んできた。


「おう来たか! 遠慮すんな、さっさと入れ! ラナ、客人用の椅子を持ってこい!」


「はーい!」


 ラナが軽い足音を連れて椅子を運んでくる。

 顔がほんのり赤く、嬉しさが隠せていない。


「ナオキさん! 本当に戻ってきたんだね!」


「ただいま。ラナも元気そうだね」


「うん! あの……すっごくおいしいやつ、また持ってきた?」


 言葉に期待が丸ごと乗っていた。

 リヴは優しく目を細める。


「持ってきたよ。前より多いよ」


「本当に!? お母さん、ねぇ聞いた!?」


 台所の奥からセラの柔らかい笑い声が返る。


「ええ、聞いたわ。……あの味は、忘れられませんもの」


 セラがリヴの顔に目を向け、ふと表情がやわらぐ。


「リヴさん、今日は湯に入ったのね。……とてもいい匂いがするわ」


「うん。ここのお風呂、すごく気持ちよかったよ」


 リヴが髪を指先で整えると、花のような香りがふわりと揺れた。

 その瞬間、ラナが思わずリヴのほうへ寄る。


「お母さんも匂いたいんでしょ?」


「ちょ、ちょっと……ラナ!」


 そんな他愛もないやり取りだけで部屋が明るくなる。

 ナオキはその光景を見ながら、胸の奥がじんわりとほどけていくのを感じた。


 テーブルには、セラが次々と料理を運んでくる。

 香草をまとったロースト鳥肉、大皿の煮込み、揚げた薄いパン、蜂蜜酒の香りをふくむ焼き菓子。

 商家ならではの豊かな匂いが、夕暮れの空気にふんわり広がった。


 ヴァルターが豪快に両手を叩く。


「よし、座れ座れ! お前らの席もちゃんと用意してるぞ!」


 その勢いのまま、ナオキの足元の包みに気づいた。


「おい、それ……酒だろ? ほれ、ここ置け!」


 促され、ナオキは包みを開いた。


 夕陽の色を宿した琥珀の瓶。

 深い黒のラベル。

 ひと目で香りの強さが伝わる、落ち着いた琥珀色。


 リヴが少し得意そうに微笑む。

 前に比べて量も種類もはるかに多い。


「おお……瓶の色だけで旨そうだな……」


 ヴァルターがごくりと喉を鳴らす。

 だが視線が酒よりも先に“瓶”そのものに吸い寄せられていた。


「……おい待て。これ……硝子の厚みが均一だぞ?

 どうやったら、こんなに滑らかな……」


 掌にころりと乗せ、角度を変える。


「細工を施したわけでもないのに……

 中の酒が光で揺れるのがそのまま透けて見える……

 硝子って、こんなに澄むのか……?」


 セラもそっと瓶を手に取る。


「……すごい……。

 まるで冷たい水をそのまま固めたみたい……」


 ラナは瓶を抱えるように覗き込む。


「宝石みたい……。これ、本当に飲み物が入ってるの……?」


 夕陽が瓶に当たり、光がテーブルに反射する。

 琥珀色が揺れ、まるで踊る小さな灯りのようだった。


 その明かりに照らされ、セラが息を呑む。


「香りだけで……もう食事が進みそう……」


「こりゃ……飲む前から酔いそうだな」


 ヴァルターがそっと栓を抜く。

 木製の栓がコトリと音を立てた瞬間──


 香りが空気をまるく震わせた。


 樽の甘さ、木の深い香り、薪の温もり。

 それらが入り混じり、喉の奥へやわらかい熱が流れ込むようだった。


「……なんだこれは……。

 酒って、こんな香りを持つものなのか……?」


 ヴァルターは驚いたように目を見開く。


「嫌な匂いじゃない……ふんわり甘い……」


 セラがそっと言った。

 ラナは香りを吸い込むだけで頬が赤くなる。


「お菓子みたい……いい匂い……」


 リヴは酒の瓶を見つめていたが、ナオキが小さく首を振ると、すぐに視線をそらした。


「……飲まないよ。ちゃんと……約束してるし。ナオキが止めるなら、飲まないもん」


 それを聞いたセラが、ふっと優しく笑う。


「あなた……ずいぶんしっかりしているのね」


「うん。飲めるようになるまで……あと五年くらいかな」


「五年後……ラナと同じくらいかしらね」


「そしたら……いっしょに飲むよ」


 ラナは目を輝かせ、胸の前で両手をぎゅっと握る。


「飲む飲む! リヴと飲む!」


「だめだぞラナ、飲むのはもっと先だ!」


 ヴァルターのツッコミに、テーブルが明るく揺れた。


 そして──

 ヴァルターが酒をひと口飲んだ瞬間、表情が変わった。


「……っ……これは……なんなんだ……

 酒なのに……喉が痛くない……。

 熱が灯るみたいなのに……優しい……」


 セラが小さく味を確かめ、胸元に手を当てる。


「これ……料理と合わせたら……どうなるのかしら……」


「ねぇ、お酒ってこんなにいい匂いなの?」


「ラナは飲まんでよい!!」


 家族の笑い声が重なり、室内の空気が一段と温まった。


 テーブルが明るい笑いと香りで満たされた頃──

 ナオキはそっと袋から缶詰を取り出した。


「……開けていい!?」


 ラナがスプーンを握りしめ、期待が溢れている。


「もちろん。今日の主役だからね」


 ナオキが頷いた瞬間、ラナは慎重に缶切りを回し、蓋を外した。


 甘さが、空気を押すように広がった。


 缶詰の蓋が外れた瞬間だった。


 甘い香りが──

 まるで空気を押し広げるように、部屋じゅうへ広がった。


 果物そのものよりも濃く、

 煮詰めた蜜のような深い甘さ。

 なのに胸にしつこく残らない、軽い香り。


 ラナはスプーンを握ったまま固まった。


「……香りだけで……甘い……。

 なんか……胸がふわってなる……」


 スプーンを恐る恐るすくい、一口。

 その瞬間、娘の肩が小さく震えた。


「っ……なにこれ……。

 生の果物より甘い……なのに軽い……。

 やだ……これ……止まらない……」


 セラもひと口食べると、胸元に手を当てた。


「……こんな味……知らなかった……。

 果物って……こんなに優しい甘さになるのね……」


「食べ物で……心が溶けるって……こういうことなのね……」


 スプーンを持つ指先が、少し震えていた。


 ヴァルターは大げさに鼻を鳴らしたくせに、

 口に運んだ瞬間、動きが止まった。


「……う……わ……

 これは……ズルい……。

 果物を酒に漬けても出ねぇ……

 こんな香りも……こんな甘さも……

 なんだこれ……陽の光そのものか……?」


 大きな男の目が、本当にうるんで見えた。


 リヴはそれを見て、くすっと笑う。


「最初に食べた時、わたしも似たようなこと思ったよ」


「お前さん、最初にこれ食った時どうだったんだ?」


「……うれしくて、ちょっと泣いた」


「おい……反則だろそのエピソード……」


 ヴァルターはナオキを見る。


「ナオキ。お前……こんなの毎回持ってきたら……

 家族全員、甘味の虜になるぞ」


「うん。まあ、お土産だからね。喜んでもらえたらそれで」


「言ったな!? 本気で喜ぶぞ!? うちの家族全員!」


 ヴァルターの声が妙に張りがあり、奥さんに肘で軽くつつかれる。


「あなた、声が大きいわ。

 でも……わかるわ。これは……本当に衝撃の味よ」


「だろ!? だろう!? セラもわかるか!」


「わかるに決まってるでしょ」


 夫婦のやり取りに、ラナがスプーンを掲げて割り込む。


「ナオキさん、これ……全部食べていいの!?

 明日も食べたい……いや明日もじゃなくて、今日全部でも……」


「ちょっと待ちなさいラナ。全部はだめよ」


「えぇ……」


 しょんぼりした娘の肩に、リヴがそっと手を置く。


「だいじょうぶ。まだ他にもあるからね」


「え!? まだあるの!?」


 ラナが一瞬で復活し、目が星みたいに輝いた。


「あるよ。果物だけじゃなくて……」


 リヴは次の缶を胸元から取り出し、テーブルに置いた。

 金属のかすかな音に、家族全員の視線が吸い寄せられる。


「肉の缶詰、魚の缶詰……あと、鳥肉の煮込みの缶もあるよ」


「全部開けよう!!」


「ラナ!」


 セラの一喝で娘が固まる。


「……ごめんなさい」


「後でゆっくり味わうんだから、焦らないの」


「うん……!」


 ラナは姿勢を正し、スプーンを抱えて正座しはじめた。


「……そんなに楽しみにしてたんだね」


 ナオキが笑うと、ラナは勢いよく振り返った。


「だってナオキさん!

 前の“桃のやつ”……ほんっとうに忘れられない味だったんだよ!

 甘いのに軽くて……果物なのに果物じゃないみたいで……

 あれがまた食べられるって思ったら……!」


 娘の語彙力が爆発している横で、セラが笑う。


「あなたね……言い方がちょっと面白いのよ……」


「でも、気持ちはすごくわかるよ」


 ナオキの言葉にラナの顔がぱっと明るくなる。


「ほんと!? ほんとに!?」


「うん。俺も最初に食べたとき、驚いたからね」


「ナオキさんも驚く味なんだ……!

 やった……勝った!(何に?)」


 リヴが小声でつぶやいた。


「ラナちゃん、楽しそう……」


「うん。あの子は本当にまっすぐだね」


「ね……かわいいよね……」


 リヴはくすっと笑い、次の小箱を取り出した。

 箱を開けると、焼き菓子の香ばしい香りがふわりと広がる。


「クッキーだ。今回は三種類」


「さんしゅるい!!?」


 ラナの噛み方が崩壊した。


「ちょ、ラナ、噛んで言いなさい噛んで」


「さん・しゅ・る・い……! やった……!」


「今の噛み方すごく可愛いよ」


「ナオキさん!? 今の聞かなかったことにして!!」


 顔を真っ赤にして両手で耳を塞ぐ娘の横で、リヴが小さく笑う。


「ねぇラナ、どれから食べたい?」


「全部!!!」


「ラナ!」


「……ごめん……一つずつにする……」


「うん、それがいいよ」


 リヴが一枚手に取って差し出すと、ラナは両手で受け取り、そっと噛んだ。


 さくっ、と小さな音がした。


「……音が……かわいい……。

 味も……すごい……甘いけど……香りが広がる……」


「でしょ。焼き方も……甘さも……いろいろ調整できるんだ」


「リヴ……クッキー作れるの……?」


「うん。ちょっとだけね」


「……教えて……ほしい……」


 甘味の魔力で完全にとろけた娘は、

 リヴの袖をつまんで見上げた。


 セラがそれを見て、微笑みがこぼれる。


「あなたが教えてくれたら……ラナは毎日でも作りそうだわ」


「ねぇナオキさん、クッキー毎日食べたいよね?」


「食べたいけど……太らないように気をつけてね」


「気をつける……! 絶対……!」


「そこは強気なんだね」


 家族全員が笑い、テーブルは甘さと声でいっぱいになった。


 その空気の中で、ヴァルターが酒を注ぎながら言う。


「よし……この勢いで、次はジャムだ。ナオキ、任せた」


「うん、俺が開けるよ」


 ジャムの蓋が外れると、再び甘い香りが広がった。


 セラは息を呑む。


「煮込んでいるのに……果実そのままの香り……?

 どうしてこんなに……みずみずしいの……?」


 ラナがパンにつけてそっと口にする。


「……っ……おいしい……。

 甘いけど軽くて……香りが……ふわーって……

 これ……毎日食べたら……幸せで倒れちゃう……」


「倒れちゃだめよ」


「でも……倒れるほど……しあわせ……」


「そういう倒れ方は……まあ、いいかもしれないね」


 ナオキが笑うと、ラナは両手で頬を押さえた。


「ナオキさん……今日のわたし……ちょっとおかしい……」


「大丈夫。甘さで浮かれてるだけだよ」


「浮かれてる……!」


「うん、とても楽しそうだよ」


「……へへ……」


 甘味の魔法は、家族の心をすっぽり包み込んでいた。


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