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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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休息の刻、ふたりの支度

 扉が閉まった瞬間、廊下の喧騒がすっと遠ざかり、部屋全体が落ち着いた呼吸を取り戻したようだった。

 大きな窓から差す光は、夕暮れに向けて少し傾き、床にやわらかな縞模様を描いている。森で感じた緊張とは違う、安らかな気配が部屋を包んでいた。


 荷物をそっと床に置くと、ナオキは軽く伸びをした。肩や脚への重さが、ようやく自分の体に返ってきたような感覚があった。


「……思った以上に歩いてたんだな」


 ひとりごとのように漏らしながら窓を開けると、街の匂いがふわりと入ってくる。焼き菓子の甘い香りに、香油の微かな花の香り、遠くで鳴る鐘の余韻。

 この世界の「暮らし」が、一度に押し寄せた。


 そんな時、扉が軽く叩かれた。


「ナオキ……入ってもいい?」


 リヴの声だった。

 返事をすると、扉が静かに開き、旅装のままのリヴがそっと顔をのぞかせた。昼間の喧騒を抜けてきたのに、どこか柔らかな雰囲気がある。


「うん。どうしたの?」


「……部屋が静かすぎて。ちょっとだけ、一緒にいたくなった」


 そう言って微笑む。

 その仕草ひとつで、胸の奥の疲れがふっと軽くなった気がする。


 リヴは部屋に入ると、窓際の椅子に腰を下ろし、胸元に手を添えた。

 その指先には、森を越えてきた疲れと、安心の入り混じったような空気が漂っていた。


「湯、使わせてもらったよ。……すごいね、あれ。向こうの部屋に入った瞬間から香りがしてた」


「香油も扱ってる商会だし、湯の設備もしっかりしてるんだろうね」


「うん。ナオキの花みたいな香りがする石鹸やシャンプーも使ったよ」


「そっか。どうだった?」


「すごく……やさしい匂いだった。森で汗を流したあとだから、余計にね。髪を洗うだけで肩まで軽くなった感じ」


「旅の間は旅の間は魔法があると言っても、水場も限られてたし、石けんなんて贅沢だったもんね」


 リヴの髪先が光を受けて揺れる。

 乾いたばかりらしく、淡い花の香りがふわりと届いた。

 しっとりとした艶が宿り、指で触れたらするりと逃げていきそうな柔らかさがあった。


「すごく……綺麗になってるよ」


 思ったままが声に出ると、リヴは一瞬だけ目を丸くし、すぐに頬を染めた。


「そんなに……? ナオキがくれたやつのおかげだよ。向こうの人に渡したら、絶対びっくりすると思う」


「ああ……奥さんはセラさんで、娘さんはラナさんだったかな?二人がいたら、確実に気づくだろうね」


「うん。きっと“何使ってるの?”って聞かれるよ」


 二人で笑う。

 こんな穏やかな時間が、どれだけ久しぶりだったか。


 ふと、ナオキは荷物のひとつを引き寄せ、包みをいくつか取り出した。

 金属の小さく澄んだ音がして、リヴが小首をかしげる。


「それ……今日の夜に持っていく分?」


「うん。ヴァルターさんへの酒と……前より多めの缶詰も」


 夕陽を受けた缶詰の金属が、わずかに赤く光った。



 リヴは缶詰の山に手をそっと添えた。温かい記憶に触れるような、静かな仕草だった。


「瓶詰めが街で広まってるって言ってたし……こういうのをまた渡したら、ヴァルター、絶対に喜ぶよ」


「だろうね。保存食って、この世界だと本当に価値があるし」


「うん。でも……今回は“商売”じゃなくて、“お土産”だよね」


「うん。完全にそっち。家族向けのね」


 ナオキは缶詰の山を見ながら言い、リヴはその缶に指をそっと添えた。


「前回だって、たった数個だったのに……セラさんもラナも、本当にびっくりしてたよね」


「うん。あの時の顔、まだ覚えてる。『こんな味があるなんて』って泣きそうになってた」


「ね。特に……シロップ漬けの桃。あれ、食べた瞬間の娘さん……すごかったよ。目が丸くなって、そのあと笑顔になって……」


 リヴは胸に手を当て、ふっと笑った。


「あれを見るとね、わたしまで嬉しくなっちゃうんだよ。

 “自分の知らない甘さに出会った人”って、こんな顔するんだって思った」


「うん。俺も同じ気持ちだったよ」


「だから……今回は絶対喜ぶよ。だって、前よりずっと多いし、種類もぜんぜん違う」


 テーブルの上に並んだ缶詰が夕陽を反射し、小さく光る。


「肉の缶詰もあるし、魚もある。果物なんて……前は桃だけだったけど、今回はいろんな味があるよね」


「うん。マンゴーも、みかんも、パイナップルもある。

 あと……娘さんが気に入ってた桃ももちろんあるよ。多めに」


「ふふ。それ聞くだけで嬉しくなる。絶対喜ぶよ、あれ」


 リヴは缶詰の山を前にして、なんだか自分まで胸が弾んでいるような表情だった。


「それに……今回は甘いものも多いね」


「うん。クッキーとか、バタークッキーとか、チョコレートもある。ジャムも買ってきたし」


「ジャム……ああもう、それだけで幸せが広がる味だよね。パンに塗ったら止まらないやつ」


「奥さんも、きっと喜ぶだろうね」


「喜ぶよ。だって……あの人たち、前のたった数種類であれだけ幸せそうだったもん。

 今回は“お土産の宝箱”みたいな量だよ?」


 リヴは缶をそっと抱え、にこりと笑った。


「ヴァルターも、奥さんも、娘さんも……ぜったい忘れられない夜になるよ。

 “森を越えてきた友だちが、またすごい甘さを持ってきた”って」


「だろうね。純粋に喜んでくれると思う」


「うん。商売じゃないからこそ、余計に嬉しいと思うんだよ。

 家族みんなで味わえる“特別なお土産”って感じで」


 その言葉に、ナオキも思わずうなずいた。

 夕暮れの光に照らされた缶詰の山は、まるで小さな宝石のようだった。


 リヴはふふ、と小さく笑った。


「……楽しみだね。セラさんもラナも、ぜったい忘れられない夜になるよ」


 ナオキも笑いながら頷く。


「そうだね。きっと、今日はいろんな意味で賑やかになるよ」


「うん。あの人の声、廊下にまで響きそう」


「ほんとにね……」


 窓の外では、夕日が街の屋根に赤い光を落としていた。

 商会の下の階からは職人たちの声や金属を扱う音が微かに上がり、日が落ちてもなお街が動く気配を感じさせる。


 リヴは小さく伸びをして、椅子から立ち上がった。


「じゃあ……湯に入ってきなよ。わたし、さっき使わせてもらっちゃったから」


「うん。そうするよ」


「髪、洗ってきてね。きっと……気持ちいいよ」


 にこりと笑い、リヴは扉へ向かった。

 しかし扉に手をかける前に、ふとこちらを振り返る。


「ナオキ。……夜、楽しみにしてるね」


 その一言は、夕暮れの光よりもやわらかく胸に落ちた。


「うん。俺も」


 リヴが去り、静けさが戻る。

 湯の支度を知らせる音が廊下で響き、部屋の空気がゆっくりと温まっていく。


 湯気が静かに消えていき、体の芯だけが温かさを覚えていた。

 森を歩ききった疲れが湯にほどけ、肩の重さがすっと抜けていく。

 香油の街の商会らしく、湯は惜しみなく使われ、石造りの浴室には花を思わせる香りがほのかに漂っていた。


 部屋へ戻ると、リヴは窓辺の椅子に座っていた。

 乾きかけた髪が月の光を吸い込むようにゆるやかに揺れている。

 ほんのり甘い、石けんの香りが部屋を満たし、それだけで気持ちが落ち着いた。


「おかえり。……温まれた?」


「うん。すごく。足が軽くなったよ」


 リヴは胸元を撫で、柔らかく笑った。

 髪に触れる指先がどこか嬉しそうだ。


「石けん……やっぱりいい匂いだね。髪もさらさらしてる」


「ここのお風呂、すごくきれいだったね。森の旅のあとだから余計に」


「うん。……ちょっと贅沢してる気分」


 そう言いながら、彼女は視線を落として照れたように微笑んだ。


「じゃあ、夜の準備……しよっか」


 胸元にそっと手を添えると、空気がわずかに沈んだ。

 光が影へ溶け、足元に酒瓶と缶詰、小箱が次々と現れる。


 大容量のウィスキー。

 琥珀の色が深い瓶。

 黒いラベルの一本。

 前よりずっと重い量。


 缶詰は、前回の比ではなかった。

 肉の缶、鳥の缶、魚の缶、果物の缶──

 一度だけ経験した、あの“保存された恵み”が、今回は小山のように積まれていく。


 リヴはそれを見つめながら、静かに言った。


「これ……本当にたくさんだね。前はあれだけで、セラさん泣きそうになってたのに」


「ラナの顔も忘れられないよ。あのときは……ちょっと反則だった」


 ナオキが言うと、リヴはふっと遠くを見る。

 やわらかな記憶が胸の奥でほどけたような表情だった。


「……わかるよ。わたしも初めて食べたとき、そうだったから」


「初めて?」


「うん。クリームパンとか……プリンとか」


 その名前を口にした瞬間、リヴの表情がほんの少し少年のように明るくなる。


「あの時の衝撃は今でも忘れられない。

 これが……この世界じゃないどこかで作られた菓子なんだって。

 天上の食べ物だと思ったもん」


 その言い方があまりに素直で、ナオキの胸の奥も温かくなる。

 彼女の“初めての甘さの記憶”は、確かに地球とこの世界を繋いだ瞬間だった。


「じゃあ……今日はセラさんとラナにも、同じ気持ちを味わってもらおうか」


「うん。きっと驚くよ」


 次に、小箱に入った焼き菓子をそっと机の上に置く。


「これはクッキー。こっちはバタークッキー。

 それに……チョコレート。そして……ジャムも」


「ジャム……すごいね。香りが強くて、甘くて……。

 これ、絶対に喜ばれるよ」


「うん。パンにつけたら、もう止まらなくなると思う」


 リヴは箱に手を添えたまま、うっとりしたように笑った。


「なんだか……楽しみだね」


「うん。酒より甘いものに反応するのは、奥さんと娘さんのほうかもしれない」


「……わかるよ、すごく」


 そのとき、廊下から足音が近づく。

 ノックの音が、静かな部屋の空気をやさしく揺らした。


「おーい。そろそろ始めるぞ。準備はいいか?」


 ヴァルターの声は、もうすでに酒の夜を待ちきれないように弾んでいた。


 ナオキとリヴは顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。


「……行こう、ナオキ」


「うん。行こう」


 甘い香りと、期待の混じった空気をまとって、

 ふたりはゆっくりと扉へ向かった。


 だが、扉に手をかけるほんの一瞬前、リヴがくるりとこちらを振り返った。

 その仕草は小さかったが、まるで胸の内側にしまっていた何かを、そっと確かめるようだった。


「ねえ、ナオキ」


「ん?」


「……わたし、ちょっと緊張してるみたい」


「緊張? ヴァルターさんの家族に会うの、嫌だった?」


「ううん。嫌じゃないよ。むしろ……うれしい。でも……」


 リヴは胸元の布をきゅっとつまみ、

 耳の先がほんのり赤くなっていく。


「だって、こんなにたくさんのお土産を持っていくの、初めてでしょ?

 向こうの人たちが、どういう顔するのか……その、想像したら……胸がふわってして」


「ああ……それはわかるかも。俺も少し緊張してるよ」


「ほんとに?」


「うん。だって、あの缶詰の山を見たら……絶対すごい反応になるのがわかるし。

 商会の仕事で忙しい人たちに、急に“甘い嵐”をお届けするんだから」


「甘い……嵐」


 リヴは思わず吹き出し、口元を手で覆った。


「ぴったりだね、それ。セラさん、叫びそうだもん」


「ラナさんも、好きな桃の缶が増えてるの見たら……跳ねるかも」


「うん。うれしくて跳ねる顔、簡単に想像できる……」


 そんなふうに会話を重ねていくと、

 リヴの胸の奥にあった緊張がゆっくりほどけていくのがわかる。

 部屋の空気も一緒にやわらかくなった。


 そして、ふいにリヴがそっと足を寄せてきた。

 肩と肩が触れそうなほど近づいて、静かにナオキの服の端をつまんだ。


「ねえ、ナオキ……」


「どうしたの?」


「今日の夜……わたし、ナオキの隣にいていい?」


「……もちろんだよ」


「ありがとう」


 その言葉ひとつで、胸の奥にゆっくりと広がる温かさがあった。

 街の喧騒とも、旅路の疲れとも違う、落ち着いた安心の色だった。


「それに……ナオキがいるとね。どこに行っても、だいたい安心できるんだよ」


「だいたい?」


「だいたい。全部じゃないよ。ときどき変なこと言うし」


「えっ、ひどくない?」


 軽口を交わすと、リヴはくすくす笑って肩を揺らした。


「でも、その“だいたい”で十分なんだよ。夜の席って、いつもと雰囲気違うし……

 ああいう場で緊張すると、耳が熱くなりすぎて、なんか変になっちゃうんだよね」


「まあ……わかる気もする」


「だから……もし変になっても、隣にいてね」


「うん。ちゃんといるよ」


 リヴは満足そうに目を細めた。

 その笑顔は、街の灯りよりも温かかった。


 ふと、廊下からヴァルターの声がもう一度響いた。


「おーい、まだかー? 待ちきれんぞ!」


「……ほら、ね。あの声、もう酒入ってるよ」


「入ってなくてもあれくらいだよ」


「そうだった……」


 リヴは肩を震わせて笑い、

 ほんの少しだけ深呼吸をしてから、改めて扉のほうを向いた。


「よし。行こう、ナオキ。

 ……セラさんたちの“びっくり顔”、ちゃんと見届けないとね」


「ああ、逃す手はないね」


 ふたりの手が自然と近づき、

 触れはしないけれど、同じ方向へ歩き始めた。


 扉の向こうでは、甘い匂いと人の声が溶け合い、

 夜の始まりを待っている。


 甘い香りと、期待の混じった空気をまとって、

 ふたりはゆっくりと扉へ向かった。

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