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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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閑話3:税務署への道は魔物より険しい

 夕方の光が沈みきらない居間で、ナオキはポストから持ち帰った白い封筒をテーブルへ置いた。差出人の欄には、黒々とした文字で“税務署”と書いてある。それを見た瞬間、リヴの肩がぴくりと跳ねた。


「ナオキ……それ、まさか……」


「うん、まさかの“あれ”だよ」


「“あれ”って……敵なの?」


「敵……というより、中ボスというか……。いや、大ボスの手前に必ずいる嫌な奴、みたいな存在かな」


 リヴは封筒を遠巻きに見ながら、小動物みたいに固まった。


「地球……怖くない? だいじょうぶ?」


「だいじょうぶ。これはね、開業届の続き。地球という国に住んで商売するなら、必ず通る道なんだよ」


 ナオキが封筒を開くと、中から分厚い書類がばさりと溢れた。リヴが息を呑む。


「な、なにこれ……呪文書……?」


「呪文書じゃなくて、“案内書”だよ。たぶん地球人の八割は同じ反応してる」


 書類の山には、帳簿のつけ方や青色申告の説明、減価償却、領収書の保管義務、さらには消費税に関する注意事項までぎっしり並んでいた。見るだけで頭が痛くなる。


 リヴはページを一枚めくるごとに、そっと悲鳴を漏らす。


「ね、ナオキ……ここに書いてある“記帳義務”ってなに? “全ての取引を記録しなければならない”って……え、全部? 全部ってその……全部?」


「全部」


「地球……地球って……魔王城より厳しくない?」


「まあ、慣れれば平気だよ。経理っていうんだ。売ったもの、買ったもの、仕事で使ったお金。全部数字で残すんだ」


 リヴは胸を押さえた。


「じゃあ……ごはんを食べたら“今日リヴはごはんを食べました”って書くの?」


「それは書かなくていいよ。経費じゃないから」


「じゃあ書くのは“経費”だけ?」


「そうそう。でもその判断がむずかしいんだよな……」


 ナオキはそう言いながら資料を読み進める。リヴは眉を寄せ、指で紙の端をつまむようにしながら、真剣に読み、そして真剣に混乱していた。


「経費って……仕事のために使ったお金、だよね?」


「そう」


「じゃあ……ナオキと一緒にごはん食べるのは……?」


「それは経費じゃない」


「じゃあ、ナオキが仕事で疲れてるから、わたしがなぐさめてあげるのは……?」


「経費じゃないよ」


「じゃあ……じゃあ……」


 リヴはしょんぼりした。


「地球、全然やさしくない……」


「いや、制度が厳しいだけで、地球は別に優しくないわけじゃ……いや、優しくはないかもしれないな」


 ナオキが苦笑していると、リヴは再び資料へ視線を戻し、小声でつぶやいた。


「ねぇナオキ……税金ってなに?」


 あまりにも根本的な質問に、ナオキは一瞬だけ言葉を失い、それから声を整えた。


「税金っていうのはね……地球で生活するための“通行料”みたいなものだよ」


「通行料って……地球を歩くのにお金がいるの?」


「歩くだけじゃないけど……国が道路作ったり、消防とか病院を維持したり、いろいろ運営するのにお金が必要なんだよ。そのためにみんなで少しずつ出し合うのが税金」


 リヴは無言でじっとナオキを見る。目が潤んでいる。


「……地球って、思ったより強敵だね」


「うん。魔法も剣も効かないタイプの強敵だね」


「弱点ないの?」


「ない。けど、一応“ルールを守ると味方になってくれる”タイプ」


「味方……?」


「たぶんね。たぶん」


 リヴは書類を抱え込みながら椅子にしずんだ。


「この世界の魔物はナオキが倒してくれたけど……これは……無理かも……」


「いや、それは俺も無理だよ」


 二人は同時にため息をついた。


 ナオキは書類の束をテーブルへ置き、落ち着くようにリヴへ微笑んだ。


「でもね、ひとつずつやれば大丈夫。経理って冒険の敵みたいに強いけど、死にはしないし、慣れれば味方になるから」


 リヴは首をかしげる。


「経理の味方って……どんな?」


「数字が合った瞬間に“あっ、スッキリした!”ってなるのが経理の味方だよ」


「そんな感覚、いつ来るのかな……」


「半年後くらいかな」


「遠い……!」


 またため息が落ちたが、その音はさっきより軽かった。


 気を取り直し、リヴは資料を膝の上にのせて真剣な顔をした。


「ねぇナオキ。わたし、ちゃんと学ぶね。だって、これは二人のお店のためでしょ?」


 その言葉に、ナオキはゆっくり頷いた。


「そうだね。二人でやるんだもんな。じゃあ、一緒に勉強しよう」


 リヴは照れたように笑い、書類を胸に抱きしめた。


「うん。こわいけど……ナオキがいるなら、がんばれる」


 書類の束は重たいのに、リヴの声は少しだけ軽かった。


 この日の夜、二人は初めて“税金”という巨大な敵を認識した。魔法もチートも通じない、数字とルールだけが支配する迷宮。その入り口に立ちながらも、ふたりの足取りは案外しっかりしていた。


 ――物語の中で初めて出会った“地球のラスボス級の現実”。

 ナオキとリヴは、この日、小さく一歩だけ踏み出した。


 リヴが資料の山を抱えたまま固まっていると、テーブルに置いたスマホが振動した。見てみると、税務署のページを開いたままの画面に“青色申告のすすめ”という文字が表示されている。


「ナオキ……これ、青い……これが青色申告?」


「そう。いわゆる“最強の申告方法”だよ」


 リヴはきょとんとした。


「最強……?」


「うん。ちゃんと帳簿をつけて申告すると、税金が安くなるんだ。だからみんな青色申告にしたがる」


「じゃあ、それでいいじゃない。強くなるなら」


「いや……強くなるには代償が必要でね」


 ナオキはため息をつき、冊子を一つ取り上げた。


「これを全部やらなきゃいけないんだよ」


 リヴはぱらぱらとめくり、即座に目をそむけた。


「文字がびっしり……図もいっぱい……。これ、魔道書より難しくない?」


「魔道書より難しいよ。魔法みたいに“感覚でなんとかする”ってできないし」


「じゃあ……これはナオキが覚えるの?」


「いや……二人で覚えるんだよ」


 リヴは絶句した。


「二人で……? わたしが……これを……?」


「うん。店を一緒にやるからには、どっちかが倒れた時の保険にもなるしね」


 そう言うとリヴは目を伏せ、ほんの少しだけ唇をかんだ。悔しそうではなく、決意を噛みしめるような仕草だった。


「……分かった。やる。やらないと前に進めないんでしょ?」


「うん。やれば絶対に慣れるから」


 ナオキがさりげなく頭を撫でると、リヴは照れたように肩をすくめた。


「でもね……ひとつ気になることがあるの」


「なに?」


「この“複式簿記”って、何?」


 その質問は、とてもピュアで、とても残酷だった。


 ナオキは遠くを見るような目で言った。


「……リヴ。複式簿記というのはね……“お金の世界を二重に見る技術”なんだよ」


「二重……?」


「うん。例えば、お金を使ったら“使った記録”と、“手元から減った記録”の二つを書くんだ」


 リヴは眉を寄せた。


「え? 二つも……? 一回しか使ってないのに……?」


「そう。でもその二つが同時に書かれてると“実際に合ってるね”って確認できるんだよ。それが複式簿記の仕組みなんだ」


 リヴは沈黙した。


 本気で理解しようとしているのが伝わる沈黙だった。


「つまり……お金が生き物みたいに、二つの姿を持ってるってこと?」


「そうそう。リヴの理解、いつも早いから助かるよ」


「……お金って、そんなに忙しいんだね……」


「うん。地球ではね」


 また一つ、リヴの肩から希望が抜け落ちる音がした。


 しかし、ページをめくる指は止まらない。ひっしに理解しようとしている。


「ナオキ、この“減価償却”って……?」


「それは高いものを買った時に“値段を分割して毎年ちょっとずつ経費にする”って仕組みだよ」


「なんでそんなことするの?」


「一度に全部経費にしたら税金が安くなりすぎるからだね」


「…………地球って、意地悪じゃない?」


「制度がね」


 リヴはあきらめたような、むしろ悟ったような顔をした。


「じゃあナオキ……これは? “家事按分”?」


「それはね……仕事とプライベートを按分――つまり割合にして分けるってこと。家の電気代とかを“仕事で使った分”だけ経費にできるんだよ」


「なるほど……。じゃあナオキの部屋……仕事の部屋もあるし、生活の部屋もあるから……半分?」


「まあ、ざっくり半分くらいかな」


 リヴは腕を組んでうなった。


「難しい……でも、ちょっと分かってきた気がする……気がするだけかも……」


「気がするだけでもいいよ。そうやって少しずつ慣れていくんだから」


 ナオキが微笑むと、リヴは疲れたように笑った。


「ねぇナオキ……」


「ん?」


「魔物のほうがまだ優しい気がするよ……」


「俺もそう思うよ」


 ふたりは同時に笑い、テーブルの上に散らばる紙の海を見下ろした。


 魔法も剣も通じない“数字とルールの迷宮”。

 この日、ナオキとリヴはその奥へ、さらに一歩踏み込んでしまった。


 深夜に近い時間になり、テーブルの上は資料とメモで小さな紙の雪原みたいになっていた。

 ナオキが手元の書類に赤線を引いていると、隣でリヴがひとつのページを指さして固まった。


「ナオキ……ねぇナオキ……これ……」


「どうした?」


「この“消費税の仕組み”ってやつ……これ、最後の敵の気配がする……」


 ナオキはページをのぞき込む。そこには“課税事業者・免税事業者”や“インボイス制度”という、見ただけで胃が痛くなる単語が整列していた。


「……うん。リヴの勘は正しい。これがラスボスだよ」


「ラスボス……?」


「地球の制度の中で、一番ややこしくて、一番回避しにくくて……しかも勝っても負けても次の年にまた出てくるタイプのボス」


 リヴの顔が真っ青になる。


「永続エンカウント……?」


「そう。しかもこっちのレベルに合わせて強さが変わるタイプ」


 リヴはページをそっと閉じた。


「こわい……もう名前からこわい……“消費税”って……なにを消費するの……?」


「全部だよ」


「ぜ、全部!?」


「物を買うとき、サービスを受けるとき……あらゆる“消費する行為”にちょっとずつかかる税金。それが消費税」


 リヴは眉を寄せた。


「でも……私たちは売る側だよね? お弁当を売るんだよね……?」


「そうなんだよ。だから今の地球では、“売る側”も消費税の計算をしなきゃいけない」


「なんで……?」


「国に代わって税金を集める役目を任されてるからだよ」


 リヴの目が見開かれる。


「まってまって、それって……私たち、税金の集め役になっちゃうの?」


「簡単に言えば、そういうことだね」


「えぇぇ……そんな……ただお弁当作って売りたいだけなのに……私たちが国の使いの人になるなんて……聞いてないよ……」


 リヴはテーブルに突っ伏した。


「税務署って……国の王城みたいな場所なんでしょ……?」


「まあ近いかな。書類の城だよ」


「じゃあ私たち……その城の門番やってるのと同じなの……?」


「……まぁ、ちょっとは似てるかもしれない」


「ど、どうしよう……門番なんてしたことないよ……」


 ナオキは苦笑した。


「まあ、今は“免税事業者”だから、まだラスボスとは直接戦わなくていいよ」


 リヴはぱっと顔を上げる。


「本当に!? まだ戦わなくていいの!?」


「うん。売上が少ないうちは、消費税を国に納めなくていいんだ」


 リヴは胸を押さえ、ほっと息をついた。


「……よかった……まだ準備期間なんだね……」


「そう。だけどね……将来的にお店が大きくなったら、いずれは避けられない」


「避けられないんだ……」


「うん。ラスボスだから」


 リヴは書類を両手でつまみ、そっとページを開いた。


「じゃあ……これ、今のうちに少しずつ覚えたほうがいいよね?」


 ナオキは頷いた。


「そうだね。知識があれば、怖さは半分になるから」


「ナオキがいるから……たぶん大丈夫だと思う」


 リヴは小さく笑ったが、目の奥には決意が宿っていた。

 紙の束をめくる音が、静かな部屋にしばらく続く。


 ナオキは横目でリヴを見ながら、ゆっくり深呼吸した。


(……偉いよ。普通、こんなの見せられたら投げ出すのに)


 そのリヴが、ページを指で押さえながら首を傾げる。


「ねぇナオキ。“インボイス制度”って……なんかこの名前だけ強そうなんだけど……」


「うん。それはね……魔王級の中ボスみたいなものだよ」


「魔王級……?」


「お店が“ちゃんとした売り手”である証明を出して、消費税を管理しやすくする制度なんだ」


「なにそれ……私たち、魔法のない世界で、魔物より強い相手と戦ってない?」


「うん。地球はそういう世界だよ」


 リヴはぷるぷる震えながら、書類をもう一度閉じた。


「……ねぇナオキ」


「なに?」


「地球の制度って……魔力より強いんじゃない?」


「強いね。弱点もないし」


「でも……倒せるの?」


「倒せないけど……味方になるよ」


 リヴがぽかんとした顔をしている。


「味方……?」


「うん。ルールさえ守れば、“何もしてこない”っていう意味で味方になる。しかも慣れたら、制度が逆に助けてくれることもある」


 リヴは書類を胸に抱え、少し照れたように笑った。


「じゃあ……私、味方にできるようにがんばるね」


「うん。二人でやれば、怖くないよ」


「そうだね……ナオキとなら、どんな敵でもいける気がする」


 ナオキはその言葉に小さく笑い返し、資料を片づけ始めた。


 地球の制度は、今日も重い。

 でも――その重さを二人で分ければ、ほんの少しだけ軽くなる。


 ふたりの静かな部屋には、深夜の空気と、紙の擦れる音と、小さな決意だけが残った。

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