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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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絵本の声

 書店の入り口から一歩踏み込むと、空気ががらりと変わった。紙の匂いが静かに満ちている。森の陽だまりに似ているけれど、それよりも淡く、胸の奥に落ち着きを置いていくような香りだった。棚に並ぶ無数の本が、背表紙の奥で息をひそめるように静まり返り、その静けさが耳の奥まで染みてくる。


 リヴは足を止め、ゆっくり視線を巡らせた。さっき服屋で見せていた緊張は影を潜め、ここでは別の表情を浮かべている。おそるおそる、それなのに吸い寄せられるような眼差しだった。


「……なんだか、落ち着くね。森の静かな時間みたい」


「本の匂いって、安心するよな。俺も好きだよ」


 リヴは軽く頷き、絵本の棚に目を留めた。大きな絵、少ない文字。優しい色の世界が広がっている。本を開く前から惹かれているのが分かった。


「これ……きれい。絵だけで分かる気がする」


「気に入ったなら見てみなよ」


 リヴは絵本を両手で受け取り、慎重に開いた。ページをめくるたびに淡いインクの香りがふわりと立つ。描かれた動物の輪郭をなぞるように指先が寄り、そのたびにリヴの瞳が揺れた。


 けれどあるページで指が止まった。絵の下に短い文章が添えられている。


「……やっぱり読めないんだ。絵は分かるのに、文字の意味が追いきれなくて」


「大丈夫だよ。読むもうか?」


「読んでくれるの……?」


「いいよ。よかったら聞く?」


 リヴは驚いたように瞬き、少し息を整えてから小さく頷いた。


「……聞きたい」


 二人は近くのベンチに腰を下ろした。リヴは椅子に触れるか触れないかの距離に座り、膝の上の指先がそわそわと動いている。緊張はしているが、瞳の奥には期待の色がはっきりあった。


 ナオキは絵本をそっと開き、静かな声で読み始めた。


「むかし、ある森に……小さな動物が住んでいました」


 その声を聞いた瞬間、リヴの肩がふるりと揺れた。驚きというより、耳にそっと落ちてきた音に反応したような震えだった。


 物語が進むにつれ、リヴの呼吸はすこしずつ深く静かになっていった。絵本の絵よりも、リヴの視線はナオキの声の方向へ傾いている。その声がしずくのように胸の奥に落ちていって、やわらかい温度を広げているのが見て取れた。


 ページをめくる音だけが小さく響き、また静けさが訪れる。


「動物たちは……仲間のために灯りを分け合いました」


 そう読んだ瞬間、リヴのまつ毛がふるりと震えた。


「……続けて」


 囁くような声にナオキは思わず微笑む。


「うん。もう少しゆっくり読むね」


「うん……そのほうが好き」


 声の速度に合わせて、リヴの肩がゆっくりと寄ってくる。触れてはいない。けれど頼ることをためらっていない寄り方だった。


 物語が終わりに近づいた頃、リヴがぽつりとつぶやいた。


「……ナオキの声、好きだな」


 ナオキの手が止まり、ページの端で固まった。

 鼓動が一拍だけずれたように感じた。


「え、えっと……どうしたの?」


「なんか……耳に落ちてくる感じなの。安心するっていうか、胸の奥があったかくなるの」


 ナオキは視線を逸らし、頬を軽く掻いた。


「そんな大した声じゃないよ」


「大した声だよ。わたしには……すごく」


 リヴの声は素直で、照れが混ざっていて、それでいて真っ直ぐだった。

 その直後、彼女は胸に手を当て、小さく呟いた。


「ナオキの声……恋みたいに胸に入ってくる」


 書店の静けさの中で、その言葉は音より重く響いた。

 ナオキは返事が遅れてしまうほど動揺し、息を整えてから微笑んだ。


「……そう感じてくれるなら、嬉しいよ」


 リヴは本を胸に抱き、安心したように目を細めた。


「声って、不思議だね。誰かの声だけで……こんな気持ちになるんだね」


「そうだな。誰の声かで、意味は全然違うから」


 リヴは視線を落とし、小さく言った。


「ナオキの声……ずっと聞いていられる気がする」


 静かに落ちてきたその言葉だけで、ナオキの胸はひどく熱くなった。

 返事をする前に、その余韻が空気に広がっていく。


「そっか……なら、また読んでやるよ」


「うん。次は……別の絵本も聞きたい」


 迷いのない声だった。彼の声がもう“安心の居場所”になっていた。


 書店を出ると、夕方の風が通路を抜けていった。昼間より冷たく、けれど心地よい。紙袋を抱えたまま歩くリヴは、先ほどまでの表情とはまた違う色を頬に宿していた。


 頬が赤いのは、風のせいだけではない。


「……帰り道、なんか変なの」


 リヴが小さくつぶやいた。


「どうした?」


「耳が……勝手に思い出してくるの。さっきの声を」


「声を?」


「うん……思い出すと、耳の奥が熱くなるの。変だよね」


「変じゃないよ。気になるなら、また読んであげるよ」


 リヴは歩きながら、帽子のつばをそっと押さえた。嬉しいのを隠しきれないように、でも隠そうとしているように。


「それが一番……困るのに」


 困ると言いながら、その声に揺れているのは喜びの色だった。


 モールを出て街の通りに出ると、夕日の名残が歩道のタイルに淡く反射していた。道を行く人の影が長く伸び、その隙間をリヴが小さく息をしながら歩いていく。


「ねえ、ナオキ」


「うん?」


「本の言葉より……声のほうが心に入ってきたの」


「そうか?」


「うん。意味は追えなくても……声だけで分かる気がした」


 その言葉にナオキの胸がほんの少し揺れた。


「声って……すごいね。同じ言葉でも、ナオキが言うと違って聞こえるの」


「それは……嬉しいけど、ちょっと照れるな」


「わたしは……ぜんぜん照れないよ」


 そう言いながら、リヴは帽子の影で頬を染めていた。

 ナオキは笑いをこらえ、歩幅をリヴに合わせる。


 横を歩くリヴは、時々紙袋を胸に抱え直しながら、何度も耳を触った。帽子に隠れているはずなのに、そこを触るたびに顔を赤くする。


「耳がどうかした?」


「ううん……くすぐったいだけ」


「さっきの声のせい?」


 リヴは小さく頷いた。


「……全部、耳に残ってるの」


「残ってるって言い方……なんかいいな」


「いいの……?」


「うん。そう言われると、読んでよかったって思うよ」


 リヴは少し俯いて、指先をぎゅっと袋に添わせた。


「……わたしも、聞けてよかった」


 その呟きは風よりも小さかったが、ナオキにははっきり届いた。


 家に着くまでの道のりは、昼間よりも短く感じた。話す言葉は少なかったのに、空気の温度だけがゆっくり変わっていた。


 玄関に入ると、リヴは紙袋を抱いたまま小さく深呼吸した。


「なんか……胸が忙しい日だね、今日は」


「そうだな。いろいろあったしな」


「うん。でも……どれも嫌じゃなかった」


 その言い方に、ナオキの胸にふっと温かいものが広がった。


 夕食をすませたあと、夜の空気が部屋に満ち始める。

 窓から入る風は少し冷たく、部屋の明かりがその冷たさをやわらげていた。


 歯を磨き終えたリヴが、そっと近づいてくる。


「ねえ……寝る前に、もう一回だけ聞きたい」


 その声は、頼っているのに、どこか猫のように甘えていて、けれど自分でも恥ずかしさを抱えている響きだった。


「いいよ。短い話でいい?」


「うん……声が聞ければ、それでいい」


 寝室のライトを落とすと、リヴは布団に入り、横向きに丸くなった。

 暗がりでも、彼女が緊張と期待のあいだを行き来しているのが分かる。


 ナオキは小さな絵本を開き、静かに読み始めた。

 言葉が空気に落ちるたび、リヴの呼吸がゆっくり整っていく。

 ページをめくる音と彼女の息が重なり、部屋の中にやわらかなリズムが生まれた。


 読み終わる頃、リヴのまつ毛がわずかに震えていた。


「……おやすみ。今日の声、全部好きだった」


「おやすみ、リヴ」


 その言葉が落ちた瞬間、リヴは安心したように目を閉じた。

 呼吸が落ち着き、胸の動きがやわらかく波打っている。


 ナオキはその寝顔を見つめながら、静かに息を吐いた。


(……やばいな。読んでたのに、俺のほうが落ちてた)


 声を届けていたつもりが、気づけば声に落ちていたのは自分のほう。


 ページを閉じた音が夜に溶けていき、

 その“気づき”だけが、静かな部屋にやわらかく残り続けた。

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