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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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小さな決意

 風呂の湯気がまだ部屋の隅に残っていた。外はもう暗く、窓の向こうでは街灯の光が小さくゆらめいている。静かな夜がゆっくり広がっていく中、リヴはタオルを畳みながら、思い出すような声で言った。


「ミサキ……また、あいたい。

 あのひと……あったかい」


 言葉の途中で、胸の上にそっと手を添える。そこに残った温度の意味が、自分でもうまく分からないようだった。


「そう感じたなら良かったよ」


 ナオキが返すと、リヴは廊下を歩き、寝室の前でふいに立ち止まった。扉に触れたまま、こちらを振り返る。


「……ナオキ」


「どうした」


 いつもの呼び方なのに、声の奥に少し慎重さが混ざっている。


「リヴ……がんばるね」


「がんばるって……何を?」


 すぐには答えず、わずかな沈黙が落ちる。

 湯上がりの体温がその沈黙の中でゆっくりとこぼれていた。


「……ないしょ」


 その声は静かで、けれど不思議と強かった。

 背伸びでもなく、無理でもなく、胸の奥に生まれた小さな火を守るような響きだった。


 扉が閉まり、寝室に静けさが落ち着く。


 布団に入ったリヴが身じろぎする音が、かすかに廊下まで伝わってきた。

 やがて呼吸が整い、柔らかい寝息が続いていく。

 昼間の揺れや緊張が溶けて、安心が残ったときの静かな呼吸だった。


 ナオキは部屋の灯りを落とし、暗くなった室内でひとつ息をついた。


(……がんばる、か)


 今日のどの言葉より、芯があった。

 甘いものに喜んだ顔でもなく、誰かに見せようとする勇気でもなく。

 心の奥をそっと育てようとする人の声だった。


(何を、は……まあ、なんとなく分かるけどな)


 言わせようと急かす必要はない。

 形になり始めた感情を無理に引っ張れば、きっとどこかで歪む。


(焦らなくていい。あいつが思う速さで、ゆっくりでいい)


 リヴの寝息は、小さな波のように静かに部屋に広がっていく。

 その中に、今日芽生えたばかりの勇気が混じっている気がして、ナオキは目を閉じた。


(……前に進もうとしてるんだな)


 胸の奥にその実感が落ちた瞬間、ふっと肩の力が抜けた。

 窓の外で風がかすかに揺れ、夜が静かに深くなっていく。


 ナオキはすぐには横にならず、しばらく壁にもたれてリヴの寝息を聞いていた。

 眠っているときのあいつは、どこか部屋の空気まで柔らかくしてしまう。

 それが不思議で、そしてほんの少しだけ気を引き締められるようでもあった。


(あいつの“がんばる”って、誰かに認めてほしいからじゃないんだよな)


 胸の奥でゆっくり言葉が形をつくる。


(自分で立ちたいんだ。自分で“ここにいる”って思いたいんだ)


 スイーツに目を輝かせていた顔。

 美咲の前で緊張していた肩。

 帰り道で見せた揺れ。

 風呂上がりに見せた、あのまっすぐな目。


 全部がひとつの線になっていく。


(俺は……どうなんだろうな)


 リヴの気持ちには、もうとっくに気づいている。

 目をそらし続けられるほど鈍くもない。


(否定したいわけじゃない。

 でも、簡単に受け止めていい話でもないし……)


 胸の奥で言葉にならない重さが沈む。

 拒む気持ちはひとつもない。

 ただ、軽く扱う気にもなれない。


(時間はかかるさ。ゆっくりでいい。

 あいつと同じ速さで歩けばいい)


 そう思ったところで、ナオキはようやく布団に入り、静かに目を閉じた。



 朝の気配は思っていたより早く訪れた。

 薄い光がカーテンの隅をかすかに照らし、静かな部屋に色が戻り始める。


 ナオキが目を開けると、すぐそばで柔らかな寝息が続いていた。

 リヴは布団に包まれ、頬だけが少しのぞいている。

 昨日より深い眠りだったのだろう。まつげが少し震えるだけで、ほとんど動かない。


(よく眠れたみたいだな)


 ナオキはそっと起き上がり、気配を乱さないよう部屋を出る。

 台所で湯を沸かしていると、布団の擦れる音がした。


 振り返ると、寝起きのリヴがふわふわした足取りで立っていた。

 髪は少し乱れ、目はまだ眠りの底から抜け切っていない。


「……ナオキ……おはよう……」


「おはよう。無理して起きなくていいのに」


「ん……おきたい……ナオキ、ここ……いる……」


 短くても、その声には安心が滲んでいた。


 リヴはゆっくり近づき、胸の上のあたりを小さく握る。

 昨日の夜の震えとは違う。

 緊張ではなく、何か言おうとする時の息の集まり方だった。


「ね……ナオキ」


「どうした?」


 リヴは言葉を探すように目を瞬かせ、ゆっくり続ける。


「きょう……すこし……ひとりで、あるきたい」


 その一言に、ナオキの手が止まる。


「ひとりで?」


「うん。ちょっとだけ、ね。

 こわい……でも……すこし……できそう」


 声は弱くない。

 ただ、初めての場所に足を出す前の動物みたいに、慎重だった。


 ナオキはしばらく彼女を見つめたあと、ゆっくり頷いた。


「いいと思うよ。無理しないでな」


「……うん」


 胸に置いた指先がわずかに震えている。

 でもその震えは、後ろへ引くためのものじゃなかった。


「どこまで行くつもり?」


「ここ……でて……かいだん、おりて……

 まえ のみち……そこまで」


「それなら大丈夫だろ。俺もここにいるから」


 その言葉にリヴは小さく息をつき、目を細めた。


「ナオキ……すき……その……いいかた……」


 照れたように視線を落としながらつぶやくと、すぐに支度に向かった。




 玄関でスニーカーの紐を結ぶリヴの表情には、迷いと勇気が入り混じっていた。

 昨日の夜よりも、少しだけ背筋が伸びている。


「……いってくるね。

 すこし……ひとりで」


「行ってこい。ゆっくりでいい」


「……うん」


 扉を開けた瞬間、冷たい空気が頬を撫でた。

 リヴは一歩目を慎重に踏み出し、深く息を吸う。


 二歩目は、胸の中で何かを押すように。

 三歩目で、ようやく昨日の揺れが溶ける。


(……いける)


 階段の前に立ち、段差をじっと見つめる。

 ひとりで降りるのは今日が初めてだった。


 リヴは両手を軽く握った。

 指先が白くなるほど力が入っているが、その手は震えていない。


 一段目に足を置く。

 二段目で、呼吸が少し深くなる。

 三段目には朝の光が差し込み、リヴの影が伸びた。


 段を降りきった瞬間、胸の奥が温かくなった。


「……できた……」


 その声は本当に小さかった。

 だけど、昨日どれだけがんばっても言えなかった言葉だった。




 その時、足元に白い紙がころころ転がってきた。

 顔を上げると、向こうで幼い子どもが手を伸ばしている。


 紙は風に押され、道路の方へ流れていく。


 リヴは瞬間的に一歩踏み出した。


「……ま、て……」


 ぎこちない発音のまま、小走りで追いかける。

 靴がまだうまく馴染んでいないが、足は止まらなかった。


 指先が紙の端をとらえる。


 紙を胸に抱いて戻り、子どもの前でしゃがむ。


「……これ……きみ……の?」


 子どもは嬉しそうに頷き、笑った。


「ありがとう、おねえちゃん!」


 その笑顔に、リヴは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


「……うん。きをつけ……て」


 短い言葉なのに、やさしさが確かに宿っていた。



 階段を上がる時、リヴは振り向いた。

 上で待つナオキを見つけて、小さく笑う。


「ナオキ……ただいま」


「おかえり」


「リヴ……ひとりで、いけた。

 おりて……みち……たって……

 ちいさい、こ に……これ……わたした」


 胸に手を当てて、うまく言葉にできない気持ちを押さえるように話す。


「すごいじゃん。ちゃんとできたんだな」


 その言い方に、リヴはほっとしたように息をついた。


「ナオキ……みてた?」


「見てたよ。ちゃんと」


 リヴは一瞬だけ顔を伏せ、それから小さな声でつぶやいた。


「……ナオキ の……みてる……すき」


 その言葉に、ナオキは胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。

 誇らしさと、なぜか少し寂しさが混ざる、不思議な感情だった。


(本当に……強くなってるな)


 頼られなくてもできることが増えていく。

 それは嬉しいことであり、同時に胸の奥をそっと締めつける現実でもある。


【小さな決意の朝】


 玄関に入る前、リヴは階段の方を振り返った。

 昨日までただの“こわい場所”だった段差が、違うものに見えていた。


「……あしたも……すこし……いく」


「いいよ。ゆっくりな」


「……うん。がんばる」


 扉が静かに閉じる。


 その小さな声は弱くなく、

 確かに前に進む人の声だった。


(あいつ……また一歩進んだな)


 ナオキは胸の奥に温かさが残っているのを感じ、その朝にそっと笑みを浮かべた。


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