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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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初めてのファミレス

 あれから、リヴがこちらの世界に来るのは当たり前になった。


 森の巡回から戻ると、陽が沈む少し前にふらりと現れ、台所で一緒に野菜を切り、煮込みを作り、テレビの前に並んで座り、どうでもいいような話をしながら一日を終える。あまりに自然な流れのせいで、どちらが提案したのかも思い出せない。


 ただ、気づけばそれはもう“ふたりの暮らし”の一部になっていた。


 その日の朝も、リヴはナオキの大きめのTシャツを着たまま窓際に立っていた。袖の中に手をすっぽり入れ、裾を指先でつまみ上げては下ろし、またつまむ。その仕草は落ち着かないようで、でもどこか楽しげだった。


「……人がいっぱい歩いてる」


 窓の外を眺めながら、ぽつりと呟く。


 休みの日のせいで、通りには家族連れや買い物帰りの人がちらほら。リヴにとっては、見慣れた森とはまったく違う賑わいだ。


「土曜だしな。もしよかったら、買い物ついでにどこか寄ってみるか」


「どこか……?」


「外でご飯食べてもいいぞ。店で」


 その瞬間、リヴの耳がフードの中でぴくっと動いた。

 隠れているのに動きが分かるくらい、反応が素直だ。


「……みせ……?」


「ファミレス。料理を運んでくれる店」


「ナオキの世界の……食堂……?」


 声がほんの少し震えた。

 未知への期待と、それ以上の不安が混ざっている。


「大丈夫。まずは服だな。耳を隠して、目立たない格好にしよう」


「う、うん……!」


 リヴは急いで自分の持ち物を広げた。地球に来るたびに少しずつ覚えた“街の服”。

 白いロングフーディ、ゆるめのデニム、小さめのショルダーバッグ。

 そして黒いキャップを深くかぶり、マスクをつける。


 鏡の前でくるりと回り、こちらを見る。


「……どう? 街の人に……見える?」


「うん。自然だよ。普通に女子高生だな」


「じょ、女子……?」


 耳は完璧に隠れているのに、頬だけがほんのり赤い。

 その反応がいちいち可愛くて、少し困る。


 アパートを出てしばらく歩くと、リヴはナオキの袖をそっとつまんだ。


「……みんな、普通に歩いてる……」


「大丈夫。誰も他の人のことなんて気にしてないよ」


「……そっか……」


 街の音や気配に圧倒されながらも、一歩も引かずについてくる。

 慣れない地面、慣れない高さの建物、慣れない声のざわめき。

 それでも、リヴはナオキの横を離れようとはしなかった。


(頑張ってんな……)


 ふと胸の奥が温かくなる。


 やがて、赤い看板のファミレスが見えてきた。

 大きな窓の向こうで、人々が楽しそうに食事をしている。


 リヴは一気に足を止めた。


「……あそこ……入るの……?」


「うん。ここなら気にされないよ」


「……目立たない……?」


「大丈夫だって」


 リヴは帽子のつばをぎゅっと握り、小さく深呼吸をした。


「……い、いく……」


 扉を開けると、温かい空気と料理の匂いがどっと広がった。

 テーブルの木の匂い、油の甘い香り、コーヒーの苦い匂い。

 リヴは思わず鼻をひくつかせる。


「……ここ……匂いがいっぱい……」


「店って、こういう感じなんだ」


 席に案内されると、リヴは落ち着かずに周りを見回す。

 メニューを渡すと、そっと開いた。


 ……そして固まった。


「……料理の絵が……紙に閉じ込められてる……」


「写真だな」


「しゃしん……? 本物そっくり……。森の絵描きが見たら倒れるよ……」


 ページをめくるたび、小さく肩が跳ねる。


「この“ハンバーグ”って……前に作ってくれたの……?

 似てる……でも丸い……。なんか強そう……」


「見た目で強弱つけるのやめな」


「“ドリア”……白い……あったかそう……。

 この“グラタン”……白い……。

 “クリームパスタ”……白い……。地球、白い料理多い……?」


「まあ……たまたまだな」


 だんだん“白い料理カテゴリー”を作りはじめているのが分かる。


「食べたいの選んでいいよ。辛いのはやめとこう」


「え……わたしが選んでいいの……?」


「もちろん」


 リヴはゆっくり迷い、写真を指でなぞった。


「……これ……白いの……。とろってしてる……。

 これ……食べたい……」


「ドリアだな。じゃあ、それにしよう」


 注文を済ませると、リヴは店内の音に耳を澄ませた。


「……人が話してるのに……ぜんぶ混ざって聞こえる……。

 森だと音って消えるのに……ここは残ってる……不思議……」


「最初は疲れるかもしれない。けど、そのうち慣れるよ」


「でも……嫌じゃない……。にぎやかで……安心する……」


(リヴが“安心する”って言うなら、いいか)


 料理が運ばれてきたとき、リヴは大きく目を見開いた。


「……きた……白いの……!」


 湯気が立ち上り、チーズの香りがふわりと広がる。


「スプーンで食べてみな。熱いから気をつけて」


「……うん……」


 おそるおそるすくい、口に入れる。


「…………っ」


 肩がふるっと震える。


「どう?」


「これ……舌の上で……あったかいのに……優しい……。

 とろって広がって……止まらない……。

 森の昼の光を……そのまま食べたみたい……」


「そんな感じか……」


「すごい……幸せ……」


 リヴは少しずつ、丁寧に、一口ずつ大事に食べ進める。


「ナオキの世界って……

 食べる場所まで違うんだね……」


「まあ、こっちも時代でいろいろ変わってきたしな」


「でも……それより……」


 リヴは少しだけ目を伏せて笑った。


「……誰かと一緒に美味しいもの食べるって……

 こんなに幸せなんだって……知らなかった……」


(……俺もだよ)


 心の中で返した。


 ドリアを食べ終えたリヴは、皿を抱くようにして名残惜しそうに見つめていた。

 その表情が「この皿と友情が芽生えた」とでも言い出しそうなほど真剣なので、ナオキは思わず笑う。


「……終わっちゃった……」


「また作るよ。家でもできるし」


「……してほしい……」


 その小さな声に、胸が少しだけあたたかくなった。


「このあと、デザートも頼めるぞ。食べる?」


 その瞬間、リヴの耳が帽子の下でぴこっと跳ねた。

 表情はそのままなのに、反応だけがやたらと元気だ。


「……あるの?」


「あるよ。いっぱい」


「見たい……!」


 タブレットを渡すと、リヴは息をのむように画面を見つめる。


「え……えっ……これ……全部“甘いの”……?」


「全部デザートだな」


「ぜんぶ……? こんなに……? 祭りの日でもこんなに甘いの出ない……!」


 リヴの指はそわそわ動き、ページをめくるたびに肩が跳ねる。


「チョコの氷……? なんで氷なのに黒いの……?

 ワッフル……焼いた板……?

 パンケーキ……この厚さ……? 山……?

 フルーツタルト……果物が……光ってる……?」


「落ち着け」


「む、無理……っ」


 リヴはページを戻し、進め、また戻して、同じページを三周した。

 そのたびに帽子がかすかに揺れる。


「ど、どれも……選べない……全部強そう……」


「デザートの強弱の基準なんなんだよ」


「見た瞬間に心が“うわっ”ってなるやつは強い……!」


「初めて聞く定義だな……」


 しばらく悩んだ末、リヴの指がぴたりと止まった。


「……プリンがいる……」


 画面には、プリンアラモードの写真。

 プリンの周りに生クリーム、アイス、フルーツ。

 小さな旗が立っているタイプの、誰が見てもテンションの上がる一皿。


「これ……強い……。森の宴みたい……!」


「じゃあ、それ頼もうか」


「いいの……? ほんとに……?」


「もちろん」


 店員が皿を持ってくると、リヴは固まった。


「…………」


 スプーンを持つ前に、まず目が皿に吸い寄せられる。


「すご……こんなの……絵本の中にしかない……」


「絵本にはあんまりプリンアラモード出ないけどな」


「こんな見た目の食べ物、森には絶対ない……。

 見てるだけで……なんか幸せ……」


「食べてもいいぞ」


「は、はい……!」


 リヴは気を取り直し、スプーンですくった。


「………………っ」


 肩がまた震えた。


「どう?」


「これ……ずるい……。

 とろけるのに……甘いのに……やさしいのに……冷たいのに……

 なんで全部が同時にくるの……? ずるい……」


「語彙がまた混乱してるな」


「ナオキの世界の“甘い”は……反則……。

 こんなの……森で出したら……戦争止まるよ……」


「そんな威力あったら逆に困るな」


 プリン→生クリーム→アイス→フルーツ→プリン……と、

 リヴはまるで儀式のように順番に味わい続ける。


「……終わっちゃう……」


「あっという間だな」


「たべおさめする……」


 リヴは最後のひとすくいを、目を閉じて食べた。

 その表情は、まるで人生の重大な場面でも噛みしめているかのようだ。


「……幸せ……」


「それはよかった」


 皿を名残惜しそうに見つめながら、リヴは静かに言った。


「ナオキ……わたし……ここ、好き……

 にぎやかで……あったかくて……どこか安心する……」


「そうか」


「でも……」


 リヴは帽子のつばを少し触って、こちらを見た。


「ナオキが隣にいるから……怖くないんだと思う……」


(……そんなふうに言われたら、そりゃもう……)


 胸の奥がまた温かくなる。


「大丈夫だよ。俺がいるから」


「……うん……」


 その返事は、ささやくみたいに小さかったのに、

 ナオキの耳にははっきり届いた。


 プリンアラモードの皿が片づけられると、リヴは背もたれにそっと寄りかかった。

 胸の中に溜まった“幸せ”を消したくないみたいに、深く息をついている。


「……おいしいものって……心があったかくなるんだね……」


「そうだな。いい時間だった」


「うん……すごく……」


 リヴはしばらく席の周りを名残惜しそうに眺めていた。

 厨房からの金属音、店員の足音、子どもの笑い声。

 初めて知る“店の空気”を、まるごと飲み込むみたいに感じ取っている。


「ナオキ……あのね……」


「ん?」


「……帰りたくない……少しだけ」


「ずっといていいよ。時間はいくらでもある」


「……うん……」


 そのとき、店員が水のピッチャーを置いていった。

 透明な容器の中を、氷がからりと揺れる。


 リヴはその音に反応し、ぴくっと肩を動かす。


「……中で……氷が動いてる……」


「動くよ」


「生きてるみたい……」


「ただの水だって」


「……でも、なんか目が離せない……」


 リヴはピッチャーを両手でそっと触り、氷がゆっくり沈んでいく様子を真剣に見つめる。

 まるで水の精霊でも観察しているかのような集中力で、ナオキは笑いをこらえた。


「そんなに珍しいか」


「だって……透明なのに冷たい……変……」


「変って言うな」


「変だけど……好き……」


「なんで好きになるんだよ」


「透けてて……綺麗だから……」


(どこが気に入るポイントなのか、ほんとに読めない……)


 だが、そんなところも全部リヴらしくて、どこか愛しい。


「そろそろ行こうか。混んできたし」


「あ……うん……」


 立ち上がったとき、リヴの視線はまだピッチャーに向いたままだった。

 今にも持ち帰ろうとしていないか不安になり、ナオキは軽く肩を叩いた。


「店のだぞ」


「……わかってるよ……見るだけ……」


「見るだけでその目は危ない」


「え……そんなに……?」


「そんなに」


 会計を済ませて外に出ると、夕暮れの光が街路をうっすら染めていた。

 車の音、遠くの笑い声、どこかの店のチャイム。

 昼のざわつきとは違う、少し落ち着いた空気。


 リヴはマスクの奥で深呼吸をし、帽子をそっと押さえた。


「……さっきより……街が優しくなった気がする……」


「初めての場所は緊張するしな。でも、慣れたら大丈夫だよ」


「うん……ナオキがいたら、全部大丈夫……」


 足取りは軽く、けれどどこか慎重で、プリンアラモードの余韻がまだ続いているのがわかる。


「また来ような」


「えっ……いいの……? 一緒に……?」


「もちろん」


「……ほんとに……?」


「ほんと」


 リヴは帽子のつばを引っ張り、照れ隠しのように俯いた。

 でも歩くたびに腕が少し近づいてきて、袖がほんの少し触れた。


「……また、ナオキと食べたい……。

 今日みたいに……いっぱい驚いて……いっぱい笑って……

 ……それが……すごく幸せだったから……」


(……そんな顔されたら、断れるわけがないだろ)


 ナオキは返事のかわりに、歩幅を少しだけ合わせた。

 その小さな気遣いに気づいたのか、リヴはそっと笑う。


 夕暮れの街を歩きながら、リヴはときどき振り返るようにファミレスを見た。

 店の窓から漏れる光を目で追い、今にも手を振りたそうな顔をしている。


「……楽しかった……。すごく……すっごく……」


「そうだな。俺も」


「ナオキ」


「なんだ」


「ドリア……あったかかった……。

 プリン……冷たかった……。

 アイス……甘かった……。

 生クリーム……ふわってしてた……。

 それで全部、幸せって思った……」


「……食レポみたいになってるぞ」


「でもね……」


 リヴは両手で胸のあたりをそっと押さえた。


「いちばん幸せだったの……ナオキが隣にいたこと……」


 その言葉は唐突でも誇張でもなく、淡々と本心だけを言ったように聞こえた。


(……こういうところが、本当に……)


「……ありがとう。連れてきてくれて」


「どういたしまして」


 その一言に、リヴの目が柔らかく細まった。


 街灯が灯り始め、影が少しずつ長く伸びていく。

 ふたりの影は並び、寄り添うように揺れながら帰路へ続いた。


 アパートまでの帰り道は、昼と夜の境目みたいな不思議な静けさがあった。

 風は少し冷たく、街灯の光はやわらかく長い影を作っている。

 リヴはその影の中で、ときどきふわっと笑った。


「……ねぇ、ナオキ」


「ん?」


「今日みたいな日って……すごく大事にしたい……。

 森で初めて大きな川を見つけたときみたいに……心の奥が広くなる……」


「大げさだな」


「大げさじゃないよ……。

 知らない場所で……知らない料理食べて……

 ナオキが横にいて……

 なんか……全部が新しくて……ぜんぶ嬉しかった……」


 そう言うと、リヴは帽子を少し押さえて照れ笑いした。

 声は小さいくせに、気持ちは全部伝わってくる。


「また行こうな。行きたい場所、たくさんあるし」


「……うん……。


 今日みたいに……手、つないで歩いても……いい……?」


「……つないでたわけじゃないけど?」


「心が、だよ……」


 ナオキは返す言葉を探し、結局ただ小さく息が漏れただけだった。

 リヴはその沈黙を責めるでもなく、ふわりと肩を寄せてくる。


 その体温が、ほんの少しだけ服越しに伝わる。

 街灯の下を歩く足音が、急にゆっくりになった。


 ナオキは前を向いたまま、ほんの短い間だけ迷った。

 けれど、その迷いはすぐに溶けた。


(……怖がってたくせに、こんな顔するんだもんな)


 歩幅を合わせながら、ナオキはそっと手を出した。

 触れるか触れないかの距離で、リヴの指先へ向かって差し出す。


 リヴは一瞬、驚いたようにまばたきをした。

 そして――かすかに震えた指が、ゆっくりとナオキの手に触れた。


「……いいの……?」


「いいよ」


 リヴの指先が、頼るように手を包む。

 ナオキも強く握りすぎないように気をつけながら、優しく握り返した。


 街の喧騒の中、ふたりの足音だけが静かに並ぶ。

 手のひらは小さく、温かく、柔らかかった。


「……あ……

 手、つなぐって……こんな感じなんだ……」


「嫌だったか?」


「ううん……なんか……胸がふわってなる……」


「それは……よかった」


 マスクの奥で、リヴは笑った。

 その笑みが伝わるように、つないだ手がわずかにきゅっと締まる。


 街灯がふたりの影を伸ばし、寄り添う影が揺れながら道を続いていく。



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