ノイズ
施術が終わる頃には、さゆりは深い眠りに落ちていた。
照明を少しずつ戻すと、美咲がそっと肩を揺らす。
「さゆり、帰るよ。ほら、起きられる?」
「……ん……あれ……寝ちゃってた……?」
「うん。すっごく気持ちよさそうにね」
さゆりはぼんやりした目でナオキに頭を下げた。
「今日……ほんとに、ありがとう……」
「いえ。無理しないでくださいね。ゆっくり休んでください」
美咲はにこっと笑い、さゆりの腕をそっと引く。
「じゃあナオキくん、また来るからね〜」
「え、あ、はい……お疲れさまでした」
扉が閉まると、サロンに静けさが戻った。
ナオキは長く息を吐いた。
「……今日は、濃かったな……」
香油の瓶を片付け、タオルを洗濯かごへ放り込み、レジを締める。
いつも通りの作業なのに、胸の奥には美咲の“鋭い目”が残っている。
(……気づきすぎなんだよな、あの人)
鍵をかけ、夜風の中を帰る道すがら、ふと笑みがこぼれる。
「リヴの分も買っとくか……今日は絶対お腹すかせてるよな」
スーパーでカットフルーツとパンと牛乳、いつものパックご飯。
気がつけば、かごには“リヴが好きそうなもの”ばかり入っていた。
アパートに着く頃には、疲れも少しほどけていた。
「はぁ……疲れた。けど……まあ、いい日だったか」
玄関で靴を脱ぎ、袋を置いたところでスマホが鳴る。
『今日はありがと! めっちゃ楽しかった!!
また今度遊びに行きます!』
「……楽しかった、か。そっか」
小さく笑い、スマホをテーブルに置く。
「さて……飯の準備して、リヴのところに……」
そう言いかけた時だった。
──ビー……ッ。
「……ん?」
三十二型テレビの画面に白いノイズが走った。
電源は入れていない。
コンセントも抜いてある。
(……点いて……ないよな?)
ざら……ざら……
ノイズが画面の奥に滲むように広がり、中心が黒く沈む。
そして——
黒い影のようなものが輪郭だけ現れる。
揺れる渦。
格子状の影。
光点のような“目”。
たった一瞬。
なのに、妙に鮮明だった。
次の瞬間、それはふっと掻き消える。
ザッ。
ノイズの音も途切れ、画面はただの黒に戻った。
「………………は?」
ナオキはしばらく動けなかった。
目の錯覚。
疲れによる見間違い。
脳はそう言い聞かせてくる。
でも背筋は、冷たいままだった。
「……なんなんだよ、今の」
テレビは沈黙したまま。
部屋も静まり返っている。
その後、
ポータルに異常はなかった。
ウロへも普通に行けた。
リヴもいつも通り元気。
サロンの香油も、風鈴も、変わらない。
——だからこそ、不気味だった。
(……ただのノイズ……だよな?)
窓の外で風がかすかに揺れた。
ナオキは知らない。
異世界の深層で漂いはじめた
『崩壊核の断片』が、
地球のテレビ画面に“ほんの一瞬だけ”触れただけだということを。
あれはただの予兆。
まだ、はじまりですらない。




