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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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美咲、確信へ踏み込む

 さゆりの寝息は、深い森の奥で風が揺れるみたいに静かだった。

 呼吸のひとつひとつが、ようやく見つけた安らぎの場所へ溶け込んでいくように穏やかで、サロン全体の空気を柔らかくしていた。


 ナオキは、そっと手を離し、椅子を音もなく引く。

 距離を置いた瞬間、香油の甘い香りだけが湯気のように残り、ふわりと室内に漂った。


 美咲は、さゆりの表情とナオキの手元をゆっくり何度も往復する。

 驚き、興味、そして……胸の奥からじんわり広がる安堵。

 その全部が混ざり合って、目元に複雑な影を落としていた。


「……今の、分かった?」


 囁くような声。

 けれど耳のすぐ横で言われたみたいに、ナオキの心臓は跳ねた。


「な、何がですか……」


「呼吸だよ」


 美咲は、さゆりの胸の上下を指先でそっと示す。


「手を置いて、十秒くらい。

 そのくらいで……肩の力がすっと抜けた。

 そのあと一度だけ、息が“落ちた”」


「落ちた……?」


「うん。胸でヒュッて吸ってたのがさ、ふっと下に入る瞬間があった。

 あれ、リラックスに切り替わった反応なんだよね」


 言葉は淡々としているのに、その裏側で、美咲の観察者としての感覚が研ぎ澄まされているのが分かる。


「仕事でたくさん患者さん見てるからね。

 “あ、今ほどけた”って瞬間……わかるんだよ」


「そ、そうなんですね……」


「でもさ——」


 美咲はナオキに顔を寄せた。

 近い。

 その距離に、ナオキの背中がわずかに強張る。


「普通はあんな早く切り替わんないよ」


「……っ」


「手を置いただけで呼吸が落ちるって……普通じゃないよ」


 真剣な目。

 目の奥に、仕事柄の“真実に触れたときの静かな震え”が宿っている。


 ベッドの上のさゆりは、子どもみたいな寝息で眠っている。

 眉間の緊張が全部ほどけて、まるで長い間泣いたあとのような表情で。


「……本当に、楽そう」


 美咲の声は、胸の底から漏れるようにやわらかかった。


「ナオキくん。

 さゆりがここで初めて眠れた日は……私、本気で泣きそうだったんだよ」


「え……」


「あの子、ずっと眠れなくて、呼吸も乱れてて。

 心配しても、私じゃどうにもできなかった。

 だから……今日みたいにぐっすり眠ってるの見ると……嬉しいんだよね」


 その横顔は、ただの興味や疑いの色じゃなかった。

 “救われた友達を見守る人間の温度”がそこにあった。


 ナオキは、不意に胸がゆるむのを感じた。


 だが次の瞬間——


 美咲はパッと振り返り、表情を切り替えた。

 優しさの影を引き締めて、“観察者”の顔に戻る。


「で。ナオキくん」


「……はい」


「これ、偶然だって言い張るの……そろそろ限界だよね?」


「うぐっ……」


「逃げたいなら逃げてもいいけど……

 今日私は“目撃者”になっちゃったからね?」


 ずい、と椅子が押し出されて距離が一気に近くなる。


「でもね、安心して」


 美咲の声がふっとやわらかくなる。


「暴こうとか、責めようとかじゃないから」


 優しいのに逃がさない笑顔。

 こんな顔をする先輩の前で嘘はつけない。


 風鈴が、ほそく揺れた。

 その音に合わせるように、さゆりの呼吸がさらに深みに沈む。


 美咲は、その沈みを確認してから——低く、静かに言った。


「……ナオキくん。

 あなた……超能力者でしょ?」


 ナオキは天井を見上げた。


(やばい……この人、完全に“確信”してる……)


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 椅子がガタッと鳴った。


「ち、超能力者なんて……そんなわけないじゃないですか!!

 僕ただの一般人ですよ!? 手取りも普通の!!」


「手取りは聞いてない。

 ていうかどうでもいい」


「えっ……!」


「“手を置いただけで呼吸が切り替わる一般人”なんていないの」


「だ、だから……偶然で……!」


「はい出た。偶然。便利~」


 美咲は頬杖をついてニヤリ。


「ち、違います!!」


「じゃあ聞くよ?」


 身体がずい、とさらに近づく。

 もう逃げられない距離。


「温度のない手を、肩甲骨の下に置いただけで……

 なんでこんな綺麗に呼吸が落ちるの?」


「そ、それは……その……相性……とか……」


「相性ねぇ。

 じゃあさ」


 美咲は指を一本立てた。


「後輩、さゆり、私。

 三人全員、同じ“相性”ってどういうこと?」


「…………」


「ほら。黙るじゃん」


 声が少し低くなる。


「知ってるんだからね、ハンドパワー。ミスターマリィック」


「うわ出た!!」


「でしょ?」


「違います違います違います!!」


 ナオキの声が裏返る。

 サロンの空気が揺れる。


 その時、さゆりが寝返りを打った。


「……すぅ……ん……」


 呼吸はまったく乱れない。

 本当に深い休息の中にいる。


 美咲はちらりとそれを確認し、ゆっくりとナオキへ向き直った。


「まぁ、だからってさ」


 ふわっと笑う。


「今日から助手やりまーす!とか言わないよ?」


「絶対言いそうでしたよね!? 今!?」


「言ってないでしょ〜?」


 声はからかい混じり。

 なのに、目だけがほんの少しも笑っていない。


「でもね、私……」


 一歩。


 さらに一歩。


 近づくたび、照明の光が彼女の瞳に映り込み、色が変わる。

 距離が詰まりすぎて、ナオキは呼吸を飲み込む。


「知りたいとは思っちゃったんだよね」


 その声は冗談じゃなかった。

 本気と興奮と、少しの覚悟が混ざっていた。


(やばい……この人……本気で踏み込む気だ……)


 逃げ場のない目。

 夜のサロンの静けさ。

 さゆりの深い寝息。


 その全部が重なった空気の中で、

 美咲はただ真っ直ぐにナオキを見つめていた。


 美咲の視線が、ナオキの胸の奥まで刺さるように届いていた。

 ただの興味じゃない。

 その奥で動いているのは、看護師としての正確な観察眼と、友人を救ってくれた存在への本気の「理解したい」という願い。


「ねぇ、ナオキくん」


 息が触れそうなくらいの距離で、美咲がゆっくり言う。


「これ、私……

 いままで職場でも、患者さんでも、どこでも見たことないよ。

 だから、知りたいと思うのは……普通じゃない?」


「ふ、普通じゃないです……!」


「普通だよ。だって……」


 美咲は視線をそっとさゆりへ向けた。


 さゆりの呼吸は、波ひとつ立たない湖の面みたいだ。

 寝返りのときに指が動いた痕跡すら、まるで夢の続きだったように消えている。


「こんなに楽そうに寝てるの、久しぶりに見たんだもん」


 その横顔には、心底ほっとしたような陰影が浮かんでいた。


 ……けれど、その安心がほんの一拍だけ表情に落ちると、

 美咲はまたナオキの方へ向き直る。


「で。話は戻るけど」


「戻さないでください……」


「戻す。

 私はね、あなたが何をしてるか知りたいの」


「だから、何も——」


「はい嘘」


「まだ何も言ってませんよ!?」


「言わなくても分かるの。

 今の“間”で分かった」


 にこ、と笑う。

 その笑顔の裏の洞察が鋭すぎて、ナオキは思わず背筋を伸ばした。


「じゃあさ、こうしよっか」


 美咲は軽く髪を耳にかけ、自分の肩を指さした。


「さっき言ったとおり、ここが少し凝ってる。

 試すって言い方は嫌なら、別の言い方にするよ?」


「べ、べつに嫌とかじゃ……」


「じゃあ……確認ね?」


 言葉ひとつで、逃げ道がまた塞がれる。


「確認って……何を……?」


「さゆりの時みたいに、

 “置いただけ”で変わるのかどうか。


 それを、私が見てみるだけ」


「嫌です!!」


「なんで!?」


「なんでって……さゆりさんはほら、

 疲れてて……タイミングが……よかっただけで……」


「じゃあ私は? タイミング悪い?」


「ちが……!」


「じゃ、やってみよう。ね?」


 美咲が椅子を動かす音が、わざとらしいほどゆっくり響く。

 その動作一つひとつに「逃がさない」が滲んでいた。


 ナオキは立ち上がるわけにもいかず、座ったまま固まる。


(……無理だ。

 この人、絶対に止まらない……!)


 美咲が距離を詰めた、その瞬間——


 コトン、と軽い音がした。


 二人とも同時にそちらを見る。


 さゆりの手が、軽くベッドの端を叩いたのだ。

 指先が小さく動き、また静かに沈んでいく。


「……すぅ……」


 寝息は深く、ゆっくり。


 まるで

「もう少し静かにして」

 そう言われたみたいだった。


 美咲はその寝息を聞き、動きを止める。

 ほんの一秒、静寂が落ちた。


 次に動いたとき、その表情はさっきよりも柔らかかった。


「……そっか。

 さゆり、まだ眠ってたいんだね」


 声が、やわらかくほどける。


「今日は……ここまでにしとこっか」


 美咲がふっと笑った。

 追及の鋭さは消えていないが、

 サロンの穏やかな空気に合わせるように、少しだけ刃を引っ込めたのだ。


「え、えっと……助かりました……?」


「助かったと思ってるうちは、まだ逃がさないけど?」


「えっ」


「あぁ、そんな顔しないでよ。

 別にあやしい実験するわけじゃないからさ」


 そう言って、すっと立ち上がる。


 照明に背を向けた美咲の表情は、

 来た時よりもずっと落ち着いていた。


「今日はさ。

 さゆりを見れただけで十分だった」


 さゆりの寝顔を見て、そっと微笑む。


「この子が安心して眠れる場所があるって……

 本当にありがたいんだよ」


 その言葉に、ナオキは何も返せなかった。

 胸の底にじんわり熱が広がり、

 気の利いたことを言おうとしても喉につかえて出てこない。


「だからね、ナオキくん」


 美咲は振り返り、指を一本立てた。


「今日のところは引くよ。

 でも——」


 そして。


「私が本気出したら……その“偶然”、絶対バレるからね?」


「本気出さないでください……!」


 美咲はすぐに笑って、軽く両手を振った。


「冗談だってば。暴いたりしないよ。

 今日みたいに、ちょっと楽しくてからかっただけ」


 少し笑って、そして真面目な声に戻る。


「ね、安心して。約束はちゃんと守るから」


 風鈴が、また細く鳴る。

 さゆりは深く眠り続ける。


 静けさの中で、

 ナオキだけがひとり、小さく肩を落とした。


(……やっぱり止まらないんだ、この人……)


 その確信が、今日の最後の音になった。

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