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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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美咲、興味が止まらない

 翌日のサロンは、まだ朝の光が静かに差し込む時間だった。

 ナオキは作業台を拭きながら、のんびりした一日を想像していた。


(今日は静かだといいな……。昨日みたいな反応は、できれば……)


 そこまで考えたところで、聞こえてはいけない音がした。


 カラン。


 軽いのに、なぜか背中だけピシッと伸びる音。

 続いて現れた声は、店内の空気を一瞬でひっくり返した。


「ナオキくーん! 来ちゃいましたよー!」


 昨日より明らかに機嫌のいい笑顔が、入口に立っていた。


「み、美咲先輩……おはようございます」


 ナオキの頬がわずかに引きつる。

 嬉しくないわけではない。むしろ来てくれたのはありがたい。

 ただ、その勢いが予想を大幅に超えていた。


(この笑顔……なんでこんなに迫力あるんだ……)


 美咲はズイッと距離を詰めてくる。


「ふふ。今日も何か起きそうだなーって思って来ちゃった」


「起きませんよ!? 絶対起きません!」


 全力で否定するナオキと、満面の笑みで迫る美咲。

 その温度差が、サロンの空気を一気に明るくした。


「ほんとに? ほんとーに?」


「ほ、本当ですって……!」


(本当って言いながら、全然確信ないんだけど……)


 美咲はカバンを椅子に置き、軽く振り返った。


「でもね、ナオキくん。昨日のあれ……ちょっと楽しみにしてる自分もいるんだよね」


「え、あれって……」


「触ってないのに勝手に調子良くなるやつ」


「言い方が!!」


 ナオキのツッコミは完全に空へ吸われていった。


「だってその通りじゃん。昨日のあれ、ほんとにすごかったんだから」


「いやいや、あれはその……」


「大丈夫。昨日言ったでしょ。秘密は聞かないって。

 だからさ、ちょっとだけケアお願いね」


 美咲は袖をまくり、肘を差し出した。


「ここ、ちょっと荒れててさ。頼むよ?」


「ま、またですか……」


「もちろん。触らないのに勝手に良くなるコースで」


「いやもう完全にコース名じゃないですか!!」


 美咲はケラケラ笑っている。


「昨日の効果、ほんとにすごかったもん。

 帰ってから触ってびっくりしたよ。あれは反則」


「反則って何ですか……」


「だってさ、普通なら治るわけない時間だったよ?

 それが治ってるんだもん」


 美咲は腕を見ながら、しみじみ言った。


「昨日より今日のほうが調子いい気までするんだよね」


「そ、それはよかったです……」


「その素直な顔が一番怪しい」


「怪しくないですよ!!」


 じっと見つめてはくるが、視線はどこか楽しんでいた。


「まあまあ。私は聞かないから。

 ただ、どうしてこんな楽になるのかは気になるよ?」


 その言葉は真剣だったが、詮索の色はなく、受け止めるように柔らかい。


「さ、ほら。風鈴も鳴ったし」


 チリン、と昨日のように風鈴が鳴る。


「風鈴関係ないですよ!?」


「絶対関係あるって。昨日も鳴ったし」


「いやいや……」


「はい、始めますよー」


 美咲は肘を差し出し、完全に準備万端の顔をした。


 観念したナオキは、棚からオイル瓶を手に取り、蓋だけ開ける。

 甘い香りがふわりと広がる。


「あ、この香り好き。昨日のやつだね」


「はい。合うって言ってましたし」


 瓶の口を近づけ、数滴だけ落とす。

 触れない、こすらない。ただ香りが漂うだけ。


 数秒の静寂。


「……ん?」


「どうしました?」


「いや……またじわってしてきた」


 美咲の眉が上がり、肘を眺める。


「ねぇ、これ昨日より早くない?

 赤み、もう薄いよ?」


「き、気のせいでは……」


「気のせいじゃないよ。私、こういうの見る仕事してるんだし」


 美咲は肘を曲げたり伸ばしたりして確かめている。


「今日、七か八ポイントだね」


「ポイント制度やめて……!」


「いやだって効果出てるし、仕方ないよ」


「だからその評価の仕組みは何なんですか……」


「知らないよ。運営が決めるでしょ?」


「運営って誰!?」


「ナオキくん」


「俺ぇ!?」


 美咲は楽しそうに笑いながら、腕をさすった。


「でもほんと、不思議だよね。

 話してるだけで、息が楽になるんだよ」


「そ、それは……よかったです」


「うん。ありがと」


 笑顔は、さっきまでのふざけたものとは違い、

 少しだけ弱さを溶かしたような、静かな光を宿していた。


「じゃ、帰ってからまた確認するね。

 今日の不思議ポイント、ちゃんとまとめとく」


「まとめないでください……!」


「まとめるよ?

 ほら、嬉しいんだから」


 美咲は軽やかに手を振り、扉を開けた。


「じゃねー、ナオキくん。今日もありがと」


 扉が閉まると、サロンに静けさが戻る。

 ナオキはゆっくり息をつき、天井を見上げた。


(……完全に楽しんでるよなぁ)


 苦笑しながらも、胸の奥があたたかかった。


 風鈴が、小さく鳴った。

 まるで、誰かがまた来るよと告げているようだった。


 サロンを出た美咲は、少し肌寒い外気に触れた瞬間、肩をすくめた。

 けれどその表情は、寒さとは裏腹にすっかり緩んでいる。

 腕を伸ばして軽く触れると、つい先ほどまで赤くなっていた場所が、嘘みたいに落ち着いているのがわかった。


「……ほんとに、すごいなぁ」


 誰に聞かせるわけでもなく漏れた言葉だった。

 昨日の驚きは偶然にしてはできすぎと思っていたが、

 今日の変化は、偶然では片づけられない。


 触っていない。

 香りを漂わせただけ。

 そのだけなのに、身体が深いところからほぐれていく。


(この感じ……何なんだろう)


 腕の質感も、呼吸の深さも、気持ちの軽さも。

 施術というより、気づいたら元の自分に戻っているような感覚だった。


 でも、それを言葉にする必要はなかった。

 ナオキ自身が困っていたし、無理に聞けばきっと遠ざけてしまう。


(約束は守るよ。言わないし、聞かない。

 でも……知りたいな。

 あなたがどうして人を楽にできるのか)


 胸がじんわりと温かいまま、美咲は歩き出した。

 ひとりでに呼吸が深くなるような帰り道だった。


 サロンの中では、ナオキが深いため息をついていた。


「……ほんと、すごい勢いだなぁ美咲先輩」


 苦笑しながら、机の上を片づけていく。

 今日だけで何度ツッコミを入れたかわからない。


(まあ……楽しそうだったし、いいか……)


 思い返すと、特に最後の笑顔が印象に残っていた。

 昨日よりも少し静かな色を含んだ笑顔。


(……なんだろ。

 ああいうの、なんか……反応に困るよな)


 美咲の明るさは、ときどき繊細さと背中合わせだ。

 職場でも周りを支えているのだろう。

 だからこそ、疲れが出ると一気に落ちてしまうのかもしれない。


 そんな人の心が、ほんの一瞬でも軽くなったのなら――。


「……まあ、よかった」


 誰もいない店内に落ちたその声は、小さくて素直だった。


 タオルを畳んだとき、風鈴がチリンと揺れた。


「また……」


 昨日も今日も、絶妙に意味ありげなタイミングで鳴る。

 もちろんただの偶然に決まっている。

 けれど――。


(美咲先輩に言われると、ほんとに風鈴が合図してるように思えてくるな……)


 不思議と、少し笑ってしまった。


 風鈴はもう一度だけ小さく鳴った。


 帰宅した美咲は、玄関で靴を脱ぎ、そのまま腕をまくって確認した。


「……ねぇ、これさ。普通に落ち着いてるよね」


 昨日は驚き一色だったが、今日は違う。

 驚きよりも先に、納得が来ている。


(昨日のが偶然じゃなかったって、証明されたな……)


 ソファに座り、肘を見つめながら息を吐く。

 乾燥で荒れやすい場所なのに、今日は驚くほど柔らかい。

 しっとりしていて、触れるたびにあれ? と思う質感。


 さらに気づく。


(呼吸……深いままなんだよね)


 サロンにいたときと同じように、胸の奥が静かで、余計な緊張が残っていない。


 しばらくぼんやりした後、美咲は小さく笑った。


「……ナオキくん、ほんとに気づいてないのかな。

 自分がどれだけ楽になる空気持ってるのか」


 その言い方は特別ではない。

 けれど、特別じゃないと言い切れるほど軽くもなかった。


(あんな優しい顔で、何もしてないって言われたら……ずるいなぁ)


 頬を触ると、自分でも驚くほど表情が緩んでいる。


「明日も……行こうかな」


 ぽつりと出た言葉に、自分で笑ってしまう。


(行きすぎかな。でも……あの場所、好きなんだよね)


 無理に理由をつけようとすると、逆に苦しくなる。

 あの空気に触れると、自然に呼吸が整う。

 それだけで十分だった。


(ポイント制度……どうしよっかな。

 勝手にやっていいのかなぁ)


 少し考えて――


(やるけど)


 結論は一瞬だった。


 サロンではナオキが、片づけ終わった店内を見渡していた。

 夕方の光と室内灯が混ざり、柔らかい影がゆらいでいる。


「……今日は、なんだかんだ賑やかだったな」


 定位置の椅子を整え、瓶の向きをそろえる。

 いつも通りのルーティンなのに、どこか気持ちが軽い。


 美咲とのやりとりは大騒ぎだった。

 ツッコミ疲れもしている。

 でも――。


(美咲先輩の顔……よかったなぁ)


 昨日よりも明るい。

 疲れが抜けて、戻るべき場所に戻ったような表情。


 その変化を見るのは、悪くなかった。


(……やっぱり、ちょっと近すぎるよな)


 美咲の距離感は近い。

 けれど、今日はさらに半歩近づいていた。

 覗き込んでくるような目、楽しそうな笑い声、あの自然すぎる笑顔。


「なんか……ああいうの、反則だよなぁ」


 ぽつりと漏らした言葉は、思ったよりも柔らかかった。


 困るほどではない。

 むしろ――。


(……少し、嬉しい)


 その感情は胸の奥で静かに温度を持って広がる。


 風鈴が再び鳴った。


「……まただよ。ほんとにタイミングいいなぁ」


 これで何度目だろう。

 まるで店が、美咲とのやりとりを面白がっているような音だった。


「よし。今日はもう閉めよう」


 照明を落とし、鍵をかける。

 外の夕焼けは柔らかい茜色に染まっていた。


 明日は誰が来るだろう。

 美咲か、別の人か。

 あるいは誰も来ないかもしれない。


 それでもナオキは静かに笑った。


「……明日も、いい日だといいな」


 その瞬間、風鈴が最後に一度だけ鳴った。


 まるで誰かがまた来るよと告げるような、

 やさしい音だった。

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