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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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美咲、違和感の正体に触れる

 施術を終えた美咲は、ベッドの端に腰を下ろしたまま、ゆっくりと息をついた。

 さっきまで重たかった肩が軽くなり、手首から肘にかけての肌はしっとりと落ち着いている。自分の腕なのに、どこか別物のように柔らかい。乾燥でざらついていた感覚が、薄い膜のように剥がれ落ちて、内側から本来の肌が浮かび上がったようだった。


「……なんか、本当に疲れが飛んだ感じする。肌もすべすべ」


 美咲は腕をそっと撫でながらつぶやいた。手首の骨のあたり、カサついていた部分が、いまはしっとりとしている。


「合う人には、相性がいいみたいなんですよ」


 ナオキは淡々と答える。

 その落ち着いた声が、奇妙なくらい美咲の“気づき”を刺激した。


「そういえば、この前の後輩。ひどい手荒れだった子、覚えてる?」


「ええ。最初は触れただけで手が冷えてましたね」


 美咲は苦笑して腕を組む。


「ここ来たあと、あの子、“すごく良くなった”って喜んでたよ。手洗いの回数も多い部署だから、いつもガサガサだったのに」


「冷えが抜けると、皮膚のほうが先に楽になろうとするんでしょうね」


「ふふ。相性がいいって言ってたわよ?」


「そうでしたか。なら……よかったです」


 ナオキは変わらない調子で言う。

 それがまた、ひどく自然で、嘘の匂いがまったくしない。


 美咲はしばらく腕を見つめた。ライトの光を受けた腕は、普段より少し明るく見え、その光を纏ったまま呼吸しているようだった。


「あとね、眠れないって言ってた友人……覚えてる?」


「はい。初めて来た日、かなり緊張していましたね」


「その子、びっくりしてたよ。ここ来てから寝れるようになったって。弱ってる人がよく言うリップサービスとかじゃなくて、本当にって顔してた」


「落ち着けば、眠りも変わるものです」


「……ナオキくんは本当に、特別なことはしてないって言い続けるんだね」


 美咲は腕をさすりながら、小さく笑う。

 でもその笑みの奥にあるのは、疑いじゃない。むしろ逆だ。


 ほぼ確信した人間の目。


 ほんのわずかな呼吸の変化や、サロンの空気の柔らかさに、彼女はナオキが思っている以上に敏感だった。


 美咲は立ち上がり、袖口を触れながらぽつりとつぶやいた。


「……不思議。本当に、不思議だよ」


 言葉はゆっくりと落ちる。

 押しつけがましさも、疑いの棘もない。


 ただ、ひとりの看護師としての“経験”から導かれた、静かな手応えだけがそこにあった。


 


 美咲が話題を変えるように軽く息を吐くと、指先がそっと自分の腕へ触れた。そこには、さっきオイルを置いただけとは思えないほど、しっとりとした柔らかさが戻っている。


「……ほんとに、不思議なんだよね。ここ来ると、体の深いとこから変わる感じする」


「無理に変えることはしてませんよ。身体が自分で動いてくれるときだけです」


「うん、わかってる。でも……それが一番すごいんだよ?」


 美咲の声は、柔らかいのに芯があった。


「だってさ、自分の身体が“戻りたかった場所”に、自然に戻してもらってるみたいなんだよ。無理矢理じゃなくて」


「戻りたい場所、ですか」


「そう。人ってさ、本当は自分で整える力があるんだって思うけど……毎日忙しいと、それを思い出す暇もないじゃない?」


 その言葉に、ナオキはうっすらと頷いた。


「だから……こういうそっと思い出させてくれる場所って、ほんと貴重なんだよ」


 美咲の微笑みで、サロンの空気が少し明るくなった気がした。

 夕方の光が反射し、壁にやわらかい影が揺れている。


「あとね、あの後輩がさ……帰ってからずっと言ってたよ?

 “あそこ、なんか変だけど……あったかくなる店でした”って」


「……変なんですか」


「いい意味でね。なんか、優しいけど、どこか普通じゃないって感じ?」


「褒めてるんですよね、それ」


「もちろん。あの子ね、普段あんまり人に弱み見せないんだけど……帰り道、泣いたらしいよ」


「え……」


「なんか、ほっとしたって。心が、ちゃんと呼吸したって」


 その言葉を聞いた瞬間、ナオキの胸の奥がわずかに熱を帯びた。


「……よかった、です」


 その言葉はとても静かだったが、確かな温度があった。


「あとね——」


 美咲は、ほんの少しだけ表情を引き締めた。


「眠れなかった友達の話、覚えてる?

 自律神経やられたかもって泣きついてきた子」


「はい。初めてここに来たとき、相当緊張してましたよね」


「そうそう。あの子ね……ここ来た日から“眠れるようになった”の。

 もうびっくりよ。私も心底驚いたけど」


「落ち着いたんでしょうね」


「うん。身体も心も、一緒に“休んでいい”って言われたみたいだったって」


 それは誇張でなく、救われた人の実感そのものだった。


「ナオキくん、本当に……特別なことはしてないって言い続けるんだね」


「本当にしてないですよ。僕はただ……触れたり、香りを置いたりしてるだけです」


「あー、やっぱり誤魔化してる」


「誤魔化してません」


「してるよ。だってね——」


 美咲はゆっくりと立ち上がり、腕を軽く伸ばした。

 血色が良くなり、疲れの影が薄れている。


「ここに来る人、みんな同じこと言うんだよ?

 “来る前と帰る時で、世界の色が違う”って」


 ナオキは返す言葉を失った。


「施術でも、技術でも、刺激でもない。

 もっと根っこの部分で……呼吸が戻るって」


 それは、否定しても消えない事実のようだった。


「……僕は、ただその日の状態に合わせて……」


「うん、わかってる。あなたはきっと、それ以上言わない」


 美咲は責めるでも詮索するでもなく、ただ静かに笑った。


「うん。ここに来て助けられた人たち、みんなね……

 “ただのサロンじゃない”って口を揃えて言うんだよ」


 胸元を指で押さえながら続ける。


「心の奥がふっと緩む感じ。

 助けてもらったってより……“呼吸を返された”みたいな……そんな変な感覚」


「……そう言ってもらえるのは、ありがたいです」


「うん、ありがたがっていいと思うよ? だって実際、助かってるんだから」



 そして——。


 扉に手をかけた美咲は、ふと動きを止めた。


「……ねぇ、ナオキくん」


 呼ばれた瞬間、空気がひとつ張った。


「はい?」


 ナオキはタオルを畳む手を止め、顔を向けた。


 美咲の目は優しく、そして鋭い。

 疑う目ではない。

 だが、もう“知っている”目だ。


「前に……夜勤で一緒だった時のこと、覚えてる?」


 その言葉が落ちた瞬間、ナオキの指がわずかに止まった。


「……肘の傷のこと、ですか?」


 美咲は静かに頷き、肘に指を添えた。


「そう。あの時さ、倒れた患者さんを支えたときに、私、肘ざっくり切ったでしょ?

 あの深さなら、普通は数日ズキズキして眠れないのに……」


 息を吸い、ゆっくりと言葉を置く。


「あなたが“ちょっとだけ”塗ったあの軟膏……

 次の日には痛みが全部なくなって、跡も残ってないの」


 サロンの隅で、ガラスがかすかに鳴った気がした。


「……普通じゃないよ。あんなの」


 ナオキの胸の奥で、何かが揺れた。


「今日ここでいろんな人を見て……やっと確信したよ」


「……確信、ですか」


 美咲は一歩だけ近づき、言葉の芯を真っ直ぐ届ける。


「うん」


「ナオキくん、何かやってるよね?」


 追及ではない。

 守る側の声だった。


「……僕は何もしてません。ただ……合う人には勝手に変化が出るだけです」


 美咲は優しく微笑んだ。

 完全に味方の笑みだった。


「大丈夫。怖がらせたいわけじゃないんだよ。ただね——」


 言葉を切り、視線を合わせる。


「あなたの秘密、人を助けるほうの秘密でしょ?」


 喉の奥で息が鳴る。

 否定したかったわけじゃない。ただ、自分からは言えなかっただけだ。


「安心して。あの約束、私はまだちゃんと守ってるよ。

 これからも守る。あなたが嫌じゃない限りね」


 軽やかに笑って扉へ向かい、振り返る。


「次来たときさ、もうちょっと“その秘密”、見せてよね!」


「……少しだけ、って何なんですか」


「私こう見えてね、好奇心めっちゃ強いんだから。

 ナオキくんの“普通じゃない優しさ”、もっと知りたいの!」


 美咲は笑いながら外へ消えていった。



 扉の閉まる音が遠のき、サロンには“確信の余韻”が漂った。

 すべて理解した上で、それでも受け入れてくれた人の、やさしい気配。


(……完全にバレてるのに、少し嬉しいな……)


 ナオキは深く息を吐いた。

 けれど胸の奥には、ほんのわずかに——信じてもらえた安堵が灯っていた。


 窓の外では夕暮れが深まり、街の影が伸び、人の声が沈んでいく。

 サロンの中だけが、どこかあたたかな場所のように感じられた。


 ナオキは照明を少しだけ落とした。

 光と影が柔らかく混ざり合う。


 それはまるで異世界の焚き火が鎮まるときの、あの優しい暗がりに似ていた。


「……明日も、誰か来るのかな」


 誰に聞かせるでもなくつぶやく。

 それだけで、心が少し軽くなる。


 特別な力なんて意識しなくていい。

 ただそこにいて、必要なときに少しだけ手を貸す。

 それくらいが、ちょうどいい。


 ランプの光が小さく揺れた。

 今日という日にそっと蓋をするように。


 サロンの空気は静かに落ち着き、

 ナオキの胸の奥にも、穏やかな夜の気配が満ちていった。

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