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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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瓶詰め実験篇――火の密閉と十日の奇跡

 朝霧がまだ石畳を覆い、光が白く滲んでいた。

 焚き火がぱちりと弾けるたび、水滴が蒸気になって舞い上がる。

 鉄と果実、木と油――いくつもの匂いが静かな裏庭に層をつくり、

 どこか厳かな気配を漂わせていた。


 ヴァルター商会の職人たちは、誰一人として声を上げなかった。

 目の前で起きようとしている“何か”を感じ取り、息を潜めている。


 石畳の中央には大きな釜が据えられ、白い湯気がゆらりと立つ。

 その隣には、香油を取るために使われる蒸留釜。

 鈍い金属の光をまとい、朝日をはね返していた。


「香油の釜で、まさか食を扱う日が来るとはな……」


 ヴァルターが腕を組み、唇の端にわずかな興奮をにじませる。


「だが、この構造の頑丈さは本物だ。

 香りを逃がさず、火の通りも均一にする。……壊れにくいのは商売の味方だ」


 ナオキは窯の縁を指先で軽く叩いた。

 金属が響くその音を確かめながら、小さくうなずく。


「継ぎ目の締まりがいい。蒸気が逃げにくい造りですね。

 完全じゃなくても、十分“熱を閉じ込める”ことができる」


「相変わらず、見方が技師だな」

 ヴァルターが笑う。


「蒸留があるなら、酒も造れますよね?」


「……一応な。花の香りを抽出するときも使う。

 ただ酒は難しい。焦げやすくて、強すぎると立てなくなるが……評判は悪くない」


 ナオキはその言葉に楽しげな笑みを浮かべた。


「こんど、“もっと遠くの酒”を持ってきますよ」


「ははっ……とても軽く言うな。楽しみにしておこう。

 だが今は、目の前の瓶詰めが先だ」


 机には十数本の瓶が並んでいる。

 果実の蜜煮、火を通した肉、あえて生のままの肉。

 一本一本、蝋で封をされ、二つの組に分けられている。


「湯煎組はこの釜へ。窯組は蒸留釜で火入れします」


 ナオキの声に、職人たちが慎重に動いた。

 釜の火は穏やかに。

 窯の火は深く、熱を逃がさないように。


 蒸気が立ちのぼり、香草の匂いと金属の匂いが混ざり合う。


「……ねえ、ナオキ。どうして二つに分けるの?」


 リヴがそっと問いかける。


 ナオキは優しい声で答えた。


「水はね、どの国でも“あるところ”で必ず泡を立てるんです。

 それ以上は変わらない。火の強さを“百”とすると、それが上限」


「……百の火」


「でも、この窯は空気を閉じ込めたまま熱を抱える。

 押し返す力が強くなって、百より先へ行く。百二十……もっとかもしれない」


 職人たちがざわめいた。

 火に“数”を与えるという発想など、誰も持ったことがなかった。


 ヴァルターが腕を組んで目を細める。


「その二十の差で……結果が変わるのか?」


「はい。瓶の中で眠らせるか、暴れさせるか。

 目に見えない“腐りの芽”が、生きるか静かになるかが決まります」


「腐りの芽……」


「肉も果実も腐るのは、小さな命が食べているからです。

 火はそれを静かに止めてくれる。

 刃物みたいに危ないけど、扱い方次第で命を守る道具になります」


 リヴが小さくうなずく。


「火が……守ってくれるんだ」


「そういうこと」


 ヴァルターは思わず苦笑した。


「理を語る旅人かと思えば……まるで火の導師だな」


 数時間後、火を止めると瓶がずらりと並べられた。

 湯気の残る瓶は光を弾き、果実は澄んだ色のまま沈んでいる。


「これで終わり?」

「いいえ、ここからです」


 ナオキは瓶にそっと手を置いた。


「十日、待ちます。

 そのあいだに――腐るか、眠るか」


 十日後の朝。

 裏庭には白い光が差し、瓶が石畳に整然と並んでいる。


 リヴが蓋を外すと、鼻をつく匂いが広がった。


「……くさっ……!」

「火を通さず封じた瓶、“生封”のほうです」


 瓶の中身は白く濁り、泡を立てている。

 職人たちは思わず後ずさった。


「……これが、火を入れない保存の結末です」


 ナオキは静かに言った。


「じゃあ……火を入れたほうは?」

「開けてみましょう」


 リヴが別の瓶を開く。

 蜜に沈んだ果実は、十日前のまま透き通っていた。

 煮た肉も色を保ち、香りも変わっていない。


 職人たちは息を呑んだ。


「……十日……たっても……!」

「腐ってねぇ……! なんでだ……!」


 ヴァルターは瓶を両手で持ち、光にかざした。

 職人たちのざわめきが静まるのを待ってから、ぽつりと呟いた。


「……これは……火の革命だ」


 その声には震えがあった。


「冬の備えも変わる。

 街の倉も、旅の荷も、兵糧も……すべてが変わる。

 火の扱いひとつで、世界の形が変わるぞ」


 ナオキは深く息をつき、薄く微笑んだ。


 瓶の中の果実が、十日の時を越えて朝の光に輝いていた。

 その琥珀色は――まだ誰も知らない未来の色だった。

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