表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/156

瓶と缶――保存の理と未来の封印

 応接室には香辛料の残り香が漂っていた。

 ナオキは卓上に置かれた茶を見つめながら、ひとつ深呼吸をする。


 リヴは緊張をほぐすように微笑み、ヴァルターは腕を組んで二人を見据えていた。


「……で、“次の話”とは何だ?」


 ヴァルターの低い声に、ナオキはうなずいた。


「ヴァルターさん。――“煮沸”の話は聞いておられますね?」


 ヴァルターの眉がわずかに上がる。

「リヴから聞いた。

 水を熱して飲むだけで、村の病が激減したそうだな。

 腹を下す者がほとんどいなくなったと」


「ええ。あれは、水の中の“目に見えないもの”を熱で殺したからです。

 同じ考えで、食べ物も腐らせずに保存できるんです」


「腐らない食べ物だと?」


「はい。今この国で行われている保存法は――塩漬け、干し肉、酢漬け、酒漬け、油漬け……ですよね?」


「そうだな。どれも手間がかかるし、量を運べば運ぶほど腐りやすい」


 ナオキは軽く頷き、指先で空中に円を描いた。


「でも、それは“空気に触れている”からなんです。

 空気の中には、人の目には見えない“ちいさな生き物”がいる。

 そいつらが食べ物に取りついて、やがて腐らせる。

 肉も果物も放っておけば、ぬめって、臭いが出るでしょう?

 あれは、そいつらが食べ物を食い荒らしているからです」


 ヴァルターがわずかに身を乗り出した。

「……目に見えぬ生き物、だと?」


「はい。水を煮沸したときに病が減ったのも、それを熱で殺したからです。

 同じように、食べ物を“熱と封じる”ことで、腐るのを防げます」


 ヴァルターの眉がぴくりと動く。

「なるほど……見えぬ敵を封じ込める、というわけか」


「ええ。熱は“清め”にも使われるでしょう? 理屈は似ています」


 ヴァルターは息を吐き、興味深そうに唸った。

「確かに、酒漬けや油漬けも“封じる”方法だ。

 だが、熱を使えばもっと確実に閉じ込められる、ということか」


「そうです。

 それを実現する最初の方法が――“瓶詰め”です」


 ナオキは懐から、透明な小瓶を取り出した。

 薬師が使うような厚手の瓶。

 そこに乾いた果実が詰められ、口には蝋で封がされていた。


「瓶詰め、と言います。

 中の果実を熱い蜜に浸し、まだ温かいうちに蓋をして蝋で封をする。

 空気が入らなければ、腐りません」


 リヴは目を丸くした。

「これ、森でもできる?」


「瓶と火があれば可能だよ。

 職人を使えば量産もできる」


 ヴァルターは瓶を手に取り、光にかざした。

 中の果実が透き通り、琥珀のように輝いている。


「……見た目にも美しいな。贈答品にもなる」


「ただ、欠点もあります」


「ほう?」


「この世界の瓶は厚みが均一ではありません。

 熱すると割れやすい。

 密閉も甘いので、長くても数か月が限界です」


「なるほど……考えは正しいが、技術が追いつかないわけだ」


 ナオキはゆっくり頷いた。


「その製法をお教えしましょう。

 もし知識を買い取っていただけるなら、こちらとしてもありがたい。

 ――そして、その“先”にあるのが、次の技術です。

 こればかりは真似するのが難しいでしょう。

 俺が持ち込むものだけになりますね」


 ナオキは微笑み、リュックから銀色の筒を取り出した。

 金属光沢を放つそれは、掌の上で小さく反射した。


「これは、“缶”と呼ばれる保存容器です」


「……金属製の瓶か?」


「そうです。

 中に煮沸した食材を詰め、蓋をして再び熱する。

 瓶よりも強く、割れず、光も通さない。

 これで食材を封じれば――半年、いや一年は持ちます」


 リヴが思わず声を上げた。

「一年!? 瓶よりずっと長い!」


「金属の密閉性と熱伝導の差です。

 考え方は同じでも、素材の精度が違うんです。

 この世界では、まだ再現は難しいでしょうね」


 ヴァルターはその缶を手に取り、指で軽く叩いた。

 鈍い音が部屋に響く。


「……この厚み、均一だ。職人の手仕事じゃないな」


「はい。どれも“同じ型”で作られています。

 蓋もぴったり合うように計ってある。

 だから、どの工房でも同じ結果が出せるんです」


「同じ型、だと……? 職人任せでなく、形そのものを決めてしまうのか」


「ええ。道具を作る道具、という考え方です。

 少し手間はかかりますが、正確さが段違いです」


 ヴァルターの目が鋭く光る。

「……保存できる食糧、長期保管、軽くて割れない。

 これがあれば――戦場が変わる」


 リヴが少し眉を寄せた。

「戦……?」


「軍隊に持たせれば、塩漬けも干し肉も要らぬ。

 行軍が速くなり、補給が楽になる。

 だが同時に、飢えずに済む民も増える」


 ナオキは静かに頷いた。

「だからこそ、売る相手を選びたいんです。

 “食べるため”に使われるなら、惜しくはない。

 けれど、武器にされるのは御免です」


 ヴァルターは深く息をつき、ゆっくりと笑った。

「理と情――両方を持つ商人か。珍しい。

 ……瓶詰めは知識として買おう。だが、缶はうちで預からせてもらう」


「預かる?」


「市場に出せば騒ぎになる。まずは私の責任で“試す”。

 結果を見てから、正式な契約にしよう」


 リヴが小さく笑った。

「慎重ね、相変わらず」


「慎重でなければ、商会は一晩で潰れる」


 ヴァルターは椅子の背にもたれ、しばし二人を見つめたあと、柔らかく口を開いた。


「――ところで、今日の宿は取ってあるか?」


 ナオキが首を横に振ると、ヴァルターは笑みを深めた。

「ならば、うちに泊まっていけ。

 商会には来賓用の客室がある。

 今日は、新たな商機の祝に宴を開こうじゃないか」


 リヴが嬉しそうに目を細める。

「いいんですか?」

「もちろんだ。知恵を持ち込む客人を冷たい床に寝かせるほど、私は吝嗇じゃない」


 ナオキは微笑み、深く頭を下げた。

「ありがたく、甘えさせてもらいます」


 ヴァルターが頷き、リヴが微笑む。

 二人が扉を出ていくと、応接室は静寂に包まれた。


 しばしの沈黙のあと、ヴァルターは机の上の缶を見つめ、

 ぽつりと呟いた。


「……この“世界”では、か」


 その声音には、興味とわずかな戦慄が混ざっていた。


 ――新しい商いの時代が、静かに幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ